投稿(妄想)小説の部屋

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No.85 (2000/08/06 11:34) 投稿者:せーか

未来への一歩

 八月。世間は夏真っ盛りだ。今日は暑い。暑いといえば海。という事で、俺は小沼と二葉との三人で海に来ている。
「ねぇねぇ、忍ぅ。髪やってぇ」
 甘えた声で懐いてくる小沼に苦笑して、リクエスト通りに小沼の艶やかな黒髪をポニーテールにしてやる俺は、やっぱりこいつには甘いのだろう。
「キョウ、そのくらい自分でやれよな」
「いいじゃん、忍にやってほしかったんだもんっ」
 いつもどおりのやり取りに聞こえるが、実は二葉はめちゃくちゃ機嫌が悪い。小沼もそれが分かるらしく
「忍、泳ごう!」
 とその場からの脱出をはかる。俺は小沼に腕を引かれるままついて行った。今日は一度も二葉の顔が見れない。
 プカプカ浮き輪で浮きながらツツツ、と俺の側に寄ってくると小沼は上目遣いに俺を見て、申し訳なさそうに言った。
「ね、忍。ひょっとして、俺って邪魔?」
「何で? 邪魔じゃないよ。むしろ今二葉と気まずいから助かるくらいだよ」
 すぐにそう言ってやると小沼は目に見えてほっとした。
「なんだぁ。俺、二葉が機嫌悪いの俺のせいかと思ってちょっと悲しかったんだぁ…って、喧嘩でもしたの?」
「うーん…。まぁ、喧嘩、かなぁ」
 どうも歯切れが悪くなってしまう。
 だって、俺は何度も謝ったのに、珍しくなかなか許してくれない。
「なになに? 二葉がなんかしたの?」
 尋ねてくる小沼の瞳はまさに興味しんしんだ。
「ちがうよ、今回は俺が悪いみたいなんだけど…。でも謝ったんだよ?」
「えぇー!! 忍が悪いのぉ!? なになになに?なにしたのっ? まさか朝井と浮気とか…!!」
「してません。そんなんじゃなくて…」
「うん…?」
 …あんまりこういうこと言うの、嫌だなぁ。愚痴っぽくなっちゃうんだもんな。でも、誰かに聞いてほしいのも事実だったので喋ってしまう。
「そんなんじゃなくて、ただ会うの断っただけ」
 小沼は大きな目をぱちぱちさせて
「…それって、デートキャンセルしたってこと?」
 と小首を傾げるので俺は頷いた。
「なにそれ。夏休み中ずっと、とか?」
「ちがうよ。言われた日が駄目だっただけ」
 うーん。と小沼は考え込んでしまった。
「二葉、そんなので根に持つかなぁ。それって何日って言われたの?」
「18日」
「………。あっ!! あぁー…。なるほどね。でも、予定があるんでしょう?」
 何か小沼は分かったようだ。
「ううん、べつに。家にいるだけ」
「なにそれ!!」
 心底驚いている小沼は、だったら何で会ってやらないんだと目で責める。
「そりゃ、二葉も怒るよ。よりによってその日だもん」
「その日って…。何の日だっけ?」
 俺が尋ねると小沼はあ〜ぁ、と溜め息を吐く。
「俺でも覚えてるのにね。二葉、かわいそう」
「だから何の日?」
「言えるわけないじゃん。二葉に訊きなよ」
 そう言われて浜辺で留守番している二葉のほうに視線をやる。
 二葉はちょうど水着も華やかな、きれいでスタイルのいいお姉さんに逆ナンパされているところだった。
「あー!! 二葉ってば忍がいながら!!」
「小沼! 叫ばないで!!」
 周りにはたくさん人がいるのに!!
「だって!忍ヤじゃないの?」
 小沼は半べそ状態だ。…やっぱり、小沼ってかわいい。
「よく見なよ、二葉困ってる。断るよ」
 そう言うのを待っていたかのように、二葉がこっちの方を指差してそれから手を振ってきた。
 どうやら連れがいることをアピールしているらしい。
 それにいち早く気づいた小沼は元気よく二葉に手を振っている。俺は気まずくて振れなかった。
 お姉さんが諦めてその場を離れると小沼に腕を引っ張られる。
「行こ! 二葉に悪い虫がついちゃうよ!」
 小沼は一生懸命俺の腕を引っ張ってばた足するが力が弱いため前へ進まない。
 俺は苦笑して自分もばた足した。
「俺、ジュース買ってくるね」
 浜辺にたどり着いた小沼の第一声がそれだった。しかもウインクつき。
 どうやらその間に仲直りしろということらしい。
 俺は覚悟を決めて二葉の隣に座った。
「…まだ怒ってる?」
「べつに。」
 うぅ…っ、怒ってる。
「ごめんって言ってるじゃないか。二葉いいかげんしつこいよ」
 思わず言ってしまって後悔した。だって、二葉の目、色が変わった。
「しつこくもなるぜ。特に予定はないのにデートしてもらえないんだかんな。俺だってそうそうバイト休めるわけじゃないし、お前だって夏期講習だの何だのって忙しいのにさぁ…」
 受験生なのはお互い様だと思うけど、とは思うまでにしておく。
「お前さ、18日が何の日か覚えてないだろ?」
「……ごめん」
 本当に覚えていないので素直に謝ることにする。
 二葉は目いっぱい溜め息を吐いた。
「その日はさ、俺たちが初めてひとつになった日じゃん」
 小さな声で呟かれて俺は耳まで赤くなってしまった。
 そうだったっけ? 何でこいつ、そんなこと覚えてるんだよ、もう。ああ、それを言うなら小沼もか。
 でも、何でこんなに二葉がしつこいのかは分かった。二葉はこういうの、大切にするから予定がないのに断った、では納得できないだろう。
 仕方がないので俺は断った理由を白状することにした。
「あのね、二葉。その日は珍しく、父さんと母さんが一日中家にいるんだ」
 でも二葉は納得いかないようだった。
「俺たちだって、珍しくお互い暇じゃん! 何でだよ? 何で昼間のちょこっとでもいいから会ってくれないわけ?」
「聴いて、二葉。俺、もう高三で、卒業したら留学するつもりでしょ? 親と一緒にいられるのって、あと少しなんだなぁって思うんだよ」
「…一生会えなくなるわけじゃないぜ」
 俺は二葉とは目を合わさず、ちょっと俯いたまま続ける。
「うん。でも、今まで当たり前みたいに、会えるわけじゃないでしょ? 家に帰っても絶対いないでしょ?」
「………」
 二葉は黙って聴いてくれる。
「俺ね、そう思ったら、今のうちにできるだけ一緒にいたいって思ったんだ。…うちの親は忙しいから、いつもいるわけじゃないし、三人揃うのなんて、ホント、珍しいんだ。…だから…」
 はあぁ、と二葉の溜め息が聞こえる。
 そっと伺うように視線を上げると諦めたような二葉の顔がある。
「いいよ、分かった。無理言って悪かったな」
 そう言う二葉の瞳は穏やかだった。俺はなんだか切なくなってしまった。
「…ごめんね」
「いーよ。俺とは留学しても毎日会えるもんな」
 なんだか確認するようなそのせりふに、俺はそっと微笑んだ。
「うん…」
 二葉はちょっと面食らったようになると、何か必死に耐えるような顔になって拳を握った。
「な、忍。でも、19日はいいだろ? おれ、バイト入れてないし」
 その日は塾の夏期講習なんだけど。
 …まぁ、いいか。
 俺はちょっと顔が赤くなっているのを自覚しながら頷いた。
「忍…」
 二葉はなにやら切羽詰ったような表情で俺に迫ってきた。これはひょっとしてマズイのでは?
 そう思ったとき
「おまたせー」
 とタイミングよく小沼が帰ってきた。
「キョ〜ウ〜」
 二葉が目いっぱいどすを聞かせて小沼を脅す。俺はひそかに小沼に感謝した。
 だって、こんなにたくさん人がいるのに、何かされたりしたら俺、恥ずかしくて二度と顔上げられない。
「小沼、ジュース買いに行ったんじゃなかったっけ?」
 思わずそう言ってしまったのも無理はない。なぜなら、小沼の両手には3パックの焼きそばが。
「だってぇ、すっごくおいしそうな匂いがして、そしたらお腹すいちゃって、だってお昼だしぃ…」
 言われてみればお腹がすいたかもしれない。それは二葉も同じだったらしく、おとなしく焼きそばを受け取っている。
 小沼は俺と二葉の間に座り込むとはい、と俺に焼きそばを渡してくれた。
「おい、キョウ! 俺と忍の間に入るなよ」
「いいじゃん。俺忍と遊ぶのホント久々だもん! 忍に甘えたいんだもん!!」
 俺は思わず苦笑してしまった。やっぱり、こいつら二人って似てる。何て言うか、ノリが。かわいい。
 結局小沼をはさんで三人で焼きそばを食べた。
 隣でおいしそうに、幸せそうに焼きそばを頬張る小沼を見て、俺は思った。
 あぁ、こいつとこうやっていられるのもあと少しなんだなって。
 小沼と、二葉と、俺。三人でこうやって遊べるのはもしかしたらこれが最後かもしれない。小沼もモデル業忙しいらしいし、二葉も。
 高校生の時間なんて、あっという間だ。今後、時間がうまく合わないかもしれない。
 そんなことを思うと、俺は少し切なかった。
 過ぎる時間は止まらない。俺たちは進まなければならない。思い出を胸に、新しい世界へ。
 不安がないわけじゃない。けれど、どんなに離れていたって、俺の大切な人たちは、ずっと大切なままだ。それに、…二葉もそばにいる。
 だから、大丈夫。
 俺は未来へ、一歩踏み出す。      終わり。


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