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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.64 (2007/01/15 00:00) title:ラプンツェル (1)
Name:モリヤマ (i60-41-188-83.s02.a018.ap.plala.or.jp)


 
 この限られた小さな部屋だけが私の居場所。
 唯一与えられた"外"を見る目で、世界を見守り、幸せを祈る。
 苦痛を取り除き、痛みをやわらげる。
 色とりどりに咲く草花、街を行き交う人々、広場で遊ぶ子供達。
 目に映る美しい風景。心和む優しい情景。
 決して触れることのできない世界。
 この世界を守ることが私の仕事。
 そのための存在。
 …それだけの存在。
 
 守天は額の印にそっと手をやり、目を伏せた。
 
 
 
 
 この世界の中央の、緑濃い森の中には白い塔がある。
 天を突くほどの森の木々より高く、その塔の側面の中央には不思議な模様が印されている。
 塔の天辺には窓がひとつ。その窓に、ときおり小さな影が映るという。
 
「その塔がなんのためにあるのか、誰が建てたのか、誰かいるのか、なにがあるのか…。誰も知らないわ」
「だれも…?」
「そうよ、誰も」
「姉上も?」
「もちろん、私もよ」
 寝台横に立ったグラインダーズは、一向に眠る気配のない弟の顔を覗き込んで神妙な声で言った。
 ひとり王子宮で育てられている弟と違い、父王とともに王宮で暮らしている姉のグラインダーズは、今夜はアシュレイの乳母の急な帰省のため、就寝前の様子見に王子宮を訪れていた。
 母は違えど、お互い早くに母を亡くした身。しかも弟はまだ小さい。
 グラインダーズは母親代わりに五歳違いの弟の面倒をよく見ていた。
「塔の話はおしまい。さ、もう寝なさい」
 大好きな姉の久しぶりの訪問と不思議な塔の話に、目が冴え、なかなか眠ろうとしない弟の胸元の毛布を引き上げると、グラインダーズは部屋の灯りを消して出て行った。
 アシュレイは、乳母や使い女たちはもちろん、それがたとえグラインダーズであっても、そばに誰かがいれば寝つくことはない。
「…森の中の白い塔」
 姉の話に、まだやんちゃな盛りのアシュレイは、声に出して言ってみる。
 あの綺麗で賢くて優しくて強い、大好きな姉・グラインダーズでさえも行ったことのない塔。
「なにがあるのか、誰がいるのか…」
 誰も知らない塔の中。
 明日はそこに行ってみようと思いながら、アシュレイは眠りについた。
 
 アシュレイはまだ四歳だが、一年前から塾にも通い始めたし、その体内には武器を持っている。
 アシュレイとともに成長する神器だ。
 これさえあれば、たとえ白い塔にどんな奴がいたって大丈夫だとアシュレイは考えていた。だからこそ、共の者を振り切り、ひとりでそんなところへ行こうと思ったのだ。
 
「あれか…!?」
 森の上空を飛びながら、しばらく行くと円柱の形をした白い塔が目に入った。
「ほんと真っ白だ」
『その塔がなんのためにあるのか、誰が建てたのか、誰かいるのか、なにがあるのか…』
 昨夜のグラインダーズの言葉を思い出す。
 実物を目にして、初めて実感としてその疑問がアシュレイの胸に広がった。
 だが、ままよ。自分には斬妖槍がある。
 アシュレイは神器を手に大胆にも塔に近づいた。
 慎重に地上に下りながら塔の側面を観察する。
 グラインダーズの話しの通り、側面の白い壁には不思議な模様があった。出入り口らしきものは見当たらず、もう一度宙に飛び、塔への唯一の出入口に思える窓にそっと近づく。
 そっと…そっと…
「…おっ…おひめさま…なのか!?」
「え…?」
 窓は、ちょうどアシュレイの背丈より少し小さいくらいの大きさで、幅がアシュレイの両腕を広げたくらい、長方形で上の部分が半円になっていた。
 その中に、自分と同じくらいの年の愛らしい少女を見つけ、アシュレイは思わず叫んでいた。
 長い金色の髪を編みこんだ、色白で華奢な、見たこともない美少女。
 物語好きな乳母が好んでする話のひとつに、悪者にさらわれ捕らわれた姫を助ける王子の話があった。
(間違いないっ)
 この美少女は、囚われのお姫様だ!
「どっかの国のお姫様だろ! 悪い奴らに閉じ込められたのか!?」
「…ちが…私は」
「もう大丈夫だっ。すぐに助けてやる!」
 そう言って、窓枠に手をかけ中に入ろうとして、
「俺はア…っ!! …なんだっ、これっ!?」
 アシュレイは、突然なにかにはじかれ手にした斬妖槍を構え直した。
 入ろうとして、はじかれた。自分を、というより、たぶん外界を拒絶してるのだ。
「な、なんだ…っ、いったい…」
(結界…か!? でも…)
 こんな結界は初めてだった。
 父王も、異世界からの魔物の進入を防ぐため、世界の安寧のため、結界を張っていることは知っているし、実際その現場も見たことがある。
 だが、こんな強力な結界は知らない。
 結界の存在を感じさせず、近づいた途端、完璧な拒絶を示す。
 こんなところに閉じ込められたら出られないし、…助けられない。
 勝気なアシュレイが、一瞬で諦めの念を抱くことなど珍しい。それほど、いま目の当たりにした結界は強烈だった。
「…だいじょうぶ?」
 中から、震える声がアシュレイに問いかけた。
「…ったりまえだ!」
 そうだ。
 この子は、さらわれて、ずっとこんなところに閉じ込められてるんだ。
 こんなに小さくて弱そうなのに、たったひとりで…。
(こんなことくらいで、負けてられない…!)
 全てアシュレイの勝手な妄想だが、いまのアシュレイにはそれこそが力となった。
「待ってろ、すぐに助けてやる!」
「あの…ちょっと待って! いま結界はずすからっ」
「心配すんなっ! すぐに…っ…って、え!?」
 目を瞑り、なにごとがつぶやいた少女が、微笑んでアシュレイを見た。
「もう平気だよ? どうぞ」
「…へ?」
 なんだかわけが分からないながらも、アシュレイは言われたとおり、窓の中へと進み入る。
「…なんだ、こりゃ」
 さきほどとは打って変わって今度はなんの障害もなく、スルッ…と中へ入れてしまった。
 中は、大人だったら少し狭く感じるかもしれないが、天井が高いので圧迫感はあまりない。
 壁面の本棚にはぎっしりと本が並べられ、真ん中に机と椅子があって、その隣に小さな寝台、そして窓の下には、床一面に敷かれた白い敷物の上にもう一枚、アシュレイが腕を広げたくらいの正方形の生成り色の布が敷いてある。
 天井も壁も床の敷物までが白く、無機質な印象の部屋の中で、唯一、机の脇に置かれた黒く大きな鏡だけが異色な存在だった。
「えーと…。あの、はじめまして。君は誰…?」
 少女の戸惑う声に、少々呆けていたアシュレイは我に返り、さっきしようと思ってできなかった自己紹介を試みる。
「俺は、アシュレイ。南の国から来た」
「アシュレイ?」
「そうだ。…は、はじめまして、…えっと、」
「あ…ああ…私は、私の名前は……ティア…ティアランディア」
「はじめまして、ティアランディア姫!」
「ひ、ひめ…? えと、さっきもなんかそんなこと言ってたけど、私は姫なんかじゃ…」
「で、悪い奴らはどこにいるんだ!?」
「…は!?」
「悪い奴らにさらわれて、こんなところに閉じ込められてるんだろ?」
「えっ、あの…」
「どこの国の姫かは知らないけど、俺がちゃんと送ってってやるからなっ」
 身体より大きな武器を持った自分と同じくらいの少年の、鼻息荒い意気込みに、少女は一瞬言葉を失ったが、すぐにひとつ息をついて言った。
「私は…たぶんさらわれてきたわけじゃないと思う。私にもよくわからないけど、……私は、ここで祈りを捧げているだけなんだ。なにも危険なことはないし、これが私の仕事だから、ここを出るわけにはいかない」
「……へ?」
 少女の言葉が理解できない。
 綺麗な音だけが、自分の耳を素通りしていく。
 そのとき、控えめに扉を叩く音がして、アシュレイは反射的にそちらに向け斬妖槍を構えた。
 見ればアシュレイが立つ窓際から奥へと入ったところのつきあたりの壁、アシュレイの胸の高さくらいの位置に、小窓がある。
 外から見たときにはこの塔に出入り口は窓より他にはなかったはずだ。
(いったい誰がそんな小窓の向こうにいるんだ?)
 そこまで思って、ふとアシュレイは不思議に思った。
(そうだ。出入り口はこの大きな窓しかない。この子はどうやってここにいるんだ? 小窓の外にいるらしい奴はどうやって外と出入りしてるんだ?)
「守天殿? 物音が致しますが、なにかございましたか?」
 しわがれた声が小窓の外から尋ねる。
「変わりないよ。鳥が来ただけ。大丈夫」
「承知いたしました」
 ほのかに赤いくちびるの前に人差し指を立て、アシュレイに静かに…と示しながら、少女は外からの声に答えて小窓に向かってなにかをつぶやいた。
「今のは…?」
 アシュレイの問いに、少し迷ったように、
「私の世話をしてくれる八紫仙っていう人たち。ここには入ってこないから気にしないで。…念のため結界も張っておいたし、声も届かないと思う」
 世話…?
「そう、世話。」
 心で呟いたつもりが、声に出ていたらしい。
 しかも、思いっきり不審げな声だったようだ。
「お目付け…っていうか…。食事とか衣服とか、私に必要なものを届けてくれる」
「でもこの塔に出入り口は…」
「ないようだね。私も知らないけど、地下に連絡通路があって街と行き来してるみたいだよ」
「…なんでまた」
 こそこそと面倒なことしてんだ?
 ていうか、私も知らないけど、って!?
「…ちょ…待って。おまえ、ここ出たことないのか!? そいえばさっき仕事って言ったよな? 出るわけにいかないってどういうことだっ!? 出たくないのか!?」
 アシュレイの言葉に少女は知らず微笑んでいた。
 笑んだその心の奥の慣れ親しんだ諦めを、すでに少女は意識すらしていない。
(もし…)
 自分がここにいる理由、ここでひとりで祈り続ける理由、すべてがわかったとしても、たぶん君には、いや、誰にも話せないことだろうと、少女は思ったのだ。
(それにしても、私がさらわれて閉じ込められた姫だなんて…)
「ここを出るなんて…考えたこともないから、わからないよ」
「でも…おまえ、さびしいだろ?」
 アシュレイは幼く、また、元来機微に聡いほうではない。
 ただ、動物好きのアシュレイは『好きだから』彼らとの間に信頼を築き心を通じさせようと努力する。人との関係も、それと同じだった。好きだから、自分から近づく。努力する。
 少女に内面的な強さを感じとり、知らずアシュレイは彼女に好感を抱いていた。
 はじめて出会った不思議な少女のことを、わかりたいと思ったのだ。
「さびしい…?」
 きょとんとした顔で少女が続ける。
「この塔はこの世界で一番高い建物なんだって。ここで世界の幸せを祈ることが、私の仕事。それしか考えたことなかったから…ごめんね、君の言ってる意味がよく分からない」
 そう言って謝りながらも笑みをたやさない少女が、アシュレイにはとても儚く見えて、なぜだかとても胸が痛かった。
「祈る…って、おまえは、巫女姫か?」
「巫女…姫…とは違うかな…」
 首をわずかにかしげ困ったように答える少女に、たぶん、それ以上は訊くべきではないのだと、アシュレイは感じた。
「わかった。おまえは、ここで大事な仕事をしてるんだな」
「うん…」
「だったら、俺がここに来る!」
「えっ」
 塾もあるし、王子という立場上、本当なら勝手に一人で城外に出ることは許されてはない。だが、アシュレイにとってそんことたいした問題ではない。
「…来ても、おまえが結界解いてくれなきゃ中には入れないけどなっ」
 照れくささを隠して、少々偉そうにアシュレイが言い放つ。
「………ほんと…?」
「来てもいいか?」
「また…来てくれるの?」
 期待に戸惑いながらかすれる少女の声に、アシュレイは力いっぱい大きく頷いた。
 頬染め、嬉しそうに笑んだ少女から、かすかに花の香りがした。
 そしてそのとき初めて、アシュレイは気がついた。
 少し長めの前髪に隠された少女の額に、塔の壁面と同じ不思議な模様が刻まれていることに。
 
 
 


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