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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.47 (2006/12/07 12:26) title:Colors 2 STAND BY in BLUE
Name:しおみ (201.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)

Let's go to your dream!

 真っ青な空がどこまでも広がっている。ゴオオオと低い音を立て、重い機体が舞い上がっていく。
 展望台からその様を眺めながら、アシュレイはため息をついた。
 フライトならもう何度も経験がある。どころか、三千時間超は機長になる条件の一つだ。
 テイク・オフの瞬間の、車輪が滑走路を離れる時のあの高揚に似た胸の高鳴り。ふわり浮いて上昇していく時の、やったと叫びたいような爽快感ははじめてコクピットに乗った時から何も変わらない。
 なのに、どうしていま、それが不安に思えるなど──
 社内で一番若い機長。だが、他人の評価などどうでもいい。問題は、その責任の重さだ。
 乗客を乗せ、目的地に辿り着くまで自分の責任であの重い機体を操縦するのだ。過ちは即座に事故に連結しかねない、その責任の重さが胸を締めつける。
「っ、なんでだよ、ようやく夢がかなったのに」
 アシュレイは唇をかみしめた。
 焔のようなストロベリーブロンドにキラキラ輝く勝気なルビー色の瞳。年若いこのコー・パイロットはあと十日ほどで機長になる。
 それはかれが、子供の時に大好きな親友に誓った大切な夢がかなう目前だった。
『大きくなったら、俺がおまえを乗せて飛んでやるから』

 子供の頃のティアは、学校が終ると家で経営の勉強をさせられていた。当然の英才教育ではあったろうが、親友のアシュレイや柢王が泥だらけで外で遊んでいてもティアは勉強だ。
 アシュレイはそんなティアを不憫に思って、柢王共々よく誘いに行ったものだ。
『ホール遊び? お怪我なさったらどうするんです』
『木登りっ。論外ですっ!』
 明らかにそれ目的の時には家政婦に追い返されたが、そうでないときにはまあまあ歓迎された。が、機長の息子とオーナーの跡取、周囲が気を使って気ままには遊ばせてもらえなかった事も多い。
 幸い、先代のオーナーという人は寛大だったようで、ティアがアシュレイや柢王とひそかに寄り道したり、こっそり飛行機を見に行ったりする程度の道草は『あの子にも信頼できる友達がいることは大事だから』と大目に見てくれていたらしい。
 が、そこで調子に乗ったのが悪かった。

 あれはアシュレイが十歳の時の事だ。
 一週間、学校からまっすぐ家に帰っていたティアに、どうしても最新の航空図鑑が見せたかったアシュレイは、ティアの家に訪ねていった。
 玄関先で断られ、それで帰ればよかったのに、こっそり中庭に忍び込むと、ティアの部屋の前にある木に昇ってテラスから声をかけたのだ。
 が、その瞬間、ドアからお茶を持って入ってきた家政婦に見つかった。慌てて逃げようとしたアシュレイは、足を滑らして転落。気絶した。
 目を覚ますと病院で、心配と怒りで真赤になった父親にこっぴどく叱られた。
『アシュレイ、若様は将来会社を継がれる大事な方だ、その方の勉強を邪魔するのは、若様の将来を邪魔するのと同じことだっ!』
 幸いかすり傷しか負わなかったアシュレイは憤然と言い返した。
『子供の時に遊ばなかったら、ティアはずっと遊べないじゃないか。そんな先のことなんか知るかよっ』
 とたんにびったんと張り倒され、強く響く声でこう言われた。
『そんなことが言えるのはおまえが責任を持っていないからだ。世の中には生まれた時から負うべき責任をもっている人がいる。その重みがわかっていたら、おまえはこそこそと会いになど行かなかったはずだぞっ。おまえがテラスから落ちて、若様がどんなに驚かれたと思う? 家政婦も心配していた。若様を友達だと思うなら、若様の心を痛めるようなことなどするな!』

 その言葉は胸に応えた。
 悔しくて──いや、十の子供にそんな責任云々言われても困るがそうでなく、自分のしたことで大事な人を傷つけてしまったのがくやしくて。
 それに、ティアはアシュレイたちと遊ぶのを心から楽しんでくれていたが、だからといって勉強を投げ出したことはなかった。それは、ティアにとってはたぶん大事なものだからだ。
『・・・ティアに謝って来る』
 俯きながら、そう言ったアシュレイを父親は黙ってティアの家まで連れて行ってくれた。

 玄関先で家政婦がエプロンに顔をうずめて『よかったです』と言ってくれた時も胸が痛んだ。木に登ったこと自体は子供らしい一途さといえなくもないが、そうして過ちを咎めることなく許されるのは、やはりこちらが何もわかってない子供だからだ。
 小さい時から負けず嫌いでごめんなさいを言えないアシュレイが、その時は本心からごめんなさいと言った。
 居間に出て来たティアも、泣き出しそうな顔でアシュレイに抱きついて、
『ごめんね、アシュレイ! 私が止めてたらあんなこと──』
『ティアのせいじゃない。俺が悪かったんだ。今度からはちゃんと玄関から来る。おまえが勉強してたら邪魔はしないから、ごめん、ティア』
『アシュレイ!』
 その後、ふたりで庭に出てもいいといわれて、ティアの部屋の前にある木のところまで言った。青々と葉を茂らせた大木に、ティアがまぶしそうな目を注いで言った。
『こんな大きな木に登るなんて、アシュレイはすごいね。私には無理だよ。勇気があるなぁ』
『俺はおまえの顔が見たかったんだ。ティア、おまえ、勉強好きなのか』
 尋ねると、ティアは困った顔をして、
『好きかって言われると・・・・・・でもね、飛行機が飛ぶのを見るのは好きだよ。君や柢王のお父さんが乗っている飛行機を見るのはとてもわくわくするんだ。私は大きくなっても飛行機を操縦する事はないと思うけど、でも、あの大きな金色の翼の飛行機に乗って色々なところに行けたらすごく嬉しいと思う。だからそのために勉強しようと思うんだ』
『飛行機に乗るために?』
『うん。自分の会社の飛行機に乗るために』
『じゃあ、もし俺が親父みたいなパイロットになったら、俺の飛行機に乗ってくれるか』
 アシュレイは尋ねた。ティアが瞳を見開く。頬にいままで見たことのない笑みが浮かんだ。
『うん! 君が操縦する飛行機なら絶対に乗りたい!』
『じゃあ、約束だ。大きくなったら、俺がおまえを乗せて飛んでやるから』
『約束だよ!』

「あれが転機だよな」
 記憶からいまに心を引き戻して、アシュレイは呟いた。
 もともと父親のようにパイロットになるという夢はあった。柢王もそのつもりだったし、アシュレイも黄金の翼を広げて空へ向かう飛行機を見るたびに、そここそが自分の居場所のように思ってきたのだ。
 が、その日からはそれはティアの夢にもなった。
 だから勉強もした。たまには柢王と三人、ティアの家でも。柢王が学校に行くとふたりで。その頃にはアシュレイは出入り自由になっていた。こまめに連絡をくれる柢王とも絆を保ったまま、やがてティアは経営を、アシュレイは飛行を学ぶために学校に入り──。
 やがて柢王の後を追うように天界航空に入った。父親はもう引退していたが、憧れの現場で毎日大好きな飛行機とともに過ごした。
 パイロットというのは派手に見えて、地味で忍耐強い仕事だ。
 誰より早くコクピットに入り、ずっとコクピットにいて、皆が降りた最後に降りる。その間はずっと神経を使っている。
 搭乗する機体や路線が変わるたびに訓練と試験がある。査定試験もあり、健康診断もある。どれかひとつでも落ちると飛べない。会議もあり、機長ともなれば変更の多い諸事情を把握しながら飛行経路を確認する作業もあるから休みも休みでない事もある。
 フライトに関しては出たこと勝負は通用しない。予習復習イメトレの上に実際のフライトは成り立っているのだ。空の上は常に渋滞、判断ミスが大事故を引き起こす可能性は常にある。
 いままでは機長任せにしていた諸手続きを進めながら、アシュレイはそのプレッシャーを感じ始めていた。
 むろん、飛行機は大勢の力があって飛ぶものだ。
 それでも、空の上で決断が下せるのは自分だけなのだ。
 おかしなものだと自分で思う。初めてひとりで機体を動かした時でもアシュレイはこわいとは思わなかったのだ。自分が翼を持っているような自由さとスピードに感動したほどだった。
 パイロットにも他のこと同様にカンのよしあしはある。その意味ではアシュレイはとてもカンがよかった。それにパイロットはいわゆるセンスのある人がセンスにおぼれて努力しなくなる事は少ない職業環境だ。
 が、それが全てではない。経験は何よりの宝だ。それに冷静さ──学校でも訓練中にも何度も『おまえはもっと全体を見ろ』とか『感情的になるな』とか叱られた──正確さ、判断の早さ、こだわらなさ。
 そして、何より自分が乗客を乗せて飛んでいるのだという自覚だ。
旅客機は客を乗せるのだ。自分だけが満足しても意味がない。パイロットが空を飛べるのはあたりまえ。要はいかに快適で安全な空の旅を与えられるかなのだ。
 二年違うだけの柢王を見ていてもその差がわかる。柢王もカンのいい男で、どこかにセンサーでもついているようにどんな状況でもぴたりと決めて迷わない。ふだんは陽気でどちらかと言えば大雑把な性格なのに、空の上では落ち着き払っていて冷静だ。
 アシュレイにしても慌てふためきはしないが、それだけ落ち着いていられるかは自信がない。経験、あるいは物事の捉え方。どちらにしろ、これから学ぶべきことだ。
「ここがスタートなんだからな」
 アシュレイは自分に言い聞かせた。
 初めてのフライトが緊張するのは当然なのだ。機長の重みを感じなければ、責任の重みもまたないがしろにするだろう。
 最初の便にティアは乗ることはできないが、たまたま研修に行く柢王と桂花が日程の関係で往復乗ることになった。
「柢王はいいけど、なんであんな奴が」
 初めて会った時から嫌いだった桂花の顔を思い出して嫌な顔をしたが、すぐに思い返して首を振った。
「あいつなんか関係ない。俺は機長としての責任をもって仕事するだけだからな」
 そう、誰が乗るかは関係ない。自分は自分の役割を果たすだけだ。
 機長の試験に受かった時に、あんなに喜んでくれたティアのために。
『夢がかなったんだね、アシュレイ!』
 目に涙を浮かべて抱きしめてくれたティアのために。
「よし、負けないぞっ」
 アシュレイは空に向かって宣言すると、展望台を後にしたのだった──。
 


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