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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.128 (2007/07/07 23:33) title:恋愛ドラマの作り方  −First step−
Name:実和 (u188171.ppp.dion.ne.jp)

 都内某所にある大手テレビ局、「天界テレビ」。
 局内の廊下を「白い○塔」の回診シーンのように闊歩する年寄りを中心とした満足顔の団体がいた。
「今度のドラマも初回からうちの視聴率がダントツでしょうね」
「前回も最終回までトップだったからのぉ。今回もまず間違いないじゃろう」
 局幹部達、通称「八紫仙」。その名前の由来は不明だが、8人全員が会長から下賜された紫のスーツを着ているからだと言われている。恐らくは何か大変名誉な記念品であろう。なぜよりによって紫なのかとか、「八紫」は分かるが「仙」は何だ、むしろ「32」ではないか、などの答えられない質問はご遠慮願います。えぇ、たとえあなた様が株主でも(その一方で、32人も紫スーツが増殖したら鬱陶しいというご意見も一部承っております)。

 さて、話題の新ドラマだが、若い男女とその周囲の人々が繰り広げる恋愛劇である。

 ヒロインと、一流企業に勤める、しかも仕事もできるというプレイボーイとが出会い、男性はドジだがひたむきなヒロインの姿に心癒され、真の愛に目覚め、その一方で常に斜に構えている男性に当初は反発するヒロインが、本当は優しくて繊細な彼の姿を知って心惹かれていき、さらに周囲の人間関係も絡めつつ、横恋慕等のお約束の障害や、それによって生じるお約束のすれ違いを乗り越え、お約束の全員揃ってのハッピーエンド・・なんてお約束の展開がお約束されている笑いあり涙ありのドラマである。脚本は人気脚本家が手がけ、主演は若手ナンバーワンの女優と俳優。脇は最近注目のアイドルやお笑い芸人、ベテラン俳優で固めている。放送は毎週月曜の夜9時から。どうぞお見逃しなく。
 
 地下のAスタジオでは現在、新ドラマの準備が進行中である。
金鎚や電気ドリルの音がけたたましく響き、木屑の粉がもうもうと上がる中、たくさんの人間が大掛かりな作業していた。その中でアシュレイも黙々とベニヤ板に釘を打っていた。これはヒロインが住む部屋の壁に使われるものだ。すぐ側では同僚が床部分を作っている。撮影開始の日に間に合わせるため、作業は急ピッチで行われている。今回のドラマは恋愛もので、キャスティングも豪華である。すでに業界内では高視聴率が予想されている。
 アシュレイは立って、板の継ぎ目を確認した。彼にとって視聴率は正直二の次であった。もちろんスタッフの一員として、自分が関わった作品が高視聴率であれば嬉しいが、自分が納得いく仕事ができたかということの方が大事だった。大道具を担当してもう数年経つが、未だに自分の仕事に対する情熱は変わらない。むしろ物作りの奥深さを実感する度にそれは増していくようだ。
「アシュレイ。壁できたら組み立てるぞ」
同僚が声を掛けた。
「あぁ、もうできる!」
振り返って大声で答えてからアシュレイは急いで木材に最後の釘を打ち込み、仕上がりを確認すると数人でそれをセットの中へと運び込んだ。
「俺、もう3日も家に帰ってねー。風呂も入ってねーよ」
「俺も彼女に会ってないんだ。少なくともこれが終るまで無理だよな」
「テメーらグズグズ言ってんじゃねーよ。スケジュールが押してんだぞ」
アシュレイはぼやく同僚を蹴飛ばし、さっさと壁を組み立て始めた。
「あーぁ、今日も徹夜だな、きっと」
誰かの声で、携帯電話で時間を確かめるともう夜中だ。アシュレイは仕事で家に帰れないのも風呂に入れないのも平気だった。「そんなんじゃ出会いもないじゃない」と姉はため息をつくが、同僚達の、彼女がどうしたとか今度の合コンの相手は一流企業のOLだとかの話題には全く関心ないし、姉とその恋人との付き合いを見ても、姉が幸せなのは弟として大いに結構だと思うだけで、振り返って我が身を嘆くという気持ちは皆無だった。仕事が何より面白いし、第一「男は仕事」と思っているのだ、本当に。
 それでも今日で丸1週間スタジオに篭っている。体力だけには自信のあるアシュレイだが、さすがに少し疲れた。
「よーし、少し休憩しようか」
壁を組み立て終わった時、リーダーが声をかけた。途端に現場の空気が緩み、やれやれという感じで皆あくびをしたり、積み上げられた荷物の上や床など思い思いの場所に寝転んだりした。
 アシュレイも伸びをすると、コーヒーを買いにスタジオを出た。地下階のロビーには人気はなく、自販機から買ったコーヒーのプルトップを抜くと空々しく明るい蛍光灯の下、カコンという軽い音がやけに大きく響いた。アシュレイは微かに甘いコーヒーを半分ほど一気に飲んだ。と、その時
「クッシュン!」
後ろで大きなくしゃみがして、アシュレイは思い切りコーヒーを吹いた。
「な、なんだよ」
振り向くと、後ろの大きな鉢植えの木の陰から鼻を小さくすすりながら青年が出てきた。仕立てのいい淡いベージュのスーツを着た、見たこともないくらい美しい青年だった。
「何やってるんだよ、お前」
しかも、なぜか髪を木の枝に引っかけてじたばたしている。アシュレイはズカズカと近づくと枝を取ってやった。
「ありがとう」
青年はやっと枝から解放されるとにっこり笑った。その笑顔はどきりとするほどきれいだったが、アシュレイはただぶっきらぼうに頷いただけだった。男の笑顔にどきりとした自分を不覚と思った。
「休憩していたらつい寝てしまって。寒くなって目が覚めたんだ」
青年は照れたように言った。
「ここまでわざわざ降りて休憩しているのか?」
青年の洗練された服装から上階にあるデスクワーク系の部署にいる人間であろうと見当をつけた。
「うん。でも現場の空気が好きなんだ。現場の仕事はよく知らないけれど。時間があればこの辺りに来るんだ。そういえば君のことも何回か見たよ。製作会社から来ているんだよね。美術さん?」
「あぁ、大道具なんだ」
本当に現場に興味があるようだ。青年はアシュレイと同じ年齢くらいだ。きっと入局した時に製作に行けなかったのだろう。それとも入局してから現場に興味を持ったのか。
「好きなら現場で仕事できるように異動願い出したらいいじゃねーか」
アシュレイの言葉に、青年は曖昧に笑顔を返しただけだった。それを見てアシュレイはテレビ局も色々あるんだなと思った。
「おーい、アシュレイ、どこだよー。もうすぐ休憩終わっちまうぞ」
背後から同僚の自分を探す声が聞こえた。壁に掛かっている大振りの時計を見るとそろそろ休憩が終りそうだ。アシュレイは器用に空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
「じゃ、俺、行くわ。今、大詰めなんだ」
「何の番組をやっているの?」
アシュレイはドラマのタイトルを言うと、青年が微かに複雑な表情を見せた。それに気が付かず、アシュレイは「じゃあな」と言うとスタジオへとダッシュした。
アイツ、現場でやっていくにはちょっと頼りなさそうだな、と走りながらさっきの青年のことを思った。しかし要はヤル気の問題である。
もし、現場に来たら俺が鍛えてやるか。
「あー、その前に準備、終るかなー」
人のことよりまず自分のこと、である。
アシュレイはスタジオ目指して素晴らしいスピードで廊下を走りぬけた。

 結局、アシュレイは仲間と共にスタジオに泊り込みとなった。やっと一段落ついた時には夜明け近くの時刻になっていた。
「うーん・・・」ガンっ、ガラン。「デっ!!」
飛び起きると目の前には積み重なった木材があった。どうやら寝返りをうった時に角で頭をぶつけたらしい。アシュレイは頭をさすりながら胡坐をかいて周囲を見渡した。スタジオの床の上に寝ていたようだ。組み立てた後の記憶がないので終った瞬間床にひっくり返ったのだろう。それはアシュレイだけではないようで、他のスタッフ達も同じように床の上や荷物の上で鼾をかいている。結構大きな音をたててしまったというのに誰1人起きない。まぁ、やっと目途がついたんだもんなぁ。アシュレイはスタジオの頼りない照明の中に浮かび上がるセット達に目を細めた。残っている幾つかの工程を頭の中で反芻して、間違いなくクランクインに間に合うことを確認して一人頷く。
 クランクイン前の作業も楽しいが、撮影もアシュレイは楽しみだった。撮影中も道具を組み替えたり、直したりする作業はあるし、何よりも自分が作った道具達が生き生きとその存在を輝かす瞬間を見るのが嬉しかった。それらはただの物ではなく、物語を鮮やかに彩らせる。
 アシュレイはさっき頭をぶつけた木材を撫でた。クランクインの日が楽しみだ。

 再び作業が始まったのは午前8時くらいからだった。スタジオは相変わらず耳がおかしくなりそうな電機工具の音が響き、木屑が舞っている。しかし、ピークは乗り越えてしまったので、昨日までの殺気立った雰囲気はなく、作業するスタッフの手付きもどこか気楽な様子だった。アシュレイものんびりと図面を眺めて配置の確認をしていた。
 ふとスタジオを見渡すと、いつもより人数が少ないことに気が付いた。上の人間が何人か姿を消している。
「なぁ、今日は少なくねぇか?」
アシュレイは側にいた同僚に尋ねると、緊急に召集があったのだという。
「ふーん」
何か変わったのだろうか。俳優が急に降板したとかだったら代わりが誰になろうが足を引っ張る奴じゃない限り構わないが、セットを全部作り直しとなったら話しは別だ。そうなったら怒鳴り込んでやる。
 その時、スタジオ入り口の鉄のドアが開いて、今回のドラマの脚本を書いているナセルが入ってきた。
「よお、ナセル」
アシュレイは手を振ったが、いつも穏やかなナセルの表情が暗かった。アシュレイの顔を見るとやっと微笑んだ。
「どうしたんだ。どっか悪いのか?寝てないとか」
何せ売れっ子脚本家である。
しかし、彼は首を振った。
「別に何ともありませんよ。でも・・・アシュレイさんはまだ何も聞いていないんですか?」
「聞くって?何を?」
「今回のドラマのことです。この間ブラック&ヘル・コーポレーションが急にスポンサー降りるって言い出したそうです。それで・・・、ドラマが中止になるかもしれないって。さっきミーティングでそう言われました」
「な、なんだってーっ!?」
アシュレイの絶叫がスタジオ中に響いた。ナセルの言葉を聞いたスタッフ達も一斉にざわめきだした。
「ブラック&ヘル・コーポレーションって1番の大口だろ?」
「でも、何で!?」
ブラック&ヘル・コーポレーションとは、人材派遣で急成長を遂げている企業で、もちろん一部上場だ。天界テレビにもブラック&ヘルからの派遣社員が多く働いている。最近では宝石の販売でも成功を見せていて、今最も注目を浴びている企業の一つである。スポンサーを降りられるとなると、かなりの打撃である。その場にいる全員の表情に言い知れぬ不安と驚愕が浮かんでいた。
「社長を始め、トップの方にも衝撃が走っているらしくて。結構混乱しているようです。まぁ、でも決定ではないそうですから」
ナセルが気を取り直すように明るく言った。
「そうだよな。あそこの取締役とここの会長って懇意なんだろ?そんな無茶なことはないよな」
皆もそうだよな、と自分を納得させるように頷いた。そう思いながらもアシュレイはまだ不安だった。
「アシュレイさん?」
他のスタッフは三々五々作業へと戻っていったが、アシュレイだけはクルリと背を向けてナセルの呼びかけにも振り向かずスタジオから出て行った。


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