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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.271 (2010/04/18 15:09) title:SHOWERING  ──The Addition of Colors 《La  Dolce  Vita》 ──
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

「わざわざ空港まで迎えに来るから何事かと思えば、花見だなんて……」
 呆れた、とも驚いた、ともいうような苦笑いで、桂花が柢王の顔を見あげた。
 空港から車で30分ほどの河川敷では、両岸に一面、淡い薄紅色を刷いた連なりの下、大勢の人たちが座敷を並べていた。
賑やかな笑い声。木々の間に灯されている赤いリボンのような提灯と照らされた満開の花が暗い水面に幻想的に浮かび上がり、
花見の宴はたけなわ、というところだろう。
土手の緩やかな勾配を桂花の手を引いて降りる柢王は、器用に肩をすくめて、
「ほんとはどっかおまえとふたりで休みがてら見に行きたかったんだけど。シフト合わねぇし、雨が降る前に、近場で我慢ってことでさ」
言葉通り、仕方なさそうな目で見上げる先では、雲の早い濃紺の空を背景に、遠い月が淡い金に輪郭をにじませていて、
吹く風も水気を含んで肌に冷たい。夜半から雨になるという天気予報は、たしかに当たりそうだ。

 リゾート便で今日の昼に戻り、明日の午後には近場の往復便に乗る予定の柢王は、本来ならば今の時間は自宅でフライトプランか
遅めの夕食、あるいは早めの就寝。いずれにしても、意気揚々と花見、という感覚でもなかっただろうに──
税関を出たところで待っていた柢王に、ロング便で戻った桂花が何事かと思ったのは当然のことだ。
 それに、他愛のないような口調で、
『あのさ、ものすごい疲れてる? もし、すぐに家に帰りたいなら構わないけど、ちょっと余裕あるなら、寄り道して帰らねぇ? 』
 ま、それはどっちでも構わないけど、とにかく本社の前で待ってるから、帰るのは一緒に帰ろうぜ。と、それだけ言い置いて、
さっさと踵を返した男の態度は、一応、配慮なのだろう。パイロットの仕事の終わりは本社で手続きを終えるまで。その後は距離に関係なく、
早く家に帰りたいのがごく自然な心理なことは予測するのも簡単なこと。
だが、それでも、端から本社の前でなく、空港の税関前まで来たことがその本心を露呈している。それに超長距離の後のパイロットは
大抵その後数日連休、というのは天界航空の通例だ。自分の仕事の段取りは確実に済ませておけば、桂花がそのことで文句を言うことはない。
と、まで踏んでのことかどうかはわからない。そして、その背中を見送ったクールな機長がなにをどう解釈したかもまた外からはわからないが──。
『寄り道するのは構わないけど、あなた、薄着で風邪ひきますよ』
 約束通り、本社前に車を止めて待っていた柢王に、ドアを開けた桂花はそう答え、それを聞いた柢王は笑って、車を走らせたのだった。

 花に酔っているのか酒に酔っているのかわからない賑やかさを横目に、
「やっぱ、今夜が終わりだな」
 柢王がくぐり抜ける枝を見上げる。
 早い新芽がところどころ覗く、丸いぼんぼりのような花をびっしりとつけた枝先がその重さにかたわむように揺れていて、
淡い色の花弁がはらはらと柢王の肩先にこぼれてくる。
 寄り道の予定などなかったから、コートの下は制服姿の桂花もそれにならって枝をくぐりながら、
「でも、きれいですよ。桜はやはり満開が一番豪勢ですね」
 きれいな頬に笑みを浮かべて花を見上げる。
 ぼんぼりの明かりのせいか、その紫水晶の瞳にも揺れる花影が宿る。白い長い髪がその花の色に溶け込むようで、
「……たしかに、すげぇ、きれいだよな」
 柢王も笑みを浮かべて、瞳を細めた。
 しかし、ふたりが、そこからいくばくも歩かないうちに、最初の水滴がぽつりと川面に落ちた。
 と、見る間にさあぁっと音がして、雨が落ち始めた。
「って、マジ? まだ八時だろっ?」
 天気予報は九時ごろから雨だったのに、と慌てたように時計を見る柢王の周囲でも、にわかの雨に驚いた人たちがわっと天を仰ぎ、
悲鳴を上げる。大急ぎで席を片づけて、
「やだ、せっかくの満開なのに」
「こんなに早く降るなんて詐欺だろっ」
バタバタと雨を避ける人たちを避けるように、柢王は桂花の腕を掴むと、大木の下に身を隠した。
 ざぁぁっ…と雨脚が強くなり、枝が揺れる。
「最悪……」
 蜘蛛の子を散らすように人々の姿が消えていき、雨に打たれた花が無残に散らされていく眺めに、柢王はがっくりと首を振った。
ふたりのいる大木の枝間からも雨のしずくが落ちて下草を濡らす。ため息をついて、
「ごめん、桂花。風邪ひくから車戻ろう」
 せっかくの花見だったけど、今年は仕方ないな。と、促した柢王の腕を、桂花が軽く掴む。花びらを含んだしずくがひとつ、
その髪に落ちて、艶やかな彩りを宿す。その唇に、静かな笑みを浮かべて、
「きれいですよ」
 言った桂花の言葉に、柢王もその視線の方に顔を向けて、はっと目を見開いた。
 まだ残りの人がいくらか片付けをする河川敷。雨に打たれて、ゆれる赤い提灯の光の中で。
 濡れた下草の上に見る間に淡いピンクの色が刷かれていく。それはまるで、花の絨毯のように──艶やかで、あでやかな、春の色を、
敷き詰めていくようだ。
 一夜限りの幻のように、水面も、対岸も、花の雨に染められていく。
「この時期の雨は花散らしの雨、と言われるようですけれど──」
 これでは花降らしの雨ですね。ささやいて、微笑む桂花の隣で、
「……すげぇ──」
 つぶやいた柢王も、その眺めに瞳を細める。
 吹く風は肌に冷たく、雨のしずくも冷たくて、寄り添うように佇みながら、ふたりはしばらくその場にとどまっていた。

「って、マジ寒いよなっ、おまえ、大丈夫?」
 車に乗り込み、エンジンをかけ、エアコン全開にしても濡れた体はぞくぞくと寒い。自分の頭はプルプルと犬の子のように振りながら、
後ろの席にあったタオルを差し出して尋ねた柢王に、桂花はくすりと笑って、
「吾は寒いところから戻ったばかりですから。あなたこそ、平気ですか? だから薄着だと言ったのに」
用心のいい機長のコートは撥水性でライナー付きの全天候仕様。対して、シャツの上に上着を引っ掛けただけの機長は身震いしながらも笑みを見せ、
「俺が丈夫なのはよくわかってんだろ? それに短い時間だけど、ちょっと変わった風情の花見もできたしさ」
 ワイパーを動かす。風に吹かれて飛んできたものか、フロンドガラスの上にも花びらが貼りついている。それがまたたく間に消え去る。
それに、軽く肩をすくめながらも、未練を残した様子もなく、
「それとも、かわいそうだから、帰ったら一緒に風呂入って添い寝してくれる?」
笑った柢王に、桂花が瞳を細める。いたずらっぽく、だが、優しく、向けている瞳を覗き込むようにして、
「自業自得──あなたは丈夫なんですから、添い寝なんて要りませんよ」
 優しく笑ったその白い髪の先──春のしずくが、ゆっくりと流れ落ちた。


No.270 (2010/04/15 18:23) title:桜よりも
Name:碧玉 (p4106-ipbf7004marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

「桂花、ただいま」
 窓から飛び込んだ柢王は桂花が顔を上げるより早く細い身体を抱きしめた。
 心地よい胸に額をギュッと押し付け「おかえりなさい」とつぶやく桂花に柢王は更に
抱擁を強くする。
「・・・桜?」
「さっすが」
 ニヤリと笑う彼は、どうやら桜の香を桂花に移そうとしていたようだ。
「満開の桜を抱えてたンだ。おまえ好きって云ったろ?」
「ええ、でも・・・あの木はうまく切らない枯れてしまうんですよ」
「ぬかりねぇ。庭師に頼んだ」
「―――――枝は処分しました?」
「蒼穹の門でな」
 上機嫌な柢王の顔がわずかに曇る。
「持ち帰ってもよかったンだぜ?」
「しなくて正解です」
 言い切る桂花に柢王はため息を落とした。
「でもよ・・・」
「嬉しいです。正しい判断をくだしてくれて」
「俺のモンは黙認のくせに・・・刀とか」
「己の責任を己でとるのは当たり前です」 
『ですが吾の責任は貴方にまわってしまう』と桂花は無言で語る。
 それでも柢王の気持ちが嬉しくないわけなどなく、桜をも黙らす艶やかな笑みで恋人を包み込んだ。
「さ、桜の香りも満喫したことですし、そろそろホコリを落としてきてください」
「えーーー、もう少しこうしてようぜ」
「汗くさいですよ」
「そうかぁ?」
「ついでに冰玉も洗ってやってください」
 グルリと自分を見回す柢王の甘え巻きつく腕を外し、呼び寄せた冰玉を押し付けた。

 窓越しに纏わりつく冰玉とじゃれ合い泉に向かう柢王を見つめ、桂花は桜の香の残る身体を抱きしめる。
 桜の香は好きだ。
 だけど今はその香すら邪魔になる。
 数刻後には跡形もなく塗り替えられるだろう喜びと消え行く香を慈しみ、桂花は静かに目を閉じた。


No.269 (2010/04/15 18:21) title:薄紅色
Name:薫夜 (p4106-ipbf7004marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

―「いっぺん、桜の木の下に埋まってみますか?」
人間界の桜を眺めながら、柢王は、天界にいる相棒の言葉を思い出していた。

あれは、いつだっけ?
思い出せねぇな。
その時の表情や、声はすぐに浮かんでくるのに、原因は思い出せない。
ま、いっか。
なんかで、あいつを、恥ずかしがらせた時だ。
いつもは、青白い毒舌も、そんな時は、この桜の花のように染まって…
何度でも聞きたくなるんだよな。
その時の表情ときたら…
頬が緩むのがわかる。

桜を眺めながら、にやけてるなんて、誰もいないとわかっていても、
辺りを見回してしまう。
相変わらず、群生する桜の花が、まるで雲のようにたなびいているだけだった。

一斉に咲き乱れる姿は、妖しく美しい
まるで、桂花みたいだ。

あぁ、そうだ。
―「あなたが養分の桜なら、吾が大切に育てます」
なんて言うから、桜なんて勝手に、咲くんじゃないかと言ったら、
「桜は、少しの傷にも弱い、手のかかる植物なんですよ。
だからこそ、咲き乱れる姿は美しいんです」
人間界の桜を懐かしく思い出すように、桂花は遠い目をしていた。

危ないところだった。

任務の途中で、ここに立ち寄ったのは、あまりにも桜が綺麗だったので、
この桜を桂花への土産にしたら、喜ぶかなと思ったからだ。

桜を、手折ったりしたら、桂花を悲しませるところだった。

風に乗って、微かに春の甘い香りがする。

―もちろん、桂花には、俺が養分になったら困るだろうことを、
寂しさを吹き飛ばすくらい、しっかり教えたけどな。

さっさと任務を済ませて、桂花のそばに帰ろう。
それが、一番の土産に決まってる。

自信ありげに柢王は笑って、最後にもう一度、満開の桜を見上げた。

風に吹かれて、桜がひらひら舞い落ちる
その中の1枚が、柢王の服にくっついて
天界で、桂花に見つけられ、
また、寄り道してましたね
と、軽く睨まれて、
桜の話をしたら、
気持ちだけで吾はうれしいですよと
微笑うのが愛しくて
柢王は思わず、桂花を抱き寄せた。
そんな日常が、薄紅色。


No.268 (2010/04/15 01:14) title:解き放たれし籠鳥
Name: (c180.92.44.117.c3-net.ne.jp)

今から二年ほど前、江戸で美少年が演じる若衆歌舞伎が流行ると、男性の間でたちまち美少年趣味が生まれた。
その流行りにのり、客と買われた少年の密会のために作られた場所を「陰間茶屋」という。
 陰間とは本来、歌舞伎役者の修行中である、「影の間」をさす言葉だったのだが、やがて役者の副業だけでなく、売春専門の男娼があらわれると「陰間」はもっぱら男娼を表す言葉となっていった。
『冥界茶屋』と名付けられたこの建物も、数ある陰間茶屋のひとつである。この界隈でもっとも美しい男娼がいると評判で、いちばん人気の陰間を相手にする客のみ、他に類をみない決めごとがあった。


 無色透明なびいどろの、吊り行灯がふたつ。
 行灯とは言っても、庶民が使用する魚油を用いるものとは異なり、中にはほっそりとした蝋燭が立っていた。
それだけでもぜいたくだというのに、行灯には松に楼閣が配され、その裏面には花卉文を加飾してあり、吊り紐は紫水晶や玉髄などの玉をちりばめた、手の込んだ細工であった。
 その下で男が、吉原格子に腰を落とし、通りを行き交う人々を見下ろしていた。
 浅紫に染められた、異国の衣をまとう姿。全身のどこで区切られているのか、あいまいなそれは、長い袖が時おり吹く風になびいている。
 形のそろったヒスイ、コハク、サンゴにメノウの髪飾りがあしらわれた髪は、一部がかるく結ってあり一本簪で留められていた。
 男娼であるこの美しい男。彼は初めから体を許すつもりなどなく、そしてそれが許される唯一の陰間『桂花』だった。
「う・・・・」
 つらそうなうめき声に振りむくと、うつぶせになったままの僧侶がこちらの方へ手を伸ばしている。
「斯様なところへ足を運ぶひまがあるのでしたら、修行をされた方が・・?」
 高僧相手に修行が足りぬと辛辣な台詞を吐いた麗人は、呼鈴を手にとる。
「御仏に仕える御身、これ以上吾につきまとえば、儚いものとなりますよ・・・ご自愛なされませ」
言葉と裏腹な流し目を餞別代りにくれてやると、鈴を鳴らして終了の合図をおくった。
指一本触れることすら叶わなかったというのに、僧侶は恍惚とした表情で引きずり出されていく。
 やっと一人になった桂花はイラつく気持ちを鎮めようと煙管に手を伸ばし・・・・やめる。
「李々・・・」
 大切な大切な人の名。穢れたこの場所に、清浄を取りもどせる気がして、日に数回くちにしてしまう。
「生きて再び会える日は来るのかな・・・」
 親のような、姉のような存在だった人。彼女もまた―――――吉原に囚われている。

いきなり戸が開かれたと思いきや、ひとりの男が敷布の上へと転がされた。
「この男は?」
「外で寝ていたのでな。この男、かなりの上客となろう」
怪しげな笑みを浮かべたのは「冥界茶屋」の主、教主である。
「これだけ酔いが回っているなら、懐を失敬して放っておけばよろしいのでは?」
「その場しのぎの儲けで満足できるか?こやつを常連にするまでよ」
ホホホと、わざとらしく声をたてて笑いながら、教主は部屋を後にした。
 男は泥酔のようすで身動きしない。
「運の悪い男だ」
 桂花はフッと息を吐き、ふたたび煙管に手を伸ばしたが、やはりやめる。

「吸えばいい、俺に遠慮は無用だ」

 ハッとしてふり向くと、転がされていた男が敷布の上であぐらをかいていた。
「お前!」
 ニヤリと笑った男に桂花の顔がこわばる。何の構えもないのに隙がない・・・ここは慎重に事を運ばねば。
「旦那・・・斯様なところは初めてで?」
「ああ、でもお前を抱くための決まりがあるのは知ってるぜ。有名だからな」
 そう、桂花を相手にするには一つだけ掟がある。吉原ほど手のかかる決めごとや、大枚も時間香も必要ないが、やはりそれなりの金を積まねば桂花に目通りすることは叶わない。
 たとえ部屋へ通されても、そこで簡単に彼を抱くことはできない。桂花と勝負し、腕ずくでものにできた男だけが、思いを果たせるのだ。
「自信がおありのようで」
「まぁな、お前の『初めての客』になってやる」
 かすかに眉を顰めた桂花だったが、ゆっくりと胸元に手を差し入れると、挑発するかのように自らはだけて見せた。
「面白いことをおっしゃる」
 その目が細くゆれる行灯の火をとり入れ光った瞬間、あぐらをかいていた男が飛び退いた。
 重い鞭の音を追うように、ヒュウと鳴った口笛。
「ンな所に物騒なモンかくし持ってんなよ!」
 つぎつぎ振り落とされる鞭をよける男は軽業師のように身軽だ。
 それまで相手を追っていた鞭を置くと、桂花は微笑を浮かべ敷布に横たわる。
「おい?」
「あなたのような方は初めてですよ。とても吾の敵う相手ではない」
「あ、そお?分っちゃった?」

(馬鹿な男だ)

 心で罵りながら、結った部分の髪を下ろそうとした桂花のうでが、いきなり掴まれそのままねじり上げられた。
「っ!」
 痛みに耐えかねた桂花の手から、簪が落ちる。
「こんなもんまで仕込んでるとはな。こいつで喉元狙われたらイチコロだ」
 桂花が髪を下ろすしぐさに見せかけて引き抜いたそれは、ただの簪ではなく、琉球で「ジーファー」と呼ばれている護身武器だった。
「俺の勝ちかな」
「退け!」
「シ、大声出すなよ。や、耐えられないほど良かったら我慢しないで聞かせてくれてもいいけどよ」
「ふざけたことを!」
男はもがく桂花の首筋に顔を埋める。
 歯をくいしばっているその唇に指をすべらせると、すかさず牙をむく麗人。
「気性の荒い美人も好みだぜ」
「いやだっ」
「俺の名は柢王。甘い声で呼んでくれ」
 どこまでも軽薄な口調だったが、その目は獲物を捕らえた獣のように鋭く桂花を見下ろしていた。
 びゅう、と強い風が舞いこみ揺れる行灯。
 ゆら。ゆら。ゆら。
それに合わせて二つの影が、伸びたり縮んだり。
 観念した桂花がそれを目で追っていると、大きな手で視界をふさがれた。
 夜陰を這う衣擦れの音。
 ゆるやかに忍び込んできた手を拒絶しても、次には強引な態度で押し入ってくる。

 自分の領域に土足で踏み込んできた男の背中に爪をたてながら、桂花は意識を手放した。

「ほら」
 口から紫煙を吐きながら煙管を差し出す柢王に、起き上がることもできない桂花が横になったまま首を振る。
「なんだよ、吸えないわけじゃないだろ」
「願掛けで・・・・会いたい人がいる」
 疲労で、抵抗する気にもなれない。
「なにっ!?決まったやつがいるのか!?俺が調べさせた資料にはそんなこと―――」
興奮して大声をあげた柢王が、口をあけたまま固まる。
「調べさせた?」
 問うと、彼はくやしそうに舌打ちをして口を割った。
「いつもそこの窓から、通りを見下ろしてるお前に一目ぼれした」
「は?」
「で、調べさせたら、お前はここにきてから客の相手をまともにしたことがないって知って、慌てて来た。間に合ってよかったぜ」
「来た?来たって・・・あなたまさか」
「演技は役者並みだろ?」
「酔った振りをしていたって?」
「俺めったに酔わないし」
 強いもんなー。と、言いながら桂花の体にすり寄ってくる。
「・・・・会いたい奴って?」
「恩人・・・」
「ただの恩人なんだな?色とかじゃないな?」
「フ・・・ええ」
 柢王は、桂花の体を起こし自分に寄せると、煙管をムリヤリ彼の口に突っ込んだ。
 驚きむせる細い背をたたいてやると、桂花は目に涙を浮かべながら柢王をにらむ。
「お前の会いたい恩人って、吉原にいる李々か?」
「!?・・・なぜそれを」
「調べさせたって言ったろ。分かった、俺が会わせてやる」
「え?」
「あと、お前の身請けもする」
「そんなこと・・・・無理だ」
 不意に顔色を変えた桂花は、飾られていた瓶細工を手にとった。そのひょうたん型のびいどろの中には、手まりが入っている。
 どのようにして手まりを入れたのか見当がつかず、柢王は桂花から取り上げたびいどろを揺らした。ころころと中で転がる手まり。
「どーなってんだ?」
「それは、中身を抜いた状態の手まりを畳んで、びいどろの中に入れるんですよ」
「中身?」
「ええ、その際、糸で手まりの口が開くようにしておいて、そこからもみ殻や小豆などを詰め込むんです」
「めんどうだな」
 桂花は軽く頷いてつづける。
「最後は折箸で糸をたぐり寄せるようにして、手まりの穴をふさぎ、形を整えて完成です」
「なかなか手が込んでるな、お前のものか?」
「いいえ、ここにあるすべてのものは教主のものです・・・・吾も含めて。吾はもうここからは出られない、その手まりと同じ」

 パリン、と砕け散ったびいどろに、俯いていた桂花が顔を上げる。
「同じだって言うならお前も自由だ」
 壁に当たり弾かれた手まりが、柢王の手元に転がりすくいとられる。
「俺がここから出してやる」
「あなた・・・一体、何者なんです?」
 行為の最中、いつものように呼鈴が鳴らないことを訝しんで、様子を見に来た男たちをあっという間に伸して縛り上げると、別の部屋へ放り込み、とうとう出てきた教主までも倒してしまった柢王。その間、逃げることもできたのに、なぜか桂花は彼を待ってしまっていた。
「紀伊國屋蒼龍王って、知ってるか?」
「もちろん。たびたび吉原を貸し切る大金持ちの馬鹿商人でしょう」
 紀伊國屋蒼龍王は、材木で巨万の富を築いた天下の商人。そして、その紀伊國屋と並んで財を成したもう一人の豪商、奈良屋洪瀏王。
 二人は、互いの財力を見せつける豪奢な遊びとして、大門を閉めさせ他の客の出入りを禁じ、吉原を貸し切ってしまったことが何度かある。
「俺の親父だ」
「えぇっ!?」
「俺は三男で、親父の金とか店とか継ぐ必要もないから、自分で道場 兼 護衛所をやってんだけどな。この前、道場に来たやつに残った富くじを強引に買わされたんだけど、そいつが大当たり♪しちゃって、まー使い道に困ってたっていうかなんて言うか。だからお前を見受けしようかとv」
「・・・くだらないウソを」
「や、ホントだって。っていうか、どっちを信用してない?親父の方?富くじ?」
「両方ですよっ、バカバカしい。どうせつくならもっとましなウソをつけばいいのに」
 一瞬でも、信じた自分がはずかしい。
「・・・・・ま、信じなくてもいいけどな。」
 苦笑して覆いかぶさってきた柢王が、桂花のみだれた髪を梳く。
「それで?いつ吾を見受けしてくれるんです?」
「なんだよ、信じてないんだろ」
「ふふ、信じてみてもいいかな・・・あなた、よくわからない人だけど」
「ばっか、こんな分かりやすい男はいないぜ?おまえが欲しい。それだけだ」
 柢王はそのまま細い首筋に吸いついて、満足そうな笑みを浮かべた。
「よし。印もつけた。もうお前は俺のもんだ」
 やることがあまりにも幼稚すぎて、桂花は声をたてて笑った。
 今日。
 たった数時間前に初めて存在を知った男。
 けれど、桂花はこの男に急速に惹かれている自分を認めざるを得なかった。
 運命の相手だなんて、今はまだ言わないけれど。そういう出会いもあるのかもしれない。

 その日を境に、冥界茶屋から桂花の姿は消えた。


No.267 (2010/04/12 00:27) title:三千の鳥出張版〜花酔ひ〜
Name:桐加 由貴 (p4106-ipbf7004marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

注意! この小説は、遊郭を舞台にしたパロディです。
    桂花は散茶女郎(中級の遊女)、柢王はそのお客です。
    この設定がお気に召さない方は、すみませんがお読みにならないでください。
 

 開け放した窓に切り取られた夜の向こうから、白い薄片が舞い込んできた。
「散り時か」
 低い呟きに、思いがけず声が返る。
「咲いた端から散っていきますからね。お武家さまが潔いと尊ぶ所以でしょう」
 緋襦袢を肩に引っかけただけの婀娜っぽい姿で、白い髪の散茶が長煙管に手を伸ばしていた。
 火鉢にかざして吸い口を唇に含み、火がついたのを確かめてから、すいと情人に差し出す。
 受け取った柢王は桂花がしたように煙管をくわえ、煙を吸い込んで満足そうに吐き出した。
「散ったら困るんじゃないのか? おまえたちは、さ」
「お生憎。お客を呼び込む手筈に、なか(吉原)が抜かりのあろうはずがありんせんえ?」
 柢王が嫌う花魁言葉で、桂花はむき出しの両腕を柢王の肩に回した。
 後ろから頬をすりよせるように体重を預けてくる敵娼(あいかた)の、手練手管では説明しきれない心安い仕草に、柢王は頬で笑う。
 桜の名所は数あれど、ことに普段は桜のない遊郭吉原の、盛りの時期だけの花は、大門をくぐる口実を男たちに与えてくれる。遊里と言えば柳、とは大陸の影響だが、不夜城吉原を一層にぎやかす大役は、そのためにこの時期だけ余所から持って来られる桜にとっても、決して不足ではあるまいと柢王は思う。
 いや――他の地であれば主役になれようものを、大門の中にあっては引き立て役に甘んじなければならないのだから、桜にとってはやはり役不足だろうか。
「月に叢雲、花に風・・・」
 ひらひらと、桜の花びらが風に舞っている。強い風に淡い色の塊が崩され、散っていくのが目に見えるような気がした。
「どうしたんです? 今日はずいぶんと風流ですね」
 桂花が耳元で笑う。
「あなたでも、花が散るのは悲しいと思うんですか?」
「俺でも、散らないでほしいと思う花はあるさ」
 耳を掠める唇を己のそれで掠めると、それは酒の味がした。
「こら、手酌で飲むなよ」
 杯を差し出せば、丁寧な所作でそれが満たされる。徳利を奪って桂花の杯も満たしてやり、ついでのように柢王は、掌に落ちた花弁を滑らせた。
「桜の酒ですか」
 いただきます、と桂花は両手に持った杯を一息に空ける。
「お、いい飲みっぷりだな。もう一杯」
 紫水晶の眼差しが、再び満たされた杯に、次いで窓の外に向かって動いた。
「あなたの分の桜が飛び込んできてくれませんね」
「いいさ。俺が酔ってくれないのが判ってるんだろ」
 柢王は手を伸ばして窓を閉めた。むき出しの肌を打っていた風がやむ。
「俺は花では酔えない」
 それ以上の言葉を言う前に、唇がふさがれた。


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