[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1010件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.151〜155] [No.156〜156] [No.157〜161→]

No.156 (2007/10/01 00:29) title:On Your Marks 3
Name:実和 (224.154.12.61.ap.gmo-access.jp)

 雨足は強くなる一方なので撮影は延期になった。桂花はあれから柢王の方を一瞥すらせず、寧を伴って別の仕事先へと向かった。
 柢王はいつになく落ち込んでしまったので、気晴らしにジムへ出かけた。ハードな運動をする気にはならず、プールでゆっくりと何周も泳いでいた。
ふと隣を見ると流れるようなフォームで泳いでいる女がいた。柢王が顔を上げると、彼女も丁度水から顔を出し、コースロープ越しに目があった。輝くような赤毛の、目も覚めるような美女であった。女は微笑んで会釈した。気があるのか、単なる社交辞令なのか見分けるのは柢王には簡単だ。今回は完全な後者であった。前者であっても今は乗る気にならない。でも気がないと分かっている相手と話すのは良い気分転換になりそうだ。柢王も会釈を返して話しかけた。
「ここにはよく?」
「いいえ、お客様に招待券を頂いたから来てみたの。良いジムね。あなたは常連さん?」
「えぇ、よく来ています」
「そう、もっと早くここに来るべきだったわね」
女は笑った。水を弾く白い肌がきれいだ。でも恐らく年上だろう。多分桂花よりも。
「泳いだら喉が渇いたわ。付き合ってくださる?」
柢王は喜んでその申し出を受けることにした。
2人はアイスコーヒーを買ってプールサイドの椅子に腰掛けた。
「あなた黙々と泳いでいたわね。一日何キロ泳ぐとか目標でもおありなの?」
「いえ、普段は上でトレーニングしていますが、今日は泳ぎたい気分だったんです。ひたすら泳いでいると何も考えずに済みますから」
「あら、恋?」
「そんなところです」
「上手くいっていないのかしら?」
柢王は苦笑した。
「実は振られました。いや、これまでその人に何回も告白しては振られ続けているんですが。でも今回は怒らせてしまって」
いつもならこんなこと話さないのだが、理知的できれいな瞳を見ていると彼女なら話してもいい気がした。
「次に行かないの?あなたなら相手に困らないでしょう」
「今までだったらそうしていたんですけど。でも今回に限ってはここまで思える相手は2度と現れないって思っているんです」
「純情ね」
「そうですね。自分でも意外ですが」
「なぜ振られたの?」
「分かりません。あまりにストレートに行きすぎたのかなとは思っていますけど」
「そんな手を使うようには見えないけど」
「普段は違います。でも今回は頭を使う余裕なくて。だから気持ちのままに行くしかなかったんです」
「上手い手とは思わないけど素敵ね。で、何と言われたの?」
「あなたに振り回されるのはたくさんだ、と」
「あら、ではあちらも少しはあなたの言葉に揺れていたということかしら?」
「そうだったら嬉しいんですけど。嫌われたら意味ありませんが。でもやっぱり諦めがつかないんです」
「ままならないから恋は魅力的なのよね。魔力と言ってもいいわね」
「あなたも恋を?」
「年の功と言うのかしら。きっとあなたよりは経験豊富よ」
「分かりますよ。あなたは魅力的ですから」
「ありがとう。でも私を口説いても無駄よ」
「そいつは残念ですね」
「口先だけでそんなこと言ったって駄目よ。上の空で口説かれても幻滅だわ。女だったら分かるし、それが分からないような女ならやめた方が賢明ね」
「座右の銘にしますよ」
女は鈴を転がすような声で笑った。
女はプロポーションも素晴らしく、行き交う他の客達は皆、振り向いていた。
気持ちは分かるぜ、と柢王はアイスコーヒーを飲みながら思った。多分自分がいなかったら声をかけてくる男はわんさといただろう。
そういえばこんなところ、週刊誌に撮られたりしないだろうな。今まで特に何とも思わなかったが、今、撮られたら余計桂花の信用を失いそうな気がする。それは困る。ヒジョーに困る。
「あら、どうかしたの?」
落ち着きをなくした柢王に女は尋ねた。
「いや、何でも、すみません。みんな振り返るからこんな美人と一緒にいるのかと今更ながら緊張してしまって」
女はクスリと笑った。
「そう。てっきり週刊誌に撮られないか心配しているのかと思ったけど」
「・・・バレていましたか」
「自分のところのスタッフがお世話になっている俳優さんが分からないほどぼんやりしていないわ」
「えっ?」
「うちのスタッフのヘアメイクの技術はお気に召して頂けているかしら?」
「…と、いうことはあなた、李々?」
「私をご存知なのね。光栄だわ」
桂花の名前を出さなくてよかった。けれどこれは桂花のことを知るチャンスだ。
「桂花の腕にはいつも感心していますよ。今まで会った中じゃ最高だ」
柢王は心からそう言うと、
「桂花とはパリでお会いになったそうですね」
と、少し身を乗り出した。
「事務所を立ち上げたばかりの頃にね。あの子がパリで勉強していた時に会ったの。素晴らしい才能だったからすぐに事務所に誘ったわ」
そこまで言うと李々は優雅な仕草で首を傾けた。
「あの子に聞かなかったの?」
「あいつとはゆっくり話す暇がないんですよ」
「そう。そしてあの子は自分のことを話さないから」
「昔からですか?」
「そうね、私の影響かしらね」
「あなたの?」
「えぇ。私の哲学なんだけど。・・・『絶対はない』」
「絶対・・・?」
「そう。特にこの仕事しているとね。もちろん仕事だけではないけど、そう思う場面にいくつも出会うわ。あなたも経験がおありだと思うけど」
柢王も李々の言うことは理解できた。芸能界という華やかな世界の裏側は美しさから程遠い。今の地位を明日、突然失う。それが決して驚くような話ではないこの世界で、第一線を走り続けることがどれほど難しいか柢王はよく知っていた。
「桂花もそんな経験が?」
「仕事もそうだけど、あの子は恵まれた環境で育っていないから余計私の言うことが理解できたのね。でもこの業界で成功するには正解かもしれないわ」
「あなたも桂花との関係がいつまでも続くとは思っていないのですか?」
「私達はこれまで支えあってやってきた。これからもそのつもりだけど、でも、いつもどこかで終わりを予感しているわ。悪い意味ではないの。例えばあの子が独立するとか、違う所で仕事をするとか、私の元から離れていくことを、ね」
「自分を委ねられる誰かを見つける、とか・・・?」
「それはあなたが望んでいるのではなくて?」
李々は柢王を流し目で見た。
「あなたが熱烈に想っている相手ってあの子でしょう?」
「えぇ」
柢王はあっさり認めた。李々は肩をすくめた。
「あなたって本当に良い度胸しているわね。誰が聞いているか分からないのに。そこが大物になれる所以なのかしら」
「度胸はないですよ。今だって明日、桂花と会うことにこんなにビビっている。俺の不用意な一言で本当にあいつに嫌われるかもしれない」
あるのはどうなっても、どこまでも桂花を追いかけるという決意だけだ。
「あの子は今までたくさん傷ついてきて、だから容易に自分をさらけ出せない。でもそれでくだらない人を近づけないのなら、それは良い事なのかもしれないわね。私はあの子を実の子のように思っているの。下手な人には渡したくないって思うほどには」
「それはあいつを縛り付けているのではないですか?」
李々は挑戦的な笑みを浮かべた。
「そうかもね。でもあなたに言われたくないわ。あなた相当独占欲強いタイプでしょう?今までその独占欲を刺激する相手と出会っていなかっただけで」
「おっしゃる通りですよ。俺はスゲー嫉妬深いし、独占欲も強い。今だってあなたにスゲー嫉妬している。だからあなたの思う壺にはならないつもりです」
「今の状況ではあなたが絶対的に不利ね。あの子が寄せている信頼も信用も私の方が上だもの」
「俺、諦めも悪いんです。さっきも言いましたが」
「諦めの悪さだけで人の心が動くかしら?あなたほどモテる人だったらそれはよくお分かりだと思うけど」
「確かに戦局は圧倒的に俺が不利ですよ。あなたのカードの方が断然有利だ。でも、俺はゲームオーバーになっても諦めませんよ。何セットでもやってやる。体力には自信があるんです。確かめてみます?この後にでも」
「魅力的なお申し出だけどやめておくわ。前途ある若者の自信を失わせたら気の毒だもの」
李々はフフっと笑うと立ち上がった。
「さて、そろそろ行かなくては。面白い時間が過ごせたわ、ありがとう」
「桂花は俺のことは信じないがあなたの言うことは信じちまう。あいつに変なこと吹き込まないで下さいよ」
「さぁ、どうしようかしら。女の細腕でこの世界を生き抜くにはズルい手も使わなくてはならないの。・・・あなたもお気の毒ね。こんな気難しい姑がいる人を好きになってしまうなんて。今度は家族構成もきちんと調べてからにした方がいいわね」
「生憎、『今度』なんか考えてもいないし、そんな物はいりませんよ」
「危険な橋ばかり渡ろうとしていると破滅するかもしれないわよ」
「あいつに破滅させられるなら本望ですね」
「ロマンチストだこと」
「恋する男は誰だってロマンチストですよ」
李々は艶やかな一瞥を投げると出口へと歩きかけて、振り向いた。
「週刊誌に撮られるかどうかの心配なんて今更じゃなくて?それに桂花との秘密の恋を続けたいなら世間には私と付き合っていると思わせておく方が便利なんじゃないかしら?」
「それは俺とのことを許していただけるということですか?」
「あなた次第ね。言ったでしょ?下手な人には渡さないって。お手並み拝見というところね。不合格だと思ったらいつでも邪魔して差し上げるからそのつもりで」
「心しておきますよ」

見惚れるくらい美しい後ろ姿がドアの向こうへ消えると同時に柢王は椅子の上にひっくり返った。

リフレッシュするつもりで来たのに。余計に疲れてしまった。

 次の日の撮影。やはり桂花は自分の仕事以外は柢王を一瞥もしなかった。柢王も氷点下の怒りを感じるので近寄らなかった。それを無視する無神経さは持ち合わせていない。そんな膠着状態で撮影は何事もないかのように進行していく。柢王も何事もないかのように仕事に没頭しているように見せていた。それが出来ないようではプロではない。
 数日後、柢王は他局でトーク番組の収録があったので撮影を休んだ。
 トーク番組はどこもほぼ同じだ。もう慣れた。
観覧席から上がる黄色い悲鳴に爽やかな笑顔で応えること。プライベートの話に自身の恋愛観。素の自分を、少しだけ「芸能人」というオブラードでくるんで、雑誌の取材でもどこのトーク番組でも矛盾がないように気をつけながら話すことも。全てさらけ出す必要はない。求められている分だけ提供すればいい。まさか今、男への片思いに悩んで悶々としています、なんて言えないし、そんなこと誰も知りたくないだろう。事務所も大混乱になるし。週刊誌は知りたいだろうがそんなサービスしてやる必要はない。第一、桂花が傷つくことだけは絶対嫌だ。
 柢王はプライベートや仕事の失敗談などを披露してスタジオを沸かせながら、収録は和やかに進んでいった。話題は柢王の現在の仕事に移った時、同じくゲストで来ていた大物女優が口を挟んだ。
「あなたのドラマのヘアメイクさんって李々のお弟子さんなんでしょ?」
こんなところで桂花の話題が出るなんて思わなかった柢王は驚きつつも頷いた。
「あ、はい。桂花ですか?」
「私、李々とは親しくして頂いているんだけど、この後パーティがあって彼女にメイクをお願いしていたの。でも彼女、急用で来られなくなって。それで急遽、彼女の1番弟子の桂花を寄越してくれたのよ。ついでだから、さっきもメイクやってもらったんだけど。彼、いーわねぇ。さすが李々の1番弟子だけあってすごく上手いのよ。しかもものすごく美形だし」
女優は上機嫌でオホホと笑った。司会のお笑い芸人は「美形だからってー」と突っ込んでスタジオが笑いに包まれたが、柢王は聞いていなかった。
早く収録が終ることをひたすら願った。


[←No.151〜155] [No.156〜156] [No.157〜161→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21