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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.163 (2007/12/01 12:29) title:PECULIAR WING 9 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

THE REASON TO FLY

『リンギング・イット・オン!』
 酸素マスクにいくぶんかくぐもったリーダーの声が、無線から曲芸飛行の開始を告げる。
 上空に並んだ青いイルカたちが、ギューーンと音を立てて視界を大きく右から左へ流れる。真っ白なスモークを後になびかせて、
4機揃って傾く翼は誰一人遅れない。進行しながら追い越し追い越され、下の機体がいつのまにか上に下に。時速800kmのその自由な
動きに見上げる一同の首は仰け反り、右左する。
 青空いっぱい自在なカーブの跡を残した後で、機体はいきなりこちらへ翼を見せて、ダイヤモンドの形で垂直に上空へ。
『ブレイク・スルー!』
 ドオーンと鋭い音を立てたとたんに、突然、スモークの跡が放射線状に広がった。真っ直ぐに下に、そして急カーブで上に。
扇を上下に広げたように白い軌跡を残して二手に別れ、今度は斜交いに上と下からS字を描く。スモークを止めて離れる機体の後には
大きく空に書かれた『8』の文字。レター・エイトと呼ばれる飛行だ。
 そのまま今度は靴紐を結ぶ時のように、二列の機体が相手方の斜めをすり抜けすり抜けで、空には大きな網目模様が描かれる。
その眺めに、天界航空一同はため息をついた。
「なんかマジですごいんですけど」
 旅客機の巡航速度とほぼ同じ速さで、翼を揃え、優雅に飛行。かと思えば、縦にスモーク引かせた機体が、花火がパッと開くように
四方に飛び散るアキュート・ターン。柢王があきれたような声で言うのも無理はない。鋭角度方向転換は戦闘機ならではのもので、
もとから速度が上がれば旋廻角度は広くなるのが常識。高速で走る車がいきなり真横にカーブしようとしたらスピンするのと同じことだ。
ましてや機体の周囲には常に音速に近い気流が流れていて、下手に近づけば隣りの機体が操縦不能になることだってあるのだ。
 旅客機であんなアキュート・ターンを試したとすれば、最悪機体が横Gでぽっきり折れる。
「やっぱ軽いよなぁ。それに力もあるし」
 苦笑いのように呟く柢王の声に、羨望に似た響きを聞いた気がして、アシュレイも小さくうなずいた。
 旅客機の機長の誇りとはまた別に、パイロットとして存在するからには誰もが一度は思うことだ。あんな風に、自由自在に空を飛べたら
どれだけ胸がときめくだろう。
 アシュレイにとっては空はいつでも心をときめかせてくれるものではあるし、あの高高度のコバルトの光に満ちたコクピットは
この世のどこより自由な気持ちにさせてくれるものでもあるが。
(あんな風に飛ぶのはどんな気持ちだろう──)
 真っ青な空をキャンバスのように自由自在にかけめぐるのは、一体、どんな気持ちがするのだろう。
 心臓がどきどきしてしまうのは仕方のないことだ。
 と、そんな地上には構わず、上空をかけめぐるイルカたちは、今度は合図一下、ギューンとスモークを後方になびかせて2機がU字を描く。
その後を残りのイルカが螺旋を描いて追いかけると、空にはクリスマスのステッキを逆さに巻いていくような模様が現れる。
 そして、今度は離れた4機が下で集合、
「わっ、ローリングですよっ!」
 真っ直ぐ上に昇る過程でくるくるくるっと3回転。空には4本の白いトルネードだ。その後すぐさま、ヒューンと瀧のように落下。
地上ギリギリまで真っ直ぐ落ちて来て、息を飲んだ瞬間、パッと機首を起こし、ドォーンと今度は急上昇。四方に散りつつクルクルクルっと
竜巻模様。地上にはゴォォォンと、雷の絨毯を踏むような衝撃波が響き渡る。
 そんな技、旅客機で、出来たらミラクル、パイロットは奇跡の人だが刑事犯だ。見上げるアシュレイの頬は上気して勝気な瞳も輝いている。
 パイロットのうまいへたの規準はいくらでもあるが、機体の性能やサイズ、翼の角度などいろいろオプションはあってもメインは
間違いなく腕だ、そう言い切れるテクニックの連続技だ。
 そのアシュレイの斜め横で、ティアも頬を紅潮させてその様子に見入っている。旅客機はなじみがあっても、ショーを見る機会は
パイロットよりもはるかに少ないオーナーは、いつも地上で、金色の翼の機影を見送りながら、スタッフが安全に仕事ができるように一生懸命。
 こんな風に我を忘れた顔で、瞳を輝かせて飛行機を見るのを、アシュレイは初めて見た。
 と、4機はくるり、翼を揃えて一回転。ヒューンと視界を過ぎたと思うと、今度は二機が背中併せになったバック・トゥ・バック──
背面飛行で再びくるり。背面飛行で角度を変えて、高いところで花火のようにぱっと散る。そしてまた今度は下向きのトルネードだ。
見ている方の目が廻る。
 ふざけあうイルカのようなその機体たちが、ふいにぐーんと伸び上がる。背中併せの2機がぐーんと別れてカーブを描くと、空には
大きなハートマークが浮かび上がる。そこへ、待っていたように残りふたつがすばやいロールを打ちながら、斜めから矢を射抜く。
キューピッドだ。
「すごいよなぁ」
 柢王が隣りの桂花に囁く。桂花が瞳を細めて、
「やりたくなりましたか」
 と、柢王は肩をすくめ、
「自分ひとりならいいけど、下、客だろ。んなこたできねぇよ」
 笑顔のままでさらり否定するのに、アシュレイは瞳を瞬かせた。
 見れば、圧倒されて眺める天界航空一同とは裏腹に、ジープの周りの軍の人たちはまじめな顔で空を眺めている。無線に向って冷静な声が、
『機間が広い』
 告げるのに、無線から聞こえる声も冷静に、
『4番機、間を詰めろ。もう一度だ』
 と、ギュィーンと音を響かせたイルカたちは揃って旋廻。再び、大空に大きなハートと矢が描かれるのを、地上の人たちは真顔でチェック。
なにやら書類に書きこんでいる。
 その姿に、アシュレイはそうだったと呟いた。ここへ来たのは物見遊山のためじゃない。少なくとも、ただそれだけのためではないのだ。
 航空ショーの演目は、もともとパイロットがその戦闘に必要なテクニックの粋を凝らしたもので、始めにショーありきの特別仕立てな
わけではない。コンマ一秒が生死を分かつと言われる世界で、速すぎる速度も高すぎる技術もないだろう。間違いなしにすばらしいと
絶賛される技術が、絶対の命の保証にはならない世界を、あの翼たちは飛んでいるのだ。
 複雑な思いで顎を上げると、ふとまた隊長と目が合う。思惑があるのかないのか、落着き払ったその顔に、
「あの…、あのパイロットはどうなったんですか」
 思わずそう尋ねると、隊長はこともなげに、
「氷暉は営倉にいます。来週コート・マーシャルで処遇が決定されるまでは営倉にいるでしょう」
 早い話が禁固刑。軍法会議、とは正確には簡易裁判で、その決定は軍にいるものには絶対だ。
「……聞いてもいいですか」
 アシュレイは辺りを確認してからそう尋ねた。身内は空を見上げているし、軍の人たちはアシュレイには無関心、というより、
飛行に集中していてこちらの話に聞き耳立てる様子もない。
 隊長も無線係に何事かささやくと、アシュレイを向き直り、
「あなたには知りたいことがあっても不思議だとは思いません」
 言われたアシュレイは息を整える。
 自分とは異なる現実に身を置く人の落ちつきは、しかし、アシュレイには関係のないことだ。自分の真実は自分にしか決められず、
他人の重みを背負うことはできないし、背負ってはならない。だからこそ旅客機のパイロットには覚悟がいるのだ。客の安全が大事なら、
客にどんな事情があろうと飛ばないと言い切る必要があることもあるから。
 だからそれと同じ理由で、
「俺はニア・ミスのことをいま蒸し返すつもりはありません。それに、俺もあいつがすごいのはわかります。でも、俺だったらあいつのような
奴とは飛べません。それをみなさんが平気なのは、あいつがうまいからというだけの理由なんですか」
 失礼は百も承知だ。だが、今後もこの島の空を飛ぶなら聞いておかなければならない。毎回、軍に避難する度に撃墜されるかと思う
フライトを客に与える事はできない。この隊長だってそれを心配してくれたから招待した、はずなのだし。
 と、隊長はその榛色の瞳でアシュレイの顔を見つめ、
「わかりますよ、私でもあいつと並んでは飛べませんから」
「ええぇーっ」
 幸い、叫びは轟音に消されたものの、アシュレイの仰け反りは戻らない。隊長なのにそんなこと言うっ? と、隊長は続けて、
「ただその理由のひとつには、私では足手まといが確実だ、というのもありますが。うまければいい──我々の価値観をあなたが
そう思われる気持ちもわかります。軍は確かに、技術よりも心が大事だと言えるような世界ではありません。ただ、私がヤツを飛ばせたいのは
別の理由からです。機長は氷暉の顔の傷をごらんになりましたか」
 聞かれて、アシュレイは、ああと思い出した。確か右目の上から頬にはっきりとした……。
「あれは喧嘩かなにかの傷じゃないんですか」
 思わず言ったアシュレイに、隊長は笑って、
「私も初めて会った時にはそう思いました。なにせヤツの態度の悪さは当時から折り紙つきでしたからね。ですが、あの傷は私情によるものでは
ありません。あれは空爆で倒壊した建物の下敷きになった時の名残です」
「空…爆?」
「ええ。氷暉がまだ少年の頃──かれの家族は当時、隣国との関係が緊迫化していた国に住んでいました。ある春の夜、街は突然の空爆を受け、
かれの両親を含むたくさんの死者が出ました。かれとかれの妹さんは瓦礫の隙間に守られて一命を取り留め、重傷のまま祖国に送り
戻されたのです。それからの長い病院生活の間で、かれがなにを考えたかは私の知るところではありません。ただ、かれはその後、
軍に入り、ヴィルトゥオーゾと呼ばれるパイロットとしていま、ここにいます」
 機長、と、声の出せないアシュレイに、隊長は静かな声で続けた。
「うまいパイロット、では、軍では不充分なのですよ。戦闘機がその一生に一度も敵と闘うことなく終われるのなら、それは幸せなことです。
ですがファイターがそれを前提に存在することは許されません。氷暉はコクピットにいるとき、自分がなんのためにそこにいるのかを
本当に理解しているパイロットです。自分のそのフライトがリハーサルではないことを、もしも自分が撃ち落されたら、仲間に、
そして地上になにが起きるかを、本当にわかっているエースです。そして私もチームのメンバーも、そのことだけは間違いなく
承知しています。だから我々はかれを飛ばせるし、かれと飛ぶことができるのですよ」
「…………」
 アシュレイは息を飲んだ。炎天下、頭上で自在に泳ぐイルカたちをよそに、淡々とした言葉で聞くべき話ではない話。自分が聞いても
いいかもわからない話に、ただ息をついて──何度も息をついてようやく、
「……だから、あいつは俺のこと、ちんたら飛んでるとか言ったんですか……」
 尋ねたアシュレイに、隊長は肩をすくめて、
「あいつが何を考えて言ったのかは私には理解できませんな。あいつの口の悪さは筋金入りですから。ただ、あなた方がおっしゃるような
安全なフライトを、もしファイターが馬鹿にするのであれば、それはファイターの方が間違っています。楽しく平和な空の旅──
そういったものを実現できる地上こそが、我々の護るべきものなのですからね」
 言うと、通信係に目をやり、失礼、とアシュレイに断ってそちらに戻っていく。
 アシュレイは頭と心の整理が出来ず、その場に立ち尽くしていた。
 そんなアシュレイに気づいたティアがこちらへ来る。
「どうしたの、アシュレイ、真っ青だよ!」
 心配そうなその顔に、アシュレイが口を開きかけたその瞬間──


No.162 (2007/11/09 15:08) title:氷苺
Name: (l016004.ppp.dion.ne.jp)

「う〜・・」
 痛む腹部をさすってアシュレイがうめいている。
《まだ痛むのか。守天殿に治してもらったんじゃなかったか?》
「夕べはよくなったと思ったんだ、でもまた・・ィテテ」
《また守天殿に手光でも当ててもらえばいい》
「あいつ今、会議中だ」
《なら我慢だな。ここで下手に俺が治して、守天殿の怒りを買うのはゴメンだ》
「〜〜〜〜氷暉の弱虫・・・・うぅ〜なんか、寒くなってきた」
 鈍痛に顔をしかめ、アシュレイはベッドに深くもぐりこんだ。
 それからしばらくの間「使えねぇ奴だ」とか「冷血魔族」とか、言いたいことを言っていたが、やがてその独りごとが止み、辺りが静かになる。
 様子を見ようと氷暉は彼の汗と共に外へ出た。
《寝たのか》
 鼻がつまっているのか口で息をしている顔は紅潮している。呼吸も速く、胸が大きく上下していた。
《かなり熱が上がってきたな》
 守天でなくても、使い女が来てくれれば・・・・いや、彼女たちは呼ばない限りこの部屋に入ってくることはないだろう。
 サイドテーブルに置いてある水差しから、氷暉はひとくち分の水をアシュレイの口元へ運ぶ。
「・・ん」
 ほんの少量、注いでやると焦れたアシュレイが赤い舌を出して催促してくる。
「もっと・・・くれよぉ・・・」
《待て、少しずつだ。慌てて飲むと咽る》
 氷暉がそう言うと、不満そうに口を尖らせたもののアシュレイはこくりと頷いた。
 勿体をつけるつもりなどなかったのだが、意識の朦朧とした彼が、水が欲しいあまりに自分の言うことをきくのが面白く新鮮だ。
《もっと欲しいか》
「・・・・くれ・・」
《ください》
「・・・くだ、さい」
 気を良くした氷暉が再度水を含ませてやる。
 アシュレイはわずかしか与えられない水に痺れを切らして半身起こそうとしたが、すぐに倒れこんでしまった。
《無理をするな。ホラ、もうひとくちだ》
 ドサクサに紛れその熱い唇を盗んだのだが、当の本人は全く気づかない。当然といえば当然のことだろう、水なのだから。
 それをいいことに、氷暉は何度も彼の唇に触れた。
《―――――もういいか?》
「ん・・・・・カキ氷食いてぇ・・・」
《腹痛のくせに何を言ってる》
 分かってるけど食いたい。とぼやいて、アシュレイはそのまま小さな寝息をたてはじめた。
 無防備な寝顔を見つめていた氷暉は水差しの横に置いてあった手巾に水を浸すとアシュレイの額にのせてやる。
 看病をするなど、久しぶりの事だった。昔は水城の具合が悪くなった時こんな風に面倒を見ていたが。
『・・・水城・・』
「・・・・だいじょぶ・・・俺が・・・朱光剣で・・・・・」
 起きていたのか?と、驚いて顔をのぞき込むが変わらず寝ている。
『まったく、お前という奴は』
 破顔して、氷暉はそのままティアが戻ってくるまでアシュレイの枕もとにいた。

 1時間後。
「アシュレイ!また具合が悪くなったの?!・・・・熱があるね。気づかなくてごめん・・・・ああ、すごい汗。枕までビショビショだ―――――すぐ楽にしてあげるから着替えようネ♪」
嬉々としてアシュレイの服を脱がしにかかる守護主天に、なんとなく胸がむかつく氷暉なのであった。


No.161 (2007/11/06 14:00) title:数日遅れのハッピーデー
Name:碧玉 (210-194-222-34.rev.home.ne.jp)

「―――にしても忍も奇特だよね。俺だったらバックレちゃうよ」
 昨日は二葉の誕生日。
 けれど当の二葉はちょっとしたアクシデントから二日前に渡米。
 特別な日だったから同行したかったのだけど、俺にも外せない仕事があり断念した。
 小沼中心の内容だったからヤツは何とかすると言ってくれたのだけど、公私混同は一社会人として嫌だった。
 二葉の誕生日を一緒に祝えないのは出会って以来初めてのことだ。
「誰の所為だよ」
 小沼の言葉に脇のソファで雑誌をめくっていた悠がとがめる。
「わかってるっ」
 悠に噛み付くように返した小沼だったけど、俺には悪いと思ったらしく「ごめんね」と小さくつぶやいた。
「いいんだ。これから先を考えたら自分のスタンスはしっかりしなくちゃ。それに小沼をほっぽって駆けつける俺なんか二葉は望んじゃいないよ」
「そうだよねっ!! 仕事には責任を持たなくっちゃ。 それに大地は続いてるんだもん、場所は違えど忍の気持ちはバッチリ伝わってるって」
 殊勝な殻を見事にかち割り小沼は意気揚々言い募る。
 責任・・・責任ねぇ。数秒でまったく逆の意を力説するおまえに言われるとは。
 苦笑する俺の内心を悠は淡々と口に出した。
「支離滅裂。意味不明。―――それに言うなら空だろ、地はしっかり海に阻まれてる」
「うっ、海の底には地面があるもんっ」
 勝てるわけないのに懲りずに小沼は応戦する。
 でもこの悠の毒舌は好意なんだ。
 証拠にちゃんと返してる。
 以前は理解できなかったことだけど、今ではスンナリ受け止めるられる。
 そんな二人のやり取りをぼんやりと眺め、俺はコーヒーをすすった。
「ふぇーーーん」
 白旗を挙げた小沼が俺に泣きつく。
 よしよしと小沼を慰めるのも毎度のこと。
「長居すると馬鹿がうつる」
 そんな俺たちに厭きれた視線を流し、悠は仕事道具入りのボストンを肩にかけ扉に向う。
「お疲れ様」
 その背に慌てて声をかけると、応じるように片手を上げ悠は姿を消していった。
 あれ?こいつは?―――小沼置いてっちゃうの?
 俺が小沼を送れない時は悠が世話を焼くのも習慣になりつつあるのだけど。
 変だな?と俺は首をひねる。
「それより、ね。何にしたの? プレゼント」
 置いていかれた本人、小沼はそんなの全くお構いなしに期待に溢れる目を俺に向けている。
 まるで自分がプレゼントをもらうみたいだ。
「う――ん。今回はプレゼントは用意してないんだ。その代わりモーターショーによるつもり。幕張だったら成田からすぐだし、スーパーカーはもちろん、ハイブリッとカーやエコカーにも興味あるみたいだし」
 この後、帰国する二葉を成田まで迎えにいく帰りの予定と、明日、明後日の休みは二葉の好きにしてやることがプレゼントだと小沼に話した。
「ヘッヘッへ、そう来ると思った♪ ジャジャジャジャ―――ン!!」
 小沼は自分で発した効果音と共にリボン付の封筒を俺に差し出した。
「なに? わっ、これ!!」
「そ、ベイエリアの宿泊券と『東京モーターショー2007』の前売りチケット。ちゃ〜んと予約も入れてあるよ〜ん」
「―――よく取れたね」
 それは俺が昨日満室を理由に断られたホテルだった。
 モーターショー開催中だし、ベイエリアの中でも指折りのホテルだから仕方ないと諦めていたんだ。
「まっかせなさい♪ ―――って言いたいとこなんだけど、実は悠のコネなんだ」
「悠の?」
 そりゃ悠ならコネの一つや二つ間違いなくあるだろう。けど・・・
 あ、もしかして・・・。
 だから?
 さっさと帰ったのは照れ隠し?
 俺の思考が通じたらしく「素直じゃないよね〜」と小沼は笑う。
 らしくない悠の行動に胸が熱くなった。
 そんな二人の厚意が嬉しく、早く二葉に会いたくて、じっとしてられず俺はコーヒーを置き立ち上がった。
 迎えにはまだ早い。空港で数時間は待つことになるだろう。
 でも、いいんだ。二葉のことを思っていたら時間なんてすぐ経ってしまうに違いないから、いや足りないくらいだ。
 笑顔の小沼に見送られ車に乗り込む。
 ハンドルを握りながらも微笑が浮かぶ。
 二葉に会ったら、
 二葉に会ったら、こう言おう。
『おかえり』そして『ありがとう』と。
 祝いの言葉よりも先に感謝を伝えたい。
 生まれてきてくれて、ありがとうって。
 二葉は驚いた顔をするだろう。
 でも、きっと言うんだ『サンキュウ』って。
 抑えても抑えても溢れ出す心を纏い、俺はアクセルを踏み込んだ。


No.160 (2007/11/03 22:22) title:降臨
Name: (228.239.150.220.ap.gmo-access.jp)

 月明かりに照らされて、銀の波がゆれる。
 欠けてゆく月は、それでもまだ足元を確認するにはじゅうぶんだった。
 戯れにススキを一本手にしたアシュレイは、ひんやりとした風を吸いこむ。
 色とりどりの花を楽しませてくれる春やさわやかな夏もいいが、自然界が小休止に向かうすこし前の、秋という季節も過ごしやすくて好ましい。
 ここに来る前、天主塔に行ったらティアから嬉しい情報が入った。
「実はね、転生したアランとハーディンが一緒に日本の平城京にいるんだよ。」
「一緒にっ!?なんで?親子なのかっ」
「いや、仕事仲間みたいだね」
「仕事・・・鍛冶師か?アランも?」
「ちがうよ、ハーディンは仏師でアランは画師」
「ぶっし?」
「御仏を彫るのが仏師。画師のアランはそれに色づけをしてるんだ」
「へえ・・・・・ハーディンは刀剣を打つかと思ってた」
ちょっぴり残念そうなアシュレイの声に「鍛冶師じゃないけどとても優れた職人になったんだよ」とティアは穏やかにほほ笑む。
「そっか。職種が違ったとしても、あいつやっぱり腕のいい職人になったんだな。俺、見に行ってみる。アランにも会いたい」
「それはダメ。分かってるよね?必要以上に人間に関わってはいけない」
「・・・・・ほんのちょっと、遠くから見るだけでも・・・・・・ダメか?」
 上目づかいで首を傾げるアシュレイに、ティアはグッと息を飲む。
 計算なのか、天然なのか。ティアは警戒しながら恋人を窺った。
「・・・・・彼らに関わらないと約束できる?絶対に遠くから見るだけ?」
「見るだけだ」
「もし約束を違えたら一晩・・いや、二晩かけておしおきするよ?」
「・・・・仕置き?」
 半ば察しているようすで不安そうに自分を見るアシュレイがかわいい。
「言わなきゃわからない?じゃあちょっと実践で説明してみようか・・・・・アシュレイッ!」
 目を通していた書類を伏せ、イスから腰をあげたティアより先に彼はバルコニーへ飛んでいた。
「ようす見たらすぐ戻るからっ」
「こらっ!まだ承諾してないよっ!」
 もうジッとなんかしていられない。二人に会いたい。
(ティアだって、俺がこんなこと聞いて大人しくしてられないことくらい判ってるはずだ。それを承知で言ったってことは・・・遠目なら構わないってことだろ)
 自分に都合のよい方へ解釈して、アシュレイは人界まで来た。
 今までも、亡くなってしまった部下たちの転生をこっそり見てきたのだ、あの二人には特別な思い入れもあるからなおさらの事だった。
 しかし、平城京にいるというところまでは聞いたが、それ以上の詳しい情報がわからない。
 しかたないので人間に変化し、聞きこみ捜査を始めようとしたのだが、転生を果たした二人の名も知らないのだ。これでは尋ねようがない。
「もっと詳しいこと聞きだしてからくればよかった・・」
 落胆したまま荒野を歩いていくと、小屋がいくつか並んでいるのが目に入った。
 灯りがともっている、誰かいるようだ。
 もしアランたちなら転生したとは言え、そうと判る自信があるアシュレイは、足を忍ばせながら近づいていった。
「そんな都合のいい事ねぇだろうけどな・・・・・・ん?」
 自分よりはるか高く伸びた大木に、奇妙なものがぶら下がっているのに気づき目を凝らしたが、ちょうど月が雲にかくれて見えなくなってしまう。
「魔族の気配・・」
 アシュレイが顔をしかめると、背後からとつぜん腕をつかまれた。
「!」
「こんな時間にどうした?何か用かい?」
 一瞬、この男が魔族か?と身構えたが、彼から魔族の気配は感じられない。人間だ。
 月がふたたび姿をあらわす前に変化してしまおうとしたその時、小屋の中から別の人物が出てきた。
「万福、戻ったのか?悪いがこの部分の色をもう少し――――誰だ?」
「秦、こんな夜更けに子供がひとりでいたんだ。中に入れてやろう」
 燭台を手に小屋から出てきた秦という男の方へ見せるように、万福と呼ばれた男がアシュレイを押し出すと、覆っていた雲が途ぎれ月が顔をだした。
 それを合図にしたかのようなタイミングで、空から黒い物体が落ちてくる。
「下がれ!」
 アシュレイが二人を小屋の方へつきとばし、その前に立ちふさがる。
「魔族・・・・?だよな、こんなデカイの・・グロ過ぎる・・」
 巨大な黒い芋虫。所々に黄色や赤の点がある。
「・・・・、こっちまで来たのか、化物め」
 秦がひっくり返ったままうめいた。
「なにっ?よく出没するのか―――――・・・って、お前アランかっ!?・・ハーディンも!」
 こんなに都合のいいことが!?
 転がっている二人を見て、アシュレイは魔族の出現よりも胸が高鳴る。見まちがえるはずもないくらい、二人の面影はそのままだった。
「つい先日、山向こうの里を襲ったやつだ」
 立ちあがった万福=ハーディンがアシュレイの手を引きよせ、自分の背後にやる。
 秦=アランも、庇うようにアシュレイの前へ出る。
「二人とも・・・変わんねぇな」
 姿形はもちろん、とつぜん現れた素性も知れない自分を庇おうとする人の良さも変わらない。
「いっきに片付けてやる!」
 切るより業火で燃やしてしまった方がいい。そう判断し、二人の制止を振り切って芋虫に火を放とうとしたとき、黄色や赤の点々からビュッと液体がアシュレイ目がけて飛び出した。
「わぁっ!?」
 ぬるりとした臭い液体にアシュレイが狂ったように跳びはねる。体中がピリピリと痛い。
「くせぇっ!くせーっ!!鼻が曲がるーっイ、イテッ、イテテ、なんかしみるーっ」
 暴れるアシュレイを小屋の方へ引きずり、ハーディンが叫ぶ。
「秦、(アラン)水を!」
 息がうまくできなくて、アシュレイはもがきながら倒れてしまった。
「せーの!」
 小屋の前に置いてあった大瓶を二人で斜めにすると、勢いよく水がこぼれてアシュレイについた液体を洗い流してくれた。
 自分たちの衣でずぶ濡れになった体を拭いてやると、ようやくアシュレイは大人しくなった。
「う・・・・」
「逃げよう、早く逃げないとまたやられるぞ」
アシュレイの脇を肩で支え、引きずるように小屋の裏まで逃げようとする二人。
「待て・・・今度は大丈夫だ、俺に任せてくれ・・」
 成り行きで関わってしまったが、あとで二人に忘却の粉をふればいい。そう思って、アシュレイは空へ飛んだ。
「!!」
 鳥のように、小屋よりも高く宙を舞う少年を見て、ハーディンとアランが息を飲む。
 アシュレイは、標的を逃がさぬよう四方にまやかしの火をうってから、業火を放った。
 芋虫は火だるまとなり、燃え広がる心配もないほどわずかな時間で溶けるように姿を消した。
 それを見届け、アシュレイは胸元の忘却の粉を探る。せっかく会えたのだ、本当はもっと一緒にいたい、話したい。
複雑な思いでそれを取りだすと・・・・。
「・・・マズイ・・・・・仕置き決定だ」
 さっきかぶった水によって懐紙に包まれた粉はべったりと固まり、使いものにならない状態になっていた。
 かといって、開き直って二人と話すわけにはいかないので非常に心残りだったがアシュレイはすぐに姿を消すと、遠見鏡の向こうで見えない角を生やしているであろう恋人の元へと急いだ。
「なんだったんだ・・・あの子は・・・」
 呆然とつぶやいたハーディンの背を興奮したアランがたたく。
「あれはっ!あのお方はっ!今、我らが制作している天竜八部衆、阿修羅さまではないのかっ!?」
「阿修羅・・・・・まさか!?」
「きっと、そうだ!あの燃える炎のような髪や瞳・・・それにあのような見事な細工の腕釧や胸飾を見たことがあるか?・・・・なにより宙を飛んでおられた・・・」
「阿修羅王は・・・・あのように可憐な少年であったか」
 二人は依頼を受け、ちょうど阿修羅像の制作にとりかかっている最中であった。
 檜の一木造で、体格のよい阿修羅像を作っていたのだが・・・いま目にしたその姿は線が細く、少年か・・・下手をすれば少女のようなしなやかな体つきであった。
「あの不気味な虫を退治し終えた後の、何とも言えぬ憂いの表情。世を果敢なむような瞳。ああ、なんという繊細で美しい・・・・決めたぞ、秦(アラン)・・・・阿修羅像は檜を使わずに仕上げる」
「完成間近だというのに?」
「作り直す。脱活乾漆だ。あのしなやかさ、あの身軽さを表現するには一木造りではダメだ」
「・・・・そうか・・・そうだな。では、俺も色をつくりなおそう」
 二人は興奮冷めやらぬまま、新たな阿修羅像の制作に取りかかった。
 その後。
 その秀でた技術を駆使した二人により、他に類を見ぬ少年阿修羅像が仕上がった。
 左右相称で直立し、憂いの表情を浮かべた阿修羅像を前に、人々は合掌せずにはいられないという。
 争いのない世界を願って。


No.159 (2007/10/21 22:20) title:宝石旋律 〜嵐の雫〜(16)
Name:花稀藍生 (p1027-dng58awa.osaka.ocn.ne.jp)


 ・・・・・・・・カシャン チリリン ・・・ ・・・
 遠くで、水晶の転がる音がする。
 不思議な音色を響かせるそれは、聞く者が聞けば快い音として微笑むだろう。・・・だが魔
刻谷の底で身を寄せ合うこの魔族の兄妹にとっては、背筋を震わせるほど恐ろしい音としか
聞こえない。
 氷暉は長く息を吐いて体の力を抜いた。
「・・・大丈夫か、水城」
「・・・・・全身であたしを庇っておいて、何を言っているの?氷暉こそ大丈夫なの?」
 抱き込まれた腕の中からごそごそと動いて腕を伸ばした水城が、確認するようにそっと氷
暉の背を撫でる。
「・・・ものすごい力だったわ。 中継の切断があと少し遅かったら―――」
 氷暉の背に腕をまわした水城がかすかに震える声で言った。
「・・・衝撃波の余波もな・・・。衝撃が後少しでも強ければ、水晶の雨霰だったろう。地中だか
ら助かったんだ。・・・が、さっきの黒髪の攻撃で、あちこちがゆるんでいる。次に同じよう
な衝撃を喰らったら―――」
 目を開けば 禍々しいほど赤い光を放つ水晶群の連なり。
 深紅に沈む魔刻谷の底で身を寄せ合う魔族の兄妹の目には、ただ、ただ恐ろしいものとし
か映らない。
 天界人には清浄の証。 だが魔族には――――
 水城が無言で背にまわした腕に力を込めた。
「・・・これからどうするの、氷暉? 中継は途切れてしまったし、なんの指示もないわ。」
「・・・さあな」
 氷暉はかすかに苦笑した。
 水底の修羅達を統べる魔王の考えなど、氷暉にはわからない。
 おそらく今回はただの様子見と言ったところだろう。 天界の武将の力量をある程度見極
められた事でもあるし、帰還命令が出ればそれで良し、氷暉は、命令に従うだけだ。
 だが闘いになれば、妹を危険にさらす事は極力避けねばならない。
(・・・やはり来させるべきではなかったか)
 だが、安全な場所など、どこにもありはしないのだ。
 天にも 地にも――――死んだあとですら。
 ふいに氷暉が顔を上げた。
「・・・氷暉?」
「――――来る」
 
 そして 天主塔の執務室。
「・・・アシュレイ」
 遠見鏡に張りついて一歩も動こうとしないティアの背中を半ばあきらめ気分で見つめつ
つ、桂花は拾い上げた書類を分別し、執務机に並べ終えた。
 守天が遠見鏡に張りつく程心配なのは、遠見鏡に映し出される画像がひどく荒れているせ
いもある。思うように映し出せないばかりか、時折かすれたようなスジが遠見鏡の画面を断
ち切るかのように何本も入る。心配でないはずがない。―――とはいえ、張りついたところ
でそれが改善されるわけではないのだが。
「・・・守天殿、少し休んで下さい。お茶をお入れいたします」
 巨虫は柢王が倒した。 もうサルにも柢王にも危険はないだろう。後の捜索作業は兵士達
に任せればいい。
 むしろこれから大変なのは守天のほうだった。
 桂花はティアを遠見鏡から引きはがすと、長椅子まで誘導した。
 気分を入れかえることが必要だ。
「・・・ ・・・そうだね。兵士達の治療もあるし、二人が帰ってきたら報告事項や今後の対策で
きっとお茶を飲むヒマもないね。大急ぎでティータイムをしようか」
 長椅子に腰を下ろすさいに、その隣に置かれっぱなしになっている、使い女が三人がかり
で抱えて運んできた大壺に満たされた水を見てティアは苦笑した。
「カルミアから初摘みのいい茶をもらっているから、それを淹れてくれる?」
 それに応えず、桂花が弾かれたようにバルコニーの方角を振り向いた。
「桂花?」
 紫色の瞳を見開いてバルコニーの方角を見つめていた桂花が、突然頭を護るように両手で
両耳を塞ぐと、見えない何かに突き飛ばされたかのように後ろによろめいた。
「―――桂花?!」
 そのまま身を折って床に両膝をつき、荒く息をつぐ桂花のもとに あわててティアが走り
寄る。
 かたかたと震えながら冷たい汗を流す桂花が、切れ切れの息の底から言葉を絞り出す。
「・・守天殿、・・遠見鏡を・・!」
「遠見鏡?――――あっ?!」
 桂花の肩を支えながら、境界の光景が映しだされた遠見鏡を振り返ったティアが、小さく
鋭い驚きの声を立てたまま、凍りついた。
  
   
「・・・・・するってーと何か? 俺が野菜も肉も入った鍋を用意して後は火を通すだけ、の状
態で放置してたそれを、お前が火を通して喰っちまった。・・・みたいなかんじか?」
 アシュレイの言葉に、雷霆の直撃を受けた地表があまりにもの高温でいったん溶けてしま
い、陶器の釉薬のように表面がガラス化している地面をブーツの底でバリバリと踏み砕きな
がら柢王が笑う。
「・・・何で例えが鍋になるんだか。 いや、むしろぐつぐつ煮えた状態でお前がどっか行っ
ちまったそれに、俺が調味料入れて喰っちまったっていうほうが近いな。・・・まあ、言って
しまえば、あの攻撃は俺とお前の合作みたいなもんだ」
「そしてその合作鍋をお前一人が喰っちまったと。」
 柢王が隣で吹き出した。
「いいかげん鍋からはなれろよ。ただでさえ暑いってのに。腹へってんのか?」
「・・・そーいや、昼メシ喰ってない・・・・」
「俺は朝飯もまだだ・・・・」
 午前中からのゴタゴタで走り回っていたアシュレイと柢王だった。
「・・・・・」(×2)
 二人は顔を見合わせた。
「・・・・・いったん帰るか。お前、ホントに顔色悪ぃし。大丈夫かよ柢王?」
「・・・・・腹はあんまり減ってねえけど、喉は渇いたな。そうだな、帰るか」
 そうして二人は深く頷きあったのだった。
「そんじゃま、ぐるっと一巡りして帰るか。―――」
 柢王の言葉にうなずいて、その横に並びかけたアシュレイが、ばりばりっと足元で派手な
音を立てるガラス化した地面を踏んだその途端、はっと顔を上げた。
 ずっと感じていた かすかな違和感。 何かを忘れているような―――
「・・・・・!!!」
 周囲を見回す。 乾ききった地面はところどころガラス化して陽光を照り返している。
 ここはもとは木々と下生えが地を柔らかく覆い尽くす場所であった。今は何もない。
ただ 乾いた風が吹きわたる以外は。炎と雷が一瞬にして燃やし尽くしたのだ。 地表が溶
けるほどの―――それは、周囲一帯が恐ろしいまでの高温だったことを物語っている。
 突然立ち止まったアシュレイに、柢王が「どうした」と振り向いた。
「―――思い出した。柢王」
「何が」
「―――岩だよ! そして、森だ! ・・・熱いはずなんだ! 溶岩や火山灰が固まったモノ
だぜ? 森なんかに落ちてみろ、下手をすれば山火事だって起きる。 仮に燃えなくたって
周りの木は熱さで枯れちまう! 元に戻るまでに何年もかかるんだ、鳥が棲んでいるはずが
ない!」
 振り向いた柢王に、勢い込んでアシュレイがまくし立てる。
「―――岩? 19番目か?」
「そうだよ! ―――っ?!」
 なおも言いつのろうとしたアシュレイの体が跳ねた。 同時に柢王が片耳を押さえて上空
を振り仰ぐ。
 水音―――・・・ ―――たくさんの 
「・・・雨じゃない!どこから?!」
 ―――降り注ぎ ―――流れ込む ―――――水の
「傷を負った兵士が言っていた ―――このことか?!」
「・・・あのデカ虫が出てくる前に、そんな音が―――でも もっと ―― 」
 二人は背中合わせになって周囲を見渡す。
 水音は止まらない。
 周囲はどこまでも乾ききった大地。水などどこにも存在しない。 にもかかわらず、水音
は二人の耳元で鳴り響いているのだ。
 ―――鳴り響きながら、近づいてくるのだ。

 ―――小さな雫が ・・・ 集まり 小さな流れとなり ――――・・・――――
 ・・・・・・・・小さな流れが集まり・・・ ―――――集まって 奔流となり ―――――
 ―――――――な が れ ―――――――――――く だ る ――――――・・・・・!

「―――――ッ?!」
 流れ込むひときわ高い水音と、足にまとわりつく目に見えぬ冷たい水の感触。それらは渦
巻きながらひたひたと水位を上げ、彼らの全身をひたしはじめる。

 ―――――おしよせる   みちる    あふれる――――――――・・・・・・・・・・・!!

「・・・・っ まただ!!」
 不可視の水に全身を押し包まれた瞬間、柢王がのど元を押さえる。
 ここに来る直前。結界を突き抜けるような感触と息苦しさを思い出す。
(前の時の比じゃねえ!)
 ―――――笑い声が、聞こえたような気がした・・・・・・・・
「柢王!」
 アシュレイの呼び声に、柢王は振り向いた。
 彼らからわずかに離れた場所の、ガラス化した地表にピシリと音を立てて蜘蛛の巣のよう
な亀裂が走る。―――まるで、地中から押し上げられるように、亀裂は広がってゆく。
「アシュレイ!跳べ!」
 飛び離れた二人の場所を土埃と土砂がなだれ込み、土埃にまぎれるようにして黒光りする
長い巨体が地響きを立てて滑り込んできた。
「・・・出たぞ 一頭!」
 土埃の向こうでアシュレイが叫んでいる。目をすがめた柢王が、さらに声の聞こえた後方
から土砂が高く巻き上がるのを見た。
「アシュレイ!お前の右後方!そっちにも出たぞ!―――逃がすな!」
「二頭も?!―――逃がすか!」
 上空に飛び上がったアシュレイが、斬妖槍の槍先を地面に向けて円を描くように一振りす
る。 地面に円を描くように炎が走り、描かれる円の両端が閉じた次の瞬間、炎の壁が立ち
上がった。
 直径100メートルにもおよぶ、炎の結界。
 魔族をここより外へは出さないための措置だ。
「!」
 空に浮いたアシュレイに向かって土埃の下から巨虫二頭が躍り出る。
「――――来い!」
 アシュレイは斬妖槍を構えて吼えた。
「・・・アシュレイ!無理するな!」
 地上の柢王が叫ぶ。 その背後で轟音が上がり、土埃と土砂と共に躍り上がってくる黒い
影が見えた。
「・・・まだいたのか?!」
 ―――――さらに二頭!
 土砂を巻き上げて躍り出たそれらは、剣を構えた柢王の両脇を大きく迂回して一気にすり
抜けた。
「・・・・・っ!」
 振り向いた柢王が、巨虫の向かう先を見て目を見開いた。 二頭とも―――すでに二頭を
相手に闘っているアシュレイの方へ向かっている。
「―――馬鹿野郎! 半分は俺と遊べ!」
 柢王の両手から放たれた、青い細い稲妻が二頭の巨虫の動きを封じるべく絡みついた。


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