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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.61 (2007/01/13 14:14) title:彷徨の果て(前)
Name:実和 (u046237.ppp.dion.ne.jp)

「カイシャン様、もう帰りますよ」
 桂花とカイシャンは昼前から「勝ち抜き大会」を覗いたり、出店をひやかして周ったりして一日中市場を歩き回っていた。
人ごみが苦手な桂花は少し疲れていた。

 カラリと青かった空はいつの間にか群青色に変わり、西の片隅にわずかにオレンジ色を残すのみになっている。薄闇の中に沈み始めた市場の中はあちこちで灯籠に火が入れられ始めた。
あちこちに金色の光が浮かびあがり、市場は浮かれ酔わせるような艶やかさを帯びた、華やかな装いに変わっていく。
 人波の中を流れるようにゆっくり歩きながら、音楽や嬌声が聞こえる酒家を見るともなしに眺めているカイシャンに桂花は帰宅を促した。
「今日は一日中歩き回ったんですから、お疲れでしょう」
「別に平気だ」
カイシャンは目を酒家に向けたまま言った。
「昨日は帰っていないのです。今日はお帰りにならないと皆が心配します」
カイシャンは桂花の館に滞在している。本当なら昨晩、宮廷に帰らせるはずだったのだが結局泊まっていったのだ。
「お前がいるんだから心配する必要はない」
「カイシャン様」
桂花が少し厳しい口調になった。
「お立場をわきまえて下さい」
カイシャンは口をへの字にまげて黙った。黙ったが桂花に従う素振りもなく、頑固に立ち並ぶ酒家を見つめたままだ。
桂花はため息をついた。カイシャンは最近反抗期を迎えて本当に扱いが難しくなった。しかし、今日は少しそれとは違うように見えた。いつも通り元気に駆け回っていたが、時々鬱屈したものが見え隠れしていた。カイシャンのことは何もかも知っているつもりでも、時々全く分からなくなることがある。それは年頃の少年特有のものなのか、天真爛漫のようで、底が見えない最愛の男の特徴を受け継いでいるせいなのか。

・・・さんざん振り回されてその都度怒ったり心配したり。
でもいつも最後には暖かな腕の中にくるんで、包み込むような空色の瞳で見つめて安心をくれた―・・・。

桂花は記憶と呼ぶにはあまりにも生々しい感触が一瞬怒涛のように押し寄せ、全身を撫でていったような気がして眩暈を覚えた。
「桂花?」
我に返るとカイシャンが心配そうに桂花を見上げている。
「何でもありませんよ、カイシャン様」
桂花は安心させるように微笑むと、腰に手を当ててわざと明るい声を出した。
「さぁ、帰りますよ。我儘はおしまいです。もう子供ではないのでしょう?」
 カイシャンはまだ探るように桂花を見つめている。その視線を避けるように桂花は先に歩き出した。カイシャンも仕方なく桂花の後についてきた。これで今日は帰らせることができると桂花がほっとしていると
「おっと、そこ行く兄さん方。寄っていかないかい?いい酒が入ってるよ」
軽くて陽気な声がかかった。見ると酒家の呼び込みらしい男が近寄ってきた。
「お兄ちゃん、見たところ結構イケるクチじゃないかい?俺はこんな商売やっているから見る目はあるんだな。いい男は酒の方もいけるって相場が決まってるもんだ」
男は2人の前に回りこんでカイシャンの顔を覗き込んだ。
カイシャンは背が高いし、年齢より大人びている。酒も大人に混ざって口にしているが如何せん、まだ12才だ。
何が見る目はある、だ、馬鹿らしい、と桂花は無視して通り過ぎようとしたが、カイシャンは興味を示すような素振りを見せた。それに素早く反応した男はさらに畳み掛けた。
「そうさ。男前だしこんな別嬪さん連れているんだ、いい男に間違いねぇよ。兄ちゃん、若けぇのに大したもんだなぁ。どうだい?彼女にいいとこ見せなきゃ、だろ?」
しかも桂花を女性と間違えている。しかしカイシャンは本格的に立ち止まって考え始めた。
桂花の頭の中で警報が鳴った。
「カイシャン様、いけません。帰りますよ」
カイシャンを牽制して桂花は男を睨んだ。
「この方はまだ12才だ。そんなことも分からずによく客引きができるな」
男は切り捨てるような視線と思いがけない男性の声に狼狽して体を引かせたが、悔し紛れに呟いた。
「何でぇ、優男のお守り付きでガキがお散歩中だったのか。相手にもなりゃしねぇ」
本当なら不敬罪ものだが、身分を隠している上では逮捕するわけにもいかない。大体そういう身分でこんな時間まで街をうろついているのはこちらの方だから仕方ない部分もある。
桂花はカイシャンを強引に促そうとしたが、すでにカイシャンの姿はなかった。
慌てて周囲を見渡すとカイシャンはスタスタと男の店に入っていくところだった。
「カイシャン様!?」
桂花は男を押しのけ、人ごみを掻き分けてカイシャンを追った。

 店内では、すでに出来上がった客達があちこちで盛り上がっていた。その中の何人かが、やけに堂々と入ってきたがどう見てもこの場に不似合いな少年に気が付いた。しかしカイシャンは好奇の視線に対して特に気後れする様子もなく、客や行き交う従業員でごったがえす中をすり抜けながら、奥に空いている卓を見つけて腰を下ろした。その隣の卓を陣取っていた男達の一人がニヤニヤしながら従業員を呼び、カイシャンを示して
「こちらの方に俺からの一杯を差し上げてくれ」
そして何事かを耳打ちすると従業員もニヤニヤしながら頷いた。 カイシャンが物珍しそうに煤けた壁を眺めていると、先ほどの従業員が透明な酒で満たした杯をカイシャンの前へ置いた。
「あちらの方から、お客様へ」
 カイシャンは杯の中身を一瞥すると、隣の男へ会釈を一つ。周りの視線を浴びる中、一瞬の躊躇もなく杯を一気に干した。そして空になった杯を卓へ置くと、椅子からストンと降り、もう1度見惚れるほど優雅に会釈をするとスタスタと店から出て行った。
客達や従業員はポカンとその姿を見送った。
 カイシャンに奢った男と同席していた男が、カイシャンが飲んだ酒と同じものを注文した。それを口にした瞬間、派手にむせた。


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