投稿(妄想)小説の部屋

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No.375 (2001/09/21 13:03)投稿者:じたん

波乗り

 かなりの寝坊をした休日の朝は、すぐにベットから出ないで、シーツの海でまどろんでみる。
 素肌に気持ちいい上質のベット・リネンは、自分と彼の、最近のお気に入り。
 広いベットの上で子供のように、右へ左へとくるくる回る。長い自分の髪がその度に頬をなでる。
 それがなんだかむしょうに楽しくて。むしょうに嬉しくて。何回も転がっていたら、ふいにドアが開いた。
「メシ、出来たぞ」
「はい」
「・・・まだやってるのか?」
 呆れたような彼の声。ガキだな、と付け加えられた楽しそうな声。それから・・・急に彼が悪戯っぽい顔で近づいてくるのに、慌てて身体を起こしかける。
「なんだ? 急に」
 ベットに腰を降ろして、シーツでぐるぐる状態の自分の髪を、その大きな掌で優しく撫でてくれる。自分はそれが凄く嬉しくて、彼の膝の上にそっと頭を乗せた。
「・・・メインも食わないうちに、デザートか?」
 耳元で囁かれたその言葉に。我に返ってまた身体を起こした。
 赤くなった自分を楽しそうに見詰める、普段着姿のホストの彼。誰も見れない、素顔の彼。
 それがやっぱり嬉しくて、自分は彼の唇にそっと遅いおはようの挨拶をした。・・・それから。
「着替えてから行きます」
 昨夜、彼に脱がされた床の上のパジャマを指差すと。
 彼の長い腕に抱き込まれてしまう前に、とシーツを巻きつけたままで、絹一はベットから素早く降りた。

 最近のお気に入りは、ベットリネンの他にもいくつかある。
 そのひとつが、目の前に出されたブランチ。
 手作りのコーンスープと、ブリオッシュのトースト。やはり手作りのクルトンを散らした、リヨン・スタイルのシンプルなサラダ。それから最後に、いつものロイヤル・ミルクティー。
 毎朝、自分の部屋でも飲むけれど。やっぱり彼がいれてくれた方が、美味しい。
「ちゃんと食えよ」
 全部、と目顔で釘を刺されて、絹一はおとなしくはい、と返事をした。
「たまには、どこか出かけるか?」
「・・・例えば?」
「そうだな。例えば・・・海を見に行くとか」
「どこの?」
「どこがいい?」
 間髪置かずに問い返されて、思わずスープを吹きそうになってしまう。それをあわててナフキンで押さえながら、絹一は目の前の男を少し睨んだ。
 自分がそういう類の知識は乏しいという事は、知っているくせに・・・と。
 無言の抗議に、睨まれた鷲尾は小さく笑いながら、じゃあお任せな、と悪戯っぽくウインクをした。

 楽しい朝食を終えた後、自分がすると言って聞かない絹一を肩に担いで浴室に放り込み、鷲尾は洗い物を始めた。
 ふたり分の皿に、ふたり分のカップ。ふたり分のカトラリーに、ふたり用のティーポット。
 このところ1週間に一度はお目にかかる、ジェード・グリーンの食器達。
 すっかり常連だな・・・と鷲尾は泡だらけの手元を見て、小さく苦笑した。
 手早く洗い物を済ませてから鷲尾は、寝室に入るとダブルベットの上のきちんとたたまれてあるシーツを床に降ろした。クロゼットから取り出した新しいシーツを広げると、床に置いた洗い物を掴み部屋を出る。
 リビングを抜け、浴室に入り、シーツをランドリーの中に放り込んだ。
 ドアから聞こえるシャワー音に、もう暫らく出てこないな・・・と思いながら浴室を出る。
 リビングに戻った鷲尾はソファに座ると、テーブルの上の煙草に手を伸ばした。
 絹一がシャワーを浴び終えてから、長い髪を乾かして着替え終わるまで。煙草二本分とその間のインターバルを埋める時間は十分かかるはずだから。
 ボックスから抜き出した煙草を口の端に咥えて火を付けると、ソファの背に寄りかかりながら頭の中の地図を広げ始めた。
 東京近郊が載っている始めのページを素早くめくり、潮の匂いがする場所の地図を探す。
 リビングの壁の時計はもうすぐ12時になる。今から出たら、どこに行っても道の混み具合は変わらない。
 だったら少しでも人の少ない、静かな海がいい。波間に時折、サーファーの姿が見え隠れするような。
 とすると・・・・・・
 江ノ島方面とは逆の方がいいだろうな、と考えながら、一本目のタバコを灰皿に押し付けた時。
 浴室のドアが開いて、絹一が出てきた。・・・ランドリーに放り込んだはずのシーツを身体に巻きつけて。
「おい、それは洗い物・・・」
「いいんです」
「いいって・・・おい」
 シーツを巻きつけたまま、リビングを抜け、寝室に入る。
 絹一の突然の行動の意味がわからないながらも、鷲尾はソファから立ちあがると彼の後を追って寝室に入った。すると鷲尾が入ってくるのを待っていた絹一は、素早く寝室のドアを閉めて鷲尾の手を引いた。
 新しい、白いシーツの波に、ふたりそろってダイブする。
 するとシーツを巻きつけた絹一は、鷲尾をサーフボード代わりにし始めた。
 広い彼の胸に乗り上げ、にっこり微笑む。
「・・・気持ちいい事しましょ? 鷲尾さん」
 子供のような無邪気な笑顔に、小悪魔のような蜜の囁き。
 鷲尾は小さくため息をついた。
「・・・海はどうするんだ?」
「海は・・・ここにあります」
 そう言って、鷲尾の胸に顔を埋める。今は自分だけの、深い青い、底無しのオアシス。・・・だから。
 自分の胸に広がった絹一の艶やかな髪に指を絡ませ、彼の小さな顔を両手で包み込み、鷲尾が自分の方に向かせようとした時、絹一は身体に纏っていたシーツを剥いだ。
 その途端、鷲尾の口元が小さく苦笑した。
 柔らかく微笑んでいる絹一の唇にそっと触れてから、鷲尾は胸の上の彼の身体をそっと抱き締めた。
 目を閉じて、白い波間に静かにふたり漂う。
 腕の中のサーファーは、ちゃんとウエットスーツを着ていた。昨夜、自分が剥ぎ取った白いパジャマ。
 今はとりあえず、お前の波乗りに付き合ってやるから・・・・・
「・・・昼寝の後の津波には覚悟しろよ?」
 さりげなく釘を刺されて、絹一の口元はおかしそうに綻んだ。
 彼の胸に額を擦り付ける事で、誘われた午後からの波乗りにOKを伝える。
 柔らかな光の中で。少し早いけれど、つかの間のシエスタ。


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