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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.97 (2007/04/12 10:33) title:天の岩戸
Name:碧玉 (210-194-219-198.rev.home.ne.jp)

ドンドコドコドコドンドゴドン
    ドンドコドコドコドンドコドン
 紫が舞い乱れる。
 天空界のアレ○リア!?
 ひとつ・・・ふたつ・・・みっつ・・・・・・・・やっつ。
 良く言えば神秘的。
 悪く・・・でなく、常識人から見れば奇妙なことこのうえなく。
「―――効果なしか・・・」
「―――残念ながら」
 一幕を終え、紫の衣を纏った八人は額の汗をふきふき岩戸前に集まった。
 だが無常にも岩戸は堅く閉ざされたまま。
「守天様には困ったものだ」
「身を隠されて早三日。そろそろ人界にも影響が出始めますぞ」
「分かっとるわい。だから、こうして我々の素晴らしき演舞を披露してるではないか」
「・・・・・あっ、あの〜。やはり、いつもの通りお力をお借りしたほうが・・・」
 思い切って発した新米八紫仙をギロッと睨みつけたものの、それが最良の策と残り七人は肩を落とし頷いた。

「アホですね」
「―――――だな」
 柢王は八紫仙からの依頼文を机に放った。
「ティアもティアだ。ボイコットするなら上手くやれって、あんだけ教えてやったのに」
「疲労もたまりますよ。全て一人で処理されてるんですから」
―――誰かさんと違って―――チラッと桂花は柢王を見る。
「うっ・・・違うって、そもそも疲労の根本は」
「サルでしょ」
「―――――」
「ほら、行くんでしょ」
「おまえもな」
 差し出された布を額に巻き、桂花の肩を抱き柢王は扉を開けた。

「ティア、いいかげんにしろっ!!」
 渋る八紫仙をなんとか帰したものの、ティアはいまだ岩戸の奥。
「他の手を考えるしかありませんね」
「手はうってある」
 言ったすぐ後、風をきってアシュレイが空から降りてきた。
「おせーぞっ」
「わるいっ、それよりティアは!?」
 アシュレイはぐるりと周囲を見回す。
「『緊急事態』ってデマじゃないだろうな」
 嘘ならただじゃおかないと柢王につめよる。
「そういうこと言うかぁ〜?  ティアは三日前からそこに閉じこもってんだそうだ。おまえも来たことだし後はよろしく」
 じゃあな、と桂花と背を向けた柢王をアシュレイは慌ててひきとめる。
「待てっ!!ちょっと待てって・・・わるかった」
 ボッソリと謝罪したアシュレイに柢王は肩をすくめむきなおる。
 柢王をひきとめれたことに胸をなでおろし、アシュレイは岩戸にあゆみよった。
「ティア、出てこいよ」
「なぁ・・・頼むからさ」
 こういうのは苦手だ。誰に対しても機嫌などとったことないアシュレイだ。
 やれやれ〜柢王もアシュレイの横で再度呼びかける。
「ほらアシュレイもきたぜ。 さっさと出てこい」
 何度となく呼びかける二人を桂花は木に寄りかかり傍観。
 だが進展の影すらなくとうとうアシュレイが切れる。
「おいっ!!いいかげんにしろよっ!!」
 下手に出てりゃ―――!!我慢も限度と岩戸に炎を投げつけた。
―――――バチッ―――――
 炎は戸に当たった途端、火花を放ち消え失せた。
 朱光剣、斬妖槍で斬りかかったもののやはり効果はない。
「勝手にしろっ!!」
「おいおいっ、待てよ、待てッ!!」
 捨て台詞を投げ背を向けたアシュレイを慌てて柢王がつかまえる。
「閻魔様にバレりゃ謹慎だぞ」
「自業自得だろっ」
「―――無責任な」
「なんだとぉ!!」
 今まで傍観してた桂花のつぶやきにアシュレイは喰ってかかる。
「相変わらず勝手なことだ。守天殿を追い込んだのはどこの誰だか考えてみるんだな。 柢王、帰りましょう」
 柢王は立ち去ろうとする桂花を宥めてから、アシュレイに向き直った。
 もちろん冷ややかな紫の瞳に謝罪を入れることも忘れずに。
「ティアは疲れてんだぜ。あいつを息抜きさせれるのはおまえだけだろ」
「・・・・・」
「いつから顔出してないんだ?」
「二十日くらい・・・その倍かも・・・」
「ハァッ―――――」
 そりゃ、むくれるわな〜と柢王はガックリとため息をつく。
 柢王の横でアシュレイもめずらしくうな垂れる。
「どうするかなー」
 柢王はあえて口に出し、桂花を窺い見る。
 呆れるのは毎度のこと。
 仕方ないですねと桂花は口を開く。
「―――そういえば守天殿は衣装を作られてました。自らデザインなさって」
「服?」
「ええ。とても楽しそうに。・・・あれなら〜」
「それでいこう!!」
「でも―――――」
 桂花はチラッとアシュレイを見る。
「何だよっ!!」
「絶対的協力がなければ・・・」
 がなりたてるアシュレイを顎で指し、柢王に無言で告げる。
 ―――なるほど・・・素早く理解した柢王はアシュレイ承諾にかかる。
「協力するよな? な? 何が何でも」
「―――わかった、するっ、すりゃいいんだろっ」
「そうそう、すりゃいいんだ」
「その言葉、忘れずに」
 念を押すと桂花は「用意してきます」と天主塔にむかった。

―――――数十分後―――――
「なっ・・・なんで俺がっ・・・こっ・・こ・・・こんなの着れるかっ!!!!!」
「協力すんだろっ!!」
「『何が何でも』でしたね!!」
 暴れるアシュレイを柢王と桂花が押さえつける。
 その騒がしさは八紫仙の乱舞どころでない。
 ティアの服・・・そう、それは恋人宛と決まってる。
「でっ・・・ケドこれ服ってより布っ」
「この斬新さがわからないとは、やはりサルッ」
 ほとんど言葉にならないアシュレイに桂花は冷たく返す。
 だが冷ややかな紫の瞳の奥は、いつになく楽しげに輝いている。
―――どこが斬新だか・・・ありゃ紙切り、いや布切り工作じゃねーか。(by柢王)
―――禁断症状も最終段階だったんですよ。(by桂花)
 視線のみで意思疎通する柢王、桂花。
 二人は何とかアシュレイを口車に乗せ岩戸前に立たせることに成功。
 すると!!
―――――ギギッ―――――
 堅く閉ざされた岩戸が開いた。
 中からニュッと腕が伸び。
―――――ガシッ、ズルッ―――――
 アシュレイをつかみ一気に引きずり込んだ。
―――――ギギギッ―――――
 そして岩戸は元通り。 堅く堅く閉ざされた。
 そのスピード、コンマ002秒。
「―――シュラム並みですね」
「・・・シュラム以上だ」
「―――ですが柢王」
「・・・ああ。少なくとも三日は延長、いや延泊だな」
 残された二人は深いため息をつくと、黙ったまま岩戸を後にした。
―――――只今充電中(再開三日後・・・の予定)―――――
 と岩肌に書き付けて。


No.96 (2007/04/10 23:21) title:春うらら
Name:しおみ (87.153.12.61.ap.gmo-access.jp)

「若様、アシュレイ様がお部屋においでにならないのですが」
 お茶に誘いに行った使い女が心配そうに報告に来た。一瞬、首をかしげたティアはすぐにああとうなずいた。
「いると思うよ。私が呼んでくるから支度だけしておいてくれるかな」
 使い女にそう命じると、執務室の窓から外へ出る。
 日差しのうららかな春。天主塔は一年中春ではあるのだが、空気が甘く、鳥の声が高く響く。新芽の揺れる木々に蝶たちの
たわむれる花園。慣れていてもその美しさに心が和む。
 ティアはその眺めを見ながら、裏庭へと向かった。背の高い樹の多いこの辺りは、植物や花の香りが強く、木漏れ日が
あふれて、他のどこより春の気配を強く感じさせる場所だ。その裏庭のはずれに、白い花をつけた大きな樹がある。その根元を
覗いて、ティアは笑みを浮かべた。
 木漏れ日が柔らかな下草に踊る樹の根元で、アシュレイが気持ちよさそうに昼寝をしている。
 もともとアシュレイはじっとしているのが嫌いで、ティアの執務中に訪ねて来た時には大抵一人で天主塔をうろうろしている。
なかでもお気に入りの場所があって、厨房はもちろんだが、ふたりの思い出の樹の側や、この大木の側ですごしているのだ。
 きっと、座っているうちに陽気につられて眠ってしまったのだろう。
 武将だし、意地っ張りなアシュレイは、人前で眠りこけるようなことはしない。それが、いまは一人だからだろう、
長いまつげを閉じ、唇を軽く開いて、春の光のなかで眠る姿は子供のように無防備だ。そっと頬をつついてみても目が
覚めないのは、無意識のうちでも甘いくちなしの香りに、側にいるのがティアだとわかるからかも知れない。
「かわいいなぁ」
 ティアは眠りこけているアシュレイの顔に微笑んだ。樹からこぼれた白い花がアシュレイの体の上にも落ちているのに、
気づきもしていない。
 ふと、ティアの瞳がきらめく。目が覚めたらきっと、怒るだろうけれど、
「だって、君がかわいいからね」
 その花を、つまみあげて、そっとアシュレイの髪に挿してみる。その純白がつややかなストロベリーブロンドに映えて、
赤い髪が花の白さを引き立てて、
「うわぁ、かわいい……」
 花を飾って眠るアシュレイの姿にティアは目をみはる。こんな姿を見られるのは、世界できっと自分だけ。目が覚めたら
いたずらに怒るかも知れないけれど、それもまた、自分だけの特権だ。
 ティアは微笑むと、ひとつ、またひとつと恋人の髪を飾っていった。

「ん…」
 目を覚ましたアシュレイは、一瞬、木漏れ日のまばゆさに目を閉じた。ただよう甘い香り。鳥の声。あたたかな日差しに
またうとうとしかけて、はっと気づく。
「ここ、天主塔だ──」
 戻らないと、ティアが心配する。と、身を起こしかけて、目をみはる。頭から落ちてくるいくつもの白い花。甘いくちなしの香り。
傍らに、気持ちよさそうな顔で眠っているティアの姿に驚く。
「なんだ、こいつ、いつの間に──」
 アシュレイの声にも動きにも、ティアは反応しない。
 あまねくこぼれる春の光に、金色の髪が透けて輝く。御印のある美しい顔には、幸せな夢の中にいる人のような笑みが浮かんでいる。
 アシュレイはルビー色の瞳を瞬かせた。
 ティアが眠る姿は何度も見ている。でも、こんな昼間の光のなかで、こんなに穏やかに、幸せそうに眠る姿は見たことがない。
 この世に光を生み出す守護主天は、世界を救うその役割を、決して投げ出したいなどとは言わないけれど……。忙しくて、
大変で、心をすり減らすことが多いのを、アシュレイは知っている。
 そのティアが、幸せそうな笑顔で眠っているのだ。光と甘い空気に包まれて。やわらかな衣服の腕を下草に投げ出して、無防備に。
「──出て来れたんなら、もうちょっと戻らなくても平気だな」
 アシュレイは、誰にともなくつぶやいた。瞳を上げ、自分にうなずいて、
「こいつのおかげで世界は平和なんだからな。こいつだって、たまには平和でいてもいいんだ」
 誰か探しに来たら、自分が追い返す。ささやかな眠りを守ると決めて、ふと首をかしげる。
「でも、何で俺の頭から花が落ちたんだ…?」
 見上げる大樹はこぼれんばかりの白い花盛り。だが、どう考えてみても、仰向けで寝ていた自分の頭から、花が落ちてくるのは変だろう。
 純白に輝く花を指先でつまんで考えてみるが、理由は分からない。まあいいか、とあきらめて放り出そうとして、ふと手を止める。
無防備に眠るティアの横顔。その輝く金の髪に……。
「…ティアなら、似合うもんな──」
 自分に言い訳するようにつぶやきながら、そっと挿してみる。やわらかな寝顔に、白い花。美しい面がひときわ照り輝くような
眺めに、瞳を見開く。
「……こんなに落ちてたら、花もかわいそうだしな──」
 斜め上を見上げて、言いながら、アシュレイの手が、白い花をひとつ、またひとつとティアの髪に挿していく。

 花冠贈りあう恋人達が光に包まれる穏やかな午後──。
 天主塔は、蜜の香りのする永遠の春の盛りだ。


No.95 (2007/04/06 16:25) title:レーゾン・デートル──翼──
Name:しおみ (zf255203.ppp.dion.ne.jp)


 肌にふれる風に、柢王は目を覚ました。なめらかなシーツをたどり、隣を探ると、ひんやりした手触りだけが応じて、
傍らにいるべき人の姿はない。
「桂花?」
 眠い目を開け、部屋のなかを見まわす。朝の光と、風に揺れる薄物のカーテン。台所から小さな物音が聞こえる。
ただよってくるいいにおい。
 柢王の肩から、ふと力が抜ける。冷たいシーツに飛び起きるようなことはもうしないが、気配があるとわかるまでは、
息をつめてしまう癖はまだ抜けない。傍にいると誓ってくれた言葉を疑うのではなく、もしかれが消えていたら、自分の世界の
全てが崩れ落ちそうな思いは変わらないから。
 でも、もしそれを告げたなら、あの紫の瞳は、言葉に出さない苦笑いを宿すだろうに。
『置いていくのは、あなたなのに』
 柢王は苦笑して、枕に頭を預けたまま、カーテンが風にふわりふわりと持ち上がるさまを眺めた。差し込む光はあたたかく、
空気がほのかに甘い。命のめぐりくる季節の到来だ。
 桂花が起こしに来てくれるなら、このままこうして待とうかと考える。そのことに、心が休まる。
 以前は寝台でいつまでもまどろんでいるようなことはなかった。大勢に囲まれていた王城はもちろん、花街でも。
寝過ごすことはよくあったが、それは、起こしに来てくれる恋人の優しい手を待つような、甘えた気持ちのものではなかった。
 昔から、要領よく、誰にでも合わせることはできたけれど。
 心をゆだねられる相手はそうはいない。明かさないことがあるなしとは別のところで、ある瞬間に、自分の全てを明け渡しても
いいと思える相手はそうは多くない。
 そう考えて、ふと、柢王は眉を上げた。近頃は見ない夢を思い出した。

 雲ひとつない蒼天に、まっしぐらに駆けのぼる夢。気流を巻き上げ、ぐんぐんと、ただひたすら上空へ、風になって
駆け昇っていく。
 視界が青に染まり、もう世界は遠く、足元には何も見えない。
 まばゆい光が近づく。そこまで。もっと高く。まだ行ける──
 そう思った瞬間に、決まって、世界は暗転し、体が後ろへ吸い込まれていく。伸ばした手が宙をかいて、翼をもがれた
鳥のように、旋回してどこまでも堕ちていく夢を──

 自らの存在を試すように──
 挑みたいと望むのは、きっと武将の本能のようなものだ。挑む時に感じる、あの魂から突き上げるような高揚も、きっと、
誰でもとは共有できない。
 それは誰かに見せる強さではない。誰かに誇る力でもない。ただ、命の意味を問いただすように、闘うことを求める激情だ。
刃になるなら、炎に焼き尽くされることを恐れない、鋼のような情熱なのだ。
 繰り返し夢に見た、あの高みへの挑戦。ただ高く、ひたすら高く、遠く。そして、手の届かないあの失墜は、あの頃の自分の
苛立ちを表していると、わかっていたからよけいにもどかしい思いで目が覚めた。
 その夢を見なくなったのは、現実に元帥になって、飛べる力を得たからなのか──

「柢王」
 ふいに、桂花の声がして、柢王ははっと意識を戸口に向けた。
「ああ、起きているんですね。めずらしい。用意できたから、食事にしますか」
 戸口に立った桂花が落ち着いた笑顔で尋ねる。美しい面にこの数日──自分が側にいられるとわかってから、漂わせている
かすかな安堵。穏やかな瞳。
 その白い髪が光に透けて輝くさまを真顔で見つめた柢王は、心にああと、低くつぶやく。
(元帥になったから、なんかじゃないよな……)
(おまえがいるから、俺は──)
 いつも──身を切るような風にさらされながら、その痛みを訴えることなく、凛然と側にいてくれる人。脆さと孤独を
硬さに鎧って、愛している、ただその理由で、自分の側にいることを選んでくれた人の存在。
(おまえがいてくれるから、俺は飛べるんだ)
 視界の全てを置き去りにして、飛ぼうとするその時──
 きっと、ためらいもせずにその手を離すと、思うかもしれないけれど。闘うその瞬間に、その存在を思い出すことなど、
ないと思うかもしれないけれど……。
 きっと、命の価値は、自分ひとりで思い知るものではない。
 高く、高く。そして、強く。
 そう願う飛躍に、力を与えてくれるのは、ままならないこの世界で、自らを奮い立たせるようにして側にいてくれる人の
存在なのだ。望み続けてきた以上のものを、いま、自分は手にしている、その思いの確かさなのだ。
 この世にたったひとつ、ゆるぎもなく大切なものがある。
 その確かさを、決して疑えない想いが。
 だから、飛べる。それはたぶんわがままで身勝手な理屈なのだろうけれど。本当に、だからこそ心の底から全てを賭けて
挑むと言える。何度叩き落されても、決してあきらめないと誓えるのだ。
 それはただひとりの情熱で挑むより、はるか高みに届く強さを与えてくれる……
(桂花。おまえが、俺の翼なんだ──)

「柢王?」
 黙ったままの柢王に、桂花がいぶかしげな顔をする。
「おなかすいてないんですか」
 こちらの思惑など気づかずにそう尋ねるのに、柢王は笑って、
「すげー腹減った」
 身を起こすと、桂花は笑って、
「なら早くどうぞ。冷めますよ」
 背を向けると、台所に戻っていく。柢王は、ん、とだけ答えて寛衣をはおった。

 伝えきれないことはいつもある。きっとこの思いも同じだ。
 自分の感じる確かさと、同じ強さの安心を、自分はきっと与えられていない。口に出さないさみしさも、まだ力不足な愛情で想うことしかできていないけれど……。
(おまえがいるから、俺は飛べる)
 この誇らかさは、言葉では言い表せない。誇らかに思う。誇らかに、思う自分を誇りに思う。その思いを、泣きたくなるほどいとしく感じる。
 だから、その思いのぬくもりを、胸の奥に抱きしめて飛ぶ。
 これからずっと──。

(どこにいても。どんな時でも)
 ずっと。

 俺は、お前の存在を、翼にして、飛ぶ──


No.94 (2007/04/02 16:47) title:うたかたの
Name: (j011238.ppp.dion.ne.jp)

 眼下に広がる花霞。山の麓から頂までそれは続いている。アシュレイは急降下すると、いつもの場所を探した。
「確かこの辺・・・・・あった」
 樹齢はどのくらいだろう?大きな桜の木はあふれんばかりの花を身にまとっていた。
「ここはいい所だな・・・誰もいなくて、静かで」
 腰を下ろして木に寄りかかると、麓の方から梵鐘の音がゆっくりとのぼって耳に届いた。
「―――――――いい音だ・・・・・・人間にもいい仕事する職人がいるな」
 もう会うことの叶わない顔を思い出して、アシュレイは唇をかむ。
 王族の血筋をひく自分にへつらう輩が多い環境は、慣れているとはいえ息が詰まりそうになる時がある。姉のグラインダーズに幼い頃からその点に関しての注意はさんざん受けていたが、不器用なアシュレイはうまく消化ができないことが度々あった。
 誰も彼もがうっとうしくなって飛び出す先はたいてい天主塔にいるティアのところか柢王のところだったが、文殊塾を卒業してからはその二人とも疎遠になりアシュレイの行く先は鍛冶職人、ハンタービノの所が多くなった。
 彼の工房で、ただの鉄が熱を帯びて形を変え、鍛えぬかれひとつの芸術となる工程を己の姿に重ねて見ていたアシュレイ。誰よりも強い男でありたいという願いとは裏腹に、なんだか心が弱くなっていっている気がして仕方なかった。
 そんな自分を知ってか知らずかビノの息子ハーディンは、工房付近の森に生息する動物たちの話を聞かせてくれたり、仕事の手伝いをさせてくれたりと、他の事を考えるヒマを与えない。王子だからといって特別扱いせず、こっちが年下だからといって説教じみた話を聞かせるわけでもなく、常に対等に接してくれる彼が昔から好きだった。
――――その彼が、自分のために作られる新しい武器の材料を探しに行った北で、魔族に殺されてしまった・・・・・・。
 もう、会えない。
 彼を失ってからのアシュレイはますます単独行動が増えたが、7番目の副官として送り込まれたアランのおかげで孤独な王子に少し変化が見えてきた。
 いつも一人、というイメージが定着したアシュレイの後ろに必ずアランの姿が。密かに心配していたティアと柢王も、アランの存在にホッと胸を撫で下ろす。
――――――なのに。アランもまた、アシュレイの元へ来てわずか7日間で魔族によってその命を散らしてしまった・・・。
 二度と、会えない。
「・・・・・俺に関わると・・・・みんな死んでいく・・・」
 副官6人にハーディン、アラン・・・・ここまでくると自分は天界人でも魔族でもなく、死神なんじゃないかと疑いたくなる。
ため息をついたアシュレイが草をちぎって投げ捨てると、風に吹かれて緑の破片が遠ざかった。
 この場所は、ときおり谷から吹きあげてくる風にのって花びらが舞いあがる。その中に飛びこむのがアシュレイは好きだった。
「来た!」
 素早く立ちあがり谷間の上へ飛ぶと、足元からぶわっと花びらがおしよせてくる。
 目が眩むような花びらの嵐に巻き込まれ、アシュレイは心をふるわせた。いっそ花吹雪に巻き込まれて、自分も塵と消えてしまえればいい。
「全部吹き飛ばしてくれ――――めんどくさいことも、大事だったものも、想い出も、この俺も、全部消してくれ・・・・・全部・・・・」
 目を閉じるのがもったいなくて、瞼をうすく開いたまま桜吹雪に身を任せ、アシュレイもくるくると舞う。
 気持ちいい―――――。
「桜って不思議だな・・・・枝を離れても、人を慰める力があるなんて」
 咲き誇るときが過ぎて、散りゆくこの瞬間さえも桜の花は美しい。
 花びらの舞いに酔ったアシュレイが目を閉じているうちに、風が弱くなりパタリとやんでしまう。次がくるのはしばらく後だな・・・・そう思って目を開けると、桜の木の根元にティアが座ってこちらを見ていた。
「な・・・・にやってんだ、こんな所で!守護主天がのこのこ人界に降りてきてんじゃねえよっ!」
 昔のように仲良く話をしたり、一緒に昼寝をしたり、ということはなくなったが、かといって全く無視して話をしていないわけではない。
「こっちへおいで」
 穏やかにほほ笑まれてアシュレイはたじろぐ。こんな優しい顔を見せてくれたのはどれくらいぶりだろう。
「アシュレイ?」
 手を差し伸べるティアを訝しみながらアシュレイは地に足をつけた。
「こんなに花びらをつけて」
 ティアの細い指が一枚ずつていねいにアシュレイの髪についたものを取っていく。
「そんなのわざわざ取んなくてもいい・・・・・お前・・・・本当にティアか?」
「どうしたの、私が魔族に見える?」
「・・・・・」
 オカシイ。このティアはまるで文殊塾にいた頃のティアそのものだ。今のティアじゃない。今のティアはもっと――――――。
「さわるな!誰だお前っ」
「――――――アシュレイ・・・・私がわからないの」
 悲しげに目を伏せたティアは花びらを一枚アシュレイの手のひらに乗せ、包むように自分の手をそこへ重ねた。
「今の私を信じられなくてもいいから聞いて?もしも・・・君が消えてしまったら・・・君に自分の人生を託して逝った者たちはどうなる?彼らはみんな、自分の欲や義務や名声を得るために君に仕えたわけじゃない、アシュレイ・ローラ・ダイという人物に魅了され、役立ちたいと思ったからこそ、君のそばにいたんだろう?」
「―――――副官たちは父上の命令でいやいや俺の後をくっついてただけだ。嫌だったのに・・・・命令に背けなくて・・・・」
「本当にそう?・・・・・仮に、そうだとしても、ハーディンやアランは?彼らもいやいや君に関わっていたの?」
「それは――――」
 ちがうと思う。アランは、帰ってきたら自分に仕える、と宣言していったのだ。ハーディンも新しい武器は自分も手伝うことになるから楽しみに待っていてくださいね。と言ってくれていた。
「それにねアシュレイ。もし君がいなくなってしまったら私がいちばん悲しむよ。君なしじゃ生きてゆけない」
 ティアはいちばん言いたかったことを言うと、アシュレイの体を抱きしめた。
「ウソ言ってんじゃねーよ!お前なんかっお前なんか、あのとき以来ろくに口もきかな・・っ!」
 暴れるアシュレイのあごを強引に上向かせてティアは毒を吐こうとする唇をふさいだ。
 ティアのつめたい唇におどろいて目を見開くと、視点が合わないくらい近くにあった瞳がゆっくりと距離をとっていく。
「・・・・・・」
 澄みきったおだやかな海を思わせるその瞳を見た瞬間、アシュレイの体はその場にくずれてしまった。

 目を覚ましたアシュレイはブルッと震えて辺りを見回す。少し肌寒い。
「・・・・ティア?」
 かすかにくちなしの名残を感じたのに、目当ての人物はいなかった。
「・・・・・・・夢?―――――――だよな。あいつがわざわざ俺に会いになんて・・・ちくしょう!こ、こんなっ、どうしてこんな夢をみるんだ俺はっっ!」
 ボカスカ頭をなぐりながら、舌に違和感を覚えたアシュレイは、それを指でつまみ出す。
「桜の花びらか」
 ピッと指ではじいて捨てると、体についた花びらをはたいて天界へ向かった。
「昔に戻ったみたいだった・・・」
 風を切りながら結局アシュレイは夢のティアを反芻している。
 あの頃は、毎日が楽しくて、笑ってばかりだった。常にそばにいてくれる親友を得てからというもの自分は満たされていた。
 初めて角を見られたときからずっと、それを否定するようなことはひとことだって言わない親友は、いちばん欲しい言葉を惜しみなく与えてくれた。いや、言葉だけじゃない、いつだって自分の事を優先してそばにいてくれた。
 ありのままの自分でもいいんだ―――そう思えるようになったのは、血のつながった家族ではない、他人の彼が必要としてくれたからだった・・・・・。
「今の奴は俺なんかまるで必要としてねーけどな」
 自分の言葉に打ちのめされながらも、アシュレイは先程よりは落ち込んでいない。
 きつく抱きしめ、自分がいなければ生きていけないと言ったティアが生々しくて、夢と現実がごちゃ混ぜになりそうだ。
「別に俺の願望とかじゃねえからなっ!アイツが勝手に人の夢ン中でてきてほざいただけだ!」
 誰に聞かせるでもない言い訳をしながら天界一の駿足は、一人にぎやかに人界を後にした。わずかな希望を胸に残して。

「君があんなことを言うから・・・行かずにはいられなかった」
 幼い頃から親しくしていた鍛冶師が亡くなり、続けて副官を亡くしてしまったアシュレイ。彼のことが心配で時々遠見鏡をつけて様子見をしていた。
 先ほど遠見鏡が彼の姿を捉えたとき、桜吹雪の中で呟かれた言葉。それを耳にした瞬間、後先を考えず人界へ向かっていた。
 あんなことを言わせちゃいけない。あんな悲しすぎる台詞は二度と言って欲しくない。かといって、もう決心したことだ、今さら昔のように彼と付き合う訳には行かなかった。
 アランを亡くした直後の荒れようを遠見鏡で見てしまった時、なんども天守塔を飛び出そうと思った。それを必死で堪えたのだから、今回こそはどうしても彼を慰めてやりたかった。他の誰でもない、この自分が。
 すべてを夢だったと思うようアシュレイに術をかけたが、自ら理不尽に断ち切った関係に、未練がましくすがりつこうとする女々しさはごまかせず、ティアは嘆息した。
「アシュレイを思うならもっと強くなれ・・・・・」
 暗くなった遠見鏡に映る自身を見据えて、憂いの色を追いやると、ティアは再び守護守天に戻り執務についた。


No.93 (2007/03/24 19:27) title:金色に憂鬱
Name:実和 (u188179.ppp.dion.ne.jp)

 天界南領。
 周囲の緩やかな山並みが一望できる、小高い山の頂上に背の高い木が1本生えている。そのてっぺん辺りの枝の上で煩悶している王子が1人。
 途絶えていた幼なじみとの交流が2年ぶりに戻り、尚且つ告白までされた。
 アシュレイは、まだその事実に許容範囲がついていかず、頭の中がフワフワしている。突然、「好き」なんて言われても・・・。あの時アシュレイも似たようなことを言ったのだが、そんな事実はとうに何万光年も彼方に蹴り飛ばされていた。
 文殊塾からの付き合いで、親友だと思っていた相手のことを突然「恋人」として考えるのはアシュレイには無理があったし、それ以前に「恋人」というのをどういう風に扱っていいのかも分からない。
 柢王や桂花がしているみたいにしろってことか?
 公衆の面前でいちゃいちゃベタベタ。挙句に天界や人間界の重大な決定が下される厳粛な場である執務室の中でさえも、あ、あんな、は、破廉恥な・・・。
 紺青の空と濃い緑が広がるのどかな風景に不似合いな光景が一瞬頭をよぎり、アシュレイは赤い頭をブンブンと振った。あいつらなら空が青かろうが赤かろうがお構いなしだが、自分にはそんなふしだらで恥知らずな行為は断じてできない(その厳粛な場で守天はふしだらで恥知らずな妄想に頭をフル回転させている)。
 アシュレイは頭上にポカリと浮かんだ雲を見上げた。昔みたいに何も考えずにティアに会いに行きたいと思った。ティアのことは好きだし、大切だ。自分が強くある理由そのものでさえある。でも、だからってそれがティアの言う「好き」とは、どうしても結びつかなかった。昔はどうやってティアに会いに行っていたのだろう。
「あーっ!チクショウ!!」
一声叫んでアシュレイは枝からフワリと飛び上がった。天界中を飛び回ればこのモヤモヤも風と一緒に吹っ飛んでくれるかもしれない。眼下には青々とした山が連なっている。アシュレイは大きく息を吸い込むと山脈に沿ってトップスピードで飛び始めた。
 
 山に沿って飛んでいる内にいつの間にか南領を抜けて東領に入っていた。広い平野に市街地、そして河を挟んで花街が広がっている。飛んでいる内に空腹を感じ始めていたアシュレイはそのまま花街を目指し、空を見回る兵士の目を盗んで上空から入った。
 アシュレイは人目がない裏通りに降り立つと同時に髪の色を変え、頭のツノを隠すだけの簡単な変化をした。そのまま大通りに出て行き、ブラブラと歩く。花街は昼間でも買い物客や食事目当ての人達で賑わっていた。丁度昼時で、あちこちから食欲をそそる匂いや、元気の良い呼び込みの声で何だか気分が浮き立ってくる。やっぱり飛び回って正解だった。問題は解決の兆しも見えないが、そのことはひとまず置いといて目の前の空腹から片付けよう。
 東領は温暖な気候にも恵まれているので農作物も豊富だ。加えて流通の要である花街は他国から大量の輸入品が入る。四国の色々な食べ物が味わえるという、アシュレイにとって幸せな場所だった。
「さーて、何から食べようかな」
アシュレイは張り切って腕をぐるぐる回した。気分はすっかり晴れやかだ。アシュレイは店に入って食べるより屋台での買い食いの方が好きなので目は自然と大通りの両側にずらりと並ぶ屋台へと向けられる。どこの屋台も買い求める客や物色している客で一杯だった。焼き菓子の甘い匂いもするが、それは後に取っておこう。今は香ばしい匂いに惹かれる。と思っているとすれ違った人が上手そうに頬張っている揚げ物に目を奪われた。その揚げ物が売られている屋台の場所はすぐにアシュレイの動物並の嗅覚が教えてくれた。屋台の前にはすでに行列が作られていて店主は材料を油の中に放り込んだり、勘定をしたりで、汗だくになって対応に追われている。腹の虫も急かしている、ここからスタートしようということで、アシュレイも行列に加わった。並んでいる間にも通り過ぎる人々が手に持っている食べ物を観察して、「次」のことに忙しく頭が働いている。考えることは苦手なのにこういうことはちっとも苦にならない。楽しく頭を悩ませているとアシュレイの順番が来た。
「いらっしゃい」
と熱気で真っ赤な顔をした店主が愛想よく声を掛けた。そして揚げたばかりの鳥肉を手早く紙に包んでアシュレイに手渡した。鳥肉はまだ紙の中でジュージューと音を立て、火傷しそうなほどの熱を伝える。アシュレイが嬉々として受け取り、金を払うと店主は皮袋にそれをしまいながら自慢げに言った。
「毎度。うちの揚げ物は他のとは一味違うよ。東国のいい鳥を使っているんだから。衣だって、ほら、きらきら金色だろ?」
金色?
「ど、どうかしたかい?」
突然、この若い客の周囲の空気がピキーンと凍ったのである。しかも据わった紅い目が、たった今自分が手渡した自慢の鳥の揚げ物にジーっと注がれている。店主は咄嗟に揚げ物鍋から遠ざかった。油で満たされた鍋が噴火する気がしたからだ、なぜか。良い勘である。商売人として重要な素質と言えよう。緊張感は順番待ちをしている他の客にも伝わって、俄かに揚げ物屋の周囲だけがただならぬ空気に包まれた。
しかし、若い客は揚げ物を握り締め、無言で踵を返した。
な、なんだったんだ。
後に残された店主と後ろに並んでいた客達は、皆で思わず揚げ物鍋の中を覗きこんだ。

 なんだったんだ。
 アシュレイは大通りをズンズン歩きながら先ほどのことを考えていた。確かに揚げ物を買って幸せの絶頂だった。それなのに、なぜ山の上にいた時の気分に逆戻りしちまうんだ。せっかくの食欲も落ちちまうじゃねーか。と言いつつ揚げ物はとうに腹の中に納まっている。金色が何だっていうんだ。こんなんじゃ、気分も収まらなねぇ。アシュレイは睨むように辺りを見渡した。特に探さなくても魅力的な屋台ばかりだ。こうなったら全屋台を制覇してやる。その眼差しはある意味、魔族との戦いより真剣だった。 今度は甘い匂いのする焼き菓子の屋台へと足が向いた。タイミング的には少し早いが、その誘いに乗るのも悪くない。その屋台では南領で開発された火力は抜群と評判の簡易オーブンが使われており、鉄の箱の中では赤々と燃えた火がころんとした鈴の形も愛らしいパンケーキをこんがりと色づかせている。アシュレイは早速パンケーキを買い、山と盛られた袋を受け取った。2、3個を一気に頬張ると、口いっぱいに広がる優しい甘さに頬も一緒に溶けるように緩んだ。南領のオーブンと東領の小麦粉でできたパンケーキは最高だ。
近くでアシュレイと同じ袋を持った若い女性達も嬉しそうにパンケーキを頬張っている。
「おいしーい」
「ね、言ったでしょ。ここのパンケーキは最高なのよ」
「クセになっちゃうわよね。中はフワフワだし」
「外はこんがりしてて。見て、本当に金色に見えない?」
「そういえば前、お祭りを見にいらした守天様をお見かけしたの。お輿の中からお顔がちらっと見えただけなんだけど、とってもおきれいだったわ。髪も金髪だったんだけど、存在そのものが金色って感じで」
「えー、私も見たかったー」
 うっとり夢見心地の女性達は、その時背中に不穏な気配を感じた。はっと振り返るとそこには異様な光景があった。若い男がパンケーキを口一杯に頬張ったまま据わった紅い目でこちらをじとーっと見ているのだ。なぜか黒焦げになりそうな、かつて感じたことのない恐怖にかられ、女性達はぎゅっとパンケーキの袋を胸に抱えて後ずさると、一目散に駆け出していった。
 
 アシュレイは整備された通りを踏み抜きそうな勢いで歩いていた。「金色」というワードでティアはこんなところにまでまとわりついてきやがった。恐るべし守護守天の力である。揚げ物やパンケーキにまでその効力は及ぶのだ。なるほど、御印の力は世界にあまねく影響するわけである。しかし、この力に飲み込まれるわけにはいかないのである。そうでなければこの先何も食べられなくなりそうだ。ちなみにパンケーキは全てアシュレイの胃の中へ落ちている。好き嫌いはあっても食べ物を粗末にすることはない。例えそれが自分を苦しめる根源であろうと放り出すことをしないのがアシュレイの良いところである。
何かないか、何か。
アシュレイは血走った目で次々と屋台を覗いていった。これだけ屋台が出ているのである。金色じゃないものはきっとある。ティアの力が及んでいないものが(ティアを何だと思っているのか。ほとんどノイローゼである)。
…が。
「香ばしいとうもろこしがあるよー」
「摘み立ての黄金茶、是非飲んでいってよ」
「名物のシュークリームをご賞味していって下さい。中のカスタードまでほら、金色でしょ」
「金粉入りの饅頭はいかが?」

金色、金色、金色、金色・・・・。
おぉ、世界は何と金色に満ち溢れていることか。

「だーーーーーっ!!!」

・・・という詩的な感慨に浸る余裕はなさそうである。

 アシュレイは大聖城の自室で頭から布団を被って寝ている。どこをどうやって帰ってこられたのか我ながら不思議だが、空腹とこの気分を紛らわすのは今のところ寝るしかないと思ったのだ。いつもは城にいない王子が何も食べずに部屋に篭って寝ているので、周りの乳母や使い女達は心配で顔を見合わせている。使い女から聞いたのだろう、姉も見舞いにやってきた。手には大きなバスケットが提げられている。人払いはしてあるのだが、姉のことは邪険にできないのでアシュレイはもそもそと顔を出した。
「珍しいわね。鬼の霍乱ってやつかしら」
「・・・」
理由なんて言えたものではないのでアシュレイはただむっつり黙っていた。
「具合が悪くてもやっぱり食べないとだめよ。まぁ、それは心配ないかもしれないけど」
そう言いながらグラインダーズはバスケットをベッドサイドのテーブルの上に置いた。
「一応消化にいい物の方がいいと思って。果物とか。色々持ってきたのよ」
グラインダーズはバスケットの中身を次々と取り出してみせた。
「りんごとか、オレンジとか。あと葡萄でしょ・・・。あ、具合が悪い時はこれがいいのよ、あんたも好きでしょ」
と姉が取り出したのは
「ほら、バナナ」
「いらねぇっ」
再び頭から布団を被ってしまった弟を尻目に、姉はベッドサイドに腰掛けて、「何よ、変な子ねぇ。やっぱり病気かしら」と呟きながら自国で収穫されたばかりのつやつや金色をしたバナナの皮を剥いてパクパク食べ始めた。

バナナ。
この言葉で金色の麗しい幼なじみを連想したのか、それとも常日頃から自分のことを「サル」と呼ぶ犬猿の仲である白い麗人を連想したのか。

答えはアシュレイしか知らない。


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