投稿(妄想)小説の部屋

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No.52 (2000/06/16 12:32) 投稿者:渡辺祥子

行く末、或いは林檎に巣くう虫

 苛ついて思わず指を噛んだ。
 ごみごみした空港の片隅で、俺は、俺の十五年を、待っている。
 彼はドイツからやってくる。毎年のように、息を切らせて。齢を重ねても変わることのない大きく美しい双眸を、わずかに潤ませて。
 こうして離れて暮らし年に二回(お互いの誕生日を祝うのだ)しか会わないようになってからはや五年が過ぎた。
 それは俺と彼の関係が疎遠になったからではない。特に俺はよくもここまで、というしかないほどの感情を維持してきた。ただ確かに俺にも彼にも、日常を共にするパートナーが別にいる。ちなみにそれが俺の場合常に女性で彼の場合にはそれが男性であることもある。
 しかし、俺のほうが取り残されかけていることは間違いない。初めに惚れた方がいつまでも負い目を背負っている。
 ああ、今年で結婚(笑)十五周年であることに、あいつは果たして気づいているだろうか。やっぱりそんなことを一生懸命数えているのは俺だけなのだろうか。
 ばかばかしい思考に再現なく蝕まれていると物凄い焦りを感じさせる足音が聞こえてくる。もしかしてもしかして。
「ごめん!!おそくなった」
 やっぱり。
 忍だ。
「お前、遅いよ」
「入国審査で捕まってる日本人旅行客がいてね」
「善意の第三者は俺のことはすっかり忘れてたわけか」
「もう、相変わらずなおらないね。」
 そう言って忍は俺の髪を撫でた。俺様は犬さながらである(えへんむし)
「行こうぜ。家で山のようなシャンパンと一樹がお待ちかねだ。」
「えっ、一樹さんが? 日程合わないって言ってなかった?」
 昔に比べて随分落ち着いた忍が一樹の話になると途端にこれだ。もはや微笑ましい。
「いいんだよ。幸せぶとりから脱出しろっての」
 本当に、一樹は一時かなりふっくらしておいでになった。美意識をくすぐってやると一瞬でダイエットを達成したのだが。
「いいことじゃないか。あの一樹さんが太ったとこは見てみたいけどね」
 はにかむように忍が笑う。俺は、背は俺と変わらないところまで伸びたくせに相変わらず強烈に薄い肩に手を回す。忍も別に照れるでもなく軽く身を任せてくる。十五年も前の話とはいえ、スキンシップに猛烈に苦労したことのある身にはこれがたまらない。にやけを隠すように俺はサングラスをかけた。はっきり言ってどこから見てもゲイのカップルだ。
 一昔前なら射殺されたりしそうである。
「ねえ、二葉」
「なんだよ」
「出よう」
 忍は送迎デッキを指差している。俺はとりあえず従った。
 ――飛行機の爆音が相当にやかましい。
「なんなんだ?」
 風に乱されまいと髪を押さえる。忍の真剣な顔に俺はいやな予感を感じた。今度は何だ。
 忍はしばらく躊躇っていたが不意に口を開いた。
「こっちに住まいを移そうと思うんだ」
「え?」
 ちょうど飛行機が飛び立って、口が動いている事しかわからない。
「また一緒に暮らさない?」
「―――まじで? でもお前子供はどうすんだよ」
 忍にはドイツでのパートナーとの間に二人の子供がいる。
「別の男から求婚されたんだって。ぼくが退くしかないだろう?」
 忍は首を傾げて笑った。痛々しい。でも申し訳ございませんけれども俺っちはどピンクの幸せに捕まっております。
「行こうぜ。食器とか揃えて帰ろう」
さりげなく俺はそう言ってみた。変わらない忍の笑顔を得て俺は一安心する。
「二葉」
「昼といわず夜といわずじっくりたっぷり慰めてやるって」
「もう、ばかだな」
「今年で何年目か、覚えてるか?」
「十五年だろ? 向こうで君のスーツを一枚あつらえて来たよ。前にネクタイ買ったとこだけど覚えてる?」
 馬鹿で結構こけっこっこう。
 これで一樹の幸せ自慢にも真っ向から対決できようというものだ。


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