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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.31 (2006/10/22 17:24) title:店主等物語2 〜全ロン会への誘い〜 (3)
Name:モリヤマ (i219-167-175-155.s02.a018.ap.plala.or.jp)

 
「とにかく、出店も、入会も、お断りします」
 そう言うと、桂花は柢王とアシュレイに目配せして立ち上がろうとした。
「そなたの男は、そなたが首を縦に振るまでここに滞在するようだが」
 途端に、こちらとあちらの部屋の間、上から鉄柵が降りてきた。
「柢王っ…!!」
 突然のことに桂花の目配せでそちらに行こうとした柢王を鉄柵が掠めた。
 肩や腕から血がしたたる。
「もうちょっとだったんだけどなぁ…。桂花、アシュレイ、悪い」
「かすり傷のようだが、消毒くらいはしたほうがよいかもな。たまに身体によくないものが塗ってある柵ゆえ…」
「なっ……!」
 教主の言葉に初めて桂花が顔色を変える。
「桂花殿の髪、赤いところは染めておるのか? 手入れはいつもどうしておる? 頭皮マッサージはどのように? 一度毛根をじっくり見せてもらえぬか」
「…そんなバカげたことで」
「ん? なにか言うたか?」
「そんなバカげたことで、吾の柢王を!?」
「こらこらっ、桂花っ、危ない人に危険なこと言うなっ!」
「ふふふ、そなたの男の言うとおり」
「なにが危ないんですか、なにが危険なんですかっ!?」
 いや、たぶん、おまえが……。
 と、蚊帳の外状態のアシュレイは桂花を見て心でつぶやく。
「こんな髪くらいのことで、柢王を、吾の仕事を…っ」
「け、桂花っ」
「サル、出刃っ!」
「お、おおっ!」
 サルと呼ばれたことすら気づかせないほどの桂花の勢いに、アシュレイは素直に出された右手に取り出した愛用の包丁を渡す。
 ――――――――ザクッ!!
 バサバサバサ…。
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃ………」
「けっ桂花っ!!」
「…………」
 絶叫する全ロン会会長と、驚きの声をあげる柢王、アシュレイと李々は声すら出ない。
「髪なんてものは、切れば伸びるし、一度剃れば綺麗な髪がまた生えてきます。あなたも一度丸ごと剃ってみますか」
 桂花はアシュレイを見て、バリカンは? と訊く。
 アシュレイは首をブンブン振って否定の意を表す。
「仕方ありませんね。…今日のところは柢王は置いていきます。が、」
 鉄柵の隙間から毒消しを差し入れると、振り返り教主の目を見て続けた。
「次は、吾はバリカン持参で来ますから。言っておきますが、初めて使うので下手ですよ。一応毒消しと切り傷用の軟膏と化膿止めは用意してさしあげますが」
 最後を氷の笑みで締めくくると、失礼しました、と立ち去ろうとする。
「ま、まま、待て!」
 聞こえぬそぶりで尚も足を止めない桂花に、
「待ってくれ! 桂花殿。…李々、あれを」
 声に、李々と呼ばれた赤毛の女が柢王を閉じ込めた鉄柵の鍵を開ける。
「へぇ…。んなとこに出入り口があったんだ」
 開いた鉄柵の出口から、柢王が出てくる。
「帰っていいのか」
「仕方あるまい」
「今回は、諦める」
「今回は?」
「人の心は移ろいやすい。桂花殿の心も変わるやもしれぬ。髪もまた伸びるしの」
「伸びても、また切りますから」
「もったいねぇ…」
「…そんなこと言える立場ですか」
 桂花の言葉に隣に立った柢王が、すまねぇ…と小さく謝りながら、短くなった桂花の髪を痛ましげに見つめる。
「それではもう二度とお会いすることもないと思いますが」
 辞去の言葉を残し去ろうとする桂花たちに、
「ではまた」
 懲りない声が響く。
「『また』なんてあるかっ!!」
 憤慨しつつのアシュレイ、珍しく恐縮気味の柢王、そしてたぶん静かに怒れる桂花の三人は、冥界センターをあとにした。
 
 
「そういや、ティアはどうしたんだ?」
 冥界センターを出て少し歩いたところで発せられた柢王の疑問に、指輪から弱く低い声が響いた。
『ごめん…。ずっと聞こえてはいたんだけど…。桂花の髪のこと、なんて言っていいか…。会ってから、顔を見て謝罪するべきだと思って…』
「守天殿のせいではありませんよ」
『いや。私はまだまだ若輩者だけど、これでも自治会と商店街の会長なんだ。ほんとなら、私が君達を守るべきだった。なのに全部桂花に任せてしまって…。あんなに綺麗な髪だったのに。だいぶん切ってしまったの? 本当に、本当になんて言っていいか…』
「守天殿…」
 そこへ、アシュレイがさっきの出刃を持ち出して、やおら自分の赤毛にあてた。
「アシュレイ…!!」
「サルっ…なにをっ!!」
「サルじゃねぇっ!! …男にとって髪なんてなぁ、そんなに大事なもんでもねぇし、切ったからって、気にするもんじゃねーんだ!」
 そういって、威勢よくザクザクザク…………。
『…ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』
 声と擬音だけでアシュレイがなにをしているか分かったのか、続けて指輪から『バタン!!』と音が響いた。
 たぶん守天が卒倒したのだろう。
「しゅ、守天殿!!」
「心配すんな。あそこには、八紫仙の爺やどもが聞き耳立ててティアの様子をうかがってるからな。倒れたってそのままにはしとかねーさ。それより…」
 柢王はアシュレイの手をつかんだ。
「もういい。やめろ、アシュレイ」
「…かっ髪の毛くらいでっ…」
「わかった。わかったから…」
「吾にとっても、髪の毛はそんなに大事じゃありません。守天殿の気持ちは大変ありがたいですが、強いて言えば女を餌に捕獲されたバカが悪いだけで、守天殿にはなんの責任もありません」
 ただ、そのバカが、吾の長い髪が好きだと言ったから、少し胸が痛むだけで……。
「髪には、なんの未練もありません。帰ったら守天殿にもそう言いますよ」
「…すまねぇ。頼む」
 守天はああいう人だから、なんでも自分のせいにしたがる。
 会長補佐兼任の桂花にはそれがよくわかっていたし、なにかといえば自分に対して敵愾心剥き出しで決して相性がいいとは言えない猪突猛進なこの赤毛のサルが、そんな守天をとても大切に思っていることもわかっていた。
「あ。…これ、いただきものですが、よかったらどうぞ」
 桂花の申し出を、珍しくアシュレイが受け取る。
「甘っ…」
「おまえ、辛党だもんなーっ」
「うん…でもいいな、なんか。力、出そうな気がする」
「元気が出るからって、ここに来る前にもらったんです」
「…………それって、あのガキか?」
 いやそうな顔で柢王が尋ねる。
「ええそうです。だからあなたの分はありませんよ」
「いいぜ。嘗めなくても、どうせあとでおまえで味見すっから」
「…あなたの万年常春な頭、一度さっぱり刈り上げて脳を冷やしてあげるのもいいかもしれませんね」
 やっぱりバリカンは必要ですね、と言いながらカイシャンからもらった元気玉を口に入れると桂花はさっさと前を歩き出す。
 それを追って幾分柢王とアシュレイがスピードをあげる。
 そのうち前を歩く桂花から、冰玉が飛び立った。
「一応、先に冰玉を飛ばしました」
 天主塔ベッドを出るときに、守天に「気をつけて」とそっと手をとられたときに渡された指輪のことは、誰にも内緒のことに違いない。
 だったら、心配して待っているだろう商店街の皆への伝達の手段は冰玉でなければならない。
 たった一言、「全てうまくいきました」としか書かなかったが、それだけで皆にはわかるはず。
「あなたにも、今回は世話になりました」
 桂花が、アシュレイに礼を言う。
「べっ別に…」
「なんだおまえ、照れてんのか!?」
「うっ、うるさいっ!」
 突然軽く殴りあいだしたふたりは、商店街にたどり着くまでに、無駄に生傷が増えそうな気配だ。
(俺のほうこそ…。流れ者だから信用できないと思ってた。商店街にいるのもただの腰掛程度にしか思ってないんだろうって。うちより条件が良ければ簡単に出てく奴に違いないって…)
 口に出しては絶対言わないが、心でアシュレイは桂花に頭を下げていた。
「しっかし、魚くせぇなー」
 桂花の短くなった髪のひと房を取って柢王が悲しげにつぶやく。
「おまえが文句言うなっ」
「さすが『街の鍛冶屋・ビノ』の逸品だけあって切れ味抜群でしたよ」
「ったりまえだろっ。俺んとこのこの出刃『朱光』と目打ちの『斬妖』、山凍んとこの肉きり包丁『八星』は、ビノにも二度とは打てない渾身の一本なんだぞ!」
 自慢げに語るアシュレイをよそに、柢王は、でも俺の桂花が魚くせぇってのはなぁ、と尚もブツブツ言ってアシュレイの怒りを買う。
 桂花はそんなふたりの話を聞いているのかいないのか……。
「あっ、待てよ! 桂花」
「逃げんのかっ柢王!」
「子供の遠足じゃないんですから、外を歩くときくらい静かにして下さい」
 口調は怒っているようだが、前を行く桂花のその面には、柔らかい笑みが浮かんでいた。
『なにと引き換えにしても、俺はおまえが欲しい。どこにも行くな。傍にいてくれ』
 そう口説かれても初めは絶対うまくいくわけなんかないと思ってた。
 自分みたいな余所者が、昔ながらの商店街の人たちに受け入れられるはずがないと。
 そして自分もそんな水に染まれるはずがないと。
 だが、違った。
『住めば都っていうだろ? それになんてったって俺が一緒だしなっ』
 桂花の心の変化を見抜いてか、柢王にもからかうように言われたことを思い出す。
(商店街のことはもちろんだけど、なによりあなたが無事でよかった…)
「あ、そうだ」
 突然柢王が声をあげる。
「ティアは全部知ってっから仕方ねぇけど、帰ったら、全ロン会とかのことは言うなよ」
「…なんでだよ」
「いいから、言うな」
 なんでなんだよ!! と叫ぶアシュレイに、柢王が「帰ったら理由話すから、つか、おまえ行ってないことにしろ、こっからひとりで先帰れ」などと勝手なことを言いだす。
「だから、なんでかわけを言えってば!!」
 喚き続けるアシュレイに、桂花がつぶやいた。
「全ロン会のことを話せば、吾の髪が原因だとわかりますからね…。柢王は、全て自分のせいだということにしたいんですよ…」
「あ…そうか…。おまえのこと…」
 桂花をかばうためか、と納得いったアシュレイとは違い、柢王はガシガシと頭をかく。
「でもさー、俺もお前もこんな頭でさ…。どう言い訳すんだ?」
「吾のは、話だけでは埒があかないので実力行使に出たときに髪があちこちにひっかかって、とでも言います」
「じゃあ俺は、魚焼いてたら飛び火で髪まで焼けたってことにしとくか!」
 どっちもすげぇ無理あんだろ…と、ドッと疲れを感じた柢王だったが、好きにさせることにした。
「わかったら、さっさと先行け!」
「なんだよ、大通り抜けてからで大丈夫だろっ」
「だから……子供の遠足じゃないんですから……」
 
 
 
 皆が待つ商店街まで、もうすぐ。
 上着の袖は焼け焦げ腕にはくっきり緊縛のあとが残る柢王に、散切り頭の桂花とアシュレイ――。
 見るからに怪しげな三人に、道行く人たちも避けて通る。
 それでも商店街の皆は、自分達を心から迎えてくれるだろう。
 心は軽く晴れ晴れとした足取りで、三人は夕暮れの帰路を急いだ。
 
 
 
終。
 
 


No.30 (2006/10/22 17:19) title:店主等物語2 〜全ロン会への誘い〜  (2)
Name:モリヤマ (i219-167-175-155.s02.a018.ap.plala.or.jp)

 
 事務所は、センター建設中の敷地内の端、大きいけれどなんの変哲もないように見える、長方形で地味な三階建てのビルだった。
 桂花が入り口のインターホンで来訪を告げると、女の声で指示があった。
 その指示通りにオートロックが外された扉を開け中に入り、エレベータで3階に上がる。
 外見と同じく、中もコンクリートの無機質で殺風景な様子だったが、アシュレイはキョロキョロしっぱなしだ。
 エレベーターの扉が開くと、がらりと雰囲気が変わった。
 突然十メートルほどの板敷きの廊下が、眼前に現れたのだ。
 これにはアシュレイは言うに及ばず、桂花も目を見開いた。
 しかしそれも一瞬のこと、すぐに桂花は履物を脱ぐとエレベーターからひんやりとした板上に一歩を踏み出し、そのまままっすぐ廊下を進んだ。アシュレイも気を引き締め直して、桂花を追った。
 その先に、柢王は待っていると告げられていたのだ。
 
 
 
 無駄に広い監禁部屋(仮名)にたどり着いた桂花とアシュレイは、まず赤い髪の女にうながされて、柢王と怪しげな長髪の男との中間よりやや長髪の男側に座らされた。
 中間と言っても、お互いが五十畳敷きの中央あたりの柢王と長髪の男、結構距離がある。
 だが、さきほど桂花とアシュレイを映しだしていた大画面も、今ではただの真っ暗な壁と化し、障子の向こうにその姿を消している。防音設備もしっかりしているのだろう、外の音は一切聞こえてこない。
 そのため特別声を張り上げずとも、会話に不都合はなさそうだった。
「今日はお招きいただきまして」
「思わぬ付録もあって、なかなか賑やかでいい」
 桂花の言葉に、教主は笑いをこらえた声で言う。
 部屋に入った瞬間、緊縛スタイルの柢王に、悪口雑言の限りを尽くしたアシュレイに、教主はバカ受けしたのだった。
「確かこちらの前身は、町の小さな散髪屋さんだったとか」
 相手の出方を見るため、とりあえず世間話を桂花が振ると、秘書だと紹介された赤毛の李々という女が答えた。
「最初は理容専門の『バーバー★冥界』からスタートしましたが、現在は美容術全般を扱う『冥界美容室』として全国展開を果たし、老若男女すべてのお客様にご愛顧いただいております。また、冥主様は経営の傍ら今なお『カリスマ美容師』として君臨されております」
「かりすま…?」
「そう、カリスマ、です」
 アシュレイのつぶやきに、李々が誇らしげに答える。
「…それってカラスミみてーなもんか?」
「好みの問題もありますが、不特定多数の支持者を得ているという点では、同じでしょう」
 自問気味につぶやくアシュレイに、今度は隣の桂花が答えた。
(…同じかっ!?)
「やっばりな!」
(…やっぱりじゃねーよ)
 柢王の心の突っ込みも空しく、アシュレイは得意満面だ。
 監禁犯はといえば、ぶるぶる震えている。
 笑いをこらえてるのではなさそうだ。
「えー…と、カラスミとはちょっと違います」
 危険人物の斜め後ろから李々が焦ってフォローを入れる。
「そんなことどうでもよい。…改めて、桂花殿。我がセンターへの出店、悪い話ではないと思うが」
「せっかくですが、今の商店街を出るつもりはありませんので」
 桂花の答えに、一瞬アシュレイが目を瞠る。
「しかし、そなたの男は出店を勧めておるぞ」
「…男?」
「ははっ、俺、俺!」
「…そんなところでなにしてるんですか、あなたは」
「いやーなにしてるって言われてもなー。…つか、いつの間に仲良くなったんだ? おまえら」
 身動きできない緊縛男が、桂花とアシュレイを交互に顎でしゃくる。
 SMっぽく縛られていても口は達者だ。
「……仲良く見えますか」
「写真の中でも寝たまま楽しくやってたみたいだが、まだ寝ぼけてるようだなお前はっ!」
 アシュレイにしては珍しくおとなしい(それでも真っ赤な眸は明らかに怒りに燃えていたが)と思って軽口が過ぎた、と柢王が後悔しても遅かった。
 あっという間に柢王を拘束していたロープが消し炭と化す。
「…てめっ、熱いだろがっ! 玉の肌に火傷でもしたらどーすんだっ!」
「ちょっとは目が覚めたか、この色ボケが!」
「礼など言いたくありませんが」
 騒ぐ柢王を冷ややかに眺めて、桂花がアシュレイに目礼する。
「だいたい、女を餌に拉致られて商店街に迷惑かけるなんてっ…恥ずかしいと思え!」
「柢王にとって『女』は『生き餌』と同義語ですから」
「…最っ低!!」
「……やっぱりおまえら仲良いだろ」
 犬猿の仲のはずのふたりのあまりのコンビネーションのよさに、罵倒されつつ感心してしまう柢王だった。
「さて、仲間内の相談はついたか?」
「…相談してるように見えたのか?」
 疲れたように柢王が問う。
「冥主様はなんといってもカリスマですので、まず『話し合う』ということがありません。そちらのように額をつき合わせて話し合うということは、すなわち『相談』と取れるのです」
「は……。なるほど」
 返事を聞いて、尚更疲れた柢王だった。
「で、決心はついたか、桂花殿」
「何度聞かれようと、答えは変わりません」
「なぜだ。我がセンターには選りすぐりの各種名店が入る。交通の便もよく集客もそこらの商店街とは格段の差だ。利益も今の比ではないぞ?」
「そういう問題ではありません」
「では、なにが問題だと」
「吾も商店街にこだわってるわけではありません。別に流しの薬屋でもいいのです。ただ、」
「ただ?」
「吾は、あそこに腰を落ち着けて、はじめて情けというものを知りました」
「…なさけ? そなたには不似合いな言葉ではないか?」
「そうです。それまではひとりでもよかった。ひとりのほうが気楽だし、毎年全国を回ってればなじみの客もいた」
 独り言のように少し遠くを見る目で桂花がつぶやく。
「流しの薬屋で、はじめてあの商店街で商売をしたとき、本当に喜ばれました。商店街に薬局がなかったのもありますが、あそこは昔からの土地で今もお年寄りが多い。こちらのセンターの客層はどちらかといえば新興住宅の若夫婦たちでしょう? 吾は、そんなどこででも買い物に行けるような客層に興味はないんです。流しのときからずっと、吾のお客様は吾が決めてきました。吾の客は、吾の薬を心から必要としてくれる人たちです。吾の薬を待っていてくれる人たちです」
「そうは言っても、流しをやめたらそれまでの客は放置ではないか」
「桂花は今でも流しに行ってるぜ」
「…そういえば、月の半分はいないってティアが」
 柢王とアシュレイの言葉に頷き、
「今までのようには行きませんが、常備薬のお届けは毎年行っています。…商店街の皆さんは、吾の勝手な営業にも文句ひとつ言わず、かえって吾の身体を気遣ってくれます」
 桂花は改めて教主の目を見て言った。
「冥界センターのようなところで、そんな営業ができますか? 吾は、自分のスタイルを変えるつもりも、自分の意思を曲げるつもりも毛頭ないんです」
 桂花の言葉に満足そうな柢王とは裏腹に、アシュレイは密かに動揺を隠す。
「……というか。どうして、吾なんですか? 薬屋なら、他にもいるでしょう?」
 吾ほど腕がたつかは別として、と心で思った桂花だったが口には出さない。すると、
 シュルルルルルル…………。
 いきなり教主の手元から、A5サイズのファイルが畳の上を回転しながら桂花たちのもとに届く。
「出店が決定している店舗の内訳だ」
 拝見しても? と目で訊くと、教主はゆったりと頷いて返す。
 畳の上のファイルを手にとり、まず一枚、そして一枚、また一枚、と桂花がページを繰る。各店舗の詳細・広さやセンター内での配置図・代表者名とセンター内での責任者の履歴と顔写真等々……。
「これが、なにか…?」
 横からアシュレイも覗いて見る。
「どれどれ」
 拘束を解かれてもそのままあぐらをかいて桂花達の話を聞いていた柢王も、そばに行ってみようと立ち上がる。
「なーんか、みんなだらしねぇな」
「は?」
「だって、なんかチャラチャラしてねぇか? 服もだけど、ほら、こいつなんか、頭ぐりんぐりんで、そっちの奴なんか塗り絵みたいな頭でさ。おっ、見ろよ、これなんか鳴門巻きみてぇだぜ!」
 アシュレイの言葉に、近寄りファイルを見ようという気は綺麗に柢王から失せ、再びその場に腰を下ろす。
(だからまだ空き店舗があったのか…)
 徹底したロン毛へのこだわりぶりに、おぞ気とともに脱力感を感じる柢王だった。
「ぐりんぐりん、って、綺麗にセットされてますよ。こちらも、色合いが見事だと思いますし、こちらは染色した髪を縦に巻いたものでは…」
「綺麗ー!? ウザいだけだろ、こんなんじゃ仕事しててもなんにしても! どこの店のヤローもチャラチャラ髪の毛伸ばしやがって」
 そんなアシュレイの髪も長いのだが。
 難癖をつけながらページを繰るアシュレイの言葉に、しかし偶然なのか、全員髪の毛が長いことに桂花の目が留まる。
「ふふ……」
 微笑とともに教主方面から、今度は例の全ロン会の名刺が桂花の目の前の畳につき刺さる。
 当然のことながら、名刺を見ても不思議顔の桂花とアシュレイに、教主はさきほど柢王にしたのと同じ説明をする。
 加えて、入会特典など会の概要などを説明し、桂花とアシュレイに入会を勧めた。
「なかなか我の目にかなう美髪な薬屋が見つからなんだが、これで一安心。センターとしても全ロン会としても、探し続けた甲斐があったというもの」
 すでに教主の中では、桂花の入会とで店は決定事項らしい。
「それにしても、アシュレイ殿がこれほど美しい赤を持っているとはの。怪我の功名とはこのこと」
 ほほほ…と笑う教主に、
「怪我の功名って、違うよな? 使い方、間違ってるよな、あいつ」
 アシュレイが、小声で桂花に確認する。
 普段なら自分から話しかけたりはしないのに、小声で話すには柢王は離れすぎている。だが、さっきから教主方面から発信中の、この粘りつくような視線の気持ち悪い感触に耐えるのは、ひとりではきつかった。
「怪我の功名とは『間違ってしたことや何気なくしたことから、偶然に好結果が生まれること。(by:ネット辞典)』とあります。桂花殿を呼び寄せるため、なにげに柢王殿に来ていただきましたが、その結果、赤ロン毛までゲットのチャンスに恵まれたのですから、冥主様的にはその言葉、間違いではございません」
『赤ロン毛ゲットって…………!!!』
 突然、大音声が百畳の部屋に響いた。
「…ティア?」
「守天殿が心配されて、これを」
 たぶんこんなことになるだろうと、間一髪耳をふさいでいた桂花が右手を差し出し、指輪を見せる。
「吾は盗聴器の類かとも思ってましたが、やはり話も出来るようですね」
『アシュレイ、アシュレイ、ねぇ、大丈夫なの!? いやだ、どうしよう、そんな髪の毛フェチな変態にアシュレイが狙われているなんて…っ!!』
 たぶん、身悶えしながら錯乱しているのだろう。
 ときどき、ガタッ! とか、ドカッ! とか物にあたる音が聞こえる。
「守天殿、落ち着いて下さい」
『だって…だって…桂花…っ!!』
「大丈夫ですから」
「バカ!! なに心配してんだっ! 変態に負けるような俺じゃない!!」
 ただの変態ならまだしも、その人はたぶんホンモノだぜ…。
 守天をこれ以上追い込まないためにも、柢王は心の中でそっとつぶやいた。
『…う。桂花、アシュレイを頼むよ。アシュレイ、気をつけてね』
「天主塔ベッドの若主人か。彼も昔はロン毛だったとか。…惜しいの」
 しみじみつぶやく教主に、
「てめぇ、ティアに手ぇ出したら承知しねぇぞ!!」
『ア、アシュレイ…』
 感動してるのだろう。
 指輪を通して守天の声が聞こえたが、青痣作りながら自分の世界に浸ってそうな守天に、桂花はとりあえずスルーを決めこむ。
「ほほ、こわい、こわい」
 楽しそうに笑う教主に、アシュレイは怒りで顔まで真っ赤だ。


No.29 (2006/10/22 11:46) title:店主等物語2 〜全ロン会への誘い〜 (1)
Name:モリヤマ (i60-35-152-191.s02.a018.ap.plala.or.jp)

 発端は薬屋『夢竜』に投げ入れられた一通の封書だった。
 中には、オープンを間近に控えた郊外のショッピングセンター、通称『冥界センター』から出店勧誘を綴った文書と、数枚の写真。
 
 ―――――― 追伸
 ―――――― お身内の方、こちらを大変気に入られたご様子。
 ―――――― 店主殿も一度参られたし。
 
 朝一番で新規の客に薬を届けに出たはずの柢王だったが、昼近くになっても姿が見えない。てっきりまたどこかで道草でも食ってるのだろうと思っていた。
「………はぁぁ」
 我知らず、ため息がもれる。
 面倒ごとを持ち込むようで気は進まないが、ことは自店だけの問題ではない。黙っているわけにもいかないだろう。
 店を閉め扉に『本日閉店しました』の札を下げると、桂花は自治会長を務める守天の店『天主塔ベッド』へと急いだ。
 そして、桂花に手渡された封書の中身を改めた守天によって、商店街の店主・またその代理たちが緊急招集されたのだった。

 
 

「…あンの、くそバカヤロウがーーーーーーーっっっっっ!!!」
 アシュレイの全身から怒声とともにうっすらと白い煙が立ち昇る。
 鮮魚店『阿修羅』は今日も店主代理のアシュレイが燃えに燃えている。
「桂花殿の店が引き抜かれるとなると…」
「商店街としてはつらいですな…」
 アシュレイほどではないが、そこここでざわめきが起きている。
「……桂花っ」
 桂花の服の袖口をツンとひっぱってカイシャンが不安げに呼びかける。
「大丈夫ですから」
 安心させるように優しく微笑む桂花に、不謹慎ながらカイシャンの頬は真っ赤になる。
「柢王だって、悪気があってのことじゃないんだし…」
「悪気があるなしの問題じゃねえ! 簡単にとっ捕まるようなバカさ加減に呆れて、はらわた煮えくりかえってるだけだっ!」
 守天の幼馴染へのフォローの言葉も、もうひとりの幼馴染には全く効力がない。
「商店街が足並み揃えて頑張っていかなきゃいけねーってときに、あンの色ボケ野郎一人のせいで薬屋が引き抜かれでもしたらっ…近所の腹痛のガキや、腰痛や関節痛のじいちゃんやばあちゃんたちゃ不便で仕方ねーじゃねーかっ!」
「うんうん、君の言うとおりだよね」
 相変わらず「商店街・命」、「隠れご近所の星」であるアシュレイの真っ赤な眼(まなこ)を潤ませての気合の入った熱弁は情にあふれている。
 守天の熱いまなざしとは別に、アシュレイの心意気に老店主達はありがたがって拝みだす。
「とにかく、」
 突然召集された商店街のおもだった面々は、いっせいに桂花のほうに向き直り、生唾飲み込みつつ次の言葉を待った。
「柢王は、吾が引き取りに行ってきます」
 薬屋の店主の手の中で、紙切れがぐしゃりと音をたてて握りつぶされる。
「あちらの好き勝手にはさせません。柢王と一緒に、必ずここに戻ってきます」
 桂花の一言に、老店主たちが沸き立った。
 ひとりアシュレイだけが小さく舌打ちしたが、誰の耳にも届かなかった。
 
 
 
 
 使いの帰りだった。
 柢王が道端にうずくまって苦しんでる妙齢の娘を見つけたのは。
「どうした、娘さん」
「…急に差し込みが」
 お約束だなぁ、と思いながらも都合よく目の前に建ってる宿に連れ込んだ……まではよかったのだが、そこからの記憶がない。
(どこだ、ここは。つか、なんで俺は縛られてんだ?)
 皆目検討がつかない。
 五十畳ほどの和室のほぼ真ん中あたり、ご丁寧にも座布団の上にあぐらをかくような格好で両腕を天井からロープで一くくりに縛られて寝こけていた自分。
 ロープもどうやら特殊性らしい。ちょっと力を入れてみたが尚更腕に食い込んでくる。
 一瞬そういうプレイかとも思ったが、…たぶん違う。いや、きっと。
(部屋に通されて…そうだ、なんだかいい香りがするなぁと思ったら…急に眠気がして……)
 桂花に知れたら冷たい目で見られんだろなー、ま、死んでも言わねぇけど、などと思ってると、
「お目覚めか」
 突然目の前のふすまがスパッと真ん中から両側に開いて、これまた五十畳ほどの広さの和室が眼前に現れた。
 その中央より幾分こちらよりに、脇息にもたれ無駄に長そうに見える黒髪を畳に散らした男が、着流しみたいな着物でゆったりと座している。
「…暑苦しぃ」
「なにか言ったか?」
「や、なんにも」
 にこっと人好きのする笑みで答える柢王に、男は楽しそうに微笑み返す。
「もうすぐそなたの主人が来る」
「へ?」
「あれほどの美形に囲われながら、それでもこんなちゃちな手にひっかかるとは…くくくくく」
「………………」
 こんなちゃちぃ手にひっかかった、美形の囲われもの。
(――なるほど)
 なんとなく、自分の立場が見えてきた。
「主人が来たら、勧めてくれぬか? 冥界センターへの出店を」
「出店…?」
(そういえば――――)
 確か今度新しくできるショッピングセンターのオーナーの名前が冥界教主、そしてその名を取ってセンターの通称は冥界センター、だが、オープン間近のセンター内に未だ空き店舗がいくつかあるらしい…などなど、そんな話を前に商店街の寄り合いで小耳に挟んでいた。
 ついでにそのオーナー、三メートルはあろうかという長髪だとかで、「いったいトイレのときどうしてんだ!?」と話題が集中してたのを思い出す。
 三メートルなんてありえねぇし、人様のトイレ事情なんてどうでもいいだろ、と思ってた柢王だったが、
(マジ、トイレのタイル掃除しながら用足ししてんじゃねぇか?)
 と、どうでもいいことを考えた瞬間。
「…ああ返事の前に、これを」
 ピッ…と男の手から大判サイズの紙切れが一枚飛んできた。
「…………なんじゃ、こりゃーーーーーー!!!」
「くくくくく、若いということは難儀なことよの。ちゃんと引きのばして送っておいたぞ」
 縛られて頭だけ突き出す格好の柢王にも、綺麗に細部まで見てとれるほど鮮明な、素敵に合成されたエロ生写真。
 モデルは先ほどの差し込み娘と、囲われもの。
 囲われものの主人は、こんなものに騙されるほどバカじゃないし、こんなことで嫉妬を見せてくれるほど単純でもない。だが、しかし……。
「はぁーーー」
 柢王は深く溜息をつくと、男に訊いた。
「出店だけか?」
「いまのところはの」
「…はぁぁぁ!?」
「おまえの主人の髪、」
「髪?」
「なかなかよいの」
(…………はっ?)
 寒気を覚えながら、勇気を出して突っ込んで訊いてみる。
「それはそのー…どういった意味、で…?」
「意味とは? よいからよいと言ったまで」
 難問だ。
 しかし、この男、どうやらホンモノ(の危ない人)らしい。
「冥主様、もう少し詳しく教えてさしあげないと、変なレッテル貼られてますわ」
 男の斜め後ろに控えていた赤毛の女が口を挟む。
 柢王の目は明らかに変質者をうかがうそれだった。
「ほほ。参ったな。…これを」
 ピッ…と名刺が飛んでくる。
 柢王の目の前の畳に突き刺さったそれには『全国ロン毛協会 名誉会長 冥界教主』とある。
(ロン毛…?)
「…って、そっちの勧誘かーっ!? つか、なんだよそのロン毛協会つーのは!!」
「読んで字の如く、ロン毛のロン毛によるロン毛のための協会、略して『全ロン会』。会員同士シャンプーやトリートメントの話はもちろん、ヘアーエステなどなど、髪にまつわる全ての話で盛り上がる。…フフ、楽しいぞ?」
「…うっ…」
「どうした?」
 は、吐き気が…。
 とは言えないので、ぐっと我慢。
「桂花殿の髪、編んでみたい。昼間はきつく、夜はゆるめに……」
 ふ…ふふ………ほほほほほ……と教主の静かな笑い声が不気味にこだまする。
 桂花(の髪)はホンモノ中のホンモノのおめがねにかなったらしい。
(……最悪だ。だが、そうと分かれば長居は無用)
 柢王が(一応建物内であることを考慮して)ロープが切れるくらいの微力な雷光を試そうとしたとき。
「この建物には避雷針が、そしてこの階には低圧避雷器が取り付けてある。雷使いとの噂を聞いていたので最新設備でお出迎えしてみた。自由になるくらいの小さな力は使えぬはず。さりとて、建物内で大きな力は尚更使えまい?」
(……このトイレ磨き野郎!!)
 全くその通りな教主の言葉に、柢王は心で盛大に悪態をつく。
 来るんじゃねーぞ桂花、と念じつつも、来るんだろうなーと厄介ごとの種を自らまいてしまった自分にトホホな気分の柢王だった。
 
 
 
 そんな柢王の念も空しく、商店街ではいよいよ桂花が『天主塔ベッド』を出て冥界センターへと向かうところだった。
「桂花、ひとりは危ないよ。…そうだ、山凍殿! 山凍殿に一緒に行ってもらってはどうだろう」
「私でお役に立つなら」
 守天の提案に、肉屋『毘沙門天』の主人・山凍が一歩前に進み出る。
「お気遣いありがとうございます。ですが、向こうの指定も吾ひとりですし」
「でも桂花…」
 なにかといつも気にかけてくれる自治会長の守天の心配げな様子に、桂花は心が温かくなる。
「もしなにかあれば冰玉を飛ばしますから。守天殿も山凍殿も…」
 桂花は、心配気に守天と桂花のやり取りを見守っていた周りに目を向ける。
「皆さんも、そのときは柢王をお願いします」
 微笑む桂花にそれ以上は言えず、守天は桂花の手を取り「気をつけて…」と皆とともに送り出した。
 
 
「桂花、これっ」
 商店街のアーケードを出たところで、やっとで桂花に追いついたカイシャンが息せき切って握りこぶしを差し出してきた。
「元気玉。もしつかれたらこれなめて。おじいさまに頼んで俺がこねさせてもらった奴なんだ。…ちょっと不恰好だけど、絶対元気になるから」
「わかりました」
 安心させるように優しい声音でしっかりと飴玉を受け取る。
「戻ったら『モンゴル亭』にお茶しに行きます。お茶受けは任せます。用意して待ってて下さい」
「うん…!」
 まだ整わぬ息の子の頭を撫でて、桂花は敵地へと足を進めた。
 
 
「…で? どうしてあなたがついてくるんですか」
「・・・・・・・」
「…まあ、想像はつきますが」
 守天のためだろう。
 もちろん、柢王とは幼馴染で今でも親友らしいが、それよりなにより守天の心配事を自分が解決してやりたいとでも思っているに違いない。
「邪魔ですから、ついてこないで下さい」
「…………」
「聞こえませんでしたか?」
「俺の行く前をおまえが歩いてんだろっ!」
「…はあ?」
「おっ、俺は、別におまえの後をつけてるわけじゃない!」
「偶然ですか」
「そ、そうだ! 偶然たまたまだっ!!」
「…そしてたまたま柢王のとこまで来ちゃった、と」
 桂花はため息をつくと、右の拳を握りこんだ。
「そ、そうだ。文句あるかっ」
(文句もなにも……)
 すでにふたりは封書で「参られたし」と指定されたショッピングセンター内の事務所前、つまり柢王監禁ポイントに到着していた。
 
 その上階では、教主ご自慢のホームシアターシステムにより壁一面に桂花とアシュレイの様子が映し出されている。
(この画面のデカさって……)
 違法じゃねーのかっ!?、と心の中で訴えてみた柢王だったが、自分の置かれている状況自体犯罪のはず。
(この手合いに法律なんざ関係ねーか)
「これはこれは…」
 
 ――― ロン毛がひとり、ロン毛がふたり…。
 
 うなずきながら目じりを下げ口角を上げたの笑みの下、桂花とアシュレイを数える教主の声なき声が聞こえた気がして、柢王は身震いした。
 
 


No.28 (2006/10/18 15:44) title:万聖節〜前夜〜
Name:碧玉 (210-194-208-95.rev.home.ne.jp)

 秋の風が吹く頃、王宮は大都へ居地を変えていた。
 木々は黄葉し黄金の秋といったところだが実際は霜が下りる冷えこみだった。
「ありがとうございます」
 桂花からニレとヒイラギの枝を受け取りシビュラは笑顔をみせた。
 大都の街から馬で少し行くと小さな草原が広がっている。上都ほどではないが薬草、野草も採れるし、小動物も生息しているので王宮の狩りにもしばしば使われる。
 桂花は薬草の補充の片手間にシビュラが探していた木々を届けてやった。
「古代ケルト人のまじないか?」
 フビライは邪教、まじないを嫌う。ニレとヒイラギは魔を払う、そして今日は万聖節の前夜。あたりをつけた桂花は一言進言しておこうと口を開いた。
「ええ」
 シビュラは頷いたものの、少し首をかしげ続けた。
「でも、これは私の村に伝わる古い占いですわ。百年に一度の。今日は特別、全世界の空間、時間を制御するものが止まるそうです。月を映した水面に7種の野草と代々伝わるこの石を砕き入れると己の至宝が見えると祖母から聞きました。祖母もそのまた祖母から聞いたと言ってましたが」
 空間も時間も飛び越えて。
 魂が・・・。転生していても。
 ふふ、馬鹿な。
 いつになく真に受けた己自身に桂花は苦笑する。
「桂花様にもお分けしますわ」
「いや吾は」
「桂花様は人待ち顔をなさってる。会いたい方がいらっしゃるのでしょう」
 シビュラは静かに微笑んだ。
 それ以上彼女は何も言わなかった。
 そして占いに必要な木々と7種の野草、石のかけらを包み桂花に渡した。

 夜半過ぎ。月は一段と大きく赤く輝いている。
 桂花は館を抜け出した。
 心は否定している。そんなことがあるものか、人間が作り出した戯れごとだと。
 だが、それでも、一目でも柢王に会えるなら。
 桂花は操られるかのよう昼間の草原へと馬を走らせていた。
 草原の入り口に馬をつなぎ、森の奥にある小さな泉に足を向ける。
 その泉は天界で柢王と暮らしていた家屋の裏手にあったものと似ていた。
 泉の周りにニレ、はしばみ、ヒイラギの枝を刺して魔を払う。
 そして水中に7種の野草とシビュラにもらった砕いた石の粉を浮かべた。
 揺れる水面を桂花は食い入るように見つめる。
「・・・ふふふ、やっぱり何も起こらないじゃないか」
 視線をはずし半分安堵しつぶやく。と、静まりかえった森に突如一陣の風が湧き起こった。
 ザワザワと森の木々が乱れ揺れ、落ち着きかけた水面が荒立つ。
 波打つ水面に黒い影が浮かび上がり徐々に型をとりはじめた。
 それは、やがて人型となり桂花の待ち望んだ姿が映し出された。
「柢っ・・・王」
 桂花の声が絞り出され、伏せられた柢王の目が開きかける。
――――――バシャッ――――――
 桂花が右手を泉にたたきつけた。
 水面は激しく揺れる。
 映し出されていた像は散り乱れ・・・やがて消えていった。
 桂花は肩で息をしていたが、屈んでいた膝の力も抜け、やがてズルズルと座りこんだ。
「―――柢王っ・・・。会えない・・・今の、今の吾は・・・」
 見せられない。あなたに見せられない。
 柢王がなによりも大事にしていた守天、アシュレイを裏切り、さらには柢王を殺めた者の僕に成り果てている吾など。
 桂花の頭の中で教主の楽しそうな笑い声が響きわたる。
 桂花は唇を噛み締める。強く噛み締めすぎ赤い血が唇から滲み出した。
 赤い血。それすら教主に再生されたものだ。
 それでも、ひたすら桂花は耐える。耐えるしかなかった。

 静けさを取り戻した森は息吹すら感じない。
 泉は怪しく光る月をただ、ただ映すだけだった。


No.27 (2006/10/17 12:37) title:存在の耐えられない重さ
Name:しおみ (193.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)


 花街の倉庫が小火を出したのは未明のこと。
 近くで上げられていた花火の火の粉が飛んだとか。幸い、側に警護の者がいたのと、店の者の発見が早くてすぐに消し止められた。
忙しさに倉庫の中身を忘れていたその店の女将は、いい機会だからと倉庫の虫干しを決めたらしい。
 そんな報告を柢王と桂花が受けたのは数日前のこと。万事めでたしと忘れていたその件を、思い出したのは今日の午後。
 花街警護の最中に、その店の女将に呼び止められた時のことだった。
 女将は先日の警護の働きに丁重に礼を言った後、柢王たちに見せたいものがあるのだと切り出した。
 なじみのその店の座敷に通され、柢王は、微笑んでいる女将を見て尋ねた。
「それで、見せたいものってなんだよ」
 女将はそれに笑って、
「はい、先日、倉庫の整理を致しましたでしょう? その時に、昔の姿絵がいくつか出て参りましたのですけれど」
 花街では、人気のひいき客の姿絵を飾るという風習がある。店の宣伝のようなもので、現在最も人気があるのは他ならぬ柢王のものだった。
 女将が机に並べてくれた絵は、たしかに飾られていたらしい、色褪せてはいるが当時の客たちの様子がよく窺い知れた。髪型や服装、
顔立ちにまでいささかの変遷があるのは、天界といえど、流行り廃りがあるからだ。
 なかでも強烈なのが、柢王がいま手にしている一枚。
 金の髪の貴族的な顔立ちの若い男が、滝のようなフリルのブラウスにこれみよがしに刺繍の入った上着を着て、右斜め45度の角度
から満面の笑顔を見せている絵姿。
 東領はたしかに祭り好き気質で、王も美しいものは好むが、西領ほど華麗を好む土地柄ではない。こんな姿はめったに見られるもの
ではなかった。
「すげぇ」
 酒の勧めは桂花に却下されたので、熱々の茶を片手に呟いた柢王に、女将は裏書を見るとああとうなずいて、
「こちらは先代の守天さまがおいでの頃ですわ。あの頃はこうした衣装がたいそう流行りましたのよ。薄物も人気で。この方のはまだ
大人しいほうですわ」
「これで大人しいんですか」
 桂花も思わず口をはさむ。天主塔で手伝いをする時に着ているびらびらの衣装さえ派手だと思えるのだが、この男のフリルはその十
倍はありそうだ。
 とはいえ、先代の守天は天主塔をして『淫魔の城』と呼ばしめた『好色一大(受)男』。噂では相当の華美を好んでおいでだったとか。
「世が世なら、柢王、あなたもこんな格好で・・・・・」
「マジでやめろよ」
 フリルふりふりに微笑む柢王を想像して、ふたりはぞっと背筋をふるわせた。
「でも、見せたいもんってこれか」
 尋ねた柢王に、女将はいいえと答えると、文箱から大切そうにいくつかの絵を取り出した。
「こちらですの」
 白銀に近い洗練された衣装と、こちらを見ているきりりとした面。端正で、すずやかなその美青年は・・・。
「これ、蒼龍王さまでは?」
「親父?」
 柢王が慌てて覗き込むのに、女将は頷いて、
「ご即位なさって間もない頃だと思いますわ。あの頃から、蒼龍王さまの姿絵にはとても人気があって。わたくしも懐かしくて、
ぜひ柢王さまに見ていただこうと思いましたの。なんでしたら、お持ちになって蒼龍王さまに差し上げてくださいましな」
 過去を思い出すようにうっとりとした顔を見せる。
 柢王の父である蒼龍王の即位といえば、人間界でいうビフォア・センチュリー。この絵だって人間界で見つかれば世界遺産の年代物だ。
「これが親父かよ・・・」
 想像すらしたことのなかった父親の若かりし日の姿に、柢王ははああとため息をつく。横から覗いていた桂花が、ふいに、
「なんだか、柢王に似ていますね。さすがに親子」
「あら、わたくしもそう思いましたのよ。柢王さまにそっくり」
 感心したようなふたりの意見に、柢王はやめろよと首を振った。
「ってことは俺が年取ったらああなるってことかよ。冗談じゃねえぞ。第一、親父のやつ、老け顔だろ、俺とは全然似てないって」
「あら、でも、お目もとの感じとかお顔立ちが・・・・・・」
「ええ、口元も似ていますよ。いままで考えた事はなかったけれど、柢王、やはりよく似ていますね」
 畳み掛けるふたりに、柢王はまじかよと叫んで頭を抱えた。
 若者にとって、自分の未来予想図を見るのは確かに楽しい事ではない。が、全く似ていなければそれも問題には違いない。
若い頃の父親の姿は、たしかにその三男坊によく似ていた。意志の強そうな瞳。笑みを浮かべた口元。与えられたものは決して悪くはないものだ。
「はぁぁ。まあ、親父は嬉しいだろうな、これを見たら」
 女将が渡してくれた何枚かをめくりながらため息をつく。
 柢王本人には自分が歳を取ったらどうなるのかのモデル・データのようなものだが、いまだ現役を自負する父親は自分の若かりし
日の姿を見れば喜ぶだろう。それを甘え上手の三男が持って行けば、母親には言えない過去の自慢話を酒の肴に話してもくれそうだ。
「親孝行しろってことかよ」
 女将の笑みにそんな意図を感じて、最後の絵を眺めようとした時。
「柢王、その絵、二枚が重なっているようですよ」
 貫禄あふれる男盛りになっていた絵の裏に、もう一枚、絵が張りついている。
「まあ、わたくしも気がつきませんでしたわ。きっと糊がついているのかも」
「ほんとだ。まあどうせ同じような絵だろうから、多少傷がついたってかまやしねぇだろ」
 柢王は笑って、二枚の絵の間に指を入れると、べりっとはがした。
「どれどれ」
 大して期待もなく覗き込んだ柢王の顔が、げッと強張る。何事かと覗いた桂花と女将の顔も同じだけ硬直した。
 見てはならないものを見てしまった沈黙が、重く座敷に垂れ込めた。

 色褪せ、一部ははがれかけたその絵に映し出された蒼龍王の絵姿。
 もういいかげん壮年の、貫禄あふれる威厳ある王が、ナイアガラのようにこぼれ落ちるフリルとこれでもかといいたげな刺繍の
上着をばっちり着込んで、右斜め45度に、渋いスマイルでキメているその姿・・・・・・。
 流行の恐ろしさは、それが過ぎた後にまざまざと押し寄せるということを、人生初期の柢王たちと人生半ばの女将とがまざまざ
と思い知った瞬間だった──

「火・・・火を持ってきてくれっ」
 柢王が胃痙攣でも起こしたような引きつった声でそう叫んだのはしばらくしてから。すぐにっと座敷を走り出た女将が廊下をバタバタ鳴らす音が響く。
「・・・柢王」
 桂花が絵から視線をそらして尋ねた。
「なんだ、桂花」
 柢王も握り締めた絵には視線を戻さない。
「その、絵・・・ですけど、それ、飾るための絵、でしたよね・・・・・」
 確認するように言った桂花に、柢王も右手をふるふる震わせて、
「そう、飾るための、な──あんのくそ親父っ!! よくもこんなもん飾らせやがってたなっ」
 流行というのは恐ろしい。おかげで柢王も桂花も女将も、壮年になった柢王がフリルふりふりで微笑んだらどうなるかがよぉく理解できた。

「いいか、このことは絶対に内緒だぞ。俺たちだけの秘密だからなっ」
 火鉢の上で燃え上がる姿絵を、それがこの世から消滅するまで見届けると決めているように睨み続けている柢王が、後で正座している桂花と女将に念を押す。
 後ろのふたりは、はいと答えた。
 桂花はもちろんだが、女将も、当時はそれを見てどう思っていたかはともかく、時の流れが理性を取り戻させたいま、四国の要と称えられる蒼龍王の、見てはならない過去を封印せねばならない必要性は強く理解しているらしい。
 他の絵を一巻にして筒に収めると紐をかけて、
「こちらは時期がきたら蒼龍王さまのお手元にお送りして、絵のことは一切忘れてしまいましょう」
 強い口調で進言するのに、柢王も桂花もうんと強く頷いた。
 そして、みんなで息をつめ、一致団結、証拠が燃え尽きるのを見守った。

 天界に機密事項はままあれど、この秘密の存在は、限りなく重い──。


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