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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.48 (2006/12/09 16:05) title:Colors 3 TAKE OFF
Name:しおみ (209.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Everything All Right? Yes, All Green!

「よし、これで大丈夫、か」
 エンジニアたちが動き回る機体を、アシュレイは鋭い目で見ながら最後の点検をしていた。
 後数時間後にはこの機体を操って、機長最初のフライトに出るのだ。予習復習イメトレもぱっちり、体調も万全だし、シュミレーターで訓練もした。南回りは気圧の関係で積乱雲が多いところだが、気をつけていれば迂回できる。機長たちが迂回するのも見てきた。
 朝日の中で金色の機体はきらきらと輝いている。その機体の下の部分にそっと手を触れて、
「頼むぜ」
 囁く。
 と、後ろから聞きなれた声がかかった。
「機長、点検ですか」
 振り向いたアシュレイの前に空港整備士のナセルが笑顔で立っていた。
「機長の初フライト、楽しみにしてますよ」
 額に汗した整備士ににっこり微笑まれて、アシュレイは顔を赤くした。昔馴染みの整備士に機長と呼ばれるのは面映い。それもあってぶっきらぼうに、
「なんだよ、楽しみって。俺は仕事するんだぞ」
「いやあ。アシュレイ機長だとなんか面白い事がありそうなんで。ま、念入りにチェックしましたから、大事に連れてってやって下さいね、機長」
 食えない整備士はそう笑う。
「あったりまえだろっ」
 アシュレイは答えたが、軽いやりとりが緊張をほぐしてくれる。相手もそれがわかっているのか、
「よい旅を」
 Good Luckと微笑んで背を向けた。背中に目がないとわかっているアシュレイの頬に、ようやく小さな笑みが浮かぶ。

 コクピットで副操縦士の空也と一緒になった。同乗は初めてでもこの前まで同じ立場の同僚だった。挨拶をして、コクピットを点検する。百項目以上のチェックリストも確認し、キャビンスタッフとのミーティング。時間はどんどん過ぎていく。

「HAL703便、A空港までの航行を要請します」
『HAL703便、許可します』
 管制塔のクリアランスが終り、アシュレイはエンジンを作動させた。低いうねりのような振動がする。
(よし、行こう)
 自分と機体に言い聞かせ、右隣の空也に頷くと、計器を確認。ゆっくりパワーレバーを押し、ラダーペダルを踏んだ。機体がタクシーウェイを動き出す。離陸前のチェック項目を確認する声だけがする。
 離陸のクリアランス。滑走路を前にし、加速をはじめる。足元でバランスを取りながら、スラストレバーを引き、操縦ホイールを操る。タイヤがゴトゴト音を立て、速度がV1を超えた。
 もう、飛ぶしかない──

 ビジネスシートにもたれた柢王は、ようやく詰めていた息を吐き出した。
 パイロットになって何が困るといって、自分がシップにいる時でも無意識に他人の操縦を査定してしまう事だ。車好きが他人の車に乗る時と同じだろう。離着陸は機長が一番神経を使う時間だ。親友の初フライトに思わぬ力が入ったか、自分がテイク・オフしたかのように疲れを感じた。
 が、離陸の出来はほぼ上等。加速の仕方も悪くない。
(ま、もともと技術はうまいからな)
 感情的にならなければ、アシュレイは素質のいいパイロットだ。トラブルが起きなければ問題なく着陸するだろう。
 腕は知っているし、隣で操縦を任せた事もあるのだが、気になるものはなるのだから仕方ない。
 やがて機体が翼のぶれもなく上昇していくのを機に、柢王はもうひとりの気になる人物に目を向けた。

 込み合った機内、隣のシートに腰掛けた桂花は『エアマンの諸注意』最新版に目を通している。
 ようやく昨日連絡が取れて、迎えに行こうかとの問いにも『ラウンジで会いましょう』とさらりかわしてくれた機長は、今日は白っぽいスーツ姿でいつもより少し優しく見える。柢王は足の先まで黒尽くめで、並ぶ二人はさながらチェスボードかチェッカーフラッグ。いつ勝負が始まってもおかしくない微弱電流は健在だ。
「離陸ん時に近くを凝視してると三半規管が狂って酔うって聞いたぞ」
 いまさらながらにそう言うと、紫色した瞳がわずかにこちらを向いて、
「振動が激しい場合にはでしょう。いまのは悪くなかったですよ」
 無意識にチェックしていても顔には出さないらしく冷静だ。
 柢王がそれに口を開くより早く、
「柢王機長、桂花機長、ようこそ」
 CAが二人の席の側で足を止めた。燃えるような赤い髪、くっきりしたこの美女はアシュレイの姉、グラインダーズだ。男嫌いで、並みの機長より肝の据わった主任CA。
 子供の頃からあれやこれや知られているその才媛に、
「乗っていらしたんですね。あなたがいらしたらアシュレイも安心するでしょう」
 社交辞令だけでなく誉めてみたが、敵はにっこりとぴっしりと、
「機長の事はいつでも信用していますのよ。ご用がありましたらお呼びください」
「こえーなー・・・」
 柢王は、去って行く背中に呟いたが、再び紙面に顔を落としている桂花を見ると唇を歪めた。
「なあ、勉強はいいが、せっかく四日も一緒にいるんだし、口きいてくれても損はしないぞ」
「吾が相手をしなくてもCAたちが話し相手になってくれそうですが」
「あれは俺じゃなくておまえ目当て。さっきおまえのサービス誰がいくかキャビンで揉めてるの聞いたから」
 柢王は、行き交いながらちらちらとこちらに視線を向けるCAたちに、にっこり微笑むと、手を伸ばして桂花のマニュアルをテーブルに伏せた。ようやく桂花がこちらを向く。
「気が立っているんですか」
「いーや。天気もいいしパイロットは親友だしCAは美人だし、何の不満もないよ。隣の美人が相手をしてくれたらな」
 からむようににじり寄ると、隣の美人はいつもの笑みを見せて答えた。
「楽しみにしてきましたよ、あなたの、フライトを」
 フライトだけかよ──例のごとくクールな答えに、
「俺も楽しみにしてきたよ。おまえとの、絡みを」
 負けず嫌いの笑みを浮かべた柢王は、いつの電流がビリビリ放電するのに気もとめてない。

「誰かが電波出してんな」
 乱れている計器の針に目をやって、アシュレイは眉をしかめて舌打ちした。トリムが安定してきたからそろそろ自動操縦にしようかというころあいだ。視界は良好、薄い雲が流れる他はまばゆい快晴だ。
「空也、CA呼んで、誰か携帯電話使ってないか確認してもらってくれ」
 隣の空也は、はいと答えて、キャビンに電話をした。やって来たCAに、指示を伝えて帰らせると微笑んだ。
「いいテイク・オフでしたね、機長」
 離着陸はパイロットの戦場だ。禁止命令がなくても私語などしているひまはない。機体が安定してようやく息をついたアシュレイも空也に向けて笑顔を見せた。
「おまえが的確に動いてくれたからだ。やりやすかった、サンキュ」
 機長は手足ともに目いっぱいだから、残りの操作は機長のオーダーで副操縦士がすることになる。間合いが合うと絶妙だが、合わないと最悪だ。まあそこまで合わないこともまたないが。
「機長の指示がよかったからですよ。やっぱり空の上では冷静ですね」
「頭に血が上ったら操縦できねーだろ」
 さんざん言われた言葉を言ってみる。おかげで空の上では何とかいつも冷静でいられるようになったのだが。
 CAが戻ってきて、やはり使っていらっしゃいましたと告げた。計器の針は安定した。
「機長、そろそろ挨拶ですね。楽しみにしています」
 去り際そう言って笑ったCAに自動操縦に切り替えたアシュレイの顔が強張る。用意万端のこのフライトだが、挨拶だけは何度練習してもかみかみで本当に嫌だった。でもしないわけにはいかない。
 CAのコメントが終ると、アシュレイは息を吸ってマイクを入れた。
『HAL703便にご搭乗の皆様、誠にありがとうございます。機長のアシュレイ・ロー・ラ・ダイです。当機は目的地A空港まで七時間二十分ののフライトを予定しております。どうぞおくろぎになって空の旅をお楽しみください』
 スイッチを切って大きく息をつく。隣の空也が笑って、
「機長、大丈夫でしたよ」
「あー、くそっねこんなん喋らなくたっていーじゃんかっ」
 アシュレイは罵った。喋るだけで喉がからからだ。

 食事も終って機内はくつろいだ空気が流れている。窓の外は快晴、揺れのない安定したフライトだ。
 柢王は、CAがこっそり持ってきてくれたFクラスのシャンパンを飲みながら、桂花の方に視線を向けた。柢王の機内食はいつも通り肉だったが、桂花はベジタリアンミールだった。飲み物は水。
「あんなの飯食ったうちに入るのか」
 尋ねた柢王に向けた視線が冷たく思えるのは、離陸前に誘ったレストランでステーキ二人前平らげたのを知られているからだろう。
「この前、ティアとアシュレイと飯食ったら、三人で十五人前焼肉食ってたらしいよ」
 からから笑う柢王に、桂花は黙って目を伏せかけたが、
「そういえば、空港でオーナーを見ました」
「ああ、あれだろ。管制塔が立ち入り断ってきたから、見送りだろ。つか、遅いって。おまえが見る時間なら、機長は機内だろうに」
「いえ、見たのは滑走路上です」
「まじでっ?」
「止めようがなかったので止めませんでしたが」
「いーよ止めなくて。どうせとまらねーから。あいつ子供ん時からアシュレイのことには敏感だからなぁ。ステイ先にまで電話してんのにまだ心配するかって感じだよなぁ」
 柢王は頭をがりがり掻いた。桂花がかすかに面白そうな顔をする。
「心配性なんですか」
「アシュレイのことに関してだけな。ティアにとってアシュレイはずっとアイドルだから」
 柢王は子供の頃の話をいくつか聞かせた。アシュレイが子供らしからぬ生活を送っていたティアを喜ばせるためにした小さな冒険。ティアがどんなにその親友を好きで誇らしく思っているのかを。桂花はそれを黙って聞いていたが、話が終ると、ふ、と微笑んで、
「私のものだ、私のものだ──ですね」
「なんだ、それ」
「テニスンですよ。・・・まだ、話し足りないんですか」
 桂花は取り上げようとしたマニュアルを押さえた柢王の顔を見た。
「おまえから話してくれたら解放する」
 挑むように見つめる柢王に、クールな機長は微笑んで、
「では、南洋上の高気圧圏内で右手前方に積乱雲、左手前方に乱気流がある場合、あなたの取る航路はどうですか」
「テストかよ」
 柢王は突っ込んだが、すぐにいくつか適切な質問をしてさっさと答えた。
「じゃ、燃料がぎりぎりの混み合ったS空港上空で車輪が降りなくなったらどうする?」
 全く意図に反した色っぽくない会話なのだが──
 すぐに的確な質問と答えを返す相手に刺激され、次から次へと問いを投げ合うふたりの様子は、チェスボードのようだけに丁丁発止。機長VS機長の対決は、尽きることなく延々続いた。

 そんなふたりを載せた機体は、やがて機長アシュレイの的確な判断の元、ナイス・ランディングで定刻通りに空港に到着したのだった。


No.47 (2006/12/07 12:26) title:Colors 2 STAND BY in BLUE
Name:しおみ (201.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Let's go to your dream!

 真っ青な空がどこまでも広がっている。ゴオオオと低い音を立て、重い機体が舞い上がっていく。
 展望台からその様を眺めながら、アシュレイはため息をついた。
 フライトならもう何度も経験がある。どころか、三千時間超は機長になる条件の一つだ。
 テイク・オフの瞬間の、車輪が滑走路を離れる時のあの高揚に似た胸の高鳴り。ふわり浮いて上昇していく時の、やったと叫びたいような爽快感ははじめてコクピットに乗った時から何も変わらない。
 なのに、どうしていま、それが不安に思えるなど──
 社内で一番若い機長。だが、他人の評価などどうでもいい。問題は、その責任の重さだ。
 乗客を乗せ、目的地に辿り着くまで自分の責任であの重い機体を操縦するのだ。過ちは即座に事故に連結しかねない、その責任の重さが胸を締めつける。
「っ、なんでだよ、ようやく夢がかなったのに」
 アシュレイは唇をかみしめた。
 焔のようなストロベリーブロンドにキラキラ輝く勝気なルビー色の瞳。年若いこのコー・パイロットはあと十日ほどで機長になる。
 それはかれが、子供の時に大好きな親友に誓った大切な夢がかなう目前だった。
『大きくなったら、俺がおまえを乗せて飛んでやるから』

 子供の頃のティアは、学校が終ると家で経営の勉強をさせられていた。当然の英才教育ではあったろうが、親友のアシュレイや柢王が泥だらけで外で遊んでいてもティアは勉強だ。
 アシュレイはそんなティアを不憫に思って、柢王共々よく誘いに行ったものだ。
『ホール遊び? お怪我なさったらどうするんです』
『木登りっ。論外ですっ!』
 明らかにそれ目的の時には家政婦に追い返されたが、そうでないときにはまあまあ歓迎された。が、機長の息子とオーナーの跡取、周囲が気を使って気ままには遊ばせてもらえなかった事も多い。
 幸い、先代のオーナーという人は寛大だったようで、ティアがアシュレイや柢王とひそかに寄り道したり、こっそり飛行機を見に行ったりする程度の道草は『あの子にも信頼できる友達がいることは大事だから』と大目に見てくれていたらしい。
 が、そこで調子に乗ったのが悪かった。

 あれはアシュレイが十歳の時の事だ。
 一週間、学校からまっすぐ家に帰っていたティアに、どうしても最新の航空図鑑が見せたかったアシュレイは、ティアの家に訪ねていった。
 玄関先で断られ、それで帰ればよかったのに、こっそり中庭に忍び込むと、ティアの部屋の前にある木に昇ってテラスから声をかけたのだ。
 が、その瞬間、ドアからお茶を持って入ってきた家政婦に見つかった。慌てて逃げようとしたアシュレイは、足を滑らして転落。気絶した。
 目を覚ますと病院で、心配と怒りで真赤になった父親にこっぴどく叱られた。
『アシュレイ、若様は将来会社を継がれる大事な方だ、その方の勉強を邪魔するのは、若様の将来を邪魔するのと同じことだっ!』
 幸いかすり傷しか負わなかったアシュレイは憤然と言い返した。
『子供の時に遊ばなかったら、ティアはずっと遊べないじゃないか。そんな先のことなんか知るかよっ』
 とたんにびったんと張り倒され、強く響く声でこう言われた。
『そんなことが言えるのはおまえが責任を持っていないからだ。世の中には生まれた時から負うべき責任をもっている人がいる。その重みがわかっていたら、おまえはこそこそと会いになど行かなかったはずだぞっ。おまえがテラスから落ちて、若様がどんなに驚かれたと思う? 家政婦も心配していた。若様を友達だと思うなら、若様の心を痛めるようなことなどするな!』

 その言葉は胸に応えた。
 悔しくて──いや、十の子供にそんな責任云々言われても困るがそうでなく、自分のしたことで大事な人を傷つけてしまったのがくやしくて。
 それに、ティアはアシュレイたちと遊ぶのを心から楽しんでくれていたが、だからといって勉強を投げ出したことはなかった。それは、ティアにとってはたぶん大事なものだからだ。
『・・・ティアに謝って来る』
 俯きながら、そう言ったアシュレイを父親は黙ってティアの家まで連れて行ってくれた。

 玄関先で家政婦がエプロンに顔をうずめて『よかったです』と言ってくれた時も胸が痛んだ。木に登ったこと自体は子供らしい一途さといえなくもないが、そうして過ちを咎めることなく許されるのは、やはりこちらが何もわかってない子供だからだ。
 小さい時から負けず嫌いでごめんなさいを言えないアシュレイが、その時は本心からごめんなさいと言った。
 居間に出て来たティアも、泣き出しそうな顔でアシュレイに抱きついて、
『ごめんね、アシュレイ! 私が止めてたらあんなこと──』
『ティアのせいじゃない。俺が悪かったんだ。今度からはちゃんと玄関から来る。おまえが勉強してたら邪魔はしないから、ごめん、ティア』
『アシュレイ!』
 その後、ふたりで庭に出てもいいといわれて、ティアの部屋の前にある木のところまで言った。青々と葉を茂らせた大木に、ティアがまぶしそうな目を注いで言った。
『こんな大きな木に登るなんて、アシュレイはすごいね。私には無理だよ。勇気があるなぁ』
『俺はおまえの顔が見たかったんだ。ティア、おまえ、勉強好きなのか』
 尋ねると、ティアは困った顔をして、
『好きかって言われると・・・・・・でもね、飛行機が飛ぶのを見るのは好きだよ。君や柢王のお父さんが乗っている飛行機を見るのはとてもわくわくするんだ。私は大きくなっても飛行機を操縦する事はないと思うけど、でも、あの大きな金色の翼の飛行機に乗って色々なところに行けたらすごく嬉しいと思う。だからそのために勉強しようと思うんだ』
『飛行機に乗るために?』
『うん。自分の会社の飛行機に乗るために』
『じゃあ、もし俺が親父みたいなパイロットになったら、俺の飛行機に乗ってくれるか』
 アシュレイは尋ねた。ティアが瞳を見開く。頬にいままで見たことのない笑みが浮かんだ。
『うん! 君が操縦する飛行機なら絶対に乗りたい!』
『じゃあ、約束だ。大きくなったら、俺がおまえを乗せて飛んでやるから』
『約束だよ!』

「あれが転機だよな」
 記憶からいまに心を引き戻して、アシュレイは呟いた。
 もともと父親のようにパイロットになるという夢はあった。柢王もそのつもりだったし、アシュレイも黄金の翼を広げて空へ向かう飛行機を見るたびに、そここそが自分の居場所のように思ってきたのだ。
 が、その日からはそれはティアの夢にもなった。
 だから勉強もした。たまには柢王と三人、ティアの家でも。柢王が学校に行くとふたりで。その頃にはアシュレイは出入り自由になっていた。こまめに連絡をくれる柢王とも絆を保ったまま、やがてティアは経営を、アシュレイは飛行を学ぶために学校に入り──。
 やがて柢王の後を追うように天界航空に入った。父親はもう引退していたが、憧れの現場で毎日大好きな飛行機とともに過ごした。
 パイロットというのは派手に見えて、地味で忍耐強い仕事だ。
 誰より早くコクピットに入り、ずっとコクピットにいて、皆が降りた最後に降りる。その間はずっと神経を使っている。
 搭乗する機体や路線が変わるたびに訓練と試験がある。査定試験もあり、健康診断もある。どれかひとつでも落ちると飛べない。会議もあり、機長ともなれば変更の多い諸事情を把握しながら飛行経路を確認する作業もあるから休みも休みでない事もある。
 フライトに関しては出たこと勝負は通用しない。予習復習イメトレの上に実際のフライトは成り立っているのだ。空の上は常に渋滞、判断ミスが大事故を引き起こす可能性は常にある。
 いままでは機長任せにしていた諸手続きを進めながら、アシュレイはそのプレッシャーを感じ始めていた。
 むろん、飛行機は大勢の力があって飛ぶものだ。
 それでも、空の上で決断が下せるのは自分だけなのだ。
 おかしなものだと自分で思う。初めてひとりで機体を動かした時でもアシュレイはこわいとは思わなかったのだ。自分が翼を持っているような自由さとスピードに感動したほどだった。
 パイロットにも他のこと同様にカンのよしあしはある。その意味ではアシュレイはとてもカンがよかった。それにパイロットはいわゆるセンスのある人がセンスにおぼれて努力しなくなる事は少ない職業環境だ。
 が、それが全てではない。経験は何よりの宝だ。それに冷静さ──学校でも訓練中にも何度も『おまえはもっと全体を見ろ』とか『感情的になるな』とか叱られた──正確さ、判断の早さ、こだわらなさ。
 そして、何より自分が乗客を乗せて飛んでいるのだという自覚だ。
旅客機は客を乗せるのだ。自分だけが満足しても意味がない。パイロットが空を飛べるのはあたりまえ。要はいかに快適で安全な空の旅を与えられるかなのだ。
 二年違うだけの柢王を見ていてもその差がわかる。柢王もカンのいい男で、どこかにセンサーでもついているようにどんな状況でもぴたりと決めて迷わない。ふだんは陽気でどちらかと言えば大雑把な性格なのに、空の上では落ち着き払っていて冷静だ。
 アシュレイにしても慌てふためきはしないが、それだけ落ち着いていられるかは自信がない。経験、あるいは物事の捉え方。どちらにしろ、これから学ぶべきことだ。
「ここがスタートなんだからな」
 アシュレイは自分に言い聞かせた。
 初めてのフライトが緊張するのは当然なのだ。機長の重みを感じなければ、責任の重みもまたないがしろにするだろう。
 最初の便にティアは乗ることはできないが、たまたま研修に行く柢王と桂花が日程の関係で往復乗ることになった。
「柢王はいいけど、なんであんな奴が」
 初めて会った時から嫌いだった桂花の顔を思い出して嫌な顔をしたが、すぐに思い返して首を振った。
「あいつなんか関係ない。俺は機長としての責任をもって仕事するだけだからな」
 そう、誰が乗るかは関係ない。自分は自分の役割を果たすだけだ。
 機長の試験に受かった時に、あんなに喜んでくれたティアのために。
『夢がかなったんだね、アシュレイ!』
 目に涙を浮かべて抱きしめてくれたティアのために。
「よし、負けないぞっ」
 アシュレイは空に向かって宣言すると、展望台を後にしたのだった──。
 


No.46 (2006/12/04 15:04) title:心ゆらいで
Name: (p132020.ppp.dion.ne.jp)

 アシュレイの人指し指に小さいけれど深い傷あとがある。
 保護したばかりのうさぎに噛まれた時のものだ。
 彼にとって初めて自分で保護して塾に連れてきた動物。
 人馴れしてなかったうさぎは彼の指に噛みついたが、それを叱りもせずに根気よく世話を続けたアシュレイ。
 当時、自分とはあまり口をきいてくれない彼だったので、ティアがその傷が残ってしまっている事に気づいたのはかなり後になってからのことだった。
 親友と認めてもらえたあたりから何度か傷あとを消そうかと申し出たが「いい」とそっけない返事ばかり。
 どうやらアシュレイはその傷あとを見ては、もう亡くなってしまったうさぎのことを思い出しているらしいのだった。
 意外な一面を発見するたび、ますます彼に惹かれたティアだったが、彼の指に残る痕は解せなかった。
 その原因をはっきりと悟ったのは―――――。

 アシュレイが窓際の席で外に視線をやりながらその指をそっとさすって、無意識なのだろう、唇を押し当てたのを見た瞬間どうしようもない感情に突き動かされた。
 ティアは無言で彼の前へ行くと、その傷あとを手光で消してしまおうとしたのだ。
 いきなりの事に驚いたアシュレイがティアを突き飛ばし華奢な体が床に転がると、悲鳴をあげた女子がティアの元へと駆けつけた。
 思わず逃げ出した彼を追おうとしたが、自分に群がってくる女子に邪魔されて、彼女達の間から見送るだけとなってしまう。
 遠ざかる赤い髪を見つめたままティアは唇をかみしめた。
 ―――――――彼の体に一生残る傷あとを、私もつけたい。
 守護するために存在する自分が、何かを傷つけることなど出来ないのはじゅうぶん過ぎるほど承知している。
 しかし、うさぎにつけられた傷をあんな風に愛しそうに扱われたらたまらなくなってしまった。
 誰よりも大切にしたい存在だからこそ、誰よりも自分のものだけにしたいと思う自我にティアは愕然とした。
 人を想うという気持ちには・・・・こんな昏い、濁った感情もあるのかと。

「アシュレイが怪我っ!?」
 朝、ティアに会うなり柢王がアシュレイ情報を流してきた。
「昨日な。また魔族狩りに行ってたらしい、しばらく塾休むってよ」
「それで!?ケガってどんな?!」
「わかんね。俺も今朝早くに見舞いに行ったけど謝絶されたから会ってねンだ」
・・・・・どうしよう、自分があんな事を・・・・。
「行かなきゃ!」
「へっ?塾は?八紫仙に怒られんぞ」
「アシュレイの方が大事だよ!」
「・・・・・分かった」
 柢王は焦るティアをなだめて、文殊先生から天守塔の方へ連絡を入れて欲しいと頼んでくれた。
「ありがとう、柢王」
「そんな顔すんなよ、アシュレイなんて殺したって死にゃあしね―よ」
 ティアの、あまりの顔色の悪さに柢王はアシュレイよりこっちの方がヤベェんじゃないかと、気を揉んだ。
 しばらくして、天守塔から護衛の者がやってくると、柢王は「じゃあな、うまくあいつの機嫌直して来いよ」とウィンクをよこした。
「・・・・・やっぱり・・・ばれてる」
 最近アシュレイに避けられ続けている自分を気にしてくれていたに違いない。
 アシュレイに対するこの気持ちだって、柢王はきっと感づいている。
 謝絶されたと言っていたから、本当のところは柢王だって同行して見舞いたいはずだ。
 しかしどこまでも気のまわる親友は、自分にアシュレイと二人きりになるチャンスをくれたのだ。
 こんな時は本当に守護主天でよかったと思う。
 自分が行けば、謝絶されるどころか喜んで招き入れられるに違いない。
「待ってて、アシュレイ」

「なんだよ、思い出し笑いなんて気味悪ぃ」
「―――え?」
 手を切ってしまったアシュレイに、手光を当てながら懐かしいことを思い出していたティアは、声をかけられて我にかえる。
「ああ、ごめん・・・ちょっとね」
 こうして何度この手に手光を当ててきただろう。
 あのころ頑なに、うさぎの噛み傷を消すことを拒んでいたアシュレイだったが、彼が例のシュラムで瀕死状態となったとき、ドサクサにまぎれてとうとう傷あとを消してしまった。
 アシュレイは気づいていたようだが、何も言ってこなかったので、ティアも敢えて口にはしなかった。
「――――――そういやお前・・・この指の傷、消したな」
「・・・・き、傷?」
 まさにたった今、思い出していたことを指摘され少なからずうろたえてしまう。
「とぼけんな。お前、異様にここの傷あと消したがってたよな・・・そんなに傷あとあるの・・・・嫌か?」
 何か勘違いしているようにアシュレイはチラッとティアを見た。
 あれは・・・初めて嫉妬という感情を知った日だったのだ。
 まだまだ子供の自分に「嫉妬する気持ち」というのは取り扱いが難しく、なんという心の狭い情けない守護主天なのだと自己嫌悪に陥ったものだった。
 けれど、今なら甘えついでにかるく「嫉妬してる」と告白できるし、今でも我ながらあきれるくらい色んな物に(者にも)嫉妬し続けている。
「嫉妬だよ。うさぎの噛み傷に嫉妬してたんだ」
「へえぇ?」
 アシュレイが間の抜けた声をあげた。
「だって、私には君に傷あとを残すことなんてできないし、それを残して君に一生覚えててもらうことすら不可能だったんだもの」
「・・・なんだそりゃ?」
「でも、もういいんだ。だって・・・・大切な君に傷あとなんて残せるわけないよ。それに今ならこうして・・・」
 ティアは素早くアシュレイの首筋に吸いつくと、鉄拳が繰り出される前に凶暴な両手を掴んだ。
「この『あと』はすぐ消えてしまうけど、一生つけ続けるつもりでいるから・・・ね」

 何の目的で何をされたのか分からなかったアシュレイが、ハッと気づいた時にはすでにティアのベッドに移動された後だった。


No.45 (2006/12/01 16:34) title:Colers 1
Name:しおみ (142.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Welcome to the Golden wings!

 画面一杯に広がる青い海と白いさんご礁。
 真っ青に輝く空に、金色のラインをほどこしたジェット機が優雅に翼を傾け、下降していく。
 その後ろに見える七色の虹。美しい音楽。あたたかなナレーターの声が告げる。
『黄金の翼で行く楽園の旅──天界エアラインで、あなただけのリゾートへ』

 画面を見終わったティアランディアは、美しい顔に安堵の色を浮かべて頷いた。
『アウトラインはこれで問題ないかと思います』
 先程、そう告げて部屋を出て行った山凍の笑みを思い出す。
 問題ない。というより問題解決。持つべきものは頼りになるスタッフだ。ティアは満面の笑顔で壁にあるご先祖様の写真に手を合わせた。

 ここは空港ターミナルにほど近い、『天界航空』のビルの最上階にあるオーナールーム。一面の窓からは離着陸する航空機の姿を望む事もできる。ティアにとっては幼い頃から見てきた大好きな光景だ。
 業界大手の航空会社を先代から譲り受けて二年。歳若いオーナーが老舗の会社を管理するのは大変な仕事だ。
 もともと親族会社、教育は子供の時から受けてきたが、現状は往々にして教育とは異なる。時に気疲れする事もあるが、ティアにとっては幼い頃からの夢である会社だし、改正や競争のある市場にも熱意と創意性で対応してくれる有能なスタッフたちにも恵まれていた。
 自分ひとりで気負わなくてもいいとの信頼はスタッフにも伝わっていて、この二年、天界航空は順調に業績を伸ばしていた。
 まあ、たまにごく迷惑な問題も起きる事もあるが・・・・・。
 と、ためいきをついたティアの気をノックの音が変えた。秘書を通さずここに来るのは二人しかいない。瞳を輝かせて、どうぞと答えると、
「よう」
 ドアが大きく開いて、男が顔を出した。黒髪に輝く瞳、着ているのは国際線の機長の制服だ。男は陽気そうな笑顔でティアに手を上げた。
「久しぶり。待たせたか」
「ううん、全然時間どおりだよ、柢王! さあ座って、変わりない?」
 ティアは矢継ぎ早に言うと椅子を勧めた。
「あいかわらずこき使われてるよ。あれ、俺ひとりか」
「あ、桂花はすぐ来るよ。さっき営業部から連絡があったから」
 柢王、と呼ばれた男はそれにへぇと答えると、ソファにどっかり腰をおろした。
「なんか疲れてんな、大丈夫か」
 尋ねられて、ティアは思わず微笑んだ。
 柢王は、天界航空の機長であると同時にティアの幼馴染だった。父親も天界航空の機長だった関係で、同じ境遇の柢王の副機長アシュレイとともに、幼い時から側にいた気の置けない親友なのだ。
「平気だよ。実はさっき山凍部長が夏の企画を持ってきてくれて──」
「ああ、あの世行き直行便!」
「だからそれを訂正したんだってばっ!」

 ライバル会社の冥界航空が売り出した旅の企画『大人の贅沢、古都の旅』は、高級感溢れる画像と、黒い翼を持つ機体が古い優雅な街並みの上を行くイメージとが当たったのか反響を呼んでいた。
 その対抗策として、天界航空でも、新規乗り入れをしたリゾート地への市場を広げる狙いもあって、リゾートへの自社旅行の企画を組む事になったのだ。が──
 どこから話を聞いたのか、古くからいる重役たちがいきなりその企画のキャッチコピーを掲げて来たのには一同あぜんだ。しかも、
『天界航空──天国への翼』
 いや、確かにそのリゾートは奇跡のように美しく、まさに天国と賞される場所。今後も期待のリゾートだ。
 が、地に足のつかないフライトで『天国への翼』は笑い事ではない。
噂を聞いたパイロットたちはみんな『縁起でもない』と呆れたし、柢王などは大笑いして言い放った。
「事故が起きたら絶対『あの世行き直行便』だって叩かれんぜ!」
 古くからいる社員を若い社長がどうするかはどこの会社でも思案のし処だろう。相手はティアが赤ん坊の時から知っているのだ。だけにその忠誠心と責任感もわからないではない。が、なにせ歳のせいかボケている。
 幸い、今回もまた誠実実直で岩のようにゆるぎない広報部長山凍のおかげで事なきを得たが、ティアは時々、そのモグラのような神出鬼没な年寄りたちに、ハンマーをよこせといいたくなることもないではなかった。
「まあ、じいさんたちも愛嬌だよな。やることねぇから仕方ねえよ」
 柢王が笑って、秘書の持ってきたお茶を飲む。ティアも苦笑いを浮かべた。ティアが時に青二才の自分にいらだつ事があるときでも、柢王は朗らかに気持ちをほぐしてくれる。その余裕がスタッフから信頼され好かれているのだ。
「ま、おまえもあれこれ心配だよな。来月にはアシュレイが機長になるし。おまえ、また無理やりコネ使って管制塔まで入り込む気だろ?」
「だって、柢王、初めてのフライトなんだよ。少しくらい見守ったって──」
「初めてじゃねえよ。俺と何度も飛んでる路線だ。南回りは雷に遭遇しなきゃそう心配するこたねえよ。ま、俺としては隣が淋しくなるけど、あいつの腕は信用してるからな」
「私だって信用してるよ。でも──」
 いいかけたティアを遮るようにノックの音がして、秘書が桂花が来たと告げた。柢王が、おっ、と呟いて姿勢をおこす。その瞳にきらめきが宿る。
 ティアはその顔に目をやりながら、入ってもらうように告げた。
「失礼します、オーナー」
 機長の制服を来た男がドアから入って来る。すらりとした四肢と白い長い髪。赤い尾髪の、美しい男だ。かれは、ティアとソファにいる柢王とを確認すると、落ち着いた声で言った。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
 ティアは笑顔で椅子を勧めた。
「こっちこそ呼び出してすまないね、桂花。座って。お茶は何がいい?」
「いえ、いまは結構です。ありがとうございます」
「よ、久しぶり」
 向かいの席に腰を下ろした桂花に、柢王が笑顔で挨拶する。その顔に、ティアに対する時ともまた違う種類の生き生きとした表情が浮かんでいる。対して、桂花はいつも通り落ち着いた──落ち着き払ったとでもいいたいような笑みを浮かべて答えた。
「久しぶりですね」
 瞬間、ティアはオーナーの椅子からわずかに身を起こした。
 なにが、というのでもないがいつもティアはこの二人が揃うと食い入るように見てしまうのだ。いや、実際、同じ国際線の機長であるふたりが顔を合わせる機会は少ないはずなのだが、にも関わらずこのふたりは、初対面の時からいつも、ティアにその、微弱な電流が肌にピリピリ触れるような、言葉にいいにくい雰囲気を感じさせるのだった。
 とはいえ、そんなことを確認するために呼んだのではなかった。ティアは渋々好奇心を忘れて、話を切り出した。
 それは来月行われる航空業界主催の若手のパイロットの研修の件で、それは業界の若手の交流とスキルアップを目的としていた。今回、営業部から推薦されたのがこのふたりなのだ。
 柢王はもちろん、半年前に冥界航空から移ってきた桂花も技能的にも優れたパイロットだ。ほぼ満場一致のその採決を、当人たちももちろん知っているし、詳しい話も聞いているはずだった。
 ティアがふたりを呼んだのはもう一度その趣旨を自分の口から伝える事と、天界航空としてもふたりに期待していると伝えるためだ。大した用ではないし、オーナーの仕事でもないかも知れないが、ティアはなるべくスタッフと接触の機会を持つようにしていたし、パイロットが会社にいる時間は少ない。それが正しいやり方かどうかはともかく社内に反対らしきものはなかった。
 それに、会場でもといた会社のパイロットと顔を合わせる予定の桂花のことも心配だったからなのだが・・・・・・。
「・・・・・・ということで、私の話は以上だけど、なにか心配に思うこととかある? 桂花も遠慮しないで言っていいよ」
 何気ないつもりで水を向けてみたが、桂花は落ち着いた顔でいいえと答えた。
「主旨はいまオーナーから改めて伺いましたし、いまの時点では特に」
 本当に? ティアは聞きたくなったが、口をつぐんだ。桂花が問題ないといえばそれは本当に問題ないのだ。というよりもこのクールで美形な機長は誰より問題を抱えそうにない。
(ま、そこが問題なんだけどね)
 行っても仕方ないことは仕方がない。ティアは微笑むと、柢王にちらっと視線を投げ、
「では、その件に関しては頼んだよ。ふたりとも、明日からも気を付けて」
「はい」
 ふたりは一礼すると部屋を出て行った。

「なあ、せっかく会えたんだし、飲みにでも行かないか」
 ちょうど来合わせていたエレベーターで、営業部のある階に降りる途中、柢王が人懐こい笑顔でそう尋ねた。
 それに対する桂花の答えは、
「あいにく明日早いので」
「あ? 明日は短距離だろ?」
「距離は関係ありませんよ」
 柢王は苦笑した。フライト十二時間前からの乗務員の飲酒は禁止されているが、それ以前に、会う度に何事かを誘い、その度にさらりと断られるのはこの男の人生にそうはない経験だ。
「女の子たちもおまえだけは何度誘っても合コン来てくんねぇってがっかりしてたぞ」
 肩をすくめてそう笑うと、
「そういうあなたは常連らしいですね」
「へえ、俺のこと、気にかけてくれてたんだ?」
「あなたの噂は嫌でも耳に入りますよ」
 チン、とエレベーターが止まり、桂花が先に出る。後に続いた柢王に、
「では、吾はここで」
「寄ってかないのか」
「ええ、連絡事項は確認しましたから」
「何事にも抜かりがないな」
 苦笑いした柢王に、桂花は初めて視線を合わせて笑みを見せ、
「ありがとう」
 微笑んだその顔は、しかし、営業用とでも書いてあるかのようだ。
 その笑みのまま、ではときびすを返した相手に、柢王はため息をついて肩をすくめた。
 どんな時でも冷静で頼りになるパイロット。人懐こくはないが、いつも丁寧で穏やかだ。この半年の間で、桂花の関係者間での評価はますます上々だった。
 空恐ろしいほどの美貌とフライトセンス。来る前に飛び交った噂では、超がつくほどクールで取り付く島もないと言われていたが、実際には、桂花はいつ見ても落ち着いていて、穏やかな笑みを浮かべていた。
 だが、その丁寧さの根底にある絶対の距離。柢王は初めて見た時からそれを感じている数少ないスタッフのひとりだった。
 スタッフを信用しないというのではないだろう。自分以外のスタッフを備品のように扱うパイロットもいる。桂花はそんなタイプではなかった。だが、誰にも心に触れさせない。切り立った山に積もる常雪のように、誰からもかけ離れている。
 ティアはそんな桂花の性格を気にかけていたし、アシュレイは反感を持っていた。
『あいつは信用できねーんだよっ』
 酔った弾みで自分にそう言ったアシュレイの言葉の真意を、柢王は理解していた。感情豊かで人情的なアシュレイには、桂花のその一見優しそうな冷ややかさはよけいに腹立たしいのだろう。実際に何か問題があるわけではないのだが、桂花とのコンビだけは嫌だと拒んでいたのだ。が、それももうないことになる。
「高嶺の花、か」
 柢王は肩をすくめると天井を見た。
 初めて会った時の、心臓を貫くような衝撃がいまも思い出せた。冷たい刃物のような美貌。なにがあっても仮面を崩しそうにない強さ。その内側に、何があるのか知らずにはいられない。そう思う気持ちを自分がいまも持ち続けている理由もわかっている。
「冷たくされるとよけいに惚れたくなるよなぁ」
 あれほど強く胸を貫かれたら、誰にでもわかる。
 どうしようもないほど好きになるだろうということが──。


No.44 (2006/11/25 22:10) title:宝石旋律 〜嵐の雫〜(11)
Name:花稀藍生 (p1102-dng32awa.osaka.ocn.ne.jp)


 ・・・・・ ピシャン・・ ―――

 金に光り輝く黒き水が、また ひとしずく 暗い虚空へと立ちのぼっていった。
「・・・反応が悪いな。補助脳の一つもつけてやれば良かったか?」
 暗い水面に映し出される巨虫の姿を見据えながら、教主は手に持つ扇を音を立ててとじた。
 巨大化しすぎて神経系統に命令が行き届かないのか、動きが今ひとつ悪い。水面に映し出
される巨虫の動きを目で追いながらさらに言葉を継ぐ。
「動きの悪さはこちらで補ってやればいいのだが・・・」
 閻魔の助力を得て魔刻谷より運び出させた、魔族のカケラを埋め込んだ岩を基点に直径5
00メートルの円筒形状の結界を教主は展開させている。
 結界に満たされたのは、冥界の黒い水だ。
 冥界から力を通し、天界に巨大な水槽を展開させた教主は、水槽の底に沈んだ巨虫の姿を
苛立たしげに見つめた。
「さすがに結界内といえど、泳ぎ出すまでにはいたらぬか・・・」
 天界に力を渡し続けることは教主の力をもってしても、なかなか思い通りにはならなかっ
た。力を通すための『管』の役目として、力のある魔族を冥界の道をはじめ、魔風窟、そし
て魔刻谷には最強の兄妹を中継として置いてなお、困難だった。
 最大の障害は、結界で緩和されているとは言え、結界内に満たした黒き水と天界に満ちる
霊気とが、干渉、相殺し合って刻々と蒸散し続けていることだ。
 そのため、結界内部に満ちるのは、水と言うよりは濃霧に近い。それゆえに、黒き水の中
でこそ真価を発揮するはずである水棲の巨虫の動きに生彩がないのだ。
「・・・力が足りぬ」
 教主が時を置かず力を渡し続けているのはそのせいでもある。嘆息に混じる苛立ちに、
李々がわずかに肩を引いた。
「・・・シュラムは良かったな。」
 根の先から岩をも溶かす成分を分泌し、岩盤の内部に根を下ろす種目の植物を基にして作
らせた、水陸両用の植物系魔族。
「・・・それに比べれば、これらのものなど屑にすぎぬ」
 シュラムのように霊気を即座に察知して自ら攻撃し、意志のあるように動く何十本もの触
腕をもっているわけでもない。
 冥界の水を得なければ動くこともかなわない出来損ないたち。 巨虫達はシュラムが創り
出されるまで、創っては廃棄されてきた、いわば試作品だ。
「・・・結界内の濃度を上げぬ事には話にならぬな・・・」
 階から身を乗り出して、教主は水面に手をかざした。・・・新たに湖面に立つ波紋を見つめ、
李々はかすかに息を詰め、瞳を閉じた。
 
 
「南領および天主塔の各隊長、点呼ォ! 被害状況を報告しろ!」
 なおも吼え続けようとするアシュレイの頭を押さえつけ、柢王が空中にひとかたまりにな
っている兵士達に向かって言った。 その声は大きかったが決して鋭いものではなく独特の
深みのあるその若い声は、恐怖による恐慌状態の兵士達の目を覚まさせ、安堵の念を引き出
すのに十分なものだった。
 恐慌状態から抜け出せば、兵士達の行動は迅速だった。各隊長の指揮の下、隊列を組み直
した兵士達が空中にそろう。
「・・・・・」
 柢王の横で、アシュレイが小さく笑うような吐息をついた。
 ・・・あの状況下にもかかわらず、信じがたいことに全員がそろっていた。
 死者がなかったことが奇跡のようだ。
 おそらく狭い範囲でかたまって作業していた事が幸いしたのだろう。各自がとっさの判断
で、それぞれ手近の者を助けあげて空中に待避していたのだ。
「・・・兵士の一人が片足を喰われました。 それから、崩れ落ちた瓦礫に巻き込まれて骨折
した者数名、全身を強く打って意識がない者もいますが、これは救助済みです。あと、瓦礫
の破片で負傷した者多数です。
 ・・・その、足を喰われた兵士が、最初にあの化け物を見ておりますが・・」
「・・・その時の話を聞きたいが・・・話せるか?」
「はい・・・」
 膝上から下を無惨に喰われた兵士は、かろうじてまだ意識を保っていた。
 傷口から上の腿の部分を止血のために幅広の剣帯できつく締め上げられ、その痛みにうめ
きながら、血の気を失った唇をふるわせて必死になって語ろうとした。
「・・・さ・最初に瓦礫からアレが出てきた時は、もっと小さかったんです・・ ・・妖気が・・・
2メートルくらいのヤツで・・・  ・・水音が・・・  俺が警戒の声をあげたら・・・ みんなが
こっちを向いて・・・ そうしたら、見てる間にヤツが大きくなって ・・・水音が・・・ なりな
がら・・こっちに向かってきて・・ ―――俺の、俺の・・足を」
 血の気を失ってがたがた震えながら必死に語る負傷者に柢王は携帯していた小瓶の聖水
を1/3ほど飲ませる。
「残りは意識のない奴らに等分して含ませろ。口を湿らせる程度だぞ。飲ませようとはする
な、つまらせるからな。・・・負傷者達を天主塔に運べ!ゆっくりとだぞ、意識のない奴らは
特に慎重に運べ。」
 柢王がティアから受け取った書状を隊長格の男に押しつけるように渡し、矢継ぎ早に指示
を飛ばす。その的確さにアシュレイが目を丸くした。
「・・・うちの優秀な副官の真似事さ」
 小声で言って、柢王は片目を瞑って見せた。
「ま、悔しかったら、お前もメチャクチャ頭がよくて気がよく回って、自分に惚れてくれて
る、三国一の美人副官を捜すんだな」
 誰よりも頭がよくて、気が回って、自分に惚れてくれている天界一美人の上司ならいるの
だが・・・とそこまで考えて、アシュレイは我に返った。
「・・・何言ってやがんだぁぁ! 」
 真っ赤になって怒鳴るアシュレイをほっといて柢王は最終指示を飛ばした。
「ティ・・守天殿がこの状況をごらんになっておられれば、救援を寄越して下さっている。
さあ、怪我しているヤツは全員ここから離れろ。かすり傷のヤツもだ! 残りの兵士は半径
200メートル地点まで後退、上空で待機!
 ―――アシュレイ!待て!一人で行くなっての!」
 20名にも満たない無傷の兵士達が遠巻きに見守る中、アシュレイと柢王は地表近くに浮
かび上がった。 斬妖槍を構えたアシュレイと剣を構えた柢王は1メートルほど距離を取る
と互いに背を向けた。 つまり互いの背中を守るようにして戦闘に備えたのだ。
 土埃が立ちこめた地表は、奇妙に静かだった。 アシュレイが ふいに低く言った。
「昔に帰ったみたいだな。・・・魔風窟や魔界でさ、多勢に囲まれた時はいつもこうしてた」
「・・・ああ」
「柢王、・・・何か策はあるか?」
「あるわけ無いだろ、あんなデカブツ相手に。・・・けど、思ったよりも動きが早い。気をつ
けないと、かすっただけでも吹っ飛ばされるぞ」
「でも、シュラムほどでかくねーし、シュラムみたいに何十本って素早い動きをする触腕が
ついてるわけでもないし。・・・ま、いけるんじゃねえ?」
「行き当たりばったりってのはいつものことだしな」
 柢王が笑いながら言い、アシュレイに提案を持ちかける。
「あいつの頭に近い方が主戦権握るってのはどうだ? で、残った方がフォローと万が一の
ための結界を張る役に回る」
「フォローはともかく、何で結界?」
「あんなデカブツ、大技でぶっ飛ばす以外ないだろ?」
「・・・おまえ、もしかしてそのために兵士達をあんなに後退させたのか?」
 返事はなかったが、こちらを向いてニヤッと笑ったその表情で解る。
「ま、200メートルも離れてりゃ大丈夫だと思うがな。おい、アシュレイ、俺になら遠慮
はいらないぞ。ガンガンいけ」
 アシュレイがどれほどの大技を放とうと、柢王ならば闘いながらでも完全に防ぐ。
 だから安心して思いっきり闘え。・・・柢王はそう言ってくれているのだ。
「・・・やっぱ、そーこなくっちゃな」
 正面に向き直り、斬妖槍を一瞬強く握りしめ、アシュレイは肩をすくめて低く笑い声を立
てた。
 柢王も笑っている。 こんな状況で笑っていることを異常なことだとは二人とも思わない。
武者震いと同じようなものだからだ。
 ―――体の奥から、突き上げてくる震えがある。
 叫び出したいような、この衝動。
 ―――ぞくぞくするような この感じ。
 ここでしか、この状況でしか、味わえない。
 危険の中に身を置き、その中で己の命を見いだす。
 そうすることでしか、己の存在を確立できない―――。
(・・・・・餓えに餓えた獣だな。あいつの戦闘霊気ときたら)
 背を向けていても柢王はアシュレイの戦闘霊気が暴発寸前まで高まっているのを感じ取
ることが出来た。
 ・・・アシュレイの、飢えに似たその衝動を、一番近くで共に闘ってきた柢王はよく知って
いる。彼もまた同じような衝動を深いところに隠し持つ者だからだ。
「アシュレイ、おまえ、ここんとこ やりたりてないんだろ?」
「―――な! な、な、何 言って・・っ!」
 柢王の笑いを含んだ声に、何かを勘違いしたアシュレイが真っ赤になって振り向く。感情
の混乱ぶりに彼の戦闘霊気がボンッと音を立てて吹き出した。 突然の霊気放出に柢王も面
食らった。背中に押し寄せてきた熱気に何事かと振り向く。
 ―――この時、アシュレイは柢王の背後の瓦礫が弾きあげられるのを、柢王はアシュレイ
の背後の瓦礫が弾きあげられるのを見た。・・・そして かすかな水音を 聞いた。
「そこかあっ!」
 斬妖槍を構えたアシュレイが柢王の方へ完全に体を振り向けるのを、アシュレイの背後を
みていた柢王が叫んだ。
「ちがう! こっちは尾だ! ―――アシュレイ!後ろだ!来るぞ!」
 瞬間、大量の瓦礫をはじき上げて巨虫の頭部がアシュレイの背後に迫った。
「・・っ!」
 振り向いて頭部に炎を叩き込もうと狙いを定めたアシュレイが、わずか一瞬で眼前に迫っ
た一対の巨大な大顎に目を見開いた。
(加速した・・―――!?)
 横合いから来た衝撃にアシュレイは弾き飛ばされて地面に叩き付けられた。
「・・って・・」
 とっさに受け身すらとれなかった己の間抜けさを呪い殺せるものなら呪い殺したい。
 素早く身を起こし、周囲を見回し、上空を見上げる。
「―――柢王!」
 巨虫は長い巨体を地中から引きずり出して上空へ伸び上がっていた。
 柢王がいない。
「柢王!」
 とっさに横合いから自分を突き飛ばして巨虫の大顎から逃してくれた彼が。
「―――柢・・」
 上空に伸び上がった巨虫の周囲から降り落ちてきたものがアシュレイの頬に落ちる。
「う・・・」
 ぬぐい取った手についたものを見て、アシュレイは叫んだ。
「うわあぁぁぁぁっ!」
 叫びながら、凄まじい早さで巨虫の巨体の上を駆け上がる。
(嘘だ!)
 手についた、赤黒い液体―――・・・
(嘘だ!嘘だ!)
「柢王!」
 一気に巨虫の頭部を飛び越えて上空に飛んだアシュレイが、巨獣の口元を見て青ざめ、
言葉を失った。


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