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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.86 (2007/02/18 15:35) title:Colors 2nd. Sheltering Sky
Name:しおみ (zo239233.ppp.dion.ne.jp)

『生きることは勇気ある挑戦か、あるいは全くの無だ──(H・ケラー)』

「法廷ですって?」
 ティアの声が月明かりさす庭に響く。美しい王宮でにわか剣呑な話になったのは、全て冥界航空『美のオタク』オーナーのせい。
 久しぶりに桂花に会って、ただでさえ違う回路が錯乱したのか、その笑みは蜜が滴るようなデンジャラス。そのキレ者ぶりで
業績を伸ばしてきた人の、何とかに刃物な輝きがつやつやグロスにありありだ。
「そう、法廷で。だって、桂花がいま天界航空で飛んでいるのはうちの教育があったからだろう、ティアランディアくん? うちが
桂花にパイロットとしての教育をしてきたからだ、違うかね?」
 笑顔で確認するオーナーに、ティアは一気に防御モード。先が読めたのは桂花も同じらしい、瞳を細める。マタドールさながら
金のスパンコールに身を包んだオーナーは蜂蜜に砂糖を入れた甘さで核心に入る。
「知っているよね、ティアランディアくん。パイロットに限らず技術能力者に関しては、前社で習得した技術を用いて新しい会社で
就労することを数年間、差し止めることができるという法律があることを。前社の企業努力と利益を守るための当然の権利だよ。
つまり、私が天界航空での桂花の飛行を認めなければ、桂花は君のところでは飛べない。少なくとも二、三年は。つまり、桂花は
天界航空のパイロットではなくなるというわけだ」
「なっ…!」
 アシュレイと柢王が顔色を変える。とっさにこちらを見るのをティアは目で制した。
「パイロット一人育てるのにどれだけの時間と経費がかかるかは君に言うまでもないね、ティアランディアくん。桂花が優れた
パイロットだというなら尚更、うちには桂花に対する権利がある。それに、桂花は飛びたくてうちを出たのだろう? だとしたら
飛べない天界航空にいても仕方ないではないかね」
「法律があるのは知っています」
 ティアは言うと、すぐに続けた。
「ですが、パイロットの資質全てが企業の力とは言えません。それに桂花がうちのスタッフになってからもうじき一年、その間、
オーナーは何もしてこられませんでしたね。加えて、桂花をうちに推薦下さったのはオーナーの共同経営者である奥様です。
オーナーはそれらのことを法廷でどう説明なさるのですか」
 と、オーナーはきっぱり。
「説明など私はしないよ、それは弁護士の仕事だからね」
 それから、ふとため息つくと、ふたつ結び揺らして、
「李々はすばらしいが、時に美に関するこだわりを解さないからねぇ。困ったものだよ」
「あんただよ、困りモンはっ!」
 W機長のつっこみを、しかし美の亡者は軽く無視。
「ともかく、だ、ティアランディアくん。私は桂花をうちに戻して欲しいのだよ。やはり桂花の美しさは生が一番だからねぇ。
うちに戻ってくれば桂花はうちで飛ばせよう──モバイルでムービー送ってくれたらいいから。おとなしく戻してくれればそれで
よし。そうでないなら法廷で争う──歴代傷ひとつない天界航空が、君の代で訴訟なんて実に美しくない話だと思うけれどねぇ」
 にっこりと微笑むオーナーの美貌はほとんど妖艶。その笑みのまま畳み掛けるように、
「さて、どうするね、ティアランディアくん?」
 言われて、ティアは瞳を上げた。言いたいことを抑えてティアの様子を見守っている親友二人の顔と、突き放したような冷静な
顔で見ている桂花の顔を見つめ、そして言った。
「桂花は戻しません。法廷に出ます」
「オーナー!」
 初めて桂花が口を開く。と、オーナーはフラッシュ。キレた柢王が鋭く、
「まじめなのか嘗めてんのかどっちだっ!」
 にぎり拳作るのに、シャッターチャンス逃したオーナーも鋭く、
「ティアランディアくんっ、一体さっきからこの男はどうしてうちの桂花に寄り添っているんだねっ」
「それは──」
 さすがにティアも言葉に詰まる。
 と、
「かれは吾の恋人ですから」
 落ち着いた声に、誰もが桂花の顔を見た。冥界オーナーが目を見張り、
「桂花、いま何と言った? 恋人って……この男、男だぞーっ!」
 叫んだのは、非常識な人でも常識的に驚愕することがあるというこの世の不条理。だが、驚いたのはティアたちも同じだ。
開けっぴろげな柢王と違って、桂花がこんなにはっきりカミングアウトするとは思わなかった。
 冥界オーナーの顔色が、七面鳥のように変わる。ふたつ結び振り乱して錯乱したように、
「桂花っ、おまえ、考え直しなさいっ! あああっ、聞いただろうっ、ティアランディアくんっ、やはり君に桂花は任せられないっ、
何が何でもうちに戻してもらうぞっ! いますぐ弁護士を呼びたまえーっ」
「その必要はありません」
 桂花の声は落ち着いていて、月明かりに瞳だけが燦然としている。断崖に咲く花のようなその美しさに、ティアたちは息を飲んだが、
冥界オーナーはころっと正気に戻り、
「おまえは相変わらず決断が早いねぇっ! ではさっそく飛行機を手配して──」
「いえ、冥界航空にも戻る気はありません」
 桂花はあっさり言うと、冷静な声で続けた。
「パイロットをやめます。オーナーとも二度とお目にかかりません」
「桂花っ!」
 三人の叫びを、満天の星が落ちてきそうなオーナーの絶叫が遮る。
「何を言うのだ、桂花っ。うちに戻れば最新ジェットが待っているよっ! シュミレーターだって買ってあげるし、月に二回は
遠距離飛ばせてあげるからっ! それにおまえが好きな超難度路線だって飛ばせてあげるからっ」
「それは寛大なお話だと思いますが」
 でも、と続けた桂花の面は、胸が冷たくなるほど冷静だ。
「いまはただ飛べればいいとは思っていません。ましてや、鎖のついた保護区を飛ぶ翼ならない方がましです。パイロットとしても
個人としても、オーナーにこれまでしていただいたご親切には心から感謝します」
 一礼すると、きびすを返す。柢王が顔色を変え、
「待て、桂花っ」
 残されたティアとアシュレイ、冥界オーナーはしばらくあぜんとその場に立ち尽くしていたが──
「あいつ、本気だぞ、ティア……」
 アシュレイが鳥肌が立ったような顔でつぶやく。ティアも、
「そんなことさせられない──」
 冥界オーナーを振り向くと、毅然、
「訴えるのでしたら訴えてください! うちは絶対に桂花をうちのパイロットとして飛ばせます、そのためならどんな犠牲でも
払いますからっ!」
 叫ぶと、アシュレイとふたり、桂花たちの後を追って駆け出した。

「桂花、待てっ!」
 迷路のような王宮の廊下の一角で、桂花の腕を掴まえた柢王がその体を引き寄せる。
「待てよ、おまえ、落ち着けよ」
 柢王の言葉に、桂花は顔を上げた。光を放つような瞳は、しかし、内心の揺れなどかけらも映さない冷静さだ。
「吾は落ち着いていますよ。あんなふうに出てきたら陛下に失礼でしたね」
「んなこた山凍部長が何とかする。つか……おまえ、本気で言ったろ、さっきの言葉」
 柢王は桂花の瞳を見据えた。
「言うなよ、あんなこと二度と。おまえがパイロット辞めるのなんか許さないから、二度と言うな」
 言ったが、桂花の答えはゆるぎなく、
「二度も言う気はありません。吾はその通りにするだけです」
「そんなことは絶対にさせない! 大体こんなことで空降りるなんてバカげてるにもほどがあるぞ!」
 柢王は桂花の両腕をつかんだ。艶やかなフォーマルの上からでもその体の冷えがわかる。だが、桂花の面はあくまで冷静、
睨みつけるような柢王のまなざしを静かに見返して答えた。
「バカげていることは承知です。ですが、現実に訴訟になれば勝ち負けに関わらず天界航空の名前には傷がつきます。数千人を
抱える企業の受けるダメージを、蓋を開けてみないとわからないと楽観することは吾にはできません。それにパイロットなら
誰でも自分がどう飛びたいかは承知しているはずです。吾は鎖つきの空は飛びません」
「だからっておまえがパイロット辞めるのが何の解決になるんだ? おまえがやめることで訴訟にならなかったとしても、
ティアはそのことでずっと苦しむ。俺やアシュレイだって同じだ。第一おまえ──自分が、空降りて生きていけるとでも思ってんのかよ!」
 叩きつけるように言った柢王に、桂花は、
「飛ぶだけが、生きる方法ではないでしょう──」
「はき違えてんじゃねえぞ、桂花!」
 柢王は、桂花の体を揺さぶった。
「誰にも傷がつかないなら自分は傷ついてもいい、そんなきれいごとで空降りて他のこと選んだって、そんなのは生きてることに
なんかならねーんだよっ! 空の上はお前の場所なんだろ、だったら諦めんじゃねえよ! 欲しいものは絶対に諦めるな! 
闘う前から諦めたら手に入るもんだって入らなくなるだけだ!」
 冷たい体を──柢王は強く抱きしめた。
「諦めるなよ」
 冷静な顔。泣きも喚きもしないで、自分をずたずたにする決断を選ぶと断言する。その強さが何のためかよくわかっているから。
その胸の、表さない痛みもわかるから。
「諦めるな、絶対。俺がついてるから諦めるな」
「柢王……」
「俺たちがいるから、絶対諦めるなよ──」
「柢王の言う通りだよ、桂花──」
 声に振り向くと、息を切らせたティアとアシュレイとが立っている。優しい目をして、
「勝つか負けるかはわからないけど、諦めたらそれで終わりだよ。君の問題は私たちの問題なんだからね」
 アシュレイもうなずいて、
「大体、おまえのこと飛ばせないとか言うあの変なやつが悪いんだからな! おまえは堂々としてりゃいいんだぞっ」
「──オーナー…アシュレイ機長……」
 呟いた桂花に、いつも敬称付きで呼ばれるアシュレイはちょっと赤くなったが、続けて、
「俺はおまえのことパイロットとして尊敬して…やってるから──まだ教えてもらいたいことあるし、やめてもらったら困るからな」
「──……」
 桂花の瞳の色が深くなる。とぎれるような息を吐いて、睫毛を伏せるのを、柢王が優しく自分の胸に引き寄せる。
 それから、みんなで桂花を守るように、王宮の外まで歩いて、呼んだタクシーでホテルに戻った。

 そして、王宮では山凍部長がいきなり消えたメンバーの行動を、王宮のすばらしさに感動して見にまわったに違いないなど
訳わからんなりに嘘八百、真顔でフォローして陛下を感激させていた。

 柢王のスィートでソファに座った四人は今後の方針を話していた。
「つか、あの男本気で訴訟なんか起こす気か」
 桂花の体を腕に抱いたまま尋ねた柢王に、ティアはうーんと首をかしげ、
「冷静に考えると、うちが負けるとは限らないんだよね。さっきも言ったけど、オーナーは桂花がうちにいると承知で放置して
いたんだからね。ただ、桂花に執着はしてるし、男の恋人がいるとわかったからには──無理でもやるかも知れないなぁ。実際、
前のときはやりかけたわけだし」
「でも、もともとこいつがうちに来たのはあいつのせいじゃないか。こっちこそ訴えてやればいいんだっ」
 アシュレイが憤然と叫ぶ。ティアも頷きはしたが、
「間違っているのはオーナーなんだけどね、ただ、個人的な趣味の話で表に出ると李々夫人にも迷惑がかかるからね」
 冥界航空の李々夫人は桂花の育ての親みたいなものだ。言いたいことがわかったアシュレイは渋々頷いた。が、ティアは、
「いっそのこと李々夫人に電話してみようかなぁ。絶対止めてはくれると思うし、万が一訴訟になっても示談で済みそうだし」
「でもそれではオーナーにご迷惑が──それに李々にも……」
「おまえのこと大事にしてくれた人だろ、迷惑がったりしねぇよ」
 柢王が優しく言い、ティアも、
「それに私も迷惑なんて思ってないよ。パイロットを守るのが私の仕事。そうさせてくれなかったら、君を恨むからね、桂花」
「オーナー……」
 と、ふいにアシュレイがあっと叫んで立ち上がった。
「どうしたの、アシュレイ」
「思い出したっ、あの女っ」
「女?」
 怪訝な表情の一同の顔が、アシュレイの説明を聞くうちに驚きを浮かべる。


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