投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
季節は巡り、度々アシュレイはティアを塔の外――と言っても森の中限定でだが――へと連れ出すようになっていた。
初めて外へと出たときあんなに喜んだくせに、それでもティアは外に出ることをためらった。そんなティアも、回を重ねるごとに、自分で見たいものや行きたい場所を、遠慮がちにアシュレイに申し出るようになった。
そんなとき、アシュレイが塔に出入りしていることが父王にバレた。
珍しく父王が王子宮を訪ねてきたと思えば、アシュレイの顔を見るなり開口一番怒鳴られた。
「アシュレイ! おまえ…森の中の白い塔に行ったというのは本当か!?」
「…行っちゃいけないのか」
父王の訪問に喜んだ自分がバカみたいだと思ったのも束の間、意外な詰問にアシュレイは戸惑いを隠せない。
「当たり前だ!」
「…んなこと聞いたことねーっ!」
「お父様っ、申し訳ありません、私が…!」
「…人払いを命じておいたはずだが?」
声のした方を見ようともせず、炎王の不快気な声が低く室内に響く。
父の突然の王子宮訪問が気になり、そっと物陰から伺っていたグラインダーズだったが、険悪な雰囲気につい口を挟んでしまった。
「姉上は関係ないっ!」
「…グラインダーズ、下がれ」
「でもお父様…っ!」
「姉上っ…!」
アシュレイなりに姉を庇おうと、目でグラインダーズを退出させようとする。
「父上! ティアは、なぜあんなとこにひとりで祈りを捧げねばならないのですかっ」
「…おまえ…会ったのか!? では、音楽催でおまえと一緒にいて、そのまま森の中へと向かったというその子供は…もしや…!」
「やっぱり…父上もあの子を知ってるんだ…!」
「………」
息子の指摘に、炎王は一瞬言葉につまり苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
一度でいいから奏器の演奏を聴いてみたいともらしたティアの呟きを、アシュレイは聞き流せなかった。
遠見鏡で見るだけの奏器がどんな音を奏でるのか、聴いている人々の表情に、その素晴らしさを思い憧れる少女の願いをかなえてやりたかった。
森から出ることを躊躇う少女を説得して、自国の音楽催へと誘い出しのはアシュレイだった。
「父上、ティアを塔から出して下さい!」
「ならん! …第一、私の関知するところではない」
「なんでだよっ。父上はこの南の王じゃないかっ。森はちょうど真ん中にあってどこの国にもかかってないけど、父上の力なら…っ」
「あれは、この世界のためにある。どの国も、口出しはできぬ」
「どうして…っ!?」
「…あの方の祈りがなければ、この世界は崩壊する。世界のために存在する、それがあの方の、あの方々の宿命なのだ」
「かたがた、って…」
「お前は私の次に王となる者。だから、言っておく。あの方の存在はこの世界の最大の隠事、神の使いとしてこの世界につかわされている神の代理。祈り続け、祈り疲れれば、代わりがつかわされる。だが、このことは各国の王しか知らぬこと。八紫仙以外、塔に近寄ってはならん決まりだ」
その八紫仙すら、直接の接触はない。
神秘の存在と力は世界を脅かす。
また、知れば人々の崇敬は王室ではなく塔へと向かう。
もっともらしい理由のほかに、各国の思惑もあった。
「……なんだよ、それ…!!」
代理? 代わりって…。
神だと言いながら、父王の言葉にはなんの崇敬の念も感じられない。
ティアは…道具じゃない!!
ティアに代わりなんてない!!
言いたいことが喉元にせりあがり、悲しくて苦しくて悔しくて、アシュレイは声に出来なかった。ただ、ただ、涙があふれて止まらない。
「…もう頼まねぇっ…! クソジジイ…!!」
ほえるような一言を父王に叩きつけると、アシュレイは城を飛び出した。
実のところ炎王は、息子の塔通いをそれほど問題視してはいなかった。
アシュレイひとりが塔に通ったくらいで、どうにもなるものではない。
第一アシュレイ以外に、あの森の中を進み入り、天を突くほど高い塔の天辺にいる神の代理の元に通える者が、そうそういるはずがないのだ。
問題は、塔と塔の中の存在が明らかになることだけで、その点、炎王はアシュレイの口の堅さを信用していた。
ただ熱心に噛み付いてくる息子に、しばし親子喧嘩を楽しもうと決め込んだだけの話で。
炎王としては、普段王子宮で離れて暮らす息子を思いきり甘やかせてるつもりだった。…息子には全く伝わらなかったが。
「なんと…口の悪い。本当に王子か、我が息子は。…グラインダーズ」
「………」
「そこで聞いておったのだろう? 出て来い」
「…父上。アシュレイは、」
「フン。甘い奴だ。捨て置け。どうせなにもできん。…できても困るがな」
独り言のように呟くと、炎王はほんの少し楽しそうに笑った。
「駄目になれば次が来る。どちらにしろ、この世界に変わりはない」
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