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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.48 (2006/12/09 16:05) title:Colors 3 TAKE OFF
Name:しおみ (209.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Everything All Right? Yes, All Green!

「よし、これで大丈夫、か」
 エンジニアたちが動き回る機体を、アシュレイは鋭い目で見ながら最後の点検をしていた。
 後数時間後にはこの機体を操って、機長最初のフライトに出るのだ。予習復習イメトレもぱっちり、体調も万全だし、シュミレーターで訓練もした。南回りは気圧の関係で積乱雲が多いところだが、気をつけていれば迂回できる。機長たちが迂回するのも見てきた。
 朝日の中で金色の機体はきらきらと輝いている。その機体の下の部分にそっと手を触れて、
「頼むぜ」
 囁く。
 と、後ろから聞きなれた声がかかった。
「機長、点検ですか」
 振り向いたアシュレイの前に空港整備士のナセルが笑顔で立っていた。
「機長の初フライト、楽しみにしてますよ」
 額に汗した整備士ににっこり微笑まれて、アシュレイは顔を赤くした。昔馴染みの整備士に機長と呼ばれるのは面映い。それもあってぶっきらぼうに、
「なんだよ、楽しみって。俺は仕事するんだぞ」
「いやあ。アシュレイ機長だとなんか面白い事がありそうなんで。ま、念入りにチェックしましたから、大事に連れてってやって下さいね、機長」
 食えない整備士はそう笑う。
「あったりまえだろっ」
 アシュレイは答えたが、軽いやりとりが緊張をほぐしてくれる。相手もそれがわかっているのか、
「よい旅を」
 Good Luckと微笑んで背を向けた。背中に目がないとわかっているアシュレイの頬に、ようやく小さな笑みが浮かぶ。

 コクピットで副操縦士の空也と一緒になった。同乗は初めてでもこの前まで同じ立場の同僚だった。挨拶をして、コクピットを点検する。百項目以上のチェックリストも確認し、キャビンスタッフとのミーティング。時間はどんどん過ぎていく。

「HAL703便、A空港までの航行を要請します」
『HAL703便、許可します』
 管制塔のクリアランスが終り、アシュレイはエンジンを作動させた。低いうねりのような振動がする。
(よし、行こう)
 自分と機体に言い聞かせ、右隣の空也に頷くと、計器を確認。ゆっくりパワーレバーを押し、ラダーペダルを踏んだ。機体がタクシーウェイを動き出す。離陸前のチェック項目を確認する声だけがする。
 離陸のクリアランス。滑走路を前にし、加速をはじめる。足元でバランスを取りながら、スラストレバーを引き、操縦ホイールを操る。タイヤがゴトゴト音を立て、速度がV1を超えた。
 もう、飛ぶしかない──

 ビジネスシートにもたれた柢王は、ようやく詰めていた息を吐き出した。
 パイロットになって何が困るといって、自分がシップにいる時でも無意識に他人の操縦を査定してしまう事だ。車好きが他人の車に乗る時と同じだろう。離着陸は機長が一番神経を使う時間だ。親友の初フライトに思わぬ力が入ったか、自分がテイク・オフしたかのように疲れを感じた。
 が、離陸の出来はほぼ上等。加速の仕方も悪くない。
(ま、もともと技術はうまいからな)
 感情的にならなければ、アシュレイは素質のいいパイロットだ。トラブルが起きなければ問題なく着陸するだろう。
 腕は知っているし、隣で操縦を任せた事もあるのだが、気になるものはなるのだから仕方ない。
 やがて機体が翼のぶれもなく上昇していくのを機に、柢王はもうひとりの気になる人物に目を向けた。

 込み合った機内、隣のシートに腰掛けた桂花は『エアマンの諸注意』最新版に目を通している。
 ようやく昨日連絡が取れて、迎えに行こうかとの問いにも『ラウンジで会いましょう』とさらりかわしてくれた機長は、今日は白っぽいスーツ姿でいつもより少し優しく見える。柢王は足の先まで黒尽くめで、並ぶ二人はさながらチェスボードかチェッカーフラッグ。いつ勝負が始まってもおかしくない微弱電流は健在だ。
「離陸ん時に近くを凝視してると三半規管が狂って酔うって聞いたぞ」
 いまさらながらにそう言うと、紫色した瞳がわずかにこちらを向いて、
「振動が激しい場合にはでしょう。いまのは悪くなかったですよ」
 無意識にチェックしていても顔には出さないらしく冷静だ。
 柢王がそれに口を開くより早く、
「柢王機長、桂花機長、ようこそ」
 CAが二人の席の側で足を止めた。燃えるような赤い髪、くっきりしたこの美女はアシュレイの姉、グラインダーズだ。男嫌いで、並みの機長より肝の据わった主任CA。
 子供の頃からあれやこれや知られているその才媛に、
「乗っていらしたんですね。あなたがいらしたらアシュレイも安心するでしょう」
 社交辞令だけでなく誉めてみたが、敵はにっこりとぴっしりと、
「機長の事はいつでも信用していますのよ。ご用がありましたらお呼びください」
「こえーなー・・・」
 柢王は、去って行く背中に呟いたが、再び紙面に顔を落としている桂花を見ると唇を歪めた。
「なあ、勉強はいいが、せっかく四日も一緒にいるんだし、口きいてくれても損はしないぞ」
「吾が相手をしなくてもCAたちが話し相手になってくれそうですが」
「あれは俺じゃなくておまえ目当て。さっきおまえのサービス誰がいくかキャビンで揉めてるの聞いたから」
 柢王は、行き交いながらちらちらとこちらに視線を向けるCAたちに、にっこり微笑むと、手を伸ばして桂花のマニュアルをテーブルに伏せた。ようやく桂花がこちらを向く。
「気が立っているんですか」
「いーや。天気もいいしパイロットは親友だしCAは美人だし、何の不満もないよ。隣の美人が相手をしてくれたらな」
 からむようににじり寄ると、隣の美人はいつもの笑みを見せて答えた。
「楽しみにしてきましたよ、あなたの、フライトを」
 フライトだけかよ──例のごとくクールな答えに、
「俺も楽しみにしてきたよ。おまえとの、絡みを」
 負けず嫌いの笑みを浮かべた柢王は、いつの電流がビリビリ放電するのに気もとめてない。

「誰かが電波出してんな」
 乱れている計器の針に目をやって、アシュレイは眉をしかめて舌打ちした。トリムが安定してきたからそろそろ自動操縦にしようかというころあいだ。視界は良好、薄い雲が流れる他はまばゆい快晴だ。
「空也、CA呼んで、誰か携帯電話使ってないか確認してもらってくれ」
 隣の空也は、はいと答えて、キャビンに電話をした。やって来たCAに、指示を伝えて帰らせると微笑んだ。
「いいテイク・オフでしたね、機長」
 離着陸はパイロットの戦場だ。禁止命令がなくても私語などしているひまはない。機体が安定してようやく息をついたアシュレイも空也に向けて笑顔を見せた。
「おまえが的確に動いてくれたからだ。やりやすかった、サンキュ」
 機長は手足ともに目いっぱいだから、残りの操作は機長のオーダーで副操縦士がすることになる。間合いが合うと絶妙だが、合わないと最悪だ。まあそこまで合わないこともまたないが。
「機長の指示がよかったからですよ。やっぱり空の上では冷静ですね」
「頭に血が上ったら操縦できねーだろ」
 さんざん言われた言葉を言ってみる。おかげで空の上では何とかいつも冷静でいられるようになったのだが。
 CAが戻ってきて、やはり使っていらっしゃいましたと告げた。計器の針は安定した。
「機長、そろそろ挨拶ですね。楽しみにしています」
 去り際そう言って笑ったCAに自動操縦に切り替えたアシュレイの顔が強張る。用意万端のこのフライトだが、挨拶だけは何度練習してもかみかみで本当に嫌だった。でもしないわけにはいかない。
 CAのコメントが終ると、アシュレイは息を吸ってマイクを入れた。
『HAL703便にご搭乗の皆様、誠にありがとうございます。機長のアシュレイ・ロー・ラ・ダイです。当機は目的地A空港まで七時間二十分ののフライトを予定しております。どうぞおくろぎになって空の旅をお楽しみください』
 スイッチを切って大きく息をつく。隣の空也が笑って、
「機長、大丈夫でしたよ」
「あー、くそっねこんなん喋らなくたっていーじゃんかっ」
 アシュレイは罵った。喋るだけで喉がからからだ。

 食事も終って機内はくつろいだ空気が流れている。窓の外は快晴、揺れのない安定したフライトだ。
 柢王は、CAがこっそり持ってきてくれたFクラスのシャンパンを飲みながら、桂花の方に視線を向けた。柢王の機内食はいつも通り肉だったが、桂花はベジタリアンミールだった。飲み物は水。
「あんなの飯食ったうちに入るのか」
 尋ねた柢王に向けた視線が冷たく思えるのは、離陸前に誘ったレストランでステーキ二人前平らげたのを知られているからだろう。
「この前、ティアとアシュレイと飯食ったら、三人で十五人前焼肉食ってたらしいよ」
 からから笑う柢王に、桂花は黙って目を伏せかけたが、
「そういえば、空港でオーナーを見ました」
「ああ、あれだろ。管制塔が立ち入り断ってきたから、見送りだろ。つか、遅いって。おまえが見る時間なら、機長は機内だろうに」
「いえ、見たのは滑走路上です」
「まじでっ?」
「止めようがなかったので止めませんでしたが」
「いーよ止めなくて。どうせとまらねーから。あいつ子供ん時からアシュレイのことには敏感だからなぁ。ステイ先にまで電話してんのにまだ心配するかって感じだよなぁ」
 柢王は頭をがりがり掻いた。桂花がかすかに面白そうな顔をする。
「心配性なんですか」
「アシュレイのことに関してだけな。ティアにとってアシュレイはずっとアイドルだから」
 柢王は子供の頃の話をいくつか聞かせた。アシュレイが子供らしからぬ生活を送っていたティアを喜ばせるためにした小さな冒険。ティアがどんなにその親友を好きで誇らしく思っているのかを。桂花はそれを黙って聞いていたが、話が終ると、ふ、と微笑んで、
「私のものだ、私のものだ──ですね」
「なんだ、それ」
「テニスンですよ。・・・まだ、話し足りないんですか」
 桂花は取り上げようとしたマニュアルを押さえた柢王の顔を見た。
「おまえから話してくれたら解放する」
 挑むように見つめる柢王に、クールな機長は微笑んで、
「では、南洋上の高気圧圏内で右手前方に積乱雲、左手前方に乱気流がある場合、あなたの取る航路はどうですか」
「テストかよ」
 柢王は突っ込んだが、すぐにいくつか適切な質問をしてさっさと答えた。
「じゃ、燃料がぎりぎりの混み合ったS空港上空で車輪が降りなくなったらどうする?」
 全く意図に反した色っぽくない会話なのだが──
 すぐに的確な質問と答えを返す相手に刺激され、次から次へと問いを投げ合うふたりの様子は、チェスボードのようだけに丁丁発止。機長VS機長の対決は、尽きることなく延々続いた。

 そんなふたりを載せた機体は、やがて機長アシュレイの的確な判断の元、ナイス・ランディングで定刻通りに空港に到着したのだった。


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