投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「とにかく、出店も、入会も、お断りします」
そう言うと、桂花は柢王とアシュレイに目配せして立ち上がろうとした。
「そなたの男は、そなたが首を縦に振るまでここに滞在するようだが」
途端に、こちらとあちらの部屋の間、上から鉄柵が降りてきた。
「柢王っ…!!」
突然のことに桂花の目配せでそちらに行こうとした柢王を鉄柵が掠めた。
肩や腕から血がしたたる。
「もうちょっとだったんだけどなぁ…。桂花、アシュレイ、悪い」
「かすり傷のようだが、消毒くらいはしたほうがよいかもな。たまに身体によくないものが塗ってある柵ゆえ…」
「なっ……!」
教主の言葉に初めて桂花が顔色を変える。
「桂花殿の髪、赤いところは染めておるのか? 手入れはいつもどうしておる? 頭皮マッサージはどのように? 一度毛根をじっくり見せてもらえぬか」
「…そんなバカげたことで」
「ん? なにか言うたか?」
「そんなバカげたことで、吾の柢王を!?」
「こらこらっ、桂花っ、危ない人に危険なこと言うなっ!」
「ふふふ、そなたの男の言うとおり」
「なにが危ないんですか、なにが危険なんですかっ!?」
いや、たぶん、おまえが……。
と、蚊帳の外状態のアシュレイは桂花を見て心でつぶやく。
「こんな髪くらいのことで、柢王を、吾の仕事を…っ」
「け、桂花っ」
「サル、出刃っ!」
「お、おおっ!」
サルと呼ばれたことすら気づかせないほどの桂花の勢いに、アシュレイは素直に出された右手に取り出した愛用の包丁を渡す。
――――――――ザクッ!!
バサバサバサ…。
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃ………」
「けっ桂花っ!!」
「…………」
絶叫する全ロン会会長と、驚きの声をあげる柢王、アシュレイと李々は声すら出ない。
「髪なんてものは、切れば伸びるし、一度剃れば綺麗な髪がまた生えてきます。あなたも一度丸ごと剃ってみますか」
桂花はアシュレイを見て、バリカンは? と訊く。
アシュレイは首をブンブン振って否定の意を表す。
「仕方ありませんね。…今日のところは柢王は置いていきます。が、」
鉄柵の隙間から毒消しを差し入れると、振り返り教主の目を見て続けた。
「次は、吾はバリカン持参で来ますから。言っておきますが、初めて使うので下手ですよ。一応毒消しと切り傷用の軟膏と化膿止めは用意してさしあげますが」
最後を氷の笑みで締めくくると、失礼しました、と立ち去ろうとする。
「ま、まま、待て!」
聞こえぬそぶりで尚も足を止めない桂花に、
「待ってくれ! 桂花殿。…李々、あれを」
声に、李々と呼ばれた赤毛の女が柢王を閉じ込めた鉄柵の鍵を開ける。
「へぇ…。んなとこに出入り口があったんだ」
開いた鉄柵の出口から、柢王が出てくる。
「帰っていいのか」
「仕方あるまい」
「今回は、諦める」
「今回は?」
「人の心は移ろいやすい。桂花殿の心も変わるやもしれぬ。髪もまた伸びるしの」
「伸びても、また切りますから」
「もったいねぇ…」
「…そんなこと言える立場ですか」
桂花の言葉に隣に立った柢王が、すまねぇ…と小さく謝りながら、短くなった桂花の髪を痛ましげに見つめる。
「それではもう二度とお会いすることもないと思いますが」
辞去の言葉を残し去ろうとする桂花たちに、
「ではまた」
懲りない声が響く。
「『また』なんてあるかっ!!」
憤慨しつつのアシュレイ、珍しく恐縮気味の柢王、そしてたぶん静かに怒れる桂花の三人は、冥界センターをあとにした。
「そういや、ティアはどうしたんだ?」
冥界センターを出て少し歩いたところで発せられた柢王の疑問に、指輪から弱く低い声が響いた。
『ごめん…。ずっと聞こえてはいたんだけど…。桂花の髪のこと、なんて言っていいか…。会ってから、顔を見て謝罪するべきだと思って…』
「守天殿のせいではありませんよ」
『いや。私はまだまだ若輩者だけど、これでも自治会と商店街の会長なんだ。ほんとなら、私が君達を守るべきだった。なのに全部桂花に任せてしまって…。あんなに綺麗な髪だったのに。だいぶん切ってしまったの? 本当に、本当になんて言っていいか…』
「守天殿…」
そこへ、アシュレイがさっきの出刃を持ち出して、やおら自分の赤毛にあてた。
「アシュレイ…!!」
「サルっ…なにをっ!!」
「サルじゃねぇっ!! …男にとって髪なんてなぁ、そんなに大事なもんでもねぇし、切ったからって、気にするもんじゃねーんだ!」
そういって、威勢よくザクザクザク…………。
『…ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』
声と擬音だけでアシュレイがなにをしているか分かったのか、続けて指輪から『バタン!!』と音が響いた。
たぶん守天が卒倒したのだろう。
「しゅ、守天殿!!」
「心配すんな。あそこには、八紫仙の爺やどもが聞き耳立ててティアの様子をうかがってるからな。倒れたってそのままにはしとかねーさ。それより…」
柢王はアシュレイの手をつかんだ。
「もういい。やめろ、アシュレイ」
「…かっ髪の毛くらいでっ…」
「わかった。わかったから…」
「吾にとっても、髪の毛はそんなに大事じゃありません。守天殿の気持ちは大変ありがたいですが、強いて言えば女を餌に捕獲されたバカが悪いだけで、守天殿にはなんの責任もありません」
ただ、そのバカが、吾の長い髪が好きだと言ったから、少し胸が痛むだけで……。
「髪には、なんの未練もありません。帰ったら守天殿にもそう言いますよ」
「…すまねぇ。頼む」
守天はああいう人だから、なんでも自分のせいにしたがる。
会長補佐兼任の桂花にはそれがよくわかっていたし、なにかといえば自分に対して敵愾心剥き出しで決して相性がいいとは言えない猪突猛進なこの赤毛のサルが、そんな守天をとても大切に思っていることもわかっていた。
「あ。…これ、いただきものですが、よかったらどうぞ」
桂花の申し出を、珍しくアシュレイが受け取る。
「甘っ…」
「おまえ、辛党だもんなーっ」
「うん…でもいいな、なんか。力、出そうな気がする」
「元気が出るからって、ここに来る前にもらったんです」
「…………それって、あのガキか?」
いやそうな顔で柢王が尋ねる。
「ええそうです。だからあなたの分はありませんよ」
「いいぜ。嘗めなくても、どうせあとでおまえで味見すっから」
「…あなたの万年常春な頭、一度さっぱり刈り上げて脳を冷やしてあげるのもいいかもしれませんね」
やっぱりバリカンは必要ですね、と言いながらカイシャンからもらった元気玉を口に入れると桂花はさっさと前を歩き出す。
それを追って幾分柢王とアシュレイがスピードをあげる。
そのうち前を歩く桂花から、冰玉が飛び立った。
「一応、先に冰玉を飛ばしました」
天主塔ベッドを出るときに、守天に「気をつけて」とそっと手をとられたときに渡された指輪のことは、誰にも内緒のことに違いない。
だったら、心配して待っているだろう商店街の皆への伝達の手段は冰玉でなければならない。
たった一言、「全てうまくいきました」としか書かなかったが、それだけで皆にはわかるはず。
「あなたにも、今回は世話になりました」
桂花が、アシュレイに礼を言う。
「べっ別に…」
「なんだおまえ、照れてんのか!?」
「うっ、うるさいっ!」
突然軽く殴りあいだしたふたりは、商店街にたどり着くまでに、無駄に生傷が増えそうな気配だ。
(俺のほうこそ…。流れ者だから信用できないと思ってた。商店街にいるのもただの腰掛程度にしか思ってないんだろうって。うちより条件が良ければ簡単に出てく奴に違いないって…)
口に出しては絶対言わないが、心でアシュレイは桂花に頭を下げていた。
「しっかし、魚くせぇなー」
桂花の短くなった髪のひと房を取って柢王が悲しげにつぶやく。
「おまえが文句言うなっ」
「さすが『街の鍛冶屋・ビノ』の逸品だけあって切れ味抜群でしたよ」
「ったりまえだろっ。俺んとこのこの出刃『朱光』と目打ちの『斬妖』、山凍んとこの肉きり包丁『八星』は、ビノにも二度とは打てない渾身の一本なんだぞ!」
自慢げに語るアシュレイをよそに、柢王は、でも俺の桂花が魚くせぇってのはなぁ、と尚もブツブツ言ってアシュレイの怒りを買う。
桂花はそんなふたりの話を聞いているのかいないのか……。
「あっ、待てよ! 桂花」
「逃げんのかっ柢王!」
「子供の遠足じゃないんですから、外を歩くときくらい静かにして下さい」
口調は怒っているようだが、前を行く桂花のその面には、柔らかい笑みが浮かんでいた。
『なにと引き換えにしても、俺はおまえが欲しい。どこにも行くな。傍にいてくれ』
そう口説かれても初めは絶対うまくいくわけなんかないと思ってた。
自分みたいな余所者が、昔ながらの商店街の人たちに受け入れられるはずがないと。
そして自分もそんな水に染まれるはずがないと。
だが、違った。
『住めば都っていうだろ? それになんてったって俺が一緒だしなっ』
桂花の心の変化を見抜いてか、柢王にもからかうように言われたことを思い出す。
(商店街のことはもちろんだけど、なによりあなたが無事でよかった…)
「あ、そうだ」
突然柢王が声をあげる。
「ティアは全部知ってっから仕方ねぇけど、帰ったら、全ロン会とかのことは言うなよ」
「…なんでだよ」
「いいから、言うな」
なんでなんだよ!! と叫ぶアシュレイに、柢王が「帰ったら理由話すから、つか、おまえ行ってないことにしろ、こっからひとりで先帰れ」などと勝手なことを言いだす。
「だから、なんでかわけを言えってば!!」
喚き続けるアシュレイに、桂花がつぶやいた。
「全ロン会のことを話せば、吾の髪が原因だとわかりますからね…。柢王は、全て自分のせいだということにしたいんですよ…」
「あ…そうか…。おまえのこと…」
桂花をかばうためか、と納得いったアシュレイとは違い、柢王はガシガシと頭をかく。
「でもさー、俺もお前もこんな頭でさ…。どう言い訳すんだ?」
「吾のは、話だけでは埒があかないので実力行使に出たときに髪があちこちにひっかかって、とでも言います」
「じゃあ俺は、魚焼いてたら飛び火で髪まで焼けたってことにしとくか!」
どっちもすげぇ無理あんだろ…と、ドッと疲れを感じた柢王だったが、好きにさせることにした。
「わかったら、さっさと先行け!」
「なんだよ、大通り抜けてからで大丈夫だろっ」
「だから……子供の遠足じゃないんですから……」
皆が待つ商店街まで、もうすぐ。
上着の袖は焼け焦げ腕にはくっきり緊縛のあとが残る柢王に、散切り頭の桂花とアシュレイ――。
見るからに怪しげな三人に、道行く人たちも避けて通る。
それでも商店街の皆は、自分達を心から迎えてくれるだろう。
心は軽く晴れ晴れとした足取りで、三人は夕暮れの帰路を急いだ。
終。
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