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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.231 (2008/06/15 16:39) title:カプリッチオ 2
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

「桂花、柢王さんは今日一日、あなたとデートしたいそうよ」
 微笑んだお義母さんに続いて、柢王も、桂花に内緒でお義母さんに電話しておいたのだと白状した。
「今日一日、冰玉のこと預かってもらえないかって。結婚記念日の前祝に、どうしてもおまえとふたりでデートしたいからって」
「デート?」
「そ。ほんとの祝いは冰玉と三人でするけど、その前にさ」
「そんなの……どうして?」
「だって、おまえと結婚したのはおまえが好きだから、だろ。冰玉はもちろん大事だし、結婚してくれて、冰玉を生んでくれたおまえにもありがたいとも思ってる。けど、その根本にあるのはやっぱおまえが好きだって気持ちだから、たまには恋人としてデートしたいなぁと思ってさ」
 家族の数だけあり方はあって、誰かの真似をすることもできないし、したって無意味で滑稽だ。自分たちの家庭という楽曲は当然、冰玉込み、義父母やおじ家族をも含めたものから成り立つのだと、柢王にもよくわかっている。
 ただ、それとは別に、惚れた相手にやっぱり心底惚れているのだと、確信する特別な時間を、自分にも与えてやりたいだけだ。
 出会いがしらにスプーンが落ちたような、頭の中でなにかがかちりとかみ合う音を聞くような、あのときのあの気持ち。そのきれいな顔が好きで、瞳の奥で微笑むようなまなざしも、しぐさも、怒った顔もたまらなく好きで──こいつを一生好きでいたい、桂花と産まれてくる子供を一生大事に護りたい、と、純白のベールの向こうに潤んだ瞳で自分を見上げたきれいな顔に心臓が熱くなるような思いで心に刻み付けた──
 その気持ちを、ずっと大切にしたいから。好きな相手と、ふたりの特別な時間を共有することで、桂花にもこれからもずっと自分の側にいたいと思って欲しいから──
「──って、ま、ほんとはおまえといちゃいちゃしたいだけだけどな」
 だから、今日一日、俺だけのものでいてくれよ、な? 
 と、いたずらめかして笑った柢王に、桂花はきれいな瞳を見開いて、それから、
「──バカ……」
 泣き笑いのような顔で微笑むと、小さな声で、『はい』と答えた。

「あなた、そろそろ冰ちゃん渡して下さらない?」
「そうだね、しかし、あ、ほら、李々はそろそろ庭の花に水をやる時間ではないのかね?」
「あら、それはスプリンクラーを設定してあるもの。あなたこそ、そろそろ『にこすかプン!』の時間じゃないかしら?」
「いやいや今日は土曜日だから『にこすかプン!』はやらないよ。李々こそ、そろそろ枯れ木に花を咲かせる時間──」
 と、ご機嫌な冰玉真ん中に挟んだ両親が、その所有権をめぐって火花散らしているのを置いて、柢王と桂花と連れ立って出かけた。
「初めてのデートコースの再現ってことでさ」
 それにアレンジ加えて、最後は夜景の見えるレストラン、と、道すがら、ポケットから予定表取り出して笑った柢王に、桂花は呆れた顔で、
「あなたはそういうことには準備万端なんだから……」
 いいながらも、ほっそりした指は柢王の腕をしっかりと掴んでいる。心なしか上気したような顔が帽子の下、ひときわまぶしくて、柢王は添えられた手を掴むと桂花の腕ごと、自分の肘と胴の間に挟み込むようにして、
「ほんと、頼りになる男だよな。自分でも感心する」
 笑いながら、指と指を絡ませるように手をつなぐ。
 以降は完全いちゃつきモード。もとから柢王はあまり人目気にしない性質だが、桂花も久しぶりの『恋人』とのデートに初心に戻ったように、瞳を輝かせて笑顔を見せる。
 時を忘れて、他のこともいまだけはみんな忘れて、お互いの新たな面を発見したり確認したり、笑いながら過ごした半日はあっという間に過ぎていって──
「これからも、俺だけの恋人でいてくれな」
 予約しておいたレストランで、柢王が贈ったのは小さな銀の鍵の形をした携帯ストラップ。本当はネックレスにしたかったのが、冰玉が小さいうちは邪魔になるし、鎖を引っ張られて怪我などしたら大変だから、ストラップにしたのだ。
「ありがとう。でも、どうして鍵なんですか?」
 手のひらにきらきら輝く鍵を載せながら尋ねた桂花に、柢王は笑って、
「ん? ハートをロックしてもらおうと思ってさ」
 と、胸ポケットに入れていた自分の携帯電話を取り出して見せる。そこにはすでに新しいストラップがつけられていて、それは銀の小さな錠の形。
 いつまでもときめいていたい大事な恋人。だからこの想いに、その手で鍵をかけて、この胸に想いを永遠に封じ込めて欲しい。
 微笑んだ柢王に、桂花は目を見張り、
「……き、気障すぎる──」
 声を立てて笑い出した。
「ああっ? おまえ、ここは涙ぐんで感動するとこだろっ? これ探すのにほんとがんばったんだぜ?」
 訴えても、桂花は笑い、笑いすぎて涙をためた瞳で柢王の顔を見て、
「だって、そんなこと、考えてる自分が恥ずかしいじゃないですか。あなたって、たまに、本当に子供みたいですよね」
「なんだよ、それは」
 柢王はふてくされた。これを渡したくて、婦人雑誌の記者やインターネットなどあれこれ調べたというのに。
「なんか普通にダイヤモンドとかの方がよかったってことかよ」
 人の手垢のついた二番煎じなんか面白くもなんともねぇだろうがよっ、とシャンパンをがぶ飲みする柢王に、桂花はようやく笑い止み、そして、優しい笑みを浮かべると、
「でも、あなたのそういうところも好きですよ、柢王」
「桂花──」
「だから──吾の心にも、あなたの手で鍵をかけていてくださいね」
 テーブル越しに見惚れるようなきれいな笑顔で、そう囁かれた柢王は、いますぐ個室に鍵かけて引きこもりたいっ!! と思わずテーブルを叩いたのだった。
  
 家に戻ると、リビングの床には長い髪ざんばらにしたお義父さんの残骸が横たわっていた。なんでも、今日一日の仕上げに、ギタリストよろしく冰玉を抱えてぐるぐる回って遊んでいるうちに三半規管がやられてばったり倒れ、以降、動かないらしい。
「すみません、俺たちが予定より遅くなったせいで──」
 よんどころないオトナの事情がありまして──謝った柢王に、お義母さんは首を振り、
「いいのよ。冰ちゃんは無事だったから。お風呂に入れて私たちの部屋に寝かしつけてあるから、あなたたちは心配しないで。この人だって冰ちゃんと遊んでいて倒れたんだもの、このまま目が覚めなくても満足のはずよ」
 と優雅に微笑む。
 やわらかな外側に鋼を包んだお義母さんに、柢王は乾いた笑いを返しながら、さすがにかわいそうになってテーブルにあった新聞をお義父さんの体にかけると、手を合わせ、祈った。
「成仏してください」
 桂花はそんな両親のやり取りには慣れているのか、母親に向かい、
「ちょっと冰玉の様子を見てきます」
 部屋を後にした。
 それでは、明日ね、と出て行きかけたお義母さんの背中を、柢王は、あ、と呼び止めた。振り向いたのに、
「お義母さん、ありがとうございます──桂花のこと、産んでくれて」
「え──?」
「今日、改めて思いました。桂花に出会えて、俺は本当に幸せな男だなって。だから桂花のことを産んでくれてありがとうございます。俺、絶対にあいつのことも、あいつが産んでくれた冰玉のことも大切にしますから」
 瞳に決意をこめてそう言った柢王に、お義母さんは目を見張り、そして微笑んだ。
「あの子は私たちの宝物ですから、泣かせたりなんかしないでね」
 それにはまず午前様はほどほどにしてくれないと、と笑われ、柢王の笑顔が引きつる。が、お義母さんは優しい瞳で、
「でも、桂花もあなたに出会って幸せだと信じるわ。あの子達のこと、これからもよろしくね、柢王さん。おやすみなさい」
 言い残して、去って行く。その背中を見送る柢王は心の中で、マジで絶対お義母さんには逆らいませんっ! と堅く堅く誓いを立てていた──
 
 
「桂花、忘れ物はない? ちゃんとお土産持った?」
「ええ、おもちゃはさっき柢王が車に乗せたし、作ってくれた晩のおかずはここにあるから」
 楽しかった週末もあっという間に終わりに近づき、帰り支度。可愛い愛娘にあれこれ持たせようとするお義母さんとお義父さんからの贈り物でトランクはもういっぱいだ。
 今朝方ぶじに目覚めたお義父さんは、縞々ロンパースに包まれた冰玉の笑顔を前に、目にハンカチ押し当て、さめざめと泣いている。
「ひょ、冰ちゃんもう帰っちゃうんだね。 おっ、おじいちゃんのこと忘れないでねっ、絶対だよっ」
 しかし、幼児とはいまこの場にしか関心のないイキモノ。うさぎみたいな目をしたおじいちゃんの髪の毛、ぎゅーっとふたつに掴んで、
「ばっぶぅっ!」
「はいはい、冰玉、うさぎちゃんな。かわい…くないけどかわいいことにしとくかな」
 と、冰玉を抱えた柢王は答えた。
 やがて桂花が支度を終えて現れ、一同は車寄せに。まだ晴れ渡る昼空、ようやくおじいちゃんの髪から手を離した冰玉をベビーシートに固定し、残りの荷物を積み込んだ。
「じゃ、桂花、帰ったら電話してね。柢王さん、気をつけてね」
「はい、お母さん」
「いろいろとお世話になりました」
 挨拶する妻と娘夫婦の傍らでおじいちゃんは窓に顔押し付け、
「うっうっ、冰ちゃぁぁぁぁん……」
 涙に頬濡らし押し潰されたその顔に冰玉が、うわぁぁんと泣き出す。お義母さんが無言で亭主の後頭部を殴打、襟元掴んで引き剥がす。世にも醜い怪獣画像に驚いた冰玉は、しかし、桂花が後部座席に乗り込むとけろっと涙を止めて、
「ばぶっ」
 母の胸に擦り寄る。父に似て実に現金。
 そんな息子に苦笑いした柢王は、運転席のドアを開けかけ、あ、と、手にしていた紙袋を差し出した。
「これ、お土産でした」
 お義母さんに阻まれ、もう冰玉の視界に入れないお義父さんは不機嫌な顔で、
「土産は来たときに渡すものだよ、柢王くんっ。まったく君は網エビだなっ」
「って、どんな計りだっつーのっ! ま、とにかく開けてみてくださいよ、お義父さんのために持ってきたんだから」
 と、柢王は無理やり押しつけた。お義父さんはまだぶつくさ近頃のエビはしつけがなっとらんとか言っていたが、それでも袋を開け、中身を取り出す。そこに現れたのは青い表紙の小型のアルバム。
 表紙を開くと、そこには『おじいちゃんへ』と書かれた文字と生まれたばかりの冰玉の小さな手形と足型が青いインクで押してある。お義父さんが目を見張る。とり憑かれたようにざくざくページをめくると、真っ赤っかでしわしわでサルみたいな冰玉の眠り顔、あくびした一ヶ月、ちょっと人っぽくなってきた二ヶ月、首が少し据わり、青い髪の毛が逆立ってきた四ヶ月…と、この七ヶ月の成長記録が一面に貼られている。
「……──」
 お義父さんが信じられないように柢王の顔を見つめる。柢王はそれに笑って、
「いい婿貰いましたね」
 お義父さんの赤い瞳に涙が漏り上がる。尖ったあごの先震え、涙ぽとぽと落としながら、
「……き、君にしては上出来だ。あ、甘エビぐらいには、してやってもいいぞ──」
「どこまでもエビかっ!」
 叫んだ柢王はしかし、奥さんの肩に顔を伏せ、うわぁぁっと泣き出したお義父さんの姿にため息ついて肩をすくめる。お義母さんが柢王に優しく微笑んで、
「柢王さん、ありがとう」
「礼はいりませんよ。家族のことなんですから」
 柢王は答えると、運転席に乗り込んだ。桂花が後ろから、
「お父さん、ひときわ泣いていたみたいだけど?」
「あ? 冰玉と別れるのがさみしいんだろ。また来ればいいよな、冰玉?」
「ぶーっ」
 ママの胸に甘えながら息子も答える。柢王は笑って、
「よっし、うちに帰ろうっ!」
 エンジンをスタートさせた。

 人生とは時に喜劇、時には悲劇、常に即興的要素を求められる長い道のりではあるが。
 形式にとらわれず、その時々の一生懸命さと本気とで自分たちだけの曲を作り上げていけばいい。
 とにもかくにも、この家族の生み出す楽曲は、今日も明日も、晴れやかなカプリッチオ──


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