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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.289 (2011/04/19 19:54) title:TENDRE  POISONTENDRE  POISON ──The Addition of Colors :La Dolce Vita ──
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

花びらが、光を含んで降り注ぐ。
肌を満たす甘い陽気。下草の上に敷いた麻の大きな布の上、寝転がって見上げれば、視界はやわらかな光沢を帯びた白の渦。
大きく広がる枝いっぱいに、たわわにゆれる手まりのような花々。その向こうに覗く空は、あざやかな青。ひらひらと、降り注ぐ
花の雨を受けて、これ以上ないくらい贅沢な春の休日だ。

四月のとある平日の昼下がり──今年は春先まで気温の低い日が続いたせいか、いまになってようやく桜の花が満開になる頃合い。
花降らしの雨も時期が少しずれていたようで、あちこちで豪華に開いた花は例年よりも華やかなくらいだった。
『な、せっかく、休みだし、天気もいいし。ちょっと外で花見でもしねぇ?』
と、柢王が同居中の恋人である桂花に提案したのは、昨夜遅くに近距離往復便で戻ってきた桂花が、ようやくベッドから起き出してきた時刻。
パイロットの生活は、不規則を絵に描いたようなもので、それは万事にきちんとした桂花でも同じこと。基本、不規則に暮らしながら、
そこにリズムを作って自己管理しなさいよ、というのがパイロットという職業だ。四連休の三日目で時差ボケから解放されて
すっきり顔の柢王と、一応きちんと身支度は整えているものの、まだどこか夢うつつな桂花の体内時間や疲労度が異なるのは
当然のことで、久しぶりに休みが合ったからと言って、無条件にはしゃいでいられるわけでもない。
だが、目覚めの紅茶のカップに口をつけていた桂花はその提案に、かすかに笑って、
『意外と、あれこれイベント好きな人ですね。ふだんは花なんて興味がないんじゃないんですか』
からかうようなまなざしで柢王を見上げる。いつもはクールな人だが、紫色の瞳はまだどこか眠たげで、寝起き間もない声も
かすかにかすれているのが、色っぽい。
それこそ、同居中の恋人でない限り見聞きできないその姿に、笑みを深めた柢王はいたずらっぽく、
『そりゃ、ふだんはどんな花より見惚れる顔がうちにあるから。つか、シーズン限定のもんを、おまえと見るっつーのがキモなんだって。
あ、眠たかったら、俺が膝枕してやってもいいけど』
桂花の瞳を覗き込む。と、間近な瞳がくすりと笑みを宿し、
『ずいぶんと、堅そうな枕ですけど──まあ、誉めてももらったようですし、行きますか』
と、わざとクールな口調で答えたのに、柢王も笑って、すなおじゃねえよなぁ、と桂花の額に額を押しつけた。

対岸に、満開の桜が淡い紅色の雲のようにさんざめく河川敷。
それを夢のように眺めるこちら側の、ひときわ大きな木は他と違って、光を含んだような白い桜だ。柢王はその下に敷布を広げて、席を作った。
木漏れ日が、花の形で布の上に影を踊らせる。昼下がりで地熱も高く、平日だから人気もほとんどない、ほぼふたりだけの空間に、
用意してきた毛布と枕を放り出し、
『ほい、お昼寝タイムな』
自分はそのままごろんと横になって、隣の敷布を叩くと、桂花は苦笑して、
『外で昼寝なんてしたことがありませんけど』
基本、人前では寝ないと評判の人だ。眠りもそう深い方ではなく、実際、今朝も、柢王が起き上がると、桂花はうっすら目を開けた。
が、柢王は気軽そうな顔で、
『そりゃ、初体験でよかったじゃん。あんまり人いないし、とりあえず横になってても体の疲れは取れるだろ? 誰かおまえの
顔覗きに来たら、俺が責任もって追い返しとくから心配すんなって』
ほら、と毛布を広げて見せた。桂花はそれに小さく肩はすくめはしたが、それ以上は言わずに、柢王の隣にそっと体を横たえた。
柢王はその上に毛布を広げ、風にゆれる花影から桂花の髪にこぼれる花びらを拾い上げるそぶりで、その髪を撫で、
『んじゃ、お休みってことで』
桂花の方に体を向けつつ、空を仰ぐ。
遠いきれいな青い空。そして、ゆらゆらと揺れ動く白い花々。午前一杯太陽に温められた下草からぬくもりが体にじんわりと伝わってくる。
ふたりは、しばらくそうしてゆらめく白い輝きを見ていたが──……
「──やっぱ、いまがピークだよなぁ……」
桂花の耳には聞こえない声でそう呟いて、柢王はそっと体の向きを変えた。やわらかな枕に、きれいな顔をなかばこちらに向けるようにして、桂花は眠っていた。
睡眠不足はパイロットの職業病みたいなもので、個人差はありはするが、こういうシフトならだいたいこの辺りで眠くなる、というデータは大抵同じ。
柢王の経験から言って、桂花が再び眠くなるのは今頃だろうと推測した時刻だったが、どうやら当たっていたらしい。ぽかぽか陽気も手伝ってか、
長いまつげを伏せて、安らかな寝息を立てている。
無防備な、その顔に、柢王は着ていた革の上着を脱いで、桂花の首筋を護るように、そして、その心なしか自分の方を向いているきれいな寝顔が、
通りすがる誰からも見られないように、そっと桂花の肩から顔にかけてフードのように着せかけた。
きっと、自分がいるから安心して寝てくれている、と思うのは自惚れではないだろう。
花影がゆれるそのきれいな顔は、出会った頃よりずっと、いろいろな表情を見せるようになってきてくれている。
それを──
「見ていいのは、俺だけ──」
白い髪の上に惜しげもなく降り注ぐ花びらから、視線を上に戻しながら、ひそやかな声でそう呟く。

白い桜には、他の桜とは少し違う趣がある。
対岸の、そして視線を少し横に移せば見られる桜の色は、あでやかな春の盛りの物狂おしいようななまめかしさと豪華さを感じさせるけれど。
白い桜は、優美で、どこか清冽で──色づく花の美しさに酔いしれて見惚れるのとはまた違う、見る者の思惑など埒外に、
惜しげもなく降らせるその花びらを、思わず目で追ってしまうような、しっかりと見つめていないとすり抜けていくような感覚に、思わず
抱きしめたくなるような、ふしぎな気持ちにさせられるのだ。
柢王が、この木のそばで思わず足をとめたのはそのせいだ。
決して狎れない、優しい美しさ。
それが、自分のもの、と確かに言えるけれど、まだ知らないことも多くて、いつもどこかでじれったいような、もどかしいような、
だけど、それが嬉しいような、言葉にできない気持ちにさせてくれる恋人と、似ているような気がしたから。
成り行き任せに、勢いだけで、距離を縮めていたらきっと見えなかった生活。緊迫感がふとしたことも刺激に変える、そのことは、
クールで時に誰より男前な恋人との生活のなかでしか、きっと理解できなかったものだ。
だからこそ、
(そーゆー特権は俺だけのもん)
他の誰にも話さないこと、見せない姿、こんな無防備な寝顔も。積み重ねていく信頼も、愛情も、本当はなにもかも──自分だけに
与えて欲しいと願う気持ちの強さを日々噛みしめている。
揃って休みの前だからと言って、一緒に眠っても、シフトが違えば眠り方も違う。こちらが目覚めて動くたび、目をさまさせて
しまうのはすまなくて、それならいっそ、独り寝をすればいいのだが、
(それはやだ──)
仕事で会えない日があるのは仕方ない。それに柢王だって仕事のさなかは桂花のことを考えてないことがほとんどだ。
でも、家にいるときは、そして可能なときはその分全部、その顔を、声を、存在を、確かめるように側にいたい。自分以外の
誰にも何にも、渡さないで、自分のことだけ見ていて欲しい。
「……なぁんて、カッコ悪くてぜってぇ言えねぇよなぁ──」
と、無防備な恋人の寝顔を見つめて、柢王はため息をつく。
こっちだって、キャリアも上な恋人に、見せたい弱さと囲っておきたい弱さは違うと、なし崩しにならないわけの残り半分は、とうから承知のはずなのに……・。
と、反らした喉に花が舞い落ちる。
見上げれば、視界に広がる白さはやわらかに、やさしくゆれながら心を包み込んでいく。他のものもみているつもりなのに、気がつけば、
その白いやさしいざわめきだけが網膜を支配している。
それはまるで優しい毒のように──気づかぬうちに、心も体も浸食されて、こちらの全てを染め変えられるようだ。
と、桂花が小さく、ん…と呟いた。
ハッとそちらに顔を戻すと、ちょうど瞳を開いた桂花は柢王の姿に、小さな笑みを見せ、
「……寝ていましたね」
ちょっと自分で驚いたというような、だが、それを面白がるような声だ。それから、柢王が被せていた上着に気づいたようで、
「そんなに寒くありませんよ。あなたこそ、寒いんじゃないの?」
それを外そうとするのを、柢王は止めた。
あれこれと、独占欲とか執着だとかなんだかんだといままで意識しなかったものを、思い知らせてくれる人ではあるけれど……──。
自分だけに見せてくれるその表情の優しさ、そして笑顔。それを見た瞬間に、自動的に胸が熱く満たされる。
それは他の誰にも感じたことのない魔法のように──胸が満たされ、そして、もっと満たして欲しくなってくる。
それが毒の効果だというなら、自分はけっこう重症だ──と、心の中で笑いながら、柢王は、フードにした上着を、桂花の顔が完全に
自分だけに見える角度でかけ直しながら、
「ま、防犯対策を兼ねて──こういうとこで変なストーカーとかに目つけられたら困るし」
真顔で言うのに、桂花が笑う。
「バカなことを……」
柢王はその髪に降りつもる花びらを優しく払いのけながら、声に出さずに囁いた。
(なあ、言っとくけど──おまえが毒なら、俺は皿までだって食う覚悟はあるんだぜ?)

そう、その覚悟はとっくにできてる。
この先も、どんなに侵されても、何を染め変えられてもきっと変わらない。
甘く優しい毒の誘惑。
それさえが、ただ、自分ひとりのものであると、いうのなら──


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