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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.84 (2007/02/12 14:48) title:Colors 2nd A Glaring Star 
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

『ピカピカするもの全てが金だとは限らない──(セルバンテス)』

「あ、アシュレイ」
 手を上げたティアにアシュレイはおうと答えて微笑んだ。機長の制服はリゾートには若干暑いが、ティアや山凍部長に
至っては艶やかなブラック・フォーマル。ティアは爽やかなのに、なぜ部長は暑苦しく見えるのか。
 他の機長たちは時間まで好きにしてもらって、御前での食事は満足にできないかもしれないから、軽食を取ろうと言う
ティアの提案に、アシュレイは感心した。さすがオーナー、みんなに気配りだ。
「でも、すごいよね、みんなリゾートなのにスーツ持参だもん。タイを借りたらいいだけだったよ。用意いいよねぇ」
 感心したティアの言葉に用意のない新米機長はぐっと来たが、自分は仕事だと言い聞かせる。ブラックフォーマルなんて
冠婚葬祭しか着たことない事実は忘れる。
 じゃ行こうかと、連れ立って奥のレストランに向かいかけたアシュレイは、ふと足を止めた。
(あれ?)
 いまの──ホテルマンに案内されて客室に向かう大きな帽子姿の女。顔は見えないがどこかで会ったことあるような……。
「アシュレイ、どうしたの?」
 ティアの声ではっとしたアシュレイは、まあいいかと首を振った。もしかしたらCAかも知れないのだし。

「柢王、支度はできましたか」
 すでにブラックフォーマル艶やかな桂花に聞かれて、鏡の前、タイと格闘していた柢王はまだっと叫んだ。もともと、
柢王は制服以外の正装が好きではない。しかも日焼けした首にカラーがすれて痛い。と、
「見せてください」
 桂花が柢王の首筋に手を伸ばす。細い指が器用にタイを結んで、きれいな蝶のできあがり。何事にもすばらしく有能。
しかも何事も見逃さない。
「カフス、外れかけていますよ」
 そのクールな横顔を鏡越しに見ながら、カフスを直す柢王は苦笑いを浮かべた。
 コーラル・コーストには昼過ぎまでいて、食事がしたくなってから街へ出た。他愛もない話をたくさんして、髪や唇にも
触れて、いままでで一番親密な時間をすごせたと思う。
 でも話さなかったこともある。昨日の夜の驚きも。そして、これからのことも。
(俺のこと、必要だと思ってくれよな)
 誰かの過去やその時々の気持ちの全てを、振り返って共有することはできない。だから、求めることができるのは未来。
共に手を携えて歩く未来だ。
 生きている。いま、ここにいる。それを実感させてくれるあのコクピットでの高揚。それと同じだけの高揚と、そして翼を
休める鳥のような安心とを、自分が桂花に与えることができるなら、きっと、この先も退屈なんかさせなくてすむから。
 生き方の軸を変えて示してくれた態度に、言葉だけで応えることなどできない。だから、鏡の前、呟く言葉は、
自分への決意表明だ。

 リムジンに乗り込もうとしていたティアの腕時計の留め金が壊れた。それを見たアシュレイが段差を跨ぎ損ねてドアに
頭をぶつけた。それを助け起こそうとした山凍の袖のボタンがブチッとちぎれて転がった。
 立て続けの光景に、現実的だが縁起担ぎのパイロットたちが心で呟く──『不吉』。

 美しい蝋燭の光が、濃紺の星空の下、白亜の王宮を浮かび上がらせる。
 濃い花の香りにむせ返るような中庭。その庭に面した大広間に案内される一同は、水晶張りの床に光が乱反射する
廊下に目をやられていた。
 しかも、従僕の案内に従って大広間のドアが開け放たれたとたん、一同の喉に声にならない悲鳴が上がった。
 そこはまるでまばゆい光がハレーション! 水晶張りの床と鏡張りの三方の壁に照り返す大シャンデリアの蝋燭の光が
洪水のように視力を奪う、パイロットたちのデンジャー・ゾーン。
「おお、待ちかねていた。入りなさい」
 陛下のお言葉に、ティアは勇気を出して率先垂範。目に星散る勢いに耐えながら進み出、
「陛下、本日はお招きをまことにありがとうございます」
「おお、ティアランディア殿、カルミアが待ちかねていたぞ」
「ティア兄様っ」
 金銀刺繍の衣装がシャンデリアに呼応する陛下の隣り、第一殿下のカルミア王子がティアに微笑みかける。この王太子は、
ティアをいたくお気に召したらしく兄様呼ばわりだが、殿下を溺愛なさっている陛下はお気になさらない。覚悟を決めて
オーナーの後に続いた一同をご覧になられると陛下は微笑まれ、
「これはようこそ、わが国に。あなた方のこの国での飛行を心から楽しみにしています」
 ありがたいお言葉に天界航空一同は恭しく頭を下げた。自分の影を見ていたら目が休まる。この手があった。
「中庭に軽くつまむものを用意させてあるゆえ、そちらへ行こう」
 月明かり照らす美しい庭には潅木、鮮やかな花々。テーブルに並べられた色鮮やかな手の込んだ料理が食欲を誘う。
視力の危機から解放された一同は安心して、陛下と殿下のなさるご質問に答えながら和やかにすごした。
 話も盛り上がり、皆が食べ物に手を出し始めた頃、ふいに陛下がおっしゃった。
「おお、そうだ。ティアランディア殿、今夜はたまたま島に来ていた冥界航空のオーナーも招いたのだ。同業者でもあるし、
これから将来的に手を携えてやっていってもらいたいと思っての」
 その言葉に、ティアと、背後にいたアシュレイ、少し離れたところで風に当たっていた柢王と桂花が瞳を見開く。
「め、冥界のオーナーですか」
 聞きかけたティアの言葉が終わらぬうちに、
「久しぶりだな、ティアランディアくん」
 振り向いたアシュレイが、あああっと叫ぶ。
「昨夜の変な奴ーっ!」
 その言葉に一同の目が向いたが、見たら最後、逸らせないものがそこにいた。
 威風堂々、身震いしたくなるような美男。だけにそのデンジャラスな格好はアドレナリンを増加させる。
 なぜに金髪ふたつ結び? 鎧ですかと聞きたくなるスパンコールぎらつく黄金の上着に赤のシャツ、ポケットチーフは
ターコイズ! アイラインぱっちりの金黒色の瞳はあやしく輝き、赤い唇はグロス艶やか。思わずオー・レ!と
声かけたくなる。漂う香りまでラフレシア的濃度で牛を興奮させそうだ。
 唾液こみ上げる一同をよそに、陛下とティアが落ち着いた声で、
「よく来られた」
「これはオーナー、ご無沙汰しています」
 喋ってるよっ! 驚愕する一同を、しかし、冥界航空オーナーの瞳は見ていない。美しいものを偏愛しすぎて変質者に近い
との噂通り、そのぞくぞくするようなまなざしはティアと桂花に釘付けだ。
「この度は路線開通おめでとう、ティアランディアくん。前途有望で羨ましい限りだ」
 てらてら光る唇がそう微笑んだ瞬間に、陛下が積もる話もあろうとカルミア殿下を連れて移動なさったのは間違いなく避難。
他メンバーもほっとした顔で陛下を迎える。盾のなくなったアシュレイと柢王が慌ててティアと桂花の傍に張り付く。
 業界有数の色々な意味で切れ者オーナーに、免疫あるティアは既に見ないフィルタースイッチオン。落ち着いた顔で頭を下げた。
「ありがとうございます。この路線ではぜひとも先達としてのご指導をお願い致します」
「それは嬉しい言葉だ。君のところはいいパイロットが揃っている。特に──」
 舐めるような視線を当てられた桂花もフィルターがあるのか冷静に、
「ご無沙汰しています、オーナー」
 たとんに、冥界オーナーの顔色が変わる。子犬に飛びつく犬好きのように、
「正装姿も美しいなぁ! ほらこっち! アップで撮るからねーっ」
 いきなり懐からデジカメ取り出しズームにするのに、柢王が顔色を変える。
「やめて下さいっ!」
 オールレッド! 全身で桂花を庇う勢いに、冥界オーナーが不快そうに眉をひそめる。
「ティアランディアくん、この男は誰かね。私が家族に会うのを邪魔してくれるようだが」
 聞くのはあくまでティア。筋金入りの美のマニア。心臓が三m後ろにあるアシュレイの隣で、ティアがため息ついて、
「うちのパイロットです。ところでオーナー、私も桂花もこちらでお会いするとは思いませんでしたので驚きました。
なぜここへ?」
 まさか計画的犯行かと疑うティアに、オーナーは微笑んで、
「この先に路線を開くのでね。用が済んでついでにここの様子も見に寄ったのだよ。そうしたら昨夜桂花を見かけたのだが、
部屋がわからなくてね。ここなら会えるかと」
 その言葉にアシュレイと柢王があっと言いたげな顔をした。アシュレイのは「あのうろつきはそのせい」の「あ」、
柢王のは「あの驚きはそのせい」の「あ」だ。
「なにせうちで突然辞表を出して去っていってから、顔も見せてくれないので心配していたのだよ」
「ご心配かけて申し訳ありません、オーナー」
 ねちっこい視線に桂花が冷静に頭を下げる。と、オーナーはフラッシュ炸裂。
「やめて下さいって言ってるでしょーがっ」
 敬語は使っても追い払う気満々の柢王に、冥界オーナーも黙っていない。
「私は君の撮影はしてないぞ、どきたまえっ」
「いきなり撮影なんかする方が間違ってんでしょーがっ」
「美を解さん若造だなっ、この高度な芸術意識がわからんのか!」
「へえっ、変態でも年食ってる自覚はあるんだなっ」
 バチバチバチバチ! 火花飛び散る対立はまるで前世の敵同士のようだ。その後ろで桂花は無表情。アシュレイがそれに
感動する。こんな奴ムシできるなんておまえすごすぎるっ。
「ティアランディアくんっ」
 あくまで邪魔する気の柢王の態度に、冥界オーナーが叫ぶ。はいっと向いたティアに、
「ティアランディアくん、もともと桂花がそちらに移ることは李々の一存で決めたことだ。私は後から聞かされて承諾
するしかなかったが、桂花の幸せを思って黙って出したのだよ、それは承知だね!」
 承知ではない。ティアは心で首を振る。
 冥界オーナーがその養子扱いの桂花の天界航空への移動を認めたのは、その限りなく変質者に近い鑑賞と写真攻撃に飽き
足らず、遠くに行かせたくないからと内勤に回そうとした人権及び経費度外視の暴挙に、桂花の将来を案じた奥さんの英断を
止められなかったからだ。『婿養子』。それは時にただの養子より無力。
 が、あくまで美にこだわるオタクは悪びれず、
「それなのに桂花の側にこんな馴れ馴れしいパイロットがいたら心配するじゃないかっ。うちの桂花につきまといでもしたら
どうしてくれるんだねっ」
「あんたが言うかっ!」
 冥界オーナーは叫んだ柢王を無視、桂花を向き直り、
「ねえ、桂花、おまえもそろそろうちに戻りたいんじゃないかね。飛びたかったら自家用ジェットを買ってあげるから
戻っておいで。それにこの前おまえの写真をDVD全十巻にまとめたから大画面で見られるんだよ! あ、ホームシアター
でもいいねぇーっ」
「って、どんだけ暇なんだ!」
 ゆーかDVD十巻ってどんだけの写真? 叫んだ柢王に、ティアも雲行き怪しいと見て取って、
「口を挟むようですが、オーナー、桂花はうちで歓迎されていますし、職場環境も良好だと思います」
「こ、こいつはうちの優秀パイロットなんだからなっ」
 アシュレイも口を挟む。どもったのは桂花を褒めるのにとまどったせいでビビッたからではない。いや、確かに得体が
知れなくて気味悪いが、相手はパイロットを勝手な理由で空から降ろそうとした奴だ、負けてたまるか。
 一同揃っての反論に、冥界オーナーの瞳がすっと無機質の色を浮かべる。変質行為以外は有能、それを示すように、
「ではどうあっても桂花を私に戻すのは嫌だと?」
 桂花が初めて瞳を上げた。ティアも警戒の色になる。切れ者でキレ者相手に理屈は通じない。取り成すように、
「返す返さないの問題ではありません、オーナー。桂花は実際にうちのパイロットですから」
 言ったティアに、そのキレ者の瞳はあやしくきらめいた。気味悪いほど優しい声が、
「では、そのことを、法廷で争ってみるとしようか──」


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