[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1010件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.57〜61] [No.62〜62] [No.63〜67→]

No.62 (2007/01/13 15:02) title:彷徨の果て(後)
Name:実和 (u064198.ppp.dion.ne.jp)

「カイシャン様!」
 やっと店にたどり着けた桂花は、丁度店から落ち着き払って出てきたカイシャンを捕まえた。
「カイシャン様、何をしていらしたのです!?」
しかし彼は桂花の前を無言で通り抜けた。そして少し歩いたが、なぜか大通りを逸れた。そのまま店と店の間の狭い路地を進んで行ったが、やがて突き当たりで立ち止まり・・・。

吐いた。

(しばらくお待ち下さい)

 カイシャンは桂花が携帯していた薬を飲んで、背上の人になっている。
「まったく何をやっているんですか、あなたは」
桂花の説教に背中にへばりついているカイシャンは意味不明のうめき声で答えた。酒を飲んだ経験はあるが、一気飲みしたことはない。そこは常に周りの大人が加減をしてくれるからだ、あれでも。桂花は自分の不注意を心から悔やんだ。カイシャンへの注意事項がまた一つ増えたようだ。馬空には必ず申し送りをしておかないと。ついでにそれにも関わらず不注意をしでかした暁には桂花にどういう目に遭わされるかということも頭に叩き込ませなければならない。
 2人は賑やかな市場を抜けて、富裕層の住宅が軒を連ねる静かな住宅街に入っていた。桂花の館もこの一画にある。
「帰ったらまた薬を飲んで、しっかり休んで下さい」
カイシャンは桂花の背中で身じろぎをした。
「お前の館へ帰るのか?」
「当たり前です。吾がついていながらこんなことになったなんて。陛下に知れたらそれこそ困ります」
カイシャンは無言で桂花の肩に顔をうずめて「ごめん」と呟いた。先ほどの態度との落差に思わず口元が緩んだが、アルコール度数だけはやたら高い安酒特有の下品な臭いが鼻を直撃して桂花は顔を顰めた。その臭いでカイシャンが飲んだ酒がよく馬空やその仲間達が飲んでいるものと同じものだということを知る。
全くあの男はろくなことをしない、と桂花はカラコルムの方向を睨んだ。(彼の地では馬空が大都の方角から絶対零度の冷気を感じて身を震わせた)

「あのさ・・・」
カイシャンが桂花の肩にまだ土気色の残る頬を押し付けながらぽつんと言った。
「なんです?」
「俺ってまだお守が必要なのかな?」
どうやらさっきは「お守」と「ガキのお散歩」という男の言葉がカイシャンの闘志に火をつけたらしい。
桂花は体を揺すってカイシャンの体をずり上げた。
「そうですね。どうも吾はまだまだ殿下から目を離すわけにはいかないようです」
カイシャンは桂花の首筋に額を押し付けて、くぐもった声で言った。
「お前が傍にいてくれるなら、俺は子供のままでいい」
桂花は思わず足を止めた。
「俺が子供でいる限り、お前はどこにもいかないだろう?」
何があっても、誰が迎えに来ても、お前は俺から離れていかないだろう?
 カイシャンの問いに桂花は頷くことができなかった。
桂花の無言に、彼の胸の前に回されている腕の力が強くなった。まるで縋り付くように。視線を落とすと随分と長くなった腕が目に入った。

 この腕の力は、そう遠くない日にもっと強くなってしまうだろう。その腕でこんな風に抱きしめられてしまったら。
地底にいる柢王の形をした抜け殻と、柢王の魂を持ったぬくもりとに心を引き裂かれて。

吾はきっと壊れてしまう。

 けれど今は倒れるわけにはいかない。桂花は目の前を睨んだ。
自分はもう走り出したのだから。それが柢王の望まない方向であっても、桂花を心配してくれている人達を裏切る方向であっても。自分は世界を崩壊に導く方へ走ることを決めてしまったのだから。
もしかしたら最も世界の終焉を願っているのは桂花自身かもしれない。
世界が崩壊して、全てが消え去ればこの苦しさもなくなる。
自分の身勝手さに自嘲の笑みが零れる。
置き去りにされることの絶望感を嫌というほど知っている自分が、1番守りたい人の魂を、自分の勝手な望みのために傷つけようしているのだ。

「いつまでも子供のままでは困りますよ。あなたはこの国を担う方なんですから」
桂花はやっと押し出すように言った。
その時、カイシャンが桂花の背中から滑り降りた。そして前に回りこんで桂花の顔を見上げた。
「お前だってお守が必要だ」
「え?」
「お前、今、迷子の子供みたいな顔してる」
「・・・」
カイシャンは空を見上げた。吸い込まれそうな程空は高く、一面に散らばる星屑は澄んだ銀色をしている。
「俺、お前の言う通り、大人になるさ。早く大人になって、今度は俺がお前のお守をしてやる」
「お守?あなたが、吾を?」
カイシャンは桂花を振り返った。
「そう。お前が迷子にならないように俺が傍に付いててやる」
「カイシャン様・・・」
「子供である俺には今はお守が必要さ。だから俺が大人になるまでお前は俺の傍にいろ。けど俺が大人になったら今度は俺がお前の傍に付いてる。大人なのにそんな顔してるお前の方が、俺より長くお守が必要っぽいからな」
カイシャンはニヤッと笑った。そして桂花の手をとって、その手を上げてみせた。
「ずっとこうしててやるから、迷うことないぞ」
「・・・いつ頃からあなたは吾のお守をしてくださるんです?」
「決めてない」
桂花は呆れたようにため息をついてみせた。
「そんなの待てません。もう元気になられたのならご自分で歩いて下さい」
そう言うと桂花はさっさと歩き出した。涙が零れる前に。けれどつないだカイシャンの手はそのままだった。

―柢王。
今だけは許してください。あなたと、あなたの魂を持つ、全く別のぬくもりとの間で彷徨う吾のことを。吾は必ずあなたの元に戻るから。
だから、もう少し、もう少しの間だけ・・・。
この束の間の夢にまどろませて。

 桂花は空を見上げた。濃紺の闇は果てしなく深く静かだった。
この彷徨の果てに何があるのかはまだ知らない。けれど今は自分の手を包むこのぬくもりだけは確かだと思いたかった。


[←No.57〜61] [No.62〜62] [No.63〜67→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21