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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.67 (2007/01/15 00:05) title:ラプンツェル (4)
Name:モリヤマ (i60-41-188-83.s02.a018.ap.plala.or.jp)

 
 

「アシュレイ…!? どうしたの、いったい」
 コツコツと窓を叩く音にティアが目をやれば、そこには数刻前に帰ったはずのアシュレイがいた。
 ティアの元を訪れるようになって数年が経っていたが、アシュレイが夜訪ねたことは一度もなかった。
 心配げに自分を見つめるティアに、アシュレイは言葉がなかった。
 衝動的にここに来てしまったが、どうすればいいのか。
 ただ、許せない気持ちだけで父王に反抗し、どうしようもなくティアに会いたかった。
 でも、どうすればいいのか分からない。
「ティア…」
「アシュレイ? どうしたの? なにかあったの? どこか痛い?」
 はじめて見たアシュレイの涙に、ティアはなにごとかを察し不安になった。
「ティア、ここを出よう…!」
「……とりあえず、中に入って」
「ティア…っ!」
「待って、…ね? まず話を聞かせて」
 そう言うと、いつものようにティアは奥の小窓に向かって結界を張る。
(そういえば…)
 初めて会ったときからずっと、アシュレイがこの部屋を訪れたときには、ティアは必ず結界を張っていた。今まであまり気にも留めていなかったが、さっきの父王とのやり取りで、八紫仙がただの世話係ではないのだとようやく思い至る。
(ティアだって、お目付け…って言ってたじゃないかっ)
 自分の単純で能天気な脳みそに腹が立つ。
(あいつはずっと見張られてた…監視されてたんだ…っ)
「おまえが…犠牲になることなんてないっ…!」
「犠牲…?」
「世界のための祈りって…。それだけのために…祈れなくなったら代わりがいるなんて…そんなのっ…そんなのっ…!」
 ティアが、どんなに一生懸命祈っていたか。
 いつ尋ねても、ティアは祈りを捧げていた。ティアが祈らない日はなかった。
 いつだったか、すごく具合が悪そうなティアに訳を訊けば、祈りのほかにも、世界の苦しみや悲しみをその身で浄化する仕事もあり、そのため心身ともにひどく消耗することを知った。
「そう……」
 アシュレイの言葉に、ティアは一瞬驚きはしたものの、すぐにその表情は悲しく曇った。
「行こう!!」
 ティアの腕を取り、窓の外へといざなおうとするアシュレイの手を、ティアは静かに振りほどいた。
「ティア…!?」
「私はここにいるよ」
「ティア!!」
「ここを出てどうするの? どこに行くの? なにをするの?」
「あ…」
 激情のまま父のもとを飛び出し駆けつけたアシュレイに、なんの手立てがあるわけもない。
 ただ、ここから連れ出さねば、とその一心だった。
「とにかく…出よう。行き先は…そうだ、俺の乳母の実家がいま空家のはずだから、そこへ…!」
 アシュレイの言葉にティアは静かに首を振った。
「ここに、いるよ」
「なんでっ…!」
 君に迷惑はかけられないし、ここにいれば…君を…君のいるこの世界を守れる。
 たとえ、二度と会えなくなっても…。
 それだけでいいんだ。
 そう心の中だけでささやくと、ティアは言った。
「……気持ち、悪く…ない?」
「え……」
「アシュレイは、私が気持ち悪くはないの…? 私は…私は自分でもよく分からないんだ。物心ついたときからここにいて、ここで祈りを捧げてた。この世界の人々の苦痛と悲しみを浄化してた。私が消えるまでそれは続く。でも、私にはわからないんだ。自分がいつから存在して、いつ無に帰すのか…誰も知らない、誰も答えてくれない。私は…君達とは違う生き物なんだ…」
「ティア…」
「気持ち悪いよね…いいんだ。それでも」
 それでも、私は君が好きだよ……。
 心でだけティアは宣言した。
「おまえはバカか!!」
「…ばっ…?」
「おまえはバカだ!!」
「……アシュレイ」
「俺は…姉上や父上や乳母やウサギやリスや…好きなものがいっぱいある。もちろん、嫌いなものもあるし、つか、父上や姉上を森のウサギたちと一緒にしたのがバレたらスゲー怒られるだろうけど、でも、好きなもんは好きなんだっ、俺とウサギは違う生き物だけど、関係なねぇっ! この世界は、ひとつの生き物だけの世界じゃないっ。俺とおまえがちょっとくらい違ってたって…俺とおまえは友達だろっ」
「アシュレイ…」
 アシュレイが怒るのは何度も見たが、怒りながら泣くのは初めて見た。
「俺は、おまえに自分をもっと大事にしてもらいたい。俺の大事な友達だから、もっと大事に考えてもらいんだ…っ」
「アシュレイ…」
 
 ……いつも、感じていた。
 君が外に連れ出してくれても、本当に自由にはなれない、私には鎖がある、と。
 この塔から、本当の意味で出られることはない。
 ここを出るのは、『私』が消えるときなんだ。
 まるで最初から存在しなかったかのように『無』となって、新しい『祈り』を捧げるものが現れる。
 それだけのこと。
 すべてはあらかじめ決められたことで、それに従うだけ。
 …それでいいと思ってた。
 でも今は、できるだけ長くこの世界を守る『祈りを捧げるもの』でありたいと願ってる。
 ―――君が私を変えたんだよ。
 君だけが、私を変えた。
 
「…ありがとう」
 ティアは、心からの感謝を込めて言った。
「すごく…嬉しいよ。君がいなかったら…きっとこの世界を本当には愛せなかったと思う」
「ティア…」
「…本当言うと、私は、神の使いなんかじゃなく、罪人なんかじゃないかと思ったことがあるんだ。この印も…」
 そう言って、さらり…とティアは前髪をかきあげ自分の額に手をやった。
「ほんとは神様が私につけた罪の証なんじゃないかって…」
「バカなこと言うなっ!!!」
 ティアの告白に、アシュレイはただもう悔しくてたまらなかった。
 ティアにそんな思いを抱かせたのが"神"なら、絶対許さないと思った。
 ギリ…ッと、制御しきれない感情をおさえるために噛み締めた奥歯がきしんで嫌な音をたてる。
「うん…ごめんね。でも、いま私が心からの祈りを捧げられるのは、君がいるから。君が、うわべだけじゃない、心を私にぶつけてくれたから。…だから、わかってほしい。強がりでもなんでもない、私の意思で、ここにいたいと思ってる」
「…でも、おまえばっかり損してる…っ。おまえ、浄化とかしてるとき凄いつらそうだし…っ。なのに、おまえ絶対そんなこと俺に言わないし。でも、そんなティアを見るのは、俺だってつらい…つらいんだっ!」
「…ごめんね」
 ティアの謝罪の言葉に、アシュレイは気がついた。
(俺は…)
 俺は、自分がつらいのがいやなんじゃないのか?
 ティアが、じゃなく、俺が…。
 俺が…我慢できないだけで…。
「アシュレイ。これだけはわかって。私は、君がいるからこの世界を守りたいと思う。君がいる世界の幸せを心から祈りたいと思うんだ。…私に、君のことを、君の世界を守らせて」
(俺に、そんな価値ない…!)
 ティアの言葉に首を振りながら、アシュレイは新たな涙をこらえ切れなかった。
「俺は…俺は…っ、おまえがそんな思ってくれるほどの奴じゃない…。俺が、お前を守りたいって…そう思ってたのに…なんでっ…俺がおまえを縛ってるんだ…っ!」
「…アシュレイ」
 アシュレイの叫びに、ティアは決心したようにテーブルから刃先の丸いハサミを取り出した。
 はらはら…と、金色が揺れて床に落ちる。
「なっ…」
「ああ、すっきりした」
「お…まえっ、なにをっ…!!」
「こんな髪だから、アシュレイは私のことをひ弱なお姫様だと思ってしまうんだ」
 だっておまえはお姫様じゃないかっ!
 と、ティアの外見に心で文句を言う。
「私はね、アシュレイ、お姫様なんかじゃないって何度も言っただろう?」
「…う」
「第一、……君の夢を壊すようで言えなかったけど、私は男だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「聴こえなかった? 私は…」
「なんだとーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!?!」
「…き、聴こえてたみたいだね」
 耳を押さえてティアが言う。
「うっ…嘘だっ! そんな…そんなことっ」
 途端、うろたえるアシュレイをティアがギューッ!と抱きしめる。
「ほら、ね?」
「うわっ…!」
 確かに…、女ではなかった。
 初めて会った頃は、こんな…こんなじゃなかったのに。
 さっきまで、ティアの立場やおのれのご都合主義的思考に苛立ったり打ちのめされたりしていたアシュレイだったが、今は全く違ったことで錯乱していた。
「アシュレイ…!?」
 ティアの青い目が、黙って固まってしまったアシュレイを心配げに見つめてくる。
 ふと、ティアの肩先で跳ねる金色が目に入った。
 心なしか、錯覚か、…なぜだか男らしく…見えなくもない。
(髪…切ったからかな…)
「アシュレイ。君は、私が姫だと…女だと思ってたから、助けてくれようとしたの?」
「…違うっ」
 ティアの言葉にビックリしてアシュレイは否定する。
「俺は…、確かに最初は、お姫様なのにこんなとこでひとりで…って思ってたけど。でも…おまえはおまえだ。男でも女でも…お姫様でも、変わらない、関係ない!」
「アシュレイ…」
 少しだけ、ティアから肩の力が抜ける。
「でも、」
「でも?」
 アシュレイの続けた言葉にティアは思わず凝り返す。
「でも…そうだな…。よく考えたら、…おまえ、そんなに姫らしくなかったよな…」
 少し笑いながらアシュレイは呟いた。
(なによりティアには最強の結界がある…)
「俺が…おまえを守りやすいように、そういうとこ見ないようにしてたのかもな。俺が、おまえのそばにいやすいように」
 ティアは女で、お姫様で、ひとりでずっとこの塔の中でみんなのための仕事をしている。
 つらくてさびしい、ティア。
 だから、俺が守る。
 俺は、ティアの友達だから。
 でも、友達を守るのに男とか女とか関係ない。
 なんで俺はこだわっていたんだろう…。
「アシュレイ…! 嬉しい…よ…」
 ただ立ち尽くし、静かに涙をこぼすティアに、アシュレイはなぜだか胸が騒ぐ。
「…な、泣くなよ。なんで泣くんだよ」
「だって…」
「ああ…なんかもういいや」
「え…」
「おまえがここで頑張るってんなら、そうすればいい」
 アシュレイの突然の容認に、ティアは少し不安な顔を見せる。
「その代わり、つらいときや泣きたいときは、絶対俺に言え!」
 ティアの肩をつかんで、きっちり目を合わせてアシュレイが言う。
「絶対、ひとりで我慢するな」
「……」
「おまえが、俺のために祈るなら、俺はそんなおまえの心を守る」
「アシュレイ…。顔、真っ赤だよ…」
「…わ、わかったな!? じゃあ、また来るから!」
 そういうと、アシュレイは窓から暗闇へと飛び立ち、ふと振り返り、言った。
「おまえの額の印」
「え…」
「この塔の外側の壁にもでっかく書いてあってさ。…ここはおまえのウチだって、そういう意味かと思ってた。名前の代わりに、おまえの印が入ってんのかなって。いろんな考え方できんなら、いい方に考えたほうがいいよな!」
 それだけ言うと、最後に力強い笑顔でティアを見て、今度こそ本当にアシュレイは帰って行った。
 来たとき同様、突然に。
「…ふ、ふふっ、あははははっ」
 アシュレイの言葉が、凄く嬉しかった。
 赤面したアシュレイが、凄く愛しかった。
 照れて、そそくさと帰るアシュレイが凄く可愛くて…おかしかった。
 …この、額の印を、そんなふうに考えてくれてたアシュレイが、大好きだと思った。
「アシュレイ…」
 声を出して笑うことは、アシュレイが教えてくれた。
 楽しいとき、おかしいとき、自然と笑い声が出るものなんだと、ティアはアシュレイに会うまで知らなかった。
 アシュレイといると、全てがプラスの方向に向かうような気がする。
「ぜんぶ…君が私に教えてくれたんだよ」
 誰かと触れ合うことも、その手が熱いことも。
 暗闇の中飛び立ったアシュレイの軌跡が見えているかのように、窓の外へとティアは呼びかけた。
 
 
 


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