投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
いま思えば、あれって赤ん坊の『むし笑い』だったんだよね。
でも、ママが言ってたように、赤ちゃんにはいろんなものが見えてるのかなって思った。それで、二葉には俺が見えてたのかなって。
夢の中のことなのに、真剣にそう思ってしまう自分に赤面だけど。
……凄くいい夢だった。
二葉、可愛かったなぁ……。
――― あれ以上のプレゼントは、もうないだろうねぇ…。
(うん……)
一樹さんの言葉を思い出して、俺もしみじみそう思った。
それがご両親からの一樹さんへのプレゼントだったことも、すごく嬉しくて心に残ってるんだろうな……。
昨日そう言った一樹さんは、とても優しく笑ってたんだけど、懐かしそうでいて、なぜか寂しそうに見えたんだ。
「なーに考え込んでんだよ」
「え? あ、あれ…?」
「もう出る時間だろ?」
「え、もうそんな時間っ!?」
俺は飲みかけのままのオレンジジュースを一気すると、急いで小沼に『今出る』メールを打った。
目が覚めてからも、ずっと夢で見たことが頭から離れなくて、二葉がせっかく用意してくれた朝食も上の空で食べてたみたいだ。
俺がなにか考えごとしてると思って、邪魔しないで放っておいてくれたんだろうな。
(…ごめん、二葉)
鞄をつかんで玄関に向かうと、後ろから二葉がついてくるのが気配で分かった。
「夜、俺ちょっと兄貴んとこ行くからさ」
「ロー・パー?」
「ああ。俺に渡したいものがあるから事務所に来てくれって、さっき一樹からメール入ってさ」
「二葉に渡したいもの…」
「ちょっと早いけど俺の誕生日プレゼントだってさ」
リピートする俺に二葉は、なんでもないことみたいに言って笑った。
「当日はおまえとゆっくりしろってことらしいぜ」
「…ふぅーん。じゃあ俺、遠慮しとこうかな」
「なんで? いいじゃん、『ロー・パー』で待ち合わせして、軽く食べて帰ろうぜ」
「うん。……今日はちょっと買い物もしたいし。『ロー・パー』はまた今度で」
「そうか?」
「うん」
なんとなく。
今日は一樹さんに『弟』を返してあげたい気がしたんだ。
ていうか、「返す」って言い方、二葉が俺のものだって言ってるみたいだ。
もの、とか、そんなんじゃなくて。
(夢の中で一樹さんが、とても大切で誇らしげに「僕の弟」って言ってたみたいに…)
俺にとっての二葉は、そんなふうに表すとするとしたらなんだろう。
俺『の』、なにになるんだろう……。
「おいってば! マジ、もう出ないとヤバいだろ」
「あ…」
「考えごともいいけど、運転してるときだけはやめろ。…あ。あと、ベッドん中でもな」
玄関のドアを開けたまま、俺を待ってる二葉がウインクしながらそう言った。
「はいはい」
「ん? 怒んねぇんだ?」
「朝から怒るようなことじゃないよ。運転はもちろん、ベッドに入ったら考え事なんてしないで早く寝ろってことだろ」
「…そう来たか」
「じゃ、行ってきます。二葉」
「気をつけて」
玄関出るとこで、俺は二葉の頬に自分の頬を触れ合わすようにささやいて、マンションの廊下に出た。
ドアが閉まる音がしないから、二葉は俺を見送ってるんだろう。
いつものことだけど、今朝はそれがちょっと照れくさくて嬉しい。
「あ……!」
俺は思わず振り返って二葉を見た。
「なに? 忘れもん?」
「……ううん。なんでもない。二葉、夜『ロー・パー』で食べてくるよね?」
「おまえがなにも食わねぇで帰ってくんなら、俺も腹空かしとくけど? 食いたいもんある? 用意しとくよ」
「いいよ。二葉、食べてきて。俺も仕事終わったら軽く食べとくから。でも、帰ったら少し飲みたいかな」
「了解」
「じゃあね」
「ああ」
今度こそ振り返らずに俺はエレベーターにたどりつき、一階まで降りた。
外に一歩出ると、快晴だけど少し肌寒さを感じた。
(こんな季節に二葉って生まれたんだなぁ……)
さっき二葉に見送られながら、二葉って俺のなんだろうって考えて、浮かんだひとつの言葉があった。
いまはそれが一番しっくりくる気がする。
友達とか同士とか仲間とか恋人とか…。
いろんな言葉もあったけど、今はこれだと思う。
ねぇ、二葉。
二葉は、俺の家族だよね……。
「なんにしようかなー…」
つぶやきながら、澄みきった秋晴れの空と同じ、清々しい気持ちで歩きだした俺は、今日の帰りは二葉へのプレゼントを物色しに行こうと決めていた。
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