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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.65 (2007/01/15 00:02) title:ラプンツェル (2)
Name:モリヤマ (i60-41-188-83.s02.a018.ap.plala.or.jp)


 
 それからアシュレイは、姉のグラインダーズにも誰にも内緒で、森の中の白い塔を訪ねるようになった。
 いつ訪ねて行っても、少女は窓際の生成り色の布の上に跪き祈りを捧げていた。
 少女の仕事を邪魔したくなくて、祈りが一段落着くまで外で待っていると、やがて窓の外に気がついた少女が中に迎え入れてくれる。
 そして「もう少し待っててくれる?」という少女の申し訳なさそうな声に、「気にすんな!」と勝手に椅子に座って転寝する振りで、そのままアシュレイは祈る少女を見ていた。
 それから、祈り終えた少女の淹れたお茶を飲みながら、アシュレイが持ってきた菓子を食べる。
 アシュレイのたわいない話を、微笑みながら楽しそうに嬉しそうに少女が聴く。
 ガキ大将なアシュレイの塾での自称・武勇伝や、老元帥たちの話す魔物との戦闘、乳母に聞いた物語。
 特別なことはなにもない。
 一緒にいるだけで、よかった。
 
 
 
 一度、こんなことがあった。
 中を覗けば、いつもいるはずの窓際の生成りの場所に少女の姿が見えず、訪れた窓の外、浮き立った心が一瞬で冷え、窓(というか結界)を叩いて名前を叫んだ。
「どっ、どうしたの、アシュレイ!?」
 壁の本棚の陰から現れたティアは、まさに風呂の途中、急いでタオルだけ巻いて出てきたといった姿だった。
 無造作に巻かれたタオルからこぼれる、湯の雫と金色の長い髪の筋。ほんのり上気した真珠の肌からはまだ湯気が立ちのぼる。
 アシュレイは、安心と、驚きと…わけのわからないドキドキで瞬間湯沸かし器のように沸騰し、真っ赤になった。
「ごめんね。お風呂に入ってたんだ。この本棚…」
 そう言ってティアは説明してくれた。
「こうすると動いてもうひとつ小部屋に通じてるんだ」
 可動式のそれは、奥にお風呂場とか洗面所とか、日常生活で必要な、今までどうしてるんだろうと心配していたアシュレイの疑問を解いてくれるものだった。
(とりあえず、不自由はない…のか)
 ほんの少し安堵したアシュレイだった。
 
 
 
「すげぇー!」
 その日、アシュレイはティアに初めて遠見鏡を覗かせてもらった。
 机の脇の、真っ暗な鏡。
 その鏡面に突然浮かぶさまざまな景色に、人、人、人。
 驚くアシュレイに、ティアは嬉しそうに話して聞かせた。
「ここが、君の国。そして……ここが君がこの前壊した休火山」
 切り替わった画面を見ながら、ついそのときのアシュレイの様子を思い出したティアが、その姿のまま、愛くるしい声で笑う。
「…見てたのかよ」
「だって……。ごめんね」
 アシュレイと出会ってから、ティアは無意識のうちに遠見鏡でアシュレイを探し追うのが習慣になっていた。
 口ごもり許しを請う上目遣いに、アシュレイは、怒ってない、と告げる。
「でも、音とか声が聴こえないのって不便だよなー」
「前は音も聴けたらしいんだけど」
「ふーん」
 なんで今は聞けないんだろう、と一瞬思ったアシュレイだったが、聞かれていたら、それはそれで恥ずかしいかも…と思った。
「キキッ!」
 突然子リスが一匹、アシュレイの足元にからんできた。
「うわっ…と、なんだ、おまえ、探検はもう終わりか?」
 森の動物も遠見鏡でしか見たことがないティアに、来る途中で見つけた子リスを懐に入れ連れてきたのだが、中に入った途端、子リスは勝手にそこらじゅうを走り回りだした。
「この子がこんな声で鳴くことも、知らなかったんだ」
「…そうか」
「かわいいね」
 子リスがティアの床まで伸びた髪にじゃれつく。
「よかったな」
 アシュレイの返答に、ティアは少し不思議そうな顔をしながら、ふと思いついて言った。
「どうしてアシュレイはこんなに私によくしてくれるの?」
「どうして、って…」
「私は嬉しいけど、アシュレイは大変じゃない? ここは森の中で、私しかいないし、退屈じゃない?」
 退屈?
「おまえがいるじゃないか。俺とおまえは友達だろ? 友達に会いにくるのが大変だなんて思うほど、俺はまだそんな年寄りじゃないぞっ」
「ともだち…?」
 大きく頷く赤い瞳に、ティアはどう返していいか分からなかった。
「ともだち…って、なに?」
 ティアの言葉にアシュレイは胸を打たれた思いがした。
 ティアは、おそらくとても賢い子供なのだとアシュレイは感じていた。
 塾に通う自分の知識とは全く質が違う。
 自分のことだけで精一杯の自分と違い、ティアは自分のやるべき仕事を知り勤め続けている。ティアの言葉にはとても力があったし、重みがあった。
 書棚にはアシュレイが題名さえも到底直視したい日が来るとは思えないような分厚い本が何冊も並んでいる。
 なのに、ときどきこんなふうに当たり前のことを知らない。
 子リスの鳴き声も、『友達』の意味も。
(…俺が乳母から聞いた物語の話してやると、すごい喜んでた)
 ここにある本にはそんなこと書いてないし、…こいつにそんな話聞かせてくれる奴もいなかったってこと…だったんだよな。
「…友達ってのは、ずっと心が一緒だって意味だ。俺とおまえは、友達だから、離れてても寂しくない、心が一緒だからな。でも、会えたほうがもっと嬉しいだろ」
「ずっと…一緒…?」
「ああ…!」
 母親がいなくて、耳がとがってて、角があって。
 たとえ直接耳に入らなくても、そいつらの目で、態度で分かる。
 南の王子は、不吉だって。気味が悪いって。
 父上とも姉上とも、他の誰とも違う姿。
 俺はひとりだと思ってた。
 でも、俺には父上もいて、姉上もいて、斬妖槍もある。
 乳母に使い女たちだっている。
 遠見鏡があったって、本があったって、こんな…こんなところにずっとひとりだったら…俺ならきっと気が狂っただろう…。
 一度、冠帽がずれてティアに角を見られたことがある。
 ティアは、小首を傾げて「ふふ、アシュレイのこと、またひとつ知ったよ」って嬉しそうに笑った。「こんなとこに可愛い角を隠してたんだね」って。「可愛いなんて…未来の武将に対して、ちっとも誉め言葉なんかじゃないぞ!」ってあの時は言ってしまったけど……。
 アシュレイは、ぐっとこみあげてきた涙をこらえるとティアの手を取った。
「ここから出よう」
「でも…私にはここで仕事があるから」
「そんなのっ…!」
 なんでおまえだけが、祈り続けなきゃならない!?
 ひとりで、みんなのために、なんでおまえひとりがこんなさびしいところで…っ。
 そんなの理不尽だ…っ!
「私は大丈夫だよ。…でも、君がそう言ってくれて、凄く嬉しい。君の気持ちが嬉しいよ。ありがとう」
「…ティア」
「今までは、私もよく分からなかった。けど、今度からは、君へのこの気持ちのままに祈りたいと思う。君が…皆が幸せで過ごせますように、って」
 そう言って、ティアこそが幸せそうに微笑んだ。
(駄目だ…っ!)
 アシュレイは、無理やりティアの体を引き寄せると、そのまま窓枠に飛び移り、宙へと踏み出した。
 
「…うわぁ…!」
 アシュレイの突然の行動に一瞬言葉を失ったティアだったが、すぐに今度は感動で声が出なくなる。
 今まで、ただ眺めることしかできなかった、外。
 これが大気…。
 知らず、ティアの身体がブルッ…と震える。
「空気が…動いてるよ…?」
 肌を撫でる、髪が乱れる、これは何だろう。
「ああ…えっと、もしかして"風"のことか…? 下はそんなに強くないはずだけど、上はやっぱり風があるからな」
「そうか…これが…」
 風。
 遠見鏡に映る風景に、洗濯物や木の葉が揺れたり、女の子達の髪が踊ったりしてたのは、こんな感じだったんだ。
「寒いか?」
「ううん…」
 風。
 これが、風。
(アシュレイは、いつもこんな風を感じなから、ここまで訪ねてきてくれてたんだね…)
「…アシュレイには、塾にも『ともだち』がいるの?」
「塾!?」
 乱暴者で喧嘩っ早く、しかも南の国の太子であるアシュレイに、対等な友達と呼べる級友はいなかった。
(喧嘩友達ならいるけどな…)
 そういえばアイツなら塔の部屋ん中でも風が呼べるかも…と、風雷を操る二歳年上の少年を思い浮かべて即行で打ち消した。
(アイツはダメだっ!)
 あんなタラシ紹介できねぇっ!
「俺の友達は、おまえだけだ」
 だが、ティアの目を見つめてそう言い切るアシュレイ自身、喧嘩友達が見たら「テメェこそ無意識にタラシてんじゃねーよ」と言われても仕方がないほど、ティアの顔は真っ赤になっていた。
「…? 熱いのか?」
「そ、そうじゃなくて…。あ…っ!」
 ヒクッ…とティアの鼻をならすようなしぐさに、アシュレイがニコッと笑って言った。
「梔子だ。どっかに咲いてんだな。風が運んできたんだ。…おまえとおんなじ香りだな」
 はじめて会ったときから、ティアはいつも梔子の香りの玉を身につけていた。
「ほんとだ…同じ…」
 でも…。
 同じだけど、違う。
 私のつけてる香玉は、もっと…静かだ。
 こっちのほうが、すごく生きてる感じがする…。
 空気も、温度も、香りも違う。
 ただ、自分をとりまく実体のないものが、こんなに愛しく感じられるなんて思わなかった。
 外の空気は、こんなに自由なんだ。
「ティア…?」
 黙ってしまったティアに、アシュレイは少し後悔しかけた。
(…いきなり連れ出したりして…強引だったかな)
「アシュレイ…」
 そのとき、どこか遠くを見たままのティアに呼ばれた。
「な、なんだ…うわっ!!」
「ありがとうっ…ありがとう、アシュレイ!!」
「ティア…っ!?」
 突然強く抱きつかれ、うろたえる。
「外って…全然違うんだね。すごく綺麗で優しくて…。すごく、嬉しいよ。ありがとう…」
 初めて会ったときより、少し背が伸びたティア。
(俺が守ってやる…!)
 ティアを抱く腕に力が入る。
 絶対このままじゃいけないと、子供心にアシュレイは強く思った。
 
 
 
 


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