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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.123 (2007/06/12 12:37)
Name:しおみ (softbank126113105002.bbtec.net)


 ビーっ、と音がしてキャビンの緊急事態を告げるランプが点る。柢王と、コー・パイの空也が顔を見合わせた。
「コクピット柢王だ、キャビン、どうした」
 尋ねるとCAの上ずった声が、
『キャプテン、L1でいま、ナイフを持った男性が、行く先を変更しろとチーフを盾に叫んでいます!』
「ハイジャックか! 犯人は何人だ、目的地はっ?」
 柢王は言いながら空也に無線を指す。空也も飲み込み、非常事態を知らせる無線をいれる。すぐに官制への無線を開き、
「蓋天コントロール、こちらヘブンリー986、エマージェンシーです! ただいま機内にて男がナイフで乗務員を脅し、
行く先の変更を要求しています」
『コントロール、ラジャー! 986、ただちに警察と空軍を要請します、このまま回路を開き、機内の様子を中継してください!』
『犯人はひとりだと思われます。蓋天空港ではなく天主空港への着陸を要請しています、空港に車と現金の用意を求めています』
「乗客は無事か、怪我人はっ」
『ヘブンリー、燃料の残量確認してください!』
 無線とパイロット二人の声が響くコクピットは緊張に包まれる。

 レーダーの後方に未確認の飛行物体が映った。操縦していたアシュレイはコー・パイを振り向き、画像を後方に集中するように
頼んだ。マイクをいれ、キャビンを呼ぶ。
「キャビン、コクピットのアシュレイだ。悪いけど誰か左後方の窓から外を確認してくれ。何か飛行物体が接近してる」
「キャプテン、後方レーダー、移動物体はこちらに接近してきます。早いですよ」
 コー・パイの報告と同時に、キャビンから上ずった声が知らせてきた。
『機長、大変です、鳥の群れがこちらへ向っています! たぶん一万羽ぐらいいます、空が真っ黒です!』
「一万羽ぁっ!」
 顔を見合わせたパイロット二人は、
「官制に高度取ってくれ、二万七千。キャビン、ベルトサイン出すぞ、高度下げるから全員席につけっ」
『キャビン、了解』
「天主コントロール、こちらヘブンリー397、後方に鳥の集団と思われる移動物体を確認、高度二万七千で接触を避けます」
『コントロール、了解、レーダー上に確認。後方200度より未確認物体接近中、高度二万七千、減速せず航行せよ』
 上空三万フィートに緊張が漂う。

「主任、986便、海上四万フィートでハイジャックです! 犯人は男性一人、ナイフで乗務員を脅し、天主空港への進路の
変更を要請しています」
「主任、397便、高度三万フィートで鳥の大群と遭遇、現在高度二万七千で退避中ですっ」
 通信室はあわただしい空気に包まれた。手の空いている職員たちがわっとデスクにつめかける。
「986便、カンパニー、アランです。現在の状況、報告できますか」
「397便、機体との接触の可能性はっ」
「986、キャプテン誰だっ、担当ディスパッチャーを呼んでフライト状況確認しろっ!」
「986は柢王キャプテンと空也コー・パイです。航行先は蓋天空港! あと二時間で到着予定です」
 誰かオーナー呼べとか航務課呼べなどバタバタ人が動くなか、
「397便、アシュレイ機長です! 現在高度を下げて航行していますが、後方の鳥たちが追撃してくるそうです、客席が一部
パニックに陥っています」
「986便、柢王キャプテンから通信です! 犯人はナイフを持った男性一人、現在コクピットのドアを叩いて機長を出せと
叫んでいるそうです。乗客乗務員に怪我はありません。共犯者もいない模様です。コントロールとの通信を優先させるため、
カンパニーの回線はオープンのままにしておくそうです」
「主任、蓋天コントロールから通信です!」
 あちこちから情報が乱れ飛ぶ。

「キャビン、柢王だ。乗客は無事か。チーフは無事そうか」
『はい、大丈夫です。キャプテンこそ大丈夫ですかっ』
 ドンドンドンドンとコクピットのドアを叩く音が大きくなる。
『機長、出て来いっ、天主空港に行けって言ってるんだっ』
「コクピットのことは心配すんな。皆できるだけ離れて待機してくれ。サインがついたら委細構わずベルトすること、わかったか」
『了解しましたっ!』
『出て来い、機長っ。何か燃料がないから天主空港には飛べませんだっ。おまえ金貰って飛んでんだろ、何様のつもりだ、出て来いっ!』
 ドンドンドンドンドンっ。ドアを叩く犯人に、ホイールを握る機長の顔が険を宿す。官制と通信している空也がその顔を見て青ざめる。
「柢王機長、やめて下さいよ、喧嘩上等は」
「するか、バカ。おまえこそビビってドア開けたりすんなよ。絶対にコクピットに入れるな」
「もちろんです、でもこのままだとキャビンが──」
「空也、ベルトサイン・オン」
「ラジャー、キャプテン──でもっ」
「コントロール? こちらヘブンリー986、機長の柢王です。いまから機体をダウンします。進路に通行中の機体の有無を
確認願います」

『キャプテン、L6です、追ってきます! 全然離れていきませんっ』
「その、乗り合わせてるとかいう鳥学者の意見は?」
『はい、おそらく機体を鳥だと思って接近してくるのだろうと』
「わかった、客席無事か」
『お客様の一部が気づかれ、パニックになられています』
 キャーっ、なんだあれっと叫ぶ声がマイク越し聞こえる。操縦ホイールを握ったアシュレイは息を呑み、
「了解。すぐまた連絡する」
 マイクを切る。コー・パイに向い、
「I・have。コントロールに急下降の許可を取ってくれるか。取れたらベルトサイン出してくれ」
「ダ、ダウンですか、キャプテン」
「このまま行ったら追いつかれてぶつかるだけだ。下は海だし、ダウンの速度にはついて来れない。頼む」
「了解しました!」

「主任! 986便が急速下降を始めるそうです!」
「主任、397便もダウンですっ」
 通信係の知らせに一堂がえっと叫ぶ。
『プッシュ・センター・コマンド、フラップ30』
『当機はただいまより急下降に入ります。乗務員の指示に従い、酸素マスクをしっかりとあてて姿勢を倒してください』
 無線から聞こえる機長たちの声に食い入るように画面を見ると、二機の機体が高度を下げ始めている。
「おい、もう一度、機長に連絡取れっ」
「官制からオーケーが出ています、986下降体制に入っています!」
「397もコントロールが許可しました、下降します!」
 見つめる係員たちの目の前で、レーダーに映る機体が急激に下降していく。まっすぐに、その速度は降りると言うより落ちるに
近い。ぐんぐんと降りていく。降りていく。降りていく!
「…っ、大丈夫かっ」
 室内すべてが息を呑んだとき、ふたつの機体がレーダー上で水平ラインに滑り込む。思わずみんなが手を叩く。まっすぐに
ぶれなく低空を飛んでいる機体から、機長たちの官制に向けた声が届いた。
『ヘブンリー986、犯人が気絶したため、乗務員が現在捕縛中。高度を上げ、空港に向います、指示を願います』
『コントロール、ヘブンリー397便、アシュレイです。後方に緊迫中の鳥を降り切りました。高度を戻します、指示をお願いします』
「やったなぁ」
 通信室に拍手の渦が沸く──

                            *

「──ティア〜…」
 目の前のソファから、ふつふつとこみ上げる怒りを噛みしめた低重和音で響くのに、天界航空オーナー、ティランディアは
身をすくめた。やっぱり怒るよね、怒るでしょ。納得しながらおそるおそる、
「や、やっぱりだめ…だよね?」
 友達じゃなかったらマジで締め上げる。幼馴染の親友たちのまなざしは答えとして充分すぎる。ティアはため息をついて、
「私だって、賛成してないよ。ただ一般に見せるより先におまえたちに確認してもらったほうが確実だと思って……」
「確認するまでもないだろーがっ」
 柢王が叫ぶ。アシュレイも隣りから、
「何なんだ、この台本っ。こんなのシナリオそのものが間違ってんだろうっ」
 や、やっぱりそうだよね、とティアはつぶやいた。そんなことはわかっていたのだ。でも、一応念のため聞いてみただけだ。
 来期の天界航空は緊急事態訓練がテーマ。エマージェンシーについてビデオを作り、その対応法を巡って皆にディスカッション
してもらって緊急事態時のマニュアル作成に役立てようという話も出ていた。
 そしたらまた、八人の重役たちがティアの机に誇らしげに置いていったのだ。『緊急時フライトドラマ台本』。のべ八百枚の大作だ。
あまりに重いので思わず目を通してみたら自分ひとりで抱えていたくないような内容だったから、ついパイロットの親友たちに話してみたのだ。
「大体、これいつの時代の台本だよ。いまどきナイフ使ってハイジャックする奴なんかいねーだろっ。それもダウンして捕縛だぁ? 
うちはサーカスじゃねぇんだぞっ!」
「鳥が一万羽も追ってきたら先に官制が気づいて指示出すに決まってるだろ、それに何だその鳥学者って、そんなもん都合よく
乗せるんじゃねぇっ!!」
 憤慨する親友たちにティアは自分のせいでもないのに小さくなり、
「いや、だって、空の上では何が起きるかわからないからって──ハイジャックだってバード・ストライクだって他人事じゃない
からって。それにダウン…急下降だって皆訓練することだしって」
「ダウンは上空で気圧が下がった時の緊急手段だっ!! 第一そんな鳥の集団が飛んでたら他の機だって墜落するだろっ」
「それに喧嘩上等はやめろって、客の命がかかってる時にそんなこと話してるバカがどこにいんだっ。非常事態時はクルー間の
連携は密になるのが当たり前だろ。こんな力づくなコクピットだからペイできねーことがしゃがしゃ言いやがるハイジャッカーに
まで嘗められんじゃねーかっ!」
「わ、わかったからふたりとも……」
「だーっ、もう、おまえな、俺はおまえが相談あるっていうから桂花との飯を後回しにして来てやったんだぞっ。どうして
くれんだ、俺が桂花と過ごせた時間をっ」
「俺だって航務課に出す書類置いてここに来たんだぞっ。これから書いたら残業だっ。明日もフライトなのに」
「ご、ごめん、本当に悪かったよ、ふたりとも」
「それにな、こんな時に官制がダウンしていーですよなんて言う訳ないだろ、無人探査機じゃあるまいし」
「こんなシナリオでドラマ作ったらパイロット全員辞表出すに決まってるぞ、ティアっ」
「ご、ごめん……」
 オーナーはすっかり小さくなってへこんだ。二人ともフライト帰りに来てくれたことを思うと本当に申し訳ない。
(でも文句言うわりによく記憶してるよなぁ。問題点全て出てるし)
 台本そのものが間違いだと言う点も抜かりなく。頼もしく思えたが、これ以上親友たちを怒らせる気はない。平身低頭謝って
ようやく許してもらい、
「ったく、勘弁してくれよな──あ、桂花、ごめんな、待たせて。すぐ行くからっ」
 即座に携帯電話を取り出して恋人に甘え声を出す柢王と、
「あーもー、うち帰ったら洗濯しないといけないのに」
 ぼやくアシュレイを見送った。
 
 天界航空オーナーの緊急事態は、ある意味、今日だったかも知れない──。


No.122 (2007/06/12 12:24) title:EMARGENCY DAY  1  ─The Addition of Colors─
Name:しおみ (softbank126113105002.bbtec.net)

CAたちの様子がおかしいと気づいたのは手洗いに立った時のこと。階段の側のFクラスとの仕切りのギャレーの側を通った時、
「いえでも、あの撮りようはちょっと……それにあぶなくないとは言い切れないようなご様子ですし……」
「でも、コクピットに知らせるほどのことでもないでしょう? もうじき着陸の準備に入られるのだし……」
「なあ、なんかあった?」
 聞こえたささやきに、柢王はカーテンを開いた。と、
「あ、柢王キャプテン!」
 チーフパーサーとCAが驚いた顔で柢王を見る。柢王はそれにようと微笑んでから、
「ごめんな、いきなり。いま通りかかったら話し聞こえたんだけど、Fクラスなんかあった?」
 尋ねるのに、ふたりが困ったような顔を見合わせる。

 スタッフなら日帰り飛行がほとんどの近距離便。昼過ぎに現地を出た天界航空のこの便も、もう1時間で帰着空港につく。雲は
多いが風のない、いいフライト。もっとも、今日の機長はどんな天気だろうが、クールに飛ばせる凄腕の美人だ。一泊の研修帰りの
柢王は、当然のようにコクピットに乗せてもらってその美人の手腕と美人な顔を堪能していたところだった。
「……問題というほどのことではないんですが……」
 言いくにくそうなチーフに柢王は微笑む。
 キャビンクルーが客のことでコクピットに連絡してくるのはよほどの時だ。CAとは所属も違うし、互いに自分のポジションは
自分たちで守るのが原則だし、安全につながる道だ。それでも、男のいない機内で、男が出ていくだけで済む話も、残念ながらこの世にはある。
「でも困ってんだろ? 何だったら俺が見に行ってもいいしさ、話すだけ話してみたらどうだ?」
 笑顔で促した柢王に、ふたりはまだ気兼ねした顔をしていたが、 
「実は、少し変わったお客様がいらっしゃって……」
「なんだ、CAの手握って離さないとか?」
「いえ、手は取られませんがお写真を……」
「──は、い?」
 ぞくっ背筋に悪寒が走る。CAが困惑顔で、
「チーフは大丈夫だとおっしゃるんですが、CAの写真をあんなに撮られる方は……それにお見かけもちょっと……」
「……なんかすげーやな予感すんだけど。それってもしかして……髪の毛がふたつ結びでフルメークの……」
「ええ、その方です!」
「柢王機長、お知り合いですか?」
「まじでかよっ!」
 
                       *

「……ほんとにいやがった──」
 頭がくらくらするような香りに包まれたFクラスの二階席。入り口に立った柢王はくらりとうめいた。遠巻きのCAと、たぶん
CAの誘導で後方に固まっている他の客たちの視線を一身に浴びながら、
「君も美しいねぇ。うちに来てくれたら給料アップの上に写真集も作ってあげるよーっ」
 グロスてらてらの赤い唇を笑みの形に猫なで声出している客の手には、デジカメ。困惑顔のCAが、
「いえ、わたくしはこちらの仕事が好きですので……」
 答えるのに、フラッシュ炸裂! 感動顔で、
「困った顔も美しいねぇ! まったくティアランディアくんは趣味がいいなぁーっ!」
 前回より濃いいアイラインくっきりの瞳輝かせているその姿。
 またですか? な長い金髪ふたつにゆれる、黄金スーツに赤紫のシャツ、ネクタイ緑のパイソン柄の、鳥肌立つよな超絶美形。
忘れてないけど忘れたい、ライバル会社冥界航空の、いろんな意味でのキレ者オーナー……。
(なんでグランドスタッフ満席だって断らないかなぁ……)
 絶対コクピットに知らせるわけにはいかない機長は、心でつぶやき深呼吸。空気を確保し、その側へ行くと、最低音の声で、
「お客様、仕事中のCAの撮影はご遠慮下さい」
 と、ん? と振り向いた冥界航空オーナーはそのマスカラばっちりの金黒色の瞳を見開いて、
「あああああーっっ、おまえはうちの桂花に手を出した美を解さない若造ーーーーーっっっ!!」
「勝手に大声でカミングアウトしてんじゃねえよっっ!」
 と、叫んだ客より叫んだ機長にキャビン中の咎める視線が突き刺さる。社員だとわかるからか、もうひとりが見るからに危ないからか。
痛い機長は咳払いして、
「…とにかく、うちのCAは仕事中ですから、撮影はご遠慮下さい」
 周囲に見えるようににっこり笑みを作りながらも、目だけ本気で見返す。と、美をこよなく愛し、美を確保するためなら文字通り
何でもやる経費度外視の美の追及者は、美の対象外に向ける無関心な顔と目つきで、
「相変らず美を解さん若造だな。これは芸術活動だよ」
 断言。傲然と、顎を反らせば髪の毛ゆらり。奥さんに吊るされてもその美のストーカーぶりに反省はないらしい婿養子に、機長も笑顔で、
「変質活動の間違いですよ、お客様」
 バチバチバチバチ! 初対面で火花散ったのは柢王機長には二人目だ。ひとりは恋人、ひとりは変態。恋と変とは似て非なり。
二度目の今日は対決拡大版の予感する。
「まったく芯から美に無能な若造だな。大体、それが客に対する態度かね、君はどういう教育を受けているのだね」
 蔑む目つきのオーナーに、CA背後に庇った機長も負けず、
「シュタイナー教育です。ちなみにお客様の座席代金は三人分です。追加はいますぐ払ってください」
「む、なぜ三人分なのだね、若造?」
「その髪、左右にはみ出してますから」
 一本あたりひと席。と、冥界オーナーは顔色変えて、
「これは私のポリシーだぞっ! ポリシーは魂と同じだ、魂に質量などないっ! だから追加など払う必要はないっ!」
「魂ゼロ円っ? つか、凶器でしょーっ、それっ!」
 ブンブン振られるふたつ結びに、一歩後退しながらも、立ちすくんでいるCAに目で避難を指示すれば、美人CAは感謝のまなざしで
頷いてダッシュで後方へ逃げる。と、見守っていたCAたちも、雛を守る親鳥のように急いで確保。
「失礼しました、お客様、お飲み物でもお持ちいたしましょうか」
 いっせいに、笑顔で他の客に尋ねかけ、見たくないのか客たちもああとうなずき、キャビンには無理やり和やかな空気が戻ってくる。
CAたちの祈る視線に、任せとけオーラで返す黒髪機長は、ふたつ結びを見下ろして、
「ともかく航空法の観点からも撮影はご遠慮願います。コクピットの計器にも支障をきたしますから。お聞き入れ下さらない
場合は、最悪、降りていただくことになりますよ」
 下は海だが気にすんな。言うと、冥界オーナーはバカをバカにする無機質の瞳で、
「そんな航空法はないよ、若造。機内撮影が禁じられているのはコクピットと軍上空からのみだ。それに家電で壊れるコンピューターなど
載っているわけがないだろう」
 さすがに航空会社オーナー、な返事をよこす。が、動くバイオ・テロ相手の機長は平然うそついて、
「航空法は七分前に改定になりました、機内での過剰な撮影は禁固刑です。それに当機搭載のコンピューター・システムはNASA開発の
スーパー・グラス・ハート・プログラムですので少しでも傷つくことがあると動かなくなるニア・ニート・システムが作動します!」
「そんなシステム初耳だぞ、意味があるのかね?」
 ない。つか、そもそもこの世にない。腹で答えた機長は口ではきっぱり、
「ともかく、これ以上撮影なさると、このカメラは没収となり、お客様には非常ドアからダイビングを──」
「断るっ! これは私の美の記録簿だぞっ、渡せるわけがないだろう、若造っ!」
「そこか、断るとこっ!」
 ダイビングはいいのか! つっこみたい機長は、しかし、ぐっとこらえて、
「とにかくっ、撮影はやめていただきます、よろしいですね」
 断言する。と、冥界オーナーはグロス艶々の唇を不興に歪め、
「全く美を解さんヤツがいる世界だな! 美を写し取るのは美の愛好家の義務なのだぞ! 大体、私が送ったカメラはどうしたのだね?
あれで私に桂花の寝顔を送ってくれるという大事なミッションを、よもや忘れているのではないだろうねっ、若造っ!」
「忘れる以前に受けてねーだろ、そんなミッション・インポッシブル! つか、あれはそのためのカメラかよっ!」
「そのため以外にどんな目的があって送ると言うのだね! 君の写真なんか受けとらないぞっ!」
「金もらっても送らねぇから心配すんなっ!」
 叫んだ機長は、酸欠なのか息切れる。くらくらしながら、
「とにかく、カメラなら桂花がゴミに出しました。DVDも一緒に」
 と、オーナーは機体が落ちるかとばかりの絶叫。ふたつ結びがビシビシゆれて、これって危険だろ、破壊活動だろ!
「なんということだーーーっ!!! あれは私の最高傑作桂花シリーズのひとつなのにっ! なにが気に入らなかったんだね、
編集かね? それともタイトルかね? やはりもっと華麗なタイトルをつけてあげればよかったかな。あ、それとももしかして、
デジカメの画像解析度が低かったのかね。あの後もっといいのが出たんだが、それだったら──」
「単にいらなかっただけっ!!」
 盗み見バレて翌日の生ゴミに出されそうになった黒髪機長は断言する。クール・ビューティーとは怒らないからクールなのではなく、
怒った時にも骨から凍りそうにクールだとわかった貴重な経験だ。
「…ん? いま、シリーズのひとつって……」
 と、冥界オーナーは一転、得意げに、
「あたりまえだろう。うちには他にもムービー集もある。あ、ムービー集なら桂花も喜ぶな! あれは美しいからなぁ。黒い
制服姿の桂花、ああー、美しいなぁぁぁぁ。入社当初なんか初々しいからなぁぁ、可愛いからなぁぁぁぁっ」
 それ金払うから俺に送って! 口走りかけた機長は必死で首を振る。ダメダタメダメダメ。今度バレたら本気で追い出される!
(生身生身俺は生身の方がいい!)
 自分に言い聞かせてふと見れば、オーナーはデジカメいじって涙目だ。どうやらマイ・データ持ち歩きらしく、桂花ぁぁ…と
画面覗くのに、どっと疲れた機長はため息で、
「じゃ、撮影はなしってことでお願いしますからっ」
 釘を刺し、ぐったりしながらコクピットに戻ったのだった。

                          *

「バカですね。そんなことなら李々に言うといえばよかったでしょう、あなた念書の写しを持っているんですから」
 あきれたような機長の言葉に、疲れ果てた黒髪機長ががっくりと落ちこんだのは自宅の居間。
 コクピットにはコー・パイもいたし、あの後、もう一度下に降りてチーフに聞いたが、以降、オーナーは涙目でひたすら、
桂花ぁぁとつぶやいていただけだったそうなので、よしとして、自宅に戻ってから報告したのだが──
 そう言えばあった。桂花の半径1q以内には立ち入りませんと実印押した念書の写しが。それには確か、天界航空にご迷惑は
おかけしませんとも書いてあった。
「忘れてた……。え、ってことは俺のあのバトルは無意味? ええーっ、すげぇがんばったのに、俺」
 がっくり、脱力してソファに突っ伏す柢王に、隣りに座る桂花は苦笑して、
「よけいな責任背負うからですよ。CAたちは吾やあなたより上手なんですから放置しても何とかしたと思いますよ。でも、吾の
シップでがんばってもらいましたからね。ありがとう」
 優しい手が、髪を撫でるのに、黒髪機長はパッと顔を上げ、
「もっかい誉めて。つか、すげぇ誉められたいんだけど、誉めて」
 速攻、頭を桂花の膝に移して、すりすりねだる五歳児ぶり。いま泣いたからすがもう笑うとはこのことだ。

 そんな機長が、恋人の腕で甘えに甘えている時刻──
 あやしいピンクの照明の地下室、寝る前の大画面で、『桂花ムービー』全二十巻上映中のオーナーは、
「やはりムービーだな、動画は美しい。あの若造もデジカメの価値がわかったようだし、次は一安心。さっそくタイトルを考えねばなぁ」
 ひとり納得、ピンクのボンボンうんうんとゆらし、ダビングしたDVDの桂花ラベルにうなずいている。

 黒髪機長の次のエマージェンシーは、カミング・スーンだ──。


No.121 (2007/06/07 22:09) title:宝石旋律 〜嵐の雫〜(14)
Name:花稀藍生 (p1018-dng32awa.osaka.ocn.ne.jp)


 ―――そして東領。
 蓋天城の執務室では、次期蒼龍王たる翔王と、その補佐であり弟である輝王がともに二人
して書類に目を落としていた。
 書類に目を落としていた翔王が ふと顔を上げて窓の方を見た。
「・・・兄上?」
 と呼びかけてそこで輝王はハッと窓の方を見た。窓に駆け寄り開け放つ。
「―――――・・・っ!!」
 なぜ今まで気づかなかったのか これほどの破壊的な霊気を。
 自分と根を同じにしながら、全く異質の力。・・・いや、異質ではなく大きすぎて同じもの
に感じられないだけなのか。
 天に浮かぶ城である蓋天城からは、天界の景色が一望できる。 その、南の地。天主塔に
近い境界線で炸裂する巨大な戦闘霊気に輝王は息をのんだ。
「・・・柢王だな。派手な奴だ」
 席を立とうともせずに やれやれとため息をついて書類を揃えて横に押しやる兄の姿を
輝王は振り返って愕然と見た。
(・・・派手だと?)
 確かに派手だ。兄の目にはそう映るのだろう。・・・まだそう言えるだけの余裕が、兄には
あるのだ―――。
「・・・・・・」 
 だが 輝王には 脅威だ。
 これが文官を目指した者と武官を目指した者との力の差というものなのか。
 いつの間に、これほどの力を備えていたのだろう。
(・・・闘っても おそらく勝てないだろう な。)
 だがそれはいいのだ。自分は血と泥に汚れる武官など、もともとなる気はなかった。力に
など頼らなくとも、相手を打ち倒す方法などいくらでもある。だから別に柢王に力の差で負
けたところで輝王自身は特に悔しいと思わない。
 ・・・だから問題はそこではない。脅威は別のところにある。そしてそれは自分だけの問題
ではない。
(柢王はまだ若い。)
 つまり 今の時点でこの威力だというのならば、 まだまだこれから力が伸びる可能性が
大いにあると言うことだ。
 ―――現に、あれだけの攻撃を続け様に放ちながら、力は一向に衰える気配がない。
(・・・いつの日か、兄を超える可能性が・・・ないとは言い切れない)
 輝王は翔王を見、そして窓の外に視線を戻した。

 ・・・・・昔から兄は次代の王として 輝王の前にいた。
 父の跡を継ぐのは兄だと。弟である自分はその下について生きていくのだと。周囲の者達
は皆そう言った。
 それが定められた道だと。
 別に、それをいやだとは思わなかった。兄のことは好きだったので、むしろ輝王はすんな
りとそれを受け入れた。
 ・・・兄は優秀なくせに、人の上に立つ者の鷹揚さと言いきれない妙に抜けているところが
あった。そして輝王はそういうところが放っておけない性分だった。
 そんな輝王を、翔王もすんなりと受け入れた。
 それが相性というものなのだろう。
 ―――実際、執務の補佐は、輝王にとっては楽しいとさえ言って良かった。
 下にいるからこそ、見えてくるものは多い。兄に任せられるのは最終的な決断だけで、
それに至るまでの諸々の経緯や情報はすべて輝王のもとに入ってくる。
(仕える者こそが、真の主人なのだ―――と 錯覚すら覚えるほどに・・・)
 輝王はすぐに、情報を操作することや他人を動かす術を覚えた。
 東国の利になることなら、禁忌に触れるようなこともやった。
 最終的には、兄さえ裏切っていなければそれでいいのだ。
 ――― 天界の 一角。
 東国という名の領域―――次期蒼龍王である兄のもとで、輝王は思いのままに采配を振る
うことが出来た。
 それがずっと続くのだと思っていた。
 年の離れた弟が生まれるまでは―――。
(・・・昔からそうだった。なぜか気に入らなかった。)
 こちらの思惑など一顧だにせず、好き勝手に動く。そのせいでこちらにまで敵が増える
こともあった。
 最大級にひどかったのは、天界のタブーである魔族を人界から連れ帰ったあげく、己の
副官に据えるなどと言う暴挙に出、しかもそれをほとんど力業に近いやりかたで、周囲に
認めさせた。
 そのせいで弟に対する周囲からの風当たりはいっそう厳しいものになった。
 ・・・それでもいつの間にか弟の周囲には、人が集まっている。
 敵も多いが、損得勘定抜きの味方も多い。
 自分とはどこかが違う 弟。 
 自分が気に入らない者はすべて顧みなかった輝王も、どういうわけか柢王の存在だけは無
視できなかった。
 それは柢王が文殊塾を卒業し、元帥の地位についたあたりから特に顕著になった。
 目障りだと思いつつも、それは血のつながりゆえのことだと、ずっと思っていた。
 だがそれは間違いだった。
 なぜ今まで気づかなかったのか。
( ・・・・・無視など 出来ないはずだ )
 柢王は、自分の前にいたのだ。―――後ろではなく。
 着々と力をつけ、いつの間にか自分を追い越し、その前へ―――。
 幾本もの光柱が立つ暗い境界の光景を見据える輝王の手の中で、 窓枠が みしりと音を
立てた。
 ・・・これで わかった。
 あれは 敵だ――― 。
「・・・・・一つの地に 王たる獣は 二頭も 必要ない―――」
 自分の前に立つ者は―――聖なる獣を戴いて立つ王は 兄だけでいい。
 それ以外は 要らない。
(・・・私の領域に これ以上踏み込ませるものか―――)
「・・・何か言ったか?」
 翔王の問いかけに、別になにも、と輝王は美しいがゆえに寒気すら感じさせる笑みを浮か
べながら窓を閉めた。
 その背に翔王は何か言いかけ、弟の笑みに気づくと黙って書類に視線を落とした。
  
  
  ・・・・・ ピシャン・・ ―――

 黒い水の上を、陰鬱な気配を漂わす風が吹き抜けてゆく。
 その風は階に座す教主の髪をゆらしていったが、教主の瞳は湖面に映る光景を見つめたま
ま動こうともしない。
 ふいに扇をもてあそんでいた教主の手が引きつった。 手に持っていた扇が階に音を立て
て落ちる。背後に控えていた李々がふっと頭を上げた時、教主が何かを断ち切るように拳を
握った。
「―――教主様?」
 わずかに膝を進めた李々の視界が、一瞬白く染まった。
 ・・・―――湖面が、光り輝いていた。
 冥界の底が、一瞬 白々と輝いた。
 それは、天界の光景を映し出している湖面から発されているのだった。
 光の中心に、微かな影があった。
「・・・・・・っ!」
 李々はようやく、その光源が―――湖面が映し続けている―――天界の境界の光景そのも
のだということに、気づいた。

 ――― 凄まじい大気の振動と、まばゆいばかりの光芒の中央に、不吉な塔のように 
黒々とそびえているのは、あの巨虫だ。
 周囲をなぎ払うかのような光の中で、なおその存在を誇示しているかのように見えた
その巨虫は、次の瞬間 人界の伝え語りにあった、雷に撃たれて崩れ落ちる、禍咎の塔その
もののように その内側から白い光を迸らせて砕け散った―――。

「――――・・・」
 わずか、数瞬の出来事だった。
 光の弱まってゆく湖面に目を吸い寄せられたまま、威力のすさまじさに息をのんで体を固
くしている李々の耳に、微かな音が届いた。
「・・・・あの黒髪も一撃で倒すか―――。」
 ―――低く教主が笑っていた。
 握り込んだ拳をもう片方の手で抑えつけるように包み込んでいる。
 拳の方の指先がかすかに痺れたように感じるのは、黒い水を通じて巨虫に感覚の一部を繋
げていたからだろう。
 巨虫を操作する力の糸(のようなもの)を切断するのがもう一瞬遅ければ、少々危なかっ
たのかもしれない。
 足元に進み出た李々が扇を拾いあげ、膝をついて差し出したのを教主は黙って取り上げか
け、ふと視線を湖面にもどした。
 ・・・・・湖面が、また瞬いていた。
 間をおかずして、瞬く銀光が収斂して天と地をつなぐ 幾本もの禍々しい光を放つ柱とな
る光景が、湖面に映し出された。
「・・さながら 雷の神殿だな・・・・・」
 扇を取り上げながら、教主が呟いた。
 冥界を薙ぐ白光に、待機していた魔族達が何事かと対岸に集まりだした。教主の姿を認め
ると、次々に膝を折って頭を垂れる。
「・・・あ」
 李々が声を上げて立ち上がった。
 水音が響いて次々と湖面に浮かび上がるものがあった。
 力を通すための『管』の役目として配置していた魔族達だ。
 ・・・突然の中継の切断に対応しきれなかったのだろう。感覚を繋げたままだった彼らは、
巨虫を襲った雷撃の衝撃を、そのまま『体験』したのだ。
 見た目は無傷だが、全身を駆けめぐる力の逆流に耐えきれず、精神を焼き切られた者も多
いだろう。
(正気を保って目覚められる者は、おそらく数名・・・)
 無意識にもてあそんでいた扇が、高い音を立てた。
 ・・・・・いまいましいことだ。
 これで使える者がさらに少なくなった。
 李々が一礼すると湖面を飛んでその者達をすくい上げ、対岸に集まってきた魔族達に指示
を出しながら引き渡し始めた。
 約半数が、脱落したようだが、湖に浮かび上がった者達の中に、氷暉と水城の姿はない。
(とっさの判断で、感覚を遮断したか・・・。当然と言えば当然だが)
 あの程度で倒れるような力量なら、最初から最前線に配置したりはしない。
 少なくともあの二人がいるならば、戦局に大きな乱れは生じないだろう。
「・・・赤毛と黒髪の力量も測れたことだしな」
 手元の扇を鳴らした教主は、始まった時と同じように、急激に収束に向かう境界の光景を
見おろして、ふと眉根をひそめて呟いた。
「・・・・あの 黒髪の霊気―――」
 天界の王族が持つ、強大な霊気。
 爆発的に膨れあがり、轟雷が放たれる前の一瞬―――繋げていた感覚を断ち切る寸前に
感じた、・・・あの、違和感。
(・・・・・むしろ 魔族に近い・・・?・・)

 


No.120 (2007/06/05 21:33) title:ニュースの時間
Name:実和 (u188080.ppp.dion.ne.jp)

「次のニュースです」

 ティアはそう短く告げると次の原稿を一瞥した。そして後は一度も視線を落とすことなく、美しい微笑をたたえ、画面に向かってニュースを伝えている。現在、日本全国がテレビの前で骨抜きにされているだろう。そして一体その中の何人がこのニュースを聞いているだろうか。下手したら当事者、関係者すらも聞いていないかもしれない。
 ティアは夜10時から生放送で放映されているニュース番組の看板キャスターである。
 完璧な美貌、完璧な話術、優雅な物腰。
番組のインタビュー中にティアに迫り、有権者から総スカン喰らった大物政治家、ティアの会話運びと笑顔につられるままに、聞かれてもいない自社のトップシークレットを喋ってしまった大物経営者。ちなみにその内容とは当時、特捜が捜査していた事件の核心に触れまくったことだったので、大スクープとなってしまった(後の裁判でその経営者は、このインタビューを、「誘導尋問だ!」と騒いだが、当然のごとく裁判官から無視された)。

と、いうわけでティアは今、最も注目を浴びているアナウンサーなのである。
 
 ニュースはスポーツコーナーも終わり、終盤に差し掛かった。と、その時、スタジオ内が俄かに慌しくなった。ティアも異変は感じ取ったが、何事もないかのように番組を進行していく。と、ADが静かにやって来てカメラに映らない場所からティアの方へと原稿を一枚滑り込ませてきた。それにさっと目を通す。
「たった今、新しいニュースが入ってきました」
ティアはまっすぐ眼差しを正面のカメラに向けた。
「新宿で強盗事件が発生しました。犯人は現在、人質をとってビルに立てこもっている模様です」
現場に急行したスタッフから映像はまだ送られて来ていない。
「映像が届き次第、状況をお伝えいたします」
とりあえずはそれで締めくくり、次のニュースへと移った。が、ティアの気持ちはすでに強盗事件の方へと向いていた。映像が入ってきたら中継になるだろう。状況を見ながら喋らなければならない。が、ティアはトップキャスターである。そんなことを気にしているのではない。ティアは焦る気持ちを何とか顔に出さなかった。

 番組はCMに切り替わった。
スタジオ内は慌しい雰囲気に包まれている。スタッフも情報収集などであちこち走り回っている。
「おい、映像はまだか!?」
「現場もまだ、状況が把握しきれていないそうです。もう少し把握してからではないと、番組で流せません」
「おい、他局に先越されるなよ。うちが1番現場に近いんだぜ」
「カメラはアシュレイが担いでいます。あいつなら危ない現場だろうが、レポーター置いてでも突っ込んでいきますよ」
「もしかしたらスクープが期待できるかもしれないな、以前も身体張っていい映像取ってきたから。コメントも期待しているぞ」
ディレクターの閻魔は期待に満ちた顔で頷き、熱の籠もった目でティアを振り返った。

が。

「あれ??」
振り返るとメインキャスター席には、いつも閻魔の目を感激に潤ませる、麗しい姿は掻き消えていた。
「桂花、ティアは?」
閻魔はいつもティアの隣で補佐に当たっているもう1人の美貌のキャスター、桂花に尋ねた。しかし彼が答える前に、スタッフが飛び出してきて閻魔に声をかけた。
「現場から映像が届きました!」
閻魔は慌ててモニターを確認しに行く。
「もうすぐCMが終わるぞ!流せるか!?」
モニターには野次馬と警察でごった返している現場の様子が映し出されていた。新宿の繁華街にあるビルの周りはネオンのせいで昼間のように明るい。そこにパトカーの赤いランプも加わって騒然とした雰囲気だ。さらに・・・
「ティアー!!何しに来てんだよ、テメーは!」
「だってアシュレイ、君、いつも無茶な映像撮ろうとするから心配で。」
「俺は仕事してんだ!お前の方が心配なんだよっ。CM終っちまうんだぞ、スタジオ戻れ!」
「ありがとう、私の心配してくれるなんて・・・。でも君だけを危険なところにやっておいて私だけが安全なスタジオから見ているだけなんて、耐えられないよ・・・(涙)。どちらにしろ今からスタジオ戻ったってどうせ間に合わないよ。それに番組の方は大丈夫、桂花が完璧に進行してくれるから♪(←問題発言)」
「お前はそれでもメインキャスターかー!!」
「事実を視聴者に伝えるのがキャスターの仕事じゃない。事件は現場で起きてるんだよ、アシュレイ」
某人気映画の名セリフを言いながら、ティアが笑顔でカメラの前に姿を現した。そして
「こちらはいつでもOKです」
とカメラの前で優雅に手を振った。
「勝手に決めんなー!」
アシュレイの怒号だけが音声を通して聞こえてくる(彼はカメラを担いでいる)。

 スタジオでは桂花が冷静に本番に入る準備をしていた。スタッフ達は淡々とCMから番組に切り替える準備に入っている。
 人気番組「天界ニュース」では時々、メインキャスターが事件現場に飛び出して実況をする。「危険も顧みず、現場の臨場感を伝えてくれる」と、これもまた視聴者を感動させている要因なのだが、メインキャスターを現場へと駆り立てる動機を、視聴者は誰も知らない。
「(まぁ、仕方ないよな・・・、視聴率はどこのニュース番組よりも取れてるし。ナンバーワンキャスターだし・・・)」
スタッフ達は皆、心中で呟いていた。彼らは高視聴率と共に、ティアの美しい笑顔と自分達に対する気配りと、完璧な仕事振り(と、桂花の完璧なフォロー)を思い、諦観を抱きつつ日々、番組制作に励んでいる。
 
 スタッフのカウントで、CMから番組へと切り替わった。桂花が正面のカメラを見つめた。
「先ほどお伝えしました、新宿で発生している強盗事件の映像が届いた模様です。現場の様子を伝えてください」
映像が切り替わり、画面には騒然としている現場をバックにティアがマイクを持って現れた。
「はい、こちら現場です」

 ティアは自分の人気に優雅に胡坐をかいてはいない、とても仕事熱心なアナウンサーである。

 優秀なキャスターとスタッフの手によって、「天界ニュース」は今夜も高視聴率であろう。


No.119 (2007/06/01 12:52) title:夢十夜 外伝 家族の肖像
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)


「柢王、最近冰玉の様子がおかしいと思いませんか」
 食卓を片付けていた桂花が眉をひそめて尋ねるのに、柢王は、んー? と聞き返す。
「別に、飯もちゃんと食ってるし、最近でかくなってきたし、おかしいところは……」
 思いあたらねぇぞ、と答えたものの、一家の主は留守がちで、冰玉のことは桂花に任せていることが多い。たたでさえあれこれ
気苦労かけている桂花に、ここで話も聞かずに、気のせいだよと流したら、いつか無人の家に帰ることになるかもしれない。
 そんなの嫌だ、な柢王は、桂花の肩へ顎をつけると優しい声で、
「具体的にはどんなことが?」
 尋ねながら、頬にすりすり。これは家庭円満のためのスキンシップというより単に趣味。が、心配事のある一家の稼ぎ頭は
反応すらよこさず、
「最近、よく池のほとりで水面を覗き込んでいるんですよ。吾が呼べば戻っては来ますけど、なにか悩み事でもあるようで。
それに、うちでだって──あ、ほら!」
 桂花が指差すほうを見やると、台所にある大きな水がめのふちに青い小鳥の後姿。水面を眺め、時々、ふしぎそうに小首が
傾いでいるのを見れば、なるほどなにか悩んでいるかのようにも見える。
 が、元気いっぱい愛情いっぱいごはんもいっぱい育てられている雛鳥にどんな悩みがあるかなど見当もつかない。尋ねることは
できても、その返事を言語に翻訳することのできない柢王は困惑顔で、
「あれじゃねぇの。あいつも自分の外見気にする年頃になったとか? あ、それとも早くでっかくなりてぇなぁとか思ってるとかさ」
 思いついたことを言ってみるが、桂花は浮気なんかしてねぇよと言われた時のようなそっけなさで、そうでしょうかと信じない。
 と、そんなふたりのやり取りなど気づかない龍鳥の雛は、その首を思案げに傾けたまま、パタパタ表に出て行ってしまった。

「……」
 林の中の池のほとりでたたずむ青い小鳥。水面を覗き込んで、ふしぎそうにぴちゅぴちゅ何かをさえずっている。
 そのさえずりを言語に翻訳するならば──
 
 『ボクのパパは天界一の男前(パパ談)』
 『そして僕のママは四国一の美人(パパ談)』
 『そのふたりの一人っ子であるこのボクは……』
 ぴっちゅー? と小首傾げて水面を見つめ、
 『なぁんで見た感じ鳥なんだろぉ……?』
 今日も鳥に見えるんだけどぉ、が、最後のぴちゅうだ。

(ボクが早く強く大きくなってパパとママに似たりっぱな龍鳥になれますように)
 梁にとまった青い小鳥が夢のなか──
 願いをかなえるビラビラ衣装の人に何度も小さな頭を下げる。そして、その下、寝台のなかではパパママが、
「…って、なんだよ、おまえが拒んだって冰玉の悩みが解決するわけじゃねぇだろっ。つか俺らが円満な方があいつだって気が
まぎれるつーか幸せになれるっつーかさぁ──」
「あんなに見るからに悩んでいるんですよ、なのにあなたはよくそんな気になれますね? とにかく冰玉の悩みが解決するまで
絶対にダメです!」
 眠る小鳥を起こさないようひそめた声での攻防戦の真っ最中──

 とにかくあれこれ勘違いある家庭ではあるが……。
 これはとある幸せ家族の肖像だ──。


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