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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.50 (2006/12/16 14:58) title:COLORS 5 NEAR MISS
Name:しおみ (217.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

It makes my emotion to arouse.

「オールクリアだ。君たちはすばらしかった。今後の活躍を期待するよ」
 監査官に笑顔で言われて、にっこり微笑んだ柢王は、会社のみならず自分の面子が守られたことにも感謝した。
 ただでさえ距離を開けたがる相手に『パイロットとしてもどうだろう』と思われたらストールしそうだ。
 柢王のフライトテーマは『あなたの右エンジンが二基故障したまま着陸したら?』と『乱気流が発生したら?』の二本立て。
 答えは、残り二基の左エンジンのみでバランスを取りながら、低出力かつ失速して滑走路に突っ込まないように着陸する、と、発生を予見しすみやかに迂回、だ。言うは易し、行うは技術と冷静さと判断力と・・・・・・まあ、いつもと同じことだ。
 朝日に向かって飛ぶまばゆいフライトで、最大風速五十ノット、機体に抵抗を受けながら、ゆるやかにすみやかに乱気流を迂回、高度を下げる。雲を突っ切り、着陸の打ち合わせをして、ゲートウェイで待機。
「スタピライズド」
 計器を確認し、機体の安定性を告げる。
「ギア・ダウン、フラップチェック」
「ギア・ダウン、フラップチェック、ラジャー」
 桂花の声を聞きながらぐんっと高度を下げていくと、やがて滑走路が見えてくる。
「ミニマム!」
「ランディング!」
 向い風を受けるアプローチで、出力レバーと操縦ホイールを操る。右に傾く機体を足元で踏み込んで戻しながら、ゆっくりと3度の角度で車輪をつく。ドンっ、と軽い衝撃のある降り方で更に加速を押さえ、左エンジンのみで逆噴射し、ブレーキをかけるとすみやかに減速する。滑走路のオーバーランは常に危険だが、バランスの取りにくい機体は特に早く止めないと転倒しかねないからだ。
 このあたりはもういちいちあれこれ悩んでいるヒマはない。というより、パイロットはどんな場面でも挑む時には瞬時に図式が出来ているものだ。後はその時の状況次第。
 桂花は常に冷静だった。気を使う着陸時の荒業にも迷う気配すらない。離陸から着陸まで終始一貫すっきりとしたフライトだったのはそのおかげもあるだろう。
 やがて総評などを聞き、各社のパイロットと軽く談笑し、『また今度』と約束してわかれ、全ての手続きを終えて帰り支度をしながら、柢王は桂花に感想を聞いた。
「あなたはどこかにレーダーがついているんですね。吾の読みはよく外れましたが、楽しいフライトでしたよ」
 コメントは相変わらずクールだが、その紫の瞳に浮かぶ表情は何よりも確かな賛辞だ。
 柢王は微笑んで礼を言った。
(けど、これでこっちもオールクリア・・・・・・ってわけにはいかねぇよなぁ)
 どうやら離陸は出来たらしいが、この機長同士のフライトはどこへ行くかさえ定かではない。

「まあ、実りある研修だったってことで」
 柢王はグラスを桂花の前のグラスにぶつけて微笑んだ。
 研修終了祝いと称して食事と飲みに連れ出したのはむろん柢王だ。ホテルに戻ってから、アシュレイにも電話はしたが、明日がフライトの機長を連れまわすことはしない。激励だけだ。アシュレイもひとりでいたがった。
 と、いうことでようやく気にかけることなしに美人とふたりきり。仕事の話は食事の時で終りにして、今度こそプライベートを聞き出さねば。
「なぁ、休みの時はなにしてんだ?」
 薄暗い照明に浮かび上がるような白い髪を眺めながら尋ねる。と、
「さあ、色々ですよ。部屋を片付けたり、本を読んだり──」
「デートとか」
「それはあなたでしょう」
「やっぱ、俺のこと少しは関心持ってくれてんのか」
「吾が関心があるなしに関わらず、乗務員はあなたの話をするのが好きですよ」
 穏やかに、笑みさえたたえながら──このきれいな迷宮は出口どころか入り口さえわからせてくれる気配がない。
「言っとくけど、俺だってたまには家事とかすることもあるんだぜ?」
 半ば子供がすねたような顔でそう言うと、桂花がかすかに笑って、
「たまには、ですか」
 照明に紫色の瞳が深くきらめいて、本気で微笑む時の瞳の優しさは反則技だ。打ちのめされるが、それで油断しているうちにもうもとの笑みを浮かべている。
 この優しいつれなさが、たまらないとは自分でも呆れる。
「そ、たまには。探しもんが見つからない時とかどーしーもなく腹が減ったけど店はもう開いてない時とか」
「それは本当にたまにですね」
「あと、バスルームにカビがはえかけてる時とか着るもんがない時とか──いっっもクリーニング取りに行くの忘れてさ、向こうが痺れきらせて持って来るんだよな」
「そんなめちゃくちゃな生活をしているくせに、空の上ではよくあれだけ周到になれますね? よほどカンがいいのか、よほど極端かですか」
「責任の問題だろ。俺のうちにカビがはえても困るの俺だけだけど、仕事で俺がとちったら皆が迷惑するじゃん。それは避けたい。あ、言っとくけど、俺、合コンだって休み前しか出ねーし、一時間で帰るからなっ」
 柢王は最後の部分を力説したが、桂花は軽く無視して尋ねた。
「どうしてパイロットになったんですか」
 桂花が柢王に個人的なことを聞くのはむろん初めてだ。というよりまともに話をしてくれるのさえ。
「教えてもいいけど、何で聞くか教えてくれたらな」
 桂花の瞳を見つめる。桂花もそれを見返して、
「なんとなくそんな気になったので」
「嘘でもいいから関心があるって言ってくれてもいいんじゃないか」
「わかりました、では関心があるので」
「嘘なんだろ?」
「嘘でもいいと言ったのはあなたですよ」
 桂花は答えたが、憮然とした柢王の顔を見ると、かすかに笑みを深くして、
「わかりました、では本当に関心があるので教えてもらえますか」
「──別に隠す事じゃねーしな」
 基本的に負けるのは嫌いだが、この美人の反則技が見られるのなら負けてもいい。最後に笑ったらそれが勝者なのだから。
「うちはさ、親父も腹違いの兄貴たちもみんな航空関係でさ、親父は天界航空のパイロットやってて、まあ、ガキん時から空飛ぶのがあたりまえみたいな感じだったんだよな。それにティアやアシュレイもいたし」
「それだけですか?」
「あとは力を試したかったとか? でもパイロットってみんなそんなもんだろ。他人と競ってどうこうじゃなくて、自分自身の中で一番高いところに昇ってみたいって思ってるもんじゃないのか。すげえ上手い奴がいたら参考にするし、とちったら次はちゃんとかわそうと思うし。けど別に他人をライバル視はしねぇよな、自分でやるしかない事だし。そういう風に自分を鍛えてみたかったのかも」
「オーナーと幼馴染でなかったとしても、民間機を選びました?」
「たぶんな。あいつらなしの人生ってのも考えらんねーけど・・・・・・乗客を乗せて離陸する時って機体が一番重いだろ。重みを感じながら滑走していって宙に浮く時、いっつもすげえ嬉しいんだよな。もし小型でひとり乗りの機ならもっと軽やかに自由に飛べるんだろうけど、でも、俺は重みを背負って飛ぶ方が好きだ。重みを持ったまま加速する世界の方が好きだって思う。片手に責任を持ちながら、もう一方の手で自由を掴む事もできる。そういうことも民間のパイロットになってからわかったしな」
「そうかもしれませんね」
「おまえは何でパイロットになったんだ?」
 柢王は尋ねた。と、桂花の顔に表現できないような表情が浮かんだ。
「義理、ですかね、最初は」
「義理?」
「冥界航空に恩のある人がいて、いろいろ面倒見てもらったので、その礼がしたかったのかも」
「それでパイロット目指したって?」
「まあ、最初は。飛ぶようになって、これもいいかと思うようになりましたよ。責任がある仕事だし──吾も重みが欲しかった。自分を繋ぎとめる重みがね。それはあなたとは違いそうですけど」
「重みがないとどっか行きたくなるとか?」
「そうかもしれませんね。自由は大事ですよ。でも、本当に自由なのは自分が引き受けると決めた責任があるときでしょうけれどね」
 水割りのグラスに口をつける。柢王はその横顔を見つめた。
 短いコメントの中で想像以上の答えをくれた。だが、これは新しい迷宮の入り口だ。その胸のうち全てを聞き出せるまでどれだけこのクールな横顔を見つめる事になるのだろう。
「責任、だけか? おまえを繋ぎとめる重さって」
「いまのところそのようですよ。責任だっていつかは回避したくなるかもしれませんが」
「おまえはそんなことしないよ」
 柢王は言った。桂花が瞳だけこちらを見る。
「おまえは、逃げ出したりなんかしないよ。俺にはわかる」
 真顔で見つめる柢王と、計るように見返す桂花のまなざしが合う。
 放電しそうなその場の空気を救ったのは、桂花のジャケットの胸から響いた鈍い振動だ。
「失礼」
 桂花が断って電話に出る。
(ものすごーくいま大事なトコだったよな・・・・・・)
 柢王はがっくりとカウンターに肘をつき、桂花が話す顔を見た。
「ああ。いや、平気──本当に? わかった。じゃ、そこにいて。行くから」
 優しい声で話している桂花の表情に、むっとするのが自分でわかる。
「友達?」
 からむように言ってしまうのがみっともない。が、もうみっともなくてもいい気がする。この美人にはいつもみっともないことしか出来た試しがないのだから。
 桂花は電話をしまいながら、
「いいえ。昔からの知り合いが近くまで会いに来てくれたそうなので。話の途中ですみませんが、失礼します」
 財布を取り出し、会計を済ませる。
 柢王はすねた子供モードに入りながら、ああと答えた。
(このまま潰れてみよっかなー。どうせ明日フライトじゃないし)
 思っていると、席の間を抜ける桂花の腕が肩に触れ、
「いろいろ話してくれてありがとう」
 振り返った時にはもう桂花は出口に向けて歩いていた。
 柢王は舌打ちした。どんな顔で言ってくれたか見逃した。かくなる上はもう一度あの声の響きを聞くしかない!
「次は見てるからなっ」
 自分に誓うと、グラスを空にする。
 まずは英気を養うために、ホテルに戻って研修のレポートを書こう──


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