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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.93 (2007/03/24 19:27) title:金色に憂鬱
Name:実和 (u188179.ppp.dion.ne.jp)

 天界南領。
 周囲の緩やかな山並みが一望できる、小高い山の頂上に背の高い木が1本生えている。そのてっぺん辺りの枝の上で煩悶している王子が1人。
 途絶えていた幼なじみとの交流が2年ぶりに戻り、尚且つ告白までされた。
 アシュレイは、まだその事実に許容範囲がついていかず、頭の中がフワフワしている。突然、「好き」なんて言われても・・・。あの時アシュレイも似たようなことを言ったのだが、そんな事実はとうに何万光年も彼方に蹴り飛ばされていた。
 文殊塾からの付き合いで、親友だと思っていた相手のことを突然「恋人」として考えるのはアシュレイには無理があったし、それ以前に「恋人」というのをどういう風に扱っていいのかも分からない。
 柢王や桂花がしているみたいにしろってことか?
 公衆の面前でいちゃいちゃベタベタ。挙句に天界や人間界の重大な決定が下される厳粛な場である執務室の中でさえも、あ、あんな、は、破廉恥な・・・。
 紺青の空と濃い緑が広がるのどかな風景に不似合いな光景が一瞬頭をよぎり、アシュレイは赤い頭をブンブンと振った。あいつらなら空が青かろうが赤かろうがお構いなしだが、自分にはそんなふしだらで恥知らずな行為は断じてできない(その厳粛な場で守天はふしだらで恥知らずな妄想に頭をフル回転させている)。
 アシュレイは頭上にポカリと浮かんだ雲を見上げた。昔みたいに何も考えずにティアに会いに行きたいと思った。ティアのことは好きだし、大切だ。自分が強くある理由そのものでさえある。でも、だからってそれがティアの言う「好き」とは、どうしても結びつかなかった。昔はどうやってティアに会いに行っていたのだろう。
「あーっ!チクショウ!!」
一声叫んでアシュレイは枝からフワリと飛び上がった。天界中を飛び回ればこのモヤモヤも風と一緒に吹っ飛んでくれるかもしれない。眼下には青々とした山が連なっている。アシュレイは大きく息を吸い込むと山脈に沿ってトップスピードで飛び始めた。
 
 山に沿って飛んでいる内にいつの間にか南領を抜けて東領に入っていた。広い平野に市街地、そして河を挟んで花街が広がっている。飛んでいる内に空腹を感じ始めていたアシュレイはそのまま花街を目指し、空を見回る兵士の目を盗んで上空から入った。
 アシュレイは人目がない裏通りに降り立つと同時に髪の色を変え、頭のツノを隠すだけの簡単な変化をした。そのまま大通りに出て行き、ブラブラと歩く。花街は昼間でも買い物客や食事目当ての人達で賑わっていた。丁度昼時で、あちこちから食欲をそそる匂いや、元気の良い呼び込みの声で何だか気分が浮き立ってくる。やっぱり飛び回って正解だった。問題は解決の兆しも見えないが、そのことはひとまず置いといて目の前の空腹から片付けよう。
 東領は温暖な気候にも恵まれているので農作物も豊富だ。加えて流通の要である花街は他国から大量の輸入品が入る。四国の色々な食べ物が味わえるという、アシュレイにとって幸せな場所だった。
「さーて、何から食べようかな」
アシュレイは張り切って腕をぐるぐる回した。気分はすっかり晴れやかだ。アシュレイは店に入って食べるより屋台での買い食いの方が好きなので目は自然と大通りの両側にずらりと並ぶ屋台へと向けられる。どこの屋台も買い求める客や物色している客で一杯だった。焼き菓子の甘い匂いもするが、それは後に取っておこう。今は香ばしい匂いに惹かれる。と思っているとすれ違った人が上手そうに頬張っている揚げ物に目を奪われた。その揚げ物が売られている屋台の場所はすぐにアシュレイの動物並の嗅覚が教えてくれた。屋台の前にはすでに行列が作られていて店主は材料を油の中に放り込んだり、勘定をしたりで、汗だくになって対応に追われている。腹の虫も急かしている、ここからスタートしようということで、アシュレイも行列に加わった。並んでいる間にも通り過ぎる人々が手に持っている食べ物を観察して、「次」のことに忙しく頭が働いている。考えることは苦手なのにこういうことはちっとも苦にならない。楽しく頭を悩ませているとアシュレイの順番が来た。
「いらっしゃい」
と熱気で真っ赤な顔をした店主が愛想よく声を掛けた。そして揚げたばかりの鳥肉を手早く紙に包んでアシュレイに手渡した。鳥肉はまだ紙の中でジュージューと音を立て、火傷しそうなほどの熱を伝える。アシュレイが嬉々として受け取り、金を払うと店主は皮袋にそれをしまいながら自慢げに言った。
「毎度。うちの揚げ物は他のとは一味違うよ。東国のいい鳥を使っているんだから。衣だって、ほら、きらきら金色だろ?」
金色?
「ど、どうかしたかい?」
突然、この若い客の周囲の空気がピキーンと凍ったのである。しかも据わった紅い目が、たった今自分が手渡した自慢の鳥の揚げ物にジーっと注がれている。店主は咄嗟に揚げ物鍋から遠ざかった。油で満たされた鍋が噴火する気がしたからだ、なぜか。良い勘である。商売人として重要な素質と言えよう。緊張感は順番待ちをしている他の客にも伝わって、俄かに揚げ物屋の周囲だけがただならぬ空気に包まれた。
しかし、若い客は揚げ物を握り締め、無言で踵を返した。
な、なんだったんだ。
後に残された店主と後ろに並んでいた客達は、皆で思わず揚げ物鍋の中を覗きこんだ。

 なんだったんだ。
 アシュレイは大通りをズンズン歩きながら先ほどのことを考えていた。確かに揚げ物を買って幸せの絶頂だった。それなのに、なぜ山の上にいた時の気分に逆戻りしちまうんだ。せっかくの食欲も落ちちまうじゃねーか。と言いつつ揚げ物はとうに腹の中に納まっている。金色が何だっていうんだ。こんなんじゃ、気分も収まらなねぇ。アシュレイは睨むように辺りを見渡した。特に探さなくても魅力的な屋台ばかりだ。こうなったら全屋台を制覇してやる。その眼差しはある意味、魔族との戦いより真剣だった。 今度は甘い匂いのする焼き菓子の屋台へと足が向いた。タイミング的には少し早いが、その誘いに乗るのも悪くない。その屋台では南領で開発された火力は抜群と評判の簡易オーブンが使われており、鉄の箱の中では赤々と燃えた火がころんとした鈴の形も愛らしいパンケーキをこんがりと色づかせている。アシュレイは早速パンケーキを買い、山と盛られた袋を受け取った。2、3個を一気に頬張ると、口いっぱいに広がる優しい甘さに頬も一緒に溶けるように緩んだ。南領のオーブンと東領の小麦粉でできたパンケーキは最高だ。
近くでアシュレイと同じ袋を持った若い女性達も嬉しそうにパンケーキを頬張っている。
「おいしーい」
「ね、言ったでしょ。ここのパンケーキは最高なのよ」
「クセになっちゃうわよね。中はフワフワだし」
「外はこんがりしてて。見て、本当に金色に見えない?」
「そういえば前、お祭りを見にいらした守天様をお見かけしたの。お輿の中からお顔がちらっと見えただけなんだけど、とってもおきれいだったわ。髪も金髪だったんだけど、存在そのものが金色って感じで」
「えー、私も見たかったー」
 うっとり夢見心地の女性達は、その時背中に不穏な気配を感じた。はっと振り返るとそこには異様な光景があった。若い男がパンケーキを口一杯に頬張ったまま据わった紅い目でこちらをじとーっと見ているのだ。なぜか黒焦げになりそうな、かつて感じたことのない恐怖にかられ、女性達はぎゅっとパンケーキの袋を胸に抱えて後ずさると、一目散に駆け出していった。
 
 アシュレイは整備された通りを踏み抜きそうな勢いで歩いていた。「金色」というワードでティアはこんなところにまでまとわりついてきやがった。恐るべし守護守天の力である。揚げ物やパンケーキにまでその効力は及ぶのだ。なるほど、御印の力は世界にあまねく影響するわけである。しかし、この力に飲み込まれるわけにはいかないのである。そうでなければこの先何も食べられなくなりそうだ。ちなみにパンケーキは全てアシュレイの胃の中へ落ちている。好き嫌いはあっても食べ物を粗末にすることはない。例えそれが自分を苦しめる根源であろうと放り出すことをしないのがアシュレイの良いところである。
何かないか、何か。
アシュレイは血走った目で次々と屋台を覗いていった。これだけ屋台が出ているのである。金色じゃないものはきっとある。ティアの力が及んでいないものが(ティアを何だと思っているのか。ほとんどノイローゼである)。
…が。
「香ばしいとうもろこしがあるよー」
「摘み立ての黄金茶、是非飲んでいってよ」
「名物のシュークリームをご賞味していって下さい。中のカスタードまでほら、金色でしょ」
「金粉入りの饅頭はいかが?」

金色、金色、金色、金色・・・・。
おぉ、世界は何と金色に満ち溢れていることか。

「だーーーーーっ!!!」

・・・という詩的な感慨に浸る余裕はなさそうである。

 アシュレイは大聖城の自室で頭から布団を被って寝ている。どこをどうやって帰ってこられたのか我ながら不思議だが、空腹とこの気分を紛らわすのは今のところ寝るしかないと思ったのだ。いつもは城にいない王子が何も食べずに部屋に篭って寝ているので、周りの乳母や使い女達は心配で顔を見合わせている。使い女から聞いたのだろう、姉も見舞いにやってきた。手には大きなバスケットが提げられている。人払いはしてあるのだが、姉のことは邪険にできないのでアシュレイはもそもそと顔を出した。
「珍しいわね。鬼の霍乱ってやつかしら」
「・・・」
理由なんて言えたものではないのでアシュレイはただむっつり黙っていた。
「具合が悪くてもやっぱり食べないとだめよ。まぁ、それは心配ないかもしれないけど」
そう言いながらグラインダーズはバスケットをベッドサイドのテーブルの上に置いた。
「一応消化にいい物の方がいいと思って。果物とか。色々持ってきたのよ」
グラインダーズはバスケットの中身を次々と取り出してみせた。
「りんごとか、オレンジとか。あと葡萄でしょ・・・。あ、具合が悪い時はこれがいいのよ、あんたも好きでしょ」
と姉が取り出したのは
「ほら、バナナ」
「いらねぇっ」
再び頭から布団を被ってしまった弟を尻目に、姉はベッドサイドに腰掛けて、「何よ、変な子ねぇ。やっぱり病気かしら」と呟きながら自国で収穫されたばかりのつやつや金色をしたバナナの皮を剥いてパクパク食べ始めた。

バナナ。
この言葉で金色の麗しい幼なじみを連想したのか、それとも常日頃から自分のことを「サル」と呼ぶ犬猿の仲である白い麗人を連想したのか。

答えはアシュレイしか知らない。


No.92 (2007/03/02 13:12) title:ONEDAY IN B.W ─ The Addition of Colors─
Name:しおみ (softbank126113104026.bbtec.net)

Welcome to The Black Wings!

 冥界航空オーナーの一日は、髪の毛ふたつ結びから始まる。
 日々百回ブラッシング、天使の輪もくっきりの金髪はふたつに高く結った形がビューティフル。鏡の前、真剣な顔で
シンメトリーめざすオーナーの面は鳥肌立つよな美男。
 だけにそのアイラインくっきりグロスばっちり、ふたつ結びゆらす、黒ラメスーツに赤いシャツ、ネクタイサイケ玉虫調、
のぞくつま先パープルグラデの仕上がりはデンジャラス。
 その金張りぎらつくファザードが通行車両の視界奪って事故多発なモダンゴシックロココ調の自宅同様──常識を逸した発想で
業績を伸ばしている人の朝は、世の常識を覆すところからはじまるのが、常だ。

 業界有数の切れ者にして、ご近所では『ギラギラ御殿のご主人よっ』と遠巻きの冥界航空オーナー(ふたつ結び)。
 朝食の席に現れた使用人たちはどれも例外なく美形。『美しくない者に人生はない』──某ラテン国家国民のようなその言い草が、
冥界航空オーナー宅の採用基準だ。
 光さわやかな食卓は、カーキのクロスに黒の皿、銀のカトラリー目に刺さる光沢の食用減退色構成。わが道行く美のオタクに
色彩とは組み合わせの妙であるとの常識はもちろんない。
 そんな食卓で卵食べたオーナーが次に向かうのは豪華絢爛ホームシアターのある地下室。出社前と寝る前の時間をここで過ごすのが
冥界オーナーの数多い習慣のひとつであるのだ。
 
 薄いピンクのあやしい照明。桁外れな大画面に映し出されるのは、漆黒の翼を持った優雅なジェット。天井のサウンドシステム
から響く低いうねりとともに、美しい機体がかげろうゆらめく滑走路に滑り込む。
 ため息ついたオーナーは、自社機のナイス・ランディングに感動か? と思いきや、編集済みの画面はすぐさま、機体を取り囲む
エンジニアたちのひとりと話しているパイロットの姿をキャッチだ。黒い制服、すらりとした四肢、帽子から流れる白い長い髪。
 そもそもどこに隠しカメラあったか、その映像。落ち着いた声で、
『第三エンジンの音が普段より高い気がしたので、チェックをお願いできますか。計器上では問題はなかったのですが』
 告げる、刃物のような美しい面のアップに、オーナーの金黒色の瞳に涙が盛り上がる。
「桂花ぁぁぁぁっ、美しいなぁぁぁぁっ」
 以降、延々、その白い髪の美形キャプテンのムービーとオーナーの叫びが続くアンダーグランド。

                            *

 冥界航空オーナーが会社に向かうリムジンは極彩色。走るだけで対向車が事故る危険物。パイロットたちからは総スカン
食らっている代物だ。
 が、美にこだわるマニアは他人の思惑など気にしない。
 運転手の呼吸の確保と精神安定のため、運転席とはガラスで仕切られた後部座席で、酸素マスク降りてきそうな香水濃度も
モノともせずに切ないため息だ。
 先月のリゾートでの騒ぎで、微笑みながら切れた奥方に『今後桂花のことで天界航空にご迷惑はおかけしません。また桂花の
半径1km以内にも接近しません』と実印入りの念書取られた冥界航空オーナー(婿養子)。
「桂花…戻ってこないかなぁ〜…」
 うるうると念飛ばすその上空──
 たまたま通過中の黄金の翼のジェットのコクピットで、黒い髪の機長が悪寒を覚えたのはただの偶然だ。

                            *

 国際空港対岸にある冥界航空の本社ビルは、トレードマークの漆黒の外装に鳥が翼を広げたような造りの、斬新で、耐震強度に
疑惑のある建物だ。両翼に当たる部分には重いもの置いてはなりませんと屋内に張り紙してある。
 着飾ったオーナーが玄関ホールに姿を現すや否や、居合わせた社員たちがいっせいに頭を下げて道を開ける。それはまるで
海を開いた預言者のよう。
 が、たまにあぜんと立ち尽くすパイロットの姿もある。その表情は前方から迫る一万羽の鳥の大群でも見たかのよう──あれは何?
なにっ? ぬぁにぃぃぃぃっ???
 そんな後輩を先輩たちが即座に取り囲み、
「見るな見るなっ、見ても忘れろっ、あれはオーロラか蜃気楼だ!!」
 と、暗示かけるのが、冥界航空パイロット教育の一環であるらしい。

 窒息したくない重役たちが競って道開けるエレベーターで、オーナーは最上階にたどり着く。
 モダンな黒の室内には美しく有能な秘書たちと、美しく策略家な筆頭株主。オーナーの妄想パワーを遮る超難問書類をドンと
デスクに山積みにして、
「今日もお願いね、あなた」
 嫣然、微笑む奥方に、自信満々な笑顔で、
「任せておきなさい、李々」
 答えるオーナーは、美人の奥方も大好きだが、小ざかしげなことが大得意なキレ者。ただでさえ複雑なこの世をさらに複雑に
する頭脳の持ち主だ。
 が、なんとかは紙一重。そしてなんとかは使いよう。
 完全主義の美のマニアがそのよくキレた頭脳で片付けてゆく書類の量は常人なら絶対に処理できないもの。慣れた奥方はもちろん、
日々見ないフィルターダウンロードの秘書たちもテキパキ協力。 すさまじい速さで仕事の進んでいく冥界航空最上階は、ある意味、どこかの航空会社の最上階より能率的だとの噂。

 そんなオーナーは会議の席でも容赦なくキレた頭脳をフル回転。腰低く常識的な議論を繰り返す重役たちに、無常識な人の
大胆さでビシバシ切り込む。
 その斬新なアイデアと鋭さに一同は心から感嘆するのではあるが──なにせそれ言う人は髪の毛ふたつ結びのグロスてらてら
サイケ玉虫。
 とある街頭インタビューで「あなたが仕事を辞めたくなる時は?」と聞かれて、
『ものすごくまともでない人がものすごく画期的な意見を連発するときです!』
 と、泣きながら答えていたモザイクのサラリーマンは冥界航空重役だという話だ。

                            *

 美のもとに生き、美とともに働く冥界航空オーナー(美のコレクター)。
 金襴緞子のクロスに金箔貼った皿でディナーを済ませた後、意気揚々と寝る前の大画面を楽しんでいたオーナーが、ふいに、
あっと叫んで椅子から立ち上がったのは真夜中のことだ。かぶったナイトキャップはサンタ式ネオンピンクのマーブル。
『思い出の桂花DVD幼少篇』を見ていたオーナーの面は驚愕に引きつっている。
「あの若造……桂花の恋人だと言ったな? ということは、あの男、うちの桂花と一緒に寝ている…と、言うことかーっ!」
 叫んだオーナーはふたつ結びの代わりにキャップのぼんぼんふりまわして錯乱。
「なんてことだっ、うかつだったぞっ! 一緒に寝るなど! うちの桂花と一緒に寝るなどっ! あの男っ──あの男ーっっっ」
 あああああーっと、悲鳴のような絶叫。
「桂花の寝顔写真撮ってくれないかなーーーーーっ!」

 コレクターにとって一番大事なのは、コレクションの完成だ──

                            *

 数日後──
 天界航空たぶん唯一のパイロット・カップルが同居し始めたばかりの家に、冥界航空オーナーから念書の写しと菓子折りつき
詫び状のほかに桂花DVDコレクション全十巻が届いたのはたぶん他意はない。
 一緒に箱に入っていた最新のデジカメに首をかしげた待機の機長が、
「菓子は食べていいですが、DVDは明日の不燃物に出してください」
 前の夜、そういい置いてフライトに出た白い髪の恋人のいいつけを守らずに、菓子をゴミ箱、DVDに食いついたのは、
まあ当然のことだろう。
 画面に現れる恋人の幼少時のあどけなさから次第に成長していく姿に時を忘れて食いついた黒髪の機長が、次に我に返ったのは
とっぷり日の暮れきった時刻。突然ついた部屋の明かりにはっと顔を上げた機長は、戻ってきた恋人が戸口に立ったまま腕組みして、
「吾はそれを捨ててくれと言ったはずですが──?」
 と、静かな笑みを見せるのに、体細胞から凍結。次の日の可燃物と一緒に追い出されそうになったと言うのは、あくまで、
天界航空の問題だ──

 そして、今日もまたふたつ結びシンメトリーにゆらす冥界航空オーナーは、届くかもしれない『桂花寝顔写真』への期待を
過剰なエネルギーにして、バリバリ業績を伸ばしていくので、あった── 


No.91 (2007/02/27 15:26) title:応報
Name: (p129080.ppp.dion.ne.jp)

「そうだ、これお前にやるよ」
「なに?」
 つき出された柢王の手のひらを見ると小さな小ビンが転がっていて、その中には真珠のような粒がふたつ入っていた。
「桂花がつくった、本音を言っちまう薬だ。兄貴たちにイタズラで使ってやろうと思ってたんだけどな、そんな事してる場合じゃなくなったからさ」
 柢王は決めてしまった。魔風屈へ行くことを。
「・・・・そんなのいらないよ、誰に使えって言うんだ」
「や、別にうちの兄貴らでもいいし、ここの奴らとかにでもいいし。怪しい行動してる奴に飲ませりゃ即効、一発だぜ?なぁに、そんな深刻になるほどのモンじゃねーよ。相手の本音が聞けるってだけの話」
「誰かに使ったの?」
「俺自身。も〜桂花に迫って迫って仕事ほったらかして一日中あいつのこと貪った」
「むさ・・・よく桂花がゆるしたね」
「試しに桂花に飲ませようとしたら、絶対イヤだって言うから、じゃあ俺が飲むって――――自分が飲まされるよりはマシだと思ったんだろ。実際の効果は1時間も続かないけど後は畳み掛けってやつで。おかげで次の日は立てないって怒られたけどな♪」
「――――楽しそうだね・・・・それじゃあ、一応もらっておくよ」
「飲物に混ぜりゃ絶対わかんねーよ。においも味も無いからな」

 ・・・・・あれから柢王はどうしているだろう。遠見鏡でも見ることが叶わない魔風窟へ行き、彼はたった一人で共生を成功させようと頑張っている。いつも助けてもらってばかりなのに彼が大変な時に手助けできないことがもどかしい。
 やらねばならないことは次から次へと増えていくが、心配事がありすぎてやる気が出ない。
『この机の書類を全部片づけ、これから先絶対に仕事を溜め込まないと誓えば、お前の中で渦巻いているすべての不安を取り除いてやろう』―――――とでもいうのならためらわずに誓おう。でも・・・・誰がそんな保証をしてくれるというのだ。
 柢王のことを考えると、心配で不安で気分が重くなる。ティアは引き出しから出した小ビンを手にとった。
「まるで真珠そのものだね」
 透かして見ていたら扉がノックされ、応えると使い女が入室してきた。
「若様、お茶の支度が整いましたと桂花さまが・・・」
「分かった」
 最近の楽しみは、アシュレイと桂花と三人でお茶を飲むこと。二人との休憩時間は心だけでなく目の保養にもなる。
(でも・・・・あの二人、最近は言い争いとか全然しなくなったけど、よそよそしいって言うか遠慮してるんだよね。お互いのこと、とっくに認めてるくせに・・・・これを飲ませたらどうなるんだろう。ケンカ・・・にはならないよね、もう)
 魔がさしたとしか言いようがない。恋人や親友にこんなものを飲ませるなんて・・・・ティアはその小ビンを忍ばせると執務室を後にした。

 アシュレイが選ぶ菓子を次々と取り分けてやっている桂花。その隙をついてティアは薬をすばやくカップに落とした。真珠の玉はあっという間にとけこんで、お茶の色も特に変わらない。
 早鐘を打つとはまさにこういう事。胸を押さえて、ティアは二人の方をチラチラと見る。気づいていないようだ。
「ティアも食えよ、これスッゲーうまい」
「あ、うん、いただこうかな」
 ティアが焼き菓子に手を伸ばしたその時、桂花がカップに口をつけた。
「あっ!」
「・・・・どうなさいました?」
 一口含んでカップを皿に戻すと桂花がティアのほうに向きなおる。
「いや、なんでもない、お、美味しいなって思って」
 まだ食べていなかった焼き菓子をあわてて口に放り込んでムリな言い訳をする。
「――――そうですか、たくさん召し上がってください」
 にこりと微笑んで、桂花はポットに手をかけた。見れば、いつの間にかアシュレイはお茶を飲み干していたのだ。
(二人とも飲んじゃった!)
 自分が仕掛けたくせに、手がふるえそうだ。八紫仙や各国の王を相手にしても毅然とした態度を貫くティアだが、アシュレイと桂花・・・どちらも怒らせたら怖いことを知っているだけに、恐ろしい。
 今になって、この二人相手になんという事をしてしまったのだろう・・・と後悔先に立たずだ。
 ティアはまだ熱いお茶をふぅふぅと冷まし、いっきに飲むとおもむろに席を立つ。
「用事を思い出した。ごめんね、二人はゆっくりしてて」
 優雅に歩いていって扉を閉めると、モーレツダッシュで廊下を駆け抜ける。
(うわーうわーっ!危なかった〜。桂花なんて不審な目で見てたものっ!すごいスリルだよ柢王〜っっ)
 とても間近でなんて見ていられない。ティアは息を切らし執務室へ飛びこむと、すぐに遠見鏡へかじりついた。
 桂花と向かいあって、彼のいれたお茶を飲むアシュレイ。
「こんな日が来るとはね・・・・・」
 ティアは目頭を押さえつぶやく。
「柢王にも早く見せてあげたいよ・・・」
 
『うまいな、このお茶も』
『体を動かした後は特にお勧めなんですよ。疲労回復を助ける働きがあるんです・・・早朝から出かけていらしたようでしたから』
『気づいてたのか・・・それにしても、お前って本当に気がきくな。柢王がいつも自慢してたの、分かる』
『・・・おかわりいかがです?』
『もらう―――前から思ってたけどお前の目って宝石みたいだよな』
『・・・宝石・・・ですか?』
 柢王には、よく紫水晶にたとえられるこの瞳。まさかアシュレイにそんなことを言われるとは思わず、一瞬の間があく。
『なんか、中心の濃い紫とその回りのうすい紫が光に当たると透き通ってキラキラしてすげぇ綺麗なんだよな。前にティアが言ってたけど、本物の宝石は冷たいらしいぜ。だから尚更お前の目は宝石みたいだ』
 魔族は誉められることが特に好きだ。そこへきて、ムダなおべっかなど決して使わないアシュレイに褒められるとなるとなおさら気分がいい。
『吾の目は冷たいですか?』
 くすりと笑って桂花は続ける。
『あなたの瞳こそ、ですよ。澄んでいるのに燃えているような瞳・・・守天殿の仰る“冷たさ”はありませんが、まるで上等な宝石のように美しい』
 いつもティアに囁かれているような文句を桂花に言われ、アシュレイはなんだか落ち着かず口を開く。
『そ、それに、その髪も、サラサラで・・・・前から触ってみたかった』
『どうぞ?』
『いいのか?』
 柢王ごめん!と何故か心中で謝りをいれながらアシュレイはそっと髪に触れる。
『ぅわ、なんだこれ。ティアの髪も触り心地いいけど、あいつのより少し長い分よけいに気持ちいいかも』
『そうですか?』
 何度も上下するアシュレイの手に撫でられているうちに、桂花はうっとりと目を閉じた。
『ずいぶん・・・優しく撫でるんですね・・・あなたに身を委ねる動物たちの気持ちが分かる気がしますよ』
 瞳を開け至近距離でまっすぐ見つめてくる魔族の美貌にあてられ、アシュレイは咳払いをしてお茶を飲んだ。

「ふぅん・・・・・ずいぶん効きが良いんだねぇ、あの薬・・・・」
 にわかに雲行があやしくなってきた遠見鏡の中の二人にティアの視線がきつくなる。
 また思いっきり髪を伸ばしてやろうかと思いながらティアは遠見鏡を消した。
「・・・・・・・。私も戻ろっ」
 本音を言い合う二人の様子を見てれば一目瞭然、ただの誉めちぎり大会ではないか。それならこの機会に、普段あまり誉めてくれない恋人や優秀な秘書に、誉められない手はないだろう。
 ティアは急いで二人の元へと向かった。ウキウキしながら廊下を曲がると、桂花とバッタリ出会う。
「あれ?桂花・・・・・お茶の時間はもうおしまい?」
「ええ、守天殿が執務に戻られたのに吾がいつまでも休んでいては」
「仕事なんかしてないよ?」
 ――――――――――余計なことを言った、と後悔したのは、先刻さんざんアシュレイに褒められた紫水晶がすぅっと細くなったから。ティアはあわてて付け足した。
「もう少し休んで?ね、いつも働きすぎだよ桂花は」
「・・・・・守天殿。吾を気づかって下さるのなら仕事を溜めないで頂けるのが一番です、では。―――――― もう何度も言ってることなのに・・・」
 辞儀した桂花は、すれ違いざまボソリとつぶやき、ためいきをつきながら執務室の方へと歩いて行く。
 美貌の魔族の背を、呆然と見送るティアに背後からアシュレイが声をかけた。
「なにボケッとつっ立ってンだ?」
「アシュレイ!」
 すぐに立ち直って恋人の肩に手をかけようとしたら・・・・
「よせって!こんないつ使い女が来るかもしれないとこで、くっつくなよ。お前のそういうとこ、ヤダ!」
『ヤダ』「ヤダ」ヤダ・・・脳に直撃した言葉が反響し、固まってしまったティアを置いてアシュレイは桂花の後を追うかのように行ってしまう。
「・・・・・私に対する二人の本音って・・・」
 いつも言われて聞きなれている言葉のはずなのに、今日は特別ティアの心に深く突き刺さったことを、二人は知らない。


No.90 (2007/02/26 22:55) title:火姫宴楽(8)
Name:花稀藍生 (p1065-dng54awa.osaka.ocn.ne.jp)


 それから一週間、グラインダーズは文殊塾を休んだ。
 ・・・初潮が来たのだ。
「・・・―――――― 」
 開口部という開口部をすべて厚地の布で覆った部屋はうす暗く、蒸すように暑かった。
 その暗い部屋の壁際に置かれた籐の寝台の上で、グラインダーズは頭から掛け布をかぶ
ってうつぶせになっている。掛け布の下で目を見開き息をひそめているその姿は、暗がり
に潜む獣のようだった。
 ・・・・・事実、彼女は今、手負いの獣のように怒り狂っていた。
 しかし怒り狂うと言っても、大声を上げたり、大暴れをするわけではない。乳母達にと
っては、いっそその方が楽だったろう。彼女は今にも弾けそうなピリピリとした激しい怒
りを周囲に発散させながら、ほとんど語らず能面のような表情で、人の手を静かに、だが
激しく拒んだのだ。

 ・・・グラインダーズに初潮が訪れた事はたちまちのうちに天界に広まった。
 これまでは、天界中の大貴族達からせめて約束だけでも、と怒濤のようなオファーが押
し寄せても、子供であることを理由に炎王が沈黙をもって返答していたことにより今まで
ずっと二の足を踏んでいた貴族達から、初潮がおとずれたということは、それは子供を産
める体になった―――つまり一人前になったと言うことで、グラインダーズ宛てに直接
求婚と贈り物が殺到したのだ。 
 ―――情報が筒抜けであることに頭を殴られたような衝撃を受けているグラインダー
ズにさらに追い打ちをかけたのは、求婚者の殺到を我が事のように喜び合う乳母と使い女
達の姿だった。
 乳母や使い女達が喜んで部屋に運び込んだそれらの贈り物を、年頃の少女らしい潔癖さ
でもって、グラインダーズはそれらすべてを窓から投げ捨てた。
 そして、乳母と使い女達を部屋から追い出したのだった。

「・・・・・・・」
 グラインダーズは掛け布の下で唇を噛みしめた。
 恥辱と屈辱のあまり死んでしまいそうだ。
 月経に関する知識はもちろんあった。 だがそれが訪れた途端、いきなり、貴女は大人
の女性の体になった、子供を産める体になったと言われても、全然納得いかなかった。
 では今までの私は何だったというのだ。女の子だからと言われ行動の制限を受けていたあ
の時はいったい何だったというのだ。
(そしてこれからはもっと・・・?)
 第一、一人前の存在になど、どこが扱われているというのか。
 そこにはグラインダーズの意志はない。あるのは南領の王女という肩書きと、子供を
孕む子宮だ。
(私は子供を産むための道具でしかないの?)
 彼らの誰も、本当のグラインダーズを知らない。知ろうとしない。
 そのことがただひたすら悔しかった。
 自分の存在というのはその程度でしかないのか―――。
 グラインダーズは自分の手をみつめた。乳母がいつも乳液でマッサージしてくれていた
その手はなめらかで、形良く整えられた爪がならんでいる。
 手を返すと、手のひらには微かにだが剣だこが出来ている。グラインダーズは拳を握り
しめた。
(こっちの方が好きだわ)
 この手のひらは自分で手に入れたものだ。爪が割れる、指が太くなるとどれだけ乳母に
言われようと、武術を習うことが楽しかった。強くなってゆく、という感覚が嬉しかった。
(・・・でも、力で勝つことは出来ない)
 長棒をたたき落とされた時の感覚がよみがえってグラインダーズは枕に突っ伏した。
 ・・・・・暑苦しい湿った空気に、ふ、と別の香りが混じったのはその時だった。かすかに
部屋が明るくなった。見回すと香玉を載せた皿を小さな手が、そっと扉の隙間から押しや
るのが見えた。
「・・・アシュレイ?」
 その声に手はあわてて引っ込んだが、扉の外に弟の気配はまだあった。部屋の中に、甘
く澄んだ香りが広がっていく。もう一度名前を呼ぶと、小さな顔がひょこっと現れ、暗い
部屋にとまどったように目を瞬かせた。アシュレイはそれ以上は部屋に踏み込もうとはし
なかったが、元気そうな姉の顔を見て(病気だと言い含められているらしい)嬉しそうに
笑い、これからレースに長棒の稽古をつけて貰うのだと言った。
 レースガフト・パフレヴィーは飛び抜けて背が高い南領元帥の一人で、一般的な武器の
扱いはもとより暗器の扱いにも長けていた。ついでに言うならグラインダーズの教育係の
一人だった。アシュレイの教育係は別にいるはずなのに何故レースなのか?と聞けば、
アシュレイはにっこり笑って「姉上が、勝ったから!」と言った。
「姉上は、姉上より年上の大きなヤツとやって勝った!だから俺もレースに今から教えて
貰って、柢王に勝ってやるんだ!」
 レースでなくても自分より大きな相手に勝つ闘法を教えてくれる指南役はいるだろう
に、やけにレースにこだわるのがおもしろい。
 扉向こうで小声でいさめる乳母の声がして、アシュレイはなごり惜しそうにグラインダ
ーズに笑いかけ、扉を閉めて軽い足音を響かせながら去っていった。
 再び暗がりに一人になったグラインダーズは枕に左腕で頬杖をつき、もう一度右手のひ
らの剣だこを見た。
(・・・・・・もとはと言えば、アシュレイだったのよね)
 自分が武術に打ち込むようになったきっかけは。
 最初は戯れだった。
 遊びに行った文殊塾の友人の所で、友人の膝によじ登り抱っこされている内にそのまま
腕の中で眠ってしまった友人の弟の姿が可愛くて、自分もしてみたいと思ったのだ。
 ところが自分の小さな弟は人がいるとなかなか寝付かず、おとなしく膝の上にはいるの
だが、いつまでも体を硬くしているのだ。
 何となくそれが悔しかったグラインダーズは走り回り始めて乳母達の手を焼かせ始め
た弟に、文殊塾で習った棒術や剣術を見よう見まねで教え始めたのだった。
 そうやって体を動かせ疲れさせればそのまま膝で眠ってくれるかもしれない、と今思え
ばとことん子供の浅知恵だと思うのだが、あの頃はグラインダーズなりに一生懸命だった
のだ。・・・結果と言えば、自分も疲れ果てて弟の寝顔をろくろく見られずに一緒に眠りこ
けてしまっていたということなのだが。
 しかしそれが功を奏したのか、アシュレイはグラインダーズによく懐いた。 仲が悪い
より良い方がいいと思う周囲の意向により彼女らの武術ごっこは黙認された。
 ・・・数年後にグラインダーズが父王に願い出て専任の武術指南役をつけて貰う頃には、
アシュレイは5歳上の自分と剣の手合わせをして3本に1本は取るという、なんとも恐る
べき3歳児となっていた。
 ・・・そして今(回想中グラインダーズ11歳現在)では南領中を飛び回り、斬妖槍を使
いこなして一人で魔族討伐まで行っている恐るべき6歳児となっている。
 弟はみるみるうちに強くなった。大人顔負けの強さを誇りながら、飽くことなく強さを
求め続ける弟に、果たして今の自分が相手として通用するだろうか? さほど年の違わな
い男児にすら力負けをした自分が?
「・・・―――」
 ふいにアシュレイの笑い声が窓の下でおこった。それから長棒が打ち合わされる音が。
 何事か、とグラインダーズが窓のおおいをかき分けて覗くと、窓に面した小さな中庭で
ちょうど真っ正面からレースにぶつかっていったアシュレイが、特に力を入れたわけでも
なさそうなレースの棒先に軽くあしらわれて芝生の上にころんと転がされていたところ
だった。
(・・・どうしてレースには勝てないのかしら?)
 大型魔族を数撃で打ち倒す弟が、ああも簡単にあしらわれているのがグラインダーズに
は不思議でたまらない。
 窓からのぞくグラインダーズに気づいたのか、レースガフトが長棒をぶんぶん振って笑
いながら言った。
「お嬢! 鼻血を1リットル流す事と引き替えに、相手に鼻血を5リットル流させて勝っ
たって話じゃないですか! おめでとうございます! 武術指南役の私としては鼻高々
ですよ! いやあ、まさしく捨て身攻撃!まさしく肉を切らせて骨を絶つ!
 ――― って! そんな危ない戦法を教えた憶えはないのですが!」
 5リットルも鼻血が出る前に普通死ぬ。1リットルだって危ない。・・・いや、そもそも
そういう問題ではない。
 何かを言い返そうとしたグラインダーズの視線の先で、アシュレイがまたしてもレース
の棒先であしらわれ、ころんと転んで笑い声を立てた。レースも笑っている。
 小さな中庭は さんさんと差し込む陽光と 流れ込む水の音と 花の香りと 笑い声
に満ちあふれている。
「―――――・・・」
 ―――急に馬鹿馬鹿しくなった。
 こんな暗い自室で一人閉じこもっていろいろ思い悩んでいたとしても、何一つ変わりは
しないのに。・・・情けない。これでは本当に子供だ。
 経血はとっくの昔に止まっている。グラインダーズは汗にぬれて張りつく寝着を勢いよ
く脱ぎ捨てると、部屋の一角に置いてある盥の水を頭からかぶり、一つ大きく息をついて
から、良く通る声で乳母を呼んだのだった。


No.89 (2007/02/22 00:38) title:桂花の留学生活4
Name:秋美 (121-83-0-238.eonet.ne.jp)

 このノリは何だろうと思いつつも、桂花は楽しかった。
ほんのわずかな時間だというのに、心が軽くなっているのを感じる。
 ただ、不思議ではあった。
ここまでしてもらうだけの何かを、自分は持っていないはずで、これから先もそんな価値が生まれるとも思えない。
むしろ関わっただけで、迷惑を被る可能性が高いはずなのだ。
 この短い時間で、桂花は一樹に好意を抱いていた。
できれば、危ない橋を渡ってその身を危険に晒すようなことは止めて欲しかった。
 それに、桂花はまだ、無条件で与えられる他人からの好意を信じ切れないでいる。
 魅力的な申し出であるだけに、とても複雑な気持ちだった。
「ありがたい……いえ、吾にはもったいない申し出です。
そうなったら、と考えられただけで楽しいと思えました。ですが」
「ストップ」
 桂花の辞退の言葉を、一樹がやんわりとした口調で遮った。
「きみは、余計なことに気を回さなくて良いんだ。遠慮せずに甘えておいで」
「……どうして? そこまでしてくださるんですか」
「きみが気に入ったから、じゃいけないのかな?」
 目を細めた一樹の雰囲気が変わった。
 桂花はぞくりとしたものを感じ、息を呑んだ。
 それまで一樹を包んでいたさらりとした空気が急に艶めいて、匂いたつような妖しい色に染まったようだった。
「先生?」
「さわっても?」
 言葉と同時に、手入れの行き届いた手が伸ばされる。
断られる可能性などつゆほども考慮に入れていないその動きを、桂花はごく自然に受け入れた。
 うろたえるほどうぶではないし、一樹に対する嫌悪感もなかった。
ただ、少し驚いた。
 一樹の手はそっと桂花の頭に触れ、長く伸ばされた髪を絡めとっていく。
「きれいな髪だね。こんなに色素の抜けた髪は珍しい」
「そうでしょうか」
 首を傾げた桂花に、そうだよと一樹は微笑する。
「きれいで、頭の良い子は好きだよ。できる限り、力になってあげたくなるね」
「たった、それだけで?」
「いけないかな? それに――」
 指に絡めていた髪をそっとといて、一樹の手が離れていく。
肌には触れなかったその手を、惜しいと思った。
「これでも俺は教育者で、ここは学校だから。知識を求める生徒には助力を惜しむべきじゃない。
水を飲みたい馬にはいくらでも与えてあげる。ここはそうあるべき場所なんだ」
「外国人にも?」
「関係のないことだ。理事長と校長の両名が認めた時点で、本来なら生徒の人種国籍の一切は不問にされるはずなんだよ。
この学校は本来、どこの国にも属さない一種の治外法権を認められた場所なんだ。
だから四国の中央に位置していて、原則どの国からの干渉も受け付けない……少なくとも建前上はね」
「吾は、例外なんです」
「知ってる。理事長も頭を抱えていたよ。東国王族からの直接の依頼だ。無下にはできない。
それでも、学内での外部からの監視は許さなかったし、敷地内での行動の自由は保障されたはずだね」
「はい」
 一樹を包んでいた妖艶なオーラは、幻のように消えていた。
「だからきみは、堂々とここで好きなことをしても良いんだ。
俺が触れにいっても平気な生徒なんか滅多にいないから、きみの存在はありがたい」
「あの、いつも生徒にあんなことをなさるのですか?」
 恐る恐る訊いた桂花に、一樹は首を振った。
「まさか。普通に教鞭をとっていても問題が起こるんだよ? 
故意にあんなコトをしたら、とりあえず理事長が卒倒すると思うな」
 とても楽しそうな一樹は、絶対に何かを思いだしている。
「参考までに……どんな問題が起こったのか、お訊きしてもかまいませんか?」
「礼儀正しいね。そんなに遠慮しないで?」
「いえ、そういうわけには」
「良い子だ。……俺が起こしたというか、生徒が暴動を起こしかけたというか。
俺は国語が担当だったんだけど、受け持ったクラスの成績がとても良くてね。
平均点にして定期考査で20点近く、他のクラスに差を付けてしまった。これがちょっとまずくてね。
というのも、俺が受け持っていたクラスは、どの学年も下位クラスだったんだ」
 そこまで聞いて先を予想できた桂花は、思わず苦笑した。
 これほど求心力のある教師が真剣に指導すれば、苦手教科であっても真面目に取り組む生徒が増えるだろう。
それでもなおやる気を出せないでいる生徒には、個別対応で丁寧に指導したとしたら。
この目に楽しい顔が間近にあって、自分の為だけに問題の解説などしてくれたら。
 女生徒はおろか男子生徒だって簡単に落ちるのではないか。
 そうしてクラスが一丸となって、あらかじめ範囲の決まっている定期考査に臨んだのだとしたら、それほど意外な結果ではないだろう。
 しかし、上位クラスの連中には面白くない話であったはずだ。
担当教師が一樹であったなら、と思ったに違いない。
「それで、上位の生徒達はどうしたんでしょう。担当教師を替えてくれと校長に直訴しましたか? 
それとも実力行使で授業をストライキしたとか?」
「国の干渉すらはねつけるような学校が、そんな甘い手段に折れると思うのかな?」
 ……そういえばそうだ。では、何が起こったというのだろうか。
「穏便に、風波をたてないように動こうとはしたんだろうね。まず、俺の授業の時に、妙に机が増え始めた。
自分の授業をさぼって潜りこむ生徒が出てきたんだ。
でも教室の広さには限界があるからね。すぐいっぱいになって、そうしたら今度は……」
「まさかとは思いますが……生徒がつかみ合って椅子取りゲームでも始めましたか?」
「よく分かったね?」
 充分広いはずの教室が不自然に机でいっぱいになり、その中でひしめき、
押し合いへし合いで席を奪い合う中高生の姿を想像した桂花は、軽い目眩を覚えた。
「誰も止めなかったんですか」
「初めのうちはみんな慎ましくてね。俺も、まぁ、ある程度までは見て見ぬふりをしていたよ。
どんな理由にせよ、学びたいという気持ちは大事だからね。
それがエスカレートしてきて、他の先生から苦情が来るようになって、
さすがにまずいと思っていた矢先だったんだけど、
対応が遅れてしまった」
「……」
「困ったことに怪我人が出てしまってね。
学期途中で異例なことに、人員配置の見直しが行われたんだけど……
結局は俺が全部のクラスを回らないと誰かが納得しないだろうとトップが判断して。
俺の意志は脇へ押しやられたまま、気付いたら資格を取り直して保健医をすることになっていて、
今では学内の共有財産扱いだよ」
 ここまで聞いて、ついに桂花は吹き出した。
 声を上げて最後に笑ったのがいつなのか、もう覚えてもいないというのに。
「ずいぶん、苦労なさって、いるのですね」
「まったくだ」
 肩をすくめた一樹と目が合い、桂花はまた笑った。
 柢王が戻ってきたのはその時だった。
「ずいぶん楽しそうだな」
 声を聞いて初めて、保健室に柢王が入ってきたことに気付いた。
無防備に笑っていた自覚のある桂花は、それを見られたと知って、顔を強張らせた。
らしくもなく気を緩めてしまっていたことに半ば呆然としながら、歩み寄ってくる柢王を見上げる。
「あの……」
「まだ一樹と話があるのか?」
「いえ……雑談をしていただけですから」
「そか。んじゃ、もう遅いし、連れて帰っても良いよな?」
 桂花の頭越しに一樹に声を投げた柢王に腹が立ったが、顔には出さない。
「それは、俺じゃなくて桂花に聞いた方が良い。決めるのは彼だよ」
「あー、悪ぃ。無視するつもりじゃなかったんだが……ごめん。してたよな」
「いえ」
 短く答えた桂花に、柢王は困ったように自分の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜてその場にしゃがみ込んでしまった。
一気に男の目線が下がる。
「悪かった。……遅いし、家まで送るから、一緒に帰らないか?」
 下から見上げるようにして頼まれれば、謝絶しにくい。
しかし――
「吾には、校門まで迎えが来ていると思います。車なので……」
 迎えというよりは、それは監視なのだが。
学校から一歩でも出れば、桂花には一切の自由が許されていないのだ。
「そうなのか」
 傍目にも沈んでしまった男に、桂花はどうしていいのか分からない。
そんなに落ちこむことではないはずなのに。
なぜか、自分が悪いような気持ちになってしまうではないか。
「だから……校門までは、一緒に行きます」
 思わず言ってしまったが、それを聞いて顔中で笑う男を見てしまっては、後悔の念も湧いてこなかった。
 ふたりは揃って一樹に礼と退室を告げ、暗くなった外に向かって歩き始めた。


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