投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「とりあえず座下座して謝ったほうがいいよな…うん」
宙であぐらをかいたアシュレイは、啖呵をきって飛び出た手前、どうやって戻ろうか、城を見下ろしながら考えていた。
「…でっ。仕事は仕事、でも、それだけの毎日じゃなく、ティアはもっと休んでいいはずだ。外に出て、遊んだり、もっと自由にできるように。少しずつ…少しずつ。手始めに父上を説得する。…うん」
少しずつ、という計画は、猪突猛進なアシュレイにしては格段の進歩と言える。父王や姉や乳母や…他、アシュレイを知る全ての者が腰を抜かすほどの譲歩だ。それだけアシュレイにとって、ティアは大切な存在になっていた。
「よし…! そうと決まればまずは土下座だっ」
考えが決まったアシュレイは組んだ足をのばして立ち上がり、振り返って森を見る。
(ティア…)
おまえのこと、父上はもちろん、他のジジイたちになんか任せておかない。
絶対後悔させない。
ひとりにしない。
「…誓うよ」
塔で手にしたティアからこぼれた金色の一房に、夜風に吹かれながら、アシュレイは小さくささやきかけていた。
ただの道具に知識は必要ない。
ただの道具に情は必要ない。
だが、市井を知らねば祈りはできない。
だから、"目"だけを与えられた。
道具に不必要な"感情"を持たぬよう、余計な言葉は与えられず、音も与えられず。
たまに鏡に映るもので心が動かされても、音が、声がなければ分からない。
気になって動く口元をじっと見つめた。
『あいしてる』って読み取れた。
『すき』ってくちびるが動いた。
『こいびと』って抱き合ってた。
あい、って?
すき、って?
こい、って?
意味は分からなくても、胸がドキドキした。
鏡に映る人たちの、強い感情に憧れた。
ずっと…ずっと…私も大切な誰かに出会いたかった。
私の名前を呼んでくれる誰かに。
……君に会いたかったんだ。
ティアは額の印にそっと手をやり、初めて優しい気持ちで触れていた。
そうすると、彼の熱い熱が自分にも伝わる気がした。
終。
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