投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
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「麒麟・・・」
呪縛がとけた冰玉がヘタリと腰を落としたままつぶやいたのを耳にし、氷暉も復唱するかのようにつぶやく。
「麒麟・・・?」
顔色を失った氷暉の声に
「脅えなくていい。私はアシュレイが悲しむことはしない」
麒麟はこちらを見もせずに言い捨てる。
「・・・脅え、だと?」
奥歯をかみしめた氷暉を無視し、彼はアシュレイの足元に腰を下ろした。
「アシュレイ、大丈夫?私だよ、孔明だよ」
「そいつに触るな」
アシュレイの髪に触れた孔明を、思わず制してしまった氷暉。
「私はこの子が幼い頃からの友人だ。おまえに指図される謂れはない」
深海のような底の知れぬ瞳で氷暉を見返すと、アシュレイをひょいと抱き上げ、長椅子に座らせた。
頼みもしないのに、桂花のことも同じように運ぶ孔明。その間、冰玉はハラハラしっぱなしだった。麒麟がどんなにおそろしい生き物か。それも桂花から嫌と言うほど聞かされていた。
いくらあの麒麟が、じぶん達を見過ごすと言っても、過信してはいけないと。
「何があったか分かるか?」
孔明の問いに首を振る冰玉と、黙したままの氷暉。
「これは・・」
孔明が落ちていた紙切れを拾い、つなぎ合わせたところで「なるほど」とつぶやいた。
「正確には分からないが、それほど面倒なことでもなさそうだな」
アシュレイを座らせた長椅子の中心に腰をかけ、赤い髪を自分のほうへ寄せる。
その様子を、不服そうな顔で見つめる氷暉はやっと立ち上がることができたようだ。
冰玉は、なるべく孔明から距離を置きながら、桂花の元へと移動した。
「桂花・・・大丈夫かな」
白いなめらかな髪をなでながら、孔明にそれとなく問うてみる。
「何事もないだろう。ちょっとした実験に巻き込まれたようだ」
「実験?誰の仕業さ!承知しないよ、こんな風に桂花を眠らせるなんて」
「おまえの、質の悪いイタズラに比べたらかわいいものさ」
鼻で笑われて、冰玉はムッとした。
なぜ知っているのだろう?アシュレイが告げ口したのだろうか。
「告げ口するなんて、男らしくない奴」
ボソッと口にすると、孔明が冰玉を見た。その瞳には、龍鳥の冰玉が映っている。
「アシュレイがそんなことをするか。ティアランディアとアシュレイが、おまえの身を心配して話していたのをたまたま聞いただけだ」
「僕の心配?」
「おまえ、この天主塔で自由に暮らせるのは誰のおかげか分かっているのか。私達には、なわばりというものがあるだろう。それを無視して自由奔放に生活できるのは何故か考えたことがあるか」
ないわけではない。でも、そんな なわばり は、冰玉の力があれば簡単に奪えるものだった。だから、端から争わずに譲られているものだと、思っていた。
「確かにおまえとこのあたりの野生動物とでは、力の差は歴然としている。だが、もしお前が なわばり争いで他のものを傷つけたりしてみろ、お前の主はアシュレイに頭を下げここから出て行くことになるだろう」
「なんでさ!なんで桂花がアシュレイなんかに頭を下げなくちゃいけなくなるの?強いものが力で奪い取ったって、それは自然のことじゃないか!僕らはそうやって、生きていくんだから!」
「外では、な。でも、ここは天主塔だ。それを忘れてはいけない」
あ・・・・と冰玉が口をつぐむ。
「アシュレイはそれが分かっているから、おまえを大目に見てやってくれと頭を下げて頼んだ。『動物相手に』だ」
桂花が、自分のせいでアシュレイに頭を下げるだなんて、絶対に嫌だ。
アシュレイだけじゃない。優秀な桂花が頭を下げるなんてあってはいけないことだと思う。
でも・・・・・。
アシュレイは自分のために。自分の主の桂花のために。魔界で共生を終え帰ってくる柢王のために頭を下げてくれた・・・動物相手に・・。
「い、いいんだ、だってアシュレイは桂花みたいに優秀じゃないもの」
目を逸らしながら冰玉が言うと、それまで黙っていた氷暉が口を開く。
「俺は違う。他の動物なんかと一緒に考えるな。アシュレイが頼もうが喚こうが泣こうが、関係ない。気分次第でおまえを殺れる」
本気ですよこの人・・・と震えた冰玉の隣で、アハハと笑う孔明。
「私もだよ。おまえ(氷暉)がアシュレイに危害を加えるようなことが少しでもあったら全力でおまえを消す。覚えておけ」
どうやってだ?などと、軽口を返せるような状態ではなかった。
氷暉はその場でひざが折れるのをこらえるだけで精一杯。二度も、跪いたりするものかと必死だった。
孔明は、ティア以上に氷暉の存在を許せないのだ。麒麟である彼は、良い者であろうと嫌な者であろうと、本能的に魔族を許せない生き物なのだ。
そんな許せない対象が、幼いころから自分の素性を思い悩んでいたアシュレイの体に入り込み、さらに彼を悩ませていたなんて・・・。
彼の中に息づく魔族に気づいたときは、ひどい衝撃を受けた。
アシュレイの手前、平静を装ったが、彼の体から魔族を抜き出し、切り刻みたい衝動に駆られたのは事実。
もっとも、今ではアシュレイがこの氷暉という魔族を認め、頼りにすらしていることを知っているため、感情を抑えてはいるが。
三人の周りに異様な空気が流れ、冰玉は桂花の体に抱きついてぎゅっと目をつぶった。
こわいこわいこわい。早く起きて桂花。それで、今の僕を見てよ、抱きしめてよ。
いつも、柢王にぎゅっとされている桂花を見て、あんなふうに自分も桂花をぎゅっとしてみたい、してもらいたいと思ってた。
せっかくのチャンスなのにこんなのってあんまりだよ。
でも・・・・桂花の体からいつもの草の香りがする。安心する。
冰玉は、桂花にしがみついたまま、いつしか寝入ってしまった。
「あれ?孔明?来てたのか、ごめん寝てたみたいだ・・・桂花?」
孔明の向こう側で座位のまま寝ている桂花を見て、声をかけると、すぐに彼も目覚めた。
「失礼しました・・・・吾、寝てました?あれ、冰玉?どうした、もう帰ってきたのかい」
肩の上でしきりに桂花の頬に嘴をすべらせる冰玉をなでて、微笑む桂花だったが、麒麟の存在に注意を払っているらしく、少しぎこちない。
「蔵書室、頼めるか?」
さっきの続き、と言う感じでアシュレイが促し、桂花も頷くと冰玉とともにすぐに執務室から出て行った。
「なんだったんだ・・・。やっぱり、またあいつのせいか」
破れた紙切れがつなぎ合わせてあることに気づいて、アシュレイが嘆息する。
宛先名に自分の名。送り主名に、インチキ?発明家の店主名。
「変なもんばっか送りつけやがって。大体今回のはなんだったんだよ?眠らせるだけか?」
ぶつぶつ言いながら、机の上にある箱を手に取る。
「孔明、待たせてわるかったな。ほら、これ手に入れたんだぜ、珍しい岩石。うまいかどうか分からないけど食ってみろよ。不味かったらやめとけ?」
孔明が持ってきた、山凍からの届けものを確認しながら、アシュレイは「うまいか?」と彼の背を撫でる。
岩石は好みの味だったので、孔明はアシュレイに頬ずりをし、応えた。
彼の柔らかなほほの感触を楽しみながら、アシュレイは忘れているな・・・と、思う。
『二度と、変なもん送りつけんな!どうせなら動物と会話できるものとか発明してみろよ、そしたら、使ってやる。な、孔明。お前が人語をしゃべるの、聞いてみたいし』
以前、発明家の店に品物を返しに行く途中のアシュレイとばったり会って、一緒に店内へ訪れたときの会話。
店主は、それに応じたのだろうが、微妙な結果となったようだ。
喋れるどころか人型になってしまうなんて、麒麟の孔明でも、この先二度とないような貴重な経験をさせてもらった。
この腕で、アシュレイを抱き上げたり、髪をなでたりすることができる日がくるとは・・・。
しかし、肝心なアシュレイとは会話できず、寝ているだけとあっては今回の発明品は失敗の部類だろう。孔明にとっては、すばらしい品であったが・・・。
いい経験をさせてもらった・・・・と、満足しているのは孔明のみで、冰玉は「せっかく人型になれたのに、桂花に見てもらえなかった!ぎゅってしてもらえなかったと、悲しむばかり。
さらに氷暉にいたっては、プライドを甚く傷つけられたようで、しばらくアシュレイの呼びかけにも応えられなかったらしい。
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