失えない声
春の柔らかい空の青に、満開の桜がよく映える。
桜を振り仰いで、深く息をつく。
彼との出会いも、桜の咲く季節だった。
もう、何度その季節が巡っただろうか。
季節が一巡するたびに、ゆっくりと、しかし確実に思い出は増えていく。
最初の年は、あまり彼の存在を気にかけることはなかった。
2年目は、少しだけ、彼の事を知った。
3年、4年と経つごとに、彼についての知識は増え、それに比例するように、彼に対する思いは深くなっていった。
いつのまにか、その存在なくしては自分が生きられないと思うほどに。
その声が自分を呼ぶたびに、指が肌に触れるたびに、唇が自分を求めるたびに。
自分がどれほど狂おしい思いを抱くか、彼は知っているのだろうか。
どれほど救われているかを。
いつのまにか、赤い夢はみなくなった。
「絹一!」
名を呼ぶ声に、振り返る。
その姿を認めると、自然と頬が緩む。うれしさがこみ上げる。
こんなやさしい気持ちで、微笑むことができるのは彼のおかげだろう。
その声がそばにあれば、もう、あの夢は見ない。