投稿(妄想)小説の部屋

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No.291 (2001/07/06 09:40) 投稿者:じたん

BETWEEN THE SHEETS 5

 なぜ突然、一樹が曲を変えたのか。鷲尾にはわかっていた。
 先ほどの酔っ払い男との一幕で、そのエキゾチックな容貌もあいまってすっかり注目されてしまっていた絹一のために、一樹は一計を案じたのだ。
 そしてそれは見事に、湿ったようだったフロアを払拭させた。
 陽気で明るい、FARGETTAのTHE BEAT OF GREEN.
(粋な計らいだ。カクテル一杯じゃ足らないかもな…)
 そう思いながら鷲尾は煙草を一本くわえると、横目で絹一を見つめながら火をつけた。
「…飲まないのか?」
「え?」
 いきなり聞かれて弾かれたように絹一は鷲尾を振りかえった。
 目の前のコリンズグラスに手もつけずに、ぼんやりしてしまっていた。
 あわてて絹一はグラスを引き寄せる。
「…いただきます」
 きちんと一言添えて口をつける絹一に微笑んで、鷲尾はおいしそうに煙を吸いこんだ。
 一度灰を灰皿にトン、と落してゆっくりはきだす。
「…それな、カナディアン・クラブ・桜って名前なんだ」
「え…」
「きれいな桜色だろう?」
 そういえば、ほんのり桜の味がする。香りも…甘くてまるで春のそよ風が吹きぬけたようだ。
「今年は忍び込めなかったからな」
 そう言って鷲尾はきれいに片目を瞑ってみせた。
 どうやら、来年の桜の季節にまた不法侵入をしでかすつもりらしい。この男は。
 それも、また自分を巻き込んで。
 思いがけない桜のプレゼントと憎めない提案に、絹一は口元が綻んでしまうのを感じていた。
「全くもう…懲りない人ですね。今度こそ見つかったら、どうするつもりですか?」
「大丈夫、大丈夫。見つかりっこないさ」
「またそんなこと言って。去年は危なかったじゃないですか」
 そう言いながらも絹一はクスクス笑っている。絹一は笑いながらそっと思っていた。
 結局、自分は悪戯っ子のような、でもたまらなく魅力的なこの男にこう言うしかないのだ。
 Yes…と。
 それが、どんな無理難題であっても。
 だってどんなときでもその裏側には必ず彼の優しさが隠されているのだから。
 振り払うことなど、考えられないほどの心地よさで…そんな鷲尾と絹一をそっと見ていた一樹は、小さい声でそっと言った。
「卓也、お二人にBETWEEN THE SHEETSを」
 一樹に、卓也がほんの少しあきれたような目を向ける。
 その視線をさらりと流して、彼は意味ありげに微笑んだ。
 今夜の2人のために、一樹が仕掛ける魅惑のエッセンス
 それを媚薬にするもしないも、それは鷲尾次第…
 シェイカ―からカクテルグラスに注がれる琥珀色の液体は、とても甘い蜜の味
 けれど、それは2人にしかわからなくていいこと…
「…どうぞ」
 卓也が2つのカクテルグラスを同時に2人に滑らせる。
 少し眉を持ち上げて、鷲尾が一樹を見やる。
「なんだ…?」
「ささやかなお礼です。…今宵限りの極上の桜を見せてくださった…ね」
 ちらり、と一樹が絹一を見た。
 鷲尾があきれたように一樹を見返した。
「全く…いちいち気障だな、お前は」
「あなたにだけは言われたくありませんね」
 そこで2人は同時に笑った。
 いちいち口には出さないが、全部わかってしまっている卓也と。
 なんのことやら全くわかっていない絹一と。
 それぞれ楽しそうな思惑を抱えながら、それでも幸せだと思える夜だった。


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