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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.129 (2007/07/08 16:39) title:恋愛ドラマの作り方  −Second step−
Name:実和 (u070138.ppp.dion.ne.jp)

 アシュレイは20階まで一気に階段を駆け上がった。無性に走りたかったからである。と、急に視界が開けて思わず目を細めた。廊下は大きな窓がずっと続いていて、展望台のような設計になっている。目前にはにょきにょきとビル群が建っていて、それらの合間を縫うように遠くに水平線の薄青い線が見える。あぁ、今日はよく晴れているんだなと思った。ずっとスタジオに籠もっていたから全然気づかなかった。20階はおしゃれなカフェのような社員食堂があるが、落ち着かないから滅多に利用しない。もっぱらスタジオでコンビニ弁当だ。でも、この景色は好きだ。空を飛んでいるような気分になる。いくら好きでもモグラのような生活に息が詰まってくることもある。そんな時はここまで一気に駆け上るのだ。今日はそんな気分だった。
 スポンサーとなると自分にはどうしようもできない。自分は外部の人間なのだ。いくらいい物を作り上げてもどうしようもないことがあるのだ。そう頭では理解しつつ腹が立つ。
「クソッ」
アシュレイはこんな天気に不似合いな気分を少しでも吐き出すように呟いた。昼前なので廊下には人気がない。窓に向けて置いてあるソファにゴロリと横になった。人が通っても隣の観葉植物が目隠しになってくれるだろう。目を閉じると瞼を通して日の光が透けて見える。うとうとしていると突然腹の上に何かがボスンと落ちてきた。
「ぐえっ!」「わっ!」「社、社長!!」
様々な悲鳴が交差し、(ちなみに最初のはアシュレイである)アシュレイが飛び起きた。
「な、何だ〜?」
腹をさすりながらソファの下を見ると、尻餅をついていた青年が淡い金色の頭をさすりながら立ち上がった。
「ごめんなさい、気が付かなくて。あ・・・」
アシュレイも彼の姿が記憶の隅に引っかかった。確か。
「社長、お怪我はありませんか?」
「うん。私は平気だよ、山凍殿」
慌てて近寄ってきた男を見上げた青年の顔を見てアシュレイは「あっ」と声を上げた。
「お前、昨日木にひっかかってた奴!」
「そういう覚え方はやめてよ」
昨晩出会った現場志望の(とアシュレイが勝手に思っている)青年は苦笑した。
「何してんだよ。仕事中じゃねーのか?」
「仕事の途中だよ。ちょっと座ろうと思ったら気が付かなくて君の上に座ってしまった。本当にごめんね」
気が付かなくてって。
「仕事のことでも考えていたのかー?それだったら俺だって・・・」
て、こいつの仕事って。
アシュレイはようやく青年の傍で苦い表情をしている大男の存在に気が付いた。
そういえばこいつはさっき何と言った?
アシュレイがさっきの騒動の記憶をプレイバックさせる前に大男が口を開いた。
「お知り合いですか?社長」
しゃ・・・
「社長〜〜〜〜!?」
アシュレイはルビーの瞳をりんごくらいに見開き、口をぱくぱく動かした。空気しか出てこない。それを見て青年は困ったように微笑んだ。
「そういえば昨夜は言っていなかったね」
アシュレイの顔が噴火寸前に真っ赤になった。
社長だったとは。そういえばここの局のパンフレットに写真が載っていたような。同僚の女の子達がキャーキャー言っていたような。
「彼は製作会社から来てくれている美術さんだよ。アシュレイだったよね、こちらは秘書の山凍殿」
秘書というより香港映画のアクションスターが似合いそうな男はむっつりとアシュレイを見ただけだった。
「社長、お客様がお待ちになっております」
「あぁ、そうだね。それじゃあ、アシュレイ。仕事頑張って」
「あ、は、はい・・・」
笑顔で軽く手を振って青年社長は秘書を伴いアシュレイの前を通り過ぎた。上等なスーツに包まれた細い背中を見送っていると、アシュレイは自分を20階まで走らせた原因を思い出した。アシュレイは理性よりも感情の方が光速のごとく速い。
「おいっ!ちょっと待てっ」
丁度廊下の角を曲がろうとしていた背中が止まる。アシュレイは青年社長から10歩ほど離れたところまで走り寄り、ビシっと指を突きつける。
「頑張って、じゃねーよ!お前、昨日俺が担当しているドラマを知ったよな。ドラマが中止になりそうなこと知っていて何で黙ってたんだよ!」
確かに昨夜、アシュレイは彼に自分が担当しているドラマを教えていた。
動きかけた秘書を目顔で止め、青年社長は冷えた眼差しでアシュレイを見た。
「関係者というだけでそんな大事なこと喋れるわけがないだろう。それに君はうちの社員じゃない」
「でもっ、でも、クランクインまでもう時間がないのに、こんな時に中止なんて!」
「君の心配はありがたいけどね、直前で企画が白紙になるなんてことはこの世界じゃよくあることじゃないか。君だって知っているだろう」
アシュレイはぐっと詰まった。彼の言う通りだ。資金繰りとかあらゆることが原因で消えた企画なんてたくさんある。衣装合わせの段階で中止になってしまった話しもある。今のところアシュレイにそんな経験はない。全部聞いた話だ。しかしそんな経験、まっぴらごめんだ。
「もちろん私も人事とは思っていないよ。このドラマはうちの目玉だからね」
秘書は促すように社長の背に手を添えた。
「君の作品への情熱は理解しているよ」
呟くように言うと青年社長はそのまま歩き去って行った。
アシュレイは拳を震わせてその背中を見送るしかなかった。

 ドラマはとりあえず待機となってしまったので予定がぽっかり空いてしまった。いつまでこのぽっかりが続くか分からないということが余計にアシュレイを苛立たせる。殺気のオーラを揺らめかせながらエントランスまでぶらりと出た。エントランスには出入りする社員や見学者の一団などが行き来している。その中に何組かスーツを着た3、4人ほどの男性が、ここの社員らしき人間と話ながら歩いている。どうやら他社の人間が仕事で来ているようだ。アシュレイはふと思いついた。スポンサーのことなら営業が窓口になっている。そこの人間なら今回のことを何か知っているじゃないだろうか。アシュレイは携帯を取り出し、アランに電話をかけた。

 丁度、昼時だったのでアランは社員食堂に誘ったが、あそこのキラキラした(洗練された)雰囲気が苦手だと断ると、アランは近くの公園まで出てきてくれた。文句も言わずアシュレイの我侭にニコニコと付き合ってくれる奇特な青年である。
というわけで、アシュレイはアランと2人でベンチに座って、アランが食堂でテイクアウトしてきてくれたサンドウィッチを頬張っている。あそこの雰囲気は苦手だが、味はいいよなと思った。
 そして例の一件について尋ねてみた。
「もう大変なんですよ。仲介の広告代理店も事情をよく分かっていないみたいだし」
「本当にあのドラマ、中止になるのか!?」
「それは絶対避けたいところです。あのドラマは目玉ですからね。だから今、社長も頑張ってくれています。午前中もブラック&ヘルの取締役と会っていたらしいですし」
さっき会ったときは丁度それに向かうところだったのか。でも本当にドラマ中止を阻止する気があるのだろうか。アシュレイは冷ややかな眼差しを思い出した。
「噂によればあちらの取締役とうちの会長とでいざこざがあって、それが原因らしいです。本当のことは分かりません。でも、何であれドラマが中止なんてことになったら・・・。考えただけで頭が痛いですよ」
アランがコーヒーに視線を落としてため息をついた。
さっきまで威勢が良かったアシュレイも、何となく一緒に落ち込んでしまった。
「こういうことになったら俺達がいくら良い物作ったって、何の役にも立たねぇよな。所詮、そっちからのゴーサインが出なかったら俺達の出番はないわけだし」
アランは慌てて首を振った。
「そんなこと・・・。毎回、アシュレイさん達が良い物を作ってくれるから視聴率が取れるんです。そうでなくちゃスポンサーもついてくれません。おかげで俺達だって仕事がやりやすくなっているんです」
「そうかな・・・」
「そうですよ。視聴率が取れるってことはそれだけ大勢の人達にとって魅力がある番組だからです。大勢の人達が見ているのを知っているからスポンサーだって契約してくれるんです。今回だって何か行き違いがあったんでしょうけど、先方だって今までの実績を考慮してくれると思いますよ。それができるのはアシュレイさん達のおかげなんです」
一生懸命言ってくれるアランの言葉が嬉しかったが、どう表していいか分からなくてアシュレイは残りのサンドウィッチを一口で食べ、コーヒーを一気飲みした。アランはそんな様子を微笑みながら見つめていた。

 数日後、アシュレイは宝石店のCM撮影に参加していた。ブラック&ヘルのグループ会社であることを聞いて無理やり付いてきたのだ。敵情視察もしたいが、何よりも仕事に集中してささくれた気持ちを落ち着かせたかった。あの青年社長に噛み付いたことを上から何か言われるかと思っていたが、何も言われないので拍子抜けと同時にホッとした。
 ドラマのことは移動の車中でも話題になった。アシュレイもそのことを尋ねられたが、「まだ決まったわけじゃねーよ」と返すしかなかった。実際ちっとも分かっていないのだ。
 撮影が行われるのは宝石店の中だった。大通りに面した、ヨーロッパで見かける古い石造りの建物を模した馬鹿でかい店舗で、撮影場所として用意された部屋は30畳ほどの総大理石の白く輝く部屋だった。大理石に見える壁紙ではない、本物だ。機材を床に下ろすだけでも緊張する。
おまけにCM用に用意された宝石はシンプルだが値段の見当もつかないような高価なものばかりだ。
「本日はよろしくお願いいたします」
と笑顔で挨拶した従業員もモデルのような洗練された美人だ。
Tシャツにジーンズというゴージャスな空間に明らかに不似合いな格好でモソモソと準備を始めたアシュレイ達に、先ほどの従業員は続けた。
「本日は撮影の見学をしたいと、もうすぐ本社から取締役も参ります」
何っ!?アシュレイはギラリと振り返った。何と敵が自ら来る。アシュレイはこの雰囲気のせいで本来の目的を忘れかけていたが、俄然道具を運ぶ手にも力が籠った。
 出演する女優も入り、撮影が始まった頃、入り口の方が俄かに騒がしくなった。と、大勢の従業員を従えて総大理石の部屋を超越したような雰囲気の男が現れた。金髪をゆったりと流した背の高い美男で、思わず撮影が止まってしまったほどであった。噂のブラック&ヘル・コーポレーションの代表取締役、冥界教主である。
 冥界教主は従業員が用意した革張りの椅子に腰掛けながらスタッフににっこり笑いかけ、
「皆さん、我のことは気にせず仕事を続けてください。我はしばらくここで見学をさせて頂きます」
と鷹揚に言った。
その言葉にスタッフ達はぎこちなく仕事を再開した。アシュレイはさりげなく冥界教主の近くで道具の手直しを始めた。敵をよく知ることが勝利への近道である。アシュレイは1人戦闘態勢であった。あの青年社長も一応動いているらしいが、あのスカした態度を見る限り期待はできない。所詮数字が取れれば下々が踏んだ大変な過程なんざ、知ったことではないと思っているに違いない。だったら俺が撮影再開させてやる。あんな奴に任せていたら一生あのドラマは日の目を見ない。アシュレイは手にした小道具の陰からじーっと冥界教主を見つめていた。見られている方はいたってくつろいだ様子で撮影を眺めている。時折、手にした資料に目を落としたり、従業員に何か尋ねたりしている。と、部屋に入ってきた従業員が冥界教主に何か囁いた。アシュレイは手にしたネジをさりげなくそちらの方へ転がし、それを慌てて追いかける振りをして聞き耳を立てる。全部は聞こえなかったが、「天界テレビ」という単語だけが耳に入った。ということはあのドラマのことだ。冥界教主は静かに部屋から出て行ったので、アシュレイもその後をこっそり付いていった。


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