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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.49 (2006/12/12 12:18) title:Colors 4  ASCENDANT
Name:しおみ (183.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Check your flight,check your feelings!

 ティアは微笑んで受話器を置いた。
 見送りで機内まで行った時には、アシュレイは余裕がなかったのか、わかったよしか言わなかったが、いまは打ち合わせ前の時間だというのに、フライトの様子を説明してくれた。
 最初の便に乗れなかったのは残念だが、その嬉しそうな声を聞いているとこちらまで嬉しくなった。柢王のような同じスタンスでアシュレイと関われないティアは、せいぜい一日通信室で仕事をして、アシュレイの声が聞こえる度に「がんばって」とか「すごいよ」とか声援を送る事くらいしかない。
 それが淋しい気もするが、親友がふたりも自分の会社で働いていてくれるなんてめったにない幸運なのだ。
 自分を乗せてくれると言った約束通りに機長になった友人が、誇らしげに報告しに来てくれた時のことを思い出すと、胸が熱くなる。
『おまえとの約束、守れるようになったからな』
 涙が止まらないほど嬉しくて、バッカだなぁと呆れられたけれど。
「ほんとうにおめでとう、アシュレイ」
 過酷な訓練を終えて、責任ある夢を引き受けてくれた親友に心から祝いを送る。
 アシュレイに伝えられなかった諸注意は、同じホテルの柢王から伝えてもらおう。

「つか、パイロットに食中りとか風邪とか万が一落ちたらとか不吉な注意すんなっつーの。つか、落ちたら困るのおまえだろって感じだよな」
 タクシーを降りた柢王は、文句を言いながら携帯電話をしまった。
 空港からそのまま研修のための施設に行き、手続きをし、一通り施設を見学して、ホテルに戻ってきたところだ。食事をして、予習をしたらもう寝る時間になる。
「ああ、もう腹減った、桂花、飯食おう、飯っ。さすがにおまえも腹減ったろ」
 柢王は意図的に桂花の背中を押してロビーに入った。
 と、ちょうどティールームから出て来たアシュレイと鉢合わせする。会社指定だからホテルは同じだ。
「よ、アシュレイ」
 柢王は笑顔で手を上げたが、アシュレイは柢王が桂花の背を押しているのを見ると眉を上げた。
「俺ら飯行くけど、おまえも来るか」
「いや、俺はクルーと行くから・・・・・・」
 アシュレイはちらりと桂花を見て、言いかけた続きを飲み込んだ。
 今日のフライト、どうだった? 自分ではわかっているし、クルーも誉めてくれた。でも柢王の意見が聞いてみたい。だが、それを桂花の前で聞くのは嫌だった。自信がないと思われるのもごめんだし、こんなすました奴に批評なんかされたら最悪だ。
 と、
「柢王、悪いですが、食事は先にしてください。吾は明日の内容を検討したいので」
「え、いまから?」
 アシュレイも驚く。機内食の時間から言えば、もう遅いくらいだ。
「ええ、気になるので」
「飯食ってから、俺もつきあうって。どうせ俺も明後日やるんだし」
「一人の方が頭に入りますから」
 桂花は冷静な顔でそう言うと、アシュレイに軽く頭を下げてから歩き出した。おいおいおいっと柢王が呼びかけるのも無視してエレベーターに向かう。アシュレイは瞳を見開いていた。
(なんだ、あいつ、まるで──)
 研修のある柢王とはいまを逃したら早くても明日の夜まで会わない。──でも、まさか。自分は桂花とは視線も合わせていないのに。でも・・・・・。
「桂花の後追っかけるなら俺だぞ、アシュレイ」
「なっ、なんで俺がっ」
 いきなりの言葉に顔を赤くしたが、ちょっと待てといいそうになったのば事実だ。
 柢王は笑って、
「おまえなんでも顔に出るのな。でもおまえの担当はティア。あいつ、もーほんとうにおまえが好きで好きでって感じだよなぁ。あ、おまえの今日のフライト。よかったよ。離着陸もスムーズだったし、揺れもなくて、客として安心してられた。けど、おまえあの挨拶は愛想なさすぎだろ。名所とか天気とかなんか他に言ってやれよな、それがサービスじゃん」
 わかったか、とアシュレイの頭を軽く叩く。
 アシュレイはその顔を見上げた。振り返りもせずに言ってくれたのは気をつけていてくれたからだ。友達としてだけでなく、機長として、同じ路線を飛んだ同僚としてその言葉はとても嬉しいし、励みになる。
 ただ、それとは別の優しさが桂花に対してあるとわかるのが気になる。
「あと、おまえたまに左足だけ強く踏むだろ、ランディングん時。今日はなかったけど、あれ、雨の日は特に気をつけろよ。スリップするから。ってことで、またな。アシュレイ。みんなにもよろしく」
「あ、柢王」
 とめようとしたが、言うことを言った柢王はエレベーターへ小走りしている。
 が、とめられなくてよかったのだ。
(おまえ、あいつのこと、好きなのか)
 嫌いの返事が返らないのがわかるなら、問いなどしない方がいい。

                   *

 実技訓練は実際のコクピットを忠実に再現したフライトシュミレーターで行われる。景色、振動、計器も実際のフライト通りに再現されるその箱の中で、失速やエンジントラブルなど様々な問題を体験する事になる。コクピットにはチェッカーが同乗し、フライトを査定することになっていた。

「HAL377便、離陸を要請します」
 シートベルトを着用し、ショルダーハーネスをつけた桂花が機長の席に座っている。耳にはヘッドホン、口もにはマイク。同じなりの柢王は、桂花の右、副操縦士の席で離陸のチェックをしている。
『HAL377便、離陸を許可します』
 クリアランスに応えて、機体が安定した走行でタクシーウェイから滑走路に移動する。中央のラインを真正面にいったん静止。夜間飛行だ。真っ暗闇に桂花がつけた離陸時のライトが滑走路を照らす。コクピットは最小限の明かりの中、一面の計器のパネルがほの光っている。
 ゆったりと席に落ち着いている桂花が、テイク・オフを告げる。タイヤの音が大きくなり、機体が加速していく。
「ローテーション!」
 機首がぐっと持ち上がる。桂花の手は静かに、だが、的確にパワーレバーを押している。加速する機体が上昇し、車輪が浮くかという瞬間、
「V2!」
 柢王の報告に、桂花は操縦ホイールとスラストレバーを繰りながら、
「ギア・アップ!レーダー・オン!」
「ギア・アップ!レーダー・オン、ラジャー!」
 レバーを引き下げ、レーダーを入れる。画面はまっすぐ走査線が行き交う、異常なし。車輪が引き込まれ、フラップがしまわれたのを告げるランプをすばやく確認する。

 本日のお題は『あなたの機体が失速しかけたら?』。
 水平を保つのも苦労な機体がストール、つまり速度を失ったらどうなるか。ものすごく最悪の場合、墜落。大概は、揺れる、パニクる、自動で修正がかかるまで待つ。
 が、待っていては訓練にはならないので、エンジン出力を弱め、機首を下げ、左右のバランスをとりながら高度を下げて航行、が正解だろう。言うのは簡単だが、やるのは大変だ。
 桂花はそれを見事にやった。墨のような闇に機体のライトが道を開くような夜間飛行で、白く流れる雲の中、流されて傾く機体を右に戻しながらなめらかに出力を絞り、機首を下げ、闇の中に滑り込むように下降しながら水平を保って航行した。
 離陸から着陸まで、一度たりとも顔色も変えない。的確でむだのないその操作は洗練と呼ぶに値する。柢王へのオーダーも随時、的確。どんな時でも柢王自身が、そろそろこうする、と思った瞬間にぴたりと指示が来るのだ。冷静な声がピシリとオーダーをくれる度、電流が流れるように背筋がぞくぞくする震えた。
 査定の結果も納得のオールクリア──ノー・プロプレムだ。
「おまえ、ほんっとすごいわ」
 その日の行程を全て終えて、ホテルに帰る道すがら柢王は心から賛嘆をこめた声でそう言った。副操縦士たちに話は聞いていたが、百聞は一見に如かず。実に価値あるフライトだった。
「あんまりタイミングよすぎて愛されてるかと思ったぜ」
 笑いながら伺うと、
「吾もあなたの右に座るのが楽しみですよ」
 冷静だが、声に本気の響きがあって、柢王は笑った。
 同じものを感じて、共有できる相手。そんな相手は実は少ない。打てば響くようなやり取りが緊張の中とても嬉しくて。
 アシュレイが機長になってしばらくしたらきっと同じように感じるだろう。アシュレイとも息が合う。
 だが、こんな風に心に触れてくる嬉しさは、心を覗かせてくれない相手の一番大切なところへ受け入れてもらったような気がするからだろう。
 今日のところはそれで上々。

「オールクリア? 俺なんか八項目も問題点指摘されて本社に大目玉食らったのに?」
「天界航空は前も柢王がオールクリア出したよ。でも、今日はあれだろ、冥界航空から移動したって言う・・・」
「あー、あのきれーな奴? なんだよ、顔もよくてフライトも完璧? ありえないよなぁ」
(なにが完璧だ、あんなの機械みたいなもんだろっ)
 植木の陰から聞いていたアシュレイはむっとしながら呟いた。
 アシュレイはこの街で二日間待機だ。フライト準備に費やすつもりだったが、無理やりCAたちに誘われて観光に連れ出されたのだ。いつも通り、ティアのお土産だけ買って、食事が済むとすぐにホテルに戻った。そのロビーで研修に来ていた他社のパイロットと遭遇したのだ。
 桂花のフライトは研修帰りに乗ったことがある。
 印象としては、まるで機械のようだった。静かに離陸し、静かに飛び、なめらかに着陸した。飛んでいるかどうかさえわからないようなフライトだった。
『なんだよ、このすかした飛び方はっ』
 客席でそう毒づいたが、本当はわかっている。
 客に、飛んでいるとさえ感じさせないフライトは、旅客機最高のフライトなのだ。見回しても誰もかれもゆったりくつろいで、CAたちも余裕をもって接していた。夜間飛行で、パイロットとしては眠気との戦いなのに。
 そして、空港に着いた時に絶句した。雪の降った滑走路は薄く凍結しかけていたのだ。本格的な整備の入る前、一番滑りやすい時だ。
 くやしい。でも、すごいと思った。だから桂花のフライトを人前で非難した事はない。それはパイロットとして正直じゃないからだ。だが、こんな風に誉められているとむかつくのだ。
「あ、でも、かれって確か、冥界航空のオーナーと何か揉めたんじゃなかったっけ?」
 え?
「揉めたって何? 問題起こしたってこと?」
「いや、何か個人的なことだったと思うけど、詳しくは知らない。ただ、あれだけ腕のあるパイロットが他社に移るのを許すなんて、よっぽど引き抜きのオファーがよかったのかなぁ」
 アシュレイは眉をひそめた。桂花は引き抜かれたのではない。自分から移ってきたのだ。推薦状もあったし、腕もよかったから願ってもない人材だったとティアが言っていた。
 思えばそのティアの嬉しそうな顔を見た時から、桂花への気の持ちようは決まっていたような気もするが、
(そういや、あいつ、あの時なんか隠してそうだったよな・・・・・・)
 少し戸惑うような──子供の時から知っているティアの感情はわかるのだ。
(揉めたって、なんだ?)
 天界航空はティアにも自分にもみんなにも大事な会社だ。そこで何か揉め事が起きるような事があれば絶対に許せない。
 いつの間にか、パイロットたちがいなくなったロビーで、アシュレイはいらいらと唇をかみ締めていた──。


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