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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.9 (2006/09/11 22:56) title:火姫宴楽(6)
Name:花稀藍生 (p1039-dng57awa.osaka.ocn.ne.jp)


「だってねえ、こんないい女が隣にいるってのに、クウクウ寝てるんだもの。子供よ。
まだまだ子供」
 後朝(きぬぎぬ)の別れの時間にもまだまだ早い、朝と呼ぶにはたよりなさすぎる光が
川沿いの道いっぱいに立つ川霧の中に ほわりと満ち、白く濁ってほとんど前しか見えず
人影すらない大門に続く道を並んで歩く女がコロコロと笑った。
 その隣を歩きながら、柢王は怒るべきかどうか悩んでいた。文殊塾でティアと女子の人
気をほぼ二分する柢王だが、年の近い少女達がどうすれば喜ぶかということは心得ていて
も自分の母親ほど年の離れた(といっても、母親はまだまだ若いのだが)女性に対しての
手管は(父親を見ていればある程度は分かるものの)まだ解らないのだ。
 というか、「泊めるだけ」とわざわざ念を押されているのに、どうして「何もしなかっ
た」と後になって言われなければならないのかよくわからない。
(・・・わかんねえ。本ッ当―に!女ってよくわかんねえよな)
 今まで付き合った文殊塾の少女達にも言えることなのだが、今まで笑っていたかと思え
ば次の瞬間不機嫌になっているのは日常茶飯事。言っていることとやってることが全然違
う。黙り込んで怒っているのかと思えば実は嬉しがっていたり等々・・・、内心とまどう事
が多かったのだ。
 もはやそれにも慣れたし、どうすればこちらを向かせて笑わせることができるかも心得
ているが、それでも時々 いったいどっちなんだよ? と問い返したくなることがある。
 自分が元気な時はそれでもいいのだが、疲れている時にそれに付き合うのはかなりきつ
いものがある。それならいっそ考えていることがすぐ表情に出る、嘘のつけない顔の年下
の友人とドタバタしている方がよほど気が休まるというものだ。
 そんなことを考えている柢王の表情から何かを読みとったのか、それともいぢめるのは
これくらいにしておこうと判断したのか、女はふふ、と笑うと急に話題を変えた。
「そういえば昨日の話に出てきたコーヴィラーラがその後どうなったか知ってる?」
「知ってるわけないだろ。」
 ニコニコ笑っている女の方を見ずに柢王が返す。
「知りたい?」
「・・・・・・5年前の話だろ? だったら、今も現役で頑張ってるんじゃないのか?」
 こっちを見ようとしない柢王が返した言葉に、女はニコニコ顔のまま、「大外れ〜!」
と実に楽しそうに言った。
「花街で1年間bPの座をキープし続けた後、すぱっと引退して今は南領の実家に帰って
結婚して子供を産んで、家業を手伝っているそうよ」
 女の言葉に柢王が驚いて振り向いた。
「・・・1年?! ―――たった一年?! 」
 柢王の驚きようが可笑しかったのか、女はますます笑みを深めた。
「そう、『なんだか すっかり満足したわ』って。衣装代とかでかさんでいた借金も綺麗
に返済して、意気揚々と故郷に帰ったのですって。なにしろ、彼女の舞のおかげで南領の
知名度がグンと上がったわけで、彼女の実家は怒るどころか故郷に錦を飾ったって大喜び
で彼女を迎えたのですって」
「なんだそりゃあ! いいのかよ!そんなんであっさり辞めちまって!」
「そう?いい引き際だと思うけど。」
 コーヴィラーラの舞の人気の追い風をうけて、若手の舞姫達が後に続けとばかりに南領
の舞を披露するようになっていった。 中には四、五人のグループを作ってなおいっそう
華やかにかつエキゾチックな群舞を披露する者達も出てきたのだ。
そんな中で彼女は目新しいものにすぐ興味が向かう、移ろいやすい花街の客達を相手に
一年間bPの座をキープし続けたのだ。トゥーリパン夫人の強力な後押しに支えられてい
たにせよ、並大抵の事ではなかっただろう。
「・・・だからって、そんなあっさり変わっちゃっていいのかよ」
 並大抵の事ではなしえなかったとわかるからこそ、それをあっさりと手放してしまった
コーヴィラーラに、納得がいかない柢王が気むずかしい表情でうなる。
「・・・ばかねえ、女は男よりも変化を愛する生き物なのよ」
 くすくす笑ってそう言う女の顔は、柢王にはサッパリ理解できないそのことを、きっち
り理解し、なおかつ共感(そして羨望)すら感じているように見えた。
「・・・・・」
 柢王は内心で同じ言葉を繰り返した。
(・・・わかんねえ。本ッ当―に!女ってよくわかんねえよな!)
 
 
「このまま まっすぐ行けば、すぐ大門に辿り着くわ」
 川霧の立ちこめる白く濁る道の先に、わずかに色味が違ってみえる一角を指して女は言
い、立ち止まった。
「結構楽しかったわ。でも送るのはここまでにしておくわね」
 別れの挨拶なんかしなくていいわよ、無粋だから。と女は柢王を見て笑い、大門の方向
を指したまま、早く行きなさいと促した。
「・・・あ、宿代忘れてた」
 数歩行きかけて立ち止まった柢王が慌てて逆戻りし、懐にあった金を全部丸ごと彼女に
渡した。
「これで足りるか?」
 値を尋ねることもせず、おそらく全財産であろうずっしりと重い財布を丸ごと躊躇もせ
ずにぽんと渡してよこすこの少年の豪気さに、受け取った女は目を丸くし、それから小さ
く吹き出した。
「さすが、あのお人の子だね。何だかホントに憎めない。」
「・・・やっぱ ばれてた?」
 彼女が自分を見るまなざしから、何となく察していた柢王だった。
「一目でわかったわ。・・・よく似ていらっしゃるもの。 それに何と言っても守天様と南
の太子様を連れていらしたからねえ・・・。守天様の御印はもうちょっとちゃんと隠してあ
げるべきだったね。昨日、屋台街で見た時は腰を抜かすかと思ったよ」
「そんな時から俺が来てるって知ってたのか?」
「屋台街へは良く行くのよ。・・・見つけたのは偶然だけどね。」
 どうだか、と思ったが柢王はそれを口にはせず、「次からは気をつける」とだけ応えて
今度こそ背を向けかけたその背中へ、女が声をかけた。
「あ、最後にいいこと教えたげる」
 内緒話をするように口元に手を当て、にこっと笑って手招きされたので、耳を寄せる。
「守天様に伝えておいて。私の調合した香玉を気に入って下さってありがとうって」
「・・・え?」
「混乱と変化を愛して。それがいい男ってものよ。あんたはきっとそれが出来るわ。」
 優しい声でそう告げた唇は、そっと耳朶を噛んで離れていった。
 耳を押さえて飛び離れた柢王に、「じゃあね」と、実に艶やかな笑みを投げてよこすと、
女はすうっと川霧の向こうに遠ざかっていった。
 
「・・・・・!?!?っ?」
 混乱のあまり 耳を押さえたままよろめいた柢王は川岸の柳の木に背中を当てて体を
支えた。混乱したまま頭の中で女の言葉を反芻する。
「・・・ちょっと待て。てことはつまり」
 つまり彼女の正体は・・・。
 昨晩泊めて貰った個室を見る限りではそれなりの地位の女性とは思ってはいたが。
「・・・損したんだか、得したんだか。」
 柢王はつぶやきながら吹き出した。
 ・・・結局、昨日は自分がどれだけ考えなしの子供かという事を再認識しただけだったと
思う。
 自分の知りたいことは何も知ることが出来なかったし、ずぶぬれにはなるし 所持金は
全部渡してしまったし(それは別にいいのだが)、 自分の母親ほど年の離れた女性(し
かも親父のお手つき!)にはからかわれるしで、今の自分はなんだか情けない。
 けれどそれ以上に、何だか楽しい。
 得たモノなど何もないはずなのに、何だか満腹なこの気分は何なのだ。
 ずるずると柳の木の根本に座り込みながら、柢王は笑った。
「わっかんねーぞ。おい・・・」


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