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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.54 (2006/12/22 14:34) title:Colors 8 LANDING
Name:しおみ (172.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Trust your operation,and your team!

 機体には他の部分への激しい損傷はなかったらしい。それを確認して、空也は明らかにほっとした顔になったが、アシュレイはまだ体を強ばらせて操縦ホイールを掴んでいる。
「やれやれだったなぁ。だけど、まあ上出来だよ、よくやったな」
 柢王は微笑んだが、
「おまえらならもっとうまく回避できただろ──」
 アシュレイの声はふるえていた。前を見たまま、叩きつけるように、
「わかってんだろ、翼取られたのは俺が判断が甘かったからだ──ちゃんと見てたらわかったのにっ、俺が見逃したから・・・・・・こんなの上出来なんかじゃない! おまえたちなら客はこんな危険な目にあわなくてすんだんだっ!」
 感情が、溢れ返りそうで、アシュレイはホイールを握る手をふるわせた。
 初めての非常事態で、無我夢中になりながらも回避は出来た。それはわかっている。
 だが、それを上出来だなんて思えるはずがない。
 問題はそれ以前──よく見ているつもりなのに。よく見て確認したはずなのに。いや。はずなのになんていい訳だ。気をつけて、確認して、でも積乱雲に翼を突っ込んだのは自分のミスなのだ。
 落雷を受けない加工はしてあっても、飛行機は鉄の塊だ。気流で翼が破損していたら、あるいは他にも深刻なダメージが生じたら、失墜していたかもしれないのだ。
(客を乗せてるのに・・・・・・!)
(指揮が取れたのは俺だけだったのに・・・・・・!)
 どんな時でもアクシデントの可能性はある。それが空の上だ。それでも、回避できることもある。それが出来なかったのが、くやしくて、申し訳なくて。ほんの数分、だが、乗客はどんなに怖かっただろう。CAたちもどんなに慌てただろう。一歩間違えば怪我人が出たかもしれないのだ。
 過ぎた事にこだわってはダメだ。少なくとも、いま、飛んでいるうちは。
 なのにいまになって気持ちが高ぶって。くやしくて──どうしてもくやしくて。
(そんな奴、機長失格だ・・・!) 
「機長、機長の判断は正しかったと思います」
 空也は言ったが、後ろのふたりは黙ったままだ。アシュレイの言葉をどう受け止めているのか──甘えと取られても仕方がないのは自分でもわかっている。ふたりがあんな揺れのなかで手を貸してくれたのは、自分がふがいないからではなく、パイロットなら誰でもそうするから。それだけなのに。
 本当は後ろにいてくれて心強かった。
 桂花のことも──トラブルが回避できたかは計器を見ればわかるし、エンジンの火災は自動でただちに消火する仕組みになっている。それでも、気がかりだし、心に余裕がないときに、そうわかっているから見に行ってくれたのだと。揺れている機内を全部。
 わかっている。でもその余裕がくやしい。客を危険な目に合わせて、空也にもプレッシャーをかけて、助けてくれた相手にまで八つ当たりをして・・・・・・。
「おまえたちが機長だったら──」
「機長はあなただけです」
 ふいに後ろから桂花が言った。
「いまこの便に乗っている乗客にも、乗務員にも、離陸から着陸まで、コクピットに機長はあなただけしかいない。代打はありません」
「でもっ、俺はこんな──」
「信頼に応えるのは容易じゃない。でもその重さがあるから応えなくてはならないとわかる。反省は後からでも出来ますが、いま回避できたのはあなたが適切だったからです」
「桂花の言う通りだぞ、アシュレイ。初めから何でも出来る奴はいない。反省と後悔は違う。自分を責めるより、正直に現実と向き合って改めていく方が誠実だ。それに・・・・・・」
 柢王は一度言葉を切ると、優しい声で続けた。
「誰もおまえ一人で完全にやれなんて言ってないんだよ、アシュレイ。旅客機は客を乗せる。空の上でのミスは他でのミスとは意味が違う。その意味で、機長の責任は確かに重いけど、それをサポートしてくれるスタッフは常にいる。空也も、CAたちも、陸にも、ティアだってそうだ。皆おまえがその責任を果たせるようにサポートしてくれてるんだぜ。アシュレイ、完璧なフライトなんてないんだ。あるのは常にベストを尽くしたフライトだけだ。確実に飛びたいのなら、自分を信じて、仲間を信じて、経験から学ぶ自分のベストを更新し続けていくしかない。それが信頼に応える唯一の道だ。桂花も、俺も、他の機長たちだってそう思ってるから飛べるんだぜ。ひとりで完璧にするんだなんて思ったら、怖くて飛べねーよ」
「──」
「大体、おまえみたいな勝気なのがしおれたりなんかするから積乱雲に突っ込んだりするんだってーの。ほら、とっとと進めて早く降りようぜ。ティアもきっと心配してるから」
「柢王・・・」
 ふいに視界が鈍くなった気がして、アシュレイは首を振った。振り向きは出来ない。でもわかってくれているとわかる。隣で空也も微笑んでいる。
 まるで子供の時みたいに一人よがりになった──そんな自分が恥ずかしくてよけいに悔しくて。でも、そのことさえ、オーケー、わかったよと受け止めてくれる仲間がいる。柢王も空也も、そして、たぶん桂花も。
 未熟でひよっこで、そんな自分に腹を立てることさえ腹だたしい。でも、そのことさえ含めて、オーライと言ってくれる相手がいる。
 だったら、きっと正解はそれを恥ずかしいとは思わないでおくことだ。受け止めてもらった自分の姿を、反省して、変えていく。その積み重ねがきっと、いい機長を作るのだろうから。
「あ、どこ行くんだ?」
 桂花がふいに立ち上がった。尋ねた柢王に、
「客席に戻ります。吾は客ですから、機長を信用して客席で着陸を待ちますよ」
 答えると、コクピットを出て行く。
 大嫌いだった奴なのに──大嫌いな落ち着き払った声なのに。泣きそうになるなんて・・・・・・。
「お、おまえは戻らないのか」
 ようやく柢王に向けて声が出せた。
 と、幼馴染の親友は、いつものあたたかい声で、
「着陸態勢まではいてやるよ。俺も客だけど──友達でもあるから」

「HAL307便、着陸を要請します」
『307便、許可します』
 管制塔のクリアランスを受けて、アシュレイは隣の空也に頷いた。ゲートウェイに到着。順番を待って、機体を下降させていく。徐々に見えてくる空港の建物。滑走路。雨はやんで滑走路が光っている。
(おまえ左足だけ強く踏む事あるから気をつけろ)
 柢王のしてくれた注意を思い出しながら、その滑走路へ向けて降りていく。滑るように機体が近づき、タイヤがトンッと触れた。空也の顔が輝く。
『ナイス・ランディング、307便。B3から出て下さい』
 管制塔の指示に従い、タクシーウェイに入る。ゴトゴトタイヤの音がして、やがて機体が駐機場にぴったりと止まった。ほっと息をつく。その耳に管制の声が入る。
『お疲れ様でした、307便。お帰りなさい──』
 見も知らない相手の声が、トラブルを知っているのだろう、あたたかくそう告げてくれるのに目頭が熱くなる。ありがとう、その言葉を言う時は、いつも本気だ。

「アシュレイっ」
 ロビーを駆けて来たティアが肩にしがみついた。
 空港では、コクピットをチェックした後、整備士たちに機体を預けてきた。黄金の翼に触れて、
「ごめんな。ありがとう」
 そう囁いた。
 そして、皆と一緒に本社のロビーに入ったとたんに、ティアやスタッフたちに取り囲まれたのだ。
「無事でよかったよ、アシュレイ!」
 涙をにじませて微笑むティアと、
「お疲れ様でした」「よくがんばったな、アシュレイ」
 微笑んでいるスタッフたち。本気で心配して、本気で安心して。誰も責めない。責めなくてもわかっていると知っているから。また視界がぼやけた。もう揺れてなどいないのに。
「申し訳ありませんでした」
 本気で、頭を下げた。後ろにいる空也、揺れが治まった後は何事もなかったようににこにこ接してくれたCAたち。ついて来てくれた柢王と桂花。みんなのサポートでいまこうしていられるのだ。
「無事で帰ってくれたらそれでいいよ。本当にみんな無事でよかった」
 ティアが瞳をこすりながら微笑を浮かべた。航務課長も微笑んで、
「まあ、説教は明日にしてやる。みんなよくがんばってくれた。お疲れさん」
「お疲れ様でした」
 CAたちがにこやかに通路を去っていく。グラインダーズも誇らしげな笑みを見せてくれた。空也も微笑んで、
「さあ、機長、手続きに行きましょう」
 柢王たちとはそこで別れた。
「んじゃ、またな」
 微笑んだ柢王に、アシュレイは振り返ったが、柢王はティアを差し、唇だけで頼むよと囁いてウィンクをよこした。桂花はすました顔のままだ。その顔に、心の中で礼を言う。助けてくれて──ありがとう。
 伝わったかどうかはわからないが、顔が赤くなった気がして、アシュレイは慌ててティアのほうを向いた。

「さ、そんじゃ俺らはうちに帰るってことで」
 スタッフたちを見送った柢王は、笑顔で言った。ティアのあの笑顔。今日は絶対にアシュレイを側から離さないだろう。心配して心配して。側にいられないからよけいにだ。当分、顔を合わせる度に、最初のフライトに同乗できなかった事を愚痴られるに決まっている。
(やれやれだよな)
 笑いながら振り向いて、柢王は眉をひそめた。
「桂花、どうした?」
 真っ青な顔でふらついている桂花の腕を掴む。と、桂花の持っていたスーツケースが手から離れて倒れる音に、周囲の人間が振り向く。
「桂花ッ、桂花! 誰かっ、救急車呼んでくれっ!」
 腕の中に倒れこんできた体を抱きとめて、柢王は叫んだ。

「ったく、脳震盪なんか我慢できるもんかぁ?」
 柢王は呆れた顔で言った。
 空港病院のベッドに寝かされた桂花は、静かな声で答えた。
「我慢はしていないですよ。社に着くまで頭痛もしませんでしたし。そんなに強くぶつけた覚えもないんですが、気が緩んだのかもしれませんね」
 桂花は、軽い脳震盪だったらしい。機内でぶつけたのが原因のようだ。検査にまわされ、脳波も異常なかったが、病院の勧めで今日は泊まることになる。柢王はつきそいを申し出たが、完全介護を理由にきっぱりと断られた。柢王的にははなはだ不満だ。
 が、それを疲れているだろう桂花に言うつもりもない。いつものように軽く笑って、
「どーせ腕に倒れてくれるならもっと色っぽいほうがよかったけどな。でもまあ、今日はゆっくり休めよ。荷物、俺の車に乗せとくから。朝、退院できるんだろ。迎えに来るよ」
「吾のことは構いませんから休んでいて下さい。明日はフライトの翌日と変わらないですよ」
「どっちみちレポートあるから早起きすんだよ。つか、You haveで甘えろよ、こんな時くらい。他にいるもんあったら持って来るけど」
「いえ、大丈夫です」
 桂花は青白かった顔色も元に戻り、クールな様子もいつも通り。ただ肩の力が抜けたのか少しやわらかな表情をしている。
「んじゃ、明日な」
 その顔をいつまでも見ていたくなりそうで、柢王は腰を上げた。ドアに手をかけた時、桂花が、
「柢王」
「ああ?」
「ありがとう」
 激変、ではないものの、浮かんだその微笑が胸を貫いて──
 眠れないこと決定の柢王は、なんと答えたかもわからないまま、よろよろと自宅に戻ったのだった。


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