投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
刻限どおりに扉を叩いた文官のためにその扉を開けたのは、守護主天の親友の側近である魔族だった。詰襟で袖も裾も長い大人しい格好で、白い髪を緩い三つ編みにして右肩の前に流している。
視線を落としたその前を傲然と通り過ぎ、文官は守護主天ティアランディアの机の前に立った。
「守天様、上水敷設工事の計画書をお持ちいたしました」
「御苦労」
文官が説明している間、魔族は無言でティアランディアの傍らに控えている。年若き天界の主は、親友の従者がお気に入りで、事あるごとに側に置いているのだ。
「――分かった、あとで決裁したものを運ばせよう。桂花、私にお茶のお代わりを」
「かしこまりました」
魔族が茶器に向かう。その傍らで一礼して退出しようとした文官は、ぎょっとして動きを止めた。
僅かに前屈みになって茶の準備をしている魔族の、その背中。 詰襟の下から帯を巻いた腰まで、中心にスリットが入り、紫微色の肌が細く覗いている。
服の白の淡い影の下、なめらかそうな、幾分色濃い刺青との二色の肌。
白い髪に白い服と、全身の白の中で、その色が妙に目を惹く。
「どうかしたのか?」
怪訝そうな主の声にはっと我に返り、彼はそそくさと執務室を後にした。
閉まった扉を見やったティアは、二人きりになった執務室で大きく息をついて椅子の背にもたれ、天井をあおいだ。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。・・・あのね桂花」
「はい」
「さっきの文官。新しく引く水道の工事を担当してるんだけど」
「はい」
「西国のとある貴族の館の使い女と付き合っている、らしくて」
「で?」
「色々情報を流してるみたいなんだよね・・・。水路の予定経路とか、工事の上限価格とか」
ティアは再び溜息をついて頭を抱えた。
「君の色香に迷って正気に戻ってくれるといいんだけど。そうでないなら、本格的に工事の計画立てる前に手を打たないとならなくなる」
「・・・この背中、そのためだったんですか?」
桂花が今着ている背中心を縫い合わせていない服は、ティアが桂花に贈ったものだ。奇抜な発想は柢王で慣れているし、背中以外は顔と手しか肌の出ない大人しいデザインなので、桂花も深く考えず着ていたのだが。
「いや、それはついで。主に私の目の保養のためだよ」
「守天殿・・・」
「毎日毎日アシュレイにも会えず見るのはあんな顔で無能だったり情報外に流したり資金横領したりどっかの国に利用されたりするのの相手しなきゃならない私の身にもなってみて? 有能・誠実・美貌の秘書相手に多少の目の保養したって何が悪いんだー!」
ティアの目が据わっていた。
(壊れてる・・・?)
桂花もまた溜息をつく。
「手を打つときは教えてください。協力します。ただ首を飛ばすだけでは勿体ないですよ」
最低限でも見せしめは必須、隠れ蓑にして他のも一気に片付けるとか、横領された資金はもちろん3倍くらいにして返してもらわないと。
そう呟いた桂花にティアは手を伸ばした。
「さすが桂花、頼りになるよ。持つべきものは優秀な秘書だよね」
桂花も無言でその手を握り返した。
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