[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1010件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.83〜87] [No.88〜88] [No.89〜93→]

No.88 (2007/02/22 00:38) title:桂花の留学生活3
Name:秋美 (121-83-0-238.eonet.ne.jp)

 ……決意も新たに保健室に戻った柢王が見たのは、
くつろぎきった様子で楽しげに保健医と談笑している青年の姿だった。

 一樹は、人をくつろがせることにかけては天才ではないかと桂花は思った。
この人の前で警戒心を維持することは困難だった。
決して踏み込んだことは聞かない。やわらかな金髪に縁取られた美貌は、
対峙した相手を圧倒するためではなく包み込むために存在しているようだったし、
常に微笑みを絶やさない表情は思いやりに満ちていて、つられてこちらも笑ってしまいそうになる。
 何より、人の扱いに長けているのであろうこの人は、桂花の沈黙を責めなかった。
代わりに、他愛もない雑談をしたり、わずかな会話で予想したのであろう、桂花が興味を持ちそうな雑学を披露してくれる。
興味が湧けば、まずは疑問を口にできたし、その答えに対する感想を話せた。
 頭の回転が速く好奇心も旺盛な桂花には、一樹から聞かされる新しい物事のすべてが宝の山に思えたのだ。
「それでは、このお茶はとても貴重なものなのでは……」
「そうだね。東の高山地帯でしか育たない上、まだ栽培に成功した例がない。
だから、自生している場所を見つけて、手で摘み取るしかない。
それも、あまり多く茂る木ではないから、今では発見された茶木はすべて東国が管理しているんだ。
許可を受けた者にしか生産できない茶葉だね」
「吾の国にも、似たような香りの茶がありました。
もっと素朴な味でしたが、その木は部位によっては薬になって……」
 その木には、幼い頃よく世話になっていた。養い親が煎じてくれた薬の独特の苦み。
痛みを和らげる効能に興味を示した桂花に、初歩の初歩から薬草の知識を授けてくれた人……。
 思い出に沈みかけた桂花は、それを振り払うように軽く頭を振った。
「この茶葉の親木も、薬になるんだよ。根を煎じれば鎮痛の効果があるし、
皮を乾燥させて粉末にしたものを軟膏にすれば良く効く傷薬になる。
特に実は高価でね。体内に蓄積された色々な毒素を排出させて、病気を快癒させてくれる。
実質、その実を使った薬を口に出来るのは直系に近い王族や貴族だけだけれどね」
 桂花の様子が変わったことには触れずに、一樹は続きを説明してくれた。
「捨てるところのない、立派な薬木ですね。吾がよく使っていた木と、とても似ている気がします。葉の形や香りが、特に」
「同じ系統の種類なのかも知れないね」
「もしそうなら……改良すれば、広く民間にも薬の恩恵が与えられる可能性があります。
吾の国の薬木は、民間でも栽培されていましたから」
「桂花は、薬草の研究に興味がある?」
「はい。昔、簡単な手ほどきを受けたことがあって。
続けられるなら、医術の勉強を続けたかったと思います」
「続ければ良い」
 あっさり言った一樹に、桂花は首を振った。
今の自分には、そんな自由は許されていない。
資料閲覧もこの学内の図書に限られ、高度な専門書には触れるべくもない。
薬草を摘みに行こうにも、監視員の許可など下りないだろう。
医術に関しては、あの国の政治に巻きこまれた時から諦めていた。
 今さら、そんなものを求めても詮無いことだ。
 ちょっと言ってみただけで、本気で続けるつもりなどなかったのだというように、桂花は笑った。
作り笑いには慣れているはずなのに、笑顔を作ることにひどく抵抗を覚えた。
「いずれまた、機会があれば」
 欠片ほども期待してはいないが、これは社交辞令だ。
そうすれば、この優しい保健医は引き下がってくれるだろうという計算が働いていた。
 しかし、一樹は型通りの答えをよこそうとはしなかった。
ちょっと首を傾げて、内緒話の声で会話を継いだ。
「いずれなんて言ってたら、あっという間に年を取って結局、何もできないって知ってる? 
本を読みたくても目が霞むし、木に水をやる前に自分で水を飲むのが大変になって、
手が震えて実験器具は上手く持てなくなるし、
そもそも頭が老化して難しいことが考えられなくなる」
「……」
 それはいったい、何十年先の話だと思ったが、何と返していいのか分からなかった。
「だから、やりたいと思ったらその時に動くんだよ。
手足はそのためについてるんだし、障害を排除するためにその立派な頭を使えばいい。
そして、利用できるものは利用するんだ。
これまでさんざん、誰かに利用されてきたんだろう? 幸い」
「さいわい?」
「そう。進んで利用されてあげようって言う人間が目の前にいるんだよ?」
 桂花は眼を見張った。一樹はくすくす笑っている。
「この学校は、やんちゃな生徒が多くてね。保健室は常に人手不足だ。
物静かで優秀な保健医員が補助してくれたらとても助かるだろうね。
保健室って言うのは、基本的に図書館とは違って外部に繋がる情報端末もないし、
施療院のように武器にもなりかねない刃物も置いてはいない。
管理しているのは上層部にも覚えのめでたい優秀な保健医だ」
「先生、」
「きみに先生と呼ばれると、妙にくすぐったいね。
その保健の先生が、胡散臭い留学生を監視がてら手元で使いたいって申請したら、きっとあっさり受理される。
でもね……俺だって趣味で本は読むし、情報端末を持ちこんで調べものもする。
教員の私物の持ち込みは、危険物でない限り生徒ほどは制限されていない。
生徒の癒しになる植物を、いくつか育てても良いだろうね。もちろん、増える手間はきみが補ってくれる」
 桂花はあっけにとられて、この申し出を聞いていた。
一樹は、建前さえ整えてしまえば中で何をしていてもバレなければ問題ないから、
専門書の読書だろうが情報検索だろうが薬木の栽培だろうが、好きにすればいいと言っているのだ。
 こんなにあっさり言われたら、これまで悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
 我慢に我慢を重ねて、いつの間に心までがんじがらめにされて。
抜け出す気力まで奪われかけていた。それを思い出した。思い出してしまった。
 知らず、桂花は笑っていた。
「この国では、きっと色々な薬草や薬木が育つのでしょうね」
「そう。同じ木、同じ葉でも、加工の方法や濃度によって効能も変わる。
ハーブティになったり痛み止めになったり、ちょっと量を間違えると……」
「なぜか花畑が見える液体ができあがったり」
「ちゃんと勉強しないと、危なくて触れないかな?」
「でも、お忙しい先生の手をたびたび煩われるのは心苦しいです」
「心配しなくても良い。俺よりよっぽど優秀な教師を貸してあげよう。
喋らないのが難点だけど、その分、重箱の隅をつついたみたいな細かい所までしっかりレクチャーしてくれる。
インクで書かれた小難しい文章でね」


[←No.83〜87] [No.88〜88] [No.89〜93→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21