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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.128 (2007/07/07 23:33) title:恋愛ドラマの作り方  −First step−
Name:実和 (u188171.ppp.dion.ne.jp)

 都内某所にある大手テレビ局、「天界テレビ」。
 局内の廊下を「白い○塔」の回診シーンのように闊歩する年寄りを中心とした満足顔の団体がいた。
「今度のドラマも初回からうちの視聴率がダントツでしょうね」
「前回も最終回までトップだったからのぉ。今回もまず間違いないじゃろう」
 局幹部達、通称「八紫仙」。その名前の由来は不明だが、8人全員が会長から下賜された紫のスーツを着ているからだと言われている。恐らくは何か大変名誉な記念品であろう。なぜよりによって紫なのかとか、「八紫」は分かるが「仙」は何だ、むしろ「32」ではないか、などの答えられない質問はご遠慮願います。えぇ、たとえあなた様が株主でも(その一方で、32人も紫スーツが増殖したら鬱陶しいというご意見も一部承っております)。

 さて、話題の新ドラマだが、若い男女とその周囲の人々が繰り広げる恋愛劇である。

 ヒロインと、一流企業に勤める、しかも仕事もできるというプレイボーイとが出会い、男性はドジだがひたむきなヒロインの姿に心癒され、真の愛に目覚め、その一方で常に斜に構えている男性に当初は反発するヒロインが、本当は優しくて繊細な彼の姿を知って心惹かれていき、さらに周囲の人間関係も絡めつつ、横恋慕等のお約束の障害や、それによって生じるお約束のすれ違いを乗り越え、お約束の全員揃ってのハッピーエンド・・なんてお約束の展開がお約束されている笑いあり涙ありのドラマである。脚本は人気脚本家が手がけ、主演は若手ナンバーワンの女優と俳優。脇は最近注目のアイドルやお笑い芸人、ベテラン俳優で固めている。放送は毎週月曜の夜9時から。どうぞお見逃しなく。
 
 地下のAスタジオでは現在、新ドラマの準備が進行中である。
金鎚や電気ドリルの音がけたたましく響き、木屑の粉がもうもうと上がる中、たくさんの人間が大掛かりな作業していた。その中でアシュレイも黙々とベニヤ板に釘を打っていた。これはヒロインが住む部屋の壁に使われるものだ。すぐ側では同僚が床部分を作っている。撮影開始の日に間に合わせるため、作業は急ピッチで行われている。今回のドラマは恋愛もので、キャスティングも豪華である。すでに業界内では高視聴率が予想されている。
 アシュレイは立って、板の継ぎ目を確認した。彼にとって視聴率は正直二の次であった。もちろんスタッフの一員として、自分が関わった作品が高視聴率であれば嬉しいが、自分が納得いく仕事ができたかということの方が大事だった。大道具を担当してもう数年経つが、未だに自分の仕事に対する情熱は変わらない。むしろ物作りの奥深さを実感する度にそれは増していくようだ。
「アシュレイ。壁できたら組み立てるぞ」
同僚が声を掛けた。
「あぁ、もうできる!」
振り返って大声で答えてからアシュレイは急いで木材に最後の釘を打ち込み、仕上がりを確認すると数人でそれをセットの中へと運び込んだ。
「俺、もう3日も家に帰ってねー。風呂も入ってねーよ」
「俺も彼女に会ってないんだ。少なくともこれが終るまで無理だよな」
「テメーらグズグズ言ってんじゃねーよ。スケジュールが押してんだぞ」
アシュレイはぼやく同僚を蹴飛ばし、さっさと壁を組み立て始めた。
「あーぁ、今日も徹夜だな、きっと」
誰かの声で、携帯電話で時間を確かめるともう夜中だ。アシュレイは仕事で家に帰れないのも風呂に入れないのも平気だった。「そんなんじゃ出会いもないじゃない」と姉はため息をつくが、同僚達の、彼女がどうしたとか今度の合コンの相手は一流企業のOLだとかの話題には全く関心ないし、姉とその恋人との付き合いを見ても、姉が幸せなのは弟として大いに結構だと思うだけで、振り返って我が身を嘆くという気持ちは皆無だった。仕事が何より面白いし、第一「男は仕事」と思っているのだ、本当に。
 それでも今日で丸1週間スタジオに篭っている。体力だけには自信のあるアシュレイだが、さすがに少し疲れた。
「よーし、少し休憩しようか」
壁を組み立て終わった時、リーダーが声をかけた。途端に現場の空気が緩み、やれやれという感じで皆あくびをしたり、積み上げられた荷物の上や床など思い思いの場所に寝転んだりした。
 アシュレイも伸びをすると、コーヒーを買いにスタジオを出た。地下階のロビーには人気はなく、自販機から買ったコーヒーのプルトップを抜くと空々しく明るい蛍光灯の下、カコンという軽い音がやけに大きく響いた。アシュレイは微かに甘いコーヒーを半分ほど一気に飲んだ。と、その時
「クッシュン!」
後ろで大きなくしゃみがして、アシュレイは思い切りコーヒーを吹いた。
「な、なんだよ」
振り向くと、後ろの大きな鉢植えの木の陰から鼻を小さくすすりながら青年が出てきた。仕立てのいい淡いベージュのスーツを着た、見たこともないくらい美しい青年だった。
「何やってるんだよ、お前」
しかも、なぜか髪を木の枝に引っかけてじたばたしている。アシュレイはズカズカと近づくと枝を取ってやった。
「ありがとう」
青年はやっと枝から解放されるとにっこり笑った。その笑顔はどきりとするほどきれいだったが、アシュレイはただぶっきらぼうに頷いただけだった。男の笑顔にどきりとした自分を不覚と思った。
「休憩していたらつい寝てしまって。寒くなって目が覚めたんだ」
青年は照れたように言った。
「ここまでわざわざ降りて休憩しているのか?」
青年の洗練された服装から上階にあるデスクワーク系の部署にいる人間であろうと見当をつけた。
「うん。でも現場の空気が好きなんだ。現場の仕事はよく知らないけれど。時間があればこの辺りに来るんだ。そういえば君のことも何回か見たよ。製作会社から来ているんだよね。美術さん?」
「あぁ、大道具なんだ」
本当に現場に興味があるようだ。青年はアシュレイと同じ年齢くらいだ。きっと入局した時に製作に行けなかったのだろう。それとも入局してから現場に興味を持ったのか。
「好きなら現場で仕事できるように異動願い出したらいいじゃねーか」
アシュレイの言葉に、青年は曖昧に笑顔を返しただけだった。それを見てアシュレイはテレビ局も色々あるんだなと思った。
「おーい、アシュレイ、どこだよー。もうすぐ休憩終わっちまうぞ」
背後から同僚の自分を探す声が聞こえた。壁に掛かっている大振りの時計を見るとそろそろ休憩が終りそうだ。アシュレイは器用に空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
「じゃ、俺、行くわ。今、大詰めなんだ」
「何の番組をやっているの?」
アシュレイはドラマのタイトルを言うと、青年が微かに複雑な表情を見せた。それに気が付かず、アシュレイは「じゃあな」と言うとスタジオへとダッシュした。
アイツ、現場でやっていくにはちょっと頼りなさそうだな、と走りながらさっきの青年のことを思った。しかし要はヤル気の問題である。
もし、現場に来たら俺が鍛えてやるか。
「あー、その前に準備、終るかなー」
人のことよりまず自分のこと、である。
アシュレイはスタジオ目指して素晴らしいスピードで廊下を走りぬけた。

 結局、アシュレイは仲間と共にスタジオに泊り込みとなった。やっと一段落ついた時には夜明け近くの時刻になっていた。
「うーん・・・」ガンっ、ガラン。「デっ!!」
飛び起きると目の前には積み重なった木材があった。どうやら寝返りをうった時に角で頭をぶつけたらしい。アシュレイは頭をさすりながら胡坐をかいて周囲を見渡した。スタジオの床の上に寝ていたようだ。組み立てた後の記憶がないので終った瞬間床にひっくり返ったのだろう。それはアシュレイだけではないようで、他のスタッフ達も同じように床の上や荷物の上で鼾をかいている。結構大きな音をたててしまったというのに誰1人起きない。まぁ、やっと目途がついたんだもんなぁ。アシュレイはスタジオの頼りない照明の中に浮かび上がるセット達に目を細めた。残っている幾つかの工程を頭の中で反芻して、間違いなくクランクインに間に合うことを確認して一人頷く。
 クランクイン前の作業も楽しいが、撮影もアシュレイは楽しみだった。撮影中も道具を組み替えたり、直したりする作業はあるし、何よりも自分が作った道具達が生き生きとその存在を輝かす瞬間を見るのが嬉しかった。それらはただの物ではなく、物語を鮮やかに彩らせる。
 アシュレイはさっき頭をぶつけた木材を撫でた。クランクインの日が楽しみだ。

 再び作業が始まったのは午前8時くらいからだった。スタジオは相変わらず耳がおかしくなりそうな電機工具の音が響き、木屑が舞っている。しかし、ピークは乗り越えてしまったので、昨日までの殺気立った雰囲気はなく、作業するスタッフの手付きもどこか気楽な様子だった。アシュレイものんびりと図面を眺めて配置の確認をしていた。
 ふとスタジオを見渡すと、いつもより人数が少ないことに気が付いた。上の人間が何人か姿を消している。
「なぁ、今日は少なくねぇか?」
アシュレイは側にいた同僚に尋ねると、緊急に召集があったのだという。
「ふーん」
何か変わったのだろうか。俳優が急に降板したとかだったら代わりが誰になろうが足を引っ張る奴じゃない限り構わないが、セットを全部作り直しとなったら話しは別だ。そうなったら怒鳴り込んでやる。
 その時、スタジオ入り口の鉄のドアが開いて、今回のドラマの脚本を書いているナセルが入ってきた。
「よお、ナセル」
アシュレイは手を振ったが、いつも穏やかなナセルの表情が暗かった。アシュレイの顔を見るとやっと微笑んだ。
「どうしたんだ。どっか悪いのか?寝てないとか」
何せ売れっ子脚本家である。
しかし、彼は首を振った。
「別に何ともありませんよ。でも・・・アシュレイさんはまだ何も聞いていないんですか?」
「聞くって?何を?」
「今回のドラマのことです。この間ブラック&ヘル・コーポレーションが急にスポンサー降りるって言い出したそうです。それで・・・、ドラマが中止になるかもしれないって。さっきミーティングでそう言われました」
「な、なんだってーっ!?」
アシュレイの絶叫がスタジオ中に響いた。ナセルの言葉を聞いたスタッフ達も一斉にざわめきだした。
「ブラック&ヘル・コーポレーションって1番の大口だろ?」
「でも、何で!?」
ブラック&ヘル・コーポレーションとは、人材派遣で急成長を遂げている企業で、もちろん一部上場だ。天界テレビにもブラック&ヘルからの派遣社員が多く働いている。最近では宝石の販売でも成功を見せていて、今最も注目を浴びている企業の一つである。スポンサーを降りられるとなると、かなりの打撃である。その場にいる全員の表情に言い知れぬ不安と驚愕が浮かんでいた。
「社長を始め、トップの方にも衝撃が走っているらしくて。結構混乱しているようです。まぁ、でも決定ではないそうですから」
ナセルが気を取り直すように明るく言った。
「そうだよな。あそこの取締役とここの会長って懇意なんだろ?そんな無茶なことはないよな」
皆もそうだよな、と自分を納得させるように頷いた。そう思いながらもアシュレイはまだ不安だった。
「アシュレイさん?」
他のスタッフは三々五々作業へと戻っていったが、アシュレイだけはクルリと背を向けてナセルの呼びかけにも振り向かずスタジオから出て行った。


No.127 (2007/06/17 23:01) title:桂花の留学生活6
Name:秋美 (121-83-25-213.eonet.ne.jp)

 翌日、いつも通り登校した桂花は、朝一番に理事長室に呼び出された。反応の早いことだ。
しかし、当然といえば当然だろう。
将来国政に携わる事が確実である王族が、半人前のうちから敵国の人間と関わって良いことなどあろうはずがないのだ。
今度こそ、完全に外界から遮断された場所に監禁されるかも知れない。どうせ遠からず処分される身だ。
多少扱いが手荒くなるくらいで嘆くような繊細な神経はとうに捨ててしまっている。
「粗相のないように」
 先導して歩いていた職員に念を押され、小さく頷く。
「理事長、留学生を連れて参りました」
「ありがとう、入りなさい」
「は、失礼致します」
 桂花も俯き加減に足を進め、理事長のデスクの前に立った。
「君は下がって良い。通常業務に戻って下さい」
「しかし」
「彼はこんな場所で私に害を及ぼすほど頭は悪くありません。下がりなさい」
「かしこまりました。しかし、何かございましたらお呼び下さい」
「私の身を気に掛けるのは君の職務ではないはずだ。余計なことはしなくていい」
「……出過ぎたことを申しました。お許し下さい」
 渋々といった様子で、桂花を案内した職員は出て行った。
 この状況に、桂花は少なからず驚いていた。扉が閉まってしまった今、理事長室には理事長と桂花の二人がいるだけだ。
「よろしいのですか。私のような者と無防備で向き合うようなことをなさって」
 思わず言ってしまった。
「構わないよ。伝えたいことがあっただけなんだ。立ったままではなんだし、そちらに掛けてもらえるかな」
 何でもないことのように応接用のソファを指され、桂花は軽い目眩を覚えた。
一対一で話すのは初めてだが、初対面と時とはあまりに印象が違いすぎる。
身柄を引き取られる時には、この理事長は物静かだが隠しがたい威厳を滲ませ、抑揚のあまりない言葉で最低限の言葉を発しただけだ。
「その方の身柄は我が学院で預かることとなった。身を慎んで学ばれよ」
 跪き、顔を伏せたままだった桂花は、まともに顔すら見なかった。
 その時の理事長と今目の前にいる理事長とが同一人物とは思えない。珍しいことに、桂花は本気で混乱していた。
「そんなに硬くならないで。とって食べたりはしないから。すぐに済ませるから、とりあえず座ってもらえるかな」
 再度すすめられ、ようやく桂花は動くことができた。
「失礼して、座らせて頂きます」
「うん。授業前に呼び出したりしてすまなかった。
私もいろいろ予定があって、朝を逃したら今日中に時間が取れるか分からなかったものだから」
「とんでもありません」
「単刀直入に言わせてもらおう。要件は二つだ」
「はい」
「できれば、柢王を裏切るようなことはしないでもらえると嬉しい」
「……は?」
 予想外の言葉に、眉をひそめてしまった。
「柢王は私の大切な友人だ。彼が悲しむのを見るのは忍びないから、お願いだけはしておこうと思ってね」
「ご命令では、ないのですか」
「君もいろいろなものを背負ってここにいるはずだ。命令したところで、聞けないこともあるだろう。
しても無駄なことは、私はしない。ただできるなら、柢王の味方になってあげて欲しいんだ。
彼がこの学院に入ってから、積極的に第三者に近づいたのはこれが初めてなんだよ。
君の掟と誇りに触れないなら、彼の傍にいてくれると嬉しい。これは柢王の友人としての頼みで、ただの希望だよ。
 君にもし何かあったら――恐らく柢王は自分の身分や立場を顧みないで動いてしまうだろう。
強引に引き離したりしたら、間違いなくそうなる。
そうなれば私は彼を処断しなければならないし、騒乱の火種になった君もただでは済まないだろう」
 つまり理事長は、自分の安全の為にも柢王の傍にいた方が良いと言っている。
「私といることで、彼の立場が悪くなるのではありませんか」
「うん。なるだろうね」
 あっさりと、理事長は認めた。
「昨日柢王が私に君の保護を訴えに直談判をしにきたんだけど。私もはじめは止めたんだよ。
関わらない方が良いって。でも聞くものじゃない。
だから友人としては、できる限りのことはしようと思ってね」
「……」
「公に私の権限が及ぶのは学内だけだ。ここにいる限りは、柢王も君も守ることができる。
でも、何かあってそのことが外に漏れたら、私は私情で動くことは許されない。わかるね」
 公人としての理事長を初めに見ている桂花は、実感を持って頷いた。
「できる限りご期待に添えるよう、努力致します」
「ありがとう。あとできれば、君に私が言ったことは柢王には内緒にしておいてくれると助かる」
「はい」
「そして二つ目なんだけど。保健医から正式な要請が昨日あってね。君を助手に欲しいそうだ。
時間のある時には保健室に顔を出してもらえるかな」
 昨日の今日だというのに、一樹はさっそく動いてくれていたらしい。
有言、即実行の見本を見せつけられたような気分だ。
「喜んで、お手伝いさせて頂きます」
「そう、ではお願いしよう。話はこれだけだよ」
「はい。失礼して授業に行かせていただきます」 
 一礼して立ち上がる。
「桂花」
 そのまま出て行こうとした桂花の背に、声がかけられた。
「私は、東に貸しを作るために君を引き受けた」
 桂花は足を止めた。
「連中は体よく君をここで始末するべく機会を狙っているはずだし、私はそれを黙認するつもりだった」
「当然のことかと存じますが」
 振り向かずに答える。
「でも柢王が流れを変えた。君が生き延びるための細い一本の道を、柢王は作ろうとしている」
「……」
「まだ死ぬつもりがないのなら、生き残る努力をして欲しい。君にはそれだけの知恵があるはずだ」
「おとなしく殺されるのは、御免被ります。吾には自虐の趣味もありません。……ありがとうございます」
 無礼とは思いつつ、最後まで振り向くことはできなかった。
ポーカーフェイスのままでいる自信がなかったのだ。


No.126 (2007/06/17 22:56) title:桂花の留学生活5
Name:秋美 (121-83-25-213.eonet.ne.jp)


「お待ちしておりました」
 校門脇の車寄せには、すでに1台しか車がない。もう部活動の時間もとっくに過ぎているのだから当然だ。
もちろん桂花は、自分を監視しているような連中に下校が遅れることなど伝えていなかった。
慇懃に頭を下げたスーツ姿のこの男は、2時間以上ここで待ちぼうけをくらったことになる。
しかし彼の表情筋はぴくりとも動かず、余計な言葉も一切話さない。
「お待たせしました」
 対する桂花の声にもまったく感情というものが籠もっていない。
「お手を」
 短い言葉に促され、桂花は左手を差し出した。紫微色の美しい手首に無粋な黒い腕輪がはめ込まれ、微かな電子音が響く。
「桂花?」
 黙っていた柢王が、低い声で問いかけてくる。たった今桂花に装着されたものが何であるのか、彼は知っているのだろう。
しかし、それに関してここで問答することは避けたかった。
「柢王、送って下さってありがとうございました。この通り、迎えがおりますので今日はここで」
 そして車に足を向けかけたが、柢王がそれを許してくれなかった。思いのほか強い力で肩を掴まれたのだ。
「待てよ」
 ぐい、と引き戻され、その動きを予測していなかった桂花の身体が傾いた。バランスを崩した身体は、あっさり柢王に抱きとめられる。
「こ、困ります!」
 振り向きざま叫んだがあっさり無視された。柢王が一歩踏み出したことによって、桂花は彼の背中に庇われる形になる。
「気にいらねーな。俺のダチを犯罪者扱いか?」
「貴方には関係のないことです」
「許さないと言ったら?」
「貴方に命令権はありません。喚くなりなんなり、ご勝手になさればよろしい。私は職務をまっとうするだけです」
 スーツの男は小揺るぎもしない。
「桂花殿、こちらへ」
「はい」
 従順に頷いた桂花は、切実な願いを込めて柢王を見た。
「行かせて下さい。この腕のこれは、吾のためのものでもあるんです。この国でどんな扱いを受けても仕方のない吾の、身分証を兼ねています」
 発信器とバイタルサイン測定器が組み込まれた黒い腕輪は、本来なら監視の必要な犯罪者に取りつけられるものだ。
しかし、桂花の腕にはまっている腕輪には、くっきりと金で王家の紋章が象眼されていた。
この紋章を身につけている者には、いかなる職務の人間も、許可無く手を出すことができない。
元服した直系の王族にしか発行の許されない紋章は、この国における最高位の身分証だった。
「これは、王太子の紋章か」
「そうです。翔王様より賜りました。校内にいる時には、必要がないので外して頂いています」
「わかった。……行けよ」
 悔しそうな声に背を押され、桂花は今度こそ車に乗り込んだ。
「納得したわけじゃないからな」
「承知しております」
 動じずに柢王をいなした翔王の部下は、軽く一礼を残して踵を返した。
 車が走りだしても動こうとしない、今日知り合ったばかりの少年の姿が、網膜に焼きつけられたように桂花の中から消えなかった。
「一週間も経たないうちに、あれほど友達思いの友人を作られましたか」
「今日が初対面です。友人などとは……」
 必要事項以外の言葉をこの男が発するとは珍しいこともあるものだ。
「彼は、そうは思っていないようでしたが」
「一方通行の友情があっても、ここではおかしくないのではありませんか?」
「彼も報われないことだ。お分かりでしょうが、深入りはなさらないように」
 監視者に、言われるまでもなかった。
「心得ております」
 平然と返し、桂花は視線を落とした。
 国の上層部に睨まれ、監視付きの生活を送っている自分と関わって良いことなどありはしない。
恐らくこの男から報告が上がれば、あの柢王という少年にも警告が為されるだろう。
彼はいずれ、この国の中枢を担うであろう人物なのだ。
その経歴に傷を付けるようなことは、周りの人間が許さないはずだった。
 桂花に与えられた住居は、学園にほど近いマンションの最上階にあった。
この階に入居しているのは、桂花とその監視に当たる者だけだ。
関係者以外が訪れることはなく、単独での外出はもちろん許されていない。
部屋からは、外部と連絡を取るための機器の一切が排除されており、陸の孤島に軟禁されいるようなものだった。
それを苦痛だとは思わない。
その程度の自由なら、国にいた時にすでに奪われていた。
ここでは何かを無理強いされたりしないだけマシとすらいえた。
 それにしても、と桂花は嘆息する。これほどの疲労を覚えたのは久しぶりだった。感情が動きすぎたのだろうか。
身体は鉛のように重いのに、食欲はまったくなかった。
火や刃物を使って自ら調理することは許されず、与えられる食べ物は温めるだけのレトルトだけなのだ。
栄養面での問題はなくとも、不味い食事は桂花には苦痛だった。普段も、最低限のカロリー摂取分を口にするだけだ。
 何もする気になれず、殺風景なリビングにぺたりと座り込んで目を閉じる。手近にあったクッションを抱き寄せて身体を丸めた。
もう寝室まで歩くのも怠い。空調が効いているのでそのまま眠っても大丈夫だろう。
そう思うと、もう立ち上がる気は完全に消えてしまった。
シャワーは明日の朝に浴びよう。そう決めてしまった桂花の意識は、急速に遠のいていった。


No.125 (2007/06/17 12:05) title:レーゾン・デートル ─流星─
Name:しおみ (zf255043.ppp.dion.ne.jp)


  ──Now slides the silent meteor on, and lesves.
    A shining furrow, as your thoughts in me──.

 冷たい風が草原を揺らす。
 吸い込まれそうな遠い夜空に、零れ落ちそうな星が無限に広がり、露にぬれた草を踏み分けて歩く桂花の瞳を燦然と銀に染めている。
 足元までの衣服の裾はもううっすらと重く濡れている。闇にほのかな銀が刷かれたような、月も姿を見せぬ夜。長い髪を、まだ夏になりきらぬ
草原の冷たい夜風にさらして、暗い海のようなざわめきのなかを歩くその姿を、迷信深いものが見れば、精霊だと恐れたものかもしれなかった。
 いまの桂花は変化を解いている。長い白い髪、紫微色の肌。薄物の衣服の下にはあざやかな刺青がある。他に誰もおらぬと確信しての
その姿は、いまや知るものの少ない、かれの真実の姿だ。
 濡れた草の匂いがざわざわと揺れるにつれて濃くなる。人間界の植物は、まるでそれが命の証であるかのようにその時節、もっとも香り、
もっともあざやかに、もっとも美しくその姿をさらしては消えてゆく。次の時節が訪れるまで。
 足元に踏みしだく命の証に、薄い笑みをたたえた唇がひくくつぶやく。
「繰り返す、命、か……」
 ふと、見上げた瞳がはっと見開かれたのは、銀をちりばめた空に、ふいに一条、流れていく光を見たからだ。
「流星──」
 紺色の空へ、すうっと銀の筋を引いて、星が流れていく。そのあざやかな軌跡に見開く瞳のその前で、ふ…と光は輝き、そして消える。
大いなる命の、最後の、輝き。瞳の奥に、その光の跡を残して。
 細められた瞳がふいに、わずか、震えた。伏せられた睫毛の先にその震えがあとから伝わっていく。再び、開かれた瞳が濡れて揺れるのは、
空のざわめきを宿したものではなかった。
「……柢王──」
 桂花の指先が、唇を押さえる。いまやその震えは細い全身に広がって、うつむいた先、踏みしだかれた草を見つめる紫の瞳には涙が滲んでいた。

 暗くなると──
 モンゴルの草原もうねりに似たざわめきを宿す。その音が聞きたくなって外へ出る。踏みしめて歩く草の、肌に触れる感触、風の匂いは変わらない。
それでも、あのなつかしい場所で見る、目を奪うようなぎらついた光を放つ闇ではなく、この世界では、月や星だけが波のようにゆれる
草原に宿る光の全てだ。
 淡く、頼りなく、この世を照らす光。命の終わりを予感し、年毎に生まれ変わる草原。天界とは違う。柢王とふたりで暮らした家の周囲の
草原とは違う。それがわかっていても。ふいに、星のない空からあの声が、
『桂花、いま戻ったぞ』
 降りてくることなどないとわかっていても──
 眠りを求めない体が、風にざわめきに記憶を蘇らせて、外へ出る。満天の星。違うとわかっているのに、
(柢王──……)
 草の海のなかを歩き続けている時だけ、理性も苦しみも忘れて歩き続けている時だけ。
 あの声を、あのぬくもりを、あの存在を、求めることができるから。
 足をとめた後に心を切り裂く孤独があるとわかっていても、ただ捜し求めるように歩き続ける時だけが、もう二度と会えない人を
愛し続けて生きるこの偽りの命を救ってくれるから。
(何度も生まれる命……)
 そう、この一面の草原のように。生まれて、消えて、また生まれ変わる命。
 いま、命よりも大切だった人の再現が、日毎夜毎に、その命を輝かせて育っていくさまを見ている。
 二度と誰かを愛しいと思うことなどないと信じた胸の奥に、どうしようもない愛しさと喜びが生まれてくる。どうしようもなく、
心が惹きつけられるのを感じている。
 だからこそ、その向こうでずたずたになっていく胸の痛みを思い知る。
 かれの面影をさがす罪悪感。かれに対して感じる後ろめたさ。いるべきところではない場所にいることの罪深さ。
 だが、それにも増して感じる、このどうしようもない想いを、言葉でどう言い表せばいいのだろう。
(覚えていない──)
 あれほど愛した記憶をまっさらにして、いま、なにも知らない輝きでその手を差し伸べてくる。何も知らない輝きで、ただ純然と、
(俺にも懐かしい気がするって言ったら、怒るか)
 自分を見上げたあの瞳を見たときの、言葉にならないあの気持ちを──。

 生まれ変わっても……。
 どれだけかれが生まれ変わり、そして、たとえいつでもその側にいられたとしても──
 狂おしい夜に、瞳の奥に怯えに似た渇望を宿して、
(おまえは俺のものだ。そうだろう?)
 くり返し問いかけた人の、想い、まなざし、記憶の全て──
 それはもうよみがえることはない。
(吾だけが、覚えている──)
 かれの記憶はあの星のように──二度とは、戻らない。

 ただ一度の命。ただ一度の記憶。それで消えていくのは自分のさだめでこそあったはずなのに……。
(それなのに、吾がこうしてあなたの生まれ変わるさまを見ている。消えていくこともしないで、吾だけが空の命を生き続けている……)
 皮肉だ、と、涙を滲ませた美貌が笑みを浮かべる。
「生まれ変わったのに……でも、吾にとって、あなたはあの星のようなものだ。あの、流星のように……」
 続けかけた言葉を、こぼれる涙がさえぎった。

 かれの存在は、あの流星のように……
 つかの間に触れてすり抜けていったのに。この胸に、消えない軌跡を刻みつけている──


No.124 (2007/06/12 12:52) title:ALL ABOUT MY LOVER ? ─The Addition of Colors─
Name:しおみ (softbank126113104026.bbtec.net)


「ねぇ、アシュレイ、覚えてる? 私たちの幼稚園の卒園アルバムに『オール・アバウト・マイ・フレンド』って、みんなの
寄せ書きがあったじゃない? みんなで一言ずつその子について知ってることを書いたページだけど」
 最上階のオーナー・ルームで、幼馴染で雇用主のティアランディアにそういわれて、天界航空新米機長アシュレイ・ロー・ラ・ダイは
あああと頷いた。今日は夜間のフライトだが、株主総会前で『ちょっとあの世に片足突っ込んだようなイッちゃってる状態』で、
働いていると聞いたティアの様子を見るために早めに来たのだ。
「なんかあったな。皆の知ってること集めたら、そいつの情報できますよ、みたいな」
 思い出して見るが、なにせ幼稚園の頃。しかも子供の時からぶっきらぼうで、感情をうまく表現できなかったアシュレイは、
『こわい』とか『よく怒る』とかあんまりいいコメントを書かれた記憶がなかった。
 そこへ行くと物腰が優しくてきれいなティアはみんなの人気者だった。あまりにみんながいいことを書くので、アシュレイはただ
『俺の友達』としか書けなかった気がする。本当は『とても大事な友達』と書きたかったのに。
 が、幸いティアはその不器用な昔話にはこだわっていないらしい。数日で少しやつれて心なしか遠い目をしながらも、アシュレイの
側に腰かけて、
「昨夜、アルバム見て懐かしくて。いまの君のことだったらどのくらい書けるかなーと思って」
 書いてみた、と微笑むティアにアシュレイは目を見張る。
 もうひとりの親友である柢王なら、
『こんなことしてっからノイローゼ寸前まで慌てて仕事すんだろーがよっ、家帰ったら早く寝ろっつーの!』
と、つっこむところだが、アシュレイはすなおに驚いた。忙しいのにそんなことを? 差し出されたレポート状のものをめくってみる。
『オール・アバウト・マイ・アシュレイ』──ちょっと気になるタイトルだが、もじっているからだろう。
 ピンクの用紙に手書きのリストは、
  『ストロベリー・ブロンド。ルビー色の瞳……』
などアシュレイの外見から始まって、性格は、
  『正義感が強い。頑張りやさん。不言実行型』
など、ふつうの人なら『頑固・負けず嫌い・不器用』と書くところを優しい言葉で誉めてくれている。
 フライト暦や経歴はもちろん、個人的なこともあり、ティアにしてくれたことのリストも長くて、なかでも一番大きく書かれているのは、
  『機長になってくれたこと』『私を乗せて飛んでくれたこ と』。
本当に嬉しかったとピンクの文字で書き添えられている。
 アシュレイはジーンとした。子供の時からティアはアシュレイのことを優しく見守ってくれた。それはわかっているけれど、
そうして改めて書かれていると、本当にずっと側にいて大事だと思う気持ちが一方通行なものではないと証明されているようで、
胸の中があたたかくなる。
 が、それを表立って表すのは照れくさい。傍らで疲れているのか少し遠い目をしながらも、にこにこ微笑んでいるティアにわざと、
「おまえな、こんな細かいこと書いてるとストーカーだと思われるぞ」
 言いながらページをめくる。
  『アシュレイの好きなもの。フライト。飛行機。B社の模型飛行機。航空図鑑(しばらく航空関係続く)…。
   小動物(リスとかウサギとか続く)…お餅。激辛料理(しばらくエスニック系続く)』
 ほんとに何でも知っていてくれる友達だ。
  『ネルのパジャマ(ウサギつき)。抱き枕(グラインダーズ主任からの誕生祝い)。マジックボール(柢王のお土産)』
 そんなことまで──…・いつ、話したっけ? 下着は綿とかそんなこと、話した記憶全くないけど? 
 首を傾げたアシュレイは、リストの最後に燦然と輝く金色のマジックで書かれた言葉に目を見張る。
 『それにもちろん、わ・た・し?』
 でっかいハートマークの下に署名欄があるのは何かの契約書なのかーっ。
「ねぇ、間違ってないよね?」
 うっとりしたような顔で微笑むティアに、アシュレイはああぁと頷いた。頷きながら、こういう危険な匂いのするオーナーの
ことは誰かに相談した方がいいと言う予感が強くした──

「つーか、ティアがあぶない奴だってことくらいアシュレイだってわかってるはずだろーに」
 荷物を引きずって車まで歩きながら、柢王は隣りの桂花に笑みを見せた。
「オーナーもきっと株主総会前で煮詰まって妄想に逃亡なさったんでしょう。気にしなくていいと答えてはおきましたが、あなたも
会う機会があったら気にかけてあげてください」
 スーツケース片手に隣りを歩く桂花も笑みを返す。
 星の出る時刻──ふたりは同じ日数のロング・フライトで家をあけて、戻ってきたところだ。到着時間が三十分ほどずれるだけだから、
本社で待ち合わせて一緒に帰ろうといったのは柢王で、会うのは四日ぶり。連休前だし、食事もすませて帰る予定だった。
 それで先についた桂花は手続きを終えた後、ティールームにいたのだが──
 深刻な顔で入って来たアシュレイが、桂花を見つけると、あっと叫んで駆け寄ってきて、
「なあ、聞いていーかっ、あのなあのなっっ」
 変な人の変さはどこからが変でどこまでは熱烈な友情だと思うか、と相談されたことからティアのことが明らかになったというわけだった。
「でも、オーナーはアシュレイ機長が本当に大事なんでしょうね。以前にもあなたから聞きましたが」
 駐車場に止まった柢王の車の前で、桂花はそう言って微笑んだ。柢王はトランクに桂花のスーツケースを軽々と押し込みながら、
「必要以上に好きだよな。けど、まあそんなリストとか作られたらこいつもヤバイかって疑いたくもなるのはわかるわ。企業の
オーナーって結構自分に面と向って意見してくれる奴もないし、宗教とかそーゆーこの世から外れた路線に走りたがるって聞いたこと
あるけど、ティアの場合は物心ついたときからアシュレイ教だかんなぁ」
 自分のスーツケースも押し込んでバンっとトランクを閉める。
「仲がいいのはいいことですね。それに、そういう何でも知っている友達がいるというのもいいことだと思いますよ」
 微笑むクールな機長は他人の家で育ってきた人物だ。母親代わりの人物は愛情深く常識的だったが、その亭主は名うての変態。
かれの場合は、宗教には走らず、万事突き放した冷静な大人になったのだが。
 柢王は瞳を優しくした。人前でいちゃつくと怒られるが、幸い、いまは他に人影はない。長い髪のきれいな恋人の腕を掴まえると
自分の方に引き寄せて、
「リストがほしいなら俺が作ってやるよ。おまえのこと全部書き出したラバーズ・リスト」
 囁くのに、クールな恋人はくすりと笑う。おなじく囁く声で、
「全部…って、そんなに書くことありますか」
 尋ねるのに、柢王は笑って、
「まだ教えて欲しいこともいっぱいあるけどな。とりあえず好きなものはベジタリアン料理とか、服なら白が似合うとか」
 囁きながら、恋人の耳元に唇を寄せて、
「アノ時は向い合わせが一番イイとか、結構玄関先でのチューも好き、とか、さ……」
 低くそう吹き込んで、にやりとその瞳を覗き込むのに、クールな美人も瞳を細め、
「それは、あなたの好きなこと、ですよ?」
「へぇ? そんなら確かめてみようぜ?」
 黒髪の恋人は恋人の顎を持ち上げる。
 とりあえず、さわりだけ確かめてみた恋人たちは、食事の予定もキャンセルで家に直行した。
 それ以降の時間は『オール・アダルト・マイ・ラバー』、R18・覗き見厳禁だ。

 そんなカップルのアダルトぶりなど知らない上空の機長は、クールな機長が冥界航空では定番だと教えてくれたおまじないを
心で必死に唱えながらフライトしていた。
(今日見たのはオーロラか蜃気楼、忘れろ忘れろ、俺はなにも見なかった──)

 そんな機長と、地上で、煮詰まっていた時に書いたリストの最終項目にいまさら気づいて蒼白になったオーナーとがラバーズになる予定は、
いまのところ、ない──


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