[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1008件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.188〜192] [No.193〜197] [No.198〜202→]

No.197 (2008/05/14 23:32) title:出会い☆過去編 その2
Name:砂夜 (p1205-ipbf404funabasi.chiba.ocn.ne.jp)

  桂花がモデルに決定したと聞いた時柢王はすごく焦っていた。
  某デパート一番の美人で知られている桂花は会社内外にファンが多い。
  桂花自身はどんな男性が言い寄ってきても無視を決め込み
  あまりにもしつこく無礼な男には自分の身を守る為に覚えた護身術で
  片っ端から撃退している。
  武術にも長けて知性もあるから並の男では太刀打ちできないのだ。
  しかしモデルの話が出た時から会社側が桂花にSPを付けていたせいで
  最近はデートはおろか顔を合わせることすらままならない。
  前回のデートでプロポーズはしたもののまだ返事をもらっていないのだ。
  そこにきてモデル?桂花の花嫁衣裳は俺が用意するに決まってるだろうがっ!
  でも何故、桂花なのだろうか。たしかに賢くてあれだけの美貌だから
  選ばれる事事態はおかしくは無い。だが桂花は何度も断っていると言っていた。。
  今の状況になっているのは会社というより社長命令があった為らしい。

  おかしい。いくらなんでもたかが一社員にここまで強要するものか?
  そして昨夜とうとう今の状況になった原因がわかったのだ。。
    
    柢王 ーーなんだってこんな事になっているんだ?
    ティアーー君が荒れるなんて珍しいね。どうしたの?
  
  行きつけの飲み屋。たまたまカウンターで2人並んで飲んで何かの弾みに意気投合、  
  その時のあまりの楽しさに味をしめ時々一緒に飲む約束をしている。
  今日はその約束の日だった。。
    柢王ーーいや。。俺の桂花のことなんだが。
        どうも会社で妙な事になっているようなんだ。。
        今度の新規出店のレデイース部門の総責任者になって
        張り切っていたんだがメインイベントのモデル候補にあがって
        辞退する権利がまったくないらしい。
        本来ならそんな重要なイベントならプロを雇うなり
        有名芸能人を呼ぶなりするだろう?いくら人気があるといっても
        素人にってのがおかしい。。
    ティアーーそれもそうだね。。辞退も出来ない?
    柢王ーーそれなら最悪退職でもと掛け合ったんだが出来なかったらしい。
        今じゃ何かあったら困るとSPが四六時中張り付いている。
        SPが付くんだぞ?ただの一社員にだ!
        おかげでデートどころか話はおろか顔も見れやしねぇよ。。
    ティアーー強引な。。あれ?君の恋人、どこのデパート?
    柢王ーーー某デパート。
    ティアーー。。。もしかしてこれと関係しているかもしれないーーー。

  花嫁役控室でアシュレイが憤慨している頃
  桂花の控え室の真向かい 新郎役控室。
 
  ティア(遅い。柢王!)
  ほぼ用意が終わりもう出番が来るだけになっているのに肝心の柢王の姿がない。。
  このままでは自分が新郎役として出るしかなくなってしまう。
  柢王が間に合わなければ自分は雲隠れすればいいのだがそれでは
  桂花が大恥をかく事になりかねない。何も彼女をそんな目にあわせたい訳ではない。

  ダダンッ!控え室の扉を騒がしく開け駆け寄ってくる。
  柢王『悪い!あいつらを撒くのに時間がかかった!』
  ティア『あいつら?何?』
  柢王 『ここ最近ずっと俺についてまわる奴がいやがる。』
    (何もしてこないから放っておいたけどさすがに昨夜の動きは変だった。)
  今日は朝から姿を消しにかかっていたのだがそれでもずっとつけられていたらしい。

ティア『それで遅れたの?もしかしたら心当りあるかも。
      それよりこれに着替えて!』
  
  柢王は慌てて衣装に着替える。直後廊下の様子が騒がしくなってきた。

  −−誰かここにこなかったか?
  ーーいや、来ていないっ!
  −−まだ近くにいるかも知れないぞ。
  −−探せ!−−
  
  柢王 『多分それで当りだ。で、お前はどうするんだ?』
  テイア『私?一応このあと花嫁に挨拶するよ?
      まったく挨拶しないのも不自然だし説明くらいしておかないと。。
      会場で君と入れ替わったら私はそのまま消えるから、
      すべて終わったら君達もうまく逃げるんだよ?』
  柢王 『ああ。そもそもこの事態の発端は何なんだ?って兄さんだよな?』
  ティア『うん。巻き込んで済まない。実家が関係していると思う』

  テイアの実家は大阪の資産家なのだが代々事業を手広く行っている。
  東京の某証券会社で働く事で実家から離れたいティアに
  年齢的にもそろそろ落ち着かせ家業の一部を継がせようとしているのだ。
  
  ティア(仕事もそうだけど。結婚相手くらい自分で見つけたい。)
  甘い考えだろうけど男なら自分の稼ぎでお嫁さんを幸せにしたいのだ。
     (何も不自由なく育ててくれた事には感謝する。。
      だからといってなにもかも言いなりになってたまるか!)
  前回の電話で母が倒れたと聞いた時、心配して帰郷したティアの目の前にいたのは
  日本中から集められた資産家のご令嬢たち。。つまりお見合い相手だったのだ。。
  −−ネフィ『このなかかから気に入ったお嬢さんとデートしておいで♪』
  ーーティア『そうしたらそのまま結婚まっしぐらですか!?冗談じゃないっ!
        私は自分の結婚相手くらい自分で見つけます!
        家は兄さん、貴方が継げばいいっ!』
  そう言い、実家を飛び出した。
  このあとちょっとした事件が起こるのだが。。。

  ティア(本当に手の込んだ事をする。。
      某デパートの新規出店のイベントにかこつけて大掛かりのお見合い?。
      いや婚約発表になりかねない。。一体どこから手を回したのだろう。
      いくら大阪で手広く事業を展開しているとはいえ、
      都内に大型百貨店を出せる相手とつながっていると思う訳が無く。。
      関東に進出して事業を始めようとしているのだろうか。。
  
  お見合いにことごとく失敗してきた実家はどにかうまくまとめたい、
  ついでに新しく興す予定の事業提携に某デパートと手を組んだ時
  一石二鳥とばかりデパートの看板娘、桂花に白羽の矢が向けられたのである。。
  
  ティア『ほんとにすまないね。着替えは終わった?さて、行くよ?』
  柢王 『え?2人とも?まずくないか?』
  ティア『うーん。。多分花嫁役は1人じゃないからね。。』
  柢王 『はぁ?』
  ティア『だから実家の策略。というより兄が・・というべき?
      花嫁は4〜5人はいるかも知れない。へたをすればもう少し多く。。
      それなら新郎役が1人増えても分からないでしょう?』

  柢王『なんんつーー』絶句。。
     (そこまでするとはどんな兄なんだか。できるだけ関わりたくねぇぞ。)
  
     −−ネフィ−−まだ見つからない!?
          ーーもう時間がないよ!だったら近づけないでくれればいい!?           
          ーーじゃ。あとは宜しくね。ティアが逃げ出さないようにして。
  
  外の騒ぎの声に兄の声を聞き取ったティア。
      
  ティア (やはり兄さんが!。。それでは逃げ出すのが難しいかもしれない。。)
      『今更だけど、もうひとり協力者が欲しいかな。。』
  思わしくない顔をするティアに
  柢王  『それなら、アシュレイに頼むか?たしか桂花と一緒にいるはずだし』
  ティア 『誰?信用できるの?今から呼べる?
       というより彼女に迷惑じゃないのかな?』
  柢王  『俺の従姉妹なんだ。桂花にSPがついてからの連絡は
       あいつが間を受け持ってくれたからな。。』
  テイア 『じゃあ、話は早いね。かく乱に協力してもらおうか。』
  柢王  『色々迷惑をかける。いつか俺の手が必要になったら必ず呼んでくれ。
       このかりは必ず返すからさ。そういやお前のタイプってどんなだ?』

  ピタリと歩みを止める。

  ティア 『うーん。別に多くは望んではいないよ?
       健康的で笑顔が可愛くて。。ずっと一緒にいたいと思える子、かな?』
      (さらに言うならこれからの人生笑って幸せに生きていければそれでいい。
       少し前にあった子。。あの子が元気で可愛かったな。。。
       名前も分からないけど、できたらもう一度会いたいかも。。)
 
  ティア 『。。。いちごちゃん。。』さらにぼそっと一言。。
  柢王  『いちごちゃん?それが名前か?』 
  テイア 『それは違うっ!名前が分からなくて。。そう呼んでいるだけだからっ』
  柢王  『そうか?じゃ、あとで探してやっから特徴教えろよ?』
  ティア 『そうだね。。そういう手もあるね。あとで宜しく。。
       さて予定変更、君は裏から会場にまわって?
       場合によっては桂花とそのまま逃げてくれてもいいよ。
       大丈夫だね?必ず来るんだよ!』  
  柢王  『ああ。俺は一度窓から出るか。会場でまた会おう!』
  ティア (この部屋までたどりついたんだ。。彼ならうまくやれるはず。。
       どうか無事に会場までたどりついて!)


No.196 (2008/05/14 23:27) title:出会い☆過去編 その1
Name:砂夜 (p1205-ipbf404funabasi.chiba.ocn.ne.jp)

コンコン。
   
  アー『桂花。用意は出来たか?』
  
  お邪魔するよ とアシュレイが顔を出す。。
  控え室の中央 純白のドレスを着た桂花が椅子に座りベールをつけるところまで用意をしている。
   
  アー『うわぁ♪綺麗じゃん!』
  
  その声に花の様に微笑む桂花。つられてアシュレイも微笑んだ。
  今日は 桂花の働く某デパートが都内に大々的に新規出店し
  有名デザイナーによるウェデイングドレスと
  ジュエリーアクセサリーの合同発表会を開催する事になっている。
  桂花はその目玉のドレスとティアラを付けた花嫁役の一人なのだ。。
   
  桂花『あの方は?』
  アー『あいつ?まだ見てないな。』
  桂花『。。そうですか。。』
  アー『あ、出番までには絶対見に来るといっていたぞ!取材そっち抜けで!』

  微笑みが消え 曇り顔を見せた桂花にアシュレイは大慌てで励まそうとするが

  桂花『いいえ。。来られないのなら仕方ありません。
     お仕事を放り出す様なことをして欲しい訳でもありませんし。』
  そう言いながら桂花だって年頃の女性。
  ウェデイングドレスは愛する男性(ひと)の為だけに着たいもの。。
  仕事でやむをえないとはいえせめて一番最初にこの姿を見て欲しかったのに。
  
  アー『でも、もしかしたら来ているかもしれない。絶対顔だすって!』
  アー(柢王なにやってんだよ!もうすぐ出番が来ちまうじゃんか!
     絶対行くと言ってたのに!)


No.195 (2008/05/12 19:19) title:アルペジオ
Name:しおみ (zk230224.ppp.dion.ne.jp)


「それじゃ、アシュレイ、帰る前にちゃんと電話するからね」
と、いつものように微笑んだ夫の顔に、新米妻は深く頷く。スーツ着たその背中が、角を曲がるまで真剣な顔で見送った後、真剣に深呼吸。
「よっし、スタートだっ!!」
 入れた気合と家に駆け込む猛ダッシュに、雀たちがバタバタと電線から飛び立つ日曜の早朝だ。


 事の起こりは先週の金曜の夜──
 会社から帰ってきた夫のティアが、来週の日曜、ふたりの仲人でもある部長が家に来ると告げたことだった。
 ティアは大手商社のサラリーマンで、設立五十年の会社で『百年に一度の逸材』と噂される出来のいい社員だ。実家は資産家、美形で優しく、
誰からも狙…いや、好かれていたティアが、友達に無理やり連れてこられた見合いパーティーの席上、同じく友達に連れてこられていた家事手伝いの
アシュレイに一目惚れして猛烈アタック、あげく結婚したのは半年前のことだった。
 日頃から、焼サンマパチって逃げたドラ猫追っかけホウキ片手に裸足で駆けてく評判の『お転婆さん(円満な近所づきあいのための用語例その一)』
だったアシュレイが婚約しただけでも近所の人は驚いたが、その上、ティアが結婚後は何不自由ないマンション暮らしからいまどき木造平屋一戸建て、
火災保険高いだろそれみたいな造りの、両親とまだ小さい弟妹の住む二重の意味で窮屈なアシュレイの実家に同居すると決めたことには大いにたまげた。
 『物好きな人もあるもんだねぇ』『きっと変わり者だよ』ご近所さまはあれこれ囁いたが、高齢化の進むこの社会、近所に若い夫婦が存在するのは
いいことだし、ティアもすぐに近所になじんだから、若夫婦はつつがなく楽しく新婚生活を送っていたのだ。
「旅行から帰って挨拶してから顔見せてないもんなぁ」
「うん。君もそろそろ落ち着いただろうし、元気な顔が見たいからって」
「わかった。何時に来るんだ?」
「午前中は私と一緒に取引先のイベントだから昼かな」
「昼だな、よし、わかった……えっ、来週?」
 アシュレイは目を見張る。六畳の小ぢんまりした夫婦の部屋の壁、貼ってあるカレンダーには赤マジックで『父さんたち無人島ツアー』の文字。
「ティ、ティア、来週って父さんたち無人島に行ってるぞっ!」
「ああ、先月の福引で当たったのだよね。だからあの週は君とふたりきりなんだよねぇ。たまにはいいね、ふたりも」
 にっこりと笑ったティアに、アシュレイも赤面しかけたが、違―うっと、首を振った。
「てことは俺一人で部長の昼ごはん作るってことだなっ」
「ああ、そんなの気にしなくていいよ。お寿司でも取ったらいいもの」
「そんなわけに行くか! 店屋物なんか出したらおまえは飯も作れない嫁もらったって笑われるだろっ」
「そんなことないよ。君がふだん私のためにがんばってくれているのはわかってるもの」
 と、優しい旦那は微笑んだが、新米妻はいやいやいやいやっ、と首を振る。
「そんなのだめだ! おまえの会社の人なんだからちゃんしないと。昼飯は俺が作る!」
「それなら楽しみにしているね、奥さん」
 と、ティアはにっこり微笑んだ。 

 は、いいが──
 美人で格闘系の母は家事万能だというのに、その娘であるアシュレイは洗濯機を回せば泡が吹き出、買い物行けば財布を忘れ、料理本片手に
ローストビーフを作れば炭の丸焼きが出来上がるという、まじりっけなしの家事オンチだ。まともにできる料理はサンマの塩焼きと
大根おろし、
目玉焼きと千キャベツ…って朝ごはん? 第一もてなしとはどんなことをすることかもわからない箱入りだ。
 強さを誇る両親は無人島での人目を憚らない対決を心から楽しみにしている。弟たちが一緒に行くのはふたりを水入らずにしてあげようという配慮だ。
(なのに部長が来るなんて言ったら、母さんたち心配して行かないって言い出すに決まってる。俺だって、ティアの嫁になったんだから、
自分の亭主のことくらいちゃんとしないと──)
 パーティー会場で大きな肉の塊にかぶりつくアシュレイの無邪気な顔に一目惚れしたと、それから日に百回近いメールや電話を寄越したティアが
どうやって仕事をしていたかはわからないが、初めてうちに遊びに来ることになった時、暑いなかをわざわざ自宅近くで買ったスイカふたつも抱えて
『ここのが一番おいしいんだ。君の家族の方にも食べてもらいたくて』と屈託なく笑ったティアに、アシュレイはこの人なら大丈夫だと確信したのだ。
 その確信通り、アシュレイの家に同居したティアは、家族のことも大事にしてくれて、
(俺のことだって可愛いとか大好きとかいっつも歯が浮くようなこといってくれるし、失敗しても許してくれるし……)
 そのティアに、飯も作れない嫁をもらったと恥をかかせるようなことはできない。いや、実際に作れないのだが、そこはそれ、
「なせばなる、なさねばならぬ何事も、だよなっ。きっと出来るっ!」
 と、自分に言い聞かせてみたのが金曜の歯磨きタイムのことだった。
 
                       *
 
「桂花、おまえちょっと落ち着けば?」
いつになくそわそわしている妻に、柢王が苦笑いする。出版社に勤める柢王は、休みの時には結婚九ヶ月目の美人な奥さんとなぜか生後四ヶ月の
一人息子冰玉にまとわりつくのが楽しみな能天気な旦那だ。疑惑の赤ん坊はベッドで睡眠中。
「つか、そんなに気になるんだったら覗きにいけばいいじゃんか。どうせ勝手知ったる他人の家なんだしさ」
「そんなことできませんよ。あんなにがんばってるのに冷やかしにいったら恨まれますから」
 と、無意識ながらも旦那のスーツのポケットチェックしていた桂花は振り返って眉を寄せる。柢王は、顔は可愛いのに大雑把でおおまたぎ、
戦闘能力高いのに家事能力は最低レベルのいとこの顔を思い出し、
「誰に似たのかねぇ。ほんとティアも物好きだよなぁ」
 そういうところも可愛いんだよと笑顔で言い切ったその旦那とは初対面から馬が合った。あるいはお互いその嫁に対する尋常でないエネルギーぶりに
同類項を見たものか。だが、柢王の妻の桂花は美人の上に何をやらせても有能で、結婚前には娘を溺愛する向こうの父親から、
『これでは網エビが鯛を釣るようなものではないか! もっタイなさすぎる!』
 と、いろんな意味で凍りそうなことを言われたが、孫が産まれてからはその態度は激変。
(やっぱじじい釣るには孫に限るよな)
 笑う婿は、お義父さんが特に嬉しいのは冰玉がまだあんまり柢王に似ていないところだということまでは気づかない。
「とにかく勝手口から覗いてみたらわかることじゃん。何なら手伝ってやればいいし、こいつが起きたら日光浴がてら見に行こうぜ」
 能天気に言ってのけた亭主に、嫁さんは深いため息だ。
 

『俺に飯の作り方教えてくれ……』
 前髪ぐるるんで両手を絆創膏でいっぱいにしたアシュレイが桂花を訪ねて来たのは先週の土曜の昼下がり。柢王は取材で留守だった。
いつもは元気いっぱい、出された茶菓子はどこまでも食べる旦那のいとこの常にないしょんぼりした顔に、桂花は目を見張った。
 話を聞いて理由はわかったが、その、火を通すものの大抵を炭化させる確実なケミストリーの腕前を知る桂花にはうかつな返事はできない。
勝気で人に頼るのが嫌いなアシュレイがわざわざ来たからには尚更で、
「ね、でも、少しくらい出前でも──その方が余裕もできるし、部長さんのお相手もできますよ?」
 伺ってみたが、旦那のいとこは首を横に振る。聞けばティアにもそう言われたらしい。が、ティアはアシュレイが作ったものならコークスだって
喜んで食べるはずだ。そんな男は問題外、迷う桂花に、アシュレイはエプロンの前をギュッと握りしめ、
「俺、ティアに何かしてやりたいんだ。あいつが俺たちにしてくれるように、俺だってあいつの嫁らしいことくらいしてやりたい……」
 いじらしい決意を込めた言葉に、桂花は再び目を見張る。
 初対面の時にはドラ猫吊るして呵呵大笑、心底魂消たが、この赤毛の新米妻は純粋で一途な人なのだ。この前だって冰玉を見て、『すごい早産だったのに、子供って健やかに育つもんだなぁ』と嬉しそうに笑って柢王に遠くを見させていた。いまだ気づかないのはこの人くらいだ。
 その前髪と絆創膏から察するに、きっと早起きして自分でなんとかしてみたのだろう。それでも焦げた匂いに家族を起こしただけで
奇跡は
起こせなかったらしい。というより、あの家で内緒で特訓なんて間取り的に不可能だ。
 別に、若い新妻が作る料理が劇的に炭だったとしても、部長も腹は立てないだろうが、それでも、自分や家族のためにがんばってくれている
旦那のためになにかしてあげたい気持ちはよくわかる。桂花だって、しめ切り抱えてあちこち原稿もらい歩く旦那のために、冰玉の面倒を見ながら、
家も自分もいつもきれいに、食事も栄養バランスを考えて…と気を使っているのだ。
 それなのに、当の旦那といえば、打ち上げだ取材だと午前様のご機嫌さまで帰って来ては、
「冰玉、お土産だぞ〜っ」
 と、やっと寝た子を起こしたり、
「なあなあ、こいつも寝てるしさ〜たまには一緒に風呂入ろうぜ〜」
 と、『あんたが子供ですかッ!』みたいなことをしたり言ったり・・…・ああ、なんか思い出したら腹が立ってきた。
 そういえば、冰玉が産まれる直前、実家に顔見せに行くのを、日帰り出張に行く柢王に言いそびれたことがあった。夕食の支度には
帰るつもり
だったのに、疲れていたのかうとうとして、気づけば夜。慌てて帰り支度しているところへ、柢王が片足スリッパ片足突っ掛けで息せき切って
飛び込んできて『頼むから帰ってく来てくださいっ!!』といきなり土下座したこともあったっけ……。
 ふふ…、と微笑んでしまった桂花は、いや、と首を振る。いまはうちの話じゃない。同じ新妻として、アシュレイの気持ちはよくわかる。
 桂花は頷くと、アシュレイの手を取って、
「それなら一緒に頑張りましょう。七日もあればなんとかなりますよ」
「ほ、本当か? 俺、がんばるからなっ」
 アシュレイも希望に満ちたまなざしで強く頷いて・・…・。
 そしてふたりでがんばったのだ。本当によくがんばった。炭化化合物がよーくローストしました×3くらいになる程度には……。
「部長さん、味オンチだといいけれど──」
 行く気満々の柢王が、まだ寝ている冰玉にガラガラ鳴らすのをはたきながら、桂花は本末転倒なことを呟いていた。
 
 
 アシュレイは息をついた。本格的な掃除は昨日桂花が手伝ってくれてすませたから、今日は調理だけ。
「がんばるぞ」
 と、コンロの上の魚焼き網の取っ手握りしめたところに、勝手口の戸が開いて、三河屋のナセルが顔を出す。
「すみません! 配達立て込んでて──」
 息切って謝るナセルにアシュレイは笑って、
「ちょうどいいタイミングだ。おまえにもずっと配達させて悪かったな」
「そんなことはないですけど……でも、アシュレイさん、大丈夫ですか? なんだったら、俺、お客さん帰るまでいますけど」
 どうせ大将年寄りだし、御用聞きはもうひとりの店員のアランがしてくれるから、と言ったが、フリルエプロンフリフリ前髪もちゃんと直した
新妻は毅然と赤い瞳燃やして、
「大丈夫だ。七日も特訓したから今日はできる!」
 自己暗示かけるような言葉に、七日同じ調味料を桂花さん宅に配達し続けたナセルは心でため息ついて、
(だから七日特訓したってことは七日目にも完成しなかったってことでしょう?)
 しかも今日は肉料理だから魚焼き網は使わないはずだ──思うのだが、緊張顔を笑顔に隠した人妻にそんなことは言えない。
(ほんと、見てるだけって体に悪いよなぁ──)
 丸に三の字の前掛けかけた三河屋さんが切ないため息ついた、午前十時だ。


No.194 (2008/05/07 22:56) title:恋人は黒い猫
Name:桐加由貴 (pd37366.tkyoac00.ap.so-net.ne.jp)

 東領が誇る花街で一・二を争うと言われている大店『無憂宮』。
 殊に三階は上客のみが入れると言われていて、普通の客は二階の階段から覗くのがせいぜいだ。
 その無憂宮の三階を覗いていた酔客の視界で、す、と控えの間の扉が開いた。
 店の女に続いて出てきた姿は白い髪に紫微色の肌、そこに浮き上がった刺青が美しい――魔族。
 目を剥いた男達に気づいた魔族は、にっこりと微笑みかけて会釈し、すぐに視線を戻す。
 魂を抜かれた男達を背に、桂花は澄ました表情のまま、内心で呟いた。
(・・・馬鹿め)

 柢王元帥の軍は花街警備を主とする。
 兄達の嫌がらせ交じりの任務とは言え、危険は少ないし美人と知り合えるしと、意外と兵士達からは好評だ。『花の男衆』ランキングでも、頼りになる兵士達に投票する女達は多く、そうなるとなおさら、柢王元帥の軍は士気が高くなる。さらには恒例となりつつある、勝ち抜き戦上位者ご招待の宴。ここ東領の王子である元帥主催の宴である。中流貴族の出がせいぜいの兵士達では手が出ない美女と美酒、旨い食事と余興が振舞われるのだ。
 今夜の宴の主役は、七班の兵士達だった。
 班長以外はあまり親しく話す機会のない元帥と同席し、花街でもトップクラスの妓女に注がれる美酒。肴の旨さときたら芸術的なほどで、値段を聞くことなど、恐ろしくてたわむれにもできない。
「もう一生、こんなところ来られないよな・・・」
 しみじみと一人が言えば、隣で同僚がこくこくと肯く。無言なのは口の中に物が入っているからだ。その傍らからすいと徳利が差し出される。
「まあ、そんなことおっしゃらないでくださいな。次の勝ち抜き戦でも勝って、またいらして、ね?」
 艶やかな妓女が小首を傾げて微笑みかけると、髪に挿したかんざしがしゃらりと音を立てて揺れた。濡れたような眼差しに見つめられ、つい杯を呷る手にも力が入る。
「よう、楽しんでるか?」
 笑みを含んだ声とともに徳利が傾けられた。はた、と見たそこにあるのは第三王子、柢王元帥の顔である。
「元帥! はい、楽しんでます!」
「今夜は無礼講だ、思いっきり楽しんでってくれ。で、班の奴らに自慢してやれよ」
「はいっ!」
 自慢の結果、次回の勝ち抜き戦がさらに熱を帯びたものになることは予想するまでもない。
 柢王は自身の席に戻ると、楽の音の中、傍らの妓女に尋ねた。
「桂花はまだか?」
「遅いですわね・・・見て参ります」
 妓女が膝を浮かせたとき、ちょうど背後の引き戸が開いた。
「――お待たせしました」
 あまり機嫌のよくなさそうな桂花の声がして、柢王は待ちかねた様子を見せずに振り返る。
 そこにいたのは、普段どおりといえば普段どおりの、白一色の衣装の桂花だった。
「・・・布だな」
「布ですね」
 あしらう調子で答える桂花が数歩踏み出す。装飾らしい装飾は足首に巻いた金鎖のみ、踏み出した脚の一方は腿の刺青までが半ば露わにされていて、体に巻きつけるように着付けられた白い布からは両の肩と腕、背中までもがむき出しにされている。
「これでも吾に合わせて作ったそうですが」
「・・・だろうな」
 柢王の半歩後ろに膝をついて落ち着いた桂花の、胸と片足以外の刺青を見せ付けるようなデザインである。後頭部で結い上げてまとめた髪もまた、背中の刺青を隠さないようにという意図だろう。
「今日の仕立て屋は?」
「あとでご挨拶をと」
 柢王が店の女に尋ねる横で桂花は澄まして座り、招かれた兵士たちは呆けたように目を丸くしている。
 紫微色の肌に色濃く浮き上がる刺青――このうえなく魔族らしさを前面に押し出した装いだ。酒の席とは言えこれが許されるのは、享楽に聡い東領の花街の大店であるからに他ならない。他国でこれをやったら間違いなく、桂花も仕立て屋も、あるいは女将も首が飛ぶ。
 呆然と己を見つめる兵士たちの眼差しに、桂花は悪戯心で微笑みかける。僅かに首を傾げ、後れ毛を揺らし、普段は刃物のように鋭い眼差しに匂い立つような色香を覗かせて。紅を差した唇が柔らかく綻ぶ様は咲き初めの花のようでもあり、長い間熟成させた酒が喉を滑るときの芳醇さを思わせもした。
「・・・よろしければ、一献」
 すぐ傍に膝をつかれれば、白い布に焚き染めたと思しき微かな香りが肌をくすぐる。細身の体に女性的な丸みは存在しないというのに、しなやかな肢体、惜しげもなくさらした肌の肌理、控えめな微笑は、柢王元帥の趣味の良さをいやというほど知らしめていた。
「桂花、こっちに来い」
 苦笑交じりの声が副官を傍らに呼び寄せる。
「俺のかわいい部下をあんまりいじめんなよ」
 声とともに伸びた手が、白い髪に両側から挿してあった簪を抜いた。解けた髪が刺青の浮いた背を覆い、魔族の美貌にも落ちかかる。紫微色の手がそれをかき上げたときには、桂花の表情はもう、いつもの怜悧なものに戻っていた。
「仕立て屋が随分心配してましたよ。吾にこんな服を着せて、柢王元帥のご不興を買うのではないかと」
 だったら着せるな、と柢王は思った。
「見る目が確かなのは褒めてやるよ。ただ、もう少し場を読めなきゃ一流にはなれねえな」
「今、何を飲んでいるんです? 吾にも一杯」
「ああ・・・って、もうなくなってるな。おい、もう少し持ってきてくれ」
 酒席で酒を切らす失態を『無憂宮』の女がするはずがなかったが、彼女たちは心得顔で裾を払った。あわせて桂花も立ち上がる。
「では吾は着替えてきます。この格好は落ち着かない」
「えっ! 副官殿、もうですか?」
「もう少し・・・」
 惜しげな声に微かに口角を上げたものの、桂花は止まらなかった。
「失礼」
 背後で、次の曲を急かす元帥の声がした。

 ――機嫌が悪いな、と柢王は言った。柢王にとって花街は、天主塔と並んで第二の家というくらいには馴染んでいるが、今日は桂花の機嫌のために保険をかけて、二人だけのあの小さな家に帰ることにしたのだ。
「あなたこそ。吾がお酌して回ってたとき、すごい目でしたよ。隠してたようですけど」
「おまえがあの格好で入ってきたときからだぜ? 事前にどんなのか、確かめとくべきだったな。迂闊だった」
 飛びながら、柢王の手が服越しに恋人の体を辿る。
「あなたは吾を着飾らせるのが好きだと思ってましたが」
「本気で言ってんのかよ、桂花」
 宙に浮いたまま、柢王は桂花の額に己のそれを当てた。触れそうな距離で、わかってんだろ? と囁く。続いた声と返ってきた答えに、恋人たちは笑った。 

見せびらかしたいけど見せ物にはしたくないんだ。

少しくらい妬いてください。・・・たまには。

 その夜の家までの距離はひどく遠かった。


No.193 (2008/05/06 21:09) title:missing
Name:未和 (実和) (u053238.ppp.dion.ne.jp)

 桂花は採取したばかりの薬草を家の裏の泉で洗っていた。
自家用でもあるが、商売用の方が多くなった。それというのも金使いの荒い王子様のおかげである。軍の給料は充分良いにも関わらず、それだけではやっていけないくらいには使ってくれるのだから恐れ入る。「本当にお前って働き者だよなー」と呑気たらしく言う顔面を思いっきり張り倒したこともあるのだが、そんなもので反省してくれるような可愛い性格ではない。
というわけで桂花は今日もせっせと生活費のために薬作りに精を出している。
 洗った薬草を籠に入れると裏口から家へ入った。濡れた手を拭こうとした時、ふと指輪をしていないことに気が付いた。籠を机に置くと、急いで泉へと引き返し、さっき自分がいた辺りの草を丹念に掻き分けたが見当たらない。泉の周辺は桂花によってきれいに手入れされているのですっきりしている。あればすぐに見つけることができる。しかし、まろやかな金色の光を放つ、上品で華奢なデザインの指輪はどこにもなかった。薬草を干したら夕飯の支度に取り掛かろうと思っていたのに、それどころではない。

桂花は着替えると慌しく戸締りをして外へ出た。

 四国随一の繁華街である花街。

 メインストリートを最近、花街でちょっと有名な青年が急ぎ足で歩いていた。
 白い肌、流れるような黒髪。そこらの役者よりもはるかに美形だが、意外にも薬師である。しかも薬師としての腕もさることながら腕っぷしも強い。
道行く女性達は色めきたち、顔見知りからは次々と挨拶の声がかかる。夢竜という青年はそれに軽く挨拶を返しながら道を進んでいく。こんなにも有名なのだが、街を出た後の彼について知る人は誰もいない。しかし「花街・花の男衆」の筆頭で、警備総司令官であり、さらに領主の三男である柢王元帥が古い友人だと言うので取り立てて不審を抱く者はいなかった。
 さて、夢竜は彼の薬を扱っている店のうちの一軒である茶屋へ入っていった。ここでは酔止めや胃薬を置いてもらっている。暖簾をくぐると算盤を弾いていた女将が顔を上げた。
「おや、夢竜さん」
夢竜は挨拶もそこそこに切り出した。
「女将、吾が昼間、薬を卸した時に指輪を落としていかなかっただろうか?金色の」
「指輪?見ていないけどねぇ」
女将は従業員達を振り返るが皆、首を横に振った。
女将は眉を上げた。
「良い人からのプレゼントかい?」
「いや、形見なんだ、母の」
「そりゃあ、大変だ」
女将は気遣わしそうな表情で見つかったら声を掛けると約束をしてくれた。夢竜は礼を言って外へ出た。

「ここではないか・・・」
暖簾を背に桂花は呟いた。
『これ、やるよ』
そう言いながら指に嵌めてくれた。口調は軽く、でもとても大事そうに手を取って。そして柢王は中指に収まった指輪の上から愛しそうに紫微色の指を撫でた。
桂花は「夢竜」の淡い褐色の指を、大切な記憶をなぞるようにそっと撫でた。
柢王からもらった物達で、桂花にとってどうでも良い物など一つもなかった。愛しい記憶が詰まっているものばかりだから、一つも失くしたくはなかった。
必ず見つけなければ。今日寄った店には全て行ってみよう。
桂花は、今は漆黒の髪を背に払うと通りへ出た。
すると
「あら、ごめんなさい」
話しに花を咲かせながらそぞろ歩いていた若い芸妓達の1人と肩がぶつかってしまった。
「いや、こちらこそ」
桂花は軽く会釈を返すと、再び歩き出した。背後では
「きゃー、夢竜さんよ、夢竜さん!」
「すっごい近くで見ちゃった」
「素敵よねー」
彼女達のはしゃぐ声が響いていた。
指輪のことで頭が一杯であった桂花の耳に、彼女達の他愛ない話し声が飛び込んできてしまったのは、話題が自分の恋人のことであったからかもしれない。とにかくそれが意識の間を縫うように届いてしまった。
「そう、それでさっきの続きなんだけど。この街に柢王様の子がいるらしいわよー」
「えぇ、本当に!?」
「芸妓が生んだ子なんだって」
思わず桂花の足が止まった。振り向く衝動を何とか堪えたが、足は前へは動かなかった。指輪から、意識は完全に彼女達の話しの方へと移ってしまっていた。気が付くと桂花は木の陰へ寄っていた。
 芸子達は桂花のいる木の側で立ち止まって話しを始めた。
「じゃあ、その子供は王族の血を引いているってわけね」
興奮気味な1人に向かって、もう1人が呆れたように言った。
「でも芸妓の子じゃ仕方ないわよ。所詮、身分違いじゃない」
「そうよー。そんなもの一夜の夢に過ぎないわよね。こんな所じゃよくある話しだもの。期待する方が馬鹿なのよ。それくらい分からなきゃ」
「まぁね。じゃないと惨めなだけよね」

身分違い・・・。一夜の夢・・・。惨め・・・。

彼女達の無邪気な声の一つ一つが桂花の胸に突き刺さる。
まるで自分のことを言われているように思えた。

桂花はゆっくりと息を吐き出した。

 あの人の足だけは引っ張りたくない。そうするにはどうすれば良いかをいつも考えていたが、とんだ欺瞞だ。最良の方法を知っているのに、それを無視して必死に頑張ってきた自分はなんて滑稽なんだろう。
 噂の的になっている、顔も知らない芸妓を思った。彼女はどうしているだろう。王族で、元帥で、花街の花形である男の子供を産んだことに有頂天になっているのだろうか。それとも現実を思い、一人で惨めさを噛み締めているのだろうか。

身分違いの恋なんて、幸せだと思えてもそんなものは一夜の夢。
眠りにしがみ付いたところで夢は必ず終る。
ちゃんと分かっていたはずなのに、柢王との時間があまりにも幸せだったから。
けれど朝は必ずやって来る。
朝日は隈なく、残酷なほどに全てを明らかにする。
 
 柢王を幸せにする方法はとんでもなく、簡単なことなのに。
それをしなかったのは、彼のことを1番に考えているフリをしながら、実は自分の幸せのことしか考えていなかったからなのだ。

― 吾は柢王の人生を台無しにするところだった・・・。

桂花は唇に苦い笑みを刻んだ。
「愛」を言い訳に1番大切なものを壊してしまうところだったのだから、そのきっかけを与えてくれた芸妓の親子には感謝すべきなのかもしれない。
『あなた、芸妓に子供を産ませたそうですね。吾はそんな男と一緒に生きることはできません』。
あの人だって何も言えまい。まぁ、王族の子供ならその霊力で真偽はすぐに分かるが。しかし今の桂花にとってその子供のことはどうでも良かった。願わくは柢王がその子供を認知して親子で幸せに暮らすという展開はやめてほしいけれど。しかし、そんなことを願う資格は自分にはないのかもしれない。
 いつの間にか若い芸妓達の姿は消えていて、夢竜の姿をした桂花は1人木に凭れていた。
「吾は大丈夫だ。もともと1人で生きてきたんだ」
以前、柢王に言った言葉を呟いた。
嘘じゃない。本当だ。1人には慣れている。
あの指輪だって、簡単に失くしてしまうのだからもしかしたら自分が思うほど、思い入れはなかったのかもしれないし。
無理矢理そんな言葉を引っ張り出してみて、無理矢理頷いた。
本当に納得しているのか?という心の声は、納得する、しないの次元ではないという言葉で塞いだ。
平気だ―、平気だ―。
溢れ出しそうな感情を塗り潰すように心の中で繰り返しながら桂花は木から離れ、花街の門へと歩き出した。

もう、指輪を探す必要はなかった。

 家に戻ると桂花は夕飯の支度を始めた。話しは夕飯の後にしようと思った。腹が減っているとあの人は冷静に聞いてくれないだろう、という自分でも馬鹿馬鹿しいような理由で夕飯の支度をしている。いや、食事を作っておいてから仕度をしよう、そしてあの人が帰ってくる前に出て行けばよい、何を未練がましく先延ばしにしようとしているのだ、今すぐ手を止めて、荷物を纏めるべきだ ―。心の中で錯綜する声とは裏腹に、紫微色の手は手際よく料理していた。
 その時、桂花の横を爽やかな風が通り抜けた。
同時に長くて剛い腕が桂花の細い身体をギュッと抱きしめた。
「いい匂いだな。今日の晩飯は何だ?」
呑気な声が顔のすぐ横から聞こえて、頬を黒髪がくすぐった。
柢王が桂花の肩に顎を乗せて、鍋の中を覗きこんでいた。
「ただいま、桂花」
振り向いた桂花の唇を柢王は軽く啄ばんだ。
「・・・おかえりなさい」
桂花が返事をすると、恋人は嬉しそうに笑った。そんな顔を見ると決意が揺らぐ。やっぱりやめよう、と思いかけた時、「惨めなだけよ」という芸妓の華やかな声が甦ってきた。
「柢王」
「ん?」
首を傾げた柢王と視線が真っ直ぐぶつかった時、桂花の唇から零れたのは、家路の途中で散々考えてきた、どの言葉でもなかった。
「あの指輪、失くしてしまったんです、あなたがくれた」
なぜ、と思った時はもう遅かった。柢王は目を丸くしている。
「だから・・・」
桂花は自分の服をギュッと掴んだ。予定外のことを先に言ってしまったがまだ間に合う。
桂花は今度こそ言おうとしたけれど、言葉は何も出てこなかった。用意していた、柢王を切り捨てる言葉は一片も思い出せない。その代わり、涙だけが後から後から溢れてきた。

 柢王は桂花を抱き寄せた。
「何、泣いてんだよ、全く」
「泣いて・・・なんか・・・っ」
「馬鹿だな、桂花は」
本当に馬鹿だと思う。あれだけ考えたのに柢王の顔を見た瞬間に全部消し飛んでしまうなんて。
「何を失くしても、また手に入れればいいじゃねーか。俺は何度だってお前に渡す」
そして柢王は桂花の肩を掴んだまま腕を伸ばして顔を覗き込んだ。
「それにそんなに大事にしてくれてたなんて、スゲー嬉しいよ」
「柢王・・・」
さっきとはまた違う感情に桂花の胸が詰まった。
 柢王は桂花の髪を優しく撫でた。
 
 泣いている桂花を見て嬉しかった。
自分が与えた物をそこまで大切にしてくれていたこと。そして失うことに慣れたふりをすることが上手くなってしまっていたのに、失くしたことに対して、悲しいと思い、その感情を自分に見せてくれるようになったことが。
宝石のような容姿で甘えるふりをして、相手の心を思いのままに蕩けさせることはあっても、桂花の心はいつも固く凍えていた。
今はまだ、完全とは言えなくても心を預けてくれる程度には信頼してくれるようになったと思ってもいいだろうと柢王は思った。
柢王の手が桂花の頬を包んだ。紫水晶の瞳が真っ直ぐ柢王を見ている。
自分も桂花の全てを見失わないようにずっと傍にいようと思った。

2人の顔がゆっくり近づいた。

―と、その時。

バサバサっという忙しない羽音が優しい静寂を破った。と、同時に冰玉が窓から飛び込んできた。そして桂花の方へ一直線に向かってくる。嘴には光る物がある。よく見るとあの指輪だった。桂花は思わず叫んだ。
「冰玉、どこにあったんだ!?」
冰玉は桂花の肩に止まると、得意げに羽を広げてピィと鳴いた。愛鳥の言うことは何となく分かる飼い主達であったが、残念ながら例外はある。
桂花はさっさと柢王の腕から抜け出ると冰玉を抱きしめた。冰玉も嬉しそうにピッピチュと囀って桂花に小さな頭を摺り寄せた。

 良いところで放り出されてしまった柢王は空になった腕と恋人とを見ながら、何だか素直に喜べない気分であった。


[←No.188〜192] [No.193〜197] [No.198〜202→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21