[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1010件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.82〜86] [No.87〜91] [No.92〜96→]

No.91 (2007/02/27 15:26) title:応報
Name: (p129080.ppp.dion.ne.jp)

「そうだ、これお前にやるよ」
「なに?」
 つき出された柢王の手のひらを見ると小さな小ビンが転がっていて、その中には真珠のような粒がふたつ入っていた。
「桂花がつくった、本音を言っちまう薬だ。兄貴たちにイタズラで使ってやろうと思ってたんだけどな、そんな事してる場合じゃなくなったからさ」
 柢王は決めてしまった。魔風屈へ行くことを。
「・・・・そんなのいらないよ、誰に使えって言うんだ」
「や、別にうちの兄貴らでもいいし、ここの奴らとかにでもいいし。怪しい行動してる奴に飲ませりゃ即効、一発だぜ?なぁに、そんな深刻になるほどのモンじゃねーよ。相手の本音が聞けるってだけの話」
「誰かに使ったの?」
「俺自身。も〜桂花に迫って迫って仕事ほったらかして一日中あいつのこと貪った」
「むさ・・・よく桂花がゆるしたね」
「試しに桂花に飲ませようとしたら、絶対イヤだって言うから、じゃあ俺が飲むって――――自分が飲まされるよりはマシだと思ったんだろ。実際の効果は1時間も続かないけど後は畳み掛けってやつで。おかげで次の日は立てないって怒られたけどな♪」
「――――楽しそうだね・・・・それじゃあ、一応もらっておくよ」
「飲物に混ぜりゃ絶対わかんねーよ。においも味も無いからな」

 ・・・・・あれから柢王はどうしているだろう。遠見鏡でも見ることが叶わない魔風窟へ行き、彼はたった一人で共生を成功させようと頑張っている。いつも助けてもらってばかりなのに彼が大変な時に手助けできないことがもどかしい。
 やらねばならないことは次から次へと増えていくが、心配事がありすぎてやる気が出ない。
『この机の書類を全部片づけ、これから先絶対に仕事を溜め込まないと誓えば、お前の中で渦巻いているすべての不安を取り除いてやろう』―――――とでもいうのならためらわずに誓おう。でも・・・・誰がそんな保証をしてくれるというのだ。
 柢王のことを考えると、心配で不安で気分が重くなる。ティアは引き出しから出した小ビンを手にとった。
「まるで真珠そのものだね」
 透かして見ていたら扉がノックされ、応えると使い女が入室してきた。
「若様、お茶の支度が整いましたと桂花さまが・・・」
「分かった」
 最近の楽しみは、アシュレイと桂花と三人でお茶を飲むこと。二人との休憩時間は心だけでなく目の保養にもなる。
(でも・・・・あの二人、最近は言い争いとか全然しなくなったけど、よそよそしいって言うか遠慮してるんだよね。お互いのこと、とっくに認めてるくせに・・・・これを飲ませたらどうなるんだろう。ケンカ・・・にはならないよね、もう)
 魔がさしたとしか言いようがない。恋人や親友にこんなものを飲ませるなんて・・・・ティアはその小ビンを忍ばせると執務室を後にした。

 アシュレイが選ぶ菓子を次々と取り分けてやっている桂花。その隙をついてティアは薬をすばやくカップに落とした。真珠の玉はあっという間にとけこんで、お茶の色も特に変わらない。
 早鐘を打つとはまさにこういう事。胸を押さえて、ティアは二人の方をチラチラと見る。気づいていないようだ。
「ティアも食えよ、これスッゲーうまい」
「あ、うん、いただこうかな」
 ティアが焼き菓子に手を伸ばしたその時、桂花がカップに口をつけた。
「あっ!」
「・・・・どうなさいました?」
 一口含んでカップを皿に戻すと桂花がティアのほうに向きなおる。
「いや、なんでもない、お、美味しいなって思って」
 まだ食べていなかった焼き菓子をあわてて口に放り込んでムリな言い訳をする。
「――――そうですか、たくさん召し上がってください」
 にこりと微笑んで、桂花はポットに手をかけた。見れば、いつの間にかアシュレイはお茶を飲み干していたのだ。
(二人とも飲んじゃった!)
 自分が仕掛けたくせに、手がふるえそうだ。八紫仙や各国の王を相手にしても毅然とした態度を貫くティアだが、アシュレイと桂花・・・どちらも怒らせたら怖いことを知っているだけに、恐ろしい。
 今になって、この二人相手になんという事をしてしまったのだろう・・・と後悔先に立たずだ。
 ティアはまだ熱いお茶をふぅふぅと冷まし、いっきに飲むとおもむろに席を立つ。
「用事を思い出した。ごめんね、二人はゆっくりしてて」
 優雅に歩いていって扉を閉めると、モーレツダッシュで廊下を駆け抜ける。
(うわーうわーっ!危なかった〜。桂花なんて不審な目で見てたものっ!すごいスリルだよ柢王〜っっ)
 とても間近でなんて見ていられない。ティアは息を切らし執務室へ飛びこむと、すぐに遠見鏡へかじりついた。
 桂花と向かいあって、彼のいれたお茶を飲むアシュレイ。
「こんな日が来るとはね・・・・・」
 ティアは目頭を押さえつぶやく。
「柢王にも早く見せてあげたいよ・・・」
 
『うまいな、このお茶も』
『体を動かした後は特にお勧めなんですよ。疲労回復を助ける働きがあるんです・・・早朝から出かけていらしたようでしたから』
『気づいてたのか・・・それにしても、お前って本当に気がきくな。柢王がいつも自慢してたの、分かる』
『・・・おかわりいかがです?』
『もらう―――前から思ってたけどお前の目って宝石みたいだよな』
『・・・宝石・・・ですか?』
 柢王には、よく紫水晶にたとえられるこの瞳。まさかアシュレイにそんなことを言われるとは思わず、一瞬の間があく。
『なんか、中心の濃い紫とその回りのうすい紫が光に当たると透き通ってキラキラしてすげぇ綺麗なんだよな。前にティアが言ってたけど、本物の宝石は冷たいらしいぜ。だから尚更お前の目は宝石みたいだ』
 魔族は誉められることが特に好きだ。そこへきて、ムダなおべっかなど決して使わないアシュレイに褒められるとなるとなおさら気分がいい。
『吾の目は冷たいですか?』
 くすりと笑って桂花は続ける。
『あなたの瞳こそ、ですよ。澄んでいるのに燃えているような瞳・・・守天殿の仰る“冷たさ”はありませんが、まるで上等な宝石のように美しい』
 いつもティアに囁かれているような文句を桂花に言われ、アシュレイはなんだか落ち着かず口を開く。
『そ、それに、その髪も、サラサラで・・・・前から触ってみたかった』
『どうぞ?』
『いいのか?』
 柢王ごめん!と何故か心中で謝りをいれながらアシュレイはそっと髪に触れる。
『ぅわ、なんだこれ。ティアの髪も触り心地いいけど、あいつのより少し長い分よけいに気持ちいいかも』
『そうですか?』
 何度も上下するアシュレイの手に撫でられているうちに、桂花はうっとりと目を閉じた。
『ずいぶん・・・優しく撫でるんですね・・・あなたに身を委ねる動物たちの気持ちが分かる気がしますよ』
 瞳を開け至近距離でまっすぐ見つめてくる魔族の美貌にあてられ、アシュレイは咳払いをしてお茶を飲んだ。

「ふぅん・・・・・ずいぶん効きが良いんだねぇ、あの薬・・・・」
 にわかに雲行があやしくなってきた遠見鏡の中の二人にティアの視線がきつくなる。
 また思いっきり髪を伸ばしてやろうかと思いながらティアは遠見鏡を消した。
「・・・・・・・。私も戻ろっ」
 本音を言い合う二人の様子を見てれば一目瞭然、ただの誉めちぎり大会ではないか。それならこの機会に、普段あまり誉めてくれない恋人や優秀な秘書に、誉められない手はないだろう。
 ティアは急いで二人の元へと向かった。ウキウキしながら廊下を曲がると、桂花とバッタリ出会う。
「あれ?桂花・・・・・お茶の時間はもうおしまい?」
「ええ、守天殿が執務に戻られたのに吾がいつまでも休んでいては」
「仕事なんかしてないよ?」
 ――――――――――余計なことを言った、と後悔したのは、先刻さんざんアシュレイに褒められた紫水晶がすぅっと細くなったから。ティアはあわてて付け足した。
「もう少し休んで?ね、いつも働きすぎだよ桂花は」
「・・・・・守天殿。吾を気づかって下さるのなら仕事を溜めないで頂けるのが一番です、では。―――――― もう何度も言ってることなのに・・・」
 辞儀した桂花は、すれ違いざまボソリとつぶやき、ためいきをつきながら執務室の方へと歩いて行く。
 美貌の魔族の背を、呆然と見送るティアに背後からアシュレイが声をかけた。
「なにボケッとつっ立ってンだ?」
「アシュレイ!」
 すぐに立ち直って恋人の肩に手をかけようとしたら・・・・
「よせって!こんないつ使い女が来るかもしれないとこで、くっつくなよ。お前のそういうとこ、ヤダ!」
『ヤダ』「ヤダ」ヤダ・・・脳に直撃した言葉が反響し、固まってしまったティアを置いてアシュレイは桂花の後を追うかのように行ってしまう。
「・・・・・私に対する二人の本音って・・・」
 いつも言われて聞きなれている言葉のはずなのに、今日は特別ティアの心に深く突き刺さったことを、二人は知らない。


No.90 (2007/02/26 22:55) title:火姫宴楽(8)
Name:花稀藍生 (p1065-dng54awa.osaka.ocn.ne.jp)


 それから一週間、グラインダーズは文殊塾を休んだ。
 ・・・初潮が来たのだ。
「・・・―――――― 」
 開口部という開口部をすべて厚地の布で覆った部屋はうす暗く、蒸すように暑かった。
 その暗い部屋の壁際に置かれた籐の寝台の上で、グラインダーズは頭から掛け布をかぶ
ってうつぶせになっている。掛け布の下で目を見開き息をひそめているその姿は、暗がり
に潜む獣のようだった。
 ・・・・・事実、彼女は今、手負いの獣のように怒り狂っていた。
 しかし怒り狂うと言っても、大声を上げたり、大暴れをするわけではない。乳母達にと
っては、いっそその方が楽だったろう。彼女は今にも弾けそうなピリピリとした激しい怒
りを周囲に発散させながら、ほとんど語らず能面のような表情で、人の手を静かに、だが
激しく拒んだのだ。

 ・・・グラインダーズに初潮が訪れた事はたちまちのうちに天界に広まった。
 これまでは、天界中の大貴族達からせめて約束だけでも、と怒濤のようなオファーが押
し寄せても、子供であることを理由に炎王が沈黙をもって返答していたことにより今まで
ずっと二の足を踏んでいた貴族達から、初潮がおとずれたということは、それは子供を産
める体になった―――つまり一人前になったと言うことで、グラインダーズ宛てに直接
求婚と贈り物が殺到したのだ。 
 ―――情報が筒抜けであることに頭を殴られたような衝撃を受けているグラインダー
ズにさらに追い打ちをかけたのは、求婚者の殺到を我が事のように喜び合う乳母と使い女
達の姿だった。
 乳母や使い女達が喜んで部屋に運び込んだそれらの贈り物を、年頃の少女らしい潔癖さ
でもって、グラインダーズはそれらすべてを窓から投げ捨てた。
 そして、乳母と使い女達を部屋から追い出したのだった。

「・・・・・・・」
 グラインダーズは掛け布の下で唇を噛みしめた。
 恥辱と屈辱のあまり死んでしまいそうだ。
 月経に関する知識はもちろんあった。 だがそれが訪れた途端、いきなり、貴女は大人
の女性の体になった、子供を産める体になったと言われても、全然納得いかなかった。
 では今までの私は何だったというのだ。女の子だからと言われ行動の制限を受けていたあ
の時はいったい何だったというのだ。
(そしてこれからはもっと・・・?)
 第一、一人前の存在になど、どこが扱われているというのか。
 そこにはグラインダーズの意志はない。あるのは南領の王女という肩書きと、子供を
孕む子宮だ。
(私は子供を産むための道具でしかないの?)
 彼らの誰も、本当のグラインダーズを知らない。知ろうとしない。
 そのことがただひたすら悔しかった。
 自分の存在というのはその程度でしかないのか―――。
 グラインダーズは自分の手をみつめた。乳母がいつも乳液でマッサージしてくれていた
その手はなめらかで、形良く整えられた爪がならんでいる。
 手を返すと、手のひらには微かにだが剣だこが出来ている。グラインダーズは拳を握り
しめた。
(こっちの方が好きだわ)
 この手のひらは自分で手に入れたものだ。爪が割れる、指が太くなるとどれだけ乳母に
言われようと、武術を習うことが楽しかった。強くなってゆく、という感覚が嬉しかった。
(・・・でも、力で勝つことは出来ない)
 長棒をたたき落とされた時の感覚がよみがえってグラインダーズは枕に突っ伏した。
 ・・・・・暑苦しい湿った空気に、ふ、と別の香りが混じったのはその時だった。かすかに
部屋が明るくなった。見回すと香玉を載せた皿を小さな手が、そっと扉の隙間から押しや
るのが見えた。
「・・・アシュレイ?」
 その声に手はあわてて引っ込んだが、扉の外に弟の気配はまだあった。部屋の中に、甘
く澄んだ香りが広がっていく。もう一度名前を呼ぶと、小さな顔がひょこっと現れ、暗い
部屋にとまどったように目を瞬かせた。アシュレイはそれ以上は部屋に踏み込もうとはし
なかったが、元気そうな姉の顔を見て(病気だと言い含められているらしい)嬉しそうに
笑い、これからレースに長棒の稽古をつけて貰うのだと言った。
 レースガフト・パフレヴィーは飛び抜けて背が高い南領元帥の一人で、一般的な武器の
扱いはもとより暗器の扱いにも長けていた。ついでに言うならグラインダーズの教育係の
一人だった。アシュレイの教育係は別にいるはずなのに何故レースなのか?と聞けば、
アシュレイはにっこり笑って「姉上が、勝ったから!」と言った。
「姉上は、姉上より年上の大きなヤツとやって勝った!だから俺もレースに今から教えて
貰って、柢王に勝ってやるんだ!」
 レースでなくても自分より大きな相手に勝つ闘法を教えてくれる指南役はいるだろう
に、やけにレースにこだわるのがおもしろい。
 扉向こうで小声でいさめる乳母の声がして、アシュレイはなごり惜しそうにグラインダ
ーズに笑いかけ、扉を閉めて軽い足音を響かせながら去っていった。
 再び暗がりに一人になったグラインダーズは枕に左腕で頬杖をつき、もう一度右手のひ
らの剣だこを見た。
(・・・・・・もとはと言えば、アシュレイだったのよね)
 自分が武術に打ち込むようになったきっかけは。
 最初は戯れだった。
 遊びに行った文殊塾の友人の所で、友人の膝によじ登り抱っこされている内にそのまま
腕の中で眠ってしまった友人の弟の姿が可愛くて、自分もしてみたいと思ったのだ。
 ところが自分の小さな弟は人がいるとなかなか寝付かず、おとなしく膝の上にはいるの
だが、いつまでも体を硬くしているのだ。
 何となくそれが悔しかったグラインダーズは走り回り始めて乳母達の手を焼かせ始め
た弟に、文殊塾で習った棒術や剣術を見よう見まねで教え始めたのだった。
 そうやって体を動かせ疲れさせればそのまま膝で眠ってくれるかもしれない、と今思え
ばとことん子供の浅知恵だと思うのだが、あの頃はグラインダーズなりに一生懸命だった
のだ。・・・結果と言えば、自分も疲れ果てて弟の寝顔をろくろく見られずに一緒に眠りこ
けてしまっていたということなのだが。
 しかしそれが功を奏したのか、アシュレイはグラインダーズによく懐いた。 仲が悪い
より良い方がいいと思う周囲の意向により彼女らの武術ごっこは黙認された。
 ・・・数年後にグラインダーズが父王に願い出て専任の武術指南役をつけて貰う頃には、
アシュレイは5歳上の自分と剣の手合わせをして3本に1本は取るという、なんとも恐る
べき3歳児となっていた。
 ・・・そして今(回想中グラインダーズ11歳現在)では南領中を飛び回り、斬妖槍を使
いこなして一人で魔族討伐まで行っている恐るべき6歳児となっている。
 弟はみるみるうちに強くなった。大人顔負けの強さを誇りながら、飽くことなく強さを
求め続ける弟に、果たして今の自分が相手として通用するだろうか? さほど年の違わな
い男児にすら力負けをした自分が?
「・・・―――」
 ふいにアシュレイの笑い声が窓の下でおこった。それから長棒が打ち合わされる音が。
 何事か、とグラインダーズが窓のおおいをかき分けて覗くと、窓に面した小さな中庭で
ちょうど真っ正面からレースにぶつかっていったアシュレイが、特に力を入れたわけでも
なさそうなレースの棒先に軽くあしらわれて芝生の上にころんと転がされていたところ
だった。
(・・・どうしてレースには勝てないのかしら?)
 大型魔族を数撃で打ち倒す弟が、ああも簡単にあしらわれているのがグラインダーズに
は不思議でたまらない。
 窓からのぞくグラインダーズに気づいたのか、レースガフトが長棒をぶんぶん振って笑
いながら言った。
「お嬢! 鼻血を1リットル流す事と引き替えに、相手に鼻血を5リットル流させて勝っ
たって話じゃないですか! おめでとうございます! 武術指南役の私としては鼻高々
ですよ! いやあ、まさしく捨て身攻撃!まさしく肉を切らせて骨を絶つ!
 ――― って! そんな危ない戦法を教えた憶えはないのですが!」
 5リットルも鼻血が出る前に普通死ぬ。1リットルだって危ない。・・・いや、そもそも
そういう問題ではない。
 何かを言い返そうとしたグラインダーズの視線の先で、アシュレイがまたしてもレース
の棒先であしらわれ、ころんと転んで笑い声を立てた。レースも笑っている。
 小さな中庭は さんさんと差し込む陽光と 流れ込む水の音と 花の香りと 笑い声
に満ちあふれている。
「―――――・・・」
 ―――急に馬鹿馬鹿しくなった。
 こんな暗い自室で一人閉じこもっていろいろ思い悩んでいたとしても、何一つ変わりは
しないのに。・・・情けない。これでは本当に子供だ。
 経血はとっくの昔に止まっている。グラインダーズは汗にぬれて張りつく寝着を勢いよ
く脱ぎ捨てると、部屋の一角に置いてある盥の水を頭からかぶり、一つ大きく息をついて
から、良く通る声で乳母を呼んだのだった。


No.89 (2007/02/22 00:38) title:桂花の留学生活4
Name:秋美 (121-83-0-238.eonet.ne.jp)

 このノリは何だろうと思いつつも、桂花は楽しかった。
ほんのわずかな時間だというのに、心が軽くなっているのを感じる。
 ただ、不思議ではあった。
ここまでしてもらうだけの何かを、自分は持っていないはずで、これから先もそんな価値が生まれるとも思えない。
むしろ関わっただけで、迷惑を被る可能性が高いはずなのだ。
 この短い時間で、桂花は一樹に好意を抱いていた。
できれば、危ない橋を渡ってその身を危険に晒すようなことは止めて欲しかった。
 それに、桂花はまだ、無条件で与えられる他人からの好意を信じ切れないでいる。
 魅力的な申し出であるだけに、とても複雑な気持ちだった。
「ありがたい……いえ、吾にはもったいない申し出です。
そうなったら、と考えられただけで楽しいと思えました。ですが」
「ストップ」
 桂花の辞退の言葉を、一樹がやんわりとした口調で遮った。
「きみは、余計なことに気を回さなくて良いんだ。遠慮せずに甘えておいで」
「……どうして? そこまでしてくださるんですか」
「きみが気に入ったから、じゃいけないのかな?」
 目を細めた一樹の雰囲気が変わった。
 桂花はぞくりとしたものを感じ、息を呑んだ。
 それまで一樹を包んでいたさらりとした空気が急に艶めいて、匂いたつような妖しい色に染まったようだった。
「先生?」
「さわっても?」
 言葉と同時に、手入れの行き届いた手が伸ばされる。
断られる可能性などつゆほども考慮に入れていないその動きを、桂花はごく自然に受け入れた。
 うろたえるほどうぶではないし、一樹に対する嫌悪感もなかった。
ただ、少し驚いた。
 一樹の手はそっと桂花の頭に触れ、長く伸ばされた髪を絡めとっていく。
「きれいな髪だね。こんなに色素の抜けた髪は珍しい」
「そうでしょうか」
 首を傾げた桂花に、そうだよと一樹は微笑する。
「きれいで、頭の良い子は好きだよ。できる限り、力になってあげたくなるね」
「たった、それだけで?」
「いけないかな? それに――」
 指に絡めていた髪をそっとといて、一樹の手が離れていく。
肌には触れなかったその手を、惜しいと思った。
「これでも俺は教育者で、ここは学校だから。知識を求める生徒には助力を惜しむべきじゃない。
水を飲みたい馬にはいくらでも与えてあげる。ここはそうあるべき場所なんだ」
「外国人にも?」
「関係のないことだ。理事長と校長の両名が認めた時点で、本来なら生徒の人種国籍の一切は不問にされるはずなんだよ。
この学校は本来、どこの国にも属さない一種の治外法権を認められた場所なんだ。
だから四国の中央に位置していて、原則どの国からの干渉も受け付けない……少なくとも建前上はね」
「吾は、例外なんです」
「知ってる。理事長も頭を抱えていたよ。東国王族からの直接の依頼だ。無下にはできない。
それでも、学内での外部からの監視は許さなかったし、敷地内での行動の自由は保障されたはずだね」
「はい」
 一樹を包んでいた妖艶なオーラは、幻のように消えていた。
「だからきみは、堂々とここで好きなことをしても良いんだ。
俺が触れにいっても平気な生徒なんか滅多にいないから、きみの存在はありがたい」
「あの、いつも生徒にあんなことをなさるのですか?」
 恐る恐る訊いた桂花に、一樹は首を振った。
「まさか。普通に教鞭をとっていても問題が起こるんだよ? 
故意にあんなコトをしたら、とりあえず理事長が卒倒すると思うな」
 とても楽しそうな一樹は、絶対に何かを思いだしている。
「参考までに……どんな問題が起こったのか、お訊きしてもかまいませんか?」
「礼儀正しいね。そんなに遠慮しないで?」
「いえ、そういうわけには」
「良い子だ。……俺が起こしたというか、生徒が暴動を起こしかけたというか。
俺は国語が担当だったんだけど、受け持ったクラスの成績がとても良くてね。
平均点にして定期考査で20点近く、他のクラスに差を付けてしまった。これがちょっとまずくてね。
というのも、俺が受け持っていたクラスは、どの学年も下位クラスだったんだ」
 そこまで聞いて先を予想できた桂花は、思わず苦笑した。
 これほど求心力のある教師が真剣に指導すれば、苦手教科であっても真面目に取り組む生徒が増えるだろう。
それでもなおやる気を出せないでいる生徒には、個別対応で丁寧に指導したとしたら。
この目に楽しい顔が間近にあって、自分の為だけに問題の解説などしてくれたら。
 女生徒はおろか男子生徒だって簡単に落ちるのではないか。
 そうしてクラスが一丸となって、あらかじめ範囲の決まっている定期考査に臨んだのだとしたら、それほど意外な結果ではないだろう。
 しかし、上位クラスの連中には面白くない話であったはずだ。
担当教師が一樹であったなら、と思ったに違いない。
「それで、上位の生徒達はどうしたんでしょう。担当教師を替えてくれと校長に直訴しましたか? 
それとも実力行使で授業をストライキしたとか?」
「国の干渉すらはねつけるような学校が、そんな甘い手段に折れると思うのかな?」
 ……そういえばそうだ。では、何が起こったというのだろうか。
「穏便に、風波をたてないように動こうとはしたんだろうね。まず、俺の授業の時に、妙に机が増え始めた。
自分の授業をさぼって潜りこむ生徒が出てきたんだ。
でも教室の広さには限界があるからね。すぐいっぱいになって、そうしたら今度は……」
「まさかとは思いますが……生徒がつかみ合って椅子取りゲームでも始めましたか?」
「よく分かったね?」
 充分広いはずの教室が不自然に机でいっぱいになり、その中でひしめき、
押し合いへし合いで席を奪い合う中高生の姿を想像した桂花は、軽い目眩を覚えた。
「誰も止めなかったんですか」
「初めのうちはみんな慎ましくてね。俺も、まぁ、ある程度までは見て見ぬふりをしていたよ。
どんな理由にせよ、学びたいという気持ちは大事だからね。
それがエスカレートしてきて、他の先生から苦情が来るようになって、
さすがにまずいと思っていた矢先だったんだけど、
対応が遅れてしまった」
「……」
「困ったことに怪我人が出てしまってね。
学期途中で異例なことに、人員配置の見直しが行われたんだけど……
結局は俺が全部のクラスを回らないと誰かが納得しないだろうとトップが判断して。
俺の意志は脇へ押しやられたまま、気付いたら資格を取り直して保健医をすることになっていて、
今では学内の共有財産扱いだよ」
 ここまで聞いて、ついに桂花は吹き出した。
 声を上げて最後に笑ったのがいつなのか、もう覚えてもいないというのに。
「ずいぶん、苦労なさって、いるのですね」
「まったくだ」
 肩をすくめた一樹と目が合い、桂花はまた笑った。
 柢王が戻ってきたのはその時だった。
「ずいぶん楽しそうだな」
 声を聞いて初めて、保健室に柢王が入ってきたことに気付いた。
無防備に笑っていた自覚のある桂花は、それを見られたと知って、顔を強張らせた。
らしくもなく気を緩めてしまっていたことに半ば呆然としながら、歩み寄ってくる柢王を見上げる。
「あの……」
「まだ一樹と話があるのか?」
「いえ……雑談をしていただけですから」
「そか。んじゃ、もう遅いし、連れて帰っても良いよな?」
 桂花の頭越しに一樹に声を投げた柢王に腹が立ったが、顔には出さない。
「それは、俺じゃなくて桂花に聞いた方が良い。決めるのは彼だよ」
「あー、悪ぃ。無視するつもりじゃなかったんだが……ごめん。してたよな」
「いえ」
 短く答えた桂花に、柢王は困ったように自分の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜてその場にしゃがみ込んでしまった。
一気に男の目線が下がる。
「悪かった。……遅いし、家まで送るから、一緒に帰らないか?」
 下から見上げるようにして頼まれれば、謝絶しにくい。
しかし――
「吾には、校門まで迎えが来ていると思います。車なので……」
 迎えというよりは、それは監視なのだが。
学校から一歩でも出れば、桂花には一切の自由が許されていないのだ。
「そうなのか」
 傍目にも沈んでしまった男に、桂花はどうしていいのか分からない。
そんなに落ちこむことではないはずなのに。
なぜか、自分が悪いような気持ちになってしまうではないか。
「だから……校門までは、一緒に行きます」
 思わず言ってしまったが、それを聞いて顔中で笑う男を見てしまっては、後悔の念も湧いてこなかった。
 ふたりは揃って一樹に礼と退室を告げ、暗くなった外に向かって歩き始めた。


No.88 (2007/02/22 00:38) title:桂花の留学生活3
Name:秋美 (121-83-0-238.eonet.ne.jp)

 ……決意も新たに保健室に戻った柢王が見たのは、
くつろぎきった様子で楽しげに保健医と談笑している青年の姿だった。

 一樹は、人をくつろがせることにかけては天才ではないかと桂花は思った。
この人の前で警戒心を維持することは困難だった。
決して踏み込んだことは聞かない。やわらかな金髪に縁取られた美貌は、
対峙した相手を圧倒するためではなく包み込むために存在しているようだったし、
常に微笑みを絶やさない表情は思いやりに満ちていて、つられてこちらも笑ってしまいそうになる。
 何より、人の扱いに長けているのであろうこの人は、桂花の沈黙を責めなかった。
代わりに、他愛もない雑談をしたり、わずかな会話で予想したのであろう、桂花が興味を持ちそうな雑学を披露してくれる。
興味が湧けば、まずは疑問を口にできたし、その答えに対する感想を話せた。
 頭の回転が速く好奇心も旺盛な桂花には、一樹から聞かされる新しい物事のすべてが宝の山に思えたのだ。
「それでは、このお茶はとても貴重なものなのでは……」
「そうだね。東の高山地帯でしか育たない上、まだ栽培に成功した例がない。
だから、自生している場所を見つけて、手で摘み取るしかない。
それも、あまり多く茂る木ではないから、今では発見された茶木はすべて東国が管理しているんだ。
許可を受けた者にしか生産できない茶葉だね」
「吾の国にも、似たような香りの茶がありました。
もっと素朴な味でしたが、その木は部位によっては薬になって……」
 その木には、幼い頃よく世話になっていた。養い親が煎じてくれた薬の独特の苦み。
痛みを和らげる効能に興味を示した桂花に、初歩の初歩から薬草の知識を授けてくれた人……。
 思い出に沈みかけた桂花は、それを振り払うように軽く頭を振った。
「この茶葉の親木も、薬になるんだよ。根を煎じれば鎮痛の効果があるし、
皮を乾燥させて粉末にしたものを軟膏にすれば良く効く傷薬になる。
特に実は高価でね。体内に蓄積された色々な毒素を排出させて、病気を快癒させてくれる。
実質、その実を使った薬を口に出来るのは直系に近い王族や貴族だけだけれどね」
 桂花の様子が変わったことには触れずに、一樹は続きを説明してくれた。
「捨てるところのない、立派な薬木ですね。吾がよく使っていた木と、とても似ている気がします。葉の形や香りが、特に」
「同じ系統の種類なのかも知れないね」
「もしそうなら……改良すれば、広く民間にも薬の恩恵が与えられる可能性があります。
吾の国の薬木は、民間でも栽培されていましたから」
「桂花は、薬草の研究に興味がある?」
「はい。昔、簡単な手ほどきを受けたことがあって。
続けられるなら、医術の勉強を続けたかったと思います」
「続ければ良い」
 あっさり言った一樹に、桂花は首を振った。
今の自分には、そんな自由は許されていない。
資料閲覧もこの学内の図書に限られ、高度な専門書には触れるべくもない。
薬草を摘みに行こうにも、監視員の許可など下りないだろう。
医術に関しては、あの国の政治に巻きこまれた時から諦めていた。
 今さら、そんなものを求めても詮無いことだ。
 ちょっと言ってみただけで、本気で続けるつもりなどなかったのだというように、桂花は笑った。
作り笑いには慣れているはずなのに、笑顔を作ることにひどく抵抗を覚えた。
「いずれまた、機会があれば」
 欠片ほども期待してはいないが、これは社交辞令だ。
そうすれば、この優しい保健医は引き下がってくれるだろうという計算が働いていた。
 しかし、一樹は型通りの答えをよこそうとはしなかった。
ちょっと首を傾げて、内緒話の声で会話を継いだ。
「いずれなんて言ってたら、あっという間に年を取って結局、何もできないって知ってる? 
本を読みたくても目が霞むし、木に水をやる前に自分で水を飲むのが大変になって、
手が震えて実験器具は上手く持てなくなるし、
そもそも頭が老化して難しいことが考えられなくなる」
「……」
 それはいったい、何十年先の話だと思ったが、何と返していいのか分からなかった。
「だから、やりたいと思ったらその時に動くんだよ。
手足はそのためについてるんだし、障害を排除するためにその立派な頭を使えばいい。
そして、利用できるものは利用するんだ。
これまでさんざん、誰かに利用されてきたんだろう? 幸い」
「さいわい?」
「そう。進んで利用されてあげようって言う人間が目の前にいるんだよ?」
 桂花は眼を見張った。一樹はくすくす笑っている。
「この学校は、やんちゃな生徒が多くてね。保健室は常に人手不足だ。
物静かで優秀な保健医員が補助してくれたらとても助かるだろうね。
保健室って言うのは、基本的に図書館とは違って外部に繋がる情報端末もないし、
施療院のように武器にもなりかねない刃物も置いてはいない。
管理しているのは上層部にも覚えのめでたい優秀な保健医だ」
「先生、」
「きみに先生と呼ばれると、妙にくすぐったいね。
その保健の先生が、胡散臭い留学生を監視がてら手元で使いたいって申請したら、きっとあっさり受理される。
でもね……俺だって趣味で本は読むし、情報端末を持ちこんで調べものもする。
教員の私物の持ち込みは、危険物でない限り生徒ほどは制限されていない。
生徒の癒しになる植物を、いくつか育てても良いだろうね。もちろん、増える手間はきみが補ってくれる」
 桂花はあっけにとられて、この申し出を聞いていた。
一樹は、建前さえ整えてしまえば中で何をしていてもバレなければ問題ないから、
専門書の読書だろうが情報検索だろうが薬木の栽培だろうが、好きにすればいいと言っているのだ。
 こんなにあっさり言われたら、これまで悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
 我慢に我慢を重ねて、いつの間に心までがんじがらめにされて。
抜け出す気力まで奪われかけていた。それを思い出した。思い出してしまった。
 知らず、桂花は笑っていた。
「この国では、きっと色々な薬草や薬木が育つのでしょうね」
「そう。同じ木、同じ葉でも、加工の方法や濃度によって効能も変わる。
ハーブティになったり痛み止めになったり、ちょっと量を間違えると……」
「なぜか花畑が見える液体ができあがったり」
「ちゃんと勉強しないと、危なくて触れないかな?」
「でも、お忙しい先生の手をたびたび煩われるのは心苦しいです」
「心配しなくても良い。俺よりよっぽど優秀な教師を貸してあげよう。
喋らないのが難点だけど、その分、重箱の隅をつついたみたいな細かい所までしっかりレクチャーしてくれる。
インクで書かれた小難しい文章でね」


No.87 (2007/02/18 15:52) title:Colors 2nd. Over the Rainbow 
Name:しおみ (zo239233.ppp.dion.ne.jp)

『未来はその夢の美しさを信じる人のためのものだ──(E・ルーズベルト)』

 冥界航空オーナーの一日は、よくローストしたコーヒーと三分半きっかり茹でた卵から始まる。某スパイ映画の見すぎである。
光まぶしいビュッフェなので、更にあれこれ盛りながら、
(まったく天界航空とは恐ろしい会社だな。あのおとなしかった桂花が、パイロット辞めますうちに戻りません、恋人男です
オーナーにももう会いません、などよくもあれだけグレさせたものだ。これはどうあっても取り戻さねばならん。となれば訴訟
だが、うーむ。桂花が戻ってくれば訴訟も構わんが、李々は怒るだろうなぁ。いやしかし男に『お義父さん』とか呼ばれたくない
ぞ、私は。となれば訴訟──いやしかし、その前にうちがそういう訴訟を起こすと転社多いこの世界、業界から猛反発食らうかも
知れんな。私はそれでも構わんが、李々は怒るだろうなぁ。となれば懐柔策か? 男と別れてうちに戻れば空港買ってやるとか…ジェットとシュミレーターと空港ならさすがに桂花も心が動くだろう。なにせひとりでフライトごっこができるからな。となれば
早速カタログを──)
 独り言いうオーナーは、なにせ髪の毛ふたつ結び、輝く玉虫色のスーツのものすごい美形。後ろの人も咳払いすらできずに
遠巻きだ。が、もとから他人など見てもないオーナーは、テラスで、斜め後ろの席に人が滑り込んだことも気にしない。
 と、オーナーの顔に、ふと影が差す。ん? と見上げたオーナーの顔が玉虫色に変わった。
「りっ、李々ぃーーーっ」
 驚愕するオーナーに、朝日をバックに微笑む冥界航空李々夫人は、これまた某スパイドラマのような挨拶をよこした。
「おはよう、あ・な・た──」
 それは、ここから危機が始まりますよ、の合図だ──

「うわぁ、オーナーがしおれていくよ」
 藤の椅子の隙間から、斜め前の席を伺っていたティアがため息とともに呟いた。風に乗って届く、
「ねぇ、あなた、リゾートに来るといつも気が緩むけれど、まさか業界の他の企業に迷惑かけるような真似していないわよねぇ」
から始まり、「まさかそんなことはないと思うけれど、そんなことがあればうちの企業イメージに関わるでしょう?」。そして、
「万が一そんなことがあれば、あなたがこの前試作品の玉虫色のジェットにかけた費用を、今度の株主総会で開示しなくては
ならなくなるけれど、そんな自分の首を絞めるようなこと、まさかしていないわよねぇ? まさかねぇ?」
 ほほほほほと蜜のような笑い声。真綿を細腕に確実に締め上げていく筆頭株主に、吊るされていく婿養子オーナーはふたつ結び
テーブルに垂れる玉虫色。
 同じく見守っていたアシュレイが複雑な目をして呟いた。
「婿養子って、ほんとにあわれだな……」

 アシュレイが見かけたという冥界航空李々夫人は、突然部屋に押しかけた天界航空一同を快く歓迎してくれた。
 が、オーナーの話を聞くと美しい顔をこわばらせ、
「リゾートに来るといつもネジが外れるから監視に来たのに! あれだけ叱ったのに、桂花の顔を見たら発作が起きたんだわ、
全く学習能力ないんだから。心配しないで。今度は確実にとめるから」
 息の根を。そう聞こえた夫人の声とにぎり拳に、めったに怒らない人の怒りの怖さと大手企業の影のオーナーの底力を見た気がした昨夜。
 心配なら見に来るといいとの夫人言葉を受けて、こうして朝食の席で様子を見届けたというわけだ。
「ほんとよかった。やっぱり餅は餅屋だね。安心したよ」
 心からほっとして言うティアに柢王も頷いて、
「それもこれもみんなアシュレイのおかげだな」
「ほんとだよ、アシュレイ」
「ありがとうございます」
 みんなの感謝のまなざしを受けて、アシュレイは赤くなる。
「俺はただ見たこと思い出しただけだ。でも──よかったな」
「本当にありがとうございました」
 頭を下げた桂花に、みんなが首を振る。
「あたりまえだろ」
「そうだよ。これからも君の問題は私たちの問題、変わらないからね」
「俺だって、おまえのこと認めてやってるからな」
 アシュレイが赤くなって締めくくる。桂花はただ深く息をつく。柢王がその頭を自分の胸に押しつけた。
 生き方を変えるのは容易じゃない。でもその容易でなさをあえて選んだクールなパイロット。チームとしても恋人としても、
その存在はかけがえがなく、大事なものだ。
 ティアがアシュレイの肘を軽くつつく。アシュレイも察してそっと立ち上がる。ウィンクよこす柢王に、親友たちは笑顔を見せ
ると、離れた席で食事を取るため去っていった。

「ちょっと寝たほうがいい。おまえ、昨夜寝てないだろ」
 スィートに戻った柢王は、桂花の背中を押して寝室に入った。
 昨夜、李々の部屋から戻った桂花は、柢王の腕の中にはいたが、眠りはしなかった。ずっとみじろぎもせず目を開けていた。
結果つきあう柢王も起きてはいたが、桂花ほど疲れてはいない。
「しっかし、あのオーナー、マジでありえねぇよ。俺なんか一目見て発狂しそうだったのにおまえも夫人もよく耐えられるよな、
ほんっと尊敬する」
 ベッドに腰を下ろして、肩をすくめた柢王に、桂花は小さく苦笑いして、
「普通のときは普通でしたからね。それに李々はともかく吾は、本当にどうでもよかったですから。飛ばせてくれれば」
「写真撮られまくったり鑑賞させてもか? それっと絶対モノ扱いだろ」
 呆れたように言った柢王は、しかし、苦笑いを深めた桂花の顔を見て唇を歪めた。自分にも他人にも突き放したような関心しか
なかったパイロット。飛ぶこと以外どうでもいい。他人の思惑などどうだっていい──
「ほんっと、筋金入りのクール・ビューティーだよな」
 ため息混じりに優しく囁くと、
「でもあの李々夫人のことは、おまえ好きだよな。あの人もおまえがうちで大事にされてるって喜んでたし」
 昨夜、李々が桂花に見せた笑顔。そして桂花が李々に見せたまなざし。親密な表情が自分の知らない絆のようで少し妬けたし、
ふいに自分を見た李々の瞳にある全て見透かすような微笑が、嬉しいようなくやしいような複雑な気持ちにもなったけれど。
 こいつのことは俺が大事に守るから──。若造なりの精一杯を、瞳に込めて微笑み返した、昨夜の柢王だ。
「李々のことは好きだし、大切に思います。ずっと吾を守ってきてくれた人ですから」
「わかる。あんな人があんなのと結婚してるのが謎だけどな。けどおまえ、何であのオーナー見かけたって言わなかったんだよ?
あの時、驚いたの、あれ見たからなんだろ」
 言った柢王に、桂花は苦笑して、
「確証はなかったんですよ。驚いたのは色彩的なもので──すぐに消えましたからね」
「ほんとかよ?」
 どうも疑わしい。柢王は呟いたが、でも、と笑みを浮かべると桂花の髪に頬を押し当てた。
「ほんとよかった。おまえがパイロット辞めるとか言い張らなくて。おまえ、辞めたら絶対俺とも二度と会ってくれなかったろ?
やっと口説き落としたのに二度と会ってもらえなくなったら、俺はほんとに──」
 どうなっただろう。考えて、柢王は首を振る。考えたくもない。
「心配かけましたね」
 腕の中で囁く桂花に笑みを見せて、
「いいよ、いまはこうしててくれるしな。でも、もう二度とあんなこと言うなよ」
 紫色の瞳を優しく覗き込む。桂花もそれにうなずいて、
「あなたに叱られましたからね。……でも正直、自分よりキャリアの若いパイロットから、はき違えるな、飛びたきゃ飛べと
怒鳴られる日が来るとは想像したこともありませんでしたけど……」
「それはっ……」
 ふと真顔で言われた柢王は青ざめた。が、
「でも、予想外の方が、きっと楽しいでしょうね、人生は」
 桂花はそう言うと、柢王の瞳をまっすぐに見つめた。笑みをたたえて、
「吾のために怒ってくれて、ありがとう、柢王──」
 そのまなざしに、柢王は、うわ…とつぶやいて胸に手を当てた。
「心臓痛くなりそう……」
 初対面の時と同じだ。心臓が貫かれたような気持ちになる。聞き返した桂花に、
「おまえと初めて会った時にもさ、心臓貫かれたみたいに胸が痛くなったんだよな。一目惚れってほんとに胸にくるんだよな、
あん時、初めて知ったけど」
 と、桂花はかすかに笑って、
「恋は涙と同じだそうですよ」
「ん?」
「目から始まって胸に落ちる」
「ああ。わかる。つか、俺は顔だけで好きになったわけじゃないけどな」
 言いながらも、柢王も理解する。
 恋は、胸に落ちて──そこで重くなる。それを初めて知った相手は、同じ空を飛んで、同じ翼を持つパイロット。飛ぶことへの
高揚と同じだけの高揚を、抱かせてくれる大切な相手だ。
「俺は、絶対退屈させねぇから、おまえのこと。だから、ずっと同じ空飛んで──俺のところに戻って来いよ。どこにいても。
俺もおまえんところに戻ってくるから」
 紫色の瞳を見つめてそう告げると、桂花の瞳に驚きと、そして笑みが宿り、
「プロポーズみたいなことを言いますね」
 柢王も笑って、
「みたいじゃねーよ。おまえとはずっと一緒にいたいし、飛んでたいから。だから──なぁ、おまえが慣れるまで時間かかっても
いいからさ、俺と一緒に暮らすこと、真剣に考えてくれよ。とりあえず待機の日からとかでいーからさー、ちょっとでも一緒に
暮らしてみてさー」
 甘えモードに入りつつそう言うと、
「その答えを言う前に、少し休みませんか」
 冷静な顔で言われて、柢王は虚を突かれる。
「いいけど──なんで?」
 尋ねると、美人な機長は打ちのめすような笑みを見せ、
「吾がイエスと答えたら、あなた、眠る気分じゃないでしょう?」
 当然ながら、黒髪機長はまったく眠る気分じゃなくなった──
                             *                           
 スコールの上がった空に、色あざやかな機体が昇っていく。
 展望室のテラスに立ったティアは、隣にいるアシュレイの顔を見て微笑んでいた。
 午後の便で発った柢王は、乗り継ぎをして、うちに戻るのは深夜に近い。睡眠不足でバタバタのリゾートだったが、満足はして
いるだろう。隣に桂花もいるし。
『差し支えなければ、吾も先に戻らせて頂いてよろしいでしょうか』
 電話で桂花にそう聞かれた時には、嬉しくて思わず笑顔になった。二つ返事でうんと言い、一緒にいたアシュレイに知らせて
空港までのタクシーを予約した。万事自己管理の機長たちも航務課もあっさり了承。変化に対して柔軟性高く、過ぎたことには
こだわらない。さすが航空業。
 まあ戻ったら時代に取り残されている重役たちにはちくちく言われるだろうが、そんなものは聞き流せる。
「よかったよね、柢王たちも安定したみたいで」
 笑顔でそう言うと、
「あいつらがいちゃいちゃすんのは目障りだけど、まあ借りも返せたし、清々したよな」
 アシュレイもすがすがしい顔で空を見上げている。その顔に、ティアはまた笑みを深めた。
 雨降って地固まる──いろいろあったリゾートの旅だったけれど、いい結果に終わって本当によかった。柢王たちだけにでなく
自分たちにもいい結果になって本当によかった。
 誰かとともに歩む道は、時に思いがけない困難も訪れるかもしれないけれど。一人じゃないから選べる道もある。一人じゃない
から、前に進む勇気も沸いてきたりもするものだ。
(本当に君たちがいるから、私もがんばれるんだからね──)
 心でそう微笑んだティアの耳に、アシュレイの嬉しそうな声が飛び込んでくる。
「ティア、見ろよ! でっかい虹だぞっ!」
 雲間から光差す空に、赤・橙・黄・緑・青・紺・紫。あざやかな光の帯がくっきりと大きな橋を描いている。
 その息を呑むような美しさに染められたふたりは、声もなく、並んで空を見上げている──

 さまざまな色。さまざまな光。
 それが描く模様はいつも予測不可能なものではあるが──。
 未来は常に、その夢の美しさを信じる人たちのものだ──


[←No.82〜86] [No.87〜91] [No.92〜96→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21