投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
ティアがにこにこと上機嫌で笑っている。
「袖はこうして肩口と手首だけ縫ってくれるかな。こう、ドレープをたっぷり取って、腕が全部見えるように」
「かしこまりましてございます」
「それからもう一着は刺繍を、・・・そうだね、蝶が飛んでいると素敵かな。桂花の刺青に映えるよう。――桂花、ちょっと脱いでくれる?」
「――あの」
懇意の仕立て屋と使い女達に囲まれているティアは、目の前に広げられた無数の布の光沢に照らされてきらきらと輝いていた。
「上半身だけでいいから。後ろ向いて、髪を上げてくれる?」
他人がいるところでは反論の言葉も思うに任せぬ桂花は、使い女達の熱すぎる期待の眼差しにおののきつつ、服の留め具に手をかけた。
「そのままそこに立ってて。すぐに写してしまうから」
桂花がそのとおりに背を露わにすると、しなやかな肩から腕への線、細い首筋から腰までが剥き出しになった。
ティアはデザイン用の画用紙に鉛筆を滑らせる。天界最高の貴人は、あらゆる芸術に造詣が深く、たしなみもあるのだった。
(使い女の視線が痛い・・・)
突き刺さるようなそれ――敵意ではなく、むしろ熱心すぎるそれに桂花はひたすら耐えた。
(これを柢王が知ったら、なんて言うだろうな)
最後にティアは、桂花の両腕の刺青を写し取った。
「そこの透ける、そうそれ。それを袖と背中にして、桂花の刺青に蝶が飛んでいるように刺繍してほしいんだ。金や銀の粉も散らしてみるといいかも」
「黒とは、桂花様のお召し物にしてはお珍しいですね。でもお似合いだと思います」
「桂花は白い服が多いからね。とても似合っているけど、たまには別の色もいいと思うんだ」
「さすが若様、センスが良いですわ」
ティアが仕立て屋や使い女たちと話す声を聞きながら、諦め顔の桂花は素早く服を着た。
(お触りがないだけましと思うべきなんだろうか・・・)
さすがにそんなことをされたら、ここを文字通り飛び出して東領のあの小さな安らげる家に帰る衝動が抑えられなくなってしまうところだった。
「あ、それで、最後の一着なんだけど」
「まだあ・・・!」
桂花は危うく叫びかける。
「・・・あの、守天殿。もうこんなにたくさん作っていただきましたから、これ以上は申し訳ないです・・・」
「気にしないで。桂花にはいつもお世話になっているんだから、ほんのお礼の気持ちだよ。ね、あと一着だけ」
感謝されるのは嬉しい。だが・・・これがお礼? お礼になっているんですか、守天殿? ご自分の楽しみのためなのでは?
そんな桂花の内心の声とは裏腹に、話は勝手に進んでいる。
「最後のはやっぱり白で行こう。襟は高くして、固めの感じで。それだけだと面白くないから、こう、前合わせをね・・・」
「まあ!」
「若様ったら! さすがですわ!」
どんなデザイン画を描いたのか、もう追求する気力が桂花にはなかった。
「上着の丈はこれくらいで、ベルトは低めの位置にしてみようか。そうすると、ちょっと色っぽい雰囲気が出ると思うんだ。それでいい? 桂花」
「なんでも結構です・・・」
守天相手に色気を出す予定は桂花にはない。もう反論する気力がないのと同じくらい確かなことだった。
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