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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.904 (2016/04/20 10:48) title:ノスタルジア
Name:碧玉 (42-145-249-76.rev.home.ne.jp)

「いい声だな」
ガタガタッ――――――
突然かけられた声にシビュラは持っていた馬頭琴を落とした。
大きな衝撃音に飛びかけた意識はすぐ戻り、慌てて床へしゃがみこんだ。
居を移した折に、寂しさが紛れればとカイシャンからおくられた大切な楽器だ。
カイシャンは心配そうに馬頭琴を撫で回すシビュラからそれを取り上げ、グルリと一見し「大丈夫だ」と笑ってみせた。
「・・・傷が」
 と顔を曇らすシビュラにカイシャンは弦を弾いてみせた。
ビ〜〜〜〜ョオォォォ〜〜〜〜〜ン。
大丈夫とはほど遠い、力の抜ける間延びした音にカイシャンは顔をしかめた。
シビュラはクスリと笑い、
馬頭琴をそっと受け取ると細い指で弦をそっとはじいた。
ジャラ―――ン――――。
心地よい響きが余韻とともに溶けていった。
同じ弦から発したとは思えぬ音色であった。
「こいつは、おまえの言う事しか聞かないらしい」
拗ねたカイシャンの物言いに、シビュラは我慢できず噴出した。
そんな彼女を睨みつけたカイシャンも、いつしか一緒に笑いだし
「もう少し聞かせてくれ」
と上着を長椅子にかけ腰をおろした。
シビュラはにっこり頷き
素早く弦を調節し弓を構えると先ほどの続きを奏ではじめた。
 馬頭琴の音に乗せたシビュラの歌に詩はない。
モンゴル伝統のホーミーではなく、優しいハミング。
カイシャンはそれを小鳥のさえずりと呼んでいた。
 また、シビュラの曲は未知なもので
幼いころから宮殿楽師に慣れ久しんだカイシャンすら聞いたことのないものだった。
 てっきりシビュラの故郷のものだと思っていたが、聞くとシビュラ本人すら何処で覚えたのか記憶にないという。
 そもそも馬頭琴に触れることすら初めてだったそうだ。
 カイシャンにしても、シビュラにそんな特技があるとは思ってもおらず、音の出る玩具を与えたにすぎなかった。

「見事だ」
 曲が終わりその余韻が完全に消えると、カイシャンは心から盛大な拍手を送った。
シビュラは照れくさそうに小さく頭をさげた。
「食事の後にまた聞かせてくれ」
とカイシャンは上着を抱え仕事へと急ぎ足で戻っていった。
 そんなカイシャンの背をしばらく追っていたシビュラも息をひとつつき、
改めて弓を構えた。
 
 シビュラはいつしか夢中で馬頭琴をかき鳴らしていた。
 奏する弓はなめらかに動きまわり、華やかな楽曲が部屋一面に満ちていく。
紡ぎだすシビュラも操られているかのよう酔いしれ、周囲は何も見えない。
 見えるのは
脳裏に浮かぶ情景。

やわらかい光り溢れる窓辺。
楽器を腕に歌っている少女。
・・・わたし?
何がそんなに嬉しいのだろう?
ぼやけたシルエットながら喜びのオーラは隠しようもなく鮮明だ。
見ているこっちまで幸せになる。
光りがひと際強くまたたき

『相変わらずいい声ね。心がなごむわ』

 凛と響く、華やかな声!!
 
シビュラは雷に打たれたかのよう硬直し
一瞬後
--------プツリ--------
と馬頭琴の弦がはじけとんだ。

情景は静かに薄れ
そして跡形もなく消えていった。

シビュラの頬はとまることのない川の流れのよう
暖かい涙がつたっては
馬頭琴をもぬらしていく。
何に涙しているのかシビュラにすらわからない。
だが苦しいほどに溢れる暖かさを少しでも長くとどめたく
シビュラは馬頭琴を強く強く胸に抱きつづけていた。
 
 


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