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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.274 (2010/07/07 19:32) title:レーゾン・デートル  ─UNISON─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)


七夕の夜に降る雨を洒涙雨というらしい。
天の川の両端に、引き裂かれた恋人たちが流す涙が雨になるのだと──

「──っていうか、それ以前に、年に一度しか会えねぇって時点で泣きたくなるよなぁ」
と、敷布にこぼれた桂花の髪を弄びながら、柢王が言った。
いつものように予告なしで、突然、人間界から戻って来た柢王が、ようやく肌の熱は引いたものの、まだ眠るのではない
暗がりのなかで話してくれた人間界の行事は、桂花にも聞き覚えのあるものだった。
天帝の娘である職女と牽牛という夫婦が、天帝の怒りに触れて天の川の両端に住まわることを強制された。
ふたりが互いに触れ合えるのは年に一度の七夕の夜だけ。かささぎが架ける橋を渡って、恋人に会いに行くのだ。
ところが、雨が降ると河の水が増して橋を架けることができなくなる。
だから、七夕の雨は引き裂かれた恋人たちの涙を誘う雨なのだと──。
およそふだんはロマンティックなことなど、軽くけり飛ばして飯だの剣だの現実的なことの方を選ぶ男が、なぜだかいつも、
戻ってくると人間界のささやかな行事だとか、有りようだとかを口にしたがるのはどういうわけなのか。
長い間、李々を探して人間界をあてもなくさまよっていた桂花も、人間の事情には通じている。
その七夕と呼ばれる行事のことも、知るにはもちろん知っていたが、そのころは別段、人間にも興味がなく、
(相手の居所がわかっているのに、年に一度会うだけでいいなんて悠長な話だな──)
皮肉でもなくそう聞き流したのは、自分が居所どころか生死もわからぬ人を探し求めていたからなのか。いずれにしても、
その頃の桂花は李々を探す自分の気持ちの切実さも痛みも、極力見ないふりで平静を装っていたから、それがどういう気持ち
だったのかなど考えてもみなかったのだが──。
「な、おまえが年に一回しか俺に会えなくなったらどうする?」
と、暗がりのなか、瞳にいたずらっぽい色を浮かべて、柢王が桂花の顔を覗き込む。弄んでいる髪の先を、自分の指に巻き
つけながら、
「もちろん、こーゆーことも年に一回。ストレス溜まるよなぁ?」
と、重なり合う裸の胸を指してにやにやと笑うのに、
「ま、あなたの場合、いろんなとこでストレス解消するから平気でしょうけれどね」
桂花は仰向けのまま、その男の顔に軽く顎を突き出して見せた。
柢王は、突然、人間界から戻ってはくるけれど、それは少しの間だけ。夜を過ごしたら大抵、次の朝にはまた出て行って、
桂花は残される。その人間界の行事だって、明日の朝、かれが人間界に向かえば、向こうがその時期だという話だ。
それが、かれの役割で、それを妨げる自分でいたくないのも真実だけれど、その無神経な笑顔は癇に障る。
と、冷たく答えた桂花に、柢王は慌てたように声を大きくして、
「んなことないって!  つか、おまえだけだっていつも言ってんだろっ!」
言うだけならいつも──と、言ってどうなるものでもない。桂花はどうでもいいように、そうでした、と答えた。と、柢王は続けて、
「つか、俺なら年に一回なんて絶対我慢できねぇ。そんなに長く、おまえと会えないなんて考えたくもない」
それでも、あなたは出かけて行くんでしょう?  と、心のなかの声に蓋をして、桂花は微笑む。
心がどこにあっても、それがやるべきことなら柢王はためらわずに出かけて行く。いま、そこにあるもの、必要とされていること。
それが柢王の優先順位だし、かれの生き方だ。自分がかれの世界のすべてでないことぐらい、桂花はとうにわかっている。
それでも、リスクを冒し、全力で、求めてくれたのもかれだけだ。地位も身分もすべてを捨てて、自分を求めてくれた男は
きっと、何度同じことがあっても同じ道を選ぶだろう。そう確信している。そのことも嘘じゃない。
愛しているということは、言葉ではなくあり方だ。柢王は誰よりそれを示してくれている。自分を選ぶというやり方で。
だから……いや、だからこそ。
消えない苦しさは胸に抑える。かれの生き方、かれの在り方、信じているという気持ち。妨げたくない、これ以上。それでも、
(吾の側にいて──)
気持ちだけでなく存在も。他の何にも目をくれないで、側にいて。自分の世界がかれだけのように、
(吾だけのものでいて欲しい──)
矛盾した、そんな思いをかき消す術が見つからなくて、
「まぁ、そんな話はどうでもいいけど……」
桂花は、柢王の首に腕を回すと引き寄せた。
一緒にいられる時間は短い。だから、と──
熱に溺れる時間のなかで、感じるものだけをすべてにする。たしかなもの、いまここにあるもの。その真実をさまたげる
すべての思いに蓋をかぶせて──。
 

 
藍色の空には、銀の粒を撒き散らしたような星空が広がっている。
七夕、と人間たちが呼ぶ日の夜。
柢王は人里を離れた場所から、夜空を眺めていた。
今夜は、幸いにして雨は降らず、薄い弓なりの月の光が遮らない上空では、あざやかな光の帯のような銀河が流れているのが
地上からでもよくわかる。伝説によれば、恋人たちはいまが逢瀬の真っただ中、というわけだ。
「ま、他人事だけどよかった、ってことだな──」
と、呟いて、肩をすくめた後、ふと視線を落とした柢王の口元に苦笑いに似た笑みが浮かんだ。低く、
「けど、おまえがいないと、さみしいよな──」
言ったかれは、再び視線を上げた。
頭上にきらめく満天の星たち。手を伸ばせばこぼれおちそうなその雄大で、崇高な輝き。それを、
「おまえと見たいって、いつも、思ってんだけどなぁ……」
と、柢王は呟いて、苦笑いを深めた。
天界に行ってから、桂花は星空を見ていない。柢王だって、人間界に降りなければ同じだ。人間界に来なければ、あんな話を
わざわざ桂花に聞かせることもないのだが──
人間界を守るのは天界人の役目。元帥として、武人として、任務に当たるのは柢王の務めだ。
だが、それだけでなく、本能に似た感情で天界人は地上と繋がっている。武人としてのプライド。そして、王族の正しい誇り。
いろいろなものが混じり合っていて、だから人間のために地上に降りることを、渋々だとは、柢王にもとても言えない。桂花にも
きっとそれはわかっている。
桂花を天界に連れて来たのは自分で、任務だからと置いて行くのも自分で、それは仕方のないことと言い訳はできても、
(きっと、俺のわがまま──)
側にいてやりたい、そして自分も側にいたい。そう思いながらも好きなようにふるまってしまうのは、きっと、甘えなのだと
わかっているのだが。
それでも──
天界で、自分が見てきたもののことを話すのは、桂花にそれを知らせたいからだ。
この、こぼれおちそうな満天の星。人間界の、壊れやすい、繊細な自然の美しさ。美しいものも、優しいものも、清らかなものも。
心を奪われるものは、全て、桂花とふたりでわかちあい、桂花とふたりで感じたい。
そんな風に、何かを、瞬間にいとおしむ気持ち。美しいものに、足をとめさせ、視線をとめるようになったのは──
「おまえがいるから、なんだぜ……──」
宝石も飾り物も、自分ひとりなら興味がない。桂花のその美しい姿に映えるから。その美しさを胸に抱いて、呼吸の間に間に、
思い出せるように。
網膜の奥にではなく、魂の奥に、刻みつけられるように──。
きっと、思う以上のさみしさを与えている。気丈なふりで、胸に抱えた気持ちすべてを吐き出させてやれる器量も器用さもまだ
持ち合わせてもいなくて。
苦しい思いをかわす苦しさを、どうしてやることもできていないけれど……。
(でも、知っててくれよな)
自分が見たもの、触れたもの。それは桂花と共有したいと望んだものだ。自分が伝えたいと話すことは、すべて桂花とわかちあい
たかったものだ。そのことを、わかってくれるといいと願う。
側にいない時、そこで思うどんな気持ちも、形はなくて、証立てることはできないけれど──
「おまえがいないと、俺だってさみしいんだぜ……」

おまえと同じ、そのさみしさを、俺も共有しているから──


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