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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.73 (2007/01/21 15:06) title:Colors 2nd. Open Air
Name:しおみ (212.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

『決して予測はしないこと。特に未来に関しては──(S・ゴールドウィン)』

 秋晴れの上天気。遮るもののない空が広がっている。
 機長の席に座ったアシュレイは、改めて、右隣の監査官に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 監査官である江青は、それへ笑顔でこちらこそと答えると続けた。
「だいぶ訓練されたそうですね。今回はお客様はいらっしゃいませんが、オーナーや機長たちが乗っていますから緊張する条件としては同じでしょう。ベストを尽くしてください」
 アシュレイの便はそのままいま乗っている社員たちを連れ帰る日程だ。経費削減対策だが、ある意味監査官盛りだくさん。緊張するが仕方ない。アシュレイは冷静に、はいと答えた。
 実際、この路線のためにはかなりの努力をしてきた。だから、落ち着いて飛べばいい。それが応援してくれている全ての人への応えになるから。
 そう自分に頷いて、アシュレイはふと昨夜の電話のことを思い出した。

 電話をしたのは、最後に聞きたい事があったのと、この二ヶ月の礼が言いたかったからだ。だが、正面切って感謝を表すのはどうしても出来なくて、電話の最後にこう言えただけだった。
『もし、明日で監査受かったら飯奢るからな、いままでの礼に』
 と、電話の向こうの桂花は冷静に、
『もし、はありません、合格しますよ。いいフライトを』
 確信しているのだ、幸運を『祈る』とは言われなかった。

 機長になって四ヶ月。コー・パイの時にはわからなかった責任と喜びが日々実感されていくのは、自分も少しは大人になったという事かと思う。腕とカンは初めからよかったが、パイロットは性格がかなりものを言う仕事でもあるのだ。
 シップ全体の責任を背負って飛ぶうちに、他人の重みや優しさに気づく機会も増えた。目に見える事だけが真実ではないということも。
 自分が路線開発で忙しい時期に、つい数ヶ月前まで自分を毛嫌いしていた相手の相談に応じ、シュミレーター訓練までつきあってくれるのは並みの親切ではない。
 実際、桂花に相談に行くにはものすごい勇気が要った。虫が良すぎる気がして何日も迷った。
 でも、桂花は拍子抜けするくらいあっさりと協力してくれた。しかもアシュレイの飛び方を即座に把握して、アシュレイのやり方にあわせて指導してくれたのだ。
 桂花は、飛ぶこと全てに神経を注いでいる。飛ぶことに対して、自分という存在を突き放したようなはっきりとした責任感と自己規律がある。それはただ好きだという以上に、飛ぶことを大事にしてきた人のスタンスだ。飛ぶことに自らを注いできた人のスタンスなのだ。
 アシュレイの、よく飛びたい、安全に、確実にこの路線を飛びたいという気持ちを、何も聞かずに理解し受けとめてくれたのは、かれもまた飛ぶことを真摯に受けとめているからだ。
 飛び方に色々あるように、あり方にも色々ある。
 人を感嘆させる完璧に近いフライト。だがそれは黙っていて手に入るものでもない。誰かの理解を求めない、ワンウェイの生き方。ワンウェイの優しさ。そういうものも存在するのだ。
 それがわかった時から、アシュレイは桂花の言うことを正面で聞けるようになった。
 いまだそのクールな頭が何を考えているかはわからないし、フライト以外の話などまともにできもしないが、パイロットとして、同じチームの一員として、尊敬しているし、感謝もしている。
 だからパイロットなら、よく飛ぶことこそが、最大の礼だ──

 監査官の質問が飛び交い始めたコクピットとは対照的に、キャビンには和やかな空気が漂っている。
 Fクラスの席を使い、それぞれ好きなところに座って、時折移動しては会話したりののんびりフライト。訓練ではあるがCAたちも楽しげだ。
 乗客は、ティアと航務部長の伯黄、その部下で路線担当の数人。それに桂花を含めた機長が数人。企画のため同行する広報部長、山凍。そして、
「柢王、よく寝てるね」
 斜め前の席に移って来たティアに、桂花は書物から顔を上げた。隣の席のブランケットの山は、耳栓アイマスクの完全装備で爆睡している柢王だ。
 今朝方、十二時間のフライトから戻った機長は、ベルトサインが消えるなり、周囲に断り、寝に入った。三連休とは稼働日の今日を除いた三日間だったのだ。それで皆より一日早く戻ることで、最終日は次のフライト準備に当てる。実に見上げた根性だ。
「でも二時間たったら起きるって・・・大丈夫なのかな、そんな短時間で」
 空港に着いたらちょうど正午ぐらいの時差だ。長い一日になるのに、とティアは心配したが、桂花はあっさりと、
「ロングだとサブ・キャプテンがいますから、途中で何時間かは休んでいるはずですし、向こうは昼ですから」
 つまり本人計算済み。とはいえ連続何時間か寝た訳でもないはずだ。自己管理が基本とは言え、大変だねえ、とは、オーナーの自分が言ってもいい言葉ではないのだが。
「桂花、君たちは向こうに着いたらゆっくり楽しんでね。本当はこんなのじゃ休みにならないかもしれないけど、何かお礼がしたかったんだ」
 他のスタッフたちへの報奨もあるから、今回は休みだけあげて、後はふたりでお好きにどうぞとは言えない。自腹でスィートルームを奮発した柢王のためにも、ティアは桂花が楽しんでくれることを祈るだけだ。
「ありがとうございます、オーナー。観光はあまりしたことがないので楽しませてもらいます」
 穏やかに微笑む機長に、ラブラブ旅行に浮かれた気配は微塵もないが、あったとしてもティアに見せることもないだろう。ティアも微笑み、
「うん。私も夜は空いているから皆でごはん食べようね」
 和やかな美人同士の会話は、フライト同様、円滑に進んでいく。

「あーすっげえよく寝た。頭くらくらする」
 起こしたシートの上で伸びをした柢王はすぐさま視線を横に向けた。
 体内時計は信用しているが、ぱっと目が醒めたのは食事の匂いがしたからだ。窓から差す光で白い髪が透けて、隣の美人は今日もものすごく美人だ。思わずどきどきしてしまう。
 と、桂花が本を置いて聞いてくれた。
「コーヒーでも頼みますか」
「ん、いまはいい。すぐ飯だろ? それよりずっとこっち見ててくれる方が目が醒める。おまえの顔見るの久しぶりだし」
 Fクラスの席の間隔などものともせずに長い髪に指を絡めると、クールな機長は冷静に、
「あなたが寝る前にも会いましたよ」
「んなの、一瞬だろ? その前なんか先週末じゃん。おまえこそ会えて嬉しいとか一緒に旅が出来て嬉しいとか言ってくれてもいいのに」
 人目もはばからずに訴えると、桂花は苦笑いして目を伏せた。どきりとするほど色っぽい。思わず柢王は網膜シャッター・オンだ。与えてくれるデータは残らず全部取り込まなくては。
 なにせ会える時間が絶対的に少ないので、いまだわからないことが山積みなのだ。この旅行を機に、もう少し全体的に親密度を上げたいのが柢王の本音だった。
「おまえ、ガイドブックとか読んだか?」
「いいえ、その時間はなかったですね。小さな島ですから特別なものがあるとは思いませんが」
「でも街は賑やかなんだろう? ホテルもプライベート・ビーチもあるし飯もうまいらしいし」
「そうですね。街は小さいですが雑駁でエネルギッシュだと思います。ビルと古い寺院とが混在しているようなちょっとエキゾチックな趣がある街ですよ。リゾートはこれから滞在型の大きなホテルが増えていくでしょうね。ラグーンもきれいですから、マリンスポーツもできるし。ただ、いまはまだ発展途上な気もしますが」
「だからうちが参入して観光客の動員を手伝うってことだよな。何事も最初に運送手段ありき、冥界航空には先見の明があったのかもな」
「そうかもしれません。オーナーはカンのいい方でしたから」
「でも変態だったんだよな、きれいなもん好きの」
 柢王は思い出して言った。が、桂花は冷静に、
「個人の趣味の内なら吾に意見はありませんよ。そういう方だと思っていましたから」
 冥界航空のオーナーとこのクールな美人機長の間には、なんともバカらしいというか気の毒というかな過去がある。おかげで桂花は天界航空に移って来たのだが、それは会社にも柢王にもありがたいことだった。柢王はそれを言葉に出した。
「俺は個人的には感謝するけどな、そのオーナーには。じゃなきゃおまえと会えなかったし。でも、そのオーナーっておまえが移動するときには何も言わなかったのか」
「ご挨拶に伺った折には泣いておられましたが、基本的に李々には頭が上がらないですから、特に問題はなかったですね。それ以降はお会いしていないですし」
「会わなくていいだろ、さすがに。つか、泣いてたとかありえねぇし。やっぱおまえ、俺と住んだ方がいいんじゃねーの、安全のためにも」
 どさくさまぎれにもっともらしく提案したが、クールな機長はごまかされず、
「うちの玄関セキュリティは虹彩紋理ですから」
 指紋に継ぐ最新本人確認システムだ。おかげで柢王もひとりで入れない。柢王は舌打ちして、
「ハイテクが進化してるからって油断してっと犯罪が起こるんだぜ? つか夜道で待ち伏せされたらどうすんだ?」
「あなたも吾もハイテクの機長ですが、過信が危険なのは承知していると思いますよ。それにいまさら夜道で待ち伏せはしないでしょう、一年近く前のことですし」
「変態は忘れた頃にやって来るって言うじゃんか」
「天災ですよ、それは。それに何が起きるのかわからないのが人生です。いずれにせよ、冥界航空ではもう飛んでいないんですから構いませんよ」
 桂花はクールに言い切った。飛べれば他のことなんかどうでもいい、と言いたげだ。
 柢王は口論に勝てなかった事とは別に、むっとした。パイロットだから飛ぶことは大事だ。パイロットの生活は飛ぶためにある。そんなにことは誰よりわかっているが、変質者から恋人を遠ざけたいのだって当然の心理なのに。
(少しぐらい考えてくれたっていいじゃねーかよ)
 バカンスなんだから、隙全開でイチャイチャしてくれたり、いちゃいちゃしてくれたりしても罰は当たらないのに。
 なかばすねながら、恋人の髪をぐるぐる指に巻くオプション機長の瞳には、周囲の様子は映ってない。
 恋は盲目というが、その飛び方はパイロットには禁じ手だ。

 体細胞が染まるようなコバルトの視界。太陽が手で掴めそうに近い。
 コクピットはどこより空に近い。この世にあるとも思わなかった、そのあざやかな色彩に身を任せていると、空の上では自由だといつも思う。
 空は広くて、のびやかで、自由で──ちょっと気まぐれ。
 計器に目をやり、アシュレイは言った。
「ベルトサインをお願いします」
 ポーンと音がしてサインがついて数秒後。
 機体が、ぐわんぐわん揺れる。波乗りするように。計器の目盛りがぶれる。
 が、予期していた機長は冷静に、ホイールを引いて機体を流れの上へと運んだ。とたんに嘘のようにぴたりと揺れが止まり、速度が上がる。
 幅が狭く、強い流れのジェットストリームは予測が難しく、危険ではあるが、うまく乗ると時間が短縮できるのだ。
 別にいまがお急ぎなわけではないが、CO2削減は航空業の命題、加えてエコノミー。今日の高度は高いので、下に避けるより適切だ。
 監査官の頬に笑みが浮かぶ。書類になにやら書き込みながら、
「いい判断でした。これで第一関門はクリアです。あとは有視界ですね」
 どうかショート・カットだけは勘弁してください。
 心で神様に祈りながら、アシュレイは、はいと答えたのだった──。


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