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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.53 (2006/12/19 15:38) title:Colors 7 ALL RED?
Name:しおみ (181.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Weather is sometime capricious like you.

「降りますね」
 レストランの窓から、晴天の空を眺めていた桂花が呟く。口一杯に皿の上のものを頬張った柢王は、答えられないので黙って頷く。
 職業柄、気候にうるさいかれらはすでに、今日のフライトが上空で低気圧に出くわす事を承知している。予定より早い。夜なら遭遇しなかったのに。
「着陸二時間前の辺りと言うと、高気圧の圏内でしたよね」
 尋ねられた柢王は、今度はああと答えた。
「今日は積乱雲山積みだな。あの辺りだとたまに成層圏まで続いてて、そっちに気を取られてたら迂回先も積乱雲ってこともあるよ。しっかし、初めてのフライトが雷だらけってのも気の毒だよなぁ。俺なんか雷と相性がいいのか、いっつも避けて通れんのに」
 積乱雲はパイロットの『立ち入り禁止区』だ。
 高気圧と低気圧が入り乱れ、雷を包含したその雲の中にまっすぐ突っ込んだら、その機体はかなりの確率で出て来ない。感電している洗濯機で回されたティッシュペーパーのように粉々になって墜落するという話だ。命のスペアがない限り、試してみたい人もいないだろうが。
「ま、機長のお手並み拝見ってことだよな」
 気楽そうに笑った柢王も、目の奥まで笑う余裕はない。

「主任、307便、上空で前線に遭遇します」
 通信係のアランが上司にそう報告する声に、すみの机にいたティアは顔を上げた。307便はアシュレイたちが乗る機だ。
(大丈夫だよね・・・・・・)
 通信室は飛んでいる全ての自社機と交信している。ティアは決して邪魔はしないからと誓いを立てて、今日もここにいさせてもらっているのだ。大画面で雲をチェックしているスタッフに図々しく事情を確認する勇気はない。
 気圧がぶつかる範囲は前線と呼ばれ、乱気流が発生し、風圧も強く、気体が揺れる。しかもその辺りはもともと積乱雲が発生しやすい場所だ。積乱雲についてはティアも少しは知っている。パイロットなら近づきたがらない危険地帯。アシュレイだってわかっているはずだ。
(アシュレイ・・・・・・)
 ティアは、アシュレイが初フライトの時に買ってくれたブレスレットを握りしめて呟いた。
 大丈夫。アシュレイならきっとやれる。

 コクピットにいたアシュレイは、空也と空模様を見ていた。前線に遭遇する事はふたりともとっくに知っている。キャビンクルーにも伝えてあるし、必要なら退避姿勢の指示を出すとも伝えてある。適宜、雲を避け、高度を下げて航行するなどの打ち合わせももうしてある。積乱雲も、パネル全面のウェザーレーダーで確認できる。
(大丈夫だ)
 アシュレイは呟いて、離陸の準備を始めた。

 そんな機長たちの心配をよそに、307便は定刻通りに離陸した。晴天の空は穏やかでスムーズな航行が続いた。機内のサービスにも滞りがなく、アシュレイの挨拶もまあ滞りなく。油断なく全てを確認するコクピットのふたりとは裏腹、順調に帰着空港に近づいていく。

 変化があったのは、あと二時間ほどで着陸するかという頃だ。高度は三万フィート。機体は自動操縦で飛行していた。計器を見ていたアシュレイが、眉を寄せて言った。
「空也、乗務員にベルトの確認、指示してくれ。五分後にサイン出すからって」
「了解」
 空也がキャビンに指示を伝える。アシュレイは続けて、
「風が出て来た。揺れるぞ。乗客にしばらく揺れるからと伝えさせてくれ。ベルトサイン出したら、手動に切り替えて高度を下げる」
「了解しました。管制に許可を取ります」
「頼む」
 アシュレイは計器をすばやくチェックした。コンピューターパネルのなかでエアプレッシャーの値が揺れている。風も強い。操縦ホイールをしっかり掴み、流される気体を左に戻しながら少しずつ高度を落とす準備をする。
 視界には雲が幾筋も流れている。高気圧と低気圧がぶつかる前線の圏内に入ったのだ。ウェザーレーダーにも雲の様子が次々と映されている。
 CAがベルトを確認したとの報告をよこした。アシュレイは手動に切り替えると、CAたちにも早く席に着くように指示させた。右手前方に切り立った積乱雲。それは予期していた。管制の許可通り、修正した進路に進む。耳には気象情報を告げる通信。積乱雲が発生し、気流が乱れている。テキパキと判断していくのにあわせて、空也への指示も丁寧ではなくなるが、空也も必要最低限の返事しか返さず、計器を読み上げていく。
 大きな積乱雲の側を迂回して、ほっと息をつく。と、ふいに機体がぐらりと揺れた。
「やな予感が──」
 アシュレイが呟いた瞬間、
「うわぁっ」
 ドンッと大きな衝撃が来たかと思うと、ガガガカガガガッとすごい音とともに機体が激しく揺れ始めた。客席で悲鳴が上がる。視界がぶれ、計器画面が揺れて見えない。警告を告げる赤いランプがいくつも目の前に点滅する。
「キャビンに退避姿勢を命令! CAを絶対席から立たせるなっ」
「了解っ! キャビン、コクピット、空也ですっ。退避姿勢を取って下さい、CAも席を立たないようにっ!」
 空也の声を聞きながら、アシュレイは吸い込まれるように左に傾く機体を必死で立て直そうと右に操縦ホイールを切った。レバーを引いて出力を上げる。木の葉のように揺れる機体の前に稲妻が走る。巨大な白い塊が目の前に聳え立っていた。
 隠れていた積乱雲に左の羽を取られたのだ──

 その直前、キャビンでも。
「揺れてきましたね」
 桂花が瞳を細めた。柢王も窓の外を見て、
「やばいぞ、この雲──」
 いいかけた瞬間、電灯が点滅し、機体に衝撃が走った。悲鳴が上がる。足元からすくわれるような揺れに、テーブルの上の新聞や雑誌が通路に転がり落ちる。窓の外、ピシャリと稲妻が走った。
「片翼取られやがったな!」
 柢王がベルトを外して立ち上がった。とたんにぐらりと揺らいで、椅子に手をつく。エコノミーの方から鋭い悲鳴が上がった。柢王は桂花を見た。桂花も立ち上がっている。
「姿勢を低くして下さいっ」
「額に手を当て、姿勢を倒してくださいっ、ヘッダウンっ!」
 CAたちが説明した退避姿勢を取らせるために大声で叫び始める。乗客たちは従いながらも揺れるたびに悲鳴をあげる。
 体が斜めに押しつけられるような揺れに必死でバランスを取りながら、
「どこ行くんだ?」
 柢王はコクピットとは逆の方に行きかけた桂花の腕を掴んだ。桂花は振り向き、
「あなたは先にコクピットへ。吾はエンジンを見に行きます」
「おう、気をつけろよ!」
 二手に分かれて、柢王はコクピットに急いだ。とはいえ、歩こうとすると座席に突っ込みかかる揺れだ。乗客の体が伏せたまま、揺れては戻り戻っては揺れ、
「きゃあっ」
「ああっ」
「体を倒して、頭を低くして下さいっ!」
 グラインダーズがジャンプシートから叫んでいるのを横目に、這うようにしてコクピットのドアを叩いた。
「アシュレイっ」

 アシュレイは両手両足フル活用で目一杯だった。
 空也の声が切羽詰って故障個所を報告していく。
「セカンドエンジン、ファイヤ!」
「レフトウィング、スラストダウン!」
 パネルの計器の一部が赤とオレンジに激しく点滅している。非常事態だ。
 視界は白と灰色の霧のように激しく揺れ動いている。客席からCAたちの声と乗客の悲鳴が聞こえてくる。ガタガタと翼がぶれる音がコクピットまで聞こえる。
(落ち着け! 落ち着け、落ち着けっ!)
 視界を切り裂く閃光に身震いしながら、アシュレイは自分に言い聞かせた。
 高度を下げろ! だが、出力は落とすな! 自分の体を半分に引き裂かれるように、機体が雲の方に引きずられていく。左のエンジンが火を噴いて停止したので揚力が足りず、高速で飛んでいたらどんどん左に引き込まれる。だが、パワーは落とせない。機体がバランスを崩して雲の中に失速したらアウトだ!
 頭のなかを様々な情報が駆け巡る。操縦ホイールを握る手まで揺れるほど機体がガクガク上下する。アシュレイは必死で抵抗のあるホイールを切って右下へと迂回しようとした。腕が強ばり、冷や汗がどんどん流れてくるが、取り乱している暇などない!
(止まるな、絶対に止まるな、動いてくれ!)
 機体にそう話しかけながら、
「空也、エルロン切れッ」
「は、はいっ」
 尾翼の補助翼を切らせる。行けるか──まだ抵抗が強い。
「キャプテン、第二エンジン消火しましたっ」
「ラジャー! セカンドエンジン・アウト! 高度はっ」
「二万五千──下降していますっ」
 後ろの席に滑り込んだ柢王はそのやり取りを息を呑んで見つめている。
 アシュレイの両手はがっちりと操縦ホイールを掴み、肩には力が入っている。めまぐるしく動く計器を見ながらすばやく判断し、空也にオーダーする。空也もただそれに従うだけだ。
 ふたたび視界に閃光が走る。切り立った巨大な雲に柢王も眉をひそめる。まるで巨大な壁のようだ。計器はまだ赤く点滅し、柢王の膝の上の手がぶれるほど揺れている。
 雷のなか、大きな波に浚われるように揺れている機体が少しずつ右に旋回していく。
 じれったいほどゆっくりと──
 第二エンジンが止まったせいで左の出力が足りないのだ。失速を避けるにはまだまだ下降するしかない。
「高度二万二千フィートに入ります!」
「二万千、二万──」
 空也のカウントが短くなっていく。高度が下がっていく。あるいはもう下げすぎだ。
「機長、高度一万八千を切りましたっ」
 空也が悲鳴のような声を上げる。
「大丈夫だ! 落ち着けッ」
 アシュレイが叩きつけるように叫んだ時──
 ふいにふわりと機体が軽くなる。
 ランプが赤からオレンジに変わる。
 まだ揺れながらも機体が右に大きく迂回し、それに合わせてアシュレイが出力レバーを引き上げた。
「高度二万フィート、二万千──」
 機体が上昇していく。そのバランスをホイールとペダルで取りながら、アシュレイが空也に言う。
「風速は?」
「二百二十です」
「このまま持ってあがるぞ!」
「了解!」
 ゆらゆらと揺れる機体が上空を目指し始める──

 ノックの音がしてコクピットのドアが開いた。入ってきたのは髪も乱れた桂花だ。こめかみを押さえている。
「どうした」
 尋ねた柢王に、
「揺れてちょっとぶつけただけです。機長」
 後ろの席に座った桂花は、冷静な声でアシュレイの背中に話し掛けた。
「セカンドエンジン以外のエンジンには異常はないようですが、左翼にダメージはあるかもしれないですね」
 目に見えない裂傷が入っているかもしれない。アシュレイもぶっきらぼうに、
「わかってる!」
 答えた後、目を見開く。まだ雲の圏内にいるから手足も目も空いてない。振り返れないし、振り返りたくもない。でも、
「見に行ってくれたのか」
 桂花は落ち着き払った声で答えた。
「自社機ですからね。客室はCAが落ち着かせていますよ。グラインダーズ主任がいますから問題ないでしょう。怪我人もないようです」
「違いねぇ。姉ちゃんときたら俺らより度胸あるからな」
 柢王が笑う。
 ようやく視界が明るくなって雲の流れも速く、層雲の域に入ったらしい。計器のランプが緑に変わる。揺れが治まり、エンジンの音が静かに聞こえてくる。風はまだ強いが、機体に激しい損傷がなければ、まあ問題ないだろう。
 柢王が手を伸ばして空也の肩に軽く触れた。緊張のあまり前かがみになっていた空也が、はっと気づいて姿勢を起こす。
 やがて機体は安定し、ふたたび自動操縦に切り替えられたのだった──。


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