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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.150 (2007/09/11 14:16) title:優しいうそつき
Name: (j015179.ppp.dion.ne.jp)

「聞きたくなかった・・・・」
 ティアが執務室の大きな机につっぷすと、華奢な体は机上に連なる紙山に完全にかくれてしまった。
 後ろに結った長い髪がいつもより重く感じられた彼は無造作に髪どめをはずし、遠見鏡へ視線をなげる。
 執務がたまったりふさいだ気分の時は、自分の知らない世界を映しだし、気分転換するティアだったが今日ばかりはそれもためらわれた。
「―――そういえば、初めて遠見鏡を使った日は興奮のあまりなかなか眠れなかったっけ」
 執務室にいながらにして大抵の場所は見てしまえる鏡に驚異して、脅威して・・・。
 再び顔を伏せたティアは塾でのことを思いかえす。
 塾の帰り、アシュレイを教室の外で待っていたティアは、自分のとりまきである女子らの会話を耳にしてしまったのだ。

「守天さまの執務室にあるっていう鏡をご存知?」
 グループのリーダー的存在である女子がおもむろにきりだした時、ティアはつい反応して耳を澄ました。
「ええ、遠見鏡と呼ばれている鏡のことね」
「どこでも見てしまえる鏡でしょう?」
「素敵だわ。私、他国のようすとかぜひ見てみたいわ」
「私も!きっと一日中見ていても飽きないわよね」
 話をふった途端食いついてきた友人たちのようすに満足げな顔をし、そのくせ呆れた口調で彼女は続ける。
「バカねぇ、あなたたち。考えてもごらんなさいよ、守天さまは見ようと思えば…例えばプライベートな場所だろうがなんだろうが見てしまえるってことよ?」
 一寸の沈黙がながれ――――――次の瞬間けたたましい悲鳴があがった。
「まさか、あの品行方正な守天さまに限って・・・でも・・」
「守天さまだって殿方だものね・・・」
 ここで再び悲鳴があがる。
 本人が聞いているとも知らずに彼女たちの話はどんどんエスカレートしていき、耐えられなくなったティアは逃げるようにその場を後にした。

「あ・・・アシュレイに渡さずに帰って来ちゃった・・」
 アシュレイが読みたがっていた本を帰りに貸すことになっていたのだ。
 ところが、アシュレイが上級生とケンカをした件で文殊先生に呼びだされてしまったため、ティアは彼を待っていた・・・のだが、結局は渡せないまま帰ってきてしまった。
「どうしよう・・・まだ帰ってないかなアシュレイ」
 自然と遠見鏡へ向きなおったティアの動きがとまる。
「・・・・塾にアシュレイが残ってるか見るだけで覗きなんかじゃない」
 震える声で、言い訳しながらティアは塾を映しだした。
「いない・・・」
 最初に教室をチラッと映した時、まだ彼女たちの姿があったので、あわてて中庭や飼育小屋に変えたが、赤い髪はどこにも見あたらない。
「やっぱり帰っちゃったかな・・・」
 諦めかけたティアがもういちど教室に合わせると、果たしてアシュレイはそこにいた。
「あれ?さっきはいなかったのに…」
 彼は剣呑な雰囲気で、5人の女子と対峙している。
「なんなのよ!いきなり怒鳴りこんできてっ」
「だから、お前らいつもティアの周りでキャーキャー騒いでるくせに陰で悪口なんか言うなって言ったんだ!」
「な、なぁに?偉そうに!ちょっと守天さまに良くしてもらってるからっていい気になって!だ、だいたい“かもしれない”って言っただけじゃない!」
 必死に言い返してはいるが、アシュレイの気迫におされ、今にも泣きだしそうだ。
「ばーか。柢王ならともかく、あいつがやるわけねぇだろ!それに万が一のぞくにしたってテメーらみてぇなブス、誰がのぞくかっ!うぬぼれんな!」
「なななんですってぇ〜!」
 泣く寸前だったはずの顔がものすごい形相に変わり、思わずひるみそうになったアシュレイだが、負けてなどいられない。
 彼女たちを睨みつけたまま壁に拳をつらぬいて、できる限りの低い声をしぼりだす。
「女だからって、それ以上ティアを悪く言ったら容赦しねぇぞ」
 壁に手を突っこんだまま物騒な目をむけるアシュレイにおののき、彼女たちは先生の名を叫びながら壁の穴のことを告げぐちしに退散していった。
「・・・・・うそばっかり。いつも、女相手じゃ殴れねぇ――…って言ってるじゃない」
 大きく映しだされたアシュレイにピタリと寄りそい、うるむ瞳を何度もこすって・・・・ようやくティアは微笑みを見せた。

 その後、アシュレイはすっぽりハマってしまった腕を文殊先生に助けてもらいながら、無事ぬくことができたのだった。


No.149 (2007/09/06 22:26) title:火姫宴楽(9)
Name:花稀藍生 (p1054-dng28awa.osaka.ocn.ne.jp)


 長い髪をきりっと一つにまとめ、身軽な服装で長棒を持って中庭に現れた姉の姿に、
病気だとずっと言い含められていたアシュレイは始め心配そうに見ていたが、 レースと
姉が手合わせする段になって、ようやく安心したようだった。 芝生の端っこに座って
のんきに姉に声援を送っている。しかし残念ながら弟の声援はグラインダーズの耳には届
いていない。
「・・・・・!」
 レースに向かって打ち込みながら、グラインダーズはまたしても自分の力のなさに怒り
狂っていた。 いくら打ち込んでも手応えがない。いや手応えがないのではなく、攻撃を
すべて流されるのだ。あっという間に息が上がったグラインダーズに対し、レースは余裕
しゃくしゃくだ。
 小休止のあとでレースの提案によりアシュレイと二人がかりで攻撃することになった
のだが、これもまたいくら攻めてもレースは びくともしない。
「アシュレイ!」
 姉に遠慮があるのか今ひとつ攻め込みが甘いアシュレイに、グラインダーズは目配せを
した。 何かぴんと来るものがあったアシュレイは飛び離れるとグラインダーズとタイミ
ングを合わせて横合いから同時にレースに攻めかかった。
「?!」(×2)
 二人の目の前にレースの姿はなく、長棒が突き立っているだけだった。勢いが付いたま
まだった二人の棒先はそれを左右から挟み込むように打ち据える形となり、衝撃で長棒は
跳ね上がってくるくると回りながら空を飛び、石畳の通路の上に落ちた。
 長棒が甲高い音を立てて中庭の石畳の上に転がった
「・・・レース?!」
 同時に打ちかかってきたと判断するなりレースは長棒を支点に棒高跳びの要領で彼ら
の頭上を飛び越えて二人の後ろに降り立った・・・・・ということに気づいたのは、慌てて振
り向いたところを大きな手にそれぞれ頭を掴まれて、側頭部同士をごつんとぶつけ合わさ
れてからだった。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」(×2)
 ・・・姉弟仲良く頭を押さえてしゃがみ込むのを見て、レースは笑いながら長棒を拾って
ゆっくり戻ってきた。 グラインダーズより一足先に立ち直った(石頭だけに)アシュレ
イは「俺もその技をマスターしてやる!」と長棒相手に格闘している。
 頭を抱えた手をようやく外したグラインダーズに、レースはにっと笑って聞いてきた。
「気は済みましたか?」
「・・・・・全然!」
 背の高い武術指南役を睨み上げ、目尻に涙を浮かべたまま怒ったように言い切るグライ
ンダーズに対し、彼女を見おろすレースはただ笑みを深くしただけだった。
 
「・・・ええ?! 力一杯握ってたって?両手で? そりゃ駄目ですよ、お嬢。 長棒っての
は伸縮自在を利点とするエモノなんですよ。剣と同じように扱っちゃ駄目ですって」
 文殊塾での事の次第をグラインダーズから聞き出したレースは「そーいえば、城では
剣の稽古が主でしたね・・・」と頭を掻いて天を仰いだ。
「私がそれで良いって言ったのよ」
 グラインダーズの武術指南としてよこされた彼は、最初 剣の扱いよりもむしろ暗器の
使い方を教えたがった。
 暗器というのは、体に隠し持つことの出来る小さな武器のことで、護身・暗殺などの非
常事態のために作られ、発達した武器の総称である。
 暗殺にも使われる・・・ということもあって、暗器というとあまりいい印象がないかもし
れないが、小さいため、たとえば上衣の飾り襟の裏やハンドバックの中、あるいは装身具
そのものに仕込めるため、女の護身用具としてはこれ以上に使い勝手の良いものはない。
 使いこなすことが出来れば、不当な暴力から身を守るのにこれほど適した道具はないだ
ろう。
 しかしグラインダーズはそれをきっぱりと拒絶したのだ。
 剣がいい、とはっきりと言ったのだった。
「・・・でも。・・・・・結局、力では勝てないのね」
 ため息をついて言うグラインダーズの言葉を、レースはあっさりと否定した。
「何を言っていらっしゃるのか・・・勝てるに決まっているじゃないですか。」
 振り向いたグラインダーズが「どうやって・・・?」と不審そうな顔をして聞くのに、レ
ースは何でもないことのように笑って言った。
「・・・・・お嬢。あなた『霊力』の存在を忘れてやしませんか? 霊力は第三第四の見えな
い巨大な手のようなものです。喧嘩の時だって霊力を使えば、長棒ごと相手の腕をへし折
ることだってできたんです」
 レースの言葉にグラインダーズはきょとんとした。・・・武器を使っての闘いの時に霊力
を併用してつかうなんて考えたことはなかったからだ。 霊力をつかうのはお互い霊力を
使っての遊びに近いじゃれ合いか、素手の時ぐらいだ。
「・・・そんな馬鹿な。文殊塾の武術の授業でも普通に教えて・・・あ―――」
 レースが顔をしかめて口ごもったその先の言葉は、聞かなくてもグラインダーズにはわ
かっていた。  武器と霊力を併用しての稽古をしているのは、男児のグループだけだ。 
この歳になると基本的な体操の他は、男児と女児に分かれて武術指導が行われているのだ。
 まあ、もちろん、習う前から習うより実戦で慣れてしまった、という弟のような変わり
種もいるわけだが・・・。
 グラインダーズはため息をついた。
「問題は山積みね・・・。でもレース、もしあの時に霊力を使っていたとしても勝てたかど
うかはわからないわ。・・・だって私の霊力は最近とても不安定になっているの」
「勝ててますって」
 相も変わらずこともなげにレースは言い放つ。
「・・・レース。一体そう言えるだけの根拠はどこにあるの?!」
 振り向いたグラインダーズが いらだつように睨み付ける。
「お嬢、自分が成長期だって事を忘れてんじゃないですか? 体が急激に成長するこの頃
は成長に伴って霊力だって増大する。力そのものが弱くなったわけではないのです。
・・・ただ、成長が急激すぎて体と霊力のバランスがうまく取れなくなるから、不安定にな
っているだけです」
「・・・だったら、なおさら!」
「―――そして最大の根拠。・・・それは王族の霊気が ふつうの天界人が持つ霊気とは
まったく違うというところです。 ・・・密度も練度も精度も。大気中の霊気を共振させる
その力も、何もかも全てが―――。」
「―――――嘘。」
 レースが笑ってこちらを見ている。 
「・・・ただ存在しているだけで、強者―――。王族とはそういうものなのですよ。」
 どうして、そんな恐ろしいことをあっさりと笑って言えるのだろう。
 その笑みの中に、何かが含まれていれば、少しは安心が出来ると思うのに。
「・・・・・ ・・・・・ ・・・でも、レース・・ ・・・・・それなら・・・私が、霊力を使って他の人に攻
撃するのは・・・卑怯、と言うことになるの・・・?」
「何故?自分が持っているモノを使うのが悪いことですか? 使えるモノを使って何が
悪いのですか? 下手な出し惜しみをして使わずにいればそれの価値は下がり、自分が危
なくなるだけ。・・・・・そんなことを言っていたら、蜂に針があるのも、鹿に角があるのも、
それこそ花に香りや蜜があることすらも、卑怯って事になりますね。」
 最後の言葉は何だか余計だと思ったが、グラインダーズは黙っておいた。
「・・・・・強者の『霊力』・・・か。 ・・・でも、レース。それじゃ何だか変だわ。
だって、アシュレイは血肉に溶け込み、霊気を精製しやすくする霊槍である斬妖槍で魔族
退治を行っているわ。・・・アシュレイはほとんど教わることなく武器と霊気とを併用し
て闘う術を身につけた。 そして確実に腕を上げ続けている・・・たった一人で大きな魔獣
をたくさん倒している。アシュレイは強いわ。
・・・それなのに、どうしてさっきあなたに、あんなに簡単にあしらわれてしまったの?」
「・・・・・」
 レースはアシュレイが離れたところで長棒相手に一生懸命格闘しているのを確認して
から、ぼそっと小さな声で言った。
「標的が大きいからです」
「・・・は?」
 話をそらされたのかと思ったが、レースは笑っていない。
「的(マト)が大きければ大きいほど矢は当たりやすいものです。アシュレイ様の霊力と
行動力は大人顔負けですが、いかんせん技術が全然追いついていない。
・・・言ってしまえば、思いきり力をぶつけていらっしゃるだけですからね。・・・だから小手
先技では簡単にあしらわれてしまうわけです」
「・・・・・でも、強いことには変わりないのよね?」
「申し上げておきますが、「攻撃は当たらなければ意味がない」です。正確に、相手のダ
メージになるような場所に当てなければ、たちまち反撃されます。・・・今はまだ大きな魔
族が相手だからいいですが、人型魔族の強者が相手だと確実に負けます」
「・・・・・・厳しいことを言うのね」
「魔族相手に負けることは「死」を意味します。 死より厳しいものなどありませんよ」
 レースは あっさりと怖いことを言う。 真実だから、怖いのだ。
 グラインダーズは何度目かのため息をついた。
「・・・結局、どんなに霊力が強くても、それを使いこなすだけの技術を身につけなければ、
意味がないのね」
 アシュレイが、レースに稽古をねだっている。レースが立ち上がった。
「・・・ま、そういうことです。どうします? 今まで通り稽古を続けますか?」
「続けるに決まっているわ。今まで通りだけじゃなく、文殊塾では教えて貰えないことも
ちゃんとね! ―――でも、そうね・・とりあえず喉が渇いたわ」
「承りました。王女さま」
 レースが笑い、思いがけない優雅さでお辞儀をして見せた。


No.148 (2007/09/02 13:44) title:PECULIAR WING 7 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

CONVICTION

「……けどおまえさ、たまに俺よりアシュレイに優しいことがあるよな。俺が悩んでもアドバイスとかくれなさそうなのに、アシュレイには
するもんな」
 柢王がベッドにいる桂花の背中にそう言ったのは、窓の外で朝の光が輝き始める時刻。与えられたツインで眠りに就こうとする前だ。
とはいえ、さっさと眠る気はないらしく、濡れた髪をタオルで乱暴に拭いながら隣りに転がり込んできた柢王に、桂花は落ち着いた目を向けて、
「あなたに弱みを見せる気があるとは意外ですね。それに、あれはアドバイスではありませんよ。旅客機のパイロットには勇敢さより
求められるものがありますから」
 いつもと同じ声で答える。柢王はその横顔を眺め、
「それはそうだけど、あのタイミングで言われたら俺だってハッとするって。誰だって、一度は考えることではあるけどさ──自分の
規準はなにかって。ただ安全に飛ぶんじゃなくて、なんで安全に飛ぶのかを、基準にしなきゃならなくなる時は来る。けど、アシュレイなんか
端から見てたらなんで悩むんだってくらいいろんなことがくっきりしてるようなヤツなのに、まーそーゆーやつに限って鈍いっつーか、
自覚しねぇっつーか、迷う余地なんかねーだろっつーとこで迷ったり悩んだりするんだからなぁ。んっと、矛盾してるよ」
 やれやれと言いたげに、枕の上で喉を反らす。と、クールな美人も苦笑して、
「自分に厳しい人の方が、自覚はしにくいかも知れませんね。誰でも、安全には飛びたいはずです。ただ、自分がなぜ安全に飛ぶかを
はっきりと自覚していないと、人の意見に迷わされる可能性がある。アシュレイ機長がそうだとは思いませんが、理由はわかっていた方が
いいですよね。ただ、大した理由である必要はないんですが……」
「だよなぁ。この空じゃ自分にはムリだから飛びません、でもいいわけだよ。自分さえ自覚して迷わなきゃ。安全に飛ぶ理由はそのまま、
安全のためには飛ばない理由だ。誰かになんて言われても、会社が損しても飛ばない──決定的な理由があるならノーを言うのも簡単だけど、
そうは見えなくてもノーを言うには自分のなかにどんなに小さくても理由がいる。パイロットの判断がいつも正しいわけじゃないけど、
空の上でホィールが握れるのは俺らだけだし、飛べるから行けって言うヤツが実際側にいて代ってくれるわけでもないしさな」
「パイロットの責任はパイロットにしか背負えないですからね。自分の飛ぶ理由は自分で決めないと」
「それがあれば安全を大事にすることにはっきり規準が生まれるってな。けど、アシュレイの場合は、カンのいいヤツの陥穽っつーか、
あんまり大事すぎて、きちんとしねぇと自分が情けないってプライドなのかわかんねぇけど、俺だったら迷わねぇよ。殴らねぇしよ。
そーゆーとこがホント、アシュレイだよ。純粋っつーか融通きかねぇっつーか」
「トパーズみたいに……」
「あ?」
「トパーズという宝石があるでしょう? あれは元々、『内側に焔を探す』という意味の言葉から来ているそうですよ。温度の高い
焔の中は最も純粋だとか」
「……だよな。純粋だから、小さな迷いが自分で気になる。それがあいつのかわいいとこ、だな」
 柢王も微笑むと、ふいに、
「けどさ……ひとりで飛んでひとりで降りて。戦闘機の役割が俺らとは違うのは百も承知だけど、そんな飛び方俺にはできねぇよな。
俺は客がブリッジを渡る姿見るのなしで飛びたいなんて思わないけど」
 と、クールな美人は瞳を深め、
「それがあなたが安全に飛ぶ理由、ですか。……戦闘機の編隊では、真っ先に、リーダーの機が地面に突っ込めば迷わずそれに続けと
教えるそうです。それだけの信頼がないと戦場など飛べない、ということでしょうが、吾には不合理な信念のようにも思えますね。
それに、吾は後ろにある命しかこわいとは思えませんから、地上のことを考えて飛ぶファイターには向きません」
「おまえの腕で後ろにある命がこわいから安全に飛ぶって言われたら、立つ瀬ねえヤツ山ほどいんぞ。けど……ま、勇気があるってのは確かに、
こわくないってことじゃないよな。それに、危険に飛びこむ翼も安全を絶対視する翼も、同じものを大事にはしてる。後はそのどちらを、
どんな理由で選ぶのか。飛ばない理由も飛ぶ理由も同じことだ。アシュレイだってただ自覚するだけ……なんだけど、これがまた、
言うのは簡単、するのはなぁ」
「ですが、考えられるのは答えが出せるからですよ。どのみち、吾たちがどうこう言っても意味のないことですしね」
 桂花は冷静な声でそう答えた後、ふいに瞳を細めて尋ねた。
「──眠るつもりじゃなかったの?」
 と、シルクリネンのシーツの上からその体のラインをなぞっていた柢王は笑って、
「考えたら、寝る時間はたくさんあるんだから、もっと大事なことをしたいなぁって」
「あなたこそ、たまには迷ってみたらどうです?」
「いまはダメ。恋人が他の男のこと心配してたら、迷うは俺の選択肢にはねぇもん」
 柢王は笑って桂花の体をひっくり返し、その瞳を覗き込む。と、クールな美人の答えは囁くように、
「──可愛いことばかり、言う人ですね」
 爽やかな朝の気温は、この部屋だけアシェンダント中──

「本当に迷惑をかけてすみませんでした」
 ティアが改めて頭を下げたのはきらきらと輝く王宮から出ていくリムジンのなか。太陽は真上の昼下がりのことだ。
 部屋に戻った後もアシュレイのことが気がかりだったものの、旅の疲れもあってうつらうつらしたティアは、迎えに来た航務課スタッフと
共にクリスタル王宮を訪れた。道々、アシュレイから聞いた話とつき合わせて事情を聞き、覚悟を決めて陛下の御前に立った。
 いたくご心痛のご様子の陛下は、しかし、ティアが言葉を尽くして、自分がここに来たのは事故に意見があるのではなく、単なる私事で、
事故に関しては口を挟むつもりはないと説明すると、ようやく安堵なされた。そして軍に行くティアに車をご用意下さり、帰り際、
『わが国にも誇れるパイロットがいることをぜひ、ティアランディア殿にもご理解頂きたいものです』
 心からのお言葉に、自分が来たことで、陛下にもご心配をおかけしたことがまざまざと理解出来たティアはため息をついたところだった。
が、そんなティアに航務課スタッフは落ち着いた笑顔で、
「オーナー、どうかお気になさらずに。先程も言いましたが、オーナーの立場なら機長を心配するのは当然ですし、私も今回のニア・ミス自体は納得できたことではありません。それでも全員が
ぶじで降りられたことはよかったことです。あとはここからどう対応していくかだけですが、軍も誠実に対応してくださるようですが──」
 かれは、ふと口許をほころばせるといたずらっぽい瞳を見せて、
「オーナー。軍の方たちはなかなかに手強いですよ」
 その言葉と笑顔にティアは瞳を見開く。
「そ、そうなの?」
 尋ねると、スタッフは、
「はい。ですから、こちらも負けないでいきましょう」
 気負いのない声でそう宣言する。ティアは思わず目を見張り、そして笑い出しそうになった。
 グランド・スタッフと呼ばれる地上勤務員はめったなことでは慌てないし、取り乱さない。できることをテキパキと、柔軟性高く対応する。
バックなし、時に強気なヒコーキ野郎たちを支えているのは、実にこうした決して折れない柱たちだ。フレキシブルなその態度と強さは、
オーナーだって見習いたいもの。
 アシュレイのことはまだ気になるし、話したいこともいっぱいあるが。
(私もいまできることをきちんとしよう)
 言いたいことを整理するまで待っていてくれと言った言葉を信じて、いまはできることをする。それが自分のいまの役割だし、
アシュレイに対しての信頼だ。
 そう自分に言い聞かせたティアは笑顔を見せて、
「お手並みを拝見します」
 その信頼を言葉ではっきり宣言したのだった。
                          
「あの、天界航空の機長さんですよね?」
 ふいにかけられた声に、アシュレイが振り向いたのは、じりつく日差しが赤毛のてっぺんを焼く街の通り。
 仮眠した後、街へ出た機長はTシャツ、短パンのラフななりだが、心はそんなにラフではない。
 光まばゆい雑駁な街は、けばけばしい看板が立ち並ぶ通りにあでやかな衣装やみやげ物、香辛料を山盛りにした籠が並んだ店。
食べ物の匂いに潮風と埃っぽさが混じり、濃い緑を揺らす葉の間にはあざやかな花が咲き群れている。ガタつくアスファルトを走るのは
レトロに近いポンコツ車。美しい衣装をまとった褐色の肌の女や男、せわしげなビジネスマンに、リゾート仕様のカップルたちが行き交う眺め。
 それはこの五ヶ月のうちで見なれた活気あるでエキゾチックな街の様子で、ふだんならアシュレイは興味津々、ぶらつくが、今日は違う。
「もし、あいつが飛んでこの人たちが助かるなら……」
 どんなパイロットでも飛ばせる、という意見はリアルなものとして実感できる。
 でも、旅客機の機長だって、それと同じ責任を抱えて飛んでいるのだ。だからそのことを、頭と心を整理して、みんなにわかって
もらえるように。自分が本当にみんなを守れるように。
(伝えられるようにならなきゃ……)
 と──、心に噛みしめていた時だったので、アシュレイははっとして、振り向き、目を見張る。そこにいたのは見覚えのない若い男女。
きょとんとしたアシュレイに今度は男の方が笑顔を見せて、
「昨日の便の機長の方でしょう? 見送りに出て来てくれましたよね?」
「あっ」
 昨日は軍の基地だし、客がバスに乗って去るまで見送ったものの、ふだん接点がないアシュレイには客のひとりひとりの顔までは記憶にない。
慌てながら頭を下げて、
「昨日は大変ご迷惑をおかけしました」
 言ったのに、
「いいんですよ。新婚旅行のいい記念になりましたから」
「ほんと。CMで見て選んだ飛行機でしたけど、こんなにわくわくするなんて思わなかったし、それに機長さんがお若いのにも驚きました。
アナウンスとかとても落ち着いていたからもっと年配の方かと思っていたんですよ」
 と、微笑むカップルは、見れば真新しいリングも揃いの仲睦まじい様子だ。その幸せそうな笑顔にアシュレイは目を見張り、そして、
あの…と尋ねかけた。
「……わざわざ、うちを選んで乗ってくださったんですか」
 と、カップルは頷いて、
「ええ。去年でしたっけ、金色の翼で行くリゾートのCM。虹が出てすごくきれいで。それを見て、ふたりで決めたんです。新婚旅行は
絶対にこの金色の飛行機で行こうねって」
「新婚旅行くらい、夢のあるものがいいよねって話してて、でも、本当に夢みたいなフライトでしたよ」
「夢みたいな、フライト……?」
「あー、パイロットの人だと、空の旅は当たり前かも知れないですけど、僕たちにはめったにない経験だから。とても楽しかったし、
ずっと自分たちが特別な旅に出ているんだなあって思えたんですよねぇ」
 と、男の方が照れ臭そうに笑顔を見せる。その言葉に、アシュレイは瞳を瞬かせた。胸の奥になにかあたたかいものが沸き起こるような
ふしぎな気持ちに、そのふたりの顔を見つめたが、ふいに女の方が手を打って、
「あ、それで、お願いがあるんですけど……よかったら、一緒に記念撮影してもらえないかなと思って」
 その言葉に、アシュレイは、えぇっと飛び上がった。いや、記念撮影はいいが、
「あっあのっ、でもこんな格好なんですけどっ…!」
 いくらなんでも新婚さんの記念写真にこんな格好はないだろうっ! が、ふたりは笑って、
「いいんですよ、格好は」
「これが僕らの飛行機の機長だって、僕らはわかっていますから」
 その言葉に、アシュレイの頬は紅潮する。
 見ず知らずのカップルの輝くような笑顔の横で、新米機長は通行人が引き受けてくれたカメラに目を向ける。
「はい、撮りますよ!」
 カシャ、とシャッターの下りた瞬間。
 そこに映った機長の笑顔は、久しぶりの晴天だった──


No.147 (2007/09/02 13:36) title:PECULIAR WING 6 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

BREEZING

「アシュレイ…おまえ、ほんっとに運が強いよな、わかってんだろうな?」
 呆れたような柢王の声が、ラベンダーと薔薇色まじりの空に響く。椅子の背に寄りかかるように肩をすくめるのに、新米機長は寝不足の
頬を紅潮させて、
「悪いのは向こうなんだぞ。こっちが怒るのはあたりまえだっ」
 言うが、その言葉にふだんの勢いはない。
 ホテルのロビーで到着したばかりのティアたちと出くわしたのは、別に待ち構えていたからではなかった。あれこれ考えたりして
眠れなかったアシュレイは、星の瞬く浜辺を歩いて何度もため息をつき、さすがに疲れて戻ってきたところだったのだ。
『あっ、アシュレイっ!』
 自分を見つけた時のティアの嬉しそうな顔に思わず嬉しくなりかけたのも束の間、なんでティアがここへ来たか思い出したアシュレイは
頭をぐるぐる回る悩みも一気に思い出して、意識するより先、声を尖らせ、
『ティアっ、なんでおまえがここにいるんだっ』
 叫んでしまった。
 と、ティアの笑顔が曇って、新米機長の胸はずきりと痛む。が、言葉が喉から出て来ずにただ力だけが入った。と、大股にアシュレイに
近づいた柢王がいきなり、首にガシッと腕を巻きつけて、
『なんだぁ、アシュレイ、朝っぱらからカリカリして。腹減ってんなら飯でも食おうぜ。もうビュッフェくらい開いてんだろ?』
『って、おまえなんでも飯食えば解決すると思ってんのか、俺はなっ……』
 と、怒ろうとした耳に、親友の低い囁きが、
『ロビーでティアに恥かかせるんじゃねぇよ。それに、おまえだってティアに報告することあんだろうがよ』
 その言葉にアシュレイは瞳を上げた。瞬間、ちらと見せた親友のまなざしと、その、見る人が見たらわかる疲れと。瞳を移せば、
いつも同様落ち着いた顔の桂花も、それにティアも、きちんとはしているが疲れは隠し切れない。
 夜通し飛んで来た三人が疲れているのは当然で、それはもとは自分のためだ。わかってはいるが、それでも、あれこれ考えた後の
アシュレイにはすなおに、よく来たなとは笑えない。それに、パイロットを殴った話をするなら、よけいに気が重い。
 それでも、話さないわけにもいかないし、みんなをロビーで立たせておくこともできなくて、アシュレイは渋々、プールサイドの
レストランの席で、ニア・ミス事件の顛末を語ったのだった。
 植え込みもまだ深い緑に濡れて、白く星の残る明け方の空の下、アシュレイはなるべくふだんと変わらない口調で話したつもりだった。
それでも、親友たちは瞳を鋭くしたり、見開いたりして聞いていたが、アシュレイが、
『……だから、殴った。一発だけだけど』
 言った瞬間、ティアの瞳が限界まで開いて、柢王が先程のセリフを口にした、というわけだった。
「おまえらだってニア・ミスなんかされたら腹は立つだろ、当たり前だ」
 いまとなっては自分でも信じていない理屈を口にすると、やはりそれが伝わっているのか柢王は瞳を鋭くして、
「腹が立つのは当たり前でも殴るのは別問題。んなこたぁ、おまえだってわかってんだろうが、その顔色じゃ。つか、ほんと運がいいよ。
見逃してもらえて。おまえ、下手したら軍の敷地から出られなかったかもしれないんだぞ?」
 改めて言われたアシュレイは喉に力をこめた。が、ティアはむしろ話が聞けたからかほっとした顔になって、
「でも、よかったよ。君たちが無事で……」
 きれいな顔が初めて力を抜くのを見て、アシュレイは複雑な思いを噛みしめる。ティアは続けて瞳を上げるすまなさそうに、「でも、ごめんね、アシュレイ。君のフライトによけいなことで関わることになって。本当はこんなつもりじゃなかったんだけど……」
 ここへ来ることになった理由と顛末を話してくれた。
 ティアはただ危険な目にあった自分を励ましたかっただけで、王室にバレタのは予定外。王室と軍には出向くことにはなるが、
それ以上関りもしないし、口出しもしない。事情がわかったアシュレイは、ただ、ぶっきらぼうに、
「心配なんかすることなかったんだ、これは俺の仕事なんだから」
 胸にわだかまるものを言葉に出来ずにただ悔しいようなそう言っただけだった。

 そう。一晩中、頭を巡ったあれこれのこと。
 今度のことで、自分の取った態度は正しかったのか。
 腹が立ったこと自体は決して謝らない。パイロットになってから、アシュレイは乗客の安全のことを考えずに飛んだことはない。
旅客機のパイロットは、安全で快適な旅を全うするのが使命なのだ。機長として、フライトの安全を守るのはアシュレイには当然の義務だ。
 だが、そのやり方は、正しかったのかと──柢王の意見を聞くまでもなく、軍を出た時からアシュレイは思っていた。
 パイロットもひとりの人だ。怒りもするし、間違いも犯す。それは確かなのだが、それでも──
(安全が大事なら、暴力意外の方法を選ぶべきだったんだ……)
 会社員である自分が事件を起こしたらみんなに迷惑がかかる。それも事実だが、それ以前に、機長として、自分のポリシーが
安全であることであるなら、誰かを殴ってそれを訴えるのは矛盾した行為だ。あの時は空也たちにも気を揉ませたし、軍が見逃して
くれなければ大事になっていた。
 直情が必ずしも悪いわけではないが──
(俺にはあんな態度は取れなかった……)
 たった一機を飛ばせるためにルールを無視すると言い切った軍の官僚。それに、航務を守るのが仕事だと、聞きにくいことをあえて
自分が聞いたスタッフ。かれらの言葉に気負いがないのは、かれらがそのポリシーを生きているからだ。はっきりと、それを生きているから、
その淡々とした言葉のなかに人をハッとさせるものがある。
 それに比べて自分は、何も解決に役立ったわけでもなく、かえってあのパイロットにバカにされて……。
 言葉を尽くしても伝わらないものがあるかも知れないことは、アシュレイにもわかっている。それでも、説明もしないでわからせようと
するのはムリだ。いや、フライトを守る機長の信念が本物なら、例え相手がどうあれ、伝える努力はしたろうし、するべきだったと──
 いまの、アシュレイにはわかっているから。だから、せっかく来てくれたティアのすまなさそうな顔を見ても言葉が出ない。本当に
言いたいことは伝えられない。
 もし、自分を信じてくれるなら、心配するより、待っていて欲しかった。まだ新米でも、自分だってティアの会社の機長だ。例え不出来な
対応しかできなくても、絶対にティアにはごまかしたりはしないから、だから、自分が報告に行くまで待っていて欲しかった、とは──……。
 飛ぶことは小さい頃からの夢で、父親の姿を間近に、大きくなったらあの金色の翼で大空を飛びたいと願ってきた。でも、絶対に
パイロットになろうと思えたのは、
(おまえを乗せて飛びたかったからだ……)
 ティアを乗せて、ティアの会社の翼で飛びたい。パイロットには決してならないティアだけど、自分がティアの翼になって、ティアを
大空に連れていくんだと思ったから。
『大きくなったら、俺がおまえを乗せて飛んでやるからな!』
 幼い頃の約束に、瞳を輝かせて頷いたティアの姿がいつも目蓋にあったから、訓練にも、『もっと冷静になれ』との指導にもすなおに従えた。
 大切なその夢の第一歩は、もう適った。機長にもなれて、ティアを乗せて飛ぶこともできた。
 だから今度は自分は、
(おまえが誇れるようなパイロットになりたいのに……)
 自分が飛ぶことを、ティアが誇りに思えるようなパイロットになりたいのに──
 なのに、自分の今回の機長としての態度は、この程度。
(心配するな、なんて言う資格、俺にはないんじゃないか──)
 そのことがずっと頭の中を回り続けて、情けないのと悔しいのと腹が立つので眠れなかった、というのが正確なところ、なのだった。
 と、唇を噛んだアシュレイの態度を、自分のせいだと思うのか、ティアは瞳を曇らせた。その顔に、アシュレイはよけいに情けなくなる。
柢王はといえば、言うべき時にはガツンと言って来る男だが、今回は、複雑な目をして肩をすくめるだけで無言。
 東の空から薄い光が差し込んでじきに夜明けだというのに、テーブルには微妙な空気がたち込める。
 と、ふいに、それまで黙っていた桂花が落ち着いた声で尋ねた。
「アシュレイ機長、そのパイロットの飛び方をどう思いました?」
 その言葉に、アシュレイはハッと顔を上げた。ここに来て、誰かが他の話をしたのは初めてだ。アシュレイも心なしかほっとして、
「ああ。うまい……とは思った。腹は立つけど、飛び方はほんとにうまかった。鳥肌が立つくらい」
 答えると、桂花はやはり落着き払った顔で、
「そうですか。では、オーナー。オーナーさえよろしければ、そのショーの演習を見せてもらいたいのですが」
 問われたティアも顔を上げて、
「え、私は構わないけれど……」
「でも、そのパイロットは出ないんだろ?」
 アシュレイがどう思うか、というようにティアがこちらに顔を向ける前に、柢王が口を挟む。と、桂花はやはり冷静に、
「ですが、レベルは近いと思いますから。旅客機の機長として、軍のパイロットの飛び方を見るのも悪くはありませんよ。スタンスの違いが
よくわかりますから」
「スタンスの違い?」
「軍のパイロットは闘うことが前提です。速さも腕も、撃ち落されないためのものです。だからファイターに臆病者はいらない。
でも旅客機のパイロットは、時に、臆病者だと言われる覚悟が必要なこともありますからね」
 その言葉に、アシュレイは目を見張る。
「え、臆病者だと言われる覚悟……って、桂花、それどういうこと?」
 意外な言葉に尋ねたティアに、答えたのは柢王だった。突然、立ち上がると、
「その意味は、アシュレイがそのうち教えてくれる。だよな、アシュレイ?」
「…柢王──」
 アシュレイは瞳を瞬かせた。と、親友は瞳に笑みを込めて、
「おまえも思うとこはあるだろうけど、それはまとめてから言えばいいじゃん。とにかく、俺らは着いたぱっかりだし、おまえも
寝るのも悪くないだろ。それにティアだって昼から王宮に行くなら少しは休んだ方がいいし」
「私なら心配は……」
 ティアが言いかける言葉を、アシュレイは遮った。柢王と、そして、同じように静かに椅子を引いて立ち上がった桂花の顔を仰ぎ見て、
「そうだな……おまえらも、疲れてるのに悪かった。それに──」
 アシュレイは息を飲む。桂花の、夜明けの空の色をした瞳を見つめて、
「……礼が……言えるようになったら、言うからな」
 ティアが目を見張る。にやりとした後、苦笑に近い笑みを浮かべる柢王の横で、桂花は、
「吾に言う必要はないですよ。では、後ほど」
 ティアが驚いた顔で、去っていくふたりの顔を見つめる。アシュレイもまたそれを見ていたが、その瞳はいま、明けていく光に
ルビー色にきらめいて、燃えるような赤毛がまばゆい輝きを見せる。
「アシュレイ……」
 不安に似た顔で自分の名を呼んだティアに、アシュレイは頷き、そして言った。
「おまえに、言いたいことがあるけど、まだ言えない。でも、俺も自分で整理して必ず言うから、それまで待っててくれるか」
 と、ティアは瞳を見開いたが、すぐに、
「うん、わかった」
 小さい時から同じだ。ティアは、アシュレイが本当に決めようとする時は絶対にそれを邪魔しない。そんなティアの微笑に、アシュレイも、
小さい頃からの自分の絶対を思い出す。ティアとの約束は、決して破らない。
 そう頷いた機長は、まなざしを上げると、見えない何かを確かめるようにたちまちのうちに金色に輝いていく空を見つめたのだった──


No.146 (2007/09/01 18:26) title:宝石旋律 〜嵐の雫〜(15)
Name:花稀藍生 (p1076-dng55awa.osaka.ocn.ne.jp)


「・・・ものの見事に全部吹っ飛ばしてしまいましたね・・・・・」
 かすれたようなスジのはいる遠見鏡の画面に映される境界の光景を見据え、桂花はため息
をついた。
 後先考えない壊滅攻撃をするのは南の太子だけではない。柢王も一見冷静に見えて頭に血
が上ると手に負えないことがある。
(・・・まったく、バカばっか・・・)と、もう一度桂花は小さくため息をついて、同じように遠
見鏡を見つめる隣のティアを見た。
「二人に帰環命令をだされますか? 守天殿。 今回は目撃者もあることですし、瓦礫の山
をかき分けて例の岩を捜すにも、いったん編隊を組み直す必要があると思われます」
「・・・・・ああ、そうだね・・」
 遠見鏡の画面を見つめるティアは心ここにあらずと言った様子で、応えた。
「それから、あと20分もすれば負傷者が天主塔に到着します。守天殿、どうぞご用意を」
「・・・・・ああ、そうだね・・」
「・・・守天殿?どうかなさいましたか?」
 ぼんやりと同じように返事を返したティアに、桂花が聞き返す。
 ティアは桂花のほうをゆっくり振り向き、それからまたかすれたスジのはいる遠見鏡の画
面に向き直った。その顔はかすかに青ざめていた。
「・・・・なんだろう、遠見鏡の調子がずっと悪い・・・ 嫌な予感がする」
  
  
 そして 中央と南の境界。
「・・・何だこりゃ」
 空中で柢王はあっけにとられて周囲を見渡した。
 土煙が漂っている地表は 見事なまでに更地になっていた。
 衝撃音波で瓦礫がことごとく吹っ飛んだせいである。
 アシュレイの技が直撃した場所に立ち上がっていた蒸気や土煙、熱い瓦礫もことごとく吹
っ飛んでしまっている。
 吹き飛んだ瓦礫は柢王のいる場所を中心として、かなり離れた場所に更地を取り巻くよう
にして積み重なっていた。
「・・・なんだこりゃ、じゃねえだろう!」
 いきなり後ろから頭を思いっきり叩かれて柢王は前のめりになった。
「・・・ゲホッ! お前だって人のことを言えた義理じゃねーだろーがー! ゲホゲホッ! 
前に言ってた“証拠の岩”があった場所ごと吹っ飛ばしてわからなくしちまったのは、お前
も同じだろーがー! ゲホゲホゲホッッッッッッ! ゴホッ!」
 振り返った柢王の背後で、アシュレイが盛大に咳き込んでいる。慣れている柢王は気づか
なかったが、特有の刺激臭が周囲に満ちている。アシュレイはそれをまともに吸い込んでし
まったのだ。
「オゾンだ。吸うな。 さっきの放電で発生し・・・・・・なんだ?」
 周囲を風で吹き払う柢王の肩をいきなり掴んで振り向かせ、顔をまじまじと見つめてくる
アシュレイに、柢王が怪訝そうな顔をする。
「・・・いや、さっき、お前の目の色が何か鉛色に見えたような気がしたから」
「―――――」
 無意識に額に上がりかけた手を、柢王は途中で押しとどめた。
「どしたんだよ?」
「何でもねーよ。お前が頭突きをくらわせてくれた頭が痛てーだけだ」
「イヤミをいうなぁ!」
 軽口を返されたが、さっき掴んだ肩の熱さや、顔色からして、柢王の体調はどうもよくな
いようだ。 そういえば今朝天主塔に呼び出された時に、柢王も帰ってきているが体調を崩
している、とティアが言っていたことをアシュレイはようやく思い出した。 今までのごた
ごたですっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
(・・・それでもあの威力かよ・・・)
 自分の結界にぶつかってきた攻撃の余波(そう、あれで余波なのだ)の衝撃の感覚を思い
出して、アシュレイは唇を噛んだ。その隣でのんきに柢王は周囲を見回している。
「・・・あれ?兵士達はどうした?」
「あいつらはな〜〜〜! 俺が目を瞑れって言ってんのに、おまえの雷光をまともに見ちま
ったのさ! どいつもこいつも涙ボロボロの雪目状態になっちまってるからしばらく使い
モンにはならない。南領へ全員直行させた! ・・・それにしても、お前ちょっとやりすぎだ
ぞ!あれは! 最初の一撃であのデカ虫は粉々になったってのに、後から後からじゃんじゃ
ん雷霆を落としやがって! おかげで俺は大変だったっての!」
「・・・・・ふ〜ん。そりゃ気の毒なことをしたな。・・・けど、アシュレイ。お前怒ってるけど、
俺の雷霆攻撃の規模があそこまででかくなっちまったのは、お前のせ・・もとい、お前のおか
げでもあるんだぜ? ・・・な〜んてな」
 笑って柢王は身を翻した。地表へとまっすぐに降下して、その姿はあっという間に土埃に
隠されて見えなくなった。
「ああ?!―――おい、柢王?」
 降下してゆく柢王の後を慌ててアシュレイが追う。

 ・・・降下しながら柢王は額に手をあてた。
 布ごしに伝わる熱さは熱のせいなのかそれとも―――
(・・・憶えていない)
 記憶が完全に途切れていた。 まともにあるのは、最初の一撃―――いや、もともと一撃
しか攻撃する気がなかったのだが―――だけだ。しかしそれすらも記憶が途中で薄れている。
 そして周囲の光景を見れば、一撃だけで終わらなかったのはすぐわかる。
(・・・俺の意志じゃない)
 戦闘の達人が意識を失っても闘い続けるという例は、たまにある。 柢王も魔風窟などで
一対多の混戦になれば、ほとんど本能だけで闘っている時はある。しかしそれは、敵をどう
斬るか、そしてどう敵の攻撃を避けるか、ということをのんきに頭で考えている場合でない
時の話だ。 けれど 感覚の内側に残る 獣のざらつく熱い舌のような――――あの、狂喜
の感触は―――・・・
「―――・・・!」
 地に降り立った足から力が抜けてゆきそうになるのを、柢王は必死で耐えた。
 額の布に当てた手の指に力がこもる。 布ごと何かをもぎ取ろうとするかのように深く額
に食い込むそれは、鋭く曲がった鈎のように強いものだった。その爪先がまさしく額の皮膚
を割って血を溢れ出させようとするその寸前―――
「・・・・柢王!」
 名を呼ばれて柢王は上を見た。アシュレイが後を追ってくる。
 アシュレイの降下が巻き起こす風で周囲の土埃が晴れ、彼の背後には広がる青空が見えた。
 上空をおおっていた土煙や蒸気がきれいサッパリ吹き飛んで、青空が広がっている。
 何一つ隠すもののない、抜けるような青空だ。
 その青空の向こうから、アシュレイが心配そうな顔でこちらに向かってくる。
(あいつは感情がすぐ顔に出るな・・・)
 それがうらやましくもあり心配の種でもある。 柢王はアシュレイに向かって手を振った。
ちゃんと笑えていることを祈りながら。
  
  
   ・・・・・ ピシャン・・ ―――

 冥界を渡る風は重く水気を含んでいる。
 肌に優しく触れて通るが ひやりとしている。
 その白い肌や髪に触れて通り過ぎる風のことなど一顧だにせず、階に座る冥界教主は金黒
色に光る眸で湖面を見つめている。。
 浮かび上がった負傷者達を回収し終え、冥界を薙いだ光に何事かと集まっていた魔族達も
すでに姿を消している。 湖面は再び静謐を取り戻していた。
 李々は対岸に座し、階に座る教主の姿を深い紅色の瞳で見つめている。
 教主の手元の扇がぱちりと音を立てて閉じられた。
 今、教主は黒き水を天界の結界内に送ることを止めていた。
 先の柢王による猛攻撃で、「力」を通すための管の役の魔族達の大半が脱落したと言うこ
とと、 結界こそ揺らぎはしていないが、中に満たした「水」が、ことごとく蒸発してしま
ったためだ。
「――――・・意外だったな。」
 手元の扇をもてあそびながら、教主が呟いた。
 李々は応えない。あれは独り言だ。対岸に座した李々は静かな表情でただ黙って深い知性
の宿る瞳で教主を見つめている。見守るかのように――――あるいは探るように。
「・・・天界人にも 牙と爪を持つ者がいる ということか」
 ぱちりと音を立てて扇を開く。そして閉じる。
 教主は湖面を見つめたまま、数度それを繰り返し、やがて高い音を立てて扇を閉じると、
それをそのまま階に置いた。
「・・・カケラはまだ残っていたな」
 教主は階から手を伸ばして黒い湖面に指先をひたした。
 ―――静謐な湖面の中央にふいに波紋が生じた。
 その波紋は消えることなく、その中央部からさらなる小さな波紋を生み出しながら湖の面
に広がってゆき、対岸に座す李々の膝元まで小さな波を寄越した。
「李々」
 湖面に指先をひたしたまま、顔も上げずに教主が呼んだ。
「はい」
 その声に李々が すっと片膝立ちの姿勢になる。
「正気で目覚めなかった者達は 全て殺せ。」
「!」
 李々の見開いた瞳に動揺が走る
 柢王の猛攻の際、巨虫に感覚を繋げていたがために、その雷撃の衝撃をそのまま『体験』
してしまい、感覚神経や精神系を焼き切られて湖に浮いた『管』の役目をしていた魔族達の
ことだ。今は李々の与えた鎮静剤で眠っている。
「・・・し、しかし」
「恐怖と狂気と幻の激痛だ。おまえの作る薬では治せまい。」
 ・・・―――――・・・・・!!!!!
 教主の言葉に呼応したかのように、叫び声が轟いた。鎮静剤が切れたのだ。
ただひたすらに何かから逃れようとする恐怖の叫び。一人のものではない。二人・・三人・・・
時を追うごとに叫び声は音量を増してゆき、打ち寄せ返す湖面と唱和するかのように冥界の
底を揺るがせてゆく。
「・・・・・・」
 叫び声の上がる背後に顔を振り向けたまま、李々は動けない。
「一時眠らせても同じ事だ。目覚めれば同じ恐怖と苦痛を繰り返す。」
 李々は教主を見た。水面に視線を落としたままの教主は、一瞬だけその金黒色の眸を李々
へと向けた。
「―――お前なら、わずかな苦痛すら感じさせることもなく、一瞬で終わらせることが出来るだろう」
「―――――」
 わずかな逡巡の後、全ての感情を深く奥底に押し込めた能面のような表情で、李々は教主
に深々と頭を垂れた。
「・・・―――御意 」
 李々は立ち上がり、教主に背を向けた。 艶やかな光を帯びて背に流れる赤い髪はすぐに
冥界の薄暗がりの中に溶け込んで見えなくなった。
 教主は一人になった。
 階から身を乗り出し、指先だけでなく手首まで黒き水に差し入れる。背に流していた金の
一房が肩口を流れ滑って湖面に落ち、扇のように広がった。
 波紋は生まれ続け、岸辺に打ち寄せ、帰ってくる波とぶつかり合い、湖面全体を揺さぶり
始めた。
 黒き水の飛沫が金色に輝いて湖面に降り注ぐ。
「一対一ならば、たやすく勝てるか。 ―――では、複数を相手にすればどうだ?」
 金に輝く黒き水の下で、教主の手が何かをつかみ取るように握り込まれた。
 ―――水面に打ち寄せ返す波紋の中より生まれ出た  数多の金の飛沫が一斉に上空へ
駆け上っていったのは、次の瞬間だった。


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