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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.127 (2007/06/17 23:01) title:桂花の留学生活6
Name:秋美 (121-83-25-213.eonet.ne.jp)

 翌日、いつも通り登校した桂花は、朝一番に理事長室に呼び出された。反応の早いことだ。
しかし、当然といえば当然だろう。
将来国政に携わる事が確実である王族が、半人前のうちから敵国の人間と関わって良いことなどあろうはずがないのだ。
今度こそ、完全に外界から遮断された場所に監禁されるかも知れない。どうせ遠からず処分される身だ。
多少扱いが手荒くなるくらいで嘆くような繊細な神経はとうに捨ててしまっている。
「粗相のないように」
 先導して歩いていた職員に念を押され、小さく頷く。
「理事長、留学生を連れて参りました」
「ありがとう、入りなさい」
「は、失礼致します」
 桂花も俯き加減に足を進め、理事長のデスクの前に立った。
「君は下がって良い。通常業務に戻って下さい」
「しかし」
「彼はこんな場所で私に害を及ぼすほど頭は悪くありません。下がりなさい」
「かしこまりました。しかし、何かございましたらお呼び下さい」
「私の身を気に掛けるのは君の職務ではないはずだ。余計なことはしなくていい」
「……出過ぎたことを申しました。お許し下さい」
 渋々といった様子で、桂花を案内した職員は出て行った。
 この状況に、桂花は少なからず驚いていた。扉が閉まってしまった今、理事長室には理事長と桂花の二人がいるだけだ。
「よろしいのですか。私のような者と無防備で向き合うようなことをなさって」
 思わず言ってしまった。
「構わないよ。伝えたいことがあっただけなんだ。立ったままではなんだし、そちらに掛けてもらえるかな」
 何でもないことのように応接用のソファを指され、桂花は軽い目眩を覚えた。
一対一で話すのは初めてだが、初対面と時とはあまりに印象が違いすぎる。
身柄を引き取られる時には、この理事長は物静かだが隠しがたい威厳を滲ませ、抑揚のあまりない言葉で最低限の言葉を発しただけだ。
「その方の身柄は我が学院で預かることとなった。身を慎んで学ばれよ」
 跪き、顔を伏せたままだった桂花は、まともに顔すら見なかった。
 その時の理事長と今目の前にいる理事長とが同一人物とは思えない。珍しいことに、桂花は本気で混乱していた。
「そんなに硬くならないで。とって食べたりはしないから。すぐに済ませるから、とりあえず座ってもらえるかな」
 再度すすめられ、ようやく桂花は動くことができた。
「失礼して、座らせて頂きます」
「うん。授業前に呼び出したりしてすまなかった。
私もいろいろ予定があって、朝を逃したら今日中に時間が取れるか分からなかったものだから」
「とんでもありません」
「単刀直入に言わせてもらおう。要件は二つだ」
「はい」
「できれば、柢王を裏切るようなことはしないでもらえると嬉しい」
「……は?」
 予想外の言葉に、眉をひそめてしまった。
「柢王は私の大切な友人だ。彼が悲しむのを見るのは忍びないから、お願いだけはしておこうと思ってね」
「ご命令では、ないのですか」
「君もいろいろなものを背負ってここにいるはずだ。命令したところで、聞けないこともあるだろう。
しても無駄なことは、私はしない。ただできるなら、柢王の味方になってあげて欲しいんだ。
彼がこの学院に入ってから、積極的に第三者に近づいたのはこれが初めてなんだよ。
君の掟と誇りに触れないなら、彼の傍にいてくれると嬉しい。これは柢王の友人としての頼みで、ただの希望だよ。
 君にもし何かあったら――恐らく柢王は自分の身分や立場を顧みないで動いてしまうだろう。
強引に引き離したりしたら、間違いなくそうなる。
そうなれば私は彼を処断しなければならないし、騒乱の火種になった君もただでは済まないだろう」
 つまり理事長は、自分の安全の為にも柢王の傍にいた方が良いと言っている。
「私といることで、彼の立場が悪くなるのではありませんか」
「うん。なるだろうね」
 あっさりと、理事長は認めた。
「昨日柢王が私に君の保護を訴えに直談判をしにきたんだけど。私もはじめは止めたんだよ。
関わらない方が良いって。でも聞くものじゃない。
だから友人としては、できる限りのことはしようと思ってね」
「……」
「公に私の権限が及ぶのは学内だけだ。ここにいる限りは、柢王も君も守ることができる。
でも、何かあってそのことが外に漏れたら、私は私情で動くことは許されない。わかるね」
 公人としての理事長を初めに見ている桂花は、実感を持って頷いた。
「できる限りご期待に添えるよう、努力致します」
「ありがとう。あとできれば、君に私が言ったことは柢王には内緒にしておいてくれると助かる」
「はい」
「そして二つ目なんだけど。保健医から正式な要請が昨日あってね。君を助手に欲しいそうだ。
時間のある時には保健室に顔を出してもらえるかな」
 昨日の今日だというのに、一樹はさっそく動いてくれていたらしい。
有言、即実行の見本を見せつけられたような気分だ。
「喜んで、お手伝いさせて頂きます」
「そう、ではお願いしよう。話はこれだけだよ」
「はい。失礼して授業に行かせていただきます」 
 一礼して立ち上がる。
「桂花」
 そのまま出て行こうとした桂花の背に、声がかけられた。
「私は、東に貸しを作るために君を引き受けた」
 桂花は足を止めた。
「連中は体よく君をここで始末するべく機会を狙っているはずだし、私はそれを黙認するつもりだった」
「当然のことかと存じますが」
 振り向かずに答える。
「でも柢王が流れを変えた。君が生き延びるための細い一本の道を、柢王は作ろうとしている」
「……」
「まだ死ぬつもりがないのなら、生き残る努力をして欲しい。君にはそれだけの知恵があるはずだ」
「おとなしく殺されるのは、御免被ります。吾には自虐の趣味もありません。……ありがとうございます」
 無礼とは思いつつ、最後まで振り向くことはできなかった。
ポーカーフェイスのままでいる自信がなかったのだ。


No.126 (2007/06/17 22:56) title:桂花の留学生活5
Name:秋美 (121-83-25-213.eonet.ne.jp)


「お待ちしておりました」
 校門脇の車寄せには、すでに1台しか車がない。もう部活動の時間もとっくに過ぎているのだから当然だ。
もちろん桂花は、自分を監視しているような連中に下校が遅れることなど伝えていなかった。
慇懃に頭を下げたスーツ姿のこの男は、2時間以上ここで待ちぼうけをくらったことになる。
しかし彼の表情筋はぴくりとも動かず、余計な言葉も一切話さない。
「お待たせしました」
 対する桂花の声にもまったく感情というものが籠もっていない。
「お手を」
 短い言葉に促され、桂花は左手を差し出した。紫微色の美しい手首に無粋な黒い腕輪がはめ込まれ、微かな電子音が響く。
「桂花?」
 黙っていた柢王が、低い声で問いかけてくる。たった今桂花に装着されたものが何であるのか、彼は知っているのだろう。
しかし、それに関してここで問答することは避けたかった。
「柢王、送って下さってありがとうございました。この通り、迎えがおりますので今日はここで」
 そして車に足を向けかけたが、柢王がそれを許してくれなかった。思いのほか強い力で肩を掴まれたのだ。
「待てよ」
 ぐい、と引き戻され、その動きを予測していなかった桂花の身体が傾いた。バランスを崩した身体は、あっさり柢王に抱きとめられる。
「こ、困ります!」
 振り向きざま叫んだがあっさり無視された。柢王が一歩踏み出したことによって、桂花は彼の背中に庇われる形になる。
「気にいらねーな。俺のダチを犯罪者扱いか?」
「貴方には関係のないことです」
「許さないと言ったら?」
「貴方に命令権はありません。喚くなりなんなり、ご勝手になさればよろしい。私は職務をまっとうするだけです」
 スーツの男は小揺るぎもしない。
「桂花殿、こちらへ」
「はい」
 従順に頷いた桂花は、切実な願いを込めて柢王を見た。
「行かせて下さい。この腕のこれは、吾のためのものでもあるんです。この国でどんな扱いを受けても仕方のない吾の、身分証を兼ねています」
 発信器とバイタルサイン測定器が組み込まれた黒い腕輪は、本来なら監視の必要な犯罪者に取りつけられるものだ。
しかし、桂花の腕にはまっている腕輪には、くっきりと金で王家の紋章が象眼されていた。
この紋章を身につけている者には、いかなる職務の人間も、許可無く手を出すことができない。
元服した直系の王族にしか発行の許されない紋章は、この国における最高位の身分証だった。
「これは、王太子の紋章か」
「そうです。翔王様より賜りました。校内にいる時には、必要がないので外して頂いています」
「わかった。……行けよ」
 悔しそうな声に背を押され、桂花は今度こそ車に乗り込んだ。
「納得したわけじゃないからな」
「承知しております」
 動じずに柢王をいなした翔王の部下は、軽く一礼を残して踵を返した。
 車が走りだしても動こうとしない、今日知り合ったばかりの少年の姿が、網膜に焼きつけられたように桂花の中から消えなかった。
「一週間も経たないうちに、あれほど友達思いの友人を作られましたか」
「今日が初対面です。友人などとは……」
 必要事項以外の言葉をこの男が発するとは珍しいこともあるものだ。
「彼は、そうは思っていないようでしたが」
「一方通行の友情があっても、ここではおかしくないのではありませんか?」
「彼も報われないことだ。お分かりでしょうが、深入りはなさらないように」
 監視者に、言われるまでもなかった。
「心得ております」
 平然と返し、桂花は視線を落とした。
 国の上層部に睨まれ、監視付きの生活を送っている自分と関わって良いことなどありはしない。
恐らくこの男から報告が上がれば、あの柢王という少年にも警告が為されるだろう。
彼はいずれ、この国の中枢を担うであろう人物なのだ。
その経歴に傷を付けるようなことは、周りの人間が許さないはずだった。
 桂花に与えられた住居は、学園にほど近いマンションの最上階にあった。
この階に入居しているのは、桂花とその監視に当たる者だけだ。
関係者以外が訪れることはなく、単独での外出はもちろん許されていない。
部屋からは、外部と連絡を取るための機器の一切が排除されており、陸の孤島に軟禁されいるようなものだった。
それを苦痛だとは思わない。
その程度の自由なら、国にいた時にすでに奪われていた。
ここでは何かを無理強いされたりしないだけマシとすらいえた。
 それにしても、と桂花は嘆息する。これほどの疲労を覚えたのは久しぶりだった。感情が動きすぎたのだろうか。
身体は鉛のように重いのに、食欲はまったくなかった。
火や刃物を使って自ら調理することは許されず、与えられる食べ物は温めるだけのレトルトだけなのだ。
栄養面での問題はなくとも、不味い食事は桂花には苦痛だった。普段も、最低限のカロリー摂取分を口にするだけだ。
 何もする気になれず、殺風景なリビングにぺたりと座り込んで目を閉じる。手近にあったクッションを抱き寄せて身体を丸めた。
もう寝室まで歩くのも怠い。空調が効いているのでそのまま眠っても大丈夫だろう。
そう思うと、もう立ち上がる気は完全に消えてしまった。
シャワーは明日の朝に浴びよう。そう決めてしまった桂花の意識は、急速に遠のいていった。


No.125 (2007/06/17 12:05) title:レーゾン・デートル ─流星─
Name:しおみ (zf255043.ppp.dion.ne.jp)


  ──Now slides the silent meteor on, and lesves.
    A shining furrow, as your thoughts in me──.

 冷たい風が草原を揺らす。
 吸い込まれそうな遠い夜空に、零れ落ちそうな星が無限に広がり、露にぬれた草を踏み分けて歩く桂花の瞳を燦然と銀に染めている。
 足元までの衣服の裾はもううっすらと重く濡れている。闇にほのかな銀が刷かれたような、月も姿を見せぬ夜。長い髪を、まだ夏になりきらぬ
草原の冷たい夜風にさらして、暗い海のようなざわめきのなかを歩くその姿を、迷信深いものが見れば、精霊だと恐れたものかもしれなかった。
 いまの桂花は変化を解いている。長い白い髪、紫微色の肌。薄物の衣服の下にはあざやかな刺青がある。他に誰もおらぬと確信しての
その姿は、いまや知るものの少ない、かれの真実の姿だ。
 濡れた草の匂いがざわざわと揺れるにつれて濃くなる。人間界の植物は、まるでそれが命の証であるかのようにその時節、もっとも香り、
もっともあざやかに、もっとも美しくその姿をさらしては消えてゆく。次の時節が訪れるまで。
 足元に踏みしだく命の証に、薄い笑みをたたえた唇がひくくつぶやく。
「繰り返す、命、か……」
 ふと、見上げた瞳がはっと見開かれたのは、銀をちりばめた空に、ふいに一条、流れていく光を見たからだ。
「流星──」
 紺色の空へ、すうっと銀の筋を引いて、星が流れていく。そのあざやかな軌跡に見開く瞳のその前で、ふ…と光は輝き、そして消える。
大いなる命の、最後の、輝き。瞳の奥に、その光の跡を残して。
 細められた瞳がふいに、わずか、震えた。伏せられた睫毛の先にその震えがあとから伝わっていく。再び、開かれた瞳が濡れて揺れるのは、
空のざわめきを宿したものではなかった。
「……柢王──」
 桂花の指先が、唇を押さえる。いまやその震えは細い全身に広がって、うつむいた先、踏みしだかれた草を見つめる紫の瞳には涙が滲んでいた。

 暗くなると──
 モンゴルの草原もうねりに似たざわめきを宿す。その音が聞きたくなって外へ出る。踏みしめて歩く草の、肌に触れる感触、風の匂いは変わらない。
それでも、あのなつかしい場所で見る、目を奪うようなぎらついた光を放つ闇ではなく、この世界では、月や星だけが波のようにゆれる
草原に宿る光の全てだ。
 淡く、頼りなく、この世を照らす光。命の終わりを予感し、年毎に生まれ変わる草原。天界とは違う。柢王とふたりで暮らした家の周囲の
草原とは違う。それがわかっていても。ふいに、星のない空からあの声が、
『桂花、いま戻ったぞ』
 降りてくることなどないとわかっていても──
 眠りを求めない体が、風にざわめきに記憶を蘇らせて、外へ出る。満天の星。違うとわかっているのに、
(柢王──……)
 草の海のなかを歩き続けている時だけ、理性も苦しみも忘れて歩き続けている時だけ。
 あの声を、あのぬくもりを、あの存在を、求めることができるから。
 足をとめた後に心を切り裂く孤独があるとわかっていても、ただ捜し求めるように歩き続ける時だけが、もう二度と会えない人を
愛し続けて生きるこの偽りの命を救ってくれるから。
(何度も生まれる命……)
 そう、この一面の草原のように。生まれて、消えて、また生まれ変わる命。
 いま、命よりも大切だった人の再現が、日毎夜毎に、その命を輝かせて育っていくさまを見ている。
 二度と誰かを愛しいと思うことなどないと信じた胸の奥に、どうしようもない愛しさと喜びが生まれてくる。どうしようもなく、
心が惹きつけられるのを感じている。
 だからこそ、その向こうでずたずたになっていく胸の痛みを思い知る。
 かれの面影をさがす罪悪感。かれに対して感じる後ろめたさ。いるべきところではない場所にいることの罪深さ。
 だが、それにも増して感じる、このどうしようもない想いを、言葉でどう言い表せばいいのだろう。
(覚えていない──)
 あれほど愛した記憶をまっさらにして、いま、なにも知らない輝きでその手を差し伸べてくる。何も知らない輝きで、ただ純然と、
(俺にも懐かしい気がするって言ったら、怒るか)
 自分を見上げたあの瞳を見たときの、言葉にならないあの気持ちを──。

 生まれ変わっても……。
 どれだけかれが生まれ変わり、そして、たとえいつでもその側にいられたとしても──
 狂おしい夜に、瞳の奥に怯えに似た渇望を宿して、
(おまえは俺のものだ。そうだろう?)
 くり返し問いかけた人の、想い、まなざし、記憶の全て──
 それはもうよみがえることはない。
(吾だけが、覚えている──)
 かれの記憶はあの星のように──二度とは、戻らない。

 ただ一度の命。ただ一度の記憶。それで消えていくのは自分のさだめでこそあったはずなのに……。
(それなのに、吾がこうしてあなたの生まれ変わるさまを見ている。消えていくこともしないで、吾だけが空の命を生き続けている……)
 皮肉だ、と、涙を滲ませた美貌が笑みを浮かべる。
「生まれ変わったのに……でも、吾にとって、あなたはあの星のようなものだ。あの、流星のように……」
 続けかけた言葉を、こぼれる涙がさえぎった。

 かれの存在は、あの流星のように……
 つかの間に触れてすり抜けていったのに。この胸に、消えない軌跡を刻みつけている──


No.124 (2007/06/12 12:52) title:ALL ABOUT MY LOVER ? ─The Addition of Colors─
Name:しおみ (softbank126113104026.bbtec.net)


「ねぇ、アシュレイ、覚えてる? 私たちの幼稚園の卒園アルバムに『オール・アバウト・マイ・フレンド』って、みんなの
寄せ書きがあったじゃない? みんなで一言ずつその子について知ってることを書いたページだけど」
 最上階のオーナー・ルームで、幼馴染で雇用主のティアランディアにそういわれて、天界航空新米機長アシュレイ・ロー・ラ・ダイは
あああと頷いた。今日は夜間のフライトだが、株主総会前で『ちょっとあの世に片足突っ込んだようなイッちゃってる状態』で、
働いていると聞いたティアの様子を見るために早めに来たのだ。
「なんかあったな。皆の知ってること集めたら、そいつの情報できますよ、みたいな」
 思い出して見るが、なにせ幼稚園の頃。しかも子供の時からぶっきらぼうで、感情をうまく表現できなかったアシュレイは、
『こわい』とか『よく怒る』とかあんまりいいコメントを書かれた記憶がなかった。
 そこへ行くと物腰が優しくてきれいなティアはみんなの人気者だった。あまりにみんながいいことを書くので、アシュレイはただ
『俺の友達』としか書けなかった気がする。本当は『とても大事な友達』と書きたかったのに。
 が、幸いティアはその不器用な昔話にはこだわっていないらしい。数日で少しやつれて心なしか遠い目をしながらも、アシュレイの
側に腰かけて、
「昨夜、アルバム見て懐かしくて。いまの君のことだったらどのくらい書けるかなーと思って」
 書いてみた、と微笑むティアにアシュレイは目を見張る。
 もうひとりの親友である柢王なら、
『こんなことしてっからノイローゼ寸前まで慌てて仕事すんだろーがよっ、家帰ったら早く寝ろっつーの!』
と、つっこむところだが、アシュレイはすなおに驚いた。忙しいのにそんなことを? 差し出されたレポート状のものをめくってみる。
『オール・アバウト・マイ・アシュレイ』──ちょっと気になるタイトルだが、もじっているからだろう。
 ピンクの用紙に手書きのリストは、
  『ストロベリー・ブロンド。ルビー色の瞳……』
などアシュレイの外見から始まって、性格は、
  『正義感が強い。頑張りやさん。不言実行型』
など、ふつうの人なら『頑固・負けず嫌い・不器用』と書くところを優しい言葉で誉めてくれている。
 フライト暦や経歴はもちろん、個人的なこともあり、ティアにしてくれたことのリストも長くて、なかでも一番大きく書かれているのは、
  『機長になってくれたこと』『私を乗せて飛んでくれたこ と』。
本当に嬉しかったとピンクの文字で書き添えられている。
 アシュレイはジーンとした。子供の時からティアはアシュレイのことを優しく見守ってくれた。それはわかっているけれど、
そうして改めて書かれていると、本当にずっと側にいて大事だと思う気持ちが一方通行なものではないと証明されているようで、
胸の中があたたかくなる。
 が、それを表立って表すのは照れくさい。傍らで疲れているのか少し遠い目をしながらも、にこにこ微笑んでいるティアにわざと、
「おまえな、こんな細かいこと書いてるとストーカーだと思われるぞ」
 言いながらページをめくる。
  『アシュレイの好きなもの。フライト。飛行機。B社の模型飛行機。航空図鑑(しばらく航空関係続く)…。
   小動物(リスとかウサギとか続く)…お餅。激辛料理(しばらくエスニック系続く)』
 ほんとに何でも知っていてくれる友達だ。
  『ネルのパジャマ(ウサギつき)。抱き枕(グラインダーズ主任からの誕生祝い)。マジックボール(柢王のお土産)』
 そんなことまで──…・いつ、話したっけ? 下着は綿とかそんなこと、話した記憶全くないけど? 
 首を傾げたアシュレイは、リストの最後に燦然と輝く金色のマジックで書かれた言葉に目を見張る。
 『それにもちろん、わ・た・し?』
 でっかいハートマークの下に署名欄があるのは何かの契約書なのかーっ。
「ねぇ、間違ってないよね?」
 うっとりしたような顔で微笑むティアに、アシュレイはああぁと頷いた。頷きながら、こういう危険な匂いのするオーナーの
ことは誰かに相談した方がいいと言う予感が強くした──

「つーか、ティアがあぶない奴だってことくらいアシュレイだってわかってるはずだろーに」
 荷物を引きずって車まで歩きながら、柢王は隣りの桂花に笑みを見せた。
「オーナーもきっと株主総会前で煮詰まって妄想に逃亡なさったんでしょう。気にしなくていいと答えてはおきましたが、あなたも
会う機会があったら気にかけてあげてください」
 スーツケース片手に隣りを歩く桂花も笑みを返す。
 星の出る時刻──ふたりは同じ日数のロング・フライトで家をあけて、戻ってきたところだ。到着時間が三十分ほどずれるだけだから、
本社で待ち合わせて一緒に帰ろうといったのは柢王で、会うのは四日ぶり。連休前だし、食事もすませて帰る予定だった。
 それで先についた桂花は手続きを終えた後、ティールームにいたのだが──
 深刻な顔で入って来たアシュレイが、桂花を見つけると、あっと叫んで駆け寄ってきて、
「なあ、聞いていーかっ、あのなあのなっっ」
 変な人の変さはどこからが変でどこまでは熱烈な友情だと思うか、と相談されたことからティアのことが明らかになったというわけだった。
「でも、オーナーはアシュレイ機長が本当に大事なんでしょうね。以前にもあなたから聞きましたが」
 駐車場に止まった柢王の車の前で、桂花はそう言って微笑んだ。柢王はトランクに桂花のスーツケースを軽々と押し込みながら、
「必要以上に好きだよな。けど、まあそんなリストとか作られたらこいつもヤバイかって疑いたくもなるのはわかるわ。企業の
オーナーって結構自分に面と向って意見してくれる奴もないし、宗教とかそーゆーこの世から外れた路線に走りたがるって聞いたこと
あるけど、ティアの場合は物心ついたときからアシュレイ教だかんなぁ」
 自分のスーツケースも押し込んでバンっとトランクを閉める。
「仲がいいのはいいことですね。それに、そういう何でも知っている友達がいるというのもいいことだと思いますよ」
 微笑むクールな機長は他人の家で育ってきた人物だ。母親代わりの人物は愛情深く常識的だったが、その亭主は名うての変態。
かれの場合は、宗教には走らず、万事突き放した冷静な大人になったのだが。
 柢王は瞳を優しくした。人前でいちゃつくと怒られるが、幸い、いまは他に人影はない。長い髪のきれいな恋人の腕を掴まえると
自分の方に引き寄せて、
「リストがほしいなら俺が作ってやるよ。おまえのこと全部書き出したラバーズ・リスト」
 囁くのに、クールな恋人はくすりと笑う。おなじく囁く声で、
「全部…って、そんなに書くことありますか」
 尋ねるのに、柢王は笑って、
「まだ教えて欲しいこともいっぱいあるけどな。とりあえず好きなものはベジタリアン料理とか、服なら白が似合うとか」
 囁きながら、恋人の耳元に唇を寄せて、
「アノ時は向い合わせが一番イイとか、結構玄関先でのチューも好き、とか、さ……」
 低くそう吹き込んで、にやりとその瞳を覗き込むのに、クールな美人も瞳を細め、
「それは、あなたの好きなこと、ですよ?」
「へぇ? そんなら確かめてみようぜ?」
 黒髪の恋人は恋人の顎を持ち上げる。
 とりあえず、さわりだけ確かめてみた恋人たちは、食事の予定もキャンセルで家に直行した。
 それ以降の時間は『オール・アダルト・マイ・ラバー』、R18・覗き見厳禁だ。

 そんなカップルのアダルトぶりなど知らない上空の機長は、クールな機長が冥界航空では定番だと教えてくれたおまじないを
心で必死に唱えながらフライトしていた。
(今日見たのはオーロラか蜃気楼、忘れろ忘れろ、俺はなにも見なかった──)

 そんな機長と、地上で、煮詰まっていた時に書いたリストの最終項目にいまさら気づいて蒼白になったオーナーとがラバーズになる予定は、
いまのところ、ない──


No.123 (2007/06/12 12:37)
Name:しおみ (softbank126113105002.bbtec.net)


 ビーっ、と音がしてキャビンの緊急事態を告げるランプが点る。柢王と、コー・パイの空也が顔を見合わせた。
「コクピット柢王だ、キャビン、どうした」
 尋ねるとCAの上ずった声が、
『キャプテン、L1でいま、ナイフを持った男性が、行く先を変更しろとチーフを盾に叫んでいます!』
「ハイジャックか! 犯人は何人だ、目的地はっ?」
 柢王は言いながら空也に無線を指す。空也も飲み込み、非常事態を知らせる無線をいれる。すぐに官制への無線を開き、
「蓋天コントロール、こちらヘブンリー986、エマージェンシーです! ただいま機内にて男がナイフで乗務員を脅し、
行く先の変更を要求しています」
『コントロール、ラジャー! 986、ただちに警察と空軍を要請します、このまま回路を開き、機内の様子を中継してください!』
『犯人はひとりだと思われます。蓋天空港ではなく天主空港への着陸を要請しています、空港に車と現金の用意を求めています』
「乗客は無事か、怪我人はっ」
『ヘブンリー、燃料の残量確認してください!』
 無線とパイロット二人の声が響くコクピットは緊張に包まれる。

 レーダーの後方に未確認の飛行物体が映った。操縦していたアシュレイはコー・パイを振り向き、画像を後方に集中するように
頼んだ。マイクをいれ、キャビンを呼ぶ。
「キャビン、コクピットのアシュレイだ。悪いけど誰か左後方の窓から外を確認してくれ。何か飛行物体が接近してる」
「キャプテン、後方レーダー、移動物体はこちらに接近してきます。早いですよ」
 コー・パイの報告と同時に、キャビンから上ずった声が知らせてきた。
『機長、大変です、鳥の群れがこちらへ向っています! たぶん一万羽ぐらいいます、空が真っ黒です!』
「一万羽ぁっ!」
 顔を見合わせたパイロット二人は、
「官制に高度取ってくれ、二万七千。キャビン、ベルトサイン出すぞ、高度下げるから全員席につけっ」
『キャビン、了解』
「天主コントロール、こちらヘブンリー397、後方に鳥の集団と思われる移動物体を確認、高度二万七千で接触を避けます」
『コントロール、了解、レーダー上に確認。後方200度より未確認物体接近中、高度二万七千、減速せず航行せよ』
 上空三万フィートに緊張が漂う。

「主任、986便、海上四万フィートでハイジャックです! 犯人は男性一人、ナイフで乗務員を脅し、天主空港への進路の
変更を要請しています」
「主任、397便、高度三万フィートで鳥の大群と遭遇、現在高度二万七千で退避中ですっ」
 通信室はあわただしい空気に包まれた。手の空いている職員たちがわっとデスクにつめかける。
「986便、カンパニー、アランです。現在の状況、報告できますか」
「397便、機体との接触の可能性はっ」
「986、キャプテン誰だっ、担当ディスパッチャーを呼んでフライト状況確認しろっ!」
「986は柢王キャプテンと空也コー・パイです。航行先は蓋天空港! あと二時間で到着予定です」
 誰かオーナー呼べとか航務課呼べなどバタバタ人が動くなか、
「397便、アシュレイ機長です! 現在高度を下げて航行していますが、後方の鳥たちが追撃してくるそうです、客席が一部
パニックに陥っています」
「986便、柢王キャプテンから通信です! 犯人はナイフを持った男性一人、現在コクピットのドアを叩いて機長を出せと
叫んでいるそうです。乗客乗務員に怪我はありません。共犯者もいない模様です。コントロールとの通信を優先させるため、
カンパニーの回線はオープンのままにしておくそうです」
「主任、蓋天コントロールから通信です!」
 あちこちから情報が乱れ飛ぶ。

「キャビン、柢王だ。乗客は無事か。チーフは無事そうか」
『はい、大丈夫です。キャプテンこそ大丈夫ですかっ』
 ドンドンドンドンとコクピットのドアを叩く音が大きくなる。
『機長、出て来いっ、天主空港に行けって言ってるんだっ』
「コクピットのことは心配すんな。皆できるだけ離れて待機してくれ。サインがついたら委細構わずベルトすること、わかったか」
『了解しましたっ!』
『出て来い、機長っ。何か燃料がないから天主空港には飛べませんだっ。おまえ金貰って飛んでんだろ、何様のつもりだ、出て来いっ!』
 ドンドンドンドンドンっ。ドアを叩く犯人に、ホイールを握る機長の顔が険を宿す。官制と通信している空也がその顔を見て青ざめる。
「柢王機長、やめて下さいよ、喧嘩上等は」
「するか、バカ。おまえこそビビってドア開けたりすんなよ。絶対にコクピットに入れるな」
「もちろんです、でもこのままだとキャビンが──」
「空也、ベルトサイン・オン」
「ラジャー、キャプテン──でもっ」
「コントロール? こちらヘブンリー986、機長の柢王です。いまから機体をダウンします。進路に通行中の機体の有無を
確認願います」

『キャプテン、L6です、追ってきます! 全然離れていきませんっ』
「その、乗り合わせてるとかいう鳥学者の意見は?」
『はい、おそらく機体を鳥だと思って接近してくるのだろうと』
「わかった、客席無事か」
『お客様の一部が気づかれ、パニックになられています』
 キャーっ、なんだあれっと叫ぶ声がマイク越し聞こえる。操縦ホイールを握ったアシュレイは息を呑み、
「了解。すぐまた連絡する」
 マイクを切る。コー・パイに向い、
「I・have。コントロールに急下降の許可を取ってくれるか。取れたらベルトサイン出してくれ」
「ダ、ダウンですか、キャプテン」
「このまま行ったら追いつかれてぶつかるだけだ。下は海だし、ダウンの速度にはついて来れない。頼む」
「了解しました!」

「主任! 986便が急速下降を始めるそうです!」
「主任、397便もダウンですっ」
 通信係の知らせに一堂がえっと叫ぶ。
『プッシュ・センター・コマンド、フラップ30』
『当機はただいまより急下降に入ります。乗務員の指示に従い、酸素マスクをしっかりとあてて姿勢を倒してください』
 無線から聞こえる機長たちの声に食い入るように画面を見ると、二機の機体が高度を下げ始めている。
「おい、もう一度、機長に連絡取れっ」
「官制からオーケーが出ています、986下降体制に入っています!」
「397もコントロールが許可しました、下降します!」
 見つめる係員たちの目の前で、レーダーに映る機体が急激に下降していく。まっすぐに、その速度は降りると言うより落ちるに
近い。ぐんぐんと降りていく。降りていく。降りていく!
「…っ、大丈夫かっ」
 室内すべてが息を呑んだとき、ふたつの機体がレーダー上で水平ラインに滑り込む。思わずみんなが手を叩く。まっすぐに
ぶれなく低空を飛んでいる機体から、機長たちの官制に向けた声が届いた。
『ヘブンリー986、犯人が気絶したため、乗務員が現在捕縛中。高度を上げ、空港に向います、指示を願います』
『コントロール、ヘブンリー397便、アシュレイです。後方に緊迫中の鳥を降り切りました。高度を戻します、指示をお願いします』
「やったなぁ」
 通信室に拍手の渦が沸く──

                            *

「──ティア〜…」
 目の前のソファから、ふつふつとこみ上げる怒りを噛みしめた低重和音で響くのに、天界航空オーナー、ティランディアは
身をすくめた。やっぱり怒るよね、怒るでしょ。納得しながらおそるおそる、
「や、やっぱりだめ…だよね?」
 友達じゃなかったらマジで締め上げる。幼馴染の親友たちのまなざしは答えとして充分すぎる。ティアはため息をついて、
「私だって、賛成してないよ。ただ一般に見せるより先におまえたちに確認してもらったほうが確実だと思って……」
「確認するまでもないだろーがっ」
 柢王が叫ぶ。アシュレイも隣りから、
「何なんだ、この台本っ。こんなのシナリオそのものが間違ってんだろうっ」
 や、やっぱりそうだよね、とティアはつぶやいた。そんなことはわかっていたのだ。でも、一応念のため聞いてみただけだ。
 来期の天界航空は緊急事態訓練がテーマ。エマージェンシーについてビデオを作り、その対応法を巡って皆にディスカッション
してもらって緊急事態時のマニュアル作成に役立てようという話も出ていた。
 そしたらまた、八人の重役たちがティアの机に誇らしげに置いていったのだ。『緊急時フライトドラマ台本』。のべ八百枚の大作だ。
あまりに重いので思わず目を通してみたら自分ひとりで抱えていたくないような内容だったから、ついパイロットの親友たちに話してみたのだ。
「大体、これいつの時代の台本だよ。いまどきナイフ使ってハイジャックする奴なんかいねーだろっ。それもダウンして捕縛だぁ? 
うちはサーカスじゃねぇんだぞっ!」
「鳥が一万羽も追ってきたら先に官制が気づいて指示出すに決まってるだろ、それに何だその鳥学者って、そんなもん都合よく
乗せるんじゃねぇっ!!」
 憤慨する親友たちにティアは自分のせいでもないのに小さくなり、
「いや、だって、空の上では何が起きるかわからないからって──ハイジャックだってバード・ストライクだって他人事じゃない
からって。それにダウン…急下降だって皆訓練することだしって」
「ダウンは上空で気圧が下がった時の緊急手段だっ!! 第一そんな鳥の集団が飛んでたら他の機だって墜落するだろっ」
「それに喧嘩上等はやめろって、客の命がかかってる時にそんなこと話してるバカがどこにいんだっ。非常事態時はクルー間の
連携は密になるのが当たり前だろ。こんな力づくなコクピットだからペイできねーことがしゃがしゃ言いやがるハイジャッカーに
まで嘗められんじゃねーかっ!」
「わ、わかったからふたりとも……」
「だーっ、もう、おまえな、俺はおまえが相談あるっていうから桂花との飯を後回しにして来てやったんだぞっ。どうして
くれんだ、俺が桂花と過ごせた時間をっ」
「俺だって航務課に出す書類置いてここに来たんだぞっ。これから書いたら残業だっ。明日もフライトなのに」
「ご、ごめん、本当に悪かったよ、ふたりとも」
「それにな、こんな時に官制がダウンしていーですよなんて言う訳ないだろ、無人探査機じゃあるまいし」
「こんなシナリオでドラマ作ったらパイロット全員辞表出すに決まってるぞ、ティアっ」
「ご、ごめん……」
 オーナーはすっかり小さくなってへこんだ。二人ともフライト帰りに来てくれたことを思うと本当に申し訳ない。
(でも文句言うわりによく記憶してるよなぁ。問題点全て出てるし)
 台本そのものが間違いだと言う点も抜かりなく。頼もしく思えたが、これ以上親友たちを怒らせる気はない。平身低頭謝って
ようやく許してもらい、
「ったく、勘弁してくれよな──あ、桂花、ごめんな、待たせて。すぐ行くからっ」
 即座に携帯電話を取り出して恋人に甘え声を出す柢王と、
「あーもー、うち帰ったら洗濯しないといけないのに」
 ぼやくアシュレイを見送った。
 
 天界航空オーナーの緊急事態は、ある意味、今日だったかも知れない──。


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