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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.42 (2006/11/17 14:00) title:店主等物語3 〜レッツ バスタイム!〜 (前)
Name:モリヤマ (i220-221-230-83.s02.a018.ap.plala.or.jp)

 商店街には湯屋がある。
 事故で亡くしたカルミアの母を唯一最愛の妻として再婚はせず、一粒種の息子を溺愛する水帝洪瀏王の経営する『水晶宮』がそれだ。
 だが、甘やかすばかりでは将来『水晶宮』の立派な跡取りにはなれない。
 水帝は心を鬼にして番頭トロイゼンに息子の教育を任せ、自身は商店街壮年部の熟年ツアーに出かけることにした。
 カルミアには、『水晶宮』のためしばらく各地温泉旅館の水質・効能・サービス等々のリサーチの旅に出るが、留守の間、番頭トロイゼンにならい『水晶宮』の跡継ぎとしてこの湯屋を守るのだ、と言い置いて。
 
 
「ぼっちゃん、お願いね」
「坊ちゃん、お手伝い偉いねぇ」
「髪も洗うから宜しくー」
「サウナ、使わしてもらうよ〜」
 近所のおじさん、おばさんたちが、一声かけて小銭を置いて中へと入ってく行く。
(洗髪は追加金…………サウナも追加料金………)
 番台の少年は、少々ふてくされた様子でぶつぶつ料金を計算しながら、それらを受け取り銭箱へとしまった。
「坊ちゃん、もっと愛想よく」
 番台は、湯銭の受け取りはもちろん、脱衣所の見張りも兼ねているため、大人でも見上げる高さにしつらえてある。その男湯側の番台横に立った筋骨隆々の堂々たる体躯が、番台に座るカルミアを見下ろしてピシャリと言った。
 およそ「愛想」などという言葉とは縁遠い厳つい顔に、頭髪を短く刈り上げ、頭に布を巻いている。この布は風呂焚きの際、滝のように流れ落ちる汗を食い止めるためにするもので、『水晶宮』に働く者の必需品。
 水帝の信頼も厚い番頭トロイゼンは、水汲み・風呂焚き・風呂掃除は言うに及ばず、薪を割らせたらこの業界で右に出る者はいないと言われるほどの、たたき上げの湯屋人(造語)だった。だが、
(さっきなんか湯船にアヒルとか戦艦とか浮かべて遊ぶ子供とかいるしさっ…)
 トロイゼンの言葉も、過保護に育てられ、まだまだ幼さの残るカルミアにはうるさいだけだ。アシュレイが聞いたら「子供が『子供』とか言うな、クソガキ!」と突っ込まれそうな愚痴を心でこぼしている。
 仕事でしばらく出かけることになった父親の言葉に最初は張り切って店の番台に上ったカルミアだったが、番頭トロイゼンの細かい指摘に加えて厭きも来て、少々うんざりしていた。
「だって」
「だって、ではありません。坊ちゃんも、お風呂はお好きでしょう」
「……」
「ここに来てくださるお客様方も同じ、お風呂が大好きで、『水晶宮』が大好きな方達ばかりです。…お分かりになりますね?」
「…うん」
「だったら、もっと愛想よく。代金の計算はちょっとくらい時間がかかろうとそれで腹を立てて帰ってしまわれる客などおりません」
「………」
「気持ちよくお風呂に入って気持ちよく帰っていただきたいと思いませんか」
「そうですね。さすがはトロイゼン殿」
「これは…守天殿」
 『水晶宮』には外気を防ぐための外扉がある。次に内扉があり、その奥に男湯と女湯、それぞれの入り口が暖簾で明示されている。
 入り口の暖簾をくぐり、二人の前に現れたのは『天主塔ベッド』のうら若き店主、ティアランディアだった。
「兄様っ…ど、どうしたんですかっ?」
 守天を見て、今までのふくれっつらはどこへやらのカルミアが、驚きながらも頬を紅潮させて尋ねる。
 『水晶宮』の常連客には、家に風呂がない者だけでなく、あっても、大きな湯船にたっぷり浸かりたくて訪れる者も多い。
 しかも、壁の白虎を象った湯口から絶え間なく湧き出る『水晶宮』の目玉『洪洒の湯』は、エメラルドグリーンと淡いピンクを交ぜたような不思議な七色をしていて、見て楽しく、入れば身体の芯まで温かく、なぜか香りは甘やかでもあり爽やかだ。昔から自然と『水晶宮』の地下に集まる清浄な水を汲み上げて焚き、そこへ『水晶宮』一子相伝、門外不出の奇蹟の入浴剤とまで言われる『洪洒』を使っているからで、特に美肌効果に優れており、常連客の肌は老若男女問わずツルピカで美しい。
 だが『水晶宮』ほどではないにしろ、『天主塔ベッド』内の二十人は一度に入れようかという大きな湯殿のことは、ご近所では有名な話だ。前(さき)の守天の代に大理石で作られた立派なそれは、決して『天主塔ベッド』で働く者達の大人数用ではなく、守天のためだけに作られたプライベート浴場だ。
 また、守天の名を継ぐ者はなぜか代々美しい。生まれついてのこともあるだろうが、昔は寝具業とともに化粧品店も経営していたという『天主塔』秘蔵の『聖水美容液』『守護膜パック』のおかげもあるらしいと巷ではまことしやかに囁かれている。
 ゆえに、守天が「大きい湯船に浸かりたい」とか「美肌になりたい(?)」とかいう理由で『水晶宮』へ来るわけがない…はずなのだ。そんな見るからに着替えやタオル等が入ったと見られる風呂敷包みを持ったいでたちでは……。
「それがね…」
 守天は苦笑しながら答えた。
「うち、ボイラーが故障しちゃって…。すぐに修理には来てくれるみたいなんだけど、せっかくだし一度湯屋に行ってみたいなと思って」
「それはそれは」
 やり手の番頭トロイゼンに、理由はいらない。ただ『水晶宮』に来てくれればいい。
 トロイゼンは厳つい笑顔と揉み手で守天を歓迎した。
「そんなわけで、初めてなんだけど…えっと…前金制?」
「ええ。お待ちくだされ。…坊ちゃん。坊ちゃんから、ちゃんとご説明して差し上げて」
「……に、に、にいさま。こっ、ここでっ、はははは入るのですかっ!?」
「え、うん。入らせてもらいたいんだけど。…もしかして、予約制だった?」
「いえ、そんなことは。坊っちゃん!」
 先を促そうと次代の店主に目を向け、番頭は一瞬引いた。『水晶宮』の目玉である『洪洒の湯』と同じ、エメラルドグリーンと淡いピンクを交ぜたような不思議な七色の目を、パッキリ見開いたまま固まっているカルミアにやっとこさ気づいたのだ。
「坊ちゃんっ!?」
(……に、兄様がっ、うううう、うちのお風呂に…っ)
 兄様が風呂に入る、ということは、脱ぐってことで―――
 兄様が脱ぐ、ということは、全裸になるってことで―――
 しかも湯屋で……ということは、他のお客さんも、近所のおじさんもお爺さんもお兄さんも、子供までもが、兄様の肌を兄様の全てを見るという………
「………そんなの許されませんっっ!!」
「ぼ、坊ちゃん…?」
 いつもはおとなしめなカルミアの突然の大声に、トロイゼンも守天も驚く。
「トロイゼン!!」
「は、はい!?」
「店閉めてっ」
「は、はっ!?」
「……カルミア?」
「心配しないで、兄様っっ!! 兄様(の肌)は僕が守ります!!」
「……まもる?」
 そうして、カルミアの剣幕と我侭におされた番頭以下が平謝りに謝り頭を下げまくって、湯に浸かっていた客、身体や髪を洗っていた客、サウナで我慢大会していた客、すべての客に、『水晶宮』からお引取り願い、締め切られた外扉には『本日閉店』の札が下げられた。
 
 
 
 
 


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