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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.271 (2010/04/18 15:09) title:SHOWERING  ──The Addition of Colors 《La  Dolce  Vita》 ──
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

「わざわざ空港まで迎えに来るから何事かと思えば、花見だなんて……」
 呆れた、とも驚いた、ともいうような苦笑いで、桂花が柢王の顔を見あげた。
 空港から車で30分ほどの河川敷では、両岸に一面、淡い薄紅色を刷いた連なりの下、大勢の人たちが座敷を並べていた。
賑やかな笑い声。木々の間に灯されている赤いリボンのような提灯と照らされた満開の花が暗い水面に幻想的に浮かび上がり、
花見の宴はたけなわ、というところだろう。
土手の緩やかな勾配を桂花の手を引いて降りる柢王は、器用に肩をすくめて、
「ほんとはどっかおまえとふたりで休みがてら見に行きたかったんだけど。シフト合わねぇし、雨が降る前に、近場で我慢ってことでさ」
言葉通り、仕方なさそうな目で見上げる先では、雲の早い濃紺の空を背景に、遠い月が淡い金に輪郭をにじませていて、
吹く風も水気を含んで肌に冷たい。夜半から雨になるという天気予報は、たしかに当たりそうだ。

 リゾート便で今日の昼に戻り、明日の午後には近場の往復便に乗る予定の柢王は、本来ならば今の時間は自宅でフライトプランか
遅めの夕食、あるいは早めの就寝。いずれにしても、意気揚々と花見、という感覚でもなかっただろうに──
税関を出たところで待っていた柢王に、ロング便で戻った桂花が何事かと思ったのは当然のことだ。
 それに、他愛のないような口調で、
『あのさ、ものすごい疲れてる? もし、すぐに家に帰りたいなら構わないけど、ちょっと余裕あるなら、寄り道して帰らねぇ? 』
 ま、それはどっちでも構わないけど、とにかく本社の前で待ってるから、帰るのは一緒に帰ろうぜ。と、それだけ言い置いて、
さっさと踵を返した男の態度は、一応、配慮なのだろう。パイロットの仕事の終わりは本社で手続きを終えるまで。その後は距離に関係なく、
早く家に帰りたいのがごく自然な心理なことは予測するのも簡単なこと。
だが、それでも、端から本社の前でなく、空港の税関前まで来たことがその本心を露呈している。それに超長距離の後のパイロットは
大抵その後数日連休、というのは天界航空の通例だ。自分の仕事の段取りは確実に済ませておけば、桂花がそのことで文句を言うことはない。
と、まで踏んでのことかどうかはわからない。そして、その背中を見送ったクールな機長がなにをどう解釈したかもまた外からはわからないが──。
『寄り道するのは構わないけど、あなた、薄着で風邪ひきますよ』
 約束通り、本社前に車を止めて待っていた柢王に、ドアを開けた桂花はそう答え、それを聞いた柢王は笑って、車を走らせたのだった。

 花に酔っているのか酒に酔っているのかわからない賑やかさを横目に、
「やっぱ、今夜が終わりだな」
 柢王がくぐり抜ける枝を見上げる。
 早い新芽がところどころ覗く、丸いぼんぼりのような花をびっしりとつけた枝先がその重さにかたわむように揺れていて、
淡い色の花弁がはらはらと柢王の肩先にこぼれてくる。
 寄り道の予定などなかったから、コートの下は制服姿の桂花もそれにならって枝をくぐりながら、
「でも、きれいですよ。桜はやはり満開が一番豪勢ですね」
 きれいな頬に笑みを浮かべて花を見上げる。
 ぼんぼりの明かりのせいか、その紫水晶の瞳にも揺れる花影が宿る。白い長い髪がその花の色に溶け込むようで、
「……たしかに、すげぇ、きれいだよな」
 柢王も笑みを浮かべて、瞳を細めた。
 しかし、ふたりが、そこからいくばくも歩かないうちに、最初の水滴がぽつりと川面に落ちた。
 と、見る間にさあぁっと音がして、雨が落ち始めた。
「って、マジ? まだ八時だろっ?」
 天気予報は九時ごろから雨だったのに、と慌てたように時計を見る柢王の周囲でも、にわかの雨に驚いた人たちがわっと天を仰ぎ、
悲鳴を上げる。大急ぎで席を片づけて、
「やだ、せっかくの満開なのに」
「こんなに早く降るなんて詐欺だろっ」
バタバタと雨を避ける人たちを避けるように、柢王は桂花の腕を掴むと、大木の下に身を隠した。
 ざぁぁっ…と雨脚が強くなり、枝が揺れる。
「最悪……」
 蜘蛛の子を散らすように人々の姿が消えていき、雨に打たれた花が無残に散らされていく眺めに、柢王はがっくりと首を振った。
ふたりのいる大木の枝間からも雨のしずくが落ちて下草を濡らす。ため息をついて、
「ごめん、桂花。風邪ひくから車戻ろう」
 せっかくの花見だったけど、今年は仕方ないな。と、促した柢王の腕を、桂花が軽く掴む。花びらを含んだしずくがひとつ、
その髪に落ちて、艶やかな彩りを宿す。その唇に、静かな笑みを浮かべて、
「きれいですよ」
 言った桂花の言葉に、柢王もその視線の方に顔を向けて、はっと目を見開いた。
 まだ残りの人がいくらか片付けをする河川敷。雨に打たれて、ゆれる赤い提灯の光の中で。
 濡れた下草の上に見る間に淡いピンクの色が刷かれていく。それはまるで、花の絨毯のように──艶やかで、あでやかな、春の色を、
敷き詰めていくようだ。
 一夜限りの幻のように、水面も、対岸も、花の雨に染められていく。
「この時期の雨は花散らしの雨、と言われるようですけれど──」
 これでは花降らしの雨ですね。ささやいて、微笑む桂花の隣で、
「……すげぇ──」
 つぶやいた柢王も、その眺めに瞳を細める。
 吹く風は肌に冷たく、雨のしずくも冷たくて、寄り添うように佇みながら、ふたりはしばらくその場にとどまっていた。

「って、マジ寒いよなっ、おまえ、大丈夫?」
 車に乗り込み、エンジンをかけ、エアコン全開にしても濡れた体はぞくぞくと寒い。自分の頭はプルプルと犬の子のように振りながら、
後ろの席にあったタオルを差し出して尋ねた柢王に、桂花はくすりと笑って、
「吾は寒いところから戻ったばかりですから。あなたこそ、平気ですか? だから薄着だと言ったのに」
用心のいい機長のコートは撥水性でライナー付きの全天候仕様。対して、シャツの上に上着を引っ掛けただけの機長は身震いしながらも笑みを見せ、
「俺が丈夫なのはよくわかってんだろ? それに短い時間だけど、ちょっと変わった風情の花見もできたしさ」
 ワイパーを動かす。風に吹かれて飛んできたものか、フロンドガラスの上にも花びらが貼りついている。それがまたたく間に消え去る。
それに、軽く肩をすくめながらも、未練を残した様子もなく、
「それとも、かわいそうだから、帰ったら一緒に風呂入って添い寝してくれる?」
笑った柢王に、桂花が瞳を細める。いたずらっぽく、だが、優しく、向けている瞳を覗き込むようにして、
「自業自得──あなたは丈夫なんですから、添い寝なんて要りませんよ」
 優しく笑ったその白い髪の先──春のしずくが、ゆっくりと流れ落ちた。


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