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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.36 (2006/11/03 22:37) title:宝石旋律 〜嵐の雫〜(10)
Name:花稀藍生 (p1071-dng34awa.osaka.ocn.ne.jp)


「アシュレイ! クソッ!何て速さだ!―――ティア!あのぶんだと負傷者が出てる!
応急処置用の聖水をくれ! それと、さっきの書類も!」
 すでに点としか映らないアシュレイの後ろ姿に舌打ちしつつ、怒鳴る柢王も既にバルコ
ニーの柵に足をかけていた。
「あー!ったく!あのバカ!少しは後先ってものを考えろよ!」
「バカはあなたもです」
 その肩にマントを着せかけてやりながら、桂花が押し殺した声で言った。
「熱があるのに・・・」
「・・・帰ったら何でも言うこと聞くから、カンベンな」
 止めても無駄なことは桂花にも解っていたので、黙って睨み付けるだけにしておいた。
「・・・気をつけて。ハッキリとは見えませんでしたが、あの巨虫が吾の知っている水棲昆虫
と同じモノなら、あの大顎には絶対に捕まらないで。大顎の中は空洞で、強力な有毒の溶解
液がつまっているから」
「巨大ムカデじゃねえのか?」
「足の形が全然違うでしょうが!」
「わっかんねーよ!見えたのなんか一瞬だぜ?! どんな動体視力してんだよ桂花?」
「一目瞭然だよ、柢王。オールみたいな形の六本足が生えてたじゃないか。あれはムカデじ
ゃないよ。絶対」
 バルコニーへ走り出てきたティアの手から聖水瓶と書状を奪い取った柢王が目を丸くし
た。
「ティア。お前もか?! 俺には全然見えなかったぞ?」
「・・・天界中を飛び回るアシュレイを遠見鏡でつかまえようと日々頑張ってたら、いつの間
にか鍛えられちゃってたみたいでさ・・・」
「・・・お疲れ様です」(×2)
 遠い目をして語るティアに、柢王と桂花がどこか哀れみを含んだ声で同時に言った。

 柵の上に飛び乗った柢王が、何かに気づいたようにふと振り返って言った。
「ティア、お前の役職は何だ?」
「・・・? え・・ 守護主天・・だけど? 」
 いきなりの問いかけに、ティアは面食らいながら応える。
「ちゃんとわかってんじゃねえか。―――その いいおつむで よーく考えな。自分にどん
なことが出来るかってことを。自分が簡単に壊されるようなタマじゃないって事を」
 困惑した表情で見上げてくるティアの額を(御印を避けて)指でつん、と突っつき柢王は
笑った。
「―――お前は、俺たちより強いってことを」
「・・・柢王?」
 不思議そうに見上げるティアを横目に、柢王は手を伸ばすと指でそっと桂花の頬に触れた。
「ティアを頼むな」
 次の瞬間 風が巻き起こってバルコニーに立つ二人の髪を激しく乱した。
「・・・!!!」
 暴風を巻き起こした犯人は、既に視界には点としか映らない。
 室内から青い小鳥が飛び出してきて桂花が差し出した腕の上に乗った。
「・・・お前も行くのか?」
 ピピ、と応える小鳥にどこか寂しげに笑いかけ、羽をひと撫でしてやってから空に放つ。
(・・・せめて返事を聞いてから行けばいいのに)
 螺旋を描いて上昇してから目的地へと羽ばたいてゆく青い小鳥の姿を小さくため息をつ
いて見送り、桂花は隣に立つ守護主天に、室内に入って遠見鏡で状況を確認しましょう
と促した。
(・・・それにしても・・・・)
 室内に入り、ティアが執務室に入ってきた文官に救援の指示を飛ばしているのを聞きなが
ら、桂花はバルコニーの方をもう一度振り返った。
(あの巨虫・・・)
 遠見鏡で数瞬しか見えなかったが、あの大きさは尋常ではない。
 巨体にかかる重力を考えれば、あの大きさは異常だ。
 人界の海には島のように巨大な、鯨という名の魚のような生き物がいるという。
 だがその巨大な生き物も、陸に揚げれば重力に耐えきれず自らの重さで圧死する。
 水の浮力があってこその巨体なのだ。
(虫はあらゆる生物の中で 一番 力が強い というけれど―――・・)
 重力の支配する地上において、何故あの巨体であのように素早く動けるのか。桂花はそれ
が腑に落ちない。
「桂花?」
「すぐに参ります」
 ティアの声に桂花は一旦考えることを止めた。
 闘いに赴かなくとも、やらなければいけないことは山のようにある。
 それでも、忙しく立ち働いている間は、心配のあまりあれこれ考えてしまうことをせずに
済む。何も出来ずにただおろおろと待ち続ける事を考えれば、やる事があるというのは幸せ
なことなのだ。
 ・・・・・たとえそれが南の太子に荒らされた執務室の片づけだとしてもだ・・・
「・・・・・」
 桂花は眉間に皺を寄せてため息をつき、それから執務室へと足を踏み入れた。

 天主塔から境界線まで、全速力の兵士達の足(というか飛翔力)で通常30分から40分。
 普段のアシュレイなら20分。
 それをアシュレイは摩擦熱で服が燃え出すのではないかと思われるほどの凄まじい速さ
で飛び、境界線の場所まで12分で到達した。
「ア・アシュレイ様!?」
 一瞬にして(兵士達にはそのように見えた)暴風と共に現れた南の太子に兵士達が目を見
開いた。
 さすがに息の乱れたアシュレイが肩で息をつきながら、それでも油断のない目で周囲を見
渡す。魔族は地中に潜ったままのようで、土埃が地表をもうもうと覆っているのが見えた。
 土埃に汚れた兵士達がひとかたまりになって上空に浮いている。
 皆が皆、起こったことを把握しきれず、とまどいと恐怖の表情を浮かべていた。
「・・・被害は・・・・・」
 まだ整わない息で兵士達に向き直ったアシュレイが顔を歪めた。初めて血のにおいに気が
ついたのだ。
 ・・・怪我のない者を数える方が早かった。退避することで手一杯だったのだろう、治療す
ら始まっていず、中には手足のあちこちから血を流している者や、意識がないのか二人がか
りで抱え上げられぐったりしている者達の姿もあった。 三人ががりで抱え上げられている
一人の兵士の片足がなく、三人目が傷口の上部を両手で締め付けて圧迫止血を施そうと奮闘
しているが、それを嘲笑うかのようにズタズタの傷口から鮮血が滴り落ち続けているさまを
見たアシュレイが青ざめ、次の瞬間怒りを爆発させた。
「・・・・・!」
 アシュレイの戦闘霊気(バトルオーラ)の反応して周囲の大気がバチバチ音を立てた。間
近で見る王族の霊気のすさまじさに兵士達が一斉におののいたその時。
 まるでその瞬間を待っていたかのように、地表から瓦礫を弾きあげて魔族が伸び上がって
きたのだった。

「・・・出た!」
 もはや執務そっちのけで遠見鏡に張りついていたティアが叫んだ。その声に、南の太子が
散らかしてくれた書類を分類し直していた桂花が駆け寄ってきて共に覗き込む。
 ―――黒々とした広くて平らな頭部、それに続く三段階にわかれた胸部には剛毛の生えた
オールのような三対の足が生えている。そしてそれに続くのは10から先は土煙にまぎれて
見えない環節の結合が連なる長い腹節。
 その、流線型の長大な姿―――。
「・・・やはり、人界の水棲昆虫にそっくりです。・・・大きさの違いさえのぞけば、ですが」
 体長は15メートル。瓦礫の下にある残りの腹部を考えれば、20メートルを超すかもし
れない。
 桂花の隣でティアも目をこらす。
「信じられない・・あんな巨体、持ち上げるだけでも・・ ―――アシュレイ!」
 巨虫はその巨大な姿形に似合わないひどくなめらかな動きで、上空に集結しているアシュ
レイ達に向かって伸び上がったのだった。

 地中から伸び上がった巨虫の姿を、はるか前方に柢王は認めた。
「クソッ!間に合うか?!」
 さらに加速した柢王は、ふと違和感を感じた。
 ―――何かを突き抜けたような感覚があった。
 それは、彼の友人が彼の恋人と大事な友人達だけが通り抜けられるように設定した、その
特殊な結界を通り抜ける時の感覚と同じモノだった。
「・・・・ッ?!」
 それと同時に柢王は息苦しさを感じた。
 周囲の大気が一段と重みを増した、そんな感触だった。
 妖気がまとわりついてくる。濃霧の中に立っているようなその感触に、柢王は嫌悪の証と
して眉をひそめた。
(―――あのデカ虫の放つ妖気かよ? ・・・にしては広範囲すぎないか? ・・一瞬だったが、
あの、突き抜けるような感覚・・・ まさか結界?・・いや、ティア以外にこんな広範囲の支配
領域を持つ結界を短時間で張れるヤツなんかいるわけが―――)
 高速で飛ぶことに全力を注いでいるため、とぎれがちになる思考に苛立つ柢王の視線の先
で炎が上がったのは次の瞬間だった。
 

 伸び上がってくる流線型の巨大な魔族の姿を見て恐慌状態に陥った兵士達の恐怖に歪ん
だ声を背後に聞きながら、悪夢のようにギラギラと黒い巨大な大顎を持つ巨虫に向かって飛
び込んでゆきながらアシュレイが叫んだ。
「てめえぇぇぇぇ! よくも!」
 アシュレイの右てのひらに白熱した炎が吹き上がった。それはアシュレイの霊気で精製さ
れ収斂された、凄まじい力を持つ炎だった。
 アシュレイはそれをそのまま巨虫目がけて放とうとした。
「よせ!アシュレイ!」
「!」
 背後からの声と同時に、アシュレイのてのひらの間に収斂されつつあった炎が身をよじる
ようにして消えた。
 次の瞬間、アシュレイと巨虫の間に文字通り暴風と共に突っ込んできた柢王が巨虫に向か
って収斂させたかまいたちを放ったが、その表甲に悉く弾かれてしまった。しかしその衝撃
と暴風の圧力にさすがに驚いたのか、巨虫は素早く身を翻して地中に潜った。
「くそ!あの程度じゃだめか!なんてぇ固いヤツだ!」
 弾きあげられる瓦礫の破片を巧みに避けながらアシュレイの隣に浮かび上がった柢王が
舌打ちした。同時にアシュレイが吼えかかる。
「柢王!てめえ さっき俺に何しやがった!!」
「お前の手元の酸素を抜き取ってやったのさ! 酸素がなきゃ火は燃えないからな!」
「この非常時に何て事しやがるんだ!馬鹿野郎!」
 さらに吼え懸かるアシュレイに、負けじと柢王も声を張り上げる。
「兵士達が近くにいただろうが!第一、瓦礫の下に生存者がいるかも知れないってのに、
確認もせずにこんな至近距離でぶっ放そうとしてやがった馬鹿が何言いやがる!」
「だから、ギリギリまで魔族に接近してから炎を出そうとしたんじゃねえか!それを邪魔し
たのはお前の方だろ! つーか! また馬鹿って言いやがったな!」
「魔族を見たら頭に血がのぼっちまうその癖をいい加減なおせよ! お前マジで危なかっ
たんだぞ!それとも何か、お前を酸欠にさせて化けモンの口ン中に落としてやった方が良か
ったか?! そーすりゃ馬鹿が治ったかもな!」

「・・・いつもあんな感じだったんですか?守天殿・・」
「・・・・聞かぬが花だよ。桂花・・・」
 会話が丸聞こえの遠見鏡の前で、桂花が脱力し、ティアは椅子に座ったまま天井を仰いで
嘆息していた。
「昔から、戦いの最中だってのに現場そっちのけで言い合うことなんか、あの二人にはしょ
っちゅうだったよ。・・・そのくせ いざって時は息ぴったりなんだからね」
「・・・・・」 
 桂花は、ティアが再び小さくため息をつくのを聞いた。


No.35 (2006/11/03 22:28) title:火姫宴楽(7)
Name:花稀藍生 (p1071-dng34awa.osaka.ocn.ne.jp)


 グラインダーズが柢王にエスコートを申し入れた日からきっかり7日後、グラインダー
ズからの極めて丁寧な内容の書状を託された(ふくれっつらの)アシュレイの案内で、柢
王は採寸のために一度だけ南領に訪れた。
 南領の離宮の一室でグラインダーズの丁重な出迎えを受け、アシュレイにからかわれつ
つ、柢王は如才のない態度で頭周りから足首周りにまで至る細かい採寸を耐えた。
 採寸の中休みで、柢王はアシュレイとグラインダーズとお相伴に預かるデザイナー達と
テーブルを囲み、よく冷えた後味がすっきりとする香草入りの清涼飲料水と香辛料の良く
効いた甘味の強い南領の菓子をつまみながら、とりとめのない話をした。
 デザイナー達は良く笑い、たくさんの話題を提供したが、どういった仮装衣装になるの
かについては何も言わなかった。ただ笑って当日のお楽しみと言っただけだった。
 柢王は終始おとなしい態度でほとんど何も聞かなかったが、採寸が終わってから、デザ
イナー達へ3つだけ条件を出して帰っていった。
 曰く、
 補正下着の類は一切駄目!
 ヒールの高い靴も却下!
 肌も極力見せないこと!
 だった。
 いっそ思いっきり大胆な仮装にしてやろうと考えていた(何のことはない。単にまだ何
一つ決まっていなかったのである)デザイナー達は足下をすくわれた形になり、「なぜ
〜?!」と半泣きになる中、「やっぱり男の子さんですわね」と、 柢王と同じくらいの歳
の男児を子に持つデザイナーがくすくす笑いながら頷いた。
 その隣で、グラインダーズもくすくす笑っていた。奇しくも柢王が示した条件は、グラ
インダーズがデザイナー達に事前に提案した衣装と条件がほとんど一致するものだった
からである。
「・・・では、私のアイディアどおりに進めてちょうだい」
 くすくす笑うグラインダーズに、デザイナーの一人が、デザイン画を見ながら言った。
「・・・姫様、本当によろしいのでしょうか? こう言っては何ですが、前回に比べると面
白味に欠ける感は否めません。」
「いいのよ。今回は奇をてらう必要はないのだから。」
 前回のアシュレイと揃いの鳥の衣装は、立体感や羽の動きになめらかさを見せるため、 
最後の最後までデザイナーとパタンナー達が額を付き合わせて喧々囂々しながら作り上
げた良いものだった。 しかし今回は豪奢さこそあれ、本当に「ただの服」なのだ。デザ
イナー達としては腕の奮いどころがないので、がっくり来るのは仕方ないことと言えた。
「・・・なんだか今回のお題は、いまいち主体性がありませんわね。何だか意味合いが広す
ぎて曖昧ですわ。そもそも仮装向きのお題ではありませんわ」
「そうね でも」
 グラインダーズは肩に降りかかった髪をかき上げながら挑戦的な笑みを浮かべた。
「いろんな意味に取れるからこそ やりやすいって事もあるのよ」

 その夜、グラインダーズの寝支度を手伝っていた彼女の乳母が、ふと何かを考える仕草
をして問いかけてきた。
「姫様、そろそろではありませんか?」
 グラインダーズは下腹部に手をやり、わずかに考え、そして頷いた。
「・・・そうね。そろそろ来るわ」
 憂鬱な顔をして、グラインダーズは頷いた。月に一度訪れる「アレ」だ。始まれば文殊
塾を2.3日休まねばなるまい。腹が立つくらい毎月正確に訪れるたび、憂鬱になる。
 乳母は、それはどんな女性も大なり小なりそんなものですよ、と慰めてくれるが、グラ
インダーズの憂鬱に拍車をかけるのは、毎回それが訪れるたび、初めて血を流した頃に起
きたあのことを思い出してしまうからだった。

 ・・・その日は なぜだか 朝からイライラしていた。 
 それは文殊塾の武術の時間に小休止を言い渡した武術師範が、汗をぬぐうために場を離
れたわずかな時間のことだった。 子供達が大人のいない間に悪ふざけをするのはいつも
のことだ。数人でふざけあいながら長棒を振り回す男児の棒先が、たまたま近くを歩いて
いたグラインダーズのとりまきの女児の肩口をかすり、その痛みに女児は泣き出した。
 それを見たグラインダーズが、その男児に棒先を突きつけて謝罪を求めた。それが発端
だった。
 その男児はグラインダーズよりも年長で、体も大きかった。自分よりも小さな、しかも
女児の権高な言葉と棒先にカッとなったのだろう。侮辱の言葉を吐きながら、男児は突き
出された棒先を横合いから打ち落とした。
 ・・・痺れる手を、呆然とグラインダーズは見つめた。力一杯握りしめていたはずの棒は
グラインダーズの手を離れて地面に落ち、甲高い音を立てて転がっている。 女児達の悲
鳴と、どっと男児達が周りで囃し立てる声に、カッと頭に血が上るのをグラインダーズは
感じた。
 やれるものならやってみろとこれ見よがしに棒先を繰り出してくる男児に、とり落とし
た長棒を拾い上げてグラインダーズは打ちかかった。たちまちのうちに打ち返される棒先
の鋭さに長棒を握る手が痺れ、足がもつれかかる。
「・・・・・ッ!」
 ―――悔しかった。 女だからとか、そう言われて悔しかったのではなく、本当に力で
は叶わなくなっている自分の力が悔しかった。
 負けたくないと、この時、初めて痛切に思った。
 だから、本来避けられるはずの棒先を避けずに、わざと顔で受けたのだ。頬を薙ぎ、鼻
先をかすめた棒先にしぶいた血に驚いたのはグラインダーズではなく、相手の方だった。
ここまでして勝ちたいという、負けず嫌いというよりも、もはや意地としか言えない感情
を自分か持っていたことにも少し驚いたが、その動揺の隙をついて相手をたたきのめした
事についてはグラインダーズは今でも後悔していないし満足している。
力で勝てないのなら、相手の虚を突く勝ち方もあると分かったからだ。
 ・・・しかしその後がいけなかった。グラインダーズは南領の王女、相手は貴族の子息だ
った。文殊塾から城に帰り、グラインダーズが乳母に小言を言われながら、それでも勝        
ったという満足感に密かにひたりながら擦りむいた鼻先と頬の再手当と鼻血で汚れた衣
装の着替えをしている時に、息子の首根っこを掴んだその父親が、父王に謝罪の面会を泡
食って申し込んできたのだった。
(・・・どうして子供の喧嘩に親が出てこなければならないの?!)
 乳母の制止の声を背中に聞きながら、ワンピースタイプの肌着一枚の姿でグラインダー
ズは部屋を飛び出した。午後の日ざしが差し込む回廊の美しいモザイク模様を描き出すタ
イルの床の熱さを素足の足裏に感じながら謁見の間へと走る。
 謁見の間の扉に向かうよりも、謁見の間の隣室である控えの間を通り抜けるほうが、父
の元に早くたどり着ける、と判断したグラインダーズは控えの間に飛び込んだ。
 彼女の父親はちょうど控えの間から進み出て、床に頭がつくほど平伏している親子の前
に立って、彼らに頭を上げるよう促しているところだった。
「父上!」
 娘の声に父親は振り向き、控えの間から走り出ようとしている娘の姿を認め、その格好
に目を見開いた。
 グラインダーズの着ているなめらかな肌触りの裏地がつく白い肌着の表地には、布の色
と同じ色の糸でびっしりと刺繍がされている。その豪奢なつくりのそれは一般市民の晴れ
着にも相当するものだった。
 だが肌着は肌着であり、そして、断じて王女が人前にさらして良い姿であるわけがなか
った。
「 一国の王女がそのようななりで人前に姿を見せるでない!引っ込んでおれ!」
 叩き付けるような大音声だった。 そのすさまじさに頭を上げかけていた親子は再び平
伏し、グラインダーズは思わず足を止めた。
 数歩で控えの間の入り口まで戻った父親に、その肩からむしり取ったマントをかぶせる
ように投げつけられ、立ちふさがるように自分に背を向けたその背中は、なぜだか異様に
大きく見えて、自分の言葉など届きもしないように思えて。
「あ・・・」
 立ち竦んだところを追いついた乳母達に抱えるようにして連れ戻された。体を二つに折
って足に力を入れて抵抗しようにも、足先から力が抜けていって、声が喉から先に行かず、
きれいに磨かれた床と引きずられる自分の足先ばかりが目に入って、ひどく惨めだった。
 ・・・その足先に 赤いものが滴滴と落ちて流れ落ち、かかとに引きずられて床に赤い線
を引くのを見た時、堰を切ったようにグラインダーズは自分の声を喉から迸らせた。
 悲鳴だった。


No.34 (2006/11/02 09:11) title:白い花
Name:モリヤマ (i125-201-153-71.s02.a018.ap.plala.or.jp)

 
 バヤンは武人のわりに文学を好んで読む男だったし、四年前に亡くなったチンキムの愛読書は唐の太宗と臣下との政治論議をまとめた『貞観政要』だった。
 チンキムの残した大量の蔵書のうち、フビライの許可を得てバヤンに譲られた書物の中に、唐代の小説家、段成式の『酉陽雜俎』全三十巻があり、それを譲り受け拝読したバヤンが、その中の一篇を是非にとカイシャンに贈ってきたのは自然なことだった。
 
 
「桂花……」
 カラコルムから届いた本の話を早く桂花にしたくて、カイシャンは走った。
「桂花…っ!」
「どうしたんですか、カイシャン様」
 いきなり宮廷内の廊下で大声で呼びかけられ、驚いて桂花は足を止めた。
「月の桂樹の話を知ってるか?」
 弾む息でそう尋ねられ、桂花は「いいえ」と答えた。
「バヤンからチンキム様の本が届いて、それを読んだんだ」
「読めましたか?」
「…まだ少し難しかったけど、おもしろかった」
 子供の満足げな顔に、桂花も微笑んで返す。
「それで?」
「月には桂樹がある」
「ええ……」
「月の桂樹は五百丈もあって、斬っても傷つけても、すぐにその傷口がふさがるんだ。それで、桂樹は『再生』や『不死』を象徴するようになったんだって」
 
――― 再生?
――― 不死?
 
「だから、」
 
――― だから?
 
「同じ名前の桂花がいるから、ずっと陛下はお元気でいられるんだ!」
 
 ……誇らしげなその笑顔がにじんで映るのはなぜだろう。
 この子は、自分を慕ってくれている。
 わかっている。
(だから…)
 だから、その説話を知って、嬉しくてすぐに自分の元に走ってきたのだろう。
 
「……桂花?」
 名前を呼ばれたが、桂花はカイシャンの顔を見ることができず、前へと足を踏み出した。
「桂花?」
「……お茶を淹れますから、一緒にいかがですか?」
「うんっ!」
 宮廷には、桂花用に整えられた小部屋がある。
 その部屋へと向かう一歩一歩を踏みしめる。
 歩く。
 呼吸をする。
 話をする。
「カイシャン様…」
「なんだ?」
 嬉しそうに自分を見上げてくる子供。
(……この身体も、斬られても傷つけられても、傷口はすぐにふさがるのです。痛みもなく、元に戻るのですよ…)
 なんの感慨もない、不死の身体。
 それでも、手ばなすことのできない生。
 吾こそが、あなたの完全な「再生」と「不死」を妨げている。
 あの人の右腕を奪い、作られた人形を糧にし質にされ、あなたの肉体も魂も、本当の意味での再生も不死もない、……ありえない事態を招いてしまった。
 
(吾こそが………)
 
 後悔しているのだろうか。
 しても詮無いことなのに。
 ただ、自分にはそれしかなかった。
 その道しか、なかった。
 後悔も罪も、だから吾だけのもの。
 あの人形のような柢王にも、あなたにも、なんの責任も咎もない。
 
(……あるとすれば、吾を置いて行ってしまった男の傲慢さが許せない)
 
「桂花?」
「カイシャン様は、不死をお望みですか?」
 カイシャンの顔は見ずに、前を向いたまま問いかける。
「俺だけが長生きしたって仕方ない」
「は…。ませたことを」
「だったらおまえはどうなんだ」
 桂花に子供扱いされ、少しむくれたようにカイシャンが尋ねる。
「吾は……。そうですね。吾も同じです。ひとりでは生きていけませんから」
「………」
「……カイシャン様?」
 いきなり熱い手に腕を取られて、視線を下げ子供を見る。
 声の感じで、今までずっと見上げるように自分に話しかけていた子は、うつむいていた。
「カイシャン様…」
「桂花は寂しいのか?」
「……は?」
 そう真剣に問いかけてくる子供のほうが寂しそうに見えた。
 それでも桂花を気遣うような声音の子供に、なぜか無性に愛しさが募る。
「いまは一人じゃありませんから…」
 寂しくないですよ、と言外にほのめかすと、子供は安心したように顔を上げた。
 
 
 数日後。
 宮廷内に住むことを断り続ける桂花に、フビライが用意した館が一般居住区にある。
 そこにカイシャンから手紙が届いた。
 
――― 秋になって白い花が咲いたら、一緒に見に行こう。
――― 橙色に比べたら香りは少し弱いけど、俺は白いほうが好きなんだ。
 
 読みながら、まだ幼いカイシャンに、文字とは、手紙とは、と説いたことを思い出した。
 口にできぬ想いを伝えるものだと、そう教えた。
 人の生は短い。
 終わると分かっているものに、心を残してはならない。自分がつらいだけだ。
 それでも……。
 桂花は刹那の幸せを噛み締めるように、カイシャンからの手紙を胸に抱いていた。
 
 
 
 
 一般に木犀と言えば、銀木犀を指す。
 金木犀は銀木犀の変種で、オレンジ色の花をつけ、その香りは銀木犀を凌ぎ、夏の梔子と並ぶ。
 銀木犀の中国名は桂花。
 白い花をつけ、漢名を銀桂と言う。
 

 
 
 


No.33 (2006/10/27 14:45) title:秘め事(後)
Name: (j018107.ppp.dion.ne.jp)

 風をきりながら胸元に抱いた幼馴染の様子を伺う。こんな不安定な状態だというのにしがみついても来ない。
 泉でアシュレイについた糸を洗い流す間、再びネコにマタタビ状態にならない様に気をつけたおかげで、今のところ怪しげな行動は起こしていない・・・・と思う。
 アシュレイが所有している布。これがあると移動時間が短縮できる。
『アシュレイが、アウスレーゼ様からいただいたんだ。大丈夫。あの方はアシュレイのことを気に入ってくださってるから危ないものではないよ、心配いらない』
 最上界の人物とはいえ、会ったことも無い者を簡単に信じるわけにはいかない。しかし、何事においても慎重に事を運ぶティアが全面的に信用しているようだし、その男が自分の大切な友人達に危害を加える輩でないのなら・・・・それどころか力となってくれているのなら、ありがたい。
 アシュレイや自分以外に、ティアにとっての拠り所があるということは嬉しいことだ。
 あの出来た幼馴染は、なんでも自分の内にしまいこんで苦悩するのがクセになっている・・・というより、そうせざるを得ない立場にある。
 誰にでも愚痴をこぼせる立場でも無いし、簡単に人を信用してよい立場でも無い。
 天守塔の中には各国のスパイが送り込まれている状況だ、油断ならない。
 彼が守護主天などという面倒な立場でなければ、自分もこういう類の心配はしていなかっただろう。
 アシュレイとティア、二人とも比べようがないほど大切だ。それでもティアの方が、目が離せないのは事実。ティアは・・・・・謎なところがまだまだある。
 時折みせる彼の眼差しがひっかかる。
 これだけ近くにいても救いきれない何かがある。そう感じる。
 そんな複雑な男に惚れられたアシュレイは責任重大だ。
 守天の在り方ひとつで人間界が変わってしまう。ティアがいつでも穏やかでいられる条件からアシュレイは切っても切り離せない存在。
「お前が絡むとあいつ、豹変するからなァ・・・・・」
 あどけなさの残る頬に軽く唇を押し当てて、感謝の気持ちを贈る。その気持ちに色めいた感情はない。(・・・・と、柢王は思っていたが、やはり残念ながら少し薬の影響は残っているようだった)
 彼は友人でありライバルであり、弟のような存在。
 意識があるときにこんな事をしたらあっという間に両手から武器を出し、本気で切りかかってくるだろう。淋しがり屋のくせしてスキンシップに慣れていないのだ。
「・・・・・・あ、やべっ。もし遠見鏡で見られてたら二人がかりで殺されんな――――てか、俺がこいつに迫ったの見られてねーだろうな・・・・」
 ついつい足取りが重くなりがちの自分に気合を入れなおし、柢王は天守塔を目指した。

 会議に必要な書類の支度をしていた二人は、その様子を見て同時に席を立った。
 息を切らした柢王の腕にはアシュレイがスヤスヤと寝息をたてている。その様子はなにか怪我をしたとか、具合が悪くなったとかいうようなものではなかった。
 恋人の腕の中で安心しきって眠っている・・・・そんな風にしか、見えない。
「柢王・・・・・・・どういうこと。場合によっては・・・」
 いつになく物騒な瞳で柢王を見据えたまま、ふらりと歩み寄ったティアに柢王は慌てる。
「お、落ち着けよティア、どこもケガなんかさせてねぇよ。寝てるだけだから安心しろって」
「・・・・・寝てる?そんなの見れば分かるよ、疑問に思うのはなんで柢王の腕の中でこ・・・こ、こんなっ、こんな無防備な寝姿を晒しているのかっていう事だよ!」
 簡単に「寝てるだけ」と言われても、こんな風に自分以外の腕の中で眠るなんてアシュレイに限ってありえない。
「とにかくこっちにっ」
 柢王からアシュレイを取りあげるようにティアが手を伸ばす。
 こんなに騒がしいのに、ゆるやかな呼吸を繰り返し寝ているアシュレイ。
「―――――このにおい・・・・なんですか?」
 天敵が、目を覚ます気配がないと分かると、それまで黙っていた桂花がアシュレイの顔を覗き込むようにスンスンと鼻を鳴らした。
 言われてティアも顔を寄せると、アシュレイの体からかすかに甘い香りが漂ってくる。
「バカ、嗅ぐなって!」
 柢王は二人をアシュレイから離すと、慎重に言葉を選び、なおかつ自分が媚薬にかかった事は伏せながらさっきまでの経緯を話した。

「何てことしてくれたんだ、柢王〜〜〜」
 ティアが書類の山に手をついてうなだれる。
 いつもいつも問題をしょいこんでくるのはアシュレイ――――と、相場は決まっていたが、今回ばかりは柢王が原因のトラブルだった。
「どうりで苗の数があわないと思った・・・・で?吾の苗を勝手に持ち出したコソ泥の尻拭いのために、こちらを監視しておけと?この方が目覚めるまでならお役に立てますが、気がついたら最後、修羅場になる事に責任はもてませんが。それともあなたは吾が炭になっても構わないと?」
「そう言うなよぉ〜頼む。俺はもっかい戻ってホントに全部燃えきったか見てくるからサ」
 いちおう綺麗に糸は取り除いたものの、一向に目を覚まさないアシュレイが気になる。
 なにか副作用などがあるかもしれないし、このまま一人で寝かせておくのは不安だった。
「私からも頼むよ桂花。指輪も渡しておくから」
 ティアは寝ているアシュレイに、手光をあてて霊力を補ってやりながら桂花を見た。
 守天のスケジュールはもちろん把握している。このあと大事な会議が控えていることも。
「――――仕方ありませんね、守天殿の頼みとなっては」
 しぶしぶ承諾した桂花に礼を言うと、ティアは自室へアシュレイを運んだ。
「悪ぃな、じゃ、行ってくる」
 柢王の事は軽く無視してティアの後を追うと、揃えた書類を手渡し会議へ送り出す。
 静かになった部屋の中、ホッと息をついた桂花は不平をもらした。
「・・・・・なんで吾が」
 どうせなら執務室で監視していたかった。そうすれば仕事をしながら様子を見ればいいので気もまぎれたのに。
「ん・・・」
 寝返りをうったアシュレイに、桂花はギクリと動きを止めて様子をうかがう。
―――――起きる気配はなさそうだ。
「はぁ・・・柢王、守天殿、うらみますよ」
 いくら守天の指輪に守られていても嫌なものは嫌だ。
 武将である自分が意識を失い、いつの間にかベッドに寝かされていて、起きぬけに大嫌いな魔族と目が合う――――その後どうなるかぐらい想像がつくというのに。
 壁の方を向いたアシュレイの頭に冠帽がついていない事に気づき、桂花は眉をしかめたが、幸な事に守天が持ってきてくれたのだろう、サイドテーブルの上に置いてあった。
 彼が自分に角を見られたと知ったら守天の、所有物の被害が増えるだけだ。今のうちにつけてしまおうと、冠帽を手にとってアシュレイにかぶせようとした時、中に何かが詰まっている事に気づいた。
「何だ?」
 ひっくり返して中を見ると、綿のようなものが詰まっている。
 指を入れてたぐり寄せると、細い糸が絡まって、玉のようになっていた。
「これは・・・例の糸か」
 桂花はやわらかな糸に火をつけて、燃やしてしまう。周囲に甘い香りが漂った。
「あの人は、時々詰めが甘い」
 受け皿として使ったものを軽く懐紙でぬぐい、再びアシュレイの方を見ると、なんと彼は半身起こしてこちらの方をジッと見つめていた。
「!」
 桂花は即座に扉へと走ったが、それよりも速くアシュレイが立ちはだかる。
「・・・・・・・」
 無言で見つめ合ったまま数秒が過ぎる。
 桂花がサッと扉に手を伸ばすと体で阻止される。
「柢王のとこ行くつもりだろ?・・・ダメだ・・・・俺と一緒にいろぉ〜」
「!?」
「・・・・桂花・・・・綺麗・・・お前って、綺麗〜」
 桂花の腰に手を回し、抱きついてくるその目はトロ〜ンと果てしない所までイっている。
「・・・冠帽の糸か!」
 アシュレイの豹変振りに桂花は、この糸の香りを嗅いだもの全てが媚薬にかかるわけではないのだと悟った。
 それを体につけた者に直接効果はない。つけた者が周りの者に好かれる効力、つまりほれ薬の類なのだと。
「は、離せ!」
 すがり付いてくるアシュレイを腰にぶら下げたまま、ドアに手を伸ばす。
「行かさないぃ・・・お前がいてくれるんなら、何でも言うこと聞く・・・桂花・・・よくわかんねぇけど・・・お前のこと、たまらなく好・・」
 バッとアシュレイの口を袖でふさぐと、桂花はそのままベッドへ彼を引きずった。
「いいですか!それ以上喋るんじゃありません!」
 もしも彼が正気に戻った後、今のこの記憶が残っていたら自分(桂花)の身だけではなく柢王の身も危ないだろう。
 プライドの高い王子のことだ、自分から魔族に言い寄ったなんて許せるはずがない。
「桂花・・・やっぱり俺のこと嫌いか?俺を・・・置いていくのか?」
 桂花の服を引っぱりおどおどと訊いてくるアシュレイに怖気が走る。 あんな少量で加工もされていないのに、なんて恐ろしい効き目だ。アシュレイ自身、正気に戻ったら自害しかねない。
「そ、そこから動かなければ、どこへも行きません」
「分かった、動かない」
 こんなに素直なアシュレイは見たことがない。
 無邪気な顔でニコッと微笑まれて、一瞬カワイイかもしれないと思いそうになってしまった自分も恐ろしい。
 大人しくベッドの上で膝を抱えているアシュレイを横目で見ながら桂花は薬袋を探る。
 媚薬がまわっている体のため記憶を完璧に消すとまでは行かないかもしれないが、何も手を打たないよりはマシだ。
「目を閉じてください」
 言われるがまま目を閉じたアシュレイの頭から粉を振りかけた。
「桂花?」
 目を開けたアシュレイだったが、すぐに焦点が合わなくなり再び眠ってしまう。
「―――頼むから効いてくれ・・・」
 小さな寝息をたてているアシュレイに今度こそ冠帽をつけて、崩れるようにソファーへ倒れこむ。
「・・・・・いっそ吾の記憶を消してしまいたい」
 守天のことといい、アシュレイのことといい、誰にも言えない秘密がまた増えてしまった事実に、桂花は頭を抱えた。

 その後、まる一日、柢王と口をきかなかった桂花だったが、守天からの手紙でアシュレイの記憶が飛んでいる事を知らされて、ようやく恋人を許してやったのだった。


No.32 (2006/10/27 14:39) title:秘め事(前) 
Name: (j018107.ppp.dion.ne.jp)

 水滴を含み、しっとり濡れた髪が首や頬にまといつく。
「くそっ、うざったい!またティアに切ってもらわね―と」
 人界にいた頃、部下にカットを頼んだが、どいつもこいつもバカみたいに緊張して手をふるわせるものだから、結局自分でハサミをいれた事が一度だけある。
 その直後、定期報告で天界に戻ったときアシュレイを見たティアが絶句し、理容師を呼びつけ大騒ぎとなったのだ。以来、決して自分で切らないと約束をさせられた。
「あのときのティア・・・おかしかったな」
 クク、と声を殺して笑いアシュレイは前に立ちはだかる草をなぎ払った。
 払うたび水滴が散り、既にアシュレイの服は上から下まで濡れてピッタリと体に張り付いていた。
「しかし柢王の奴・・・人を呼び出しといて何してやがる」
 せっかくの休日なのに頼みごとがあるからと、一方的に待ち合わせ場所を指定してきた。滅多にない親友の頼みに、何だかんだ言ってもアシュレイは張り切っていたのだ。
 いつも世話になってばかりの自分が役に立てるのなら何だってしてやりたいし、いくらでも相談に乗るつもりだったのに・・・・・。
 既に三十分は待っている。短気なアシュレイにしては大変なことだ。
 もう待てない!と思ったところで、すぐ後ろの繁みから悲鳴が聞こえた。
 男とも女とも区別がつかないような悲鳴は気味が悪かったが、放っておくわけにも行かずアシュレイは飛んだ。
 しかし、上から見ても鬱蒼と生い茂る草ばかりでなにも見えない。
 空耳か?と下りたところで二度目の悲鳴。
「チッ、何なんだよ、ったく」
 正体不明の悲鳴にどこだ!?と声をかけるが全く応答がない。
「はぁ〜・・・くそっ」
 こんなことに朱光剣を使うなんて・・・とアシュレイは嘆息しながら草を次々なぎ払うこととなったのだ。
「燃やしちまった方が早いけど・・・奥に誰かいるのにヤバイよな」
 人を焼き殺す趣味はない。
 ブツブツ文句をたれながら突き進んでいく間、アシュレイは自分の体がだんだん重くなってきている事に気づいた。
「何だ・・・・?」
 手も足も、思うように動かない。
 よく見てみると、全身に蜘蛛の糸のようなものがいくつも絡んでいて、それを取ろうと動くたび、体の自由をうばわれていった。
「な、何だよこれっ!?」
 声をあげたとたん四方からいっせいに糸が体に巻きついてきた為、アシュレイは体を浮かし発火した。
 ボッと炎が全身を包み、糸が熔けて体の自由が戻る。
「どーなってんだ・・・」
 訝しむアシュレイの耳に三度目の悲鳴。
 しかしそれは誰かに助けを求めている人のものでも、恐怖にかられた人のものでもなかった。
「―――――なんだよ気味悪ぃ・・・この植物・・・・悲鳴あげてやがる・・・・・」

「アイツ怒ってんだろうなァ」
 柢王はアシュレイとの待ち合わせ場所へと急いでいた。
 ムリヤリ約束をさせたのは自分のほうだったのに、寝過ごしてしまった。
 桂花が天守塔に行くとき声をかけてもらったのだが、二度寝をしてしまったらしい。
「せっかく貴重な時間もらったのにな。このチャンス逃したら次はいつになるんだ?それまでアレを放っておくわけにもいかねぇし・・・・やべぇぞコリャ」
 柢王はため息をつきながら頭をガシガシかいて、速度をあげた。
 やっと約束の場所の上空まで来ると、地上の方でボッと火の手が上がった。
 急降下すると、そこにちょうどアシュレイが草むらから転がり出てくる。
「アシュレイ!」
「〜〜〜〜柢・・王・・・貴様ぁ・・・・何なん・・・だ、コレ・・・・霊力が・・」
 力が抜けた状態のアシュレイが、ヨロヨロと柢王の胸に倒れこんできた。
「おい、しっかりしろアシュレイ!・・・・・・・」
 抱え込んだアシュレイの体から甘い香りが漂う。彼の好物だった、マシュマロのような匂いだ。
「なんだ?お前の体、甘いにおいするぞ・・・それにこんなベタついて・・・・いったい何が・・・・・お前・・・・こんなに可愛かったっけ・・・・アシュレイ、かわいい・・・・・」
「は!?」
 柢王の語尾にギョッとして、肩で息をしていたアシュレイが顔をあげると、ふらふらぁ〜と柢王の顔がアシュレイの唇を求めて急接近してくる。
「やめ・・・ろっ!・・・バカ野郎・・・・なに血迷って・・・」
 力の入らない手で迫る頬をグイグイと押し戻すが、すっかり目がとろけている柢王はへこたれない。
「アシュレイ・・・なんで今まで気づかなかったんだ・・・・・」
「や・・・・・桂花!あそこに桂花がっ!!」
 ピク。と一瞬柢王の動きが止まったが、すぐにヘロヘロ〜と迫ってきた。
「アシュレイ、食べちゃいたい」
「よさ・・・・ないかっ!」
 ブワッと炎が柢王の体を包む。
「ぅわっちち―――っっ!あ、あちっ、あちいっ、アシュレイッ!消してくれっ正気に戻った!戻ったから!!」
 疑わしい目を向けたままアシュレイがまやかしの火を消してやると、柢王は風上に立ってアシュレイから距離をおく。
「なんて恐ろしい・・・」
「どっちがだ!」
「いや、お前の事じゃねぇよ。その植物」
 言いながら柢王はアシュレイの後ろの繁みを指さす。
「これ?お前が言ってたのって、この植物なのか?こいつ、悲鳴あげたぞ。気味悪ぃ」
「だろ?俺も昨日聞いた。多分これ・・・俺のせいなんだよなぁ。実はサ、桂花の持ってた媚薬のもとになる草の苗をこっそりここで栽培してみようとしたら、別の奴と混合しちまったらしくてサ」
「別の?」
「う〜ん、推測だけどな?苗を植えた日、俺、魔風屈に行ってたんだよ。その時なんかの種が服にくっついたんだと思う――――で、それくっつけたまま苗を植えて・・・・その時種が落ちたんじゃねーかと。あっちには声あげて獲物をおびき寄せる植物とかあるからな、そいつが苗に寄生したっつーか共生したっつーか」
「全く、何でそんなもの・・び、媚薬なんて、テメーには必要ねーだろ」
「だってあれ結構いい値で売れるんだぜ?種類によって程度が違うんだ。俺の勘ではこいつが一番効くと見た。何しろ桂花の管理が厳重だったからな」
「ンなもん育てたところであいつの手ぇ借りなきゃ媚薬なんて作れねーだろ」
「そりゃそーだ。だから、大量生産できるように協力したってコト、作っちゃったもんは怒ったってしょーがねーだろ?」
「・・・・・・確信犯か、あきれた野郎だ。だいたいこっそり盗んできといてなにが協力だ。いつもの事ながら適当なこと言いやがって―――――で?俺になに頼むってンだ」
「魔界のもんが混じってるしここで育てるのはヤベェだろ。それに繁殖力が強すぎる。ここまで育つのにたった七日だぜ?最初はこんな広範囲じゃなかった」
「なんだと?じゃあ・・・上に伸びるだけじゃなく、範囲を広げてるってことか」
「そ。も〜いくら切ってもキリがない。あっという間に蘇生するからよ、お前の火で焼き払ってもらおうと思ったわけ。こいつ、昨日より確実にパワーアップしてる。俺が昨日切ったときはこんな症状は出なかったし、甘い匂いもなかった」
「・・・・・くだらねぇ。しかも結局失敗してんじゃねーか」
 アシュレイはガックリと肩を落とす。
 せっかく柢王の相談にのろうと、力を貸そうと思っていたのに・・・・こんな草を燃やすだけだなんて・・・・。
「じゃ、早速焼いちまってくれっか?」
「・・・・・」
「よろしくっ」
 人懐こい笑顔でアシュレイの背中を軽くたたく。
「ったく、あ――っ、バカバカしいっ!てめぇ、さっさと土の下から根こそぎこいつらを掘り起こせ!」
「了解〜♪」
 柢王が次々と小さな旋風をおこし根元を切らないよう気をつけながら掘り起こすと、アシュレイがそこに業火を放つ。
 キェェ〜〜、ギャ〜〜と断末魔の叫びが響きわたり、その気味悪さに我慢できずアシュレイは柢王の脛を蹴っ飛ばした。
 流れ作業の要領で次々とこなしていき、最後の一角に火を放った直後アシュレイが柢王を突き飛ばす。
「―――っだよ!?そこまで腹立てること・・・アシュレイ!」
 とっさに受身をとった柢王の目の前でアシュレイの体が宙に舞う。
 その光景は、シュラムにアシュレイが振り飛ばされた時を髣髴とさせるものだった。
 細い糸がいっせいにその体を包み込み、白繭が宙に浮いている。
「アシュレイッ」
 首に下がっていた鎌鼬の剣を構え、葉の切断面から伸びた蔓のような糸を切り離した柢王はアシュレイの体を受け止めて、すぐに空へ逃げた。
 息を止めて体を包み込んでいる糸をむしり取っていく。
 ほとんどが、千切れて下へと落ちていったが、アシュレイの体にはまだ蜘蛛の糸のような細いものが絡み付いていて、それが甘く香っているようだった。恐らく、この糸が霊力を吸いとっているのだろう。
 地上ではアシュレイが最後に放った炎がメラメラと手を広げていき、さっきまで彼の体を拘束していた糸を吐き出した葉も、一つ残らず飲みこまれていった。これで落着だろう。
 昨日まではここまでの威力は無かった。異常なほどの急成長・・・このまま放っておいたらどうなっていたか分からない。
 柢王は改めて己の迂闊さに舌打ちした。
 命の危険を感じるほど霊力の消耗はないが、アシュレイは完全に気を失っている。ティアの所へ連れて行ったほうが良さそうだ。
「・・・・・参ったな、天守塔には桂花も居るってのに・・・・・・にしても、こいつの睫、長ぇな・・・あどけない顔しやがって・・・かわいい」
 口をついた台詞にギョッとして、柢王は頭を振る。気をつけたはずなのに、少し媚薬にやられているようだ。
「体中ベタベタだし、早いとこアシュレイのこの匂い落とさねぇと」
 飛んでいる間、息つぎをしたり風上に自分の身をおいたりと工夫をしながら柢王はどうしても可愛く見えてしまうアシュレイを抱いて泉を探した。

 


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